ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
「素顔のベルリン」増補改訂版
¥1,680
ダイヤモンド社
(Amazon、全国各書店にて発売中)

本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

Amazonにてネット購入ができます。



『街歩きのドイツ語 』
¥1,575
三修社

豊富なビジュアルとドイツ語フレーズを楽しめる1冊。基本のあいさつ表現から、街にまつわるドイツ語豆知識まで、ガイドブックとともに旅に役立つ会話集です。




『素顔のベルリン 過去と未来が交錯する12のエリアガイド 』
¥1,575
ダイヤモンド社
(2009年発売)

地球の歩き方シリーズ初、待望のベルリンガイドブック誕生!比類なき歴史を抱えつつ、明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。「ドイツで最もドイツらしくない」といわれるこの町の知られざる魅力を、現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介。


現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

ベルリン更新情報
2013/02/20 up

ベルリン個人ガイドのご案内

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Berlin no kaze
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タグ:Interview ( 58 ) タグの人気記事

ドイツニュースダイジェストの1000号と終戦70周年特集

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ドイツニュースダイジェストは、日本にお住まいの方にはあまり馴染みがないと思いますが、ドイツ在住の邦人の方は、おそらく一度はどこかで目にされたことがあるのではないでしょうか。日本関係のお店やレストランなどによく置いてあるフリーペーパーです。同紙はデュッセルドルフに拠点を構え、姉妹紙としてイギリスとフランスにも同名のニュースダイジェストがあります。私個人2007年から毎月寄稿してきた(連載記事はこのブログにも転載させていただいています)このドイツニュースダイジェストが、つい最近、記念の1000号を迎えました。数年前からそれまでの週刊から月2の発行になったものの、このご時世、広告費だけの収益でフリーペーパーを続けるのはなかなか大変なことだと想像します(私は一ライターに過ぎないので、その辺のスタッフの方々の苦労はわかりませんが)。大手新聞などに比べると本当に小さなメディアではありますが、ドイツ在住者やドイツに関心のある人々の貴重な情報源として、これからも続くことを願いつつ、ご紹介させていただいた次第です。1000号では、岡崎慎司選手のインタビュー、村上春樹作品の翻訳者ウルズラ・グレーフェ氏のエッセイ、日独の知られざる歴史に迫る記事など、なかなか充実した特集記事が並んでいますので、よかったらぜひお読みください(HPよりすべての記事をお読みいただけます)

さて、一昨日(5月8日)ドイツは70回目の終戦記念日を迎えました。最新の1001号の終戦70周年特集で、フォルカー・クレップさんというまさに1945年5月8日に生まれた方のインタビュー記事を書かせていただく機会がありました。ベルリン広しといえども、この日に生まれた人を探そうとしても、そう簡単には見つからなかったと思いますが、知人を介した偶然のつながりで出会うことができました。ドイツとヨーロッパの歴史において、極めて重要な日に生まれた一人のドイツ人が何を考えて生きてきたのでしょうか。クレップさんのご両親は、外国生まれのドイツ人という背景を持つゆえ、彼自身のドイツ社会での立ち位置や一般のドイツ人との感じ方の違いも、興味深いところではないかと思います。合わせてお読みいただけると幸いです(こちらより)。
by berlinHbf | 2015-05-10 15:00 | ドイツ全般 | Comments(1)

細貝萌選手インタビュー(ドイツニュースダイジェスト掲載)

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昨年11月に行ったサッカーブンデスリーガのベルタ・ベルリンの所属する細貝萌選手のインタビュー記事が、ドイツニュースダイジェストの2015年新年号に掲載され、オンラインでも全文をお読みいただけるようになりました(こちらより)。

ドイツでの日々からサッカー観、ファンとの交流まで内容は多岐に及び、細貝選手の人間性も伝わってくるインタビューになったと思うので、ぜひご一読いただけたらと存じます。
by berlinHbf | 2015-01-13 18:07 | サッカーWM2006他 | Comments(0)

東京新聞7月27日(日)朝刊「写真家 古屋誠一インタビュー」

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文章を書く仕事をしている関係からか、ベルリン在住の特派員の何人かの方とお付き合いがあります。皆さん取材で飛び回っていることが多いので、頻繁にというわけではないものの、時々食事などをご一緒しながら仕事や旅、好きな本の話などをしては、刺激を受けています。

