ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


by berlinHbf

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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
「素顔のベルリン」増補改訂版
¥1,680
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(Amazon、全国各書店にて発売中)

本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

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豊富なビジュアルとドイツ語フレーズを楽しめる1冊。基本のあいさつ表現から、街にまつわるドイツ語豆知識まで、ガイドブックとともに旅に役立つ会話集です。




『素顔のベルリン 過去と未来が交錯する12のエリアガイド 』
¥1,575
ダイヤモンド社
(2009年発売)

地球の歩き方シリーズ初、待望のベルリンガイドブック誕生!比類なき歴史を抱えつつ、明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。「ドイツで最もドイツらしくない」といわれるこの町の知られざる魅力を、現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介。


現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

ベルリン更新情報
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ベルリン個人ガイドのご案内

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カテゴリ:ベルリンを「観る」( 15 )

映画『コーヒーをめぐる冒険』のご案内

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「ベルリンで、じっくり味わう」をキャッチコピーにした、ベルリンを舞台にした新作映画が間もなく東京で公開されます。

ヤン・オーレ・ゲルスター監督の『コーヒーをめぐる冒険』(原題は"oh boy")。同監督の長編デビュー作品にも関わらず、本国ドイツを始め、すでに数々の賞を受賞したことでも話題になりました。

主人公のニコ(トム・シリング)は2年前に父親に内緒で大学を辞め、どっちつかずの日々を送っている20代後半の青年。そんな中、アパートの隣人、俳優業を営む友人、かつての同級生ユリカとの再会、そしてナチス時代を生き抜いた老人等々、様々な人々と出会う波乱の1日を通して、ニコが何かを見つけて行くという作品です。

ミッテやプレンツラウアー・ベルクを舞台にしたモノクロの映像とジャズの軽快な音楽が非常に心地よく溶け合っており、コメディーでありながらも、メランコリックな雰囲気やドイツの負の歴史をさりげなく盛り込むなど、奥行きのある作品に仕上がっています。また、「コーヒー」が映画の重要なモチーフに使われており、ラストシーンでの後味はとても印象深いものでした。

昨年夏、私は近所の映画館でこの作品を初めて観て、ベルリンを舞台にした映画に一つお気に入りが加わったことを喜びました。その後、ご縁があって、この映画のプログラムにエッセイを寄稿させていただくことになり、そのときは飛び上がりたくなるほど嬉しかったです。が、いざ書いて提出すると、「もっと中村さんの主観を出して書いてくださって結構です」とのお返事。この映画の世界(例えば、登場人物のぶっきらぼうな話し方だったり、アパートの隣人との関係性だったり、歴史が突然向こうからやってくる感覚だったり…)はベルリンに短期間でも住んだことのある人には多分すっと入っていけるのですが、そうでない日本の大部分のお客さんにはちょっとわかりにくい要素があるのも確か。ならば、自分が13年間住んできたベルリンの生活実感を絡めながら、観る人がこの映画の背景や街の魅力を知るのに少しでもお役立てできるようなエッセイを書けないかと考え、一から書き直しました。結果的に、こちらの方を掲載していただけたのは自分としてもよかったと思っています。その他、「ベルリンをよく知るためのキーワード集」と「ニコと歩くベルリンマップ」も執筆させていただきました。映画と合せて、ご一読いただけると幸いです。

こうして書いているうちに、久々の映画のサントラを聴きたくなって、棚から取り出してCDをかけています。ゲルスター監督のインタビューによると、国際映画祭への出品が決まる1ヶ月前になっても、まだ確信を持てる音楽が決まっていなかったそう。ちょうどその時、4人のジャズを勉強している学生に出会い、「彼らにマイルス・ディヴィスが『死刑台のエレベーター』のオリジナル・スコアを3日で書いたというエピソードを語ってプレッシャーを与え」、一気に曲を完成させたのだとか!しかしこれが、見事に功を奏したと思います。ちなみに、私が持っているサントラ盤では、最後にトム・シリングが自作の(?)歌を披露していて、これもなかなか味わいがあります。

3月1日より渋谷シアター・イメージフォーラムにて公開。詳細はwww.cetera.co.jp/coffeeをご参照ください。
by berlinHbf | 2014-02-24 22:22 | ベルリンを「観る」 | Comments(8)

「ベルリン パノラマ写真展 1949-1952」

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Pariser Platz, 1951, Aufgenommen vom Fotografen Fritz Tiedemann, rekonstruiert von Arwed Messmer 2008, 1,25 x 5,84 Meter

ベルリンに住んでいるとこの町ならではの展覧会に出くわすことが少なくないのですが、これは最近観た中でも白眉と言えるものでした。クロイツベルクのBerlinische Galerieで開催中のSO WEIT KEIN AUGE REICHT (BERLINER PANORAMAFOTOGRAFIEN AUS DEN JAHREN 1949 - 1952)です。

ユダヤ博物館から徒歩5分の距離にあるBerlinische Galerieは、私の好きなギャラリーの1つ。ギャラリーといっても、規模と内容からから見てもう立派な現代美術館です。その内部の一角、大きな長方形の部屋一杯に、戦後間もない時期に撮影された東ベルリンのパノラマ写真が展示されているのですが、これがただのパノラマではありません。まず1つ1つのサイズがとんでもなく大きい。入り口の壁に、約25メートルに渡って飾られている1枚の(!)写真にまず圧倒されました。フリードリヒスハインの労働者街、Fruchtstraßeのある日の日常がそっくりそのまま目の前に現出しているのです。アパートに戦争の傷跡が生々しく残る風景をゆっくり観察しながら、右から左へ歩いていくと、まるで自分がその時代にいるかのような錯覚にとらわれます。

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一体なぜこんな写真が残っているのか?
実はこれら、Fritz Tiedemannという写真家が東ベルリンの当局から委託を受け、1949年から52年にかけて大判カメラで撮影した純粋に記録用の写真です。その数は約1500枚。60年近くの月日を経て、写真家Arwed Messmerがこれらの写真を組み合わせデジタル加工し、1枚1枚に仕上げたのが本展覧会の写真というわけです。その労力には拍手を送りたくなります。

なるほど、そういうことを知ると、確かに写真をよく見ると不自然な面があります。連続撮影ゆえ、1枚の写真に同じトラムが2台写っていたりする。それに、展覧会のサブタイトル通り、「人間の視界はこんなに広くない」。

ベルリンの古い写真は好きでよく見ますが、そのどれもが見たことのない風景ばかりでした。1953年の暴動で黒焦げになる前のコロンブスハウスから見たポツダム広場とライプチヒ広場のパノラマ。今と区画が全く違う市庁舎前の通りの風景。ヴァルター・ウルブリヒトスタジアムを建設中のショセー通り。王宮が取り壊された翌年のドーム周辺の風景は、共和国宮殿が解体されたばかりの現代の風景とだぶります。それにしても、観光客であふれる今と違ってどこも人通りが少ないこと。

カタログも出版されていますが、この迫力は本のサイズでは伝わらないでしょう。写真の持つ記録の力のすごさというものを思い知らされた展覧会でした。本来は今週末までの展覧会でしたが、会期が延長されて2月22日までとなったので興味のある方はぜひ。

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by berlinHbf | 2009-02-13 12:37 | ベルリンを「観る」 | Comments(0)

映画「ベルリン・フィル 最高のハーモニーを求めて」

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ベルリン・フィルのメンバーが今週韓国から日本入りしたそうだ。いよいよ明日から始まる3年ぶりの来日公演は、今クラシック音楽ファンの間で大きな話題になっているのではないだろうか。とはいえ、日本でベルリン・フィルを幸運にも生で聴ける人など、結局ごくわずかでしかない。今回は、このツアーに合わせて現在東京で上映中の新作映画をご紹介したいと思う(全国順次公開予定だとか)。先日紹介した「帝国オーケストラ」と並んで、ベルリン・フィル125周年に合わせて製作された「ベルリン・フィル 最高のハーモニーを求めて」(原題:Trip to Asia)がそれだ。

「帝国オーケストラ」は時代背景についての知識があるとより興味深い映画だが、こちらは説明不要というか、音楽が好きな方にまずはともあれ観ていただきたい。2005年秋のベルリン・フィルのアジアツアーに密着したドキュメンタリーで、北京、ソウル、上海、香港、台北、東京へと移動する過程で、この名門オケの内部事情が克明に描かれる。まずびっくりするのは、慌しいツアーの中、ラトルや有名な音楽家から驚くほど本音のコメントを引き出していること。これはやはり実際に見ていただくほかないと思う。

ベルリン・フィルのすごい演奏を目の当たりにする時、「ここまで個々の技術が卓越しているオーケストラが、決して個を埋没させることなく、なぜかくも美しいハーモニーを奏でられるのか」といつも不思議に思うのだが、個人として、同時に集団(オケ)の一員としての彼らの心のせめぎあいをここでは垣間見ることができる。音楽界ではエリート中のエリートのベルリン・フィルの団員も(そしてラトルも)、どこかで悩み、心の葛藤があり、それでも日々成長しようと努力している。そのことがわかっただけでも、この映画を見る価値はあった。「オケで演奏することは本当に楽しい。だがそれは、個の人間として機能できての話だ」(ゲッツ・トイチュ)。音楽に限らず、組織の中で働いている人は誰でも、共感できる言葉に出会えるのではないだろうか。

もともとベルリン・フィルのファンだという人は、おなじみの奏者が次々に出てくるのでときめきを感じるはず。R.シュトラウスの《英雄の生涯》、ベートーヴェンの《英雄》、アデスの《アサイラ》などの演奏シーンも迫力十分。インタビューに答える女性奏者はなぜか美しい方ばかりで、そういう意味でも楽しめるかと^^;)。

渋谷ユーロスペースでのこの連休中の上映には、ベルリン・フィルのメンバーも舞台挨拶に見えるそう。足を運ばれてみてはいかがでしょうか。

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ベルリン国際映画祭での記者会見より(2月12日)。右よりラトル、グルベ(監督)、マニンガー(BPOソロ・チェリスト)ら。

ベルリン・フィル 最高のハーモニーを求めて公式サイト
東京・渋谷ユーロスペース
11/15(土)~
☆ベルリン・フィルメンバーによる舞台挨拶あり(予定)
11月23日(日)・24日(月/祝)両日ともに 16:20の回上映終了後、18:45の回上映前

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by berlinHbf | 2008-11-22 23:43 | ベルリンを「観る」 | Comments(29)

「4つのベルリン」展

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先週の月曜日、ブランデンブルク門の真横Haus der Commerzbankにて行われる「4つのベルリン」展のオープニングに足を運んで来た。今月はEuropäischer Monat der Fotografieという大規模な写真展が街の多くのギャラリーや美術館で開催中だが、これもその一つ。昨年紹介したGalerie Degenharttの主催で、ベルリン50年の変遷を4人の写真家の作品で振り返るという興味深い試みだった。

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Theodor Karl Löber, Trümmerfrauen, 1958

1人目はTheodor Karl Löberという人が、1950年代から60年代初頭にかけて東で撮ったもの。戦争の瓦礫の除去作業がいかにものすごかったかがわかる。この写真は、大改造が始まる前のスターリン・アレー(現在のカール・マルクス・アレー)の様子。1962年のアレクサンダー広場のパノラマ写真も面白かった。

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Udo Hesse, Schwedter Straße, 1982

2人目は昨年ご紹介したウド・ヘッセ。80年代初頭の東の日常風景がつづられる。この壁の写真が一体どういう運命を辿ったのかについては、以下の記事をご覧ください。

参照:
壁とタイムカプセル (2007.10.04)

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ヘッセの作品では、この写真なども好きだ。KastanienalleeとSchwedter Strの交差点。クリスマス直前の様子だろうか。建物自体は今とほとんど変わっていないが、当時のプレンツラウアーベルクはこんなにひっそりしていたのだ。

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Ulrich Wuest: Oranienburger Straße, 1995

3人目は壁崩壊後の1994年から96年にかけてUlrich Wuestが撮った、人の気配が皆無の写真群。その多くが壁沿いの無人地帯で撮影されたもので、もはやほとんどが失われた風景となった。なかなかシュール。

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最後は、Nicola Meitznerが2001年に撮ったスナップ写真。この時はすでに自分もこの街にいたし、そんな昔でもないような気がするのだが、いつの間にか歴史的な写真となりつつあるのを感じる。この街の行く末は一体どうなるのだろう。


写真展は来年1月18日まで。入場無料です(開館は毎週土曜と日曜の11時~20時)。ブランデンブルク門のすぐ横なので、よかったらお立ち寄りを。特にこの街に住んでいる人にはぜひ観ていただきたいです。

Ausstellung im Haus der Commerzbank am Brandenburger Tor, Pariser Platz 1
12. November 2008 bis 18. Januar 2009, Sa / So, 11 – 20 Uhr

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by berlinHbf | 2008-11-17 01:23 | ベルリンを「観る」 | Comments(12)

