ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
「素顔のベルリン」増補改訂版
¥1,680
ダイヤモンド社
(Amazon、全国各書店にて発売中)

本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

Amazonにてネット購入ができます。



『街歩きのドイツ語 』
¥1,575
三修社

豊富なビジュアルとドイツ語フレーズを楽しめる1冊。基本のあいさつ表現から、街にまつわるドイツ語豆知識まで、ガイドブックとともに旅に役立つ会話集です。




『素顔のベルリン 過去と未来が交錯する12のエリアガイド 』
¥1,575
ダイヤモンド社
(2009年発売)

地球の歩き方シリーズ初、待望のベルリンガイドブック誕生!比類なき歴史を抱えつつ、明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。「ドイツで最もドイツらしくない」といわれるこの町の知られざる魅力を、現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介。


現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

ベルリン更新情報
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タグ:政治(Politik) ( 46 ) タグの人気記事

発掘の散歩術(55) - 演劇で体感する戦争と武器のグローバリズム -

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“Situation Rooms“の一場面より
© Ruhtriennale / Jörg Baumann


テロ、無差別攻撃、集団虐殺、難民、拉致、処刑……。今日も新聞やパソコンを開くと、このような言葉が見出しに並ぶニュースが飛び込んでくる。その度に陰鬱な気持ちになるが、紛争地域からの難民の受け入れをめぐる論議は、ドイツに住んでいるともはや他人事ではない。ある時は、遠い場所での事件やテロが連鎖し、「ベルリン中央駅でイスラム過激派がテロを計画」というニュースを目にして愕然とする。モノや情報の伝達だけでなく、憎悪の感情までもがあっという間に伝播するグローバルな世界にわれわれは生きている。

昨年12月末、友人に勧められてリミニ・プロトコルの“Situation Rooms“という演劇作品を観に行った。会場のHAU2の中に入ると、映画の撮影セットのようなものが置かれている。まず担当者からセット内の回り方の説明を受け、1人ひとりにiPadが渡された。一度に参加できる人数は20人まで。戦争をテーマにしたインスタレーションということは聞いていたが、一体何が起こるのかよく分からないまま、指定された部屋のドアを開けてみた。

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© Ruhtriennale / Jörg Baumann

そこは病院の手術室だった。iPadには「国境なき医師団」のあるドイツ人医師のインタビューと共に、まさに同じ場所で撮影された映像が流れている。それに従ってベッドの上に横になり、負傷した人々の映像を見る。私はこの医師がかつて経験した、アフリカのシエラレオネ共和国の内戦で負傷した市民の目線になったわけだ。そこに、やはりiPadを持った別の観客が入ってきて、医師の視線からベッド上の私を見下ろした……。

これでようやく分かった。“Situation Rooms“の演者はわれわれ観客なのだ。リミニ・プロトコルが取材した、住む場所も立場も異なる20人の部屋に入り、「住人」である彼らの体験に自分を「同化」させるのである。ある時はガザ地区との国境をパトロールする若いイスラエル兵になって監視塔に上り、またある時はパキスタンのテロリストの掃討を目的とするインド空軍の中尉のヘリコプターの中に入る。リビアからのボート難民の一家が住む部屋に紛れ込み、彼らと一緒にお茶(本物が用意されている)を飲んだかと思うと、9歳で兵士に駆り出されたコンゴ人青年の人生を追体験する……。

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© Ruhtriennale / Jörg Baumann

この作品の重要なテーマは、戦争の構造を形作る上で不可欠な「武器」である。1時間20分の行程の間、観客は時間差を置きながらある人を演じ、別の観客にバトンを渡していく。立場を変えることで、武器をめぐる様々な風景や状況が見えてくる。巨大軍需コンツェルンの社長の部屋にも入ったし、完成品がどこに運ばれるか知らされないまま、長年軍需産業の工場で働いたスイス人の作業工程も体験した。射撃の名手であるドイツ人警察官の「指導」を受け、地面に這いつくばって射撃の練習をするとは、よもや思わなかった。

セットの間を行き来する間に、ドイツが世界第3位の武器輸出国であるということや、「ドイツ銀行」が爆弾を製造するスペインのコンツェルンの重要なスポンサーであることなど、知られざる現実にも出会った。一市民である自分自身も、いつどこで戦争の加害者として巻き込まれるか分からない。ドイツ政府の武器輸出を糾弾する活動家が、こんなことを話していてドキリとした。「ドイツが模範とするのは日本です。なぜなら武器の輸出を全く行っていないから」。
ドイツニュースダイジェスト 2月6日)


Information
ヘッベル・アム・ウーファー 
Hebbel am Ufer(HAU)
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2003年、クロイツベルクの川沿いの大中小3つの劇場が統合して生まれた1つの劇場組織。2012年からベルギー人のアネミー・ファンアカラが芸術監督を務め、演劇やダンスなどのパフォーミングアーツで先進的なプロジェクトを実現している。リミニ・プロトコルは2004年以来ここを本拠地とし、数々の話題作を送り出してきた。

チケットオフィス:月~土15:00~公演の1時間前まで(公演のない日は15:00~19:00)
住所:Hallesches Ufer 32, 10963 Berlin(チケットオフィス)
電話番号:030-25900427
URL:www.hebbel-am-ufer.de


シチュエーション・ルームズ 
Situation Rooms
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複雑に入り組んだSituation Roomsのセットの模型

現代社会の諸問題をテーマとする演劇集団「リミニ・プロトコルRimini Protokoll」のインタラクティブアート作品。2013年のルール・トリエンナーレで初公開された後、欧州各地に巡回している。3月12日(木)~29日(日)まで、ドレスデンの軍事史博物館にて上演される。1回の参加人数が限られており、予約が必須。第17回文化庁メディア芸術祭アート部門優秀賞授賞作品。
URL:www.rimini-protokoll.de

by berlinHbf | 2015-02-14 10:28 | ベルリン文化生活 | Comments(1)

生誕100年 ヴィリー・ブラントの写真展

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ヴィリー・ブラント写真展のチラシより

先日、地下鉄の駅で印象的なモノクロ写真を使ったポスターを見掛けました。列車の食堂車の中で、中年の男性が通路を隔てて座る女性に渋い表情の眼差しを向けた瞬間をとらえたもの。報道写真というよりは、主演俳優と女優を映した映画のワンシーンのようだと思いました。

この男性は、かつて西ドイツの首相を務めたヴィリー・ブラント(1913~1992年)。1913年12月18日のブラント生誕100年を記念し、クロイツベルク地区にある社会民主党(SPD)本部、通称「ヴィリー・ブラント・ハウス」で行われた写真展に足を運んできました。

政党本部での展覧会というと、日本では馴染みがないかもしれませんが、ドイツの政党や政治家は美術品の収集に熱心ということが少なからずあり、特にこのSPD本部では定期的に展覧会が開催されています。

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ヴィリー・ブラント・ハウスのアトリウム

三角形のモダンな外観の建物の中に入ると、そこは天井ガラスで覆われた大きなアトリウムで、光がたっぷり差し込んでいます。写真展は2部に分かれ、1階は長年ブラントを撮り続けたポートレート写真家、コンラート・ルーフス・ミュラーの作品。暗闇を背景に、近距離からブラントの表情を捉えた写真が中心で、表情の豊かさと刻まれた深いしわが彼の歩んだ激動の道のりを物語っているようでした。

静的なミュラーの作品に対し、2階には、4人の報道写真家によって収められた躍動感溢れる写真が多く並びます。シュテルン誌の委嘱を受けてブラントを追い続けた彼らの写真は、西ベルリン市長時代から連邦首相、さらにその後まで、さながらブラントの政治家人生を一望できるボリュームがありました。モノポリーで遊び、家族と過ごす時間などを収めたプライベートショットでは、くつろいだ表情を見せています。本業の政治の方では1970年、初の東西ドイツ首脳会談のためにエアフルトを訪れた際の緊張感が印象に残りました。ほかにも、やはりドイツの首相として初めてイスラエルを訪問したときの様子、ベルリンの壁が崩壊した直後の感慨に満ちた表情、そして談話に応じる際、いつも左手に持っていたタバコに焦点を当てた写真等々。

それにしても感じたことは、あの冷戦時代、しかも相手に手の内を見せないことが美徳とされる政治の世界で、ブラントが見せた率直な表情は人間味があり、絵になる人だなということでした。そんなヴィリー・ブラントの写真展は2月1日まで開催されています。火~日曜の12:00~18:00オープン。入場は無料ですが、パスポートなどの身分証の提示が必要です。
www.willy-brandt-haus.de
ドイツニュースダイジェスト 1月17日)
by berlinHbf | 2014-01-17 10:30 | ベルリン文化生活 | Comments(0)

ベルヴュー宮殿の市民祭

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多くの人で賑わったベルヴュー宮殿の庭園

毎年夏、ドイツ連邦大統領の官邸であるベルヴュー宮殿では「Sommerfest(夏のお祭り)」が行われます。これは、ドイツ社会で功績を成し遂げた一般市民を招いての行事ですが、今年は様相が少し変わりました。

9月8日、例年通り招待客を招いてお祭りが行われましたが、翌9日の日曜は「Bürgerfest(市民祭)」として、あらゆる市民に対してベルヴュー宮殿の門が開かれたのです。数年に一度、ベルヴュー宮殿の内部が一般公開されることはありましたが、裏の庭園まで開放して市民対象のお祭りが行われたのは初めてのことだそうです。これほど寛大な振る舞いがなされたのも、今年3月、旧東独出身の人権活動家として連邦大統領に就任したガウク大統領の意向があってのこと。興味を惹かれてこの日の午後、ベルヴュー宮殿に足を運んでみました。

入り口で20分ほど並び、安全検査を受けて中に入ると、家族連れの賑やかな声が聞こえてきました。ベルヴュー宮殿は、フリードリヒ大王の一番下の弟、アウグスト・フェルディナント王子の依頼により、1785年に建てられた宮殿。その王子の胸像を過ぎると、多くの屋台が並び、芝生の上で人々が楽しそうに寛いでいます。庭園は非常に広大で、さすがに草木の手入れもよくなされているなと感心しました。

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公開討論でのヴァイツゼッカー元大統領、ガウク大統領、ヘルツォーク元大統領(左から)

奥の仮設舞台では、ガウク大統領、ヴァイツゼッカー元大統領、ヘルツォーク元大統領が演壇に上り、「われわれの民主主義――ボン共和国からベルリン共和国へ」というテーマの公開討論が行われているところでした。現職大統領と大統領経験者が3人顔を揃える機会は珍しく、訪れた人も真剣な様子で聞き入っています。

現在のユーロ危機に関しては、「EUというプロジェクトに好意を持って寄り添ってくれることを有権者と政治家に望みたい」(ガウク氏)、「かつてなかった危機を前に、今勇気が求められている。何もしないというのはもっともいけないこと」(ヘルツォーク氏)など、3者とも幾多の危機を乗り越えて達成された欧州統合を捨ててはならないというメッセージを発しました。ナチス・ドイツ時代、東西冷戦時代を直に生きた政治家ならではの重い言葉だったと思います。

晴天に恵まれたこの日、ベルリン市民だけでなく、観光客も含め、約1万5000人がベルヴュー宮殿を訪れたそうです。ヴルフ前大統領をめぐるスキャンダルで大統領職の威信は大きく損なわれたと言われますが、ガウク大統領主催による今回の市民祭は、多くの人々にとってポジティブな変化の兆候と映ったようです。
ドイツニュースダイジェスト 10月19日)

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討論会の後、杖を何度も回して聴衆に別れを告げるヴァイツゼッカー元大統領(現在92歳!)

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by berlinHbf | 2012-10-19 00:24 | ベルリン発掘(全般) | Comments(2)

日独交流150周年 ベルリンのオープニング式典

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握手を交わすヴルフ大統領と伴野外務副大臣

1月19日、ベルリンの日本大使館で日独交流150周年のオープニング式典が開催された。ドイツ側からはヴルフ連邦大統領、ヴェスターヴェレ外務大臣、さらに経済大臣や連邦議会副議長、日本からは政府代表として伴野外務副大臣など日独の政府・文化関係者が出席し、華々しい幕開けとなった。

交流年の名誉総裁を務めるとはいえ、ドイツの国家元首がこのような交流行事のオープニング式典に出席するのは「極めて異例のこと」(神余駐独大使)。実は、ヴルフ大統領は、ニーダーザクセン州首相時代に同州リューネブルク市と徳島県鳴門市との姉妹都市の交流に携わり、実際に訪問もするなど、かなりの親日家だったのだ。

そういう縁もあって、ヴルフ大統領は1918年に板東俘虜収容所(現鳴門市)のドイツ人捕虜らによって初演され、いまや日本で最も親しまれているドイツ音楽の1つ、ベートーヴェンの《第9》の歌詞を引用し、「『神々の美しき火花(Schöner Götterfunken)』が数多くの催しに降りそそぎ、日独両国の友好への情熱に火がともされることを願っています」と挨拶した。

式典に彩りを添えたのが、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団のコンサートミストレスを務めるヴァイオリニストの日下紗矢子さんとピアニストのオズガー・アイディンさん。両国の国家を演奏したほか、宮城道雄の《春の海》、ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ《春》という、日独の「春」に因んだ名曲を披露した。

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150年前の日普修好通商条約のオリジナル原本が展示され、招待客の注目を集めた

夜には、オープニング公演である金春流の能「舟弁慶」が、「世界文化の家」で開催された。ベルリンで能が観られるのは久々ということもあり、満員御礼の大盛況。能初心者の観客のために、開演前に丁寧な解説があり、上演中はドイツ語の字幕も付けられた。前半の源義経と静御前の別れの場面での繊細な表現や、終盤に平友盛の霊が激しい舞を舞う渾身の場面など、観客は息を呑んで見守った。公演後は盛大な拍手が送られたが、能の舞台では拍手もカーテンコールもないのが通常。そのことを知らないお客さんに説明があった上で、特別の「アンコール」として小さな舞がベルリンの観客にプレゼントされた。
ドイツニュースダイジェスト 3月25日)

2ヶ月前なのにもうずいぶん昔のことに感じられます。今回の大震災によって、日独交流150周年の関連行事、特に東京で開催される行事への影響は今後大きなものになるでしょう。伴野外務副大臣はこの時の挨拶で「雨天の友」という言葉を使っていましたが、こういう時だからこそ、日本とドイツの関係がいい意味で深化することを願っています。

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by berlinHbf | 2011-03-28 19:04 | ドイツから見た日本 | Comments(0)

政治を間近に感じる日

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連邦ジャーナリズム局(Bundespresseamt)にて

8月21、22日の週末、毎年この時期恒例となっているドイツ連邦政府の一般公開が行われました。今年はベルリンの16の省庁がその扉を開き、各省庁との間は無料のシャトルバスが運行。2日間で15万人の市民や観光客が訪れ、特にメルケル首相の仕事場である連邦首相府だけでも、訪問者は3万人を数えたそうです。

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連邦内務省(Bundesinnenministerium)

まだ一度も訪れたことのない省庁をと思い、私はまずシュプレー川に面した現代的な建築の内務省に行ってみました。ここでは1時間ごとに内部の見学ツアーが開催されていたほか、各ブースでは内務省が普段どういう業務を扱っているのか、現場の職員が訪れた人に直接説明する場面も多く見られました。中庭には食べ物の屋台が並び、特設ステージではトーマス・デメジエール内相が、冬季オリンピックで3度の金メダルを獲得したスピードスケートのグンダ・ニーマン=シュティルネマンや、この夏の陸上欧州選手権で走り幅跳びの金メダリストになったクリスティアン・ライフといったスポーツ選手らと、「ドイツ再統一20年」というテーマでトークショーを行いました。スポーツの振興も内務省の仕事の柱の1つなのだそうです。壁崩壊まで東ドイツでスケートをしていたシュティルネマンさんと、西ドイツ出身で当時まだ5歳だったライフさんですが、一般によく言われる東と西の隔たりというものは、スポーツ界に限って言えばどんどんなくなりつつあるのではないかというポジティブな変化を感じました。

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内務省でのトークイベント。左からライフ、ニーマン=シュティルネマン各氏とデメジエール内相

次に訪れたのは、フリードリヒシュトラーセ駅前にある連邦ジャーナリズム局。ここはドイツ内外のジャーナリストがよくお世話になる場所です。中に入るとここでもやはりドイツ再統一20年をテーマにした新聞の展示があり、子どもが楽しめるコーナーも用意されていました。そこを突き抜けて行くと、緑豊かな大きな中庭で人々がくつろいでいる姿が目に入りました。外観からではわからない意外な場所を発見するのも、オープンデーならではの楽しみと言えるかもしれません。

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緑あふれる連邦ジャーナリズム局の中庭

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最後に、連邦ジャーナリズム局から徒歩5分の場所にあるフランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)紙のベルリン支局に行ってみました。ドイツを代表する高級紙も、この期間に合わせて一般公開をしていたのです。約100年前に銀行として建てられた建物の中にFAZ紙の支局はあり、メルケル首相が年に2回、取材を受けるために訪れるという談話室や支局長の仕事部屋など、重厚かつシンプルな内装に目を奪われました。
ドイツニュースダイジェスト 9月10日)

今日、所用で連邦ジャーナリズム局に行く機会があったので、早速この記事をアップしてみたくなりました。

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by berlinHbf | 2010-09-08 23:57 | ベルリン発掘(全般) | Comments(3)

