ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


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地球の歩き方シリーズ初、待望のベルリンガイドブック誕生!比類なき歴史を抱えつつ、明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。「ドイツで最もドイツらしくない」といわれるこの町の知られざる魅力を、現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介。


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タグ:メンデルスゾーン ( 12 ) タグの人気記事

2009年のコンサートより(1) - ライプチヒの『聖パウロ』 -

2009年は例年に比べてコンサートに行く回数が少なかったですが、その中でも特に印象に残り、かつ書く機会を逸してきたものをここに留めておこうと思います。結果的にメンデルスゾーン生誕200年関連のものがいくつも入りました。

- マンゼ指揮ベルリン・ドイツ響(4月10日)
Andrew Manze
Stephen Hough Klavier

Johann Sebastian Bach: Orchestersuite Nr. 3 D-Dur (Bearbeitung: F. Mendelssohn & F. David)
Felix Mendelssohn Bartholdy: Konzert für Klavier und Orchester Nr. 1 g-Moll op. 25
Johann Sebastian Bach: Contrapunctus XVIII aus »Die Kunst der Fuge« (Bearbeitung: A. Manze)
Felix Mendelssohn Bartholdy: Symphonie Nr. 5 »Reformationssymphonie«

ピアノ協奏曲はシュテファン・ハフの流麗でおしゃれなまでに軽妙なタッチのピアノが聞きものでした。メインは『宗教改革』。マンゼはもともとバロックヴァイオリンの奏者ですが、学術肌の人とは一線を画すらしく、リハーサルからとても生き生きとしているのだそうです。指揮姿ははっきり言ってぶっきら棒なのに、不思議と聴く人にも彼の意図することがよく伝わってきます。4楽章のうねりと高揚感はすばらしかった。

このコンサートを忘れがたいものにさせたのは、その後目にしたある出来事でした。友達とポツダム広場のカフェで過ごし、そこを出た時、広場の交差点に人だかりができていました。真ん中には倒れた大型のバイクとヘルメットが・・・。後で知ったところによると、車とのこの衝突事故で、バイクに乗っていた方は亡くなったとのこと。メンデルスゾーンの音楽で味わった幸福感と目の前で起きた死のコントラストが、強烈な形で私に刻み込まれたのでした。

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- ブロムシュテット指揮ライプチヒ・ゲヴァントハウス管(6月18日)

Felix Mendelssohn Bartholdy zum 200. Geburtstag
Im Rahmen des Bachfestes

Gewandhausorchester
Dresdner Kammerchor
GewandhausChor
Herbert Blomstedt
Ehrendirigent des Gewandhausorchesters

Juliane Banse, Sopran
Ingeborg Danz, Alt
Christoph Genz, Tenor
René Pape, Bass

Felix Mendelssohn Bartholdy
Paulus op. 36

昨年最高の感動を味わったコンサートのひとつです。メンデルスゾーンの音楽の中でもとりわけ好きなオラトリオ『聖パウロ』が、このコンビの演奏で、しかも独唱にはユリアーネ・バンゼやルネ・パーペといった強力な顔ぶれとなれば、これはもうメンデルスゾーン・イヤーならではの企画。しかし、何より圧倒されたのは合唱でした。ゲヴァントハウスの合唱団に加え、合唱指揮者として名高いHans-Christoph Rademann率いるドレスデン室内合唱団の織り成すハーモニーの素晴らしさといったら!ほのかに光が差し込む静寂さからフーガを伴う劇的な歓喜の表現までバッハの影響が色濃く、同時にその音楽にはメンデルスゾーンならではの暖かさとやさしさが息づいていました。この作品、もう少し頻繁に取り上げられてもよいのではと思いますね。

(メンデルスゾーンの合唱曲を聞いてみたいという方には、Rademann指揮リアス室内合唱団の合唱作品集をおすすめします)

本の仕事で忙しい時期だったので、ホテルに戻ってからも結局明け方まで作業をしていましたが、わざわざライプチヒまで出向いて心からよかったと思えた演奏会。音楽に癒されました。

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by berlinHbf | 2010-01-10 15:16 | ベルリン音楽日記 | Comments(0)

C.アバドのメンデルスゾーン

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メンデルスゾーンが、ライプチヒ通りの家に住んでいた時代に書いた『真夏の夜の夢』序曲は、(確か)高校3年生の時に出会って以来、昔も今も私の大好きな音楽です。特に躍動的な主部に入ってからは、何度聴いても魅了されます。クラリネット(2度目はフルート)のメロディーに誘われて流れる、あのとろけるような第2主題。十分にロマンチックでありながら、少しも厚ぼったくない。同じメロディーメーカーのモーツァルトともシューベルトとも違う、清澄な味わい。16歳にしてこの早熟な音楽を書いたことには、いまさらながら驚かされます。

名盤といわれる録音はたくさんあるのでしょうが、このライプチヒ通りからほど近いフィルハーモニーで録音された演奏を挙げたいと思います。アバド指揮ベルリン・フィルによる1995年のジルベスターコンサートのライブ録音。これは自分が浪人生をやっていた当時、テレビの生中継を観たので、よく覚えています。今年久々に再発売され、懐かしい思いで聴きました。

アバドの指揮するメンデルスゾーンはとてもいいですね。私が実演で接したのは2002年の交響曲第2番『賛歌』ぐらいですが、それも素晴らしかった。このマエストロの音楽的な品の高さが、メンデルスゾーンの音楽を相思相愛の関係で結びつけるのだと思います。このCDのカップリングの交響曲『イタリア』も豊かな歌に溢れています。

アバドの後任のラトルは、対照的にメンデルスゾーンはまったくといっていいほど振らないのではないでしょうか(ヴァイオリン協奏曲の伴奏ぐらいはあるのかもしれませんが)。逆にメンデルスゾーンを振る印象の薄いドイツ人指揮者のC.ティーレマンは、何度かその演奏を耳にしており、特に2002年にベルリン・フィルを指揮した交響曲第5番『宗教改革』は、全ての声部が有機的に絡み合った非常な名演でした。

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by berlinHbf | 2009-11-24 02:03 | ベルリン音楽日記 | Comments(2)

ライプチヒ通りのメンデルスゾーン

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前回「メンデルスゾーン・レミーゼ」をご紹介しましたが、作曲家のフェリックス・メンデルスゾーンが住んでいた家は、そこから少し離れた場所にありました。

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それが、ポツダム広場からほど近い、ライプチヒ通り(Leipziger Straße)3番地の邸宅です。1825年、フェリックスの父アブラハムがこの家を購入し、一家は移り住みました。

1851年にこの屋敷は国に売却され、1904年、プロイセン貴族院がこの地に建てられることになります(現在はドイツ連邦参議院となっているこの建物は、以前紹介しました)。そういうわけで、メンデルスゾーン邸の跡は、残念ながら何もありません。わずかに、連邦参議院の一番右のドアの横に、(写真の)プレートが掲げられているのみです。そこには、この家が芸術と学問の社交の場になっていたこと、フェリックスがここで『真夏の夜の夢』序曲を作曲したこと、姉のファニー・ヘンゼルが有名な日曜音楽会を開催していたことなどが記されています。

関連記事:
ドイツ連邦参議院を見学! (2008-08-17)

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裕福なメンデルスゾーン家だけあって、立派な邸宅だったようです。通りに面した建物を抜けると、両翼の建物、そしてその美しさで知られる公園までありました。日曜音楽会は、暖かい季節に庭に面したホールで行われていたそうです。この水彩画はファニーの音楽部屋。明るい光が差し込む、さぞや素敵な部屋だったのだろうと想像させてくれます。