映画「帝国オーケストラ」ディレクターズカット版を観て

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今月のベルリン・フィル来日に合わせて、関連の新作映画が2本上映される。そのうちの1本、「帝国オーケストラ」(原題:Reichsorchester)を最近観る機会があった。

これは「第三帝国下のベルリン・フィル」というテーマで描いた、エンリケ・サンチェス=ランチ監督によるドキュメンタリー作品で、2007年のベルリン・フィル125周年に合わせて作られた。ドイツではすでに一般公開もされ、私も一度観ている。今回改めて鑑賞したのは、日本公開用に合わせて編集され直したというディレクターズカット版の方。

ナチス支配下のベルリン・フィルという主題では、これまで多くが語られ、また著作もたくさん出ている。だが、ほとんどの場合、その中心にいたのは当時首席指揮者だったフルトヴェングラーだ。著作によっては、作者の勝手な主観や思い込みによって歪められているものもある。この映画では、フルトヴェングラーが指揮している記録映像は何度も出てくるが、それ以外でこの人物が表に出てくることは一切ない。代わりに主役となっているのは、当時の異常な状況下で音を奏で続けたオーケストラのメンバーである。

1933年、ベルリン・フィルは未曾有の財政危機から脱するため、ゲッベルスにより国有化され、その管轄下に置かれた。映画はそこから始まる。解体の危機からは免れたものの、それ自体が一つの小宇宙とも言える名門オーケストラの内部は、錯綜した状況にあった。身の危険を感じていたユダヤ人音楽家、団員の中にわずかながらもいた危険なナチ党員、その他大勢の団員たち。彼らが何を感じ、苦難の時代をどのように生きたか、またどのような結末が待っていたのか。関係者の証言と当時の豊富な映像資料によって話は進行していく。

この映画において主人公と呼べる人物が2人いる。1人は元コンサートマスターのハンス・バスティアン(現在96歳!)。どことなく気弱く、芸術家らしい繊細さを感じさせる人物。「私たちは政治的には子供だった」。当時のことを静かに語るその口調は、時に苦渋がにじみ出る。

映画の序盤、彼が語る中で印象に残ったのは、フィルハーモニーのホール内部に飾られていた作曲家の肖像から、メンデルスゾーンのものが突然外され愕然としたというエピソードだ。やがてドイツが破滅への道に突き進む、恐ろしい段階性への萌芽が、すでにこの時点で見て取れる。映画ではその後、ベルリン・フィルが舞台に立つ「帝国文化院」の式典の壇で、露骨な反ユダヤ主義の方針を唱えるゲッベルスの映像が流れる。若いバスティアンは「衝撃を受けた」と語る。当時、そのすぐ後ろで演説を聞いていた団員の大部分も、「これはとんでもない事態になりつつある」と戦慄を感じたに違いない。歴史に「たられば」はないのかもしれないが、今にして考えれば、ベルリン・フィルはこの時期が1つの分岐点だった。名コンサートマスターのゴールドベルクなど団員の中にはユダヤ人もいた。何らかの形で権力者に対して抵抗を示す手段はなかったのだろうか・・・。

「自分だったら、どうしただろうか?」(ランチ監督)。この作品はただの音楽映画ではない。現代に生きるわれわれにも、切実な問いを投げかけてくれる。

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もう1人の主人公、エーリヒ・ハルトマンは、現在86才の元コントラバス奏者。1943年にベルリン・フィルに入団する前、軍隊も経験していた人物だ。「われわれはそうせざるを得ない状況下で、音楽のみをした。政治のことは頭になかった。『ナチスのオーケストラ』などと呼ばれる覚えはない」。このきっぱりとした物言いをする彼の話でとりわけ忘れがたいのが、旧フィルハーモニーが空爆で崩れ去れる日の回想だ。1944年1月30日の夜、ハルトマンは見張りの1人として現場にいた。「その様子が今も脳裏に焼きついている。私たちはみんな泣いていた」。ベルリンの芸術文化の象徴が崩れ落ちる瞬間を、眺めるしかなかった無念。その悲しみは、ベルリンの記憶として今もこの街のどこかに漂っているような気がする。

生存する数少ない当時の団員の他、その子息らのインタビューも織り込まれる。当時子供だった彼らが、「今となってはそうだったかもしれない」と、どこかで異変を感じ取っていた戦争中の日常も興味深い。そうそう、ベルリンの戦争回想録を読むと、ほぼ必ずといっていいほど登場するコーヒーの話もやはり出てきた。「ベルリンでは、コーヒーはダイヤモンドに匹敵したよ」(バスティアン)。

やがて空爆が激しくなる戦時下といえども、人々には日常があった。そして驚くべきことに、コンサートは場所を変えて終戦間際まで続けられた。戦時下のコンサートというのは、例えばこういうものだったらしい。空襲の起きる時間を避けるため、開演時間が早められた。演奏中、空襲警報が鳴ると音楽は中断。その場にいる人は全員避難する。空襲が去ると、中断された箇所から演奏が再開・・・。そのような状況下でも、多くのお客さんが集まった。なぜなら、「生きるための活力」を求めていたから。その言葉に偽りはないだろう。音楽が内包する根源的な力を感じずにはいられない。何しろ音楽自体に罪はないのだから。

ベルリン・フィルのみ演奏活動が続けられたのは、兵役義務を免除され、ドイツの文化水準を国の内外に誇示するという特権的な役割を担わされたためだ。フルトヴェングラーのもとで演奏できる魅力もあった。映画の終盤でバスティアンが語るエピソードが胸に迫る。ある日、ヴァイオリンケースを持ってきれいな身なりでSバーンに乗ったら、周りの乗客から好奇の目で見られた。「彼らの中には息子が前線に送られている者もいただろう。何ともいえない気まずさを感じた」。

また、戦争の末期、オリンピック村で行われた兵士のための慰問演奏会で、大勢の負傷した兵士を前にベートーヴェンの《運命》を演奏した時の話。60年以上の時を経て、同じ場所を訪れて回想するこのシーンは、映画の一つのハイライトと言えるかもしれない。

亡命したユダヤ人チェリストの子息を訪ねて、カメラは時に海をも越える。そして日本にも・・・。1つ1つの話のディティールにリアリティーがあり、想像力が喚起される。あの時代を直接体験した人がいよいよ少なくなりつつある今、「帝国オーケストラ」が撮られた意義は大きい。ぜひ多くの方に観ていただきたい映画だ。

ベルリンという街の記憶、そして音に興味のある私は、この映画に触発されて、いくつかの場所を再訪してみたくなった。今度はそれを書いてみたいと思う。


帝国オーケストラ ディレクターズカット版公式サイト
ベルリン・フィル創立125周年記念第一弾 10月下旬より渋谷・ユーロスペース他全国順次公開

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by berlinHbf | 2008-11-05 19:58 | ベルリンを「観る」 | Comments(17)

エフゲニー・ハルデイ展 - 「帝国議会の赤旗」の写真家 -

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1945年5月初頭、ベルリンの帝国議会に掲げられるソ連の赤旗の写真。20世紀を象徴する1枚といって過言ではない、この写真を見たことがない人はあまりいないだろう。一方で、この写真を撮った人物の名前を知っている人は、果たしてどれだけいるだろうか。「ソ連のロバート・キャパ」(?)こと、エフゲニー・ハルデイ(Jewgeni Chaldej)の大規模な回顧展を、マルティン・グロピウス・バウで観てきた。

1917年、エフゲニー・ハルデイは、現ウクライナのドネツク近くの村でユダヤ人の息子として生まれた。直後のポグロムで母親が射殺され、1941年にはドイツ軍により残りの家族も殺されるという悲劇に遭う。すでに12歳でカメラを自作し、1936年からはタス通信の写真レポーターとして活躍するようになる。

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第2次世界大戦では最初兵士として、後には少尉としてソ連軍に同行する。その過程で、ドイツ軍の退却とソ連赤軍の進軍をカメラに収めた。ソフィア、ブカレスト、ブダペスト、ベオグラード、ウィーン、そしてベルリン(以上展覧会のパンフレットを参照)。
この写真は、1945年1月、ブダペストのゲットーで撮られたユダヤ人の生き残りの夫婦を収めたもの(http://www.chaldej.deなどから借用)。

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1945年4月、赤軍はついにベルリンに侵攻する。そこには、63年前のクロイツベルクの私の近所の様子が鮮明に写し出されていた。もしこの写真展を観に行くことがあったら、これらの風景が当時どうなっていたのか見比べてみていただきたい。左上から右下に向かって、メーリンク広場、U1の高架下(ハルデイの写真では、道路に死んだ女性が横たわっている)。左下のFinanzamt(税務署)とその隣のメーリングダム駅前の教会の風景(ソ連の戦車がその前を通っている)は、当時とほとんど変わっていない。それだけにリアルだった。

参考記事:
「舞台・ベルリン」 - 占領下のドイツ日記 - (2006-07-15)

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ハルデイはその後のポツダム会議(上の写真。中央にヨシフ・スターリン)とニュルンベルク裁判において、ソ連の公式カメラマンとして数々の貴重なドキュメントを残した。ニュルンベルク裁判の写真は、ベルリンで知り合った盟友ロバート・キャパから贈られたカメラで撮ったという。特にヘルマン・ゲーリングを間近でとらえた数点の写真など、鬼気迫るものを感じずにはいられない。

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戦後、ベルリンで最初に発行された新聞に群がる市民たち(残念ながら年月を失念)。

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これは1945年5月、ソ連兵がドイツ帝国議会に残していった落書き。
この歴史的なグラフィティー(落書き)については、近々別の場で取り上げるつもりなので、じっくり眺めて記憶に留めておいてもらえたらと思います。

ハルデイは戦後もソ連でカメラマンとして活躍するが、キャパやベルリン生まれのヘルムート・ニュートンのようなスターになることもなく、ソ連崩壊後もひっそりとした余生を送っていたという。このハルデイを事実上「発掘」したのが、クロイツベルクで小さな写真エージェントを営むエルンスト・フォラント(Ernst Volland)だった。1991年、彼はベルリンの使節団とモスクワを訪れた際に、ハルデイと知り合い、その写真に興味を持った。当時ハルデイは、月額20ユーロの年金でプラッテンバウのアパートに暮らしていたという。フォラントはその後何度かモスクワに出向き、本人からオリジナルの写真を見せてもらい、当時の話を聞き、やがて写真の権利を買い取った。ハルデイの記憶は恐ろしく鮮明で、写真に写っている兵士の名前1人1人を覚えているほどだったという。その努力の甲斐あって、1994年には、ベルリンのノイケルンで初の展覧会が開かれた。おそらく本人も喜んだに違いない。その数年後の1997年10月、ハルデイは80歳でこの世を去った(以上、5月7日のBerliner Zeitungの記事を参照)。

400点以上のオリジナルの写真を集めた、大規模な回顧展としては世界初のこのハルデイ展は7月28日(月)まで。われわれが観るべき写真がここにある。興味のある方はどうぞお急ぎください。

Jewgeni Chaldej – Der bedeutende Augenblick.
Eine Retrospektive
Ort: Martin-Gropius-Bau
9. Mai bis 28. Juli 2008

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by berlinHbf | 2008-07-23 22:14 | ベルリンを「観る」 | Comments(13)

映画「ベルリン―5月1日」

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先週の土曜日、プレンツラウアーベルクのColosseumという映画館で「ベルリン―5月1日」という作品を観ました。今年のベルリナーレはドキュメンタリーが多いので、タイトルからしてこれもそのうちの1本かなと思いましたが、そうではありませんでした。

映画は3つのストーリーが同時に進行していきます。奥さんに浮気され、個人的な問題を抱えながらメーデーの暴動に挑む警察官のウーヴェ、ただ単に暴動に参加したくて田舎の町から冒険心ゆえにやって来る青年2人、デモに連れて行ってくれない兄に認められたい思いから、1人で街に繰り出し何かをしでかそうとする11歳のトルコ人少年ヤブツ(写真右)。お互いは全く関係のないこの3者が、最後病院で出会います。数年前の実話を元にしたというラストシーンは衝撃的でした・・・

完全な劇映画ですが、デモシーンのために実際のクロイツベルクのメーデーを撮影したり、ハンディーカメラを使ったりと、映像の迫真性は十分過ぎるものがあります。暴力シーンも多いので、クロイツベルクを知らない人がいきなりこの映画を観たら、「おっそろしいところだなあ」と間違いなく思うことでしょうね(実際にそこに住んでいる私もそう感じたくらいなので^^;)。しかし、映画としてはかなりよくできています。おそらく近いうちに一般公開が始まるでしょうし、一度ご覧になることをおすすめします。

上映後は舞台挨拶あり。お客さんの反応も熱狂的で、この映画を1本目に観てよかった!ベルリナーレにはまる人の気持ちがよくわかります。他の仕事もあるので、1週間ずっと映画ばかり観ているわけにも行きませんが、何とかあと数本は観たいところです。

Berlin - 1. Mai
Deutschland, 2007, 90 min
Regie: Ludwig & Glaser, Sven Taddicken, Jakob Ziemnicki

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by berlinHbf | 2008-02-11 13:51 | ベルリンを「観る」 | Comments(4)