ベルリン王宮の再建が延期に

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王宮の完成図が壁に描かれた「フンボルト・フォーラム」のインフォ・ボックス。1ユーロ払えば屋上から眺めることが可能

先頃、連邦政府は2014年までに建国以来最大とも言われる総額800億ユーロ(約9兆2000億円)の歳出を削減する方針を明らかにしました。今後、社会保障などさまざまな分野での歳出削減が予想されますが、首都ベルリンでも、ある巨大事業のプランが大きく方向転換を迫られることとなりました。

ホーエンツォレルン家の王宮の再建です。プロイセン時代に端を持ち、1950年に東独政府によって爆破されたバロック様式の王宮の再建は、近年ベルリンにおける最大のプロジェクトと言われています。この王宮は、プロイセン文化財団の博物館や図書館などを収容する複合文化施設「フンボルト・フォーラム」として生まれ変わる予定で、建設費用は総額5億5200万ユーロ(約634億8000万円)と見積もられています。うち、連邦政府が全体の約8割に相当する4億4400万ユーロ、ベルリン市が3200万ユーロを負担し、残る8000万ユーロは募金で賄われることになっています。とにかく途方もない額であることは確かです。

昨年1月、イタリア人建築家フランコ・ステラの建築プランが採用されることに決まった際、当レポートでは「2010年着工、14年完成予定」と伝えましたが、今回の歳出削減策により、「早くとも14年からの着工」と決められたのです。

この決定に対する政治家の反応は、さまざまです。ベルリンのヴォーヴェライト市長は「この短絡的な決定によって、『フンボルト・フォーラム』の将来は完全に不確実なものとなった」と非難。それに対し、緑の党の建築専門家は「王宮の外観と、世界の文化の対話の場という『フンボルト・フォーラム』の理念は一致しない」、左派党のフリエール前文化大臣は「(莫大な費用が掛かる王宮の復興という形にはこだわらずに)現代建築のコンペを新たに行うべきだ」などと、王宮の再建にそもそも否定的な発言をしています。

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王宮建設予定地。共和国宮殿の解体後は芝生になり、市民の憩いの場に

一方、最近の世論調査では、ベルリン市民の約8割が「この財政危機の中で、王宮再建は諦めるべき」との考えであることが明らかになりました。どうやら一般市民も、古風なバロック様式のお城を再建することに、あまりポジティブな思いを抱いていないようなのです。

博物館島やダーレム博物館が建てられた時の例を見ても、ベルリンの巨大プロジェクトには予定よりも大幅に時間が掛かるのが常とはいえ、王宮再建においても今後さらなる紆余曲折が予想されそうです。ちなみに、ブランデンブルク門からアレクサンダー広場までの地下鉄U5の工事は、予定通り続けられるとのこと。
ドイツニュースダイジェスト 7月30日)

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by berlinHbf | 2010-07-30 08:33 | ベルリンのいま | Comments(2)

ケーラー連邦大統領が突然の辞任

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6月1日の大衆紙BZの一面より

先日、マルティン・レーアさんのインタビューで取り上げたばかりの、ホルスト・ケーラー連邦大統領が、今日突然の辞任を発表。ドイツ中で驚きの声が上がっています。私自身、先ほどこのニュースを知り、とにかくびっくりしました。

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<ドイツ>ケーラー大統領辞任 アフガン発言で批判浴び
5月31日22時2分配信 毎日新聞
【ベルリン小谷守彦】ドイツのホルスト・ケーラー大統領(67)は31日、「我が国の重要で困難な問題について誤解を招く発言をした」として、辞任した。大統領は先に、アフガニスタンへのドイツ軍派遣について「ドイツの経済的利益のために軍事介入は必要」と発言し、批判を浴びていた。

ケーラー氏は04年7月に大統領に就任し、現在2期目。ドイツの大統領は国家元首だが政治的実権は限られ、象徴的な地位とされている。

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確かに誤解を招く発言ではありましたが、ケーラー大統領はそれまでも率直な物言いで知られており、今回のことで辞任に至るとは誰も予想していなかったのではないでしょうか。メルケル首相は12時頃、大統領からの電話で辞任の意向を初めて聞いて驚き、説得もしたそうですが、大統領の決意は変わらなかったそう。ドイツ連邦共和国の歴史で、国家元首である連邦大統領が任期半ばで辞任するのは、わずかな例外を除くと、初めてのことなのです。法律によると、30日以内に連邦会議(Bundesversammlung)で後継者を選ばなければならないことになっています。

それにしても、大統領のたった一言の発言が、命取りになるとは。先日のレーアさんのインタビューの中での、「そして特に大事なのが、政治的な事柄を考慮することです。大統領というのは、政治的なポジションにいるわけですから、大統領のやることなすことすべてがドイツという国家に帰せられます」という言葉の重さを痛感させられました。

関連記事:
マルティン・レーアさんインタビュー(1)(2)

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by berlinHbf | 2010-05-31 23:57 | ドイツ全般 | Comments(6)

マルティン・レーアさんインタビュー(2)

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国際通貨会議での一場面。ケーラー大統領夫妻のすぐ横で

マルティン・レーアさんとのインタビューの後半をお送りします。

そもそも儀典(プロトコール)の規則というのはどのように決められたものなのでしょうか?

もともとは中世の時代、王侯と侯、あるいは別の関係との間にあった規則が、何百年もかけて発展してきたものです。時代の変遷に伴って今でも新しい問いが生まれており、そのため年に1回、ドイツ中で儀典の分野で働いている人々が一同に会して、新しい問題点について協議する機会が設けられています。また、EUレベルでも同様の場があります。

他人に会う際に、レーアさんが心がけていることは?また、他者にいい印象をもってもらうために何かアドバイスをいただけないでしょうか(笑)?

儀典長として、私はとにかくたくさんの人に会う機会があるのですが、その人が助けを必要とするか必要としないか、判断すべき場面がまた多くあります。例えば、大統領と大統領夫人、最初にどちらと握手をするべきなのか、贈り物はどうするのかといったことがわからないと、不安になりますよね。そういった場合、大抵の人は助けや説明を必要とし、またそれに対して喜んでくれますが、一方では自意識が強く、助けはいらないという人もいます。デリケートな問題ではありますが、その方が何を求めているかを即座に見極めるのも私の仕事です。

次のご質問ですが、そうですね(笑)、私が大事だと思うのはオープン(offen)でいることです。つまり、別の何かを演じたり、見せかけたりしないこと。自分を実際以上に大きく見せる必要はないし、かといって小さく見せる必要もありません。オープンで率直だということは、私にとって(他人を見る際の)ポジティブな指標です。

レーアさんの経歴を拝見すると、西ベルリン時代も含めて、職場はほとんど常にベルリンだったようですが、この町への特別な思いはおありですか?

私の人生でベルリンほど長く住んだ場所はなく、この町は私のアイデンティティと強く結びついています。ベルリンがいいと思うのは、まずオープンだということ。異質なものや人でも、すぐに溶け込むことができる土壌が備わっています。ドイツの他の都市や地方で、それは決して当たり前のことではありません。

また、連邦議会や大統領府などの政府機関がボンからベルリンに移ったことで、ベルリンはポジティブな発展を遂げたと感じています。それ以前の、少なくとも西ベルリンには、もちろんすばらしい文化がありましたが、自然に起こったものというよりはどこか人工的な感じでしたからね。

ドイツ再統一後、「大ベルリン」というよりはむしろ、より開かれた街になったのが、とてもいいことだと思っています。それゆえ、ベルリンを離れること、特にベルリンの豊かな文化生活を享受できなくなるのは寂しいですが、ルクセンブルクでヨーロッパのまた新しい側面を見られることを今は楽しみにしています。

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2003年夏、ベルビュー宮殿内を案内していただいた時に撮った1枚

お父様のお仕事の関係で、6歳から12歳までを日本で過ごされていますが、この経験はレーアさんに影響を及ぼしましたか? また、レーアさんにとって日本とは?

私は日本でとても幸せな少年時代を送ることができました。その時からドイツと日本が互いに尊敬し合っていることを子どもながらに感じていました。日本学を専攻した私の父は、留学経験もあって日本語が堪能でした。私も当時は周りの子どもたちと日本語で直接コンタクトを取って、よく一緒に遊んだものです。日独の間にある様々な違いを越えて、私は水を得た魚のようにのびのびとしていました。今でも日本とは多くの接点があり、また定期的に訪れていますが、感心したり驚いたりすることは少なからずあります。例えば、静寂に満ちたお寺がある一方で、騒音にあふれたパチンコ屋がある。それはあまり美しいものではありませんが、そんな両極端なものが、すぐ隣合わせにあることも珍しくない。このコントラストにはわくわくします。今思い出したものだと、四国の直島で出会った豊かな自然と安藤忠雄の素晴らしい現代建築とのコントラストも忘れられませんね。

この4月からはルクセンブルクの欧州司法裁判所に活動の場が移りましたが、どういう任務にあたられるのでしょう?

欧州連合の最高裁判所にあたる欧州司法裁判所で、儀典長として大きな会議や式典などを取り仕切ることが任務となります。また、EU27カ国、日本や韓国、米国といった国々の最高裁との交流も私の仕事と関わっています。欧州司法裁判所は多国間主義の組織なので、EUのすべての加盟国のメンバーから構成される65人の裁判官と法務官がいます。今までは1人のシェフ(上司)だったのが、今度からは65人。また、裁判所での作業原語はフランス語になるので、これも私にとっては大きな挑戦です。

新天地でのご活躍を心より願っています。どうもありがとうございました。
ドイツニュースダイジェスト 5月7日)

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by berlinHbf | 2010-05-09 17:35 | ベルリンの人々 | Comments(10)

マルティン・レーアさんインタビュー(1)

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Photo: Thilo Rückeis

これから2回に分けて、私にとって7年来の知人であるマルティン・レーアさんとのインタビューをお送りします。レーアさんは、約10年間ドイツ連邦大統領府の儀典長を務められ、「日本」そして「音楽」という接点がなければ、おそらくまず出会うことのなかったであろう人物です。この3月で大統領府を去るにあたり、ドイツニュースダイジェストのシリーズ「独日なひと」のためにインタビューをさせてもらえることになりました。編集部のご好意により、紙面では掲載できなかった部分も含め、ここに全文を掲載したいと思います。

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マルティン・レーア 
Martin Löer

欧州司法裁判所儀典長
1948年ヴェルル生まれ。少年期を6年間東京で過ごす。ミュンスター大学とローザンヌ大学で法学を学んだ後、78年国家試験に合格。ベルリン市、ブランデンブルク州、連邦大統領府の儀典長を歴任し、2010年4月より現職。
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2001年から今年3月まで、ほぼ10年間に及ぶドイツの連邦大統領府儀典長としての重責を終えられた、今のお気持ちはいかがでしょうか?

連邦大統領のもとで働くことを許されたのは幸運でした。今は感謝の気持ちと同時に誇らしくもあります。わくわくするような素敵な時間にたくさん恵まれましたが、一方では、困難な、悲しい状況に置かれたこともありました。例えば、2004年末のスマトラ島沖地震の時です。ケーラー大統領がドイツの犠牲者のための国家追悼行事を開催するよう指示したところ、多くの犠牲者の家族が参加し、その場は悲しみに包まれました。また、2006年にラウ元大統領が亡くなった時も、とても悲しい気持ちでしたね。

日本人の読者に、連邦大統領府の儀典長の任務について少しご説明いただけますか?

公式行事の準備を行ったり、大統領のスケジュールを調整することです。そうしたオーガナイズを一手に引き受けています。そして特に大事なのが、政治的な事柄を考慮することです。大統領というのは、政治的なポジションにいるわけですから、大統領のやることなすことすべてがドイツという国家に帰せられます。また、食事や歓迎セレモニーなどは、大統領が個人として行うのではなく、ドイツの国家元首として執り行います。ですから、連邦議会や連邦参議院、政府、連邦憲法裁判所などとの関係にも配慮しなくてはなりません。これを踏まえて、「大統領が」何をなすべきなのか、と考えます。大統領が国家の代表たるにふさわしい、尊厳と気品のある行事となるよう、入念に準備をしなくてはなりません。

レーアさんは、ヨハネス・ラウ氏、ホルスト・ケーラー氏という2人の連邦大統領の間近で働いてこられたわけですが、この2人の個性についてはどのようにお感じになっていましたか?

ラウ氏は根っからの政治家でした。政党での長いキャリアがあり、そのことが彼を強く方向付けていました。一方、ケーラー氏は官僚として素晴らしいキャリアを持っている人物ですが、もともと政治家だったわけではありません。それゆえ、人生の大分後になって国家元首として政治的役割を担うようになったケーラー氏は、手法も考え方も、ラウ氏とは非常に対照的でした。

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テオ・ヴァイゲル元連邦財務相を労うために開催された夕食会にて。大統領に迎えられるゲストの名前を1人1人読み上げるのも儀典長の仕事
©Presse- und Informationsamt der Bundesregierung


公式晩餐会の準備や進行にあたる上で、外国からの多くの国賓を見てこられたと思いますが、興味深いエピソードや出来事があれば教えていただけないでしょうか?

公式晩餐会は、常に外務省と一緒に準備を進めていましたが、私の専門分野で、また特別に関心を持っていたのが、晩餐会にふさわしい音楽を選び出すことです。お客さんとホスト側、外国の来賓とドイツ連邦大統領との間の橋渡しをしようと、私は常に務めていました。例えば、アイルランドのマッカリース大統領がベルリンを訪問した際、私はベルリン芸術大学とコンタクトを取り、ホルン科のある教授と話をしました。彼は自分のクラスの生徒たちとホルンのアンサンブルをすることを提案し、メンデルスゾーンの作品とアイルランドの民族音楽を晩餐会で演奏することになりました。アイルランドには地域によって多種多様の民族音楽があるのですが、その時は大統領の出身地の、いかにもアイルランドという感じの歌を選んで演奏してもらったんです。マッカリース大統領は涙を流して聴き入っていました。その後、彼女は連邦大統領に、この「音楽による心のこもった挨拶」に対して謝意を伝えていました。

ポルトガルの大統領が公式訪問した際は、リアス室内合唱団がブラームスなどのドイツ音楽、その後ポルトガルの音楽を歌ったのですが、大統領夫妻はとても興奮して、合唱がダ・カーポでもう一度メロディーを繰り返した時、一緒に歌い出したのです。ポルトガルの大統領が公の場で歌うことなど初めてだったそうで、晩餐会はとても良い雰囲気に包まれました。

大統領のもとを訪れるのは、もちろん外国からのお客さんだけに限りません。また、ベルビュー宮殿以外の場所で催しが執り行われることもありました。例えば2004年には、ラウ大統領が、高松宮殿下記念世界文化賞の晩餐会をペルガモン博物館の祭壇で開催しました。2005年にイギリスのエリザベス女王がドイツを公式訪問した際には、ドイツ歴史博物館のツォイクハウスで晩餐会を催しました。どちらも思い出深いですね。

一般の人には、なかなか想像しにくい華やかな世界ですね。

晩餐会というのは確かに華やかな場ですが、儀典長の仕事で大事なことは、常に背後にいるということです。私が何かをして喜ばれたとしても、対外上は大統領のしたこと。私はあくまで背後から、その都度適切なアイデアを練って大統領をサポートするだけですから。(つづく)
ドイツニュースダイジェスト 5月7日)

関連映像:
Der Protokollchef des Bundespräsidenten (ZDF)
儀典長の仕事内容と現場の雰囲気がよくわかるミニドキュメンタリーです。

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by berlinHbf | 2010-05-08 13:15 | ベルリンの人々 | Comments(0)

ドイツ歴史博物館「権力は示す 統治戦略としてのアート」展

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●ドイツ歴史博物館(DHM)の特別展「権力は示す 統治戦略としてのアート」(Macht zeigen - Kunst als Herrschaftsstrategie)を見てきました。権力の中枢にいるドイツの政治家や企業のトップが、アートを自分の統治戦略としてどのように使っているかということを追いかけた展示。

●ドイツでの「権力と芸術」の関わりというと、どうしてもナチス時代の負の側面を思い出してしまうが、展示の大半は現代に関するもの。ドイツの歴代首相の執務室やそこに飾られている絵を紹介したり、メルケル首相が自ら普段の仕事場を紹介している映像など、特に興味深かったですね。

●前首相のシュレーダーが現代美術のよき理解者だったり、現外相のヴェスターヴェレが熱心なアートコレクターだったりと、意外な側面も知ることとなる。首相官邸の中に飾られているMarkus Lüpertzの彫像やJörg Immendorffのポートレートなど、シュレーダー氏の個人的な親交から生まれたものだったのだと改めて実感。

関連記事:
首相官邸訪問! (2006-08-27)

●ケーラー大統領の仕事机の後ろに飾られているWalter Stöhrerの作品など、毎日見るにはちょっと奇抜すぎやしないか、とも感じたけれど、現代のドイツの政治家や企業人は、仕事場に現代アートをなかなかセンスよく取り入れ、自分のイメージ向上にもある種巧みに「演出」しているなと思った。6月13日まで。

関連記事:
べルビュー宮殿へようこそ(2) (2006-01-10)

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by berlinHbf | 2010-04-08 13:39 | ベルリン文化生活 | Comments(6)

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