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先日、「メンデルスゾーン・レミーゼ」のEva Ghoshさんに案内していただいた時、この2つの椅子はファニーがライプチヒ通りの家で実際に使っていたものだと教えてくれました。確かに上の絵に見られる椅子との類似性は明らかです。近くで見ると、これが細かな装飾で縁取られた、とてもいい椅子なのです。

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この十字架の飾りは、ファニーがイタリア旅行の思い出として購入したものらしく、やはり上の音楽部屋に飾っていたものだとか。後にライプチヒに移り住むフェリックスと違い、、(この記事によると)ファニーは1847年に亡くなるまで、このライプチヒ通りの家に住んでいたそうです。

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by berlinHbf | 2009-11-21 13:39 | ベルリンの人々 | Comments(2)

メンデルスゾーン家を知るために

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今年は作曲家フェリックス・メンデルスゾーン=バルトルディ(1809-47)の生誕200年に当たります。ベルリンは、ライプツィヒと並んでメンデルスゾーン家にゆかりの深い街。今回は、金融から芸術まで、世界に大きな足跡を残したこのユダヤ系一家を知る格好の場所をご紹介しましょう。

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(http://www.haus-mendelssohn.de)より借用

ミッテのジャンダルメンマルクト傍のイェーガー通り(Jäger Str.)は、古くからベルリンの銀行街として知られていました。2つの国立銀行に挟まれ、ベルリン最大の私営銀行として確固たる地位を築いたのが、 1795年創業のメンデルスゾーン銀行です。1815年、著名な哲学者モーゼスの息子にして銀行の創業者であるヨーゼフとアブラハム(フェリックスの父)がこの通りの51番地に越して以来、同地は100年以上にわたってメンデルスゾーン家の生活と活動の拠点になりました。現在、その中庭に面した建物が「メンデルスゾーン・レミーゼ」(Mendelssohn-Remise)という名で、一家にまつわる常設展を開催しています(入場無料の代わりに募金の形をとっています)。

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モーゼス・メンデルスゾーン(1729-86)の胸像

館内はコンパクトながら、メンデルスゾーン家ゆかりの品々や資料を集め、展示内容は充実しています。順番に見て回ると、この家系全体に貫かれているある種の「精神」が見えてきます。たとえば、銀行を経営しながらも様々な分野の人との交流を重んじたことです。サロン文化が花開き、博物学者フンボルトや哲学者ヘーゲル、あるいは作曲家クララ・シューマンら、そうそうたる顔ぶれがここに出入りしていました。そのことが若きフェリックスの音楽に大きな影響を及ぼしたことは言うまでもありません。また、慈善活動や今で言うメセナ活動にも力を入れ、世界的名声を得る前の、マネ、セザンヌ、ゴッホ、ピカソらの作品を集めていたことも注目に値します。

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(http://www.haus-mendelssohn.de)より借用

メンデルスゾーン銀行のシンボルマークは鶴をモチーフにしており、その下には「ICH WACH」(私は目覚めている)と書かれています。鶴は古代から注意深さや介護の象徴で、怠惰や無関心とは正反対の概念です。社会、経済、文化、学問に対して関心と責任を持ち、保護育成しようとする。それがメンデルスゾーン家のモットーだったのです。

一時代を築いたメンデルスゾーン銀行ですが、やがて悲劇に見舞われます。反ユダヤ主義のナチスが政権を握ると、フェリックスの音楽はコンサートのプログラムから外され、1938年にはメンデルスゾーン銀行が解散させられるに至るのです。もともと銀行の馬車置き場として使われていたことからレミーゼと呼ばれたこの建物は東ドイツ時代、ガレージとなっていました。ドイツ再統一後にようやく改修が進み、2004年に「イェーガー通り歴史フォーラム」が運営する施設として生まれ変わりました。

不遇な過去によって、フェリックスの音楽やメンデルスゾーン家の研究はドイツ本国においてさえ遅れていると聞きます。彼らに新しい光が当たるのはこれからと言って良いでしょう。メンデルスゾーン家の精神を受け継ぎ、このレミーゼではコンサートなどの文化的な催しも頻繁に行われています。
ドイツニュースダイジェスト 11月20日)

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by berlinHbf | 2009-11-19 01:56 | ベルリンの人々 | Comments(3)

しばらく旅の日々 - ライプチヒ編 -

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ウィーンから飛行機で一旦ベルリンに戻って、4日はライプチヒへ。ベルリンのSüdkreuz駅からICEに乗ってちょうど1時間。こんなに近かったのかと驚きました。

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前回ライプチヒに来たのは2005年の年末だから、あれからもう3年。その間、旧東独の都市では唯一ワールドカップを経験し、街は一段と垢抜けた印象を受けました。旧市街の目抜き通りにはブティックがいくつも並び、20年前までここには国営の店しかなかった過去がもはや信じられなくなりつつあります。中央駅の前には大きな観光案内所ができて(ひょっとしたら以前からあったのかもしれませんが)、どの方も皆親切。何もしなくても世界中から観光客がやって来るウィーンと違って、こちらは人を呼び込むのにも必死なのでしょう。カフェやレストランので応対も概ねよく、「頑固でプライドの高い」(ごめんなさい^^;)ウィーンの人々にやや辟易させられることもあった私としては、どこかほっとするものがありました。写真は、中央駅の前で久々に見たトラバントと壁崩壊の発端となったニコライ教会。

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トーマス教会前の有名なバッハ像を訪れた後、もう一つのバッハの像へと向かいました。以前、「ライプチヒ・聖トーマス教会のクリスマス」で、教会前の像を「1843年にメンデルスゾーン・バルトルディが寄贈したもの」と紹介しましたが、ある方から「メンデルスゾーン寄贈の像は教会の別の場所にある」とのご指摘をいただきました。教会前の緑地に、果たしてその「世界最古のバッハ像」はありました!が、改装中なのか、像の周りには覆いがかぶさって見ることはできず、残念。

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駆け足ながらも、ゴルトシュミット通りにあるメンデルスゾーン・ハウスも見学。母と妻はメンデルスゾーンが残した水彩画にしきりに関心していましたが、係りの人によるとこれはレプリカで、本物はベルリンのアーカイブにあるとのこと。そういえば、今ベルリンの国立図書館で特別展「Felix」が開かれています。3月14日までなので、近々観に行こうと思っています。

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『ファウスト』に登場する地下酒場アウアーバッハス・ケラーのあるメードラー・パサージェ。こういう重厚なパサージェは、ベルリンではまず見られません。

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この日は20時からゲヴァントハウスにてワセオケのコンサート。残念ながら客入りはよくなかったものの、お客さんがとてもあたたかく、舞台と客席との間に不思議な一体感が生まれた演奏会でした。《英雄の生涯》のヴァイオリン・ソロの安田さんには一際大きな拍手が送られ、最後の太鼓の曲が終わってからも皆さん名残惜しそうにしていた光景が印象的です。

日曜日のベルリン公演は、何とベルリン・フィルの「デジタル・コンサートホール」にてネット中継されることになったので、日本の方々もぜひご覧ください(詳細はこちら)。今の流れからくると、きっといい演奏会になると思います。

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by berlinHbf | 2009-03-06 12:18 | ドイツ全般 | Comments(2)

Happy Birthday Felix!

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Friedhof der Dreifaltigkeitsgemeinde I (2009-02-03)

3日昼、フェリックス・メンデルスゾーン=バルトルディの200歳の誕生日を祝って、メーリングダムの共同墓地で記念追悼式が行われました。私の家の近所ということもあり、式典に参加してきました。

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最初に、メンデルスゾーンと縁の深いベルリン・ジングアカデミーのメンバーが、詩篇第100番「全地よ、主に向かって喜びの声をあげよ」 を寒さの中合唱。公式行事といっても、訪れた人は40~50人でしょうか。それゆえ、親密な雰囲気の中で式は始まりました。

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その後、ベルリン市の文化次官シュミッツ氏(左)による献花があり、ベルリン・ブランデンブルクの教会を代表してノイベルト氏が挨拶。「フェリックス・メンデルスゾーン。あなたは、ハンブルクに生まれ、ライプチヒで亡くなりましたが、ベルリーナーとしてここに感謝の意を表します」というようなことを言っていました。

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20分ちょっとで式典は終わったでしょうか。しばらくその場で写真を撮っていたら、年配のご婦人に声をかけられました。「あの向こうにあるお墓のことを知っていますか?」と。

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一緒に足を運んでみると、何とそこはフェリックスの両親のお墓だったのです。こんな近くにあったとは・・・。アブラハム・エルンスト・メンデルスゾーン=バルトルディ(1776-1835)は、哲学者モーゼス・メンデルスゾーンの息子にあたり、ベルリンで銀行業を営んでいました。その日はフェリックスだけでなく、両親にも感謝の意を込めてその場を後にしました。

ちなみに、そのご婦人からは、建築家のクノーベルスドルフやジーメンス、また1820年代にサロンを主催し、メンデルスゾーン一家とも親交があった女流作家ラーヘル・ファルンハーゲン・フォン・エンゼのお墓のことも教えてもらい、ちょっとしたレクチャーのようでした。

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by berlinHbf | 2009-02-07 15:19 | ベルリン音楽日記 | Comments(2)

メンデルスゾーンの弦楽交響曲を聴く

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作曲家フェリックス・メンデルスゾーン=バルトルディの200回目の誕生日が近づいて来た。2月のコンサートではメンデルスゾーンの作品が多く並ぶ他、2月3日(13時)の命日にはメーリングダムの共同墓地で公式の追悼式典が行われるなど、ライプチヒと並んで縁の深いベルリンは大々的にこの作曲家を偲ぶことになっている(公式ページはこちら)。

関連記事:
ベルリンの人々(1) - フェリックス・メンデルスゾーン - (2006-01-14)

メンデルスゾーンは大好きな作曲家の1人だ。単に好きというだけでなく、心の奥底で共鳴する何かを感じる。また、メンデルスゾーン一家をとりまく歴史・文化史は、ヨーロッパという枠組みにおいても極めて興味深い。今日から2回に分けて、私の好きなメンデルスゾーンの曲とディスクをいくつか紹介してみたいと思う。

まず最初は『弦楽のための交響曲』。これはメンデルスゾーンが12~14歳にかけて書いた作品で、全部で13曲ある。5つの交響曲に比べると知名度は劣るし、16歳から17歳に書いた弦楽八重奏曲や《真夏の夜の夢》序曲の完成度に及ばないのも確かだが、これがなかなかの名作揃いなのだ。

中でも私が好きなのは「第12番ト短調」。この音楽に出会ったのは、2006年1月に亡くなったヨハネス・ラウ前大統領の国葬の時だった。ベルリン大聖堂での式の様子がテレビで中継されていたのだが、その途中で弦楽交響曲の2楽章「アンダンテ」が演奏された。とても瑞々しく清澄な音楽だと思った。

後に、この時の演奏曲目を決めた連邦大統領府儀典長のレーアさんから、ラウ大統領が生前メンデルスゾーンの音楽を高く評価していたこと、そして教会と世俗をつなぐ意味を込めて弦楽交響曲の1曲を選んだのだというお話を伺った。メンデルスゾーンの音楽がかつて政治権力によって捻じ曲げられたことを思うと、ドイツ前大統領のこのエピソードはとても好ましいと感じた。ラウさんのお墓は、文化人が多く眠るドロテーエン・シュタット墓地にある。