映画「エーミールと探偵たち」(1931)

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しばらく前にドイツのアマゾンで購入した映画「エーミールと探偵たち」のDVDを観ました。原作はエーリヒ・ケストナーの数ある児童文学作品の中でも一番よく知られ、日本語訳で読んだことのある方も多いと思うので、ストーリーの説明はここでは省きます。ドイツでは過去3回映画化されており(1931年、1954年、2001年)、今回購入したDVDは1931年版と1954年版が1枚に収められているのがミソです。戦前と戦後のベルリンの街並みを比較できるのも興味深そうで、私はまず1931年バージョンから観ました。

ケストナーが、自伝的な要素を交えてこの作品を書いたのが1929年なので、映画はその直後に撮られたということになります(ロケが行われたのは31年の夏だとか)。まずはやはり戦前のベルリンの映像がふんだんに出てくるのが楽しい。

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(www.gedaechtniskirche-berlin.deより)
自分の寝ているスキにお金を奪ったグルントアイス氏を追いかけるため、予想外に動物園駅で降りトラムに飛び乗るエーミール。駅を出てすぐ左手に見えるカイザー・ヴィルヘルム教会は、当然のことながらまだ完全な姿をたたえています。そこからクーダムを抜けて南に向かうわけですが、街には「黄金の20年代」の最後の輝きが漂っており、不安げなエーミールの心境とは裏腹に、観ている側としてはあの時代に突然放り込まれたようで、わくわくしてきます。いとこのポニーとおばあさんが待っているフリードリヒ・シュトラーセの駅は一瞬映るだけですが、駅の外観は今とほとんど変わっていません(ドイツの駅は改札がありませんが、昔は切符を回収する改札員がいたことに新鮮な驚きを感じたりも)。グルントアイス氏が朝食を取るカフェ"Café Josty"は、ケストナーが1929年の夏、ここのテラスに腰掛けて「エーミールと探偵たち」を書いたという伝説的なカフェです。69分というコンパクトな中に、原作のよさはかなりよく描かれているように思いました。

ところで、昨日1月30日は、1933年の同日にヒトラーがドイツで政権を獲得してからちょうど75年という節目で、新聞などでも大きく取り上げられていました。2週間ほど前にはシュピーゲル誌も、「なぜヒトラーに権力を与えてしまったのか」という特集を組んでおり、これはドイツ史が今後もずっと向き合い、検証しなければならないテーマなのかもしれません。1931年版の映画が撮られたのはドイツがまさに暗黒の時代に突入する直前ですが、少なくとも映像を見ている限りではその気配は何も感じられません。悪を憎む精神とでもいうか、「1人1人の力は小さなものだけれど、仲間と力を合わせれば何かが起こるかもしれないよ!」というケストナーのメッセージは今でも強烈に伝わってきます。

ナチスの台頭を目の当たりにし、自分の著作は焚書の対象にされ、それでも敢えてドイツに留まった彼の心境はいかほどのものだったか。近々1954年バージョンを観たら、また感想を書きたいと思います。

参考:
天使の降りた場所(9) - 戦前のポツダム広場を歩く -

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by berlinHbf | 2008-01-31 14:56 | ベルリンを「観る」 | Comments(14)

「ベルリン 大都市交響楽」(1927)

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近所の図書館(AGB)で戦前のベルリンの古いドキュメンタリー映画を借りて観た。原題は"Berlin: Die Sinfonie der Großstadt"だから、 「ベルリン 大都市交響楽」とでも訳せばいいのかしら。Walther Ruttmann監督による、戦前のベルリンを描いた映画としては欠かすことのできない作品といわれている。私は大分前に映画館で観たことがあるものの、記憶がもうあまり定かでなかった。

だが、ばく進する蒸気機関車がまさに「黄金の20年代」の最中にあるベルリンの市街地に入っていく、あのかっこいい冒頭のシーンから一気に引き込まれてしまった。作品は5部(というより5楽章と言う方がふさわしい)から成り、まさにシンフォニーのような構成で都市の1日が描かれる。街が目覚める朝のシーンから始まって、地下鉄での通勤や通学、目が回るような工場のシーン、夜の娯楽や華やかなネオンも印象的。やはりあの時代のベルリンはすごかったという気がする。何気ない街角のシーンに今も変わらないベルリンのDNAを感じることもあれば、ポツダム広場の尋常じゃない交通量や人の多さに驚くこともしばしばだ。大都市が内包するストレス、狂気の側面も感じずにはいられない(現在のベルリンの方がかえってのんびりしていそう)。Ruttmann監督は20年代のベルリンを「生命体としての都市」ととらえ、実験的な手法も交えて生き生きと描き出すことに成功している。

この無声映画は、プレミエ当時と同じように今でもたまにフルオーケストラの伴奏で上映されることがある。9月24日にはベルリン放送響による生演奏付きで観られるそうなので、興味のある方にはおすすめです(詳しくはこちら)。

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by berlinHbf | 2007-08-16 13:44 | ベルリンを「観る」 | Comments(4)

ビリー・ワイルダーの「ワン・ツー・スリー」(1961)

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先々週の日曜日、前から観たいと思っていたビリー・ワイルダー監督の「ワン・ツー・スリー」という映画をシュテーグリッツのAdriaという古い映画館で観る機会があった。ベルリンに縁の深いワイルダー監督による、壁ができる直前のベルリンが舞台という映画(しかもコメディー)となると、一度は観ておきたい映画だった。

舞台は1961年のベルリン。コカコーラ社西ベルリン支店長マクナマラのもとに、本社の社長令嬢スカーレットが送られることになった。まだ10代の自由奔放な彼女は、男との浮き話が絶えない。そのぶっとびぶりはかなりのもので、テンペルホーフ空港に降り立つやいなや、いきなりマクナマラ夫妻を面食らわせることになる。もちろん上司の願いとあっては断るわけにはいかない夫妻。じっとしていられない性格のスカーレットはそのうちこっそり東ベルリンに遊びに行くようになり、がちがちのコミュニストのオットーとできてしまう。ある日、2人の突然の結婚報告を知らされたマクナマラは顔面蒼白。社長が彼女を迎えに来るまでになんとかしなければ、自分の出世はなくなってしまう。マクナマラはオットーを「アメリカのスパイ」に仕立てて、スカーレットと引き離そうと策略を施す。しかし、その直後、スカーレットが妊娠していると知るや否や作戦を変更。マクナマラはオットーを西ベルリンに連れ戻し、今度は貴族の養子に仕立て上げて2人を再度くっつけようとする。さあ大変、社長夫妻がテンペルホーフ空港に降り立つまでもう時間がないぞ・・・

最初から最後まで息つく暇がない、痛快なドタバタコメディー映画だった。全面に渡って当時のイデオロギー対立を茶化すギャグが織り込まれ、さらに主役のジェームズ・ギャグニーをはじめみんな機関銃のようなスピードでしゃべりまくるものだから、ついていくのがなかなか大変。それにしても、あの時代にこういう内容映画を撮るとはさすがビリー・ワイルダー!20年以来西ベルリンに住んでいる友達によると、この映画は公開当時話がリアル過ぎたのか全く受けず、80年代になってから西ベルリンでよく再上映されたという。私にとって最もスリリングだったのは、車に取り付けられたある仕掛けによってオットーが東ベルリンで逮捕され、東に乗り込んだマクナマラがオットーを西に連れ戻すまでの一連のシーンだ。廃墟の街並みをバックにしたカーチェイスまであって楽しめる。「こんなシーンをよく東で撮影できたなあ」と思って見ていたが、「東のホテル」のシーンにどう見てもアンハルター駅(西側にある)らしき廃墟が写っていたので、どうやら西ベルリンで撮ったようだ。後で知ったところによると、ブランデンブルク門での撮影許可がどうしても下りなかったため、バイエルンのある場所に大掛かりなセットを作って撮影したのだそうだ。どうみてもホンモノに見えたあのパリ広場は偽物だったのか。何度も出てくるコカコーラ時計と風船の仕掛けには笑ってしまった。

余談になるが、日曜日の12時上映のこの映画、観客は何と私を含めて2人だった。売店のおじさんからチケットを買ったところ、「コーラかゼクトをごちそうするよ」というもてなしぶりに驚いたが、中に入ってみてその理由がわかった。がらがらの映画館で古い映画を見たことは何度もあったけれど、2人というのはさすがに初めてだった。もう1人の客が後ろでげらげら笑っていると、意味がよくわからなくても自分も笑わないといけないような気分になってくる。贅沢なようで、どことなく落ち着かない気分の映画鑑賞でした。

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日本語版のDVDも出ているので、興味のある方はどうぞ。

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by berlinHbf | 2007-04-11 12:36 | ベルリンを「観る」 | Comments(12)

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