ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
「素顔のベルリン」増補改訂版
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(Amazon、全国各書店にて発売中)

本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

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豊富なビジュアルとドイツ語フレーズを楽しめる1冊。基本のあいさつ表現から、街にまつわるドイツ語豆知識まで、ガイドブックとともに旅に役立つ会話集です。




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地球の歩き方シリーズ初、待望のベルリンガイドブック誕生!比類なき歴史を抱えつつ、明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。「ドイツで最もドイツらしくない」といわれるこの町の知られざる魅力を、現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介。


現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

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やはり!寒波到来のベルリン

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Nassauische Str. (2014-01-22)

暖冬と言われ続けてきたこの冬でしたが、やはりこのままでは終わらなかった・・・。先週後半からついに本格的な寒さが到来した感があります。雪化粧を帯びた街の様子を何枚かご紹介したいと思います。最初は私が住むヴィルマースドルフ地区の街角から。

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こちらは先週土曜日の様子。天気はいいですが、先週末は本当に寒く、この日の日中もマイナス12〜13度はありました。15分も歩けば、体がキンキンに冷えてきます。この正面のアパート、よく見ると1枚目の写真のアパートとデザインがそっくりですね。このエリアには、19世紀末から20世紀初頭にかけて建てられた美しいアパートが多く残っています。

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昨日は1つ用事があって南の郊外まで行ってきました。Lichterfelde Süd駅に停車中のSバーンより。手前の大きな広告には「300 Jahre "Hamburger Bach"」と書かれています。今年は、作曲家カール・フィリップ・エマヌエル・バッハの生誕300周年のメモリアルイヤー。ハンブルク、ポツダム、ベルリン、フランクフルト(オーダー)、ライプツィヒ、ワイマールの縁の6都市で多くの記念行事が行われるようです。http://www.cpebach.de

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私がもっとも頻繁に利用するSバーンのひとつ、Yorckstrasse駅。鉄柱の装飾を見ても、戦前の名残を留めているのがわかります。

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この駅は地下鉄S7に接続しているので、自宅からポツダム広場やミッテの方面に出るにはここを経由するルートが便利。

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こちらは今日の写真。最近よく通う図書館のカフェにて。作業の合間に飲む熱いコーヒーが身にしみる季節です^^。

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今週末は、昨年秋から取り組んで来たオーケストラの本番があるので、演目であるマーラーの交響曲第2番《復活》が毎日どこかで頭の中に鳴り響いています。この曲の魅力は改めて書きたいと思っていますが、「こんな大曲を演奏できるのはこれが最初で最後かも」という気持ちで取り組んできたので、ここでも告知させていただきたいと思います(詳しくはこちらにて)。2月1日がプレンツラウアー・ベルク地区のゲッセマネ教会、2月5日はコンツェルトハウスの大ホールにて。コンツェルトハウスで演奏するのは初めてなので、とにかくドキドキしています。舞台裏の別働隊まで含めた大編成のオーケストラに2人のソリスト、3つの団体から構成される合唱団(うち1つはドレスデンから参加)。舞台に上がるのは総勢何人になるのでしょう・・・。私はピッコロと3番フルートを吹きます。もしお時間とご興味がありましたら、ぜひ聴きにいらしてください。

Jubiläumskonzert 20 Jahre Junges Orchester der FU
Samstag 01.02.2014 19:00
Gethsemanekirche, Stargarder Str. 77

Mittwoch 05.02.2014 20:00
Konzerthaus Gendarmenmarkt

Gustav Mahler:
Sinfonie Nr. 2 c-Moll "Auferstehung"

Junges Orchester der FU - Berlin
Künstl. Leitung - Antoine Rebstein
Mezzosopran - Antigone Papoulkas
Sopran - Lydia Teuscher
Chor - cantamus chor berlin, Jens Bauditz
Chor - HXOS Chor Berlin, Stelios Chatziktoris
Chor - Junges Ensemble Dresden, Tobias Walenciak
by berlinHbf | 2014-01-28 21:41 | ベルリン発掘(西) | Comments(5)

クラウディ・アバドの死去に際して

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BZ紙面より(2014-01-21)

今週を振り返ってみて、やはり自分の中で大きかったのが指揮者クラウディオ・アバド逝去のニュースだった。病状がよくないらしいと聞いていたので、そう遠くない先にこの日が来ることを予感はしていたが、悲しみと哀悼の気持ちが予想以上に長く続いている。それは、カラヤン、チェリビダッケ、ザンデルリンクといった巨匠指揮者が亡くなった時の感慨とは明らかに違う。直接の面識はないとはいえ、もっとずっと身近な存在だった人が亡くなったときの感情に近い。個人的な思い出話になるが、いくつかの時期に分けて振り返ってみたいと思う。


- 1990〜2000
私がクラシック音楽を本格的に聴き始めたのが、中学3年の夏だった。NHK-BSで放映されたカラヤン没後1周年の番組を録画し、特にベートーヴェンの《英雄》のライブ映像を飽きることなく繰り返し見た。アバドの映像を初めて見たのは、その秋(1990年)のベルリン芸術週間のブラームスの交響曲第1番で、若々しく颯爽とした指揮ぶりが鮮烈だった。その前年ベルリンの壁が崩壊し、テレビでアバドを初めて見たちょうどその前後に東西ドイツが統一した。アバドに出会ったのは、まさに世界が揺れ動いていた時期であり、私もまた多感な年代だった。

アバドの映像でブラームスの第1番が大好きになっただけに、1992年のアバド&ベルリン・フィルの初来日公演のチケットが手に入れられなかったのは悔しかった。だが、NHKがブラームスの交響曲第2番のサントリーホールでの演奏会を放映してくれたのはせめてもの慰めで、生中継の音楽を興奮しながら聴いた。当時はNHKが比較的よく海外の公演を放映してくれていて、ベルリン・フィルのジルベスター・コンサートは何より楽しみにしていた。もっとも、アバドの新譜が出る度に買うようなファンではなかったのも事実なのだが。

そして念願かなって、本拠地のベルリンでアバド指揮ベルリン・フィルを聴く機会が巡ってきた。早稲田大学のオーケストラの演奏旅行でドイツを初めて訪れた98年3月である。フィルハーモニーの上手側の一番上の席に他の仲間たちと座った。演目は、それまで馴染みのなかったマーラーの交響曲第3番。舞台場にところせましと並んだフル編成のベルリン・フィルを前に私は夢心地だった。アバドが舞台に現れ、さっと指揮棒を降ろした瞬間、8本のホルンが鳴らされたときの胸の高鳴り。その後のドスンと胸に響いたトゥッティの強奏。あれだけ音量が小さいのに、生き生きとしたたるピアニッシモ。安永徹さんの艶のあるヴァイオリン・ソロ。そして、終楽章の音の洪水・・・。あの夜受けた感動はいまでも色褪せることがない。

- 2000〜2002 
大学卒業後、割と軽い気持ちでベルリンに来てしまったのも、あの時のマーラーが脳裏に焼き付いていたことが私のどこかに影響していたからだ、と言えなくもない。2000年9月末にベルリンにやって来て、まだ住む場所も決まっていないまま、最初に聴いたのが10月3日のベルリン・フィルの演奏会だった。演奏に先駆けて、聴衆全員が起立し、客席の奥の方で弦楽四重奏が美しいメロディーを奏でた。恥ずかしながら、私はこの時初めてこのメロディーがドイツ国歌なのだと知った(この日はドイツ統一10周年の記念日だった)。その時のベートーヴェンの《英雄》はそれほど印象に残っていないのだが、確かその翌日だったかに聴いたガラ・コンサートで私は目を疑った。舞台に割と近い位置で聴いたので、目を覆うばかりのアバド激やせぶりがあまりに痛々しかったからだ(もっとも演奏はすばらしく、この時聴いたロッシーニの《アルジェのイタリア女》のフィナーレ(?)は最高だった。残念ながら、アバドが指揮するオペラを聴く機会はやってこなかったけれど)。その公演は結構空席が目立っていたのだが、まさにその時期彼が胃ガンであるとの情報が世界に知れ渡り、それ以降彼のベルリンでの演奏会のチケットは入手困難になっていく。

10月から住み始めた私の最初のアパートは、フィルハーモニーから歩いて5分ほどの距離。とにかく刺激の強い毎日だった。もちろん、アバドの演奏会の一つ一つもよく覚えている。11月のワーグナー・プログラムで聴いた《トリスタンとイゾルデ》の《愛の死》の弦楽器の音のさざ波に乗って生まれる陶酔は、永遠の時間のようにさえ感じられた。その頃、ベルリンの音楽好きの間ではアバドの病状がよく話題になった。翌2001年1月、ギュンター・ヴァントの演奏会を聴きに日本からやって来た大学時代の先輩がふと、「あの様子を見ていると1年ともたないのではないか」と口にした時はドキッとした。私も半ば覚悟していた。

1月のヴェルディのレクイエムの演奏会の時は、氷点下の寒い中、フィルハーモニーの外で立ち見席を求めて並んだのが懐かしい。この時期は、聴衆だけでなく、おそらくベルリン・フィルのメンバーも、「ひょっとしたらこれが最後の舞台になるかもしれない」という気持ちを心のどこかで持っていたのではないかと思う。実際、それだけ全身全霊を込めた演奏会が続いたのだ。病と戦っているアバドへの共感と励ましの気持ちが、毎回のコンサートを特別なものにしていた。私たち聴衆は精一杯拍手を送ることしかできなかったけれども。

果たして、アバドは帰ってきた!5月頭のマーラーの交響曲第7番の演奏会は、このシーズンでもっともチケットが入手困難を極めていたのではないかと思う。幸い私は二晩聴くことができた。マーラーの《夜の歌》というのは、この時初めて生で聴き、その後もいろいろな指揮者で聴いたのだけれど、この時のアバドほど生の喜びにあふれた、天高く突き抜けるような演奏で聴いたことがない。複雑に錯綜した第1楽章も、ほの暗い夜想曲も、「死の舞踏」を思わせるグロテスクな第3楽章も、なぜかすっと心に入ってきた。そしてフィナーレで、120%の力を出し切ろうとするベルリン・フィルの合奏力のものすごさ!月並みな言い方になってしまうが、それはやはり死と戦い、死の際から還ってきた人間にした奏でられない音楽だったのではないかと思う。振り返ってみると、2000/2001シーズンというのは、私とクラウディオ・アバドという音楽家との関わりの中で特別な意味合いを持っていた。人が音楽を奏でることの根源的な意味をも突きつけられたし、今後の自分にとって何かしらの糧にしなければいけないとも思わせる種類の体験だった。

ベルリン・フィル音楽監督としての最後のシーズンはアバドらしい思索的なプログラムが並んでいた。メンデルスゾーンの交響曲《讃歌》とかシューマンのゲーテの「ファウスト」からの情景など。最後の演奏会がブラームスの《運命の歌》、ショスタコーヴィチの《リア王》のための映画音楽というのも、ずいぶん意表を衝かれた。文学や思想の分野にも造詣の深い、読書家のアバドならではの締めくくりだったと思う。最後のコンサートでは、フィルハーモニーの舞台に多くの花束が投げ込まれていたと記憶する。

- 2004〜2013
その後も、毎シーズン1回、決まって5月にアバドはベルリン・フィルを振りにやって来た。彼は退任後いつかのインタビューで、「私はこれまであまりに多くの演奏会を指揮し過ぎました」というようなことを言っていたが、ベルリン・フィル音楽監督の激務から解き放たれて、本当に自分が振りたい曲ばかりを選んで指揮しているように見えた。なにせチケット入手が困難だったので、毎回というわけではなかったけれど、数年に1回はアバドを聴くことができた。マーラーでは、第6と第4交響曲、そしてこの世ならぬ美しさをたたえた2011年の第10番《アダージョ》が印象深い。ベルクの歌曲やブラームスの交響曲第3番もよかった。そして、昨年5月のメンデルスゾーンの《真夏の夜の夢》とベルリオーズの幻想交響曲が最後の機会となった。

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Der Tagesspiegel (2014-01-21)

享年80歳。長寿が多い指揮者の世界では、格別の高齢ではなかったかもしれない。できれば、彼が指揮するオペラを聴いてみたかったとか、マーラーの《復活》を体験してみたかった、などの思いも若干あるけれど、ガンと戦い始めたあの当時、まさかこれほど長い間、私たちに音楽の恵みを届けてくれるとは正直思わなかった。そして、アバドは私にとって音楽だけの存在ではなかった。1990年以降の「新しいドイツ」のイメージを、コール首相やシュレーダー首相以上に、このイタリア人音楽家が担っていたと言っても過言ではなかったからだ(あくまで私にとっては、だけれど)。自分の人生はまだまだ続くが、今後何か困難なことに直面した時、アバドさんが全身全霊をかけて音楽で伝えようとしていたいくつもの姿を思い出したいと思う。
by berlinHbf | 2014-01-25 23:09 | ベルリン音楽日記 | Comments(6)

生誕100年 ヴィリー・ブラントの写真展

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ヴィリー・ブラント写真展のチラシより

先日、地下鉄の駅で印象的なモノクロ写真を使ったポスターを見掛けました。列車の食堂車の中で、中年の男性が通路を隔てて座る女性に渋い表情の眼差しを向けた瞬間をとらえたもの。報道写真というよりは、主演俳優と女優を映した映画のワンシーンのようだと思いました。

この男性は、かつて西ドイツの首相を務めたヴィリー・ブラント(1913~1992年)。1913年12月18日のブラント生誕100年を記念し、クロイツベルク地区にある社会民主党(SPD)本部、通称「ヴィリー・ブラント・ハウス」で行われた写真展に足を運んできました。

政党本部での展覧会というと、日本では馴染みがないかもしれませんが、ドイツの政党や政治家は美術品の収集に熱心ということが少なからずあり、特にこのSPD本部では定期的に展覧会が開催されています。

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ヴィリー・ブラント・ハウスのアトリウム

三角形のモダンな外観の建物の中に入ると、そこは天井ガラスで覆われた大きなアトリウムで、光がたっぷり差し込んでいます。写真展は2部に分かれ、1階は長年ブラントを撮り続けたポートレート写真家、コンラート・ルーフス・ミュラーの作品。暗闇を背景に、近距離からブラントの表情を捉えた写真が中心で、表情の豊かさと刻まれた深いしわが彼の歩んだ激動の道のりを物語っているようでした。

静的なミュラーの作品に対し、2階には、4人の報道写真家によって収められた躍動感溢れる写真が多く並びます。シュテルン誌の委嘱を受けてブラントを追い続けた彼らの写真は、西ベルリン市長時代から連邦首相、さらにその後まで、さながらブラントの政治家人生を一望できるボリュームがありました。モノポリーで遊び、家族と過ごす時間などを収めたプライベートショットでは、くつろいだ表情を見せています。本業の政治の方では1970年、初の東西ドイツ首脳会談のためにエアフルトを訪れた際の緊張感が印象に残りました。ほかにも、やはりドイツの首相として初めてイスラエルを訪問したときの様子、ベルリンの壁が崩壊した直後の感慨に満ちた表情、そして談話に応じる際、いつも左手に持っていたタバコに焦点を当てた写真等々。

それにしても感じたことは、あの冷戦時代、しかも相手に手の内を見せないことが美徳とされる政治の世界で、ブラントが見せた率直な表情は人間味があり、絵になる人だなということでした。そんなヴィリー・ブラントの写真展は2月1日まで開催されています。火~日曜の12:00~18:00オープン。入場は無料ですが、パスポートなどの身分証の提示が必要です。
www.willy-brandt-haus.de
ドイツニュースダイジェスト 1月17日)
by berlinHbf | 2014-01-17 10:30 | ベルリン文化生活 | Comments(0)

「ミセス」2014年2月号「指揮者・山田和樹の育む音」

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最近発売になった「ミセス」(文化出版社)2月号に「指揮者・山田和樹の育む音」という記事を書かせていただきました。欧州でも活躍中の若手指揮者、山田和樹さんへのインタビュー記事です。9月に編集長の岡崎成美さんと新宿で打ち合わせをした際、岡崎さんは山田さんが一人っ子であることに注目されました。「昔は兄弟だったり、地域の年長者だったりと、『他人から学ぶ』ことが普通に行われていた。現代はそういう形で『知恵』を得ることが難しくなってきている。山田さんはどういう家庭環境のもとで育ったのだろう?」と岡崎さん。婦人雑誌らしく、教育にも焦点を当てた記事となりました。特に印象に残ったのが、山田さんが指揮者になる決意をした高校生の時、お父さんから言われた言葉で、文化の本質を語っているなあと感銘を受けました。ご興味がありましたら、一読いただけると大変うれしく思います。

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昨年10月、取材でジュネーブを訪れた際に見学したサン・ピエール寺院にて
by berlinHbf | 2014-01-14 23:57 | ベルリンを「読む」 | Comments(0)

王宮広場の現在

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Schloßplatz (2014-01-13)

今日はミッテにあるハンス・アイスラー音大に久々に足を運ぶ機会がありました。M48のバス停Fischerinselを降り、ブライテ通りを歩くのは久しぶりです。その突き当たりが王宮広場(Schloßplatz)。昨年夏にご紹介した時よりも一段と工事が進んでいました。

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今日はピアニスト、メナヘム・プレスラーさんの公開レッスンを見学したのですが(また改めてレポートするつもりです)、終わってから校舎の窓からの眺めを見て、ハッと思い当たるところがあり、写真に収めました。以前、この窓から写真を撮ったのを思い出したからです。家に帰って昔の写真を掘り返してみました。まずこちらが2007年7月4日の様子。当時はまだ東独時代の共和国宮殿の解体作業中なのでした。

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それから約7年後の今日の様子がこちら。「そういえば、あの時はここから大聖堂が見えることはなかったんだなあ」と当時の風景やよく会っていた友達のことなどをしみじみ振り返っていました。

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やはり2007年7月の様子。

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こちらが今日の王宮広場。ミッテ地区の変貌は相変わらず著しいものがあるので、その変化の様子を今年もご紹介していきたいと思います。

暖冬が続くベルリンですが、今日は大分冷え込みました。これから週末にかけて、0度近くまで下がる見込みです(と、最後はなぜか天気予報風に^^;)。
by berlinHbf | 2014-01-13 23:30 | ベルリン発掘(東) | Comments(0)

発掘の散歩術(42) -生を見つめ直すクレマトリウム-

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29本の柱が並び立つバウムシューレンヴェーク・クレマトリウムのホール (2013-11-24)

プロテスタント教会の暦では、第1アドヴェントの直前の日曜日を死者慰霊日(Totensonntag)と呼ぶ。毎年この日、ベルリンにある2つの火葬場が一般公開されるのが定例だそうだ。その数日前、たまたまそのことを地下鉄のテレビで知った私は、建築物としても評価が高く、以前から興味を持っていた火葬場の1つを訪ねることにした。

東の郊外、トレプトウ地区にあるSバーンのバウムシューレンヴェークの駅から徒歩15分ほど。両側に広大な墓地が広がり、バウムシューレンヴェーク・クレマトリウム(火葬場)の門が見えた。

キリスト教社会において、火葬の歴史というのは比較的新しい。それまでは主として土葬だったからだ。ヨーロッパで最初の火葬場がミラノに造られたのは1876年。ドイツでも、人口の急増による土地不足や衛生上の理由により、火葬場を造る動きが出てくる。このバウムシューレンヴェーク・クレマトリウムは、今からほぼ100年前の1913年に完成した。

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ドイツの連邦首相官邸を思わせるクレマトリウムの外観

その当時造られた三角屋根の古い門を抜けると、キューブを思わせる幾何学的なデザインを持つ、打ち放しコンクリートの斬新な建物が現れた。「首相官邸にそっくり!」というのが私の最初の感想。それもそのはず、1999年に再建された現在のクレマトリウムの設計者、アクセル・シュルテスとシャルロッテ・フランクは、ほぼ同時期に「洗濯機」の愛称を持つ連邦首相府や、「連邦の絆」と呼ばれる一連の建築群も設計しているのだ。

関連記事:
首相官邸訪問! (2006-08-27)
祝U55開業@ブンデスターク駅 (2009-08-11)

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大きな自動ドアが開いて中に入ると、そこは円柱がいくつもそびえ立つホール。屋根を支える柱の支柱には丸い開口があり、天井から入る光によって、静謐な空間が作られている。これほどコンクリートを多用しているのに、人工的な匂いがまるでない。私は森の中をさまようように歩いた。壁に沿った正方形の穴に敷かれたさらさらの砂は、砂時計の砂が落ちて、消え去った時間を象徴しているそうだ。ホールの真ん中の丸い池の上には、キリスト教において復活や実りのシンボルである小さな白い卵が浮かんでいる。その周りに葬儀を行うチャペルが計3つある。

とはいえ、このクレマトリウムではキリスト教の象徴である十字架はほとんど見掛けなかった。様々な宗教の儀式にフレキシブルに対応しているところが、多文化が混ざり合うベルリンらしい。

この日は地下部分も見学することができた。ヨーロッパ最新鋭を誇る施設であるだけに、628体を保管できる遺体安置所から火葬炉まで、電動システムによる管理が行き届いている。日本と違うと感じたのが、火葬された骨は完全な粉になるまで砕くこと。ガイドの方が「これが骨を挽く機械です」と紹介すると、挽く(mahlen)という単語に私は、反射的にコーヒー豆の機械を連想してしまった。そして最後に紹介されたのは、小さな骨壺。

人の世は必ずしも平等ではないけれど、1国の首相であろうが、どんな国や宗教に属していようが、死は必ず訪れるという点においては平等だ。新年早々、火葬場の話で恐縮だが、限りある人生の時間を意識することで、逆に今という時が大切に思える。今年はどんな目標を立てようか。
ドイツニュースダイジェスト 1月3日)


Information
バウムシューレンヴェーク・クレマトリウム 
Krematorium Baumschulenweg


1911年にプロイセンが火葬を許可した後、ベルリンの2番目の火葬場として造られた。1992年から99年にかけて再建。柱がそびえるホールは、建築家がエジプトの神殿とコルドバのモスクからインスピレーションを受けて設計したという。これとよく似た地下鉄U55のブンデスターク駅も同じ建築家のデザインによるもの。
住所:Kiefholzstr. 221, 12437 Berlin
電話番号: 030-63958121
URL: www.krematorium-berlin.de


ゲリヒト通りのウルネン墓地 
Urnenfriedhof Gerichtstraße


地下鉄U6とSバーンのヴェディング駅からほど近い公共墓地。1912年に完成した、ベルリンで最初のクレマトリウムがこの中に残されている。現在は火葬場としては使われていないが、古典様式の寺院を模した立派な外観は一見の価値あり。将来的には、ギャラリーやアトリエなどを収容する文化施設として、再利用される計画もあるという。
住所: Gerichtstr. 37-38, 13347 Berlin
by berlinHbf | 2014-01-06 21:39 | ベルリン発掘(東) | Comments(1)

Frohes Neues Jahr 2014!

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Pariser Platz (2013-12-31)

新年あけましておめでとうございます。
晴天に恵まれた大晦日のベルリンの様子を何枚かお届けします。昨日は5度以下まで気温は下がりましたが、今冬はまだほとんど雪が降っていません。ブランデンブルク門周辺はジルベスター・パーティーを前に、いつになく多くの人で賑わっていました。

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夜は佐渡裕さん指揮ベルリン・ドイツ交響楽団(DSO)のコンサートを聴きました。DSOは大晦日の昼夜2回のジルベスター・コンサートをドイツのサーカス団Roncalliと共演するのを恒例としていて、今回が10周年なのだとか。ドヴォルザーク、バーンスタイン、ハチャトリアン、ホルスト、ヨハン・シュトラウス、ドビュッシー……。さまざまな音楽に合わせて、サーカス芸が繰り広げられるのですが、これが本当に楽しい。一言でサーカスと言っても、超絶技巧のジャグリングから、ピエロによる余興、本物の鳥やポニーが演じるもの、中国雑技団のような青年が輪っかに次々に飛び込んでいく芸等々、内容は実に多彩。ドビュッシーの「月の光」に音楽に乗って、棒につかまった男の人が腕力だけで無重力状態のような体勢を演じる芸には誰もが息をのみました。もっとも、芸と演奏の終わりのタイミングをピッタリ合わせるのがなかなか難しく、音楽が終わったのにポニーがまだグルグル回り続けていたということはありましたが(笑)、相手が動物ですからこれはご愛嬌。佐渡さんの指揮は躍動感といい意味での野性味にあふれ、もう一人昔からファンだったメゾソプラノのアンネ・ゾフィー・フォン・オッターの歌が、この夜を一層華やかなものにしていました。オペラのアリアでの素晴らしさはもちろん、ガーシュインの「They Can't Take That Away From Me」などで見せた芸達者ぶりも圧巻!ほかのお客さんと一緒に驚き、感動し、笑いながら今年最後のコンサートを締めくくることができたのは幸せでした。

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こちらが会場のTempodrom。本当にサーカス小屋のような外観をしています。19時から始まったコンサート。会場を出るのは22時近くになっていて、爆竹の爆音に内心ビクビクしながらも何とか無事帰宅。ブランデンブルク門前のカウントダウンはテレビで見ました。

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エーベルト通りに刻まれた壁の跡

2014年はどんな年にあたるのかと思ってちょっと調べてみたところ、まずベルリンの壁崩壊・平和革命から25周年(ほんの少し前に壁崩壊20周年だったのに早い!)。ドイツ関係ではそれ以外に、リヒャルト・シュトラウス生誕150周年、カール・フィリップ・エマニュエル・バッハの生誕300周年、あと小さいところだとベルリン−東京姉妹都市提携20周年というのもあります。第一次世界大戦の開戦から100周年というのも、振り返る機会がきっと用意されるだろうと思います。こういう時代だからこそ、平和の意義を考えながらじっくり伝えていきたいです。

私がフリーのライターになってからちょうど5年が過ぎ、そろそろ駆け出しの時期は終わったなと最近実感します。今年はもう一度初心に返り、日々の仕事だけでなく、時間をかけて作品として残していきたい仕事、どちらも1つ1つ大切に取り組んでいきたいと思います。本年もどうぞよろしくお願い致します。
by berlinHbf | 2014-01-01 21:22 | ベルリンのいま | Comments(5)

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