2楽章だけでなく、バッハを思わせる厳しい対位法で書かれた1楽章、そして疾走する中に気品をたたえた弦楽ソロが印象的なフィナーレも好きだ。CDでは、コンセルト・ケルンによる2枚組みの素晴らしい演奏で聴ける。

関連記事:
メンデルスゾーンと壁崩壊の関係 (2008-11-10)

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by berlinHbf | 2009-01-30 13:43 | ベルリン音楽日記 | Comments(4)

アルテミス+クス四重奏団によるメンデルスゾーンの八重奏曲

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毎回ベルリンの風景をモチーフに使ったアルテミス四重奏団のプロフィール写真
(Foto:Thomas Rabsch)


最近聴いたコンサートの中では、ティーレマン指揮のベルリン・フィルがブルックナーの8番で聴かせた大伽藍のような響きは魂を揺さぶられる体験だったが、それ以上に興奮を覚えたコンサートとなるとこれだろうか。

2004年に亡くなったチェリスト、ボリス・ペルガメンシコフの名前を冠した賞のチャリティーコンサートで(12月14日)、アルテミス四重奏団とクス四重奏団というベルリンを代表する若手カルテットが共演してメンデルスゾーンの八重奏曲を演奏するというので、期待を胸に出かけた。出演者は全員ノーギャラのコンサートだったそうだ。

前半はそれぞれのカルテットが1曲ずつ。クスQのシューベルト《ロザムンデ》は、音の隅々まで緊張感が張り詰めた、端正で透明感のあるアンサンブルが印象に残った。ただ、RBB放送局の大ホールは室内楽を楽しむにはちょっと容量があり過ぎた。このカルテットは別の機会にじっくり聴きたいと思う。

対するアルテミスQのチャイコフスキー(op.22)は、ヴァイオリンのナターリア・プリシェペンコを筆頭に、メンバー1人1人のずば抜けた技術と情熱的な歌いまわしに冒頭からぐっとつかまれる。クスQに比べると音色もこってりしていて、なんだか良質なビフテキを味わっている感じ。最近第2ヴァイオリンのメンバーが変わって、音楽が一段とダイナミック溢れるようになり、ホールのキャパの広さをマイナスに感じさせないところがすごい。

そして、メンデルスゾーンのオクテット。この曲が大好きになって1年半ぐらい経つが、ようやく実演に接する機会に恵まれた。堂々たる風格を持つ1楽章、中間部で天から降ってくるようなメロディーが聴ける2楽章、16歳のメンデルスゾーンが書いた夢幻的なスケルツォ、そして極めてポリフォニックな筆致で書かれたあの疾走するようなフィナーレ!2つのカルテットは、前半で強く感じたスタイルの違いなど些細なものに感じられるほど、精緻で力強さにあふれた演奏にゾクゾクした。来年の2月2日(メンデルスゾーンの命日の前日)には、フィルハーモニーの室内楽ホールでベルリンとライプチヒの音楽家によって再びこのオクテットが奏でられる。そちらも今から楽しみだ。

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by berlinHbf | 2008-12-25 14:11 | ベルリン音楽日記 | Comments(10)

2008年工事の日々 - メンデルスゾーン公園駅 -

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ベルリンの中心部から空き地がどんどんなくなりつつあることを実感した2008年だった。

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かつてポツダム広場といえばベルリンの工事現場の代名詞だったが、もはやそのほとんどが完成した。戦前までポツダム方面の列車が発着する駅は緑地へと整備され、雑草が生い茂っているのは、そこからメンデルスゾーン・バルトルディ公園駅の周りの一帯のみとなっていた。壁崩壊直後、多くのポーランド人がベルリンになだれ込んできて、この辺りで露天を開いていたという話を読んだことがある。この2枚の写真は2年前の8月に撮ったものだが、いつの間にかこれさえも歴史的な1枚となってしまった。

関連記事:
天使の降りた場所(8) - ポツダム広場 -

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先月同じ場所を訪れたら、風景が変貌していた。近くに完成予想図が立てかけてあったので見てみると、新しいホテルがここに建つのだという。

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U2のホームより。先日ご紹介した旧フィルハーモニー跡は、ここから歩いてすぐ近くの場所にある。

関連記事:
音の記憶を探し求めて - 旧フィルハーモニー跡 -

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駅の出口から近いところに、前から探していたものを今回ようやく見つけることができた。作曲家メンデルスゾーンの胸像。「メンデルスゾーンと壁崩壊の関係」で紹介したのと同じ、ベルリン国立図書館が所有する1848年製のレプリカだ。

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by berlinHbf | 2008-12-16 13:12 | ベルリン発掘(境界) | Comments(7)

メンデルスゾーンと壁崩壊の関係

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連邦大統領府儀典長マルティン・レーア氏の執務室には、作曲家フェリックス・メンデルスゾーン=バルトルディの胸像が飾られている。ある日の午後、この胸像と19年前のベルリンでの出来事にまつわる数奇な話を氏から伺った。

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話はベルリンが建都750周年を祝った1987年にさかのぼります。この年、ロンドン市長が西ベルリン市長を訪問しました。その際、シェークスピアの胸像がロンドン市長から贈られたのです。当時、西ベルリン市の儀典部門に勤めていた私は、そのお返しとしてメンデルスゾーンの胸像を贈ってはどうかと提案しました。メンデルスゾーンはベルリンに縁の深い作曲家ですし、一方でロンドンのセントポール大聖堂のオルガニストを勤めた時期もありますから。この提案は受け入れられ、ベルリンの国立図書館が所有する1848年製のオリジナルの胸像のレプリカを製作することになりました。注意深く型を取り、贈り物用の像を作る前にまず石膏で試作。それがここにある胸像なのですが、なぜ私の仕事部屋にあるのかは後でお話しましょう。

やがて胸像は無事完成し、当時の西ベルリン市長ヴァルター・モンパー氏がロンドンを訪問する機会がやってきます。それが1989年11月9日でした。この日、ロンドン市長の官邸であるマンション・ハウス近くのバービカンセンターに関係者が出席し、胸像の除幕式が華々しく行われることになりました。ところが、ベルリンの事態が急変し、モンパー氏は2日前になって予定をキャンセル。代わりに夫人がロンドンに送られることになったのです。私もそれに同行しました。

11月9日の式典にはロンドン市長も臨席し、モンパー夫人と共に挨拶しました。その後は確かロンドン・フィルによるコンサートで、夜は歓迎の食事会がありました。

翌朝、ホテルの部屋のテレビを付けると、いきなり飛び込んできたのがベルリンの映像。私はすぐにモンパー夫人の部屋に電話しました。「モンパーさん、今すぐテレビを付けてください! ベルリンの壁の上で人が踊っています」

夫人はちょうど寝起きだったせいか、tanzen(踊る)という単語をPanzer(戦車)と聞き間違え、ベルリンが流血の事態になったのではないかと一瞬ぎょっとしました。しかし、すぐに私が言わんとしたことを理解したようでした。私たちは一緒にテレビを見て、喜びのあまり激しく泣いたのです。

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試作用に作ったこのメンデルスゾーンの胸像は、本来ならば取り壊さなければならなかったのですが、幸いなことに私が所持することを許されました。私の職場はその後、ベルリン市からブランデンブルク州、ベルリン芸術アカデミー、そして現在の大統領府へと移ったのですが、このメンデルスゾーンはその都度私の仕事部屋に飾っています。そして、それを見るたびに、1989年11月9日を思い出すのです。(談)


来年2009年はベルリンの壁崩壊からちょうど20年。同時に、フェリックス・メンデルスゾーン=バルトルディの生誕200年という記念の年でもある。
ドイツニュースダイジェスト 11月7日)

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by berlinHbf | 2008-11-10 22:36 | ベルリン音のある街 | Comments(4)

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