東京・中日新聞の宮本隆彦記者も親しくさせていただいている一人。昨年の春頃だったか、近所の中華のお店でお会いした際、宮本さんがある写真家のノンフィクションについて熱く語っていました。それが、『メモワール 写真家・古屋誠一との二〇年』(小林紀晴著)という本でした。宮本さんは、学生時代にたまたま古屋誠一という写真家の作品に出会って以来、興味を持っているのだとか(私は正直それまで知りませんでした)。今年に入って、宮本さんからこの本を借りて読んだのですが、これまで味わったことのないような読後感の残る本でした。古屋誠一は若い頃に渡欧し、そこでオーストリア人のクリスティーネと出会い結婚します。しかし、やがて彼女は精神を病み、1985年10月、当時古屋の仕事の関係で滞在していた東ベルリンの高層アパートから飛び降りて自殺を遂げます。古屋はクリスティーネとの8年間を克明に記録し続け、『Mémories』と題した写真集をこれまで何冊も発表してきました。詳しい内容についてここではこれ以上触れませんが、「人はなぜ撮るのか、作品を残そうとするのか」という表現の根幹にも問いを投げかける、ある種の衝撃を受けたノンフィクションでした。
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6月頭、私の友人の写真家のTwitterで、古屋さんの新しい写真集のプレゼンテーションがポツダム通りのThomas Fischerというギャラリーで行われることを知り、宮本さんを誘って出かけてきました。古屋さんはこのイベントのために自宅のあるオーストリアのグラーツからやって来られたそうですが、ご覧の通りの大盛況。キュレーターとのトークセッションでは、作品が生まれた経緯などを流暢なドイツ語で語っていました。

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この新しい写真集のタイトルは『Staatsgrenze 1981-1983』。「国境」という意味です。1981年から83年にかけて、古屋さんは家族を連れてオーストリアとの国境線に沿って車で走り、記録に収めました。新作と言っても30年以上前に撮影された作品をまとめたものですが、長年Mémories』に取り組んできた古屋さんにとって、新たな一歩となる作品となったようです。

宮本さんは当初、「せっくの機会だから名刺だけでも渡せたら」というぐらいの気持ちだったそうですが、イベント終了後古屋さんに挨拶した際、インタビューの打診をしたら快く応じてくれ、その2週間後にはもうグラーツに飛んでいました。インタビューの翌日、宮本さんから届いたメールには、古屋さんの自宅にまでお邪魔して計5時間ぐらい話を伺ったことに加え、「当然、小林紀晴さんの『メモワール』の印象に引っ張られていたわけですが、 (今回のインタビューで)それが修正されるような部分もありました」と書かれており、私もその中身が気になっていました。実は先週、久々に宮本さんに会って今回の話を聞く予定だったのですが、ウクライナの旅客機撃墜事件で宮本さんは急遽ウクライナに飛ぶことになり、約束は流れてしまいました。

明日7月27日(日)の東京新聞の朝刊に、宮本記者による「古屋誠一 ロングインタビュー」が掲載されるそうです。以上のような経緯から、私もどんな内容なのか全然把握していないのですが、興味深いインタビューになっているのは間違いないので、ここでご紹介しようと考えた次第です。ご興味がありましたら、ぜひ明日の東京新聞を手に取っていただけたらと存じます。

by berlinHbf | 2014-07-26 11:41 | ベルリンの人々 | Comments(0)

樫本大進さんインタビュー(ドイツニュースダイジェスト掲載)

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5月に実現したヴァイオリニストの樫本大進さんのインタビュー記事が、6月第3週号の
ドイツニュースダイジェストに掲載されました。オンラインでも読めるようになったので(こちらより)、ブログでもご紹介させていただきたいと思います。

今回のインタビューは、1月に亡くなったクラウディオ・アバド追悼演奏会のリハーサル初日の直前に行われました。前半のプログラムは指揮者なしだったゆえに、樫本さん自身「僕らにとっても(リハーサルが)どうなるかわからない」とおっしゃっていて、独特の緊張感の中でインタビューは始まりました。時間は限られていましたが、樫本さんとドイツとの関わりにテーマを絞ったためか、いいテンポで会話が進んだのは幸いでした。

実力・知名度共に抜群の樫本さんだけに、今回の記事はいつになく反響がありました。樫本さんの奥様までもが、「こういう内容のインタビューを、特にドイツに住む方々に読んでいただけるのは嬉しい」とおっしゃってくださったのは、何より嬉しかったです。実際、日本の音楽ファンだけでなく、異国の地で生活・勉強・仕事をしている方などにも、何かしらの力を感じ取っていただける内容になったのではないかと思います。

5月のインタビューの前後に、樫本さんがソロで出演する室内楽の公演を2回聴く機会がありました。中でも、ユダヤ博物館の室内楽フェスティバルで聴いた、シマノフスキの「神話~ヴァイオリンとピアノのための3つの詩」と、フィルハーモニーのリサイタルで演奏されたショスタコーヴィチのヴァイオリンソナタは、心底圧倒される演奏でした。一昨日、ジュネーブで山田和樹さん指揮スイス・ロマンド管とチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を共演し、いよいよこれから日本ツアーが始まりますね。聴きに行けないのが残念ですが、きっと素晴らしい公演になるだろうと思います。樫本さんがこれから音楽家としてどのような進化を遂げて行くのか、ますます楽しみです。


by berlinHbf | 2014-07-01 14:17 | ベルリン音楽日記 | Comments(1)

「ミセス」2014年2月号「指揮者・山田和樹の育む音」

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最近発売になった「ミセス」(文化出版社)2月号に「指揮者・山田和樹の育む音」という記事を書かせていただきました。欧州でも活躍中の若手指揮者、山田和樹さんへのインタビュー記事です。9月に編集長の岡崎成美さんと新宿で打ち合わせをした際、岡崎さんは山田さんが一人っ子であることに注目されました。「昔は兄弟だったり、地域の年長者だったりと、『他人から学ぶ』ことが普通に行われていた。現代はそういう形で『知恵』を得ることが難しくなってきている。山田さんはどういう家庭環境のもとで育ったのだろう?」と岡崎さん。婦人雑誌らしく、教育にも焦点を当てた記事となりました。特に印象に残ったのが、山田さんが指揮者になる決意をした高校生の時、お父さんから言われた言葉で、文化の本質を語っているなあと感銘を受けました。ご興味がありましたら、一読いただけると大変うれしく思います。

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昨年10月、取材でジュネーブを訪れた際に見学したサン・ピエール寺院にて
by berlinHbf | 2014-01-14 23:57 | ベルリンを「読む」 | Comments(0)

AERA 2013年9月30日号「現代の肖像」日下紗矢子

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現在発売中のAERA(朝日新聞出版)2013年9月30日号の「現代の肖像」という有名なルポシリーズで、ヴァイオリニストの日下紗矢子さんのことが取り上げられています。執筆されたのはフリーライターの千葉望さん。5ページのルポですが、日下さんのご家族から恩師、各関係者にまで丹念に取材を重ねて書かれた、とても読み応えのある記事になっています。実はその関係者の中に私も入っていまして(笑)、今年5月に千葉さんが取材でベルリンに来られた際、日下さんとご近所付き合いのある私まで取材を受けることになったのでした(記事の中でそのことが少し出ており、私も読んでビックリ)。それはともかく、日下さんのルーツから音楽への真摯な取り組み方、その目指すものまで多角的に描かれており、大変興味深く拝読しました。日曜日までの発売だと思いますので、ご興味のある方はぜひご一読いただけたらと思います。

もう1つお知らせです。日下さんがベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団と並んでコンサートマスターを務める読売日本交響楽団の演奏会が来週4日間に渡って行われます。S.スクロヴァチェフスキ指揮で、ショスタコーヴィチの交響曲第5番がメインのプログラム(2日サントリー、3日東京オペラシティ、4日東京芸術劇場、6日横浜みなとみらい)。日下さんもコンマスとして出演されますが、特に3日のオペラシティでの公演は、室内楽の演奏付きでおすすめです。ちなみにこの日は、スクロヴァチェフスキ氏の90歳の誕生日だとか!2011年に聴いたスクロヴァチェフスキ指揮ベルリン・フィルのコンサートは、この年私が聴いた中でもっとも感動を受けた生演奏の一つでした。今回も圧倒的な名演が期待できるのではと私も楽しみにしています。

以下は読売日響のHPより
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第3回東京オペラシティ・プレミアムシリーズ
2013年10月 3日(木) 18:30 東京オペラシティコンサートホール
指揮=スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ

【第1部】
日下紗矢子と読響の仲間たち(室内楽)
チャイコフスキー(武満徹:編曲):秋の歌(クラリネットと弦楽四重奏のための)
ショスタコーヴィチ:弦楽八重奏のための2つの小品
出演:日下紗矢子、小杉芳之、荒川以津美、肥田与幸、鈴木康浩、榎戸崇浩、毛利伯郎、室野良史、金子平

【第2部】
ベルリオーズ:劇的交響曲「ロミオとジュリエット」作品17から〈序奏〉〈愛の情景〉〈ロミオひとり〉〈キャピュレット家の大饗宴〉
ショスタコーヴィチ:交響曲 第5番 ニ短調 作品47
by berlinHbf | 2013-09-27 14:31 | ベルリンの人々 | Comments(2)

