ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


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カラヤンとグールドの1957年ベルリン・ライブ

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すでにあちこちで話題になっているカラヤンイヤーのこの目玉録音、ドイツでも結構売れているようで、私も買って家でじっくり聴いてみた。すっかり気に入ってしまい、最近こればかり聴いている。
まずジャケットのデザインと写真に惹き込まれる。ゴルトベルク変奏曲の伝説のレコーディングからまだ翌々年の24歳のグールドと、ベルリン・フィルの音楽監督に就任して間もない49歳のカラヤン。歳もルーツも異なれど、共に20世紀後半の芸術とメディアの関係に大きな影響を及ぼし、今まさに時代の寵児としてキャリアの絶頂に上り詰めようとしつつあるこの2人の音楽家が、ツォー駅からほど近いベルリン芸術大学のホールの舞台上で出会い、打ち解けた表情でなにやら話している。この貴重な光景をよくぞ写真に収めてくれたものだと思う。

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ちなみに、このジャケット写真を撮ったのは、エーリッヒ・レッシング(Erich Lessing)というウィーン生れのカメラマンで、アメリカの雑誌“Esquire“から依頼を受け、この年カラヤンの数々の舞台や私生活を写真に捉えている。今年そのときの記録を集めた写真集が発売され、ウィーンでは現在展覧会も開かれているようだ(詳細はこちら)。

客席のノイズは多いものの、モノラルの実況録音としては当夜のコンサートの模様を生々しく伝えている。前半のベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番。この時点でグールドがコンサートピアニストとしても、すでに完成された域にいることを窺わせる。1つ1つの音がキラキラ輝いていて、明晰なこと。1楽章のカデンツァなんて、これほど弾き込んでいるのに音が決して割れることがない。そして、あの反逆的な彼にしては、ここでの演奏は意外なほど正統的。フルトヴェングラーが最後に振ってからまだ3年しか経っていないベルリン・フィルのうねりあるサウンドには、さすがのグールドも唸らされ、カラヤンの棒に自然と寄り添ったのではと勝手ながら思う。1楽章の最後の音など、腹の底にどすんと響く。

ブックレットの解説に書かれている、後半のシベリウスの5番とグールドについての箇所がとても印象的だった。このコンサートが、グールドとシベリウスの音楽との最初の出会いだったこと。彼はその演奏に大変感動し、1964年のカラヤンの同曲のスタジオ録音を「無人島に持っていきたいレコード」に挙げていること(これは別の新聞記事に書いてあった)。さらにその録音を、グールドが1967年に作った『北の理念』というラジオドキュメンタリーのエンディング音楽に使っていること等々。終生カナダの北の地に住んだグールドだが、このベルリンでの演奏が自身の「北の理念」に何らかの影響を及ぼしたのだと考えると、なかなか感慨深いものがある。カラヤンとグールドとの共演は、結局このときと翌年の2回で終わったが、彼らはその後も互いを高く評価し合っていたという。

このシベリウスは、64年盤における細部の彫琢度には及ばないかもしれないが、ベルリン・フィルを自分の掌中に収めつつある当時のカラヤンの勢いと覇気が如実に伝わってくる演奏だ。北国の春の到来を予感させるような、ホルンを主にした終楽章のハーモニーのふくらみは、あらゆる芸術の中でも音楽にしかなしえない至福の瞬間だと思う。

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この「世紀の」共演が実現したハルデンベルク通りにあるベルリン芸術大学のホールでは、実は私も何度か演奏したことがあり、2年前の1月に撮った写真が出てきた。いかにも50年代という内装や指揮台のデザインなど、CDのブックレットに写っている当時の様子と何も変わっていないように見える。ちなみに、このCDには当夜のコンサートのプログラムがPDFファイルに収録されており、当時の広告やミシェル・シュヴァルベのコンサートマスター就任のニュースなど、なかなか興味深い。

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by berlinHbf | 2008-07-31 21:44 | ベルリン音楽日記 | Comments(6)

ベルリンでカツ丼が食べたくなったら・・・

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先日、カント通りの牛丼屋さんのことを紹介したら、ずいぶんと反響があったので(笑)、ベルリンで食べられる私の好きな丼ものをもう一つご紹介しましょう。以前、私のトンカツへの愛について、こちらで告白したことがありますが、同様にときどきふと食べたくなるのがカツ丼なのです。

そんなとき、私はウーラント通りのDarumaに行きます。日本人のご夫婦が経営しているこのお店は、日本食材店としてもう25年になるそうですが、2年ぐらい前から日本食のインビスもやられています。ラーメンやダルマ弁当、カツカレーといったメニューが並び、そちらもおいしそうなのですが、私はここに来るたびについついカツ丼を注文してしまいます^^;)。お店のおばさんによると、肉は鶏肉、Nishiki米、本みりん等を使っており、秘かな人気メニューなのだとか。確かに妥協のない味だと思います。そのカツ丼に味噌汁と小さなサラダがついて、6,5ユーロ。ベルリンの外食の相場を考えると、この内容と値段には感謝するほかありません。がっつり食べられます。

おばさんによると、お客さんがいない場合は少し早めに店を閉めることがあるので、電話をいただけるとありがたいとのことです。

Daruma
Uhlandstrasse 61 (U3 Hohenzollernplatzから歩いてすぐ)
10719 Berlin
Tel. 030 - 873 61 31
Fax 030 - 873 50 05
月-木 12.00-18.30

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by berlinHbf | 2008-07-30 23:53 | ベルリンあれこれ | Comments(12)

最近の新聞の見出しより(2008年7月)

ここ最近のたまった新聞を整理しながら、気になった記事の見出しをメモ代わりにいくつか記しておきます(最後以外はBerliner Zeitung)。タイトルで検索すればその記事が出てくることが多いので、興味のある方は試してみてください。

07-08(文芸)
Lukrative Ehre(もうけのいい栄誉)
1920年代に造られたベルリンの6つの団地が、ユネスコの世界遺産に加わる。

07-14(ベルリン)
"Kurt ist cool. Er ist wie wir, nur älter"
13歳の生徒がノイケルンの年金生活者と通りでスパゲッティを食べる。長机プロジェクトの成功。

07-16(文芸)
Brüskierte Architekten(そっけなくあしらわれた建築家)
シュターツ・オーパーの改修プロジェクトは、新たに公募される。

07-17(文芸)
Treffen sich zwei Schamanen(2人のシャーマンの出会い)
カラヤン・イヤーに紛れもないCDの新譜。グレン・グールドとのベートーヴェン。

07-18(ベルリン)
Doppelt gemoppelt
マレーネ・ディートリッヒの2つの新たな記念プレートが除幕される。

07-21(文芸)
Es gab ein Berlin vor dem Schloss(王宮の前にひとつのベルリンがあった)
「僧院地区」(Klosterviertel)の再建計画は、昔のブルジョワ都市を思い出させる。

07-23(トップ)
Karadzic in Haft - Serbien hofft(カラジッチ被告が拘束。セルビアは希望を持つ)
オバマ氏のベルリン来訪と並んで、先週一番の大きな政治ニュースが、元セルビア人指導者が12年ぶりにベオグラードで身柄が拘束されたこと。

07-28
Was wir uns von China wünschen(われわれが中国に望むこと)
北京オリンピックを前に、シュタインマイヤー外相がFAZ紙に特別寄稿。

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by berlinHbf | 2008-07-29 23:57 | ベルリンのいま | Comments(0)

2007年7月 ポツダム広場からの大パノラマ(1)

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ほぼ2週間半続いた曇り空の日々が終わり、ベルリンに夏の天気が戻って来ました。しばらくは連日30度を越える日が続く模様だそうです。さて、夏らしくなったことで、ちょうど1年前に撮ったパノラマ写真をアップすることにしました。ポツダム広場のKollhoff-Towerに、20秒でビルの24階まで上れるヨーロッパで最速というエレベーターがあるのをご存知でしょうか?この最上階からの眺めが、なかなかすばらしいのです。反時計回りにぐるっと、2回に分けてご紹介しましょう。

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現在夏休み中のフィルハーモニーと背後の広大なティーアガルテン。先週オバマさんが演説をした戦勝記念塔も、奥の方にかすかに写っていますね。左手に続くのが各国大使館街で、イタリアと日本の大使館もかろうじて奥に見えます。

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その隣が、いわゆる文化フォーラム地区。右から絵画館、マタイ教会、新ナショナルギャラリー、そして国立図書館。この辺りは戦前とは区画がまるで異なっています。奥にはラントヴェア運河が流れており、私がベルリンで最初に住んだアパートも近く、懐かしい界隈でもあります。

関連記事:
ベルリン生活は家探しから(3) (2005-11-14)

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ポツダム広場の南側。手前から奥にずっと続く緑地帯は、戦前のポツダム駅の敷地。この写真を撮った去年の7月15日は、確か2007年で一番暑かった日で(あるいは翌16日だったかも。とにかく本当に暑かった)、芝生で寝転がっている人々の姿も見えますね。

関連記事:
天使の降りた場所(8) - ポツダム広場 - (2006-09-22)

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左手手前にU2のメンデルスゾーン・バルトルディ公園駅、その奥にはU1とU2が交差するグライスドライエック(Gleisdreieck)の駅が見えます。隣の打ちっぱなしのゴルフ場を含めた一帯は、数年後には新しい公園に生まれ変わることになっています(詳しくは以下のご参照のこと)。

関連記事:
2002年8月 ベルリン大パノラマ! (2006-03-10)
天使の降りた場所(12) - 都心の中の無人地帯 - (2006-10-16)
100年の重みに耐えた橋 - 天使の降りた場所(13) - (2006-10-18)

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by berlinHbf | 2008-07-28 21:41 | ベルリン発掘(全般) | Comments(8)

シェーネベルクのCafé Bilderbuch

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数日前、ちょっと用があってシェーネベルクに足を運んだので、この界隈の好きなカフェBilderbuchに久々に立ち寄りました。場所は、U7のEisenacher Str.からAkazienstr.に沿って歩いて5分ほど。あるいは、Kaiser-Wilhelm-Platzのバス亭を降りてすぐです。このカフェの数軒隣には、Fidelioという中古レコード&CD屋もあります。

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Bilderbuchは「絵本」の意味なのですが、店の看板の下にGalerie Kleinkunst Bibliothek(ギャラリー、小工芸、図書館) と書かれている通り、文学サロンの雰囲気を持ちながら、それでいて気楽に入れる素敵なカフェです。写真は新聞風のメニューとミルヒカフェ。

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長い廊下を突き抜けたところにある奥の部屋は、家具やソファのインテリアが重厚で、本当に昔のサロンのよう。小さな舞台もあり、コンサートや朗読会などがたまにここで開かれています。

Café Bilderbuch
Akazienstraße 28
10823 Berlin-Schöneberg
Telefon 030-78706057

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by berlinHbf | 2008-07-26 13:53 | ベルリン発掘(西) | Comments(12)

エフゲニー・ハルデイ展 - 「帝国議会の赤旗」の写真家 -

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1945年5月初頭、ベルリンの帝国議会に掲げられるソ連の赤旗の写真。20世紀を象徴する1枚といって過言ではない、この写真を見たことがない人はあまりいないだろう。一方で、この写真を撮った人物の名前を知っている人は、果たしてどれだけいるだろうか。「ソ連のロバート・キャパ」(?)こと、エフゲニー・ハルデイ(Jewgeni Chaldej)の大規模な回顧展を、マルティン・グロピウス・バウで観てきた。

1917年、エフゲニー・ハルデイは、現ウクライナのドネツク近くの村でユダヤ人の息子として生まれた。直後のポグロムで母親が射殺され、1941年にはドイツ軍により残りの家族も殺されるという悲劇に遭う。すでに12歳でカメラを自作し、1936年からはタス通信の写真レポーターとして活躍するようになる。

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第2次世界大戦では最初兵士として、後には少尉としてソ連軍に同行する。その過程で、ドイツ軍の退却とソ連赤軍の進軍をカメラに収めた。ソフィア、ブカレスト、ブダペスト、ベオグラード、ウィーン、そしてベルリン(以上展覧会のパンフレットを参照)。
この写真は、1945年1月、ブダペストのゲットーで撮られたユダヤ人の生き残りの夫婦を収めたもの(http://www.chaldej.deなどから借用)。

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1945年4月、赤軍はついにベルリンに侵攻する。そこには、63年前のクロイツベルクの私の近所の様子が鮮明に写し出されていた。もしこの写真展を観に行くことがあったら、これらの風景が当時どうなっていたのか見比べてみていただきたい。左上から右下に向かって、メーリンク広場、U1の高架下(ハルデイの写真では、道路に死んだ女性が横たわっている)。左下のFinanzamt(税務署)とその隣のメーリングダム駅前の教会の風景(ソ連の戦車がその前を通っている)は、当時とほとんど変わっていない。それだけにリアルだった。

参考記事:
「舞台・ベルリン」 - 占領下のドイツ日記 - (2006-07-15)

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ハルデイはその後のポツダム会議(上の写真。中央にヨシフ・スターリン)とニュルンベルク裁判において、ソ連の公式カメラマンとして数々の貴重なドキュメントを残した。ニュルンベルク裁判の写真は、ベルリンで知り合った盟友ロバート・キャパから贈られたカメラで撮ったという。特にヘルマン・ゲーリングを間近でとらえた数点の写真など、鬼気迫るものを感じずにはいられない。

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戦後、ベルリンで最初に発行された新聞に群がる市民たち(残念ながら年月を失念)。

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これは1945年5月、ソ連兵がドイツ帝国議会に残していった落書き。
この歴史的なグラフィティー(落書き)については、近々別の場で取り上げるつもりなので、じっくり眺めて記憶に留めておいてもらえたらと思います。

ハルデイは戦後もソ連でカメラマンとして活躍するが、キャパやベルリン生まれのヘルムート・ニュートンのようなスターになることもなく、ソ連崩壊後もひっそりとした余生を送っていたという。このハルデイを事実上「発掘」したのが、クロイツベルクで小さな写真エージェントを営むエルンスト・フォラント(Ernst Volland)だった。1991年、彼はベルリンの使節団とモスクワを訪れた際に、ハルデイと知り合い、その写真に興味を持った。当時ハルデイは、月額20ユーロの年金でプラッテンバウのアパートに暮らしていたという。フォラントはその後何度かモスクワに出向き、本人からオリジナルの写真を見せてもらい、当時の話を聞き、やがて写真の権利を買い取った。ハルデイの記憶は恐ろしく鮮明で、写真に写っている兵士の名前1人1人を覚えているほどだったという。その努力の甲斐あって、1994年には、ベルリンのノイケルンで初の展覧会が開かれた。おそらく本人も喜んだに違いない。その数年後の1997年10月、ハルデイは80歳でこの世を去った(以上、5月7日のBerliner Zeitungの記事を参照)。

400点以上のオリジナルの写真を集めた、大規模な回顧展としては世界初のこのハルデイ展は7月28日(月)まで。われわれが観るべき写真がここにある。興味のある方はどうぞお急ぎください。

Jewgeni Chaldej – Der bedeutende Augenblick.
Eine Retrospektive
Ort: Martin-Gropius-Bau
9. Mai bis 28. Juli 2008

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by berlinHbf | 2008-07-23 22:14 | ベルリンを「観る」 | Comments(13)

カント通りに牛丼屋さんがオープン

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お腹が空いているときにときどきふと思うのが、ベルリンに手頃な値段で日替わり定食や丼ものなどを食べさせてくれるお店があったらなあということだ。寿司や天ぷらのお店はたくさんあるが、大抵値が張るし、1人でふらっと入れる感じでもない。日本なら駅前や学生街などに必ずあるような、大衆的な定食屋さんなどが懐かしくなる。そんな中、最近うれしいお店がシャルロッテンブルクのカント通りにオープンした。HENO HENOという名前の小ぢんまりとした和食インビスで、「へのへのもへじ」の絵が店の前に掛かっている。

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メニューの方はまだ実験段階とのことだが、牛丼を中心におにぎりやばってらなどが用意されている。私が食べたのは牛丼の大盛りで、4,2ユーロ(並は3,8ユーロ)とかなりお手頃。温泉たまご(60セント)をかけて口の中にかき込むと、幸せな気分が込み上げてくる。ちゃんとした牛丼。とてもおいしかった。お店の方によると、今後マーボー丼や炒飯などが、順次メニューに加わっていくとのこと。皆さんもぜひ行かれてみてください。

それにしても、この写真を見ていたら、また食べに行きたくなってきた^^;)。

HENO HENO
Kantstr. 65
10627 Berlin
(最寄り駅はU7のWilmersdorfer StraßeかSバーンのCharlottenburg)
Tel: 66 30 73 70
月曜から土曜の12時~22時

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by berlinHbf | 2008-07-21 21:23 | ベルリンあれこれ | Comments(26)

「戦勝記念塔」 BZ Lexikon(170)

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今朝のBerliner ZeitungのLexikonに、ベルリンのおなじみの塔のことが取り上げられていました。最近の記事と関連が深いので、久々にこの場で訳してみます。

Lexikon: Siegessäule(戦勝記念塔)

Mit der Siegessäule wählt Barak Obama für seinen Auftritt einen Ort mit Bezügen zu Preußen, Nazi-Deutschland und Pop-Kultur. Sie stammt aus dem Jahr 1873 und sollte an die militärischen Triumphe Preußens in den Kriegen gegen Dänemark (1864), Österreich (1866) und vor allem Frankreich (1870/71) erinnern. Ursprünglich stand die Säule vor dem Reichstag. Wegen des von den Nazis geplanten Umbau Berlins zur Reichshauptstadt "Germania" wurde das Denkmal 1938/39 an seinen heutigen Standort versetzt. Mit der Love-Parade und den Umzügen am Christopher Street Day fanden rund um die Säule friedliche Großpartys statt, und sie wurde schließlich während Fußball-WM und -EM ein Orientierungspunkt an der Fanmeile.

訳)バラク・オバマは、自分の登場場所として、プロイセン、ナチス・ドイツ、そしてポップカルチャーと結び付きのある戦勝記念塔(ジーゲスゾイレ)を選んでいる。戦勝記念塔は1873年に造られ、対デンマーク(1864年)、対オーストリア(1866年)、そして特に対フランス(1870/71年)の戦争におけるプロイセン軍の勝利を想起させると言われている。当初、この塔は帝国議会の前にあった。ところが、ナチスによるベルリン帝国首都改造計画「ゲルマニア」により、この記念碑は1938年から39年にかけて現在の場所に移された。ラブ・パレードとクリストファー・ストリート・デイの引越しにより、塔の周りには平和的な大パーティーが開催された。サッカーのワールドカップとヨーロッパ選手権の期間中は、ファンマイレの目印の場所ともなった。

参考:
BZ Lexikon(99) 「クリストファー・ストリート・デイ」

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by berlinHbf | 2008-07-21 19:17 | BZ Lexikon (Berlin) | Comments(0)

ベルリンのヒラリー・クリントン

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Hotel Adlon (2003年7月6日)

昨日の新聞によると、24日(木)19時頃からのバラク・オバマ氏の演説は、戦勝記念塔(Siegessäule)の前で行われることに決まったそうです。テレビを通してのオバマ氏の演説姿は、有名な塔をバックに、さらに6月17日通りの向こう側に立つブランデンブルク門を背景にして撮ることが可能らしいので、オバマ陣営にしてみれば、いい妥協地になったといえるのではないでしょうか。

ところで、今回の米民主党の予備選でオバマ氏に敗れたヒラリー・クリントン氏を、私は一度だけナマで見たことがあります。ちょうど5年前の7月のある日曜日、たまたまホテル・アドロンの前を通ったら、すごい人だかりができていたんです。そばの人に聞いたら、かの元ファーストレディーがこれからやって来るとのこと。せっかくなので見ておこうと思い、それから15分ぐらい待っていたでしょうか。

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すると、大歓声に迎えられてヒラリーさんが目の前を通り過ぎました。ほんの一瞬でしたが、満面の笑みでしっかり手を振る姿が印象に残っています。それに比べて、群集をチェックする手前のSP(?)の険しい表情。

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このとき彼女がなぜベルリンに来ていたのか、ちょっと調べてみたところ、自伝"Living History"の宣伝目的だったことがわかりました。 参考にさせてもらったこちらのサイトによると、ヒラリーさんはアンゲラ・メルケル現ドイツ首相と一緒に、ザビーネ・クリスチャンセンの日曜日のトークショーにも出演したとのこと。そのサイトの写真と同じ服を着ているので、ちょうどスタジオに向かうところだったに違いありません。

オバマ氏は今回ベルリンに1泊するそうですが、滞在先がやはりホテル・アドロンという可能性もあるのではないでしょうか。ただ、その場合の注目度は、5年前のヒラリーさんの比ではないはずです。

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by berlinHbf | 2008-07-19 23:57 | ベルリンあれこれ | Comments(4)

アメリカフェストで祝った新しい大使館

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アメリカ合衆国の独立記念日だった7月4日、ブランデンブルク門南側の新しい米国大使館が、メルケル首相やブッシュ元大統領ら独米の要人を招いて正式にオープンしました。その翌日は、パリ広場から6月17日通りにかけてアメリカフェスト(Amerikafest)が開催され、大勢の市民が集まりました。

ベルリンに住んでいると、戦後米国がこの街に残したものの大きさを実感することが少なくありません。西側の自由大学(FU)、記念図書館(AGB)、5月に歌舞伎公演が行われた「世界文化の家」(元の名はコングレスハレ)などは全て米国資本によって造られたものですし、冷戦時代、陸の孤島だった西ベルリンを訪れて自由の重要性を唱えた歴代米大統領の演説は、「私は一人のベルリン市民である」の名ゼリフを残したケネディや壁の崩壊を訴えたレーガンの例を持ち出すまでもなく、今でも繰り返し語られます。

ベルリンにおける米国大使館の歴史は実はかなり古く、1797年には最初の米国大使(後に大統領となるジョン・クィンシー・アダムズ)がプロイセンの首都に送り込まれています。1920年代に米国がブランデンブルク門南側に土地を買い取り、後に大使館がこの地にオープンしますが、第2次世界大戦とその後の東西分断により、実際に使われたのはわずか数年でした。今回、67年ぶりに元の場所に戻ったことになります。

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アメリカフェストでは、安全上の理由から市民が新しい大使館に入れる機会はなかったものの、ライブ演奏や各種の屋台は家族連れなどで賑わっていました。中でも、米民主党のブースで配られていた「OBAMA'08」と印刷された風船は大人気。最近の世論調査によると、ドイツ人の72%がオバマ氏を次期大統領として支持しているとの結果が出ています。

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今月24日、そのオバマ氏が遊説のためベルリンにやって来ます。メルケル首相との会談のほか、ブランデンブルク門前での演説も計画されているそうで、ベルリン、しいてはドイツと米国の今後を占う意味でも、大きな注目を集めるのは間違いありません。
ドイツニュースダイジェスト 7月18日)

先週初頭この記事を書いた後、オバマ氏の「ブランデンブルク門前での演説」についての論争が巻き起こりました。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、おおよその内容は以下の通りです。

<オバマ氏>ベルリン「旧壁」前での演説希望、独政界に波紋
【ベルリン小谷守彦】米大統領選民主党候補に確定したバラク・オバマ上院議員(46)がベルリンのブランデンブルク門前広場での演説を希望し、独政界で是非をめぐる論争が起きている。シュテーク首相府副報道官は、冷戦終結を象徴する同広場を「選挙戦の舞台」とすることにメルケル首相が「不快感」を示したと表明。一方で、シュタインマイヤー外相やウォーウェライト市長は「(演説は)良好な独米関係の表れ」などと歓迎している。

オバマ陣営は24日の演説を希望しており、許可権限を持つ市は正式な申し込みがあれば利用を認める意向。これに対しシュテーク報道官は9日、「ドイツの首相候補なら、ワシントンやモスクワの広場を選挙集会に使おうとは思わない」と選挙手法を批判した。

冷戦で東西に分断されたベルリンでは歴代の米大統領が名演説を行ってきた。同広場ではベルリンの壁崩壊2年前の87年、レーガン大統領(当時)が「ゴルバチョフ氏(旧ソ連大統領)よ。この門を開け。壁を崩せ」と演説。クリントン大統領(当時)も94年に「ベルリンは自由だ」と冷戦終結をたたえた。オバマ陣営がこうしたイメージにあやかりたいと願っているのは明らかだ。
(2008年7月11日 毎日新聞)

--------------------------------------------------
そして、つい先ほどの報道では、「オバマ氏は、戦勝記念塔か赤の市庁舎の前で演説を行うことになるだろう」(ヴァイスキルヒェン外交報道官)とのことです(参考記事)。
意見はいろいろあるにせよ、ベルリン・ブランデンブルク門前での政治演説は、それだけの「重さ」を持っているということなのでしょう。ちなみに、ブッシュ・シニアもその息子ブッシュ現大統領も、あの場所で演説をしたことはありません。

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by berlinHbf | 2008-07-16 22:04 | ベルリンのいま | Comments(10)

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