ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
「素顔のベルリン」増補改訂版
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本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

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現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

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タグ:発掘の散歩術 ( 54 ) タグの人気記事

発掘の散歩術(58) - Sバーン博物館でノスタルジーに浸る -

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Berliner S-Bahn Museum (2015-04)

日々移り変わるベルリンに15年近く住んでいると、いつの間にか消えてしまったものへのノスタルジーが募るときがある。私の場合、その1つが古いSバーンだ。私がベルリンに来た当初、独特の唸り声を立てて走る旧型のSバーンがまだわずかながら走っていた。開閉するときのドアの取っ手の重かったこと。内装の壁と座席は木製で、車内に入ると木目が醸し出す温かい雰囲気に気持ちがほころんだ。

2003年にこの電車が突如姿を消した後、477型と呼ばれるこの車両が1935年に製造されていたことを知った。ナチスの時代もベルリン・オリンピックも経験した電車が、21世紀になっても現役で走っていたのだ。その意味を思うと、「もっと味わって乗っておくのだった!」と私は後悔したが、時すでに遅し。あの懐かしい電車は、記憶の彼方へと旅立ってしまった。

そんなSバーンの博物館がベルリンの郊外にある。冬期以外の毎月2日間しかオープンしていないため、今回ようやく日程を合わせて訪ねることができた。ベルリン市をわずかに外れたSバーンのグリープニッツゼー駅で降り、表示に従って歩いて行くと、昔の信号扱い所だった建物を利用した博物館が見えてきた。

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グリープニッツゼー駅に面したSバーン博物館

細い階段を上って行くと、文字通りの「鉄(テツ)」の匂いが立ち込めてくる。以前、本コラム(第973号、2014年3月7日発行)でご紹介したベルリン地下鉄博物館を思い出した。窓口で硬券の入場券を買って中に入ると、壁にはSバーンの緑色の看板や駅名のプレートがぎっしり飾られ、奥にはあの懐かしい電車の姿もあった。

関連記事:

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実物に触れられる運転台は子どもにも人気

同じベルリンにあっても、Sバーンが地下鉄と異なるのは、その錯綜した歴史背景ゆえだろう。第2次世界大戦後、ドイツ、そして首都ベルリンは連合国の占領下に置かれたが、連合国の命でSバーンは一括して東独の国営鉄道であるライヒスバーンの管轄下に置かれた。東西どちらを走ろうが、である。1961年に壁の建設が始まると、西側のSバーンの利用者は激減した。どれだけ乗っても、収益は東側に流れたからだ。館内には、分断時代のSバーンの映像や写真が多く展示されていた。そこに見られる廃墟のような駅舎や保線状態の悪さが想像できる線路……。Sバーンこそは、西側にある東の世界だった。戦前の電車が世紀をまたいでも走り続けたのは、このような特殊な背景があったからにほかならない。この博物館のすぐ近くにあった壁を越えて、Sバーンがベルリンからポツダムまで再び走るようになったのは、東西統一後の1992年のことだ。

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博物館に保存された電車のあの木製の椅子に座り、しばし思い出に浸った後、グリープニッツゼーの駅に戻る。目の前には同名の湖が広がり、高級住宅が立ち並ぶ。1945年7月、トルーマン米大統領がポツダム会談中に滞在し、広島と長崎の原爆投下を決定したと言われる邸宅はこのすぐ近くにある(関連記事はこちらより)。人々を分断し続けた東西ベルリンの壁も、今も人々を苦しめる原爆も、時の権力者が「正しい」と考えた一瞬の判断によって引き起こされた。そんなことを思うと、ノスタルジックな気分が一気に覚醒した。
ドイツニュースダイジェスト 5月1日)


Information
ベルリンSバーン博物館 
Berliner S-Bahn-Museum

1996年にオープンした鉄道博物館。Sバーンの同好会により運営されており、様々な時代のSバーンの座席、プレート、切符、刻印機、信号などが展示され、その多くに触ることができる。実物のコントローラーを動かせる運転台も人気。入場料は2ユーロ(16歳以下は1ユーロ)。S7のGriebnitzsee駅より徒歩2分。

開館:4~11月まで毎月第2土曜・日曜(11月のみ第3週)
11:00~17:00
住所:Rudolf-Breitscheid-Str. 203, 14482 Potsdam
電話番号:030-78705511
URL:www.s-bahn-museum.de


ベルリンのトラム150周年 
150 Jahre Straßenbahn in Berlin

乗り物好きにお勧めしたいのが、今年創業150周年を迎えるベルリンのトラム(路面電車)の記念イベント。6月22日にアレクサンダー広場で行われる祝典では、1883年の馬車鉄道から最新型のトラムまでが一堂に会する。6月27日と28日の週末にはリヒテンベルクの車庫が一般公開され、さらに28日には祝賀の花電車が市内を走る予定だ。

by berlinHbf | 2015-05-10 13:48 | ベルリンあれこれ | Comments(1)

発掘の散歩術(56) -「隔絶された場所」ホーエンシェーンハウゼン-

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Gedenkstätte Berlin-Hohenschönhausen (2015-02)

アレクサンダー広場からトラムM6に乗って東へ走る。プラッテンバウと呼ばれる旧東独の典型的な高層アパートの風景が広がる中、やがて電車はゲンスラー通りの停留所に到着。目の前の真新しいショッピングセンターとは対照的に、その裏手のゲンスラー通りにはうら寂しい雰囲気が漂っていた。道なりに歩くと、その思いにとどめを刺すかのように、有刺鉄線に囲まれた塀と監視塔が見えてきた。かつて東独の人々が恐れをなしたホーエンシェーンハウゼンの国家保安省(通称シュタージ)の刑務所跡だ。

5年ほど前にもここを訪れたことがあるが、チケット売り場やショップ、待合室が見違えるように奇麗になっていて驚いた。別館に常設展もあるが、とりわけ価値があるのは、かつて実際に収監されていた人が案内するガイドツアーに参加することだろう。カール・ハインツ・リヒターさんという気骨のありそうな初老の男性が現れ、我々をまず地下の部屋に連れて行った。

この場所は、いくつもの歴史の層を持つ。そもそもは1939年、ナチス管轄下の調理場として作られた。1945年5月のドイツの降伏後、ソ連が接収して「特殊収容所3」と名を変え、当局によってナチスの協力者やスパイと見なされた者がここへ送られた。劣悪な環境の中、約1000もの人が命を落とした。

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「Uボート」の俗称を持つソ連時代の地下の刑務所

私たちが最初に見たのは、1947年からソ連の中央未決囚勾留所として使われた地下室。窓もない狭い独房を覗き見ただけでぞっとした。通称「Uボート」(潜水艦)。容疑をかけられてここに送られた人々は、外の世界と完全に隔離され、時には水攻めなどの肉体的苦痛を伴いながら、自白を強要されたのである。

そして、いよいよ上階へ移動する。1951年、国家保安省の設立とともに、この場所はシュタージの刑務所となった。東独政府は、一般の人々をも巻き込んで社会のあらゆる場所にネットワークを築き、監視や盗聴の技術を駆使して反体制派を未然につぶすことに異常なまでに執着したのである。

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シュタージ刑務所の独房の様子

ガイドのリヒターさんが自らの経験談を話してくれた。少年時代から社会主義の教育に馴染めなかったという彼は、1964年、数名の仲間とフリードリヒ通り駅から西行きの列車に飛び乗ろうと試みたが失敗。その際に大けがを負った。何とか自宅まで戻ったものの、数日後に逮捕され、この刑務所に8カ月間拘留された。夜も昼も関係なく、逃げた場所や仲間の行方などを、自白するまで尋問を受けたという。

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以前、シュタージの別の刑務所跡で、こんな話を聞いた。
「シュタージは盗聴など、あらゆる非合法的手段で容疑者を逮捕しました。そのやり方を正当化させるために、彼らを心理的に極限まで追い詰めて、『自白』させることにこだわったのです」。

リヒターさんは75年に西独に亡命。しかし、常にシュタージにつきまとわれているという心理的なプレッシャーから逃れられず、長く外国に暮らした。妻は今も精神的な病を背負っているという。「私はまだいい。でも、妻は完全に東独国家の犠牲者です」というリヒターさんの言葉が重く響いた。

実際は中心部からそれほど遠くないのだが、今も心理的に周囲と隔絶された場所という印象は強い。それでも、ここで多くの若者たちと出会ったのは救いだった。
ドイツニュースダイジェスト 3月6日)


Information
ベルリン・ホーエンシェーンハウゼン記念館 
Gedenkstätte Berlin-Hohenschönhausen

ホーエンシェーンハウゼン区にあるかつてのシュタージの刑務所。1994年以来、記念館として一般公開されており、社会主義時代のこの場所の歴史を研究し、伝承することを責務としている。常設展は入場無料。ガイドツアーは5ユーロ。英語のツアーは毎日14:30に開催。トラムM5のFreienwalder Str.駅もしくはM6のGenslerstr.駅から徒歩約10分。

開館:月~日9:00~18:00(ガイドツアーの詳細は下記HPにて)
住所:Genslerstr. 66, 13055 Berlin
電話番号:030-98608230
URL:www.stiftung-hsh.de


シュタージ博物館 
Stasi-Museum


かつての国家保安省の本部跡にある博物館。シュタージの監視、盗聴技術に関する展示などのほか、国家保安大臣を長年務めたエーリッヒ・ミールケの執務室がオリジナルの状態で保存されている。東独市民がここを占拠してから25周年となる今年1月、新しい常設展がオープンした。地下鉄U5のMagdalenenstr.駅から徒歩5分。

開館:月~金10:00~18:00、土日祝12:00~18:00
住所:Ruschestr. 103, 10365 Berlin
電話番号:030-5536854
URL:www.stasimuseum.de

by berlinHbf | 2015-03-13 23:21 | ベルリン発掘(東) | Comments(0)

発掘の散歩術(54) -ノイケルンの天井で遊ぶ-

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Klunker Garten (2014-11)

地下鉄U7のノイケルン市庁舎駅で降りて地上に出ると、ショッピングセンター「ノイケルン・アルカーデン」は目の前だ。トルコ系移民の家族連れが目立ち、ベルリンのショッピングセンターの中でもとりわけ混み合っている。大手家電量販店を横目に、多少迷いながらもエレベーターを見付けた。ここが入り口らしい。5階で降りると、そこはただの駐車場。ほかの人の後を追ってもう1階分さらに坂を上って行くと、狭い天井から解放され、屋上に出る。ハーブや花のプランターや木組みの小屋が目の前に現れ、さながらガーデンセンターに来たかのようだ。かと思えば、少し先から聴こえてくるのは軽快なクラブ音楽。この場所の名は「クルンカークラニッヒ」。ホオカザリヅルという鶴の一種のことだ。

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まずは、ここからの眺望にしばらく見入ってしまった。周囲には高層建築が皆無ということもあって、テレビ塔から西側のヨーロッパセンターの方まできれいに見渡せる。手前のアパートの屋根には移民の人々のものと思われる丸い受信アンテナがいくつも連なり、紅色の屋根瓦が西日に反射している。ベルリンの高い場所はいくつも見てきたが、トップ5に入れても良いくらいの眺めだ。

クルンカークラニッヒは2013年に、もともと屋上の駐車場だったスペースを利用してオープンした。仕掛け人は、この近くのヴェーザー通りでFuchs&Elsterというライブバーを営むロビン・シェレンベルク氏とドーレ・マルティネク氏ら。夏の間によく見掛けるビーチバーではなく、持続可能な都市文化を実現する場所にすることを目指して作られた。建物の屋上を緑地にして、野菜などを植えるルーフトップガーデンの動きは、米国の多くの都市で見られるそうだが、遮るものが周囲に何もなく、大きな空を感じられる場所で植物を眺め、土の匂いを感じられるのは新鮮だ。

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市内のパノラマが広がるノイケルンのクルンカークラニッヒ

クルンカ―クラニッヒは緑があるだけの場所ではない。3ユーロの入場料を払ってさらに奥へ進むと、土曜日の夕暮れ時を様々な人々が思い思いに過ごしていた。若者の割合は高いが、砂場で遊ぶ子どもたちもいるし、コーヒーとケーキの時間を楽しむご婦人もいた。木組みの小屋の中では、DJが音楽を掛け、飲み物やピザも注文できる。「当初、ショッピングセンターの運営部や駐車場のオーナーは我々の計画に懐疑的でしたが、クルンカークラニッヒのプロジェクトが多くの人を惹き付けているのを見て、理解してくれたようです」とシェレンベルク氏は語る。クラブに限定することなく、ジャズやクラシック音楽のコンサート、朗読会がここで開かれることもある。

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子どもが遊べる砂場も用意されている

オーナーの2人は、「見掛けや年齢に関係なく、誰もが来られる場所を目指しています。また、地元ノイケルンの皆さんにも参加していただきたい。この場を生かすためのアイデアを募集しています」と語る。ベルリンの中でも、とりわけ多様性とオープンな雰囲気溢れるノイケルンに、また新しい遊び場を見付けた。
ドイツニュースダイジェスト 1月9日)


Information
クルンカークラニッヒ 
Klunkerkranich


2013年6月にオープンしたノイケルン地区の屋上テラス。U7のラートハウス・ノイケルン駅前のショッピングセンターの6階にあり、2500㎡のスペースを持つ。コンサートのほか、蚤の市、フードマーケット、クリスマスマーケットなど、季節に応じて様々な行事が開催されている。冬の間、ガーデンはお休み、レストランは週末のみの営業。

オープン:火〜木18:00〜1:30、金~日12:00〜1:30
住所:Karl-Marx-Str. 66, 12049 Berlin
電話番号:030-666666
URL:www.klunkerkranich.de


デック5 
Deck5


Sバーンのシェーンハウザー・アレー駅前のショッピングセンター「アルカーデン」の屋上にあるバー。クルンカークラニッヒとは違い、こちらは夏期のみの営業。デッキチェアが置かれ、ヤシの実や砂浜がリラックスムードを盛り上げる。眼下に広がるプレンツラウアー・ベルク地区のパノラマも魅力的。5月からの夏期シーズンに向けて現在は改装中。

オープン:月〜土10:00〜、日祝12:00〜(2015年5月から営業予定)
住所:Schönhauser Allee 79, 10439 Berlin
電話番号:030-41728905
URL:www.freiluftrebellen.de
by berlinHbf | 2015-01-20 19:21 | ベルリン発掘(西) | Comments(0)

発掘の散歩術(52) -壁崩壊から25年、「涙の宮殿」で越境体験 -

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フリードリヒ通り駅に面した「涙の宮殿」の外観

ミッテ地区のフリードリヒ通り駅は、ベルリンで最も賑わいのある駅の1つだ。地上と地下を走るSバーンとUバーンに加え、駅を南北に横切るトラムの往来が、街のリズムにアクセントを与えている。ここ数年、新しい商業施設やホテルがいくつも建ち、黒光りする鉄骨の駅舎の周辺はずいぶん華やかになった。

この駅の北側に構えるガラス張りの青い建物は、まもなく崩壊から25年を迎えるベルリンの壁の歴史において重要な意味を持つ。東西ドイツ分断時代、「国境駅」だったフリードリヒ通り駅において出国検問所の役割を果たしていたのが、「涙の宮殿」の俗称を持つこの建物だった。

関連記事:

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現在、ここは歴史記念館になっている。奥行きのあるホールに入るとまず目に付くのが、長い台の上に置かれた数々のトランクだ。1949年の東西分断後、社会主義統一党の独裁政治に絶望した多くの東独市民は、ベルリンを経由して西側に亡命した。この駅からSバーンや地下鉄に乗れば、比較的簡単に西ベルリンにたどり着くことができたからである。彼らがどのような想いで国を去ろうとしたか、体験者のインタビューと共に思い出の品が紹介されている。家族のアルバム、銀製の食器、エーリッヒ・ケストナーの絵本、等々。

その先の部屋では、1961年の壁建設前後の重要な出来事を報じる東西のニュース映像が上映されている。自由主義の西側と、「対ファシストの防壁」の名目で壁を建設した東側とは、当然ながら報道の仕方や声のトーンが全く違う。この中で特に心打たれるのが、1人のおばあさんが涙を流しながらインタビューに答える1963年の映像だ。この年の終わり、東西ドイツの間で協定が結ばれ、連日多くの西ベルリン市民がこの駅を越えて、東側に住む家族や親戚とようやく束の間の再会を果たすことができたのである。

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当時のフリードリヒ通り駅の内部がいかに複雑に入り組んでいたか、87分の1のスケールの模型で見ることができる。西ベルリンや西ドイツ、海外からの旅行者は、地上や地下のホームから迷路のような通路を経ながらも、入国審査をして駅の外に出ることができた。彼らが列車で西側に戻る際、西への旅行の自由のない東側の家族や知人とは、「涙の宮殿」の前で別れなければならなかった。

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「涙の宮殿」内にあるかつての出国審査カウンター。上に反射鏡が見える

奥には当時と同じ出国審査カウンターが置かれ、ドアを開けて中に入ることできる。ここで猜疑心に満ちた視線の審査官と向かい合ったわけである。持ち出し禁止物を持っていないかをチェックするための反射鏡が上に設置されている。出国が許可される最後の最後まで何が起こるか分からない。審査官がスタンプを押し、ブザーが鳴ると重い扉の鍵が解除される。扉を押すと、駅へと繋がる連絡口が広がった……。

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かつて「涙の宮殿」を覆っていた重苦しい空気を再現することは不可能だろう。ここを通った人にしか分からない感情というものがある。それでも、彼らが味わった悲しみや怒り、やるせなさ、恐怖、安堵といった気持ちをいくらかでも普遍化し、後世に伝えようとする記念館側の強い意思を感じた。
ドイツニュースダイジェスト 11月7日)


Information
涙の宮殿 
Tränenpalast

フリードリヒ通り駅に面したかつての出国検問所。2011年から、「ドイツ連邦共和国歴史の家」財団の運営により、「越境体験。ドイツ分断の日常」をテーマにした常設展が行われている。「涙の宮殿」の出来事を軸にして、東西ドイツの分断から1990年の統一までの歴史を約600点の展示品と共に紹介。説明は独英表記。入場無料。

開館:火~金9:00~19:00、土日祝10:00~18:00
住所:Reichstagufer 17, 10117 Berlin
電話番号:030-46777790
URL:www.hdg.de


ベルリンの壁・記憶の場所 
Gedenkstätte Berliner Mauer

1961年の壁建設当時、多くの悲劇が起きたベルナウアー通りにある、ベルリンの壁関連では最大の記念施設。実際の壁の跡や和解の礼拝堂など、見どころは多い。昨年秋から改装中だった壁記録センター(Dokumentationszentrum)では、壁崩壊25周年の11月9日、メルケル首相臨席の下、新たな常設展がオープンする。

開館:火~日9:30~19:00(11~3月は~18:00)
住所:Bernauer Str. 111, 13355 Berlin
電話番号:030-467986666
URL:www.berliner-mauer-gedenkstaette.de


by berlinHbf | 2014-11-07 23:57 | ベルリン発掘(境界) | Comments(3)

発掘の散歩術(51) -「ひとつの家」の実現に向けて-

一般公開されたヴィルマースドルフ地区のモスク

9月14日、曇り空のブランデンブルク門前に行くと、大勢の人が集まっていた。「反ユダヤ人感情は我々を脅す」「我々の名を使って戦争をするな」「ロシアとの平和を!」などと書かれたプラカードを横目に見ながら中央へ行く。ちょうどベルリンのヴォーヴェライト市長の演説の最中だった。

7月に始まったイスラエルとイスラム原理主義組織ハマスの戦闘によって、パレスチナ人自治区のガザで大きな被害が出た。ドイツで反イスラエルのデモが活発化した際、一部から反ユダヤのスローガンが叫ばれたことから、ドイツ政府は事態の深刻さを受け止め、反ユダヤ主義に抗議する今回の集会(主催はユダヤ中央評議会)に、メルケル首相やガウク大統領、シュタインマイアー外相ら閣僚も参加したのである。この日の集会には、約6000人の市民が集まったという。

ブランデンブルク門前で行われた反ユダヤ主義への抗議集会

首相の演説も聞きたかったが、私はもう1つ訪れたい場所があったので、ここで退出した。この週末は文化財に指定された建物の多くがドイツ中で一般公開される、年に一度のオープンデー。向かった先はヴィルマースドルフ地区のモスクだった。自宅から近い場所に立派なモスクがあるのは知っていたが、それがドイツ最古のものだとは知らなかった。

Sバーンのホーエンツォレルンダム駅から10分程歩くと、閑静な住宅街に突然ミナレットとドームを備えたモスクが姿を現す。外壁が崩れている箇所も目立ち、保存状態は良好とは言いがたいが、インドのタージ・マハルをモデルにしただけあって壮観だ。

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入り口で靴を脱ぎ、集会所の中に入る。天井の窓からの光が、赤と橙色の壁に柔らかく放射する。直線と曲線が織りなす幾何学的な模様が美しい。この日、案内役を務めていたパキスタン出身のアハメドさんによると、「ベルリン市内には約80のモスクがありますが、多くは住居の中に作られた簡素な形態で、モスクとして造られた施設は3カ所」とのこと。彼は訪れていた人々に向かって、「これからお祈りを始めますので、ぜひご覧になってください」と声を掛けると、滑らかな朗詠が高い天井に響き渡った。今も世界では宗教に起因した争いが繰り返され、また宗教の名を借りた殺りく行為が公然と行われているという現実を一瞬忘れさせるほど、穏やかで神妙な時間だった。

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SIMULATION: KUEHN/MALVEZZI

舞台は再びミッテに戻る。かつてゴシック様式の教会がそびえていたペトリ広場に、世界に類を見ない宗教的対話のプロジェクトが実現されようとしているのをつい最近知った。「ひとつの家」という名のこの施設には、キリスト教の教会、ユダヤ教のシナゴーグ、イスラム教のモスクが、まさに1つの屋根の下に同居し、それぞれの祈祷の場だけでなく、「第4の部屋」としてそれぞれの宗教の信者が交流する場も作られる予定だという。世界の現状を思うと半ば信じられないようなプロジェクトだが、宗教の寛容と破壊、その両方を経験したベルリンにおいて、新たな対話の第一歩が踏み出されようとしている。
ドイツニュースダイジェスト 10月3日)


Information
ヴィルマースドルフのモスク 
Wilmersdorfer Moschee

1928年に完成したドイツ最古のモスク。「ベルリンのモスク」「アフマディーヤ・モスク」とも呼ばれ、高さ32mのミナレット(塔)と26mのドームを持つ。第2次世界大戦で大部分が破壊されたが、戦後、連合国の支援や一般からの募金により再建された。毎年9月の文化財オープンデーや10月3日のモスクのオープンデーなどで一般公開される。

住所:Brienner Str. 7-8, 10713 Berlin
電話番号:030-8735703
URL:www.aaiil.org/german


ひとつの家 
House of One

2006年、ミッテ地区のペトリ広場に中世以降の5つの教会の遺跡が発掘された。同地区のグレゴール・ホーベルク牧師は「この場所に新たに建てられるべきは、宗教間の対話と共存を重視した施設」と考え、彼の考えに賛同したユダヤ教とイスラム教のグループと共に、「ペトリ広場の祈りと学びの家」協会を設立。2015年に建設開始予定の施設の費用は、公的支援に頼らず、クラウドファンディング(インターネットなどで不特定多数の賛同者から資金を調達する)を通して集められる見込み。

URL:http://house-of-one.org

関連記事:

by berlinHbf | 2014-10-09 23:45 | ベルリン発掘(全般) | Comments(0)

発掘の散歩術(50) -ピアノ・サロン・クリストフォリでアンティークの音色を愉しむ-

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アンティークのピアノがひしめき合うピアノ・サロン・クリストフォリの内部

おかげさまで50回目の節目を迎えたこの連載で、ヴェディング地区はまだ一度も取り上げたことのないエリアである。行政区分上はミッテに属するが、これといった観光名所があるわけでもなく、どちらかといえば日頃注目されることの少ない地味な場所。だが、人と場所とモノとが思わぬ形で出会うのが、ベルリンの面白いところだ。「ヴェディングに面白いピアノ・サロンがある」と知人が教えてくれた情報を頼りに、今回も「発掘の散歩」に出掛けた。

U9の終点オスロ通り駅で降りて、スウェーデン通りを南に歩く。北欧の地名に因んだ通りが多く見られるが、実際のヴェディング地区はトルコやアラブ系など、移民の背景を持つ住民の割合が全体の48%にも及ぶ多文化エリア。ちなみに、ワールドカップ・ブラジル大会を制したドイツ代表のDFジェローム・ボアテングは、異母兄弟のケヴィン=プリンスと共に、少年時代にこの界隈でボールを蹴っていたという。ヴェディングの人々が誇るサクセスストーリーだ。

パンケという川に沿って歩いて行くと、赤レンガのいかにも工場跡らしき建物が見えてきた。かつてのベルリン交通局の工場で、数年前からUferhallenという名で文化活動の拠点になっている。この一角にある「ピアノ・サロン・クリストフォリ」の前には、すでに人だかりができていた。

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コンサートの休憩中の様子

天井の高い通路を抜けて、入り口から「サロン」の中に入った瞬間、私は唖然とした。そこには古いピアノや鍵盤などが無造作にぎっしりと積まれ、とにかく、ただ事ではない空間だ。ピアノの山を抜けると、座席とステージが広がり、客は名簿に記載された自分の名前と席を確認して、客席に着くシステムになっている。

この工房兼サロンの所有主であるクリストフ・シュライバー氏は、本業は神経科医という現役のお医者さんだ。子どもの頃からピアノに親しんできたというシュライバー氏は、あるときオークションで約100年前の古いピアノを手に入れ、アンティークのピアノをよみがえらせることに喜びを覚えたという。ピアノの構造や修理の技法を学んだ末、ついには自分の工房を持つに至る。知り合いの音楽家がここへやって来て演奏しているうちに、いつしか本格的なコンサートへと発展。現在、工房には演奏可能な歴史的なピアノが約30台あるそうだ。

驚くべきは、ここでの公演数の多さ。9月だけでも19公演が行われ、ほとんどコンサートホール並みの稼働率である。この日、私が聴いたシューマンとブラームスのピアノ四重奏曲を核にしたプログラムには、ベルリン・フィルの第1ソロ・チェリストに就任したばかりのブルーノ・ドルペレールを中心とした、若手の一級メンバーが顔を揃えた。ちなみに、ピアニストの福間洸太朗さんやヴァイオリニストの庄司紗矢香さんも、このサロンの常連だ。

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古いピアノなので、現代の楽器のようにバリバリ鳴るわけではないし、音程も精緻ではない。だが、ピアノを愛する職人によってよみがえったアンティークの楽器は、満員の聴衆の前で、再び心地良く呼吸しているように感じられた。
ドイツニュースダイジェスト 9月5日)


Information
ピアノ・サロン・クリストフォリ 
Piano Salon Christophori

ヴェディング地区にあるピアノ・サロン。コンサートの予約は下記HPからできる。公演当日の17時まで、オンラインでの変更やキャンセルも可能。通常、決まった入場料はなく、出演者や開演前と休憩中に振る舞われる飲み物への募金によって賄われている。筆者が聴いたコンサートでは、「今晩は最低13ユーロからの募金をお願いします」とアナウンスがあった。

住所:Uferstr. 8, 13357 Berlin
電話番号:0176-39007753
URL:www.konzertfluegel.com


カフェ・プフェルトナー 
Café Pförtner

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「Pförtner=守衛」の名が示す通り、かつての工場の守衛の建物にあるカフェ&レストラン。食事はイタリア料理がメインで、手頃で美味しいと評判が高い。カフェに面して古いバスが横たわっているが、実は裏でカフェとつながっており、バスの中でも食事ができるようになっている。そんな粋な遊び心も魅力。

営業:月~金9:00~24:00、土11:00~24:00
住所:Uferstr. 8-11, 13357 Berlin
電話番号:030-5036 9854

by berlinHbf | 2014-09-12 01:19 | ベルリン発掘(西) | Comments(2)

発掘の散歩術(47) -壁の道に沿って走ろう!-

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ときどき東西分断時代の名残に出会う壁の道

今年はベルリンの壁崩壊から25周年を迎える。世界を揺るがした11月9日に向けて、大きな記念行事が予定されているが、いまひとつ盛り上がりに欠けるようだ。ひょっとしたら、ウクライナ危機を巡ってロシアと欧州連合(EU)の関係が冷戦終結以降もっとも悪化している現状が、どこかで影を落としているのかもしれない。世界のほかの地域を見渡しても、中東、アフリカ、東アジアと、どこも気が滅入るような状況が続いている。世界が再び憎しみと野蛮の支配する時代に逆戻りしてしまうのであれば、1989年のベルリンでの歓喜とは、いったい何だったのだろう・・・・・・。

数年前、壁が最初に開いた市内のボルンホルマー検問所跡から北のホーエン・ノイエンドルフまで、壁の跡に沿って自転車で走ったことがある。全長160キロに及んだ壁跡は、現在サイクリングコースとして整備されている。最近、自転車好きの人と知り合った際、その話題になり、続きを一緒に走ることになった。

ある晴天の日曜日、Sバーンに自転車を持ち込み、友人2人と北側のホーエン・ノイエンドルフまで行く。今日はここからシュパンダウ地区のシュターケンまで走るのが目標だ。Berliner Mauerwegと書かれたプレートが目印の壁の道に入るとすぐに、焦げ茶色の独特のレンガ造りのアパートが並ぶ集落Invalidensiedlungに入る。第1次世界大戦の傷病兵のために1937年に建てられた団地なのだそうだ。そこを抜けると、見渡す限りの広大な草地が広がる。「市内からそう離れていないのに、こんな広々とした場所があるんですね」とベルリン在住約1年の友人が感慨深げに言う。うっそうとした松林を抜け、みずみずしい若葉に光が差し込む山道に入る。初夏の自然の中を駆け抜ける気持ち良さは例えようがない。植物や樹木の種類が分かれば、もっと楽しいことだろう。やがて一般道に合流し、お昼過ぎにヘニングスドルフという比較的大きな町に入った。

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内部を見学できるニーダー・ノイエンドルフ国境監視塔

ここからはハーフェル川沿いに走り、水の流れはやがて湖の規模に膨らんでゆく。途中、かつての国境監視塔を見付けた。細い階段をつたって最上階まで行くと、当時国境警備兵が使っていた双眼鏡が置かれている。今走って来た遊歩道が25年前までは砂地の緩衝地帯だったことや、対岸のハイリゲンゼーが「敵国」であった事実に、今さらながら思いが至る。

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ここからの下り坂は気持ちよかった!

近くのレストランで昼食後、再び広い森の中へ。ベルリンにしては地形に高低差があり、汗をかきながら坂を上ると、今度は一気に駆け下りる! 途中、アイスケラー(氷の貯蔵庫)という印象的な名前の集落を通った。当時西ベルリンの「飛び地」として知られた場所で、わずか3家族の住民は1本の細い道でのみ、かろうじて西のシュパンダウ地区との往来を保っていたという。

この日のゴールはシュパンダウ駅。6時間半掛けてほぼフルマラソンの距離を走ったが、「もう終わりか。名残惜しいなあ」と同行者が言うほど楽しい1日だった。四半世紀を掛けて取り戻した壁沿いの豊かな国土と自然。だが、どんな理由からであれ、再び戦争が始まればすべてが一瞬で失われる。


Information
ベルリンの壁の道 
Berliner Mauerweg

2002年から06年に掛けて、ベルリン市によって整備された全長160キロの遊歩道。要所に沿って、分断当時の出来事が記された案内板(独英表記)が置かれ、生きた歴史を学べる。10〜20キロごとにSバーンやレギオナルバーンの駅があり、大きく迂回もせずにたどり着けるので、行き帰りのご参考に。サイクリングの際に役立つ、スマホ用アプリが下記ウェブサイトからダウンロード可能。

電話番号:(030)7009060(Grün Berlin GmbH)
URL:www.berlin.de/mauer/mauerweg/index/index.de.php


ニーダー・ノイエンドルフ国境監視塔 
Grenzturm Nieder Neuendorf

ハーフェル川の畔に建つ、かつての国境監視塔。ブランデンブルク州で現存する唯一のもの。1999年から歴史記念館として一般公開されており、東独の国境警備兵の日常、監視や狙撃命令の実情などがテーマ別に展示されている。壁崩壊25周年に合わせて、展示内容が一新されたばかり。壁の道の詳細な地図もここで入手できる。入場無料。

オープン:4月6日~10月3日までの火〜日および祝日10:00〜18:00
住所:An der Dorfstraße/Uferweg, 16761 Hennigsdorf
電話番号:(03302) 877320
URL:www.henningsdorf.de

by berlinHbf | 2014-06-09 16:22 | ベルリン発掘(境界) | Comments(1)

発掘の散歩術(46) -ビキニ・ベルリンの再生!-

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新装オープンしたビキニ・ベルリン。右手はカイザー・ヴィルヘルム記念教会

「ビキニ・ハウス」。ツォー駅からほど近い場所に位置し、風変わりな名前を持つこの商業ビルは、隣の映画館ツォー・パラストと並んで、戦後の西ベルリンに建てられた代表的な建築の1つだ。建物の真ん中の階にあるアーケード(渡り廊下)を境に構造が2つに分かれ、その様子が水着の「ビキニ」を想起させることから、こう名付けられたのだそうだ(もっとも、このアーケードは1978年に閉じられたとのことだが)。


私がベルリンに来た2000年代初頭、ビキニ・ハウスにはすでに寂れた感が強く漂っていた。2010年に改修工事が始まると、建物は一時期骨組みだけをさらして立っていた。「日本だったら、確実にスクラップ&ビルドするところだろうに」と思いながらも、私はその様子を眺めていた。

4月3日、その「ビキニ」が生まれ変わった。正直、クーダム周辺に新しいショッピングセンターが1つ増えたことに対してさほど関心がなかったのだが、実際に足を運んでみたら、良い意味で予想は裏切られた。まず、ビキニでは洋服のH&MやZara、家電のSaturnといった典型的な大手チェーン店を見掛けない。イタリアや地元ベルリンのデザイン系のお店や洋服店などが多く並び、質の高いものを提供している印象。値段は安価と高級の中間といったところか。緑色の鉄骨がむき出しの中央の空間は広々としており、カフェなどくつろげるスペースが用意されている。全体的に木を多用しているのも良い。

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生まれ変わった内部の様子。奥のカフェに面した窓からも動物園の眺めを楽しめる

横幅の広い階段を上った先は、大きなテラスになっていた(このテラスには映画館横の階段から直接出ることもできる)。眼下には動物園の広い森が広がり、チンパンジーやフラミンゴたちが日を浴びている。ビキニがドイツ最古の動物園に直接面していることは知っていても、ショッピングの場に緑と動物を溶け込ませる空間の使い方には唸らされるものがあった。

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「ビキニはショッピングセンターではなく、コンセプトモール。我々は(大手チェーン店に)賃貸するのではなく、情報に新しい視点からの価値を加え、それを他者と共有したいのです」とは社長のカイ=ウーヴェ・ルートヴィヒ氏の言葉。彼がアドバイザーに起用したアンドレアス・ムルクディス氏は、ギリシャから東独ドレスデンに亡命した両親の下で育ち、自らデザイン系のショップや出版社を経営する傍ら、展覧会のキュレーターをもするような人物だという。

ベルリン西地区の中心街は、現在めまぐるしい勢いで変化を続けている。ムルクディス氏はこのエリアに新しい刺激を及ぼす可能性として、この秋ツォー駅裏手に引っ越してくる写真ギャラリー「C/O Berlin」と、やはりこの近くに最近ドイツ1号店がオープンしたばかりの「ユニクロ」に期待を寄せている。そう言えば、ビキニのテラスでも、老舗デパートKaDeWeなどと並んで、「From Tokyo」と書かれたユニクロの紙袋を持った人々をよく見掛けた。クーダム界隈の消費文化にも新しい風が吹き始めているようだ。
ドイツニュースダイジェスト 5月2日)


Information
ビキニ・ベルリン 
BIKINI BERLIN

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1955~57年に掛けて、パウル・シュヴェーベスとハンス・ショスツベルガーの設計により建設。昨年11月に改装オープンしたツォー・パラストなどと並び、建物は文化財に指定されている。コンセプトモールとして生まれ変わった現在は、3300㎡の敷地内に60の店と20の木組みのポップアップ・ストアが並ぶ。動物園を望む大きなテラスは24時間開放されている。

営業:モール9:00~21:00、ショップ10:00~20:00(月~土)
住所:Budapester Str. 38-50, 10787 Berlin
電話番号:030-3055496454
URL:www.bikiniberlin.de


25アワーズ・ホテル・ビキニ・ベルリン 
25hours Hotel Bikini Berlin

ビキニに隣接し、やはり1950年代に建てられたオフィスビルが、今年1月デザインホテルに生まれ変わった。部屋数は149。大通りに面した「アーバン」と、動物園に面した「ジャングル」の2タイプから選べる。屋上にはオリエンタル料理のフュージョンレストラン「Neni」と「Monkey-Bar」があり、後者は「ベルリンで最も素敵なバーの1つ」(フランクフルター・アルゲマイネ紙)と早くも絶賛された。

住所:Budapester Str. 40, 10787 Berlin
電話番号:030-1202210
URL:www.25hours-hotels.com

by berlinHbf | 2014-05-04 15:10 | ベルリン発掘(西) | Comments(6)

発掘の散歩術(45) -ナチスの「机上の殺戮者」の館-

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オラニエンブルクにあるかつての強制収容所監査部跡 (2014-02)

※ザクセンハウゼン強制収容所の一連のルポの最後に、最近ドイツニュースダイジェストの連載に取り上げた「強制収容所監査部」の記事を転載したいと思います。


フリードリヒシュトラーセ駅からSバーンに乗って約45分、列車は終点のオラニエンブルク駅に到着した。ここにやって来る旅行者の多くは、ザクセンハウゼン強制収容所跡の訪問が目的だ。バスの本数は少ないので、私は歩いて行くことにした。駅の北側から長く延びるベルナウアー通りを東に進むと、「統一通り(Str. der Einheit)」にぶつかる。ここを左に曲がれば強制収容所跡だが、さらに5分ほどまっすぐ歩くと、左手に大きな建物が広がった。「強制収容所のテロの中心」と記された看板が手前に立っている。


「強制収容所監査部(通称IKL)」。ドイツのすべての強制収容所を管理していた組織の建物が、ザクセンハウゼン強制収容所のすぐ隣に現存していることはあまり知られていない。

この日は土曜日で、入り口にはほかに誰もいなかった。やや不安になって扉を開けると、守衛のおじさんが「展示は上の階だよ」と淡々と教えてくれた。現在は税務署として使われている建物を上がって行くと、2階正面の一室が展示室になっていた。

1934年にベルリンで設立されたIKLは、その4年後にオラニエンブルクに移ってきた。それは隣のザクセンハウゼン強制収容所が、ナチスのモデル収容所の役割を担わされたことと関係がある。ナチス・ドイツの支配領域には32の強制収容所があったが、トップダウン式の管理機構が徹底していたナチス統治下では、各収容所がそれぞれ独自に決断を下していたわけではなかった。毎月、遠方からも含めて全収容所の指揮官がここに集まり、囚人の食料、衣服、処刑に関すること、果ては人体実験といった事柄までもが取り決められた。ホロコーストが本格化して以降、アウシュヴィッツで初めて投入された毒ガス「ツィクロンB」もIKLを通して輸送された。膨大な数のユダヤ人だけでなく、シンティやロマといった少数民族、ソ連兵をはじめとする戦争捕虜などが、ごく少数の支配者の手に操られ、無惨な死を遂げていった。

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展示されていたツィクロンBの空き缶

もっとも、「いかに効率良く人を殺すか」という任務に当たっていた“Schreibtischtäter“(机上の殺戮者)が「ごく普通の」人たちだったことは、最近日本でも公開され話題を呼んだ映画『ハンナ・アーレント』に登場するアドルフ・アイヒマン(ホロコーストで指揮的役割を担ったナチスの親衛隊員)を例に取れば分かるだろう。ブランデンブルク州の歴史記念施設の館長であるギュンター・モルシュ氏はこう説明する。「1941年8月末に行われた会議では、ソ連の戦争捕虜の殺害が議題になりました。ここに集まった各収容所の指揮官にザクセンハウゼンで考案した殺害方法が紹介され、実際に7〜9人の捕虜が銃殺されました。その後、彼らは笑いながら会議室に戻り、コーヒーやコニャックを飲みながら別の殺戮法について話し合ったのです」。

展示室にはツィクロンBの空き缶も置かれていたが、ここから指令された犯罪の規模を実感することなど到底できなかった。IKLの総督を務めたテオドール・アイケとリヒャルト・グリュックスは1945年までに死亡したが、ここで働いていた約100人の親衛隊員のうち、戦後有罪判決を受けたのはわずか2人だけだったという。かつて総督の執務室だった部屋には、この日、2月にしては穏やかな光が差し込んでいた。


Information
強制収容所監査部跡 
Insepektion der Konzentrationslager (IKL)

1938年から45年にかけて存在した、ナチスの強制収容所のシステム全体を管理した本部(建物の形からT棟と呼ばれる)。昨年10月から、IKL総督の執務室だった部屋で「強制収容所監査部 1938〜45 テロの構造」という常設展が行われている。ザクセンハウゼン強制収容所跡にほぼ面しているが、収容所跡の入り口へはそこから大回りする必要がある。説明は英独併記。

開館:月〜金8:00〜18:00、土日12:00〜16:00
住所:Heinrich-Grüber-Platz, 16515 Oranienburg
電話番号:03301-810912
URL:www.stiftung-bg.de/gums


ザクセンハウゼン強制収容所跡 
Gedenkstätte und Museum Sachsenhausen

オラニエンブルク駅から徒歩20分の距離にある強制収容所跡。1936年に建てられ、首都の近くのモデル収容所として、ナチズムの強制収容所の中でも特別な役割を担っていた。施設内は極めて広く、ベルリンからの見学にはほぼ丸1日かかると見た方が良い。インフォメーションに日本語の案内書(1ユーロ)が置かれている。どちらの施設も入場無料。

開館:8:30〜18:00(3月15日〜10月14日)、8:30〜16:30(10月15日〜3月14日)。博物館、資料館は月曜定休。
住所:Str. der Nationen 22, 16515 Oranienburg
電話番号:03301-200-0
URL:www.stiftung-bg.de/gums

by berlinHbf | 2014-04-27 15:07 | ベルリン発掘(東) | Comments(0)

発掘の散歩術(44) -地下鉄博物館で途中下車!-

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オリンピアシュタディオン駅にある地下鉄博物館の入り口

地下鉄は、ベルリンの街並みを形作る上で欠かせない乗り物の1つだ。黄色い車体の電車が、今日も地下から高架まで縦横無尽に駆け抜ける。

ベルリン初の地下鉄がポツダム広場~シュトラーラウ門(現在のオーバーバウム橋のたもと付近)の間を走ったのは、1902年2月18日のことだった(これは欧州で5番目、ドイツでは初となる)。時の皇帝ヴィルヘルム2世は地下鉄道なる新しい乗り物に対して懐疑的で、多くの市民は「鉄道が轟音を立てながら地底を走るなど不気味」と感じていたらしい。

それから100年以上が経った。現在10路線、総延長146キロに及ぶ地下鉄は、ベルリンのランドマークとして、この街を舞台にした映画や小説にも脇役としてよく登場する。

そんなベルリンの地下鉄に特化した博物館があるのをご存知だろうか? 地下鉄U2のオリンピアシュタディオン駅で降りて階段を上がると、新旧の車両の先頭部分が並んだ入り口が目に入る。月に1日しかオープンしていないこともあって、ようやく都合を合せて訪ねることができた。

階段を上がって行くと、賑やかな声が聞こえてくる。2階の入り口には木製の古い窓口が構え、年配の「駅員さん」が昔の切符販売のように入場券を売ってくれた。いきなりの粋な演出にニヤリとしてしまう。

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1920年代の電車の運転台

鉄の匂いが立ちこめる館内はいくつもの部屋に分かれ、地下鉄に関する展示が所狭しと並ぶ。様々な時代の路線図、駅や行き先名のプレート、赤い光沢を放つ座席、制服等々。もちろんどれも昔、実際に使われていたものだ。子どもの頃、運転士に憧れていた者としては、各時代の電車の運転コントローラーを動かしながら、自然と頬がほころんでしまう。この博物館の1つの目玉が、長さ14メートルにおよぶコントロールパネルだ。もともとこの建物は、1931年から83年まで欧州最大規模の信号扱い所として使用されていた。窓の外を見ると今も広大な操車場が広がり、時々真新しい電車が通り過ぎて行く。

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地下鉄に関する無数の展示品が並ぶ館内

昔の切符のコレクションを眺めていたら、年配のおじさんが説明をしてくれた。「昔の定期券は自宅と勤務先を繋ぐ線しか使えず、今のようにゾーン別になっていなかったんですよ。ここには子どもたちも多く訪れるので、教育の一環としての役目も果たしています」と嬉々とした表情で語るヴォルフガング・クラウスさんは、ベルリン地下鉄研究会のメンバー。もちろん先ほどの「駅員さん」もそう。この小さな博物館が15年以上続いているのは、歴史的な車両や資料の収集と保存に務める彼らの存在があるからこそで、中には元地下鉄職員もいるそうだ。

懐かしい切符切りのはさみをいじっていると、子どもの頃憧れていた、そして時代の波を受け、いつの間にか消えていった駅や電車で働く人々の姿を思い出した。奥にある発着案内の体験コーナーの部屋からは、そんな時代を知らないであろう今の子どもたちの声で、「3番ホーム、お下がりください!」のアナウンスが響き渡っていた。
ドイツニュースダイジェスト 3月7日)


Information
ベルリン地下鉄博物館 
Berliner U-Bahn-Museum


1997年にオープンした鉄道博物館。350点以上のコレクションを誇り、100年以上に及ぶベルリンの地下鉄の歩みを一望できる。パネルの説明表記はドイツ語のみだが、英語のパンフレット(無料)も置かれている。入場料は2ユーロ、12歳以下は1ユーロ。グッズの販売のコーナーも。

オープン:毎月第2日曜日の10:30~16:00(入場は15:00まで)
住所:Rossitter Weg 1, 14053 Berlin(地下鉄U2 Olympiastadion駅構内)
電話番号:030-25627171
URL:www.ag-berliner-u-bahn.de


ベルリンSバーン博物館 
Berliner S-Bahn-Museum


ベルリンにはSバーンの博物館もある。こちらはSバーンの同好会によって運営されており、地下鉄同様、起伏に富む歴史を歩んできたベルリンの「テツ」の世界を楽しめる(はず)。電車の運転シミュレーションを体験できるコーナーもある。場所はポツダム中央駅の2つ手前、SバーンのGriebnitzsee駅に面している。

オープン:4~11月まで毎月1回の週末、11:00~17:00(詳細は下記URLを参照)
住所: Rudolf-Breitscheid-Str. 203, 14482 Potsdam
電話番号:030-63497076
URL:www.s-bahn-museum.de

by berlinHbf | 2014-03-14 21:07 | ベルリンあれこれ | Comments(3)

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