ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
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本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

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現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

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山根寿代さんのこと(5) - 仕事、旅、そして人生 -

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このシリーズの最後に、ここまで貴重なお話をたくさん聞かせてくださった山根寿代さんご自身のことを触れておきたい。春に初めてお会いしたとき、こんな元気な90歳の方がいるのかと私は驚いた。頭の回転が速く、話の話題が豊富。この方の人生も、お祖父さんに負けず劣らず興味深いのだった。

今回の話は、春にお会いしたときの会話をもとに構成するつもりだったのだが、寿代さんに新たに聞いてみたいことがいくつも出てきて、それをリストにまとめて送ったところ、実に16枚もの便箋に返事を書いてくださった。そこから多くを引用させていただいた。

寿代さんは、あの時代の女性にしては珍しく、長い会社生活を送られている。夫が結核という不治の病に倒れたことで、戦後、朝鮮戦争のころから東京にあるアメリカの船会社の代理店で働きながら、子供2人を育て上げた。
私達の時代は女学校の5年を終えますと、大学へ行くか家で習い事をして結婚するかの二通りで、仕事に就く事は殆どございませんでした。同級生の殆どは家庭で主婦をして一生を送っていますが、私は訳あって30歳から社会に出て働きました。それが38年間続きましたので、結構世の中を見て参りました。別に偉くなったわけでもなく、足りない頭を使ってやっと仕事をこなした程度でございます(手紙より)。

外に出て働くというのは、計算外のことでした。会社は全部日本人だったけど、内容は全部英語で報告するような会社で、それまでは普通の主婦でしたから大変でしたよ。私は経理担当でしたが、いまみたいに計算機もなかったから、なおさら大変。為替レートはドル立てなので掛け算ばっかり。そろばんをまた習いに行きました(笑)。すごいお金になりますよ、1つの船だから。それまで子供におしめ上げていたのに突然そんなことになっちゃって。だからしたたかにもなります(笑)。世の中が見えて面白かったですけどね。まだアメリカの兵隊がいっぱいいた時代でした(春にお会いしたときに)。
定年で辞めたかったという山根さんだが、会社から重宝され、結局10年延長して68歳まで働いた。その後、山根さんは海外旅行に頻繁に出かけるようになる。ツアーが主だったが、時には家族旅行も。訪れた国は約20カ国になる。「特に印象に残った国・都市は?」と聞いてみたら、ロンドン、モロッコ、トルコ、メキシコ、アメリカなどを挙げられた。手紙に書いてくださった旅の思い出話から、少し引用させていただく。

航空機の開発者である息子さんの赴任先、アメリカを訪ねたときのこと。
空港を出て余りの広大さに驚き、どうしてこんなに大きな国と戦ったのかと思ったのが第一印象でした。ヨーロッパに憧れていましたが、この様な理由で米国行きとなりました。ヨーロッパに比べますと、歴史も浅く遺跡も少なく物足りませんが、それを補うに足る自然が溢れ、沢山学ぶこともありました。息子は一仕事が終って帰国しましたが、また10年後次の機種ボーイング777の為再び渡米、この時も息子の家内の両親も誘い、7人のツアーを組んで最初はカナダへ行き、その後又シアトルへ参りました。アメリカの人々はとても親切で、よく声をかけてきます。百聞は一見に如かずとは本当でございます。体験は私の宝となりました。

所謂先進国をいくつか見たせいかもしれませんが、面白い楽しい国はモロッコでした。本で例えