ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
「素顔のベルリン」増補改訂版
¥1,680
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(Amazon、全国各書店にて発売中)

本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

Amazonにてネット購入ができます。



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豊富なビジュアルとドイツ語フレーズを楽しめる1冊。基本のあいさつ表現から、街にまつわるドイツ語豆知識まで、ガイドブックとともに旅に役立つ会話集です。




『素顔のベルリン 過去と未来が交錯する12のエリアガイド 』
¥1,575
ダイヤモンド社
(2009年発売)

地球の歩き方シリーズ初、待望のベルリンガイドブック誕生!比類なき歴史を抱えつつ、明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。「ドイツで最もドイツらしくない」といわれるこの町の知られざる魅力を、現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介。


現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

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ウーラント通りのBerliner Kafferösterei

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寒い日が続くので、今日は久々にコーヒータイム。うまいコーヒーが飲めるお店を1つご紹介しましょう。場所はU1の終点Uhlandstraßeを降りて、ウーラント通りに入ってすぐのところ。さすがクーダムの周辺だけあって、ノーブルな雰囲気のアパートが立ち並びます。このカフェがある建物もまさにそう。

参照:(クーダムとUhlandstraßeの交差点は、以前こちらで紹介しました)
天使の降りた場所(1) - カイザー・ヴィルヘルム記念教会 -
(2006年9月4日)
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このBerliner Kafferöstereiでは、その名の通り自家製のコーヒー豆を使っており、入り口近くのお店で豆だけ買って帰ることもできます。あと、ここで売っているおしゃれなチョコレートは、一度お土産に持って行ったら大変喜ばれました。カフェはその奥にあります。

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ミルヒ・カフェの上にハート型に盛られた泡がいかにもおいしそうです。このカフェでは、水と小さなビスコッティ、黒砂糖がコーヒーと一緒に出てくるのがうれしいところ。ほっと一息できます。

BERLINER KAFFEERÖSTEREI
Uhlandstraße 173/174
10719 Berlin
Tel. +49 .30 - 88 67 79 20

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by berlinHbf | 2008-11-29 19:20 | ベルリン発掘(西) | Comments(4)

共和国宮殿、最後の残骸

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先週初雪が降ってからは寒い日々が続き、家にこもることが多かったのだが、昨日は時折晴れ間も見せ、妻を連れて久々に街を散策してみた。やはりベルリンは自分の足で歩くのが楽しい。

U2のHausvogteiplatzで降り、数日前から始まったクリスマス市を横目に川のたもとのシュロス橋へ。ほぼ夏以来、久々に立つ旧共和国宮殿。そこにはもう何もないかと思いきや、よく見るとニコライ教会と赤の市庁舎の間に、1つだけコンクリートの柱が立っていた。王宮前広場には、ポツダム広場にあったインフォボックスを思い起こさせるブルーのクンストハレが建ち(写真右)、遊歩道も整備されて歩きやすいようになっていた。王宮の再建が始まるまでの処置らしい。

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ついに残り1つとなった残骸を近くで見るべく、シュプレー川を渡って反対側へ。極寒とまではいかないが、それでもずっと歩いていると耳がひりひりしてくる程度の寒さではあった。1台のクレーンが黙々と作業を続けていた。

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この橋から共和国宮殿の解体作業を何度も眺めてきたけれど、カメラを持った人がこんなに多いのは初めてのことだった。新聞などの報道で聞き知ってやって来たのだろうか。

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この近くで、見ておきたいものがもう1つあった。かつてベルリン最古のクリスマス市が立っていたブライテ通り(ここもまた工事中だった)を横切り、DDR時代に国家評議会館があった建物の前に足を運ぶ。

参照:
クリスマスマーケットを彩った音色 (2007年12月22日)

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この場所で、ベルリンがベルリンとケルン(Cölln)という双子の都市だった時代の1300年頃、ケルンの側に建てられたドミニコ修道院(Dominikanerkloster)の発掘が進められているのである。やや薄暗くなりかけていたが、レンガの礎石をはっきり見て取ることができた。ここにはまた改めて来ようと思う。

寒い中、社会主義時代の建物の解体作業をカメラに収める人もいれば、そのすぐ近くで中世の修道院の発掘作業にいそしむ人々もいる。やがてここに建つのはプロイセン時代の「王宮」とくれば、何というアンバランスさといびつさだろう!一体自分がどの時代にいるのかわからなくなってくる。

参照:
掘り起こされたベルリンの「中世」 (10月12日)

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by berlinHbf | 2008-11-28 12:12 | ベルリン発掘(東) | Comments(2)

ベルリンでまるごとニッポン体験!

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11月14日から16日にかけて、ベルリンでは3回目となるヤーパンフェスティバルが開催された。その最終日の午後、オスト(東)駅近くの会場Postbahnhofに足を運んでみた。
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日曜日だったので多くの来客は予想できたが、13ユーロという(ベルリン水準からしたら)決して安くはない入場料を払って、日本に関心を寄せる人がこれだけいることにまず驚く。現地在住の邦人の姿も多く見かけたが、大部分は地元のドイツ人。面白いのは、コスプレの衣装で入場すると3ユーロ割引になる特典が用意されていたことで、ここは秋葉原か原宿かと見紛うような光景にも出合ったことだ。
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会場内には、手作りの民芸品、小物からマンガ、ハローキティー、はたまた日本が誇る(?)ウォシュレット(ドイツではDusch-WC)まで無数の出店が並び、さながら縁日のような賑やかさ。日本食コーナーでは長蛇の列ができ、酒ラウンジで日本酒を楽しむ人々の姿も見られた。

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見物客の注目を集めながら日本の木工技術の実演をしているドイツ人に話を聞いてみた。メクレンブルク=フォアポメルン州からやって来たヴァルデマー・カイスさん(本業は歯科技工士とのこと)。ドイツでたまたま日本人の職人に出会い、直接の教えを受けたことで日本庭園や障子などの木工、墨絵に興味を持ったという。その腕はなかなかのもので、実際に制作依頼を受けることもあるそうだ(http://japanese-world.de)。「墨絵は最小限の要素で最大のものを表現する伝統があります。西洋の絵画と違ってやり直しのきかない感覚が好きですね」。
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2つの舞台では、着物ショーや剣道の実演、和太鼓などのプログラムが組まれ、そちらも盛況。ベルリン在住の日本人女性による合唱団「アンサンブル和(なごみ)」もその歌声を披露した。他にも書道や折り紙、着物の試着など、実際に自分で体験できるワークショップも好評だったようだ。
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2階の一室では熱心に囲碁や将棋を打つ人の姿が見られた。1960年に囲碁のヨーロッパチャンピョンになったというギュンター・チーソウ(写真右)さんが、現在約200人のメンバーを持つベルリンの囲碁クラブについて説明してくれた。彼が直接の教えを受けたフェリックス・デューバル(1880-1970)は戦前日本に囲碁の留学をし、その後ドイツに囲碁を広めたパイオニアだそうで、日独の長い交流史をも実感した。
ドイツニュースダイジェスト 11月28日)

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by berlinHbf | 2008-11-26 20:18 | ベルリン文化生活 | Comments(5)

映画「ベルリン・フィル 最高のハーモニーを求めて」

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ベルリン・フィルのメンバーが今週韓国から日本入りしたそうだ。いよいよ明日から始まる3年ぶりの来日公演は、今クラシック音楽ファンの間で大きな話題になっているのではないだろうか。とはいえ、日本でベルリン・フィルを幸運にも生で聴ける人など、結局ごくわずかでしかない。今回は、このツアーに合わせて現在東京で上映中の新作映画をご紹介したいと思う(全国順次公開予定だとか)。先日紹介した「帝国オーケストラ」と並んで、ベルリン・フィル125周年に合わせて製作された「ベルリン・フィル 最高のハーモニーを求めて」(原題:Trip to Asia)がそれだ。

「帝国オーケストラ」は時代背景についての知識があるとより興味深い映画だが、こちらは説明不要というか、音楽が好きな方にまずはともあれ観ていただきたい。2005年秋のベルリン・フィルのアジアツアーに密着したドキュメンタリーで、北京、ソウル、上海、香港、台北、東京へと移動する過程で、この名門オケの内部事情が克明に描かれる。まずびっくりするのは、慌しいツアーの中、ラトルや有名な音楽家から驚くほど本音のコメントを引き出していること。これはやはり実際に見ていただくほかないと思う。

ベルリン・フィルのすごい演奏を目の当たりにする時、「ここまで個々の技術が卓越しているオーケストラが、決して個を埋没させることなく、なぜかくも美しいハーモニーを奏でられるのか」といつも不思議に思うのだが、個人として、同時に集団(オケ)の一員としての彼らの心のせめぎあいをここでは垣間見ることができる。音楽界ではエリート中のエリートのベルリン・フィルの団員も(そしてラトルも)、どこかで悩み、心の葛藤があり、それでも日々成長しようと努力している。そのことがわかっただけでも、この映画を見る価値はあった。「オケで演奏することは本当に楽しい。だがそれは、個の人間として機能できての話だ」(ゲッツ・トイチュ)。音楽に限らず、組織の中で働いている人は誰でも、共感できる言葉に出会えるのではないだろうか。

もともとベルリン・フィルのファンだという人は、おなじみの奏者が次々に出てくるのでときめきを感じるはず。R.シュトラウスの《英雄の生涯》、ベートーヴェンの《英雄》、アデスの《アサイラ》などの演奏シーンも迫力十分。インタビューに答える女性奏者はなぜか美しい方ばかりで、そういう意味でも楽しめるかと^^;)。

渋谷ユーロスペースでのこの連休中の上映には、ベルリン・フィルのメンバーも舞台挨拶に見えるそう。足を運ばれてみてはいかがでしょうか。

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ベルリン国際映画祭での記者会見より(2月12日)。右よりラトル、グルベ(監督)、マニンガー(BPOソロ・チェリスト)ら。

ベルリン・フィル 最高のハーモニーを求めて公式サイト
東京・渋谷ユーロスペース
11/15(土)~
☆ベルリン・フィルメンバーによる舞台挨拶あり(予定)
11月23日(日)・24日(月/祝)両日ともに 16:20の回上映終了後、18:45の回上映前

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by berlinHbf | 2008-11-22 23:43 | ベルリンを「観る」 | Comments(29)

一度は乗ってみたい!Panorama S-Bahn

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先週末開催されたJapanFestivalを見にオスト(東)駅で降りたら、見慣れない電車が向かいのホームに停まっていました。普段乗るSバーンよりも丸みを帯び、何となく愛嬌のある顔立ち。落書きなどもなく、肌もつやつやしています。

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実はこれ、Panorama S-Bahnといって、毎週土日だけこの東駅から出る観光用の特別列車なんです(約1時間、ベルリンの見所を周遊)。この時は窓の外から眺めるだけでしたが、座席は2+1もしくは1+1の大変ゆったりした構造で、さらにトイレとバーも完備。この大きな窓から眺めるベルリンの町並みは、一味違ったものといえるのかも。う~ん、一度乗ってみたい。

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1回の乗車費は16ユーロ(14歳までは9,5ユーロ)。果たしてその価値はあるのか?いずれ乗る機会があったら、体験記を書きたいと思っています。

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by berlinHbf | 2008-11-20 23:57 | ベルリン発掘(全般) | Comments(12)

がんばれ、寺田周平!

秋に日本に帰った折、私にとっては極めて珍しいことだが、現役Jリーガーに会う機会が一度あった。川崎フロンターレのDF寺田周平選手。実は、寺田さんと私とは、県立横須賀高校時代の同級生になる(といっても、クラスは別。この学校では3年間組替えがないこともあり、当時話した記憶は残念ながらない)。今年母校が創立100周年を迎えるにあたって、地元のタウン誌「はまかぜ新聞」が特集を組み、横須賀高校出身の著名人にインタビューを行うことになった。ライターをしている私の母が寺田さんに会いに行くことになり、それに付いて行ったというわけなのだった。

セミがまだ鳴く9月のある日、川崎の山奥(失礼!)にあるフロンターレのクラブハウスを訪れ、待たされた部屋に午前の練習を終えたばかりの寺田さんが現れた。びっくりするくらい長身の、でも物静かなとても感じのいい方だった。99年から川崎フロンターレ一筋の寺田さんは、33歳のベテランとなった今もチームの主力選手として活躍している。

今年4月、寺田さんは32歳にして初の日本代表に選ばれた。現在所属チームはリーグ戦で上位につけており、「僕の現役生活はもうそれほど長くない。今季はどうしてもタイトルがほしい」と静かに語っていた姿が印象に残っている。

当たり前だが、日本代表に選ばれるというのはすごいことだ。「(周りは)錚々たる顔ぶれでしたよ」と半分ため息混じりに語る彼の様子を見て、私は“怪我で苦しむことの多かった彼が、一度だけでも代表でプレーできたのは本当によかった”と心から思った。ところが、先日のシリア戦に寺田さんは再度招集され、明日19日のW杯アジア最終予選 カタール戦のメンバーにも残った。新聞などを読むと、負傷したDFの大黒柱中沢選手の代役という立場のようだが、そのことは今どうでもよい。W杯予選という胃がキリキリするような大一番で彼が一体どういうプレーをするのか、何だか私まで武者震いするような気分でいる。

誇るべき同級生、寺田周平選手にご注目ください!

関連記事:
32歳寺田男泣き「こういう時が来るとは」(日刊スポーツ)
寺田つかむ!最年長W杯予選デビュー(スポーツ報知)

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この記事は、「はまかぜ新聞」のサイト(5ページ目)でご覧いただけます。

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by berlinHbf | 2008-11-18 22:20 | サッカーWM2006他 | Comments(2)

「4つのベルリン」展

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先週の月曜日、ブランデンブルク門の真横Haus der Commerzbankにて行われる「4つのベルリン」展のオープニングに足を運んで来た。今月はEuropäischer Monat der Fotografieという大規模な写真展が街の多くのギャラリーや美術館で開催中だが、これもその一つ。昨年紹介したGalerie Degenharttの主催で、ベルリン50年の変遷を4人の写真家の作品で振り返るという興味深い試みだった。

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Theodor Karl Löber, Trümmerfrauen, 1958

1人目はTheodor Karl Löberという人が、1950年代から60年代初頭にかけて東で撮ったもの。戦争の瓦礫の除去作業がいかにものすごかったかがわかる。この写真は、大改造が始まる前のスターリン・アレー(現在のカール・マルクス・アレー)の様子。1962年のアレクサンダー広場のパノラマ写真も面白かった。

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Udo Hesse, Schwedter Straße, 1982

2人目は昨年ご紹介したウド・ヘッセ。80年代初頭の東の日常風景がつづられる。この壁の写真が一体どういう運命を辿ったのかについては、以下の記事をご覧ください。

参照:
壁とタイムカプセル (2007.10.04)

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ヘッセの作品では、この写真なども好きだ。KastanienalleeとSchwedter Strの交差点。クリスマス直前の様子だろうか。建物自体は今とほとんど変わっていないが、当時のプレンツラウアーベルクはこんなにひっそりしていたのだ。

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Ulrich Wuest: Oranienburger Straße, 1995

3人目は壁崩壊後の1994年から96年にかけてUlrich Wuestが撮った、人の気配が皆無の写真群。その多くが壁沿いの無人地帯で撮影されたもので、もはやほとんどが失われた風景となった。なかなかシュール。

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最後は、Nicola Meitznerが2001年に撮ったスナップ写真。この時はすでに自分もこの街にいたし、そんな昔でもないような気がするのだが、いつの間にか歴史的な写真となりつつあるのを感じる。この街の行く末は一体どうなるのだろう。


写真展は来年1月18日まで。入場無料です(開館は毎週土曜と日曜の11時~20時)。ブランデンブルク門のすぐ横なので、よかったらお立ち寄りを。特にこの街に住んでいる人にはぜひ観ていただきたいです。

Ausstellung im Haus der Commerzbank am Brandenburger Tor, Pariser Platz 1
12. November 2008 bis 18. Januar 2009, Sa / So, 11 – 20 Uhr

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by berlinHbf | 2008-11-17 01:23 | ベルリンを「観る」 | Comments(12)

テンペルホーフ空港の終焉

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2008年10月30日、ベルリンと共に長らく歩んできたテンペルホーフ空港が、ついにその幕を閉じました。最後の2日間の様子をリポートしたいと思います。

29日午後。いつもはガラガラの空港の本館ターミナルが、往年を彷彿とさせる賑わいを見せていました。翌日のセレモニーは関係者のみを対象にしたものだったため、多くのベルリン市民はこの日、テンペルホーフ空港へ個人的な別れを告げに訪れていたのでした。カメラでひたすら記録に収めようとする人もいれば、テレビのインタビューに空港の思い出を語るご年配の姿も。

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その後、自転車に乗って386ヘクタールの空港敷地の反対側へ行くと、そこにもフェンス越しに飛行機の離着陸の様子を眺める人たちが大勢集まっていました。「あの向こうに小さな丘があるから行ってみなさい」と通りがかりの人に勧められて行った先は、民家すれすれに着陸する飛行機を臨むのに格好の場所でした。1948年から49年にかけてのベルリン空輸作戦で、米軍機からの食料を待ち受ける子どもたちをとらえた有名な写真は、ここで撮られたのだとその時わかりました。
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© Henry Ries / The New York Times / DHM

30日20時から、約800人のゲストを招いた非公開のお別れディナーがヴォーヴェライト市長の挨拶で開始。一方外では、空港閉鎖に反対する人々による最後のデモが始まっていました。21時55分には、マンハイム行きの最後の旅客機が離陸。23時を過ぎ、私は最後の飛行機を見るべく空港の南側へ歩いて行きました。本館から地下鉄1駅分歩いてようやく滑走路が左手に広がってくると、フェンス越しには人・人・人。警備にあたる警察の人までもが、固唾を呑んでその瞬間を見守っています。

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そして23時55分頃、ルフトハンザ社の戦前を代表するJu52機と、ベルリン空輸で活躍した通称「干しぶどうの爆撃機」という、この空港の歴史を象徴する2機が、同時にゆるやかな弧を描きながら自分の頭上を飛び去って行きました。どこからか、トランペットが奏でる「蛍の光」のメロディーが聞こえてきます。やがて人々の歓声の中、ろうそくで灯した提灯が、次々と滑走路の上空に放たれていきました。テンペルホーフ空港85年の歴史に幕が落とされたのです。
ドイツニュースダイジェスト 11月14日)

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by berlinHbf | 2008-11-15 01:52 | ベルリン発掘(西) | Comments(8)

山根寿代さんが見た1989年10月の東ベルリン

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The Westin Grand(8月31日)

秋に日本に一時帰国した際、このブログで以前数回に分けてご紹介した山根寿代さんに再会する機会がありました。変わらずお元気そうだったことにまず安心し、今回もまたいろいろと興味深い話を伺いました。世界中を旅行されている山根さんですが、その中でもとりわけ私にとって印象深かった、1989年10月に団体ツアーで東ベルリンを訪れた時の話をご紹介したいと思います。夏にいただいた手紙の中から大部分を引用し、実際に聞いた内容も加えて構成しました。

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最後の訪問地ベルリンへ行く朝、確かライプチヒだったと思いますが、泊まっていた駅前のホテルの窓を開けて外を眺めましたら、朝早いにも関わらず沢山の若者が集まって居りました。後で知ったところによると、東ドイツの建国40周年記念が行われるベルリンでのパレードに参加する為でした。私達はバスで東ベルリンの町へ入りましたが、余りの人でバスが動かず途中下車となり、グランドホテル迄荷物を持って歩きました。ホテルの前も人で溢れ、今も目に浮かびます。

夜も松明行列で壮観でした。今思えば東ドイツ最後の年だった訳です。私達は15人のツアー。ホテルでは、我々を見たピアニストが突然『上を向いて歩こう』を弾きはじめ、歓迎してくれました。その後、駅名は忘れましたが、二駅ほど電車に乗ってパレードの見える広場へ行き、殆どがソ連の戦車や大砲の行列を眺めました。

背伸びしないと見えない程の人垣でしたが、そこに何の為かコンクリートの四角い塊があり、その上に若い親子が乗っていて、狭いところなのに私にも乗れと引っ張り上げてくれました。その時私が“Can you speak English?“とききましたら、“No“とのことでしたが、すぐ彼が“I am Berlin“と云ったので私も“I am Tokyo“と答え、この単純な面白い会話を今も覚えて居ります。(その短いフレーズだけで)東ベルリンに住むドイツ人とわかったのですから、何でも声を出してみるものですね。私のことも日本人と思ったことでしょう。因みに世界中とは少々大袈裟ですが、殆どの国の人が“Tokyo“は知って居りました。

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翌日帰国するという前夜、隣が劇場でしたので、お芝居を観に行きました。ところが出演者が風邪をひいたので病気で中止と言われました。日本語が流暢な現地のロシア人ガイドさんが、それでは劇場内が美しいから見学しようという事になりましたが、それも断られました。翌日帰国だし、鞄の整理の事もあるからと諦めて部屋に戻ったのでした。

帰りの飛行機の中で知ったのですが、その時劇場内では集会が開かれて居り、出演者云々の事は口実だったそうです。恐らく壁の崩壊の1ヶ月前ですから、各地で集まっていたことでしょう。ホテルに戻ります時、警官が多いなとは思いましたが、帰国後きっかり1ヶ月目のあの壁のTVを観ました時は、涙で霞む程の感動でございました。誰も怪我をすることなく、ベルリンが一つになったのですから。あの夜は本当に静かなクーデターのようでした。チャーリーポイントを通った時のことも忘れられないことでございます。


(注)
山根さんが宿泊された「グランドホテル」は、その2年前フリードリヒ通りにオープンした当時東ベルリンの高級ホテル(現The Westin Grand。上の写真)。「2駅ほど電車に乗って行った」のは、アレクサンダー広場。「ホテルの隣の劇場」とは、コーミッシェ・オーパーに間違いない。

山根寿代さんについては、この夏に書いた以下の記事もぜひご覧ください。
- ベルリンで出会った一枚の写真 - (2008.08)
- 祖父山根正次 -
- 森鴎外からの手紙 -
- ベルリンの恩師との再会 -
- 仕事、旅、そして人生 -

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by berlinHbf | 2008-11-13 13:18 | ベルリン思い出話 | Comments(6)

メンデルスゾーンと壁崩壊の関係

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連邦大統領府儀典長マルティン・レーア氏の執務室には、作曲家フェリックス・メンデルスゾーン=バルトルディの胸像が飾られている。ある日の午後、この胸像と19年前のベルリンでの出来事にまつわる数奇な話を氏から伺った。

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話はベルリンが建都750周年を祝った1987年にさかのぼります。この年、ロンドン市長が西ベルリン市長を訪問しました。その際、シェークスピアの胸像がロンドン市長から贈られたのです。当時、西ベルリン市の儀典部門に勤めていた私は、そのお返しとしてメンデルスゾーンの胸像を贈ってはどうかと提案しました。メンデルスゾーンはベルリンに縁の深い作曲家ですし、一方でロンドンのセントポール大聖堂のオルガニストを勤めた時期もありますから。この提案は受け入れられ、ベルリンの国立図書館が所有する1848年製のオリジナルの胸像のレプリカを製作することになりました。注意深く型を取り、贈り物用の像を作る前にまず石膏で試作。それがここにある胸像なのですが、なぜ私の仕事部屋にあるのかは後でお話しましょう。

やがて胸像は無事完成し、当時の西ベルリン市長ヴァルター・モンパー氏がロンドンを訪問する機会がやってきます。それが1989年11月9日でした。この日、ロンドン市長の官邸であるマンション・ハウス近くのバービカンセンターに関係者が出席し、胸像の除幕式が華々しく行われることになりました。ところが、ベルリンの事態が急変し、モンパー氏は2日前になって予定をキャンセル。代わりに夫人がロンドンに送られることになったのです。私もそれに同行しました。

11月9日の式典にはロンドン市長も臨席し、モンパー夫人と共に挨拶しました。その後は確かロンドン・フィルによるコンサートで、夜は歓迎の食事会がありました。

翌朝、ホテルの部屋のテレビを付けると、いきなり飛び込んできたのがベルリンの映像。私はすぐにモンパー夫人の部屋に電話しました。「モンパーさん、今すぐテレビを付けてください! ベルリンの壁の上で人が踊っています」

夫人はちょうど寝起きだったせいか、tanzen(踊る)という単語をPanzer(戦車)と聞き間違え、ベルリンが流血の事態になったのではないかと一瞬ぎょっとしました。しかし、すぐに私が言わんとしたことを理解したようでした。私たちは一緒にテレビを見て、喜びのあまり激しく泣いたのです。

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試作用に作ったこのメンデルスゾーンの胸像は、本来ならば取り壊さなければならなかったのですが、幸いなことに私が所持することを許されました。私の職場はその後、ベルリン市からブランデンブルク州、ベルリン芸術アカデミー、そして現在の大統領府へと移ったのですが、このメンデルスゾーンはその都度私の仕事部屋に飾っています。そして、それを見るたびに、1989年11月9日を思い出すのです。(談)


来年2009年はベルリンの壁崩壊からちょうど20年。同時に、フェリックス・メンデルスゾーン=バルトルディの生誕200年という記念の年でもある。
ドイツニュースダイジェスト 11月7日)

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by berlinHbf | 2008-11-10 22:36 | ベルリン音のある街 | Comments(4)

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