ドイツニュースダイジェスト 生誕150周年特集「森鴎外とベルリン」

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往年のウンター・デン・リンデン ©Ichika Rokusou

明治時代を代表する文豪、森鴎外(1862 〜1922)。2012年は鴎外の生誕150年の記念年である。日本においてはもちろん、かつて鴎外が留学したベルリンでも、誕生日の2月17日にフンボルト大学主宰の記念式典が行われるなど、この文豪への関心がいま再び高まっている。

鴎外は1884年から88年までの約4年間、陸軍軍医としてドイツに留学し、その間ライプツィヒ、ドレスデン、ミュンヘン、ベルリンで学んだ。『舞姫』を挙げるまでもなく、とりわけベルリンは鴎外にとって思い入れの強い街だったようで、後の作品にも繰り返しその影響を読み取ることができる。

この機会に改めて鴎外の作品と向かい合ってみてはどうだろう。昨年、その著作『鴎外の恋 舞姫エリスの真実』(講談社)を通して、エリスのモデルとなった人物エリーゼ・ヴィーゲルトについて決定的な新事実を発見したベルリン在住のフリーライター、六草いちかさんに話をうかがった。いざ、鴎外の生きた19世紀末のベルリンへ!(インタビュー・構成:中村真人)

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by berlinHbf | 2012-03-06 16:44 | ベルリンを「読む」 | Comments(4)

ライプツィヒ聖トーマス教会合唱団の来日公演

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Thomaskirche Leipzig (2012-01-06)

1月にライプツィヒで取材した聖トーマス教会合唱団(トマーナコア)が間もなく来日するので、ここで紹介させていただきたいと思います。バッハが音楽監督(カントール)を務めていたトマーナコアは、今年誕生から800周年(!)を迎えます。今回のツアーはその一貫として行われるもので、演目はバッハの「マタイ受難曲」。私がライプツィヒを訪れた1月6日は、メモリアルイヤーのオープニングを飾る礼拝が行われ、その午後現在のカントール、ビラーさんにお話を伺うことができました。そのインタビューは、ジャパン・アーツの合唱団ブログでご覧いただけます。1日バッハに浸れた幸福な日でした。

ゲオルク・クリストフ・ビラーへのインタビュー
【その1】聖トーマス教会合唱団について
【その2】マタイ受難曲について

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その後、来日公演のプログラムにも合唱団800年の歴史について記事を書かせていただくことになり、実際にトマーナコアで歌っていた人に話を聞くことができないかなあと思っていたところ、たまたまドイツ人の知人にそのことを話したら「私の知り合いに1人いるわよ!」。私が目の色を変えたら、その場で電話してくれ、翌日話を聞きに行けることになったのです。

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それが、現在ベルリン放送合唱団のテノールの団員であるトーマス・コーバーさん。彼は東独時代の1975年から84年までトマーナコアで歌っていました。きれいに整理されたアルバムを見ながらの思い出話は、時を経つのも忘れるほど楽しいものでした。この写真で見せてくれているのは、1977年の来日公演のちらしです。

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面白かったものをいくつかお見せしましょう。これは1979年10月7日、ベルリンの共和国宮殿(!)で行われた東ドイツ建国30周年の記念式典で歌ったときのプログラム。一般の市民は西側に自由に旅行に行けなかった時代、トマーナコアはある種の特権的な役割を担っていました。他の学校の生徒から妬まれることもしばしばあったとか。

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東独時代からの恒例行事、ドレスデンの聖十字架合唱団とのサッカーの対抗試合の記事。

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左の人物、誰だと思いますか?ロックバンド「ディー・プリンツェン」でボーカルを務めるゼバスティアン・クルムビーゲルです。800年の歴史を持つトマーナコアは、こんな異才も輩出しています。

来日公演のプログラムで3ページの記事を書いておりますので、コンサートに行かれる機会がありましたら、ぜひお読みいただけたらと思います。

関連:
- 聖トーマス教会合唱団&ゲヴァントハウス管弦楽団2012 ジャパン・アーツ
- ドキュメンタリー映画"Die Thomana"(2月16日よりドイツで一般公開が開始)
- バッハのモテット「聖霊はわれらが弱きを助けたもう」(トマーナコアの合唱で。コーバーさんがバッハのモテットで一番好きと言っていた曲で、最近の私のお気に入り)

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by berlinHbf | 2012-02-25 14:16 | ベルリン音楽日記 | Comments(4)

追悼・外林秀人先生

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先日、べるりんねっと789外林秀人氏の追悼ページに寄稿させていた追悼文をここに再掲いたします。

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2011年12月30日の夜、外林秀人先生の訃報の知らせを受け取った。ここ数ヶ月、ご無沙汰していたとはいえ、「先生のメッセージはこの時代においてますます重要な意義を持つものと思います」と書いてご自宅にクリスマスカードをお送りしたばかりだった。私は愕然とした。

外林秀人さんという方の存在を知ったのは、確か2006年だったと思う。「ベルリン在住の日本人科学者が、半世紀以上の沈黙を経て、ヒロシマでの被爆体験を語り始めた」というニュースはドイツのメディアでも話題となり、私もいくつかの新聞記事を読んでいた。また、トルーマン大統領が原爆投下を決定したと言われるポツダム・バーベルスベルクの邸宅前の広場に「ヒロシマ広場」をつくる活動に外林先生が関わられていることも知った。私は、子供の頃から原爆の問題にはどちらかといえば強い関心を持っていたので、いつか直接お話を伺ってみたいという思いを漠然と抱いていた。

2010年の7月末、日本食レストラン「よしおか」に食事に行った時のこと。店主の吉岡さんと話していて、ふと外林先生の話題になった。先生は毎週土曜日の夕方、奥様と「よしおか」に来られるという。吉岡さんは私がドイツニュースダイジェストに寄稿している記事を毎回読んでくださっており、「一度外林先生にインタビューしてみるといいですよ。よかったらご紹介しましょうか?もうご高齢だし、いつまでお元気でおられるかは誰にもわからないから」と言ってくださった。ちょうどヒロシマ広場の記念碑が除幕したばかりで、原爆投下から65年目の日が目前に迫っていた。私にとって願ってもない機会だった。

8月10日の午後、ヒルトン・ホテルのカフェでゆっくりお話を伺った。まぶたに刻まれた深いしわと時折見せる寂し気な表情が印象的だった。それでいて、(こんなことを言うのは失礼かもしれないが)どこかチャーミングな魅力のある方だった。半世紀以上住んでおられるベルリンの話から始まったのだが、「ベルリンに長く住んでいる理由は、ベルリンほど原子爆弾に対して安全な場所は世界になかったからです。ここにいれば二度と原爆には遭遇しないだろうと信じていました」と真顔でおっしゃった時には体に衝撃が走った。50年以上被爆体験を胸の奥に秘めてきた理由、原発のこと、問われる政治家と科学者のモラル、等々。ゆっくりとそして思いを込めて語ってくださった。
(この日のインタビューはドイツニュースダイジェストおよび拙ブログにも掲載)

それから1年数ヶ月という決して長い時間ではなかったものの、外林先生は私に対して随分懇意にしてくださった。時々電話もいただくようになった。2010年8月にターゲスシュピーゲル紙に掲載されたロングインタビューは、「今までドイツのメディアに書いてもらった記事で一番内容がいいので、日本語に訳してもらえないだろうか」と言って、翻訳を依頼してくださった。

ある日、バスの2階席で偶然お会いした時は、「ドイツや他の国でしてきた講演の記録が大分たまってきたので、いつかまとめられないかと思っている。その時は中村さんにもぜひ協力して欲しい」とおっしゃった。ベルリンのフェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ学校で中学生ぐらいの子供たちに話をされる時にはご招待くださり、聞きに伺ったこともあった。あの福島第一原発の事故が起きてからは、ドイツの新聞やテレビで先生のお顔を見る機会が増えた。あまり体調がよくない中、各地で講演会を精力的にされていることも聞いていた。

印象に残っているのが、昨年4月初頭、日本のあるメディアに「こういう記事が載っていた」と電話をかけてこられた時のことだった。ドイツの南部の州の総選挙で緑の党が大躍進した直後で、「ドイツの原発は予定より早く廃止されるだろう。だが、選挙の結果が、日本の震災を起爆剤にしてもたらされたものであるように思え、日本人としては複雑な気持ちだ」というような内容の記事だった。正直、最初に私が読んだ時は特に違和感を感じなかった。当時、ドイツメディアのフクシマの報道の仕方は過剰にセンセーショナルな部分があったし、その波に後押しされた形で脱原発を求める声が一気に加速したのも事実だと思ったからだ。しかし、外林先生の捉え方は違っていた。

「どうしてこんな記事を書くのだろう。原発がなくなることのどこが悪いのか。それに、ドイツの人々は日本人に対して心から追悼の気持ちを示してくれているではないか」。

外林先生のこれほど怒った声を聞くのは、この時が最初で最後だった。

先生の核についての考えは一貫していた。「左か右かとか、勝つか負けるかとか、アメリカに責任があるかないかとか、つまり誰がどういう立場かという問題ではない。核兵器も原発も、『人類全体』を考えるとよくない。だから私たちはそれらを早く捨てるべきだ」。これまで先生から伺ってきたお話を集約すると、結局こういうことではないかと思う。

50年以上、外林先生が被爆体験をひたすら内に秘めてこられたのは、放射能をめぐる差別の問題が過去も今も根強く存在するからだ。そのことも私たちは忘れてはならないだろう。

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昨年8月6日の式典で挨拶をする外林先生。両側はアストリッド夫人とポツダム・ヤコブス市長

外林先生に最後にお会いしたのは、昨年の8月6日だった。この日、ポツダム市の名誉市民の称号が贈られることになり、ヒロシマ広場での式典に伺った。先生は手術をされた直後で、すっかりお痩せになったことに驚いた。それでも私の顔を見つけると、笑顔を見せて手を差し出してくださった。その時のことが忘れられない。

ポツダム市長も臨席した式典の挨拶で、外林先生は「長崎にも原爆が落とされたのだから、この広場の名称に『ナガサキ』も加えて欲しい」という希望をおっしゃっていた。

12月7日、ポツダム市の市議会は、「ヒロシマ広場」を「ヒロシマ・ナガサキ広場」に改称する決議を賛成多数で可決した。「ポツダム・ヒロシマ広場をつくる会」の副会長で、外林先生と長く一緒に活動されてこられた福本榮雄さんから、数日前こんなメールをいただいた。
「(外林先生との最後の電話で)広場の名称をヒロシマ・ナガサキ広場と改名することが市議会で決議されましたとお伝えできたことが救いです。念願のベンチが設置されたことも。一度も座っていただくことはできませんでしたが」。

「ベンチ?」と思った。だが、外林先生に最初にインタビューした際の録音を聞き直してみたら、最後の方で確かにこうおっしゃっていた。「ヒロシマ広場にベンチを置いたらどうかと思っているんです。記念碑を前にして、そこに座ってゆっくり考えられるようにね」。

外林秀人先生、短い間でしたが、大切なことをたくさん教えてくださり、どうもありがとうございました。今度ヒロシマ・ナガサキ広場に行く時は、そのベンチに座りながら、先生が残されたメッセージの意味をじっくり考えたいと思います。どうか安らかにお眠りください。

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ヒロシマ・ナガサキ広場の原爆記念碑の前に立つ外林先生

関連記事:

外林秀人氏死去(ドイツ在住の被爆語り部)
 外林 秀人氏(そとばやし・ひでと=ドイツ在住の被爆語り部)12月28日、ベルリンの病院で死去、82歳。長い闘病生活を送っていた。
 29年11月長崎生まれ。45年8月に広島で被爆した。留学生としてベルリンに渡り、ベルリン工科大で教授を務めた。原爆投下命令が出された地とされるドイツ東部ポツダムに、「ヒロシマ・ナガサキ広場」や原爆碑を設置する活動に尽力。ドイツ各地で被爆体験を伝えながら寄付を呼び掛けた。(ベルリン時事)(2012/01/02-19:55)

NACHRUF: Hiroshima-Opfer gestorben - Jakobs würdigt Hideto Sotobayashi
(2011-12-31, Märkische Allgemeine)

Letzter Wunsch - Sotobayashi wird in Potsdam beerdigt
(2012-01-06, Märkische Allgemeine)
この記事によると、外林先生の葬儀は1月23日に行われることになったそうです。

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by berlinHbf | 2012-01-07 14:45 | ベルリンの人々 | Comments(7)

眞峯紀一郎さんインタビュー - 9/9のチャリティーコンサート -

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9月9日、ベルリンのカイザー・ヴィルヘルム記念教会で、東日本大震災のチャリティーコンサートが開催される。ベルリンのプロオーケストラに在籍する約15人の日本人音楽家が一同に会するという初めての試みだ。このコンサートのまとめ役を引き受けているのが、ヴァイオリニストの眞峯紀一郎さん。長年、ベルリン・ドイツ・オペラとバイロイト祝祭管弦楽団で弾き、定年後は教育活動でドイツ中を奔走、また <バイロイト・フェスティバル・ヴァイオリンカルテット>のメンバーとしても演奏活動を続ける眞峯さんに、このコンサートに向けての意気込みを伺った。
ドイツニュースダイジェスト・独日なひと 9月2日)

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眞峯紀一郎 まみね・きいちろう
ヴァイオリニスト
1941年東京生まれ。5歳の時から長野県松本市にて鈴木鎮一に師事(才能教育第一期生)。国立音大卒業後、69年旧西ベルリンに留学、翌年ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団に入団し、73年よりバイロイト祝祭管弦楽団のメンバーにもなる。82年以来、ベルリンのカイザー・ヴィルヘルム記念教会のバッハ合唱団の理事、バッハ・コレギウムの責任者を務めている。
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ベルリンのプロオーケストラに在籍する日本人音楽家のほぼ全員が集まって、1つのコンサートをするというのは初めてのことだそうですね。どういう経緯で実現することになったのでしょう?

事の発端は全くの偶然でした。今年5月、路上で久し振りにヴァイオリニストの知人に会いました。彼女の子どもが通っているベルリン日本語補習校の父兄の間で、ベルリンのオーケストラに在籍する日本人音楽家が集まって、何かできないだろうかという話が出たそうです。どなたかまとめてくれる人がいないだろうかと、その役に私の名前が挙がっていたところで、ちょうど私にばったり会ったというのです。正直言いまして、最初は無理だろうと思いました。こういうことは今までベルリンで実現したことがないし、私の時代に比べたら日本人音楽家の数もずっと増えている。1つにまとめ上げるのは大変でしょう。

そこでまず、ヴァイオリニストの町田琴和さん(ベルリン・フィル)と日下紗矢子さん(コンツェルトハウス管)に御相談したところ、大変協力的で、そこからすうっと決まっていきました。会場に関しても、長年お付き合いのあるカイザー・ヴィルヘルム記念教会に問い合わせてみると、候補の9月9日が運良く空いていました。ベルリン・フィルの樫本大進さんにもお尋ねしてみたら、「この日に予定されていたコンサートがキャンセルになりそうなので、その場合は喜んで出演します」と言ってくださいました。皆さんがとても意欲的なことに加え、いくつもの幸運が重なって実現できることになりました。

「なぜ日本人じゃないといけないのか」「なぜオーケストラの団員でないといけないのか」と叱責も受けました。多くの仲間たちに声を掛けられず、残念に思っていますが、決して国粋主義でもエリート主義でもありません。今回が初めてですし、20人以上をまとめるだけでも大変。もちろん皆さんに手 伝っていただいていますが、これ以上増えると私1人では難しい。そこでベルリンのオーケストラのメンバーで固めて、足りないパートは補うというやり方にしました。間口を広げ過ぎるとキリがありません。アンサンブルの特徴も大切です。ベルリンのオーケストラの日本人メンバーが集まって何かをやるということで、対外的にアピールできるのではないかと思ったのです。

今回のコンサートのプログラム構成について教えていただけますか。

練習時間が限られているので、プログラム構成には吟味を重ねました。皆で演奏するのは、まずエルガーとアイヴズの曲。4年ほど前、ヴォルフガング・ヴァーグナーのグドルン夫人が亡くなった際、追悼式典でバイロイトの仲間がアイヴズ作曲の『答えのない質問』という曲を演奏しました。地震、津波に加えて原発問題と、どうやって対処するべきなのか、解決策が見えていない(まさに「答えのない」)状況の中、ふとこの曲のことを思い出しまして、今回絶対入れたいと思いました。この曲には管楽器が必要なのですが、これもうまい具合に編成に合うメンバーが見付かりました。

それから、親交のあるスロヴァキア人の作曲家、ラディスラフ・クプコヴィチ教授が、私たちの編成に合わせて『2011年3月11日の犠牲者のために』という新曲を書いてくださいました。彼は一時期、前衛作曲家のシュトックハウゼンとも仕事をしていましたが、「こういう音楽に将来はない」と考え、調性音楽に戻った作曲家なので、どんな曲になるのか楽しみにしています。

それ以外に、ベルリン在住の作曲家、番場俊之さん作の < Odor of Time > というヴァイオリンのデュオ、モーツァルトのオーボエ四重奏曲、ドヴォルザー クの弦楽三重奏曲、バッハの2つのヴァイオリンのための協奏曲を演奏します。指揮はベルリン在住歴の長い沼尻竜典さんにお願いしました。今回のライブ録音をCDにして、売り上げを寄付する計画も決まりました。

集まった募金は仙台フィルに届けられるそうですね。

せっかくこれだけのメンバーが集まるのだから、募金の目的や送り先を明確にしたいと考えました。私たちはオーケストラプレーヤーなので、仙台フィルには知っている仲間もいるし、指揮者の山下一史さんや小泉和裕さんは昔ベルリンで学んだ人たち。オーケストラ同士で励まし合いたいと思ったのです。ありがたいことに、日本大使館をはじめ、ベルリン日本商工会や日独センター、独日協会、日本語補習校も全面的に後援してくださることになりました。

震災直後は、「こんな時、音楽は何の役にも立たないのでは」と感じている音楽家も私の周りにはいました。今、日本は大きな危機に直面していますが、こういう困難な時期において音楽が果たせる役割は何でしょうか。

終戦直後、私は疎開先の松本(長野県)で鈴木鎮一先生にヴァイオリンを習い始めました。「日本が戦争に負けて貧しい時に、男の子にヴァイオリンなんかやらせて何の役に立つのか」と言って石を投げる人もいたので、母は目立たぬよう、風呂敷に包んでヴァイオリンを運んだそうです。  

私は30年近くベルリンのバッハ・コレギウムのコーディネートを仰せつかっているのですが、先輩の話では、戦後間もない頃にバッハのカンタータを演奏した時、オーケストラのメンバーのギャラは(燃料の)コークス1本だけだったそうです。そういう時代でも聴衆はいっぱいだったそうで、音楽を求める心は、生きているんですよ。  

心を潤す、豊かにする。動物と人間との違いはそこにあるように思います。心の豊かさというのは、私たちが人間として誇りに思っていいこと。音楽が人間の活力に、と言わないまでも、何か心に温かさや喜びを与えるものであれば、それで良いのではないでしょうか。それは、秤にかけてプラスマイナスで計算できるものではありませんよね。  

日本では、有名な曲をやらないとコンサートにお客さんが入らないとよく言われます。でも、皆さんの心に安らぎを与えられるのならば、それでもいいじゃないですか。音楽や芸術というのは、目に見えないところで人々にとってプラスになると私は信じています。今度の僕らのコンサートは、ポピュラーな曲ばかりではありません。でも、新作だからといって耳をふさがなくてはならない曲はないと思います。ですから、1人でも多くの方に聴きにいらしていただきたいです。

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東日本大震災チャリティーコンサート

カイザー・ヴィルヘルム記念教会
2011年9月9日(金)20時〜
入場無料

Kaiser-Wilhelm-Gedächtniskirche
Breitscheidplatz, 10789 Berlin
gedaechtniskirche-berlin.de

Programm:
 Edward Elgar: Serenade e-Moll für Streichorchester Op.20
 Wolfgang Amadeus Mozart: Oboequartett F-Dur KV 370
     Ryoichi Masaka Oboe, Mika Yonezawa Violine,
     Masae Kobayashi Viola, Kleif Canarius Violonvello
 Toshiyuki Bamba: Odor of Time for two Violins 1986/1990
     Mika Bamba, Keiko Kido Violinen
 AntoninDvorak* : Terzett C-Dur Op.74 für zwei Violinen und Viola
     Daishin Kashimoto, Kotowa Machida Violinen, Naoko Shimizu Viola
 Charles Ives: The Unanswered Question
 Johann Sebastian Bach: Konzert d-Moll für zwei Violinen BWV 1043
     Sayako Kusaka, Kotowa Machida Violinen
 Ladislav Kupkovic: Für die Opfer des 11. März 2011

樫本大進氏が演奏出来ない場合は、A.Dvorak のTerzettoの代りにP.Hindemithの Trauermusikを清水直子氏がソリストとして演奏。

指揮: 沼尻竜典(びわ湖ホール芸術監督)

出演:
 ヴァイオリン/樫本大進、町田琴和、伊藤マレーネ (ベルリン・フィル)、日下紗矢子 (ベルリン・コンツェルトハウス・オーケストラ)、米沢美佳 (ベルリン・コミッシェオパー)、番場美佳 (ベルリン・ドイツ交響楽団)、矢袋美沙 (ベルリン放送交響楽団)、木戸恵子 (ベルリン・ドイツオペラ)、星秀圃、眞峯紀一郎
 ヴィオラ/清水直子 (ベルリン・フィル)、小林雅恵 (ベルリン・コミッシェオパー)、今津文恵、クリストあずさ
 チェロ/クライフ・カナリウス (ベルリン・コミッシェオパー), 峰本更 (ベルリン・ドイツ交響楽団)
 コントラバス/青江宏明 (ベルリン・コミッシェオパー)
 フルート/ロベルト・レルヒ (ベルリン・ドイツオペラ) 他
 オーボエ/真坂亮一 (ベルリン・コミッシェオパー)
 クラリネット/リヒアルト・オーベルマイヤー (ベルリン・ドイツ交響楽団)
 トランペット/四本喜一

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by berlinHbf | 2011-09-01 14:18 | ベルリンの人々 | Comments(2)

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