ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
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本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

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現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

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カテゴリ:欧州を感じる旅( 55 )

消えゆく夜行・長距離列車

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廃止されたパリ東駅行きのシティーナイトライン(ベルリン中央駅にて。2013年6月撮影)

「夜行列車」という言葉には、洋の東西を問わず旅心を誘う響きがあります。今年の3月限りで日本のブルートレインは全廃されることになりましたが、残念ながら欧州でも、夜行列車や長距離列車は縮小傾向にあります。昨年12月14日のドイツ鉄道(Deutsche Bahn)のダイヤ改正で、いくつもの歴史ある列車が姿を消しました。

この改正で廃止になったのは、ベルリン発(およびハンブルク、ミュンヘン発)パリ行き、プラハ発ベルリン経由コペンハーゲン行きなど計6本のシティーナイトライン(CNL)。ただし、格安航空や格安長距離バスとの競合により、利用客が減ったとは一概に言えない部分があるようで、例えばベルリンとパリを結ぶCNL「ペルセウス」は乗車率も高く、特に個室寝台は予約が取りにくいほどでした。ところが、車体が古いため利用者のニーズに対応できず、また、フランス鉄道側の線路や駅の使用料が高額といった要因が廃止の決め手になったと言います。私は2003年にパリからこの列車に乗ったことがあります。3段ベッドの簡易寝台はさすがに狭さを感じましたが、心地良い横揺れとともによく眠れましたし、何より朝起きたらベルリンに着いていたのが魅力でした。食堂車横のスタンドバーで、ほかの旅行者と語らいながら飲んだことも、今となっては良い思い出です。

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かつてはハンブルク―クラクフ間を結んでいたユーロシティー「ヴァヴェル」の表示板

夜行列車以外にも、今回の改正でベルリンとウィーンを結ぶユーロシティーなど、何本かの長距離列車が消えました。象徴的だったのは、ベルリンとポーランドのヴロツワフ(ドイツ語ではブレスラウ)間を走るユーロシティー「ヴァヴェル」の廃止です。ベルリンからかつてドイツ領だったシレジア地方の中心都市ブレスラウまでは、実に1853年以来、直通の特急列車が結んでいました。ポーランドの古都クラクフにあるヴァヴェル城に因んだこの列車は、もともとハンブルクとクラクフ間を12時間半掛けて結んでいましたが、2012年にヴロツラフまでに短縮された後、その翌年に運行を開始した同じドイツ鉄道による高速バスに利用客を奪われたこともあって、今回の廃止が決まりました。昨年12月13日にベルリン中央駅を出た最終列車の客車はわずか2両編成。しかも、暖房設備の故障で発車が20分遅れるという悲しい幕切れとともに、由緒ある列車はポーランドへと旅立って行きました。

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「ヴァヴェル」号の車窓から(2007年11月)

欧州の鉄道の旅の魅力は、国境を越えるたびに車掌のアナウンスや乗客の話す言葉が変わったり、朝目が覚めると異国の地に着いていたりといった、多様に交錯する文化や歴史をじかに体感できることにあると思います。そんな旅の道程の楽しさそのものを味わわせてくれる列車が消えつつあるのは残念なことです。
ドイツニュースダイジェスト 1月23日)
by berlinHbf | 2015-01-23 23:20 | 欧州を感じる旅 | Comments(9)

『音遊人』2013年3月号「ウィーン特集」

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ヤマハの会員誌『音遊人』の3月号が刊行されました。昨年は6月号のドイツ特集でお世話になりましたが、今回の特集は「ウィーン 音楽に向かう旅」。実は昨年11月、ニコラウス・アーノンクール指揮によるモーツァルトのコンサートを聴きたくて、ウィーン行きの手配をした直後に、『音遊人』より執筆と取材同行の依頼をいただいたのでした。これもご縁かと思い、エッセーでは「ウィーンとモーツァルト」というテーマで、自分と音楽との出会いと絡めて書かせていただきました。

ヤマハが伝統を引き継ぐウィンナホルンやベーゼンドルファーの工房訪問、パウル・バドゥラ=スコダのインタビュー、ウィーン国立バレエのコペティートア滝澤志野さんの話など、内容は豊富です(村川荘兵衛さんによる写真は今回も素敵)。「ウィーンとモーツァルト」といえば、私の脳裏に浮かぶのがフリードリ・グルダ。彼の弾くモーツァルトは昔から大好きでした。その奥様の祐子グルダさんが「楽都の現在を彩る2人のアーティスト」という寄稿を寄せられています。

ヤマハフィーリングクラブ向けの会員誌ですが、ヤマハ特約店の書籍売り場にも置かれているとのこと。よかったら一読いただけると幸いです。
by berlinHbf | 2013-02-01 11:42 | 欧州を感じる旅 | Comments(2)

カダケスへの道(3)

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カダケスの中心部を望む(2012-03-24)

今回車で来てみてわかったことだが、カダケスはスペインの最東北端に位置し、周りの街から隔絶されているがゆえ、昔からの漁村の風景が手つかずのまま残ったのだという。現在の人口は2800人ほど。小高い丘の上に建っているのが16〜17世紀に造られたサンタ・マリア教会。

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Port Alguer, 1923-24. Teatre-Museu Dalí, Figueres

上の写真とは反対側の場所からサンタ・マリア教会を望む風景を、ダリが1920年代に描いている。旅行前にこの絵の存在を知っていたら、同じ場所に立ってみたかった。おそらく街並はほとんど変わっていないはずだから。

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ホテルでの朝食後、街を散歩する。ぽかぽかの陽気、ほぼ白一色に統一された住居群、細い路地、気持ちよさそにひなたぼっこしている猫たち…。決して長い時間ではなかったけれど、人間の等身大の感覚に沿うような構造でできているカダケスの路地を歩くのは、至福ともいえるほど心地いいものだった。

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よく見ると、猫があちこちに・・・

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カモメの白さも印象的。ホテルに戻って部屋のバルコニーからもう一度街を眺め、夢想した。執筆に集中するべきとき、こんなところに長期滞在して作業できたら最高だなあと。ここにはまたいつか戻ってきたいと思う。

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カダケスーフィゲラス間は約33キロ。急勾配とカーブが多く、何度も絶景に見とれそうになりながらも、運転を任された私は慎重に下って行く。

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この旅でもうひとつ念願の場所だったフィゲラスのダリ劇場美術館で、一堂ダリを再び堪能。最高でした(ここはよく紹介される場所なので、何枚か写真をご紹介するのみにします)。

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美術館の閉館間際までいたので、フィゲラスを後にしたのは18時過ぎだっただろうか。ここからバルセロナまでは140キロほど。レンタカーのオフィスが閉まる22時までに車を返さなければならないとはいえ、まだ十分余裕があるはず。実際、高速道路を走っているまでは順調だったのだが、少し手前のインターで降りてしまったところから暗転する。行きの教訓から、途中のドライブインで道路地図は買っていたものの、自分たちがどこにいるのかさっぱりわからない。そのうち、行きにバルセロナを出る際にはまり込んだ中国語の看板が目立つ倉庫街の中に入ってしまったようで、気持ちを落ち着かせガソリンスタンドで道を尋ねるも、そこからバルセロナ市内に戻るのにさらに一悶着あった。ローマ時代からの歴史を持つ地中海都市はこうも複雑な構造をしているのか。それなりの方向感覚は持っているつもりだったが、目的地を目前にこんなにも迷宮に入り込んだのは他にそうない経験だった。翌朝バルセロナを発つことになっていたので、「車を返せなかったらどうしよう」という不安が高まる中、結局22時を10分ぐらい越えてサンツ駅屋上の駐車場に到着。絶望的な気分でとりあえず車を止め、これからどうしようかと思っていたところ、近くにおじさんがいたので恐る恐る歩み寄って聞いてみた。

「車の鍵?ああ、そこのボックスに入れておけばいいんだよ。それでおしまい」

「え?・・・」( ̄◇ ̄;)

カダケスの海と街並、ダリの空想と色彩に彩られた旅は、「なんでこんなことを最初に確認しておかなかったのか」という徒労感を最後に味わうことになるのでした。しかし、今年忘れられない旅のひとつです。

(おわり)
by berlinHbf | 2012-12-27 23:57 | 欧州を感じる旅 | Comments(0)

カダケスへの道(2)

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Casa-Museu Salvador Dalí (2012-03-23)

今年も残りわずかとなりましたが、書き初めてはみたものの休止状態になっている旅行記がいくつかあるので^^;)、何とかそれを年内に片付けたいと思います。

最初に3月のスペイン旅行から。母がお友達2人を連れてベルリンを訪れ、その後一緒にバルセロナへ飛び、そこで車を借りてカダケスという港町を目指したのでした。カダケスの目的は、この街の郊外ポート・リガートにあるサルバトール・ダリの「卵の家」を訪れること。かなりスリリングな道のりでしたが、何とか入場予約していた最終の17時10分に間に合ったのでした。

最初のお話はこちら:
カダケスへの道(1) (2012-04-09)

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内部はガイドツアーを通してのみ見学が可能になっており、英語の説明を聞きながら進む。ここはフィゲラスのダリ劇場美術館と並んで、今年訪れた中でもっともワクワクした場所に数えられるかも。

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この通称「卵の家」は、1930年にダリがもともと漁師が所有していた家を購入し、40年以上増改築を続けて今の姿になったという。書斎には、ダリにとって永遠を意味した白鳥を始めとする剥製が飾られていた。

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数々の名作が生まれたダリのアトリエ。1982年に愛妻のガラが亡くなった際、ダリは激しいショックを受けて、ジローナのプボル城に引きこもり、翌年には絵画制作から完全に身を引いてしまう。このアトリエは、ダリが絵を描いていた最後の状態でそのまま残されているようで、彼がいまもそこにいるかのような気分にさせてくれる。キャンバスの下に穴が見えるが、台はスライド式になって、キャンバスを上下に自由に移動させることができる仕組みだ。

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自作の彫刻、奇妙なオブジェ、そして色使い。決して真似できるものではないと思いつつも、その世界に入り込んでしまった。

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寝室のベッド。ここからの窓からの海の眺めも素晴らしい。

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この部屋では、発する声や音にエコーがかかる仕組みになっている。

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迷路のような室内から出ると、この家のシンボルの卵が見えてくる。先に行くとアルハンブラ宮殿の現代版をイメージして造った(?)というプールがあって、これまた一筋縄ではいかないスペースだった。

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いかにもダリらしいシュールなオブジェから

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グロテスクなもの、思わずくすっと微笑んでしまうものまで、飽きることがない。しまいには海や周囲の岩までもがダリの絵画とダブって見えてきてしまう。夕方に行ったせいか、それほど混雑もせず、ゆったり見学できてよかった。

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日が沈む中、再び迷いながらカダケスに到着し、ホテルにチェックイン。部屋のバルコニーからの眺めが幻想的で、はるばる来た甲斐があったと思う。

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ホテルの近くのレストランで食事。私はイカが好物なので、身の引き締まった小ぶりのイカやイワシを自然に食べさせてくれるのが何ともうれしかった。

(つづく)
by berlinHbf | 2012-12-25 12:06 | 欧州を感じる旅 | Comments(0)

第1アドヴェントのウィーン

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Stephansdom Wien (2012-12-03)

この2週間の間に、ウィーンに2度ほど行く機会がありました。最初は雑誌の取材で、そして先週末はプライベートで(これは数ヶ月前から計画していた旅でした)。先週末はちょうど第1アドヴェントと重なったので、ウィーンのクリスマスの様子を何枚かご紹介したいと思います(今回はモノクロ写真で)。

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王宮の入り口にあるミヒャエル広場(Michaelerplatz)。モーツァルト時代の旧ブルク劇場はこの広場に面していたようですが、記念プレートらしきものは見つけられませんでした。

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その先、Herrengasseに面したCentralという著名なカフェ。とても寒い日で、少し並んでからようやく中に入れました。カフェとは思えない優美な天井が印象的。

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市庁舎前のクリスマス・マーケット。売っているものがドイツのマルクトと微妙に違っていて、面白かったです。あまりに寒かったので、アム・ホーフのマルクトで帽子を買いました。

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賑やかなアム・ホーフから奥に一歩入っただけで、人通りがぱったり途絶えました。ここは昔ユダヤ人の居住地区だったJudenplatz。右に見えているのは、ウィーンのホロコースト記念碑です。人の気配のない広場でたたずんでいると、遠くに馬車の音がこだましました。

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床が低い最新型のトラムも増えてきましたが、まだまだ昔ながらの(?)路面電車が活躍していて、彼らが織りなすテンポ感にほっとさせられます。

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国立歌劇場裏のCafé Mozartにも行きました。どのカフェも重厚な雰囲気で素敵だったなあ。とはいえ、ウィーンの中心部でメランジェを1杯注文すると、平均3.7ユーロぐらい。ベルリンに比べると、大分高めに感じられたのも確かです。

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カフェもよかったけれど、なんといっても最高だったのはウィーンで聴いた音楽!今回のウィーン行きのお目当てだったウィーン・コンツェントゥス・ムジクスのモーツァルト、翌日立ち見券(5ユーロ!)で何とか聴けたウィーン・フィルの定期演奏会(特に、ビシュコフ指揮のチャイコフスキーの第5交響曲が本当に素晴らしかった)、そしてやはり立ち見(4ユーロ!!)で聴いたオペラ《愛の妙薬》。後の2つは長時間の立ちっぱなしで疲れたけれど、「はるばる来た甲斐があったなあ」としみじみ思わせてくれるものでした。

ある雑誌にウィーンについてのエッセイを書かせていただくことになったので、何を書こうかあれこれ考えを思いめぐらせているところです。
by berlinHbf | 2012-12-08 12:21 | 欧州を感じる旅 | Comments(8)

秋のオランダ紀行(4) - アムステルダムでの1日 -

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Station Amsterdam Centraal (2012-10-25)

ライデンでの時間を楽しんだ翌日、アムステルダムにやって来た。といっても、列車でわずか30分ほど。久々に目の前にするこの堂々たる駅舎を前にして、最近日本でよく話題になる往年の姿を取り戻した東京駅を思い起こす。東京駅がアムステルダム中央駅をモデルにしたという逸話は、現在ではあくまで俗説として否定されているようだけれど、どちらも首都の中央駅にふさわしい偉容なのは確かだ。

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トラムに乗ってまず目指したのは有名なアンネ・フランクの家。前回訪れたときは行列の長さを見て諦めたこともあって、今回は事前に入場時間指定のチケットを予約しておいた。

アンネ・フランクの日記は、実はちゃんと読んだことがないのだ。まだ小学生の頃だったと思うが、千葉の友達の家に泊まりにいったとき、テレビでアンネの日記を再現したドラマを観たのが、この話を知った最初だっただろうか。ゲシュタポに一家が連れ去られていくシーンで、恐怖感でいっぱいになったのは覚えている。

アンネの家の前に最初に来てから10年。この間、本を読んだり、アウシュヴィッツやベルリンの縁の場所を訪ねたり、ユダヤ人の方に直接話を聞いたりして、自分なりにこの問題についての理解は深まっている一方で、まだまだよくわからないことの方が多い、というのが正直なところだ。

それにしても、さすが圧倒的な知名度を持つアンネ・フランクの家だけに、入り口に置かれたパンフレットから充実している。もちろん日本語版もあり、デザインも洗練されている。帰りに小冊子を買って帰ったが、あまりによくできた内容。巻末を見たら、日本語版を担当したのは(『アンネの日記』の版権を持つ)文藝春秋社となっていた。

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© Anne Frank Stichting

アンネの物語とこの家の内部については、私が説明するまでもないでしょう。とても興味深いものだった。特に体に緊張が走ったのは、隠れ家に通じるあの本棚を越えるとき。狭い家の中に世界中からの訪問客がいるので、部屋によってはゆっくり見て歩くことができなかったりするのだが、このときはちょうど人の波が途絶えたので、本棚に手を触れたりして何かを感じようと努めた。父親のオットー・フランクの意向で、隠れ家は空のままで展示されている。パンフレットに「隠れ家の空のスペースは、訪問者に高度な想像力を要請します」とあったが、確かにそういう場所である。

アンネがジャーナリストになることを目指していたのは有名な話だが、戦争終結後、日記をすぐに出版できるよう、かなりの量の書き直していたことは知らなかった。最後の方の部屋で、本物の日記を前にしたときは熱い気持ちが込み上げてきた。そして、物書きの端くれとしては、展示室の引用文の端々から感じられる、アンネの強い意志から何かを学びたいと思った。

私は文章を書いてさえいれば、何もかも忘れられます。悲しみは消え、勇気が沸いてきます。
(1944年5月5日)

私は自分が何になりたいか知っています。私は人生の目標、意見、信仰、そして愛する心を持っています。
(1944年4月11日)


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10時少し前にアンネの家に来たときは並んでいるのは10人も満たないほどだったが、約2時間後、見学を終えて出てくると、行列は建物の敷地を遥かに越える長さになっていた(というわけで、日中見学する予定の方は、予約がおすすめです)。

ユダヤといえば、イスラエルとハマスの戦闘が始まって今日で3日目。血みどろの争いは今現在も続いているわけで・・・もしアンネが生きていたらどう思うのだろうか。

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アンネの家の近くのカフェで昼食を取ってから、1時間ほどの運河ツアーに参加。街の輪郭を把握してから、風情のある運河沿いの道を歩いた。

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前回来たときに泊まったYHの近く。この先を行くと、レンブラントの家にぶつかるはずだ。

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その後、国立美術館へ。2002年に見学したときと違い、大規模な改装中のため、裏口から中に入る(なんと、もう10年近く続いている工事らしい)。展示規模は改装前に比べて縮小されていたが、黄金時代のオランダの風俗画を中心に大いに満喫。これはヘンドリック・アーフェルカンプの「スケートする人々のいる冬景色」(1608年頃)。

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じわじわ高まる感興は、最後のレンブラント、フェルメールの部屋で頂点に。ため息の連続。

実質丸1日の慌ただしいアムステルダム滞在だったが、ここにはまたゆっくり来たいと思う。昨日、日独センターで行われた鈴木雅明さんとサシャ・ヴァルツさんの対談で、偶然にも2人が(方や古楽で、方やダンスで)アムステルダムに留学していたという話が出たが、欧州の中でも(特にアートの分野では)それだけ磁力の強い都市なのだろう。

ベルリンに戻った翌日、午後はお土産を買いに走り、夜はアンドリス・ネルソンス指揮ベルリン・フィルのコンサート。後半のドビュッシーとラヴェルが特に素晴らしく、いい席で聴いた父と弟はかなり興奮していました。父にとっては初のドイツ訪問でしたが、とても内容の濃い8日間だったのではないかと思います。

(おわり)
by berlinHbf | 2012-11-17 21:56 | 欧州を感じる旅 | Comments(4)

秋のオランダ紀行(3) - ライデンのシーボルト -

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Leiden (2012-10-24)

ライデンの旧市街には、いかにもオランダらしい跳ね橋がいくつか架けられている。これはその1つ。真ん中の開上部分が出っ張っているため、自転車で渡る際は、ちょっとしたコツが要りそうだ。この橋の向こうには画家レンブラントの生誕地があり、広場にモニュメントが飾られていた。

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Hier wer geboren(ここで生まれた)は、ドイツ語ならHier wurde geborenになるだろうか。当然ながら、2つの言語は非常に似通っている。

ブールハーフェ博物館の後に訪れた後、運河沿いにあるシーボルト・ハウスを訪れた。ライデンは、世界で初めて大学に日本学科が設置されるなど、日本ととても縁の深い街なのだった。

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日本史でおなじみのフィリップ・フォン・シーボルト(1796-1866)が、日本からの帰国後、1832年から37年まで住んでいた家が、2005年からミュージアムになっている。ここには、彼の7年間の日本滞在中に集めた2万5000点もの膨大なコレクションが展示されている。化粧用具や漆器、喫煙具など当時の生活が垣間見られるものから、植物の標本集、そして「シーボルト事件」にもつながる地図のコレクションまで実に幅広い。これは刀の鍔(つば)。ドイツ人の知り合いに収集している人がいるので、見せようと思って撮ってみた。

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縮尺25分の1の精巧な日本家屋の模型も。シーボルトが出島で飼っていた犬の剥製なんていうのも飾られていて、これには驚いた。

2階の「地図の部屋」には、シーボルトの娘であるおイネの子孫、そしてシーボルトのドイツ側の子孫2人にインタビューをした映像が流れていた。彼の開拓精神のようなものが子孫たちにもどこかで影響を及ぼしているのが感じられて、面白かった。シーボルトは一世代年長のアレクサンダー・フォン・フンボルトをとても尊敬していたそうで、2人の関わりについては、最近刊行されたフンボルトの『自然の諸相』(ちくま学芸文庫)の解説文でも読むことができる。日本に帰ったときに買ってほったらかしにしていたこの本、今度読んでみよう。

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ライデンの旧市街でもっとも賑やかなハーレム通りHaarlemmerstraat

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弟は車をもっと運転したかったようだが、2つのミュージアムでかなりの時間を費やしてしまい、遅い昼食の後は、ほとんどデン・ハーグのレンタカーの事務所まで車を返しに行くだけになってしまった。帰国後、司馬遼太郎の『オランダ紀行』(朝日文庫)などを読み、ライデンはまたゆっくり再訪したいと思っている。

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翌日はアムステルダムへ!

(つづく)
by berlinHbf | 2012-11-09 23:36 | 欧州を感じる旅 | Comments(0)

秋のオランダ紀行(2) - レーウェンフックの顕微鏡 -

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Leiden Centrum (2012-10-24)

オランダに来るのは2002年9月以来。あのときは1人旅でアムステルダムのネーデルラント・オペラでヤナーチェクの《マクロプロス事件》を聴いたり、ロッテルダムでサッカーの小野伸二選手が当時所属していたフェイエノールトの試合を観戦したり、レンブラントやフェルメールをのんびり眺めたりした。あれからもう10年経つのかと思う。

ライデンの駅前に宿を取り、夜、旧市街に向かって歩いたのだが、薄暗い小さな街に、思いがけぬほどの活気があって驚いた。大学町だけあって、若い人も多い。そしてまたびっくりするほど自転車が普及しており、老いも若きも専用の自転車道をかなりのスピードでびゅんびゅん通り過ぎてゆく。車に加えて、自転車にも注意して歩かなければならず、歩いていてどことなく落ち着かない。

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翌日は薄くもやがかかった曇り空だったが、運河と多くの橋、そして風車が織りなす風景は幻想的だった。

それにしても、今回なぜオランダに?
10月に父と弟がベルリンに来るに際し、せっかくだからヨーロッパの近隣の国に行こうということになった。目的地をどこにするかで話し合っていたとき、弟がまだオランダに行ったことがないというので、私がいくつかオランダの地名を挙げた。「ライデン」という地名を口にしたとき、ふと父が反応した。父は生物学者なのだが、この街にブールハーフェ博物館という科学史のミュージアムがあるという。17世紀のオランダに、アントニ・ファン・レーウェンフックという科学者がいた。史上初めて顕微鏡を使って微生物を観察した人で、ブールハーフェ博物館にその顕微鏡が展示されているという。父は25年ほど前、博物館に手紙を書いて顕微鏡のレプリカを購入したことがあり、前から一度行ってみたいと思っていたのだそうだ。
なんだかいい話なので、「じゃあ、今回はオランダにしよう」とその場で決まったのだった。

まずは目的のブールハーフェ博物館へ行く。医学と天文学を中心テーマにしたこの博物館は、思っていたよりもずっと広かった。

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レーウェンフックの顕微鏡は、2つ目の展示室にいきなり現れた。「これが顕微鏡?」というくらい小さい。この細い針の上に対象物を乗せ、わずか1mmの単眼のレンズから、レーウェンフックは夢中になってそれらを覗き込んだのだという。彼は、当時まだ誰にもその存在が知られていなかった微生物を発見し、記録に残した。

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父はまさに念願叶ったという表情。興味深いのは、レーウェンフックはあのフェルメールと生まれた年が同じで、かの画家の『天文学者』という作品に描かれた科学者は、レーウェンフックがモデルとされているそうだ。

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それにしても、オランダの17〜18世紀というのは、科学の分野でも黄金時代だったのだということが、素人の私が見てもわかる。これは、クリスティアーン・ホイヘンスが1657年に発明した、世界初の正確な振り子時計。

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18世紀前半、ダニエル・ファーレンハイトが作った世界初の正確な温度計。華氏を表す“°F”はこの人の頭文字だったのですね。

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天文学の展示も充実。右に見えるのは1670年頃に作られたライデン球Leiden Spaeraという、現代でいうプラネタリウムに近いものだそうだ。

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これは誰が作ったものか不明だが、下のつまみをぐるぐる回すと、太陽、月、地球を表す3つの球がそれぞれの動きを示す。実際に体験できるコーナーが多いのもうれしい。

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これはリンネの植物画だろうか。20世紀の電子顕微鏡に至るまで、非常に充実した展示。父も私たちへの説明に夢中で、いつの間にか博物館に入ってから3時間近くが経っていた。


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それにしても絵になる古都です。遅いお昼を食べてから、ライデンのもう1つの目的の場所へと行ってみました。

(つづく)

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by berlinHbf | 2012-11-02 23:18 | 欧州を感じる旅 | Comments(4)

カダケスへの道(1)

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日本からのお客さんが立て続けにやって来て、とても慌ただしかった3月。中旬には母がお友達2人を連れてベルリンを訪れ、一緒にバルセロナに行って来ました。中でも印象深かった、バルセロナからカダケスという街に小旅行で行ってきたときのことを記しておきたいと思います。

3月23日、サンツ駅でレンタカーを借りて、スペインでの初ドライブが始まった。運転は私。バルセロナから170キロほど離れたカダケスという小さな漁村に行くことになったのは、一昨年自転車でヨーロッパを回った下の弟が、ダリの故郷フィゲラスにあるミュージアムに行って大きな刺激を受け、それを母に話したことがきっかけだったようだ。バルセロナから1泊の日程で、フィゲラスのほか、ダリの「卵の家」があるカダケスにも行ってみようということになったのだ。

とはいえ、フィゲラスもカダケスも、ほとんど予習していなかった私。車にはナビが付いておらず(数日前、同じ会社のベルリン支店でまったく同じクラスの車を借りたときはちゃんと付いていたのだが)、しかも、スペインの道路地図さえ持っていなかった。まあ、2都市の大体の位置関係はわかる。弟が勧めていた風光明媚な海沿いの道を走りながらフィゲラスに行き、ダリのミュージアムを見て、夕方カダケスに到着、という大ざっぱなプランを考えていた。

が、最初の誤算だったのが、バルセロナの市内から抜け出すこと。この街には一昨年の夏、ある雑誌の取材で1週間滞在し、自転車でも周り、土地勘もある程度はあるつもりだった。が、車と自転車とではやはり違う。道が細かったり、方向転換をしようにもUターンできる道が1つおきしかなかったり、そうこうするうちに次第にどこを走っているのかわからなくなってくる。ようやくディアゴナール大通りに入った。ゆるやかな坂を下っていくと左手にサグラダ・ファミリアが見え、母曰く「東京モード学園みたい」というあの有名な円錐形の現代建築を横目に、そろそろ海沿いの道が見えてくるはず、と思いきや、今度はやたら中国語の看板が目立つ倉庫街に入り込んでしまったようで、風光明媚な道にはいつまで経ってもたどり着かない。ガソリンスタンドで道を聞いた時点で海沿いの道は諦め、高速道路で行くことに。市内に戻って高速に乗るまでさらに一悶着あり、ようやく高速道路に入った時は、車を借りてからすでに2時間が経過していた・・・。

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ドイツに比べるとカーブは多いものの、高速道路に入ってからは快適だった。フィゲラスのインターで降り、ダリのミュージアムは明日に回すことにして、何はともあれカダケスに直行。「卵の家」はガイドツアーのみ見学が可能になっていて、最終の17時10分に予約をしていた(ただし、チケットの発券はその30分前に済ます必要がある)。それを逃すわけにはいかない。ロザスという街への分岐点を越えたあたりから、山越えに入る。ジグザク状に左右に揺られながら、山の頂上を越え、やがて下りに入り、右手にカダケスの白い家々が視界に入った時はさすがにほっとした。ダリの「卵の家」は、一旦街の中心部を抜け、海沿いの道をうろうろ走っている最中、突如前方に現れた。一同「あったー」と大興奮。何とか入場の30分前に申し込みを済ませ、中に入るまでの間、卵の家の前で出会ったネコとしばらく遊んでいた。
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(つづく)

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by berlinHbf | 2012-04-09 20:17 | 欧州を感じる旅 | Comments(0)

ノイケルンのアドヴェント、マラガの憲法記念日

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先週の日曜日は、毎年第2アドヴェント恒例、ノイケルンのクリスマスマーケットに行って来ました。ここのマルクトはあまり商業的な匂いがしないことと、広場周辺のどこか牧歌的な雰囲気と併せて、ベルリンの好きなクリスマスマーケットの1つです。いつかブログで紹介してからもう4年になるのですね。

関連記事:
ノイケルンでの第2アドヴェント - リクスドルフという場所 - (2007-12-13)

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広場の中央にある素敵なデザインのインビス。リクスドルフに来るといつも何か発見があるのですが、今回も改めて取材で訪れたいと思わせるものに出会いました。

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この日の気温は5度前後。昨年の今頃は連日大雪だったことを思うと、今年はまだ全然いい方ですが、いかにもベルリンの12月の空という気がします。

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そのベルリンから飛行機に3時間10分ほど乗って、スペインのアンダルシア地方に数日前やって来ました。マラガに離陸する直前、地中海の大海原の彼方にアフリカ大陸がはっきりと見えました。ここはモロッコまでわずか100キロ、ヨーロッパ最南端の地域です。夜でも気温は15度ぐらい。クリスマス用のイルミネーションもドイツのとは大分違います。何より、22時を過ぎても子供連れの家族が元気よく街を闊歩しているのに驚きました。いつもこんな感じなのか、それとも次の日がスペインの憲法記念日で祝日だったためかはわかりませんが。

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旧市街の広場にて。クリスマスツリーの飾りの横に、オレンジがたわわに実っています。いくら南欧とはいえ予想もしなかった組み合わせで、さすがにびっくりでした。

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ベルリンではこの時期至るところにもみの木を見かけるのですが、マラガでは1本も見かけませんでした。これは単純に樹木の育つ気候上の違いかもしれませんが、クリスマスを迎える街の雰囲気もヨーロッパの北と南とでは大分違うなあと感じた次第です。スペインのクリスマスを何とか見つけようと必死になっていた妻がやっと見つけたのがこれ。何とも力の抜けたクリスマスツリーだこと(笑)。

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祝日の夕方、大勢の人の流れに沿って港の方に行ってみると、椰子の並木道に沿ってマーケットが立ち並んでいました。

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スペインに来てからほぼ毎日快晴!この時期、こんなに太陽の日を浴びれるなんて、それだけで幸せな気分になります。

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大聖堂の前には、キリストの誕生を描いた光のオブジェが飾られていて、地元の人たちが記念撮影をしていました。

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イスラム教徒支配時代の城砦、ヒブラルファロ城からの眺め。

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by berlinHbf | 2011-12-08 20:14 | 欧州を感じる旅 | Comments(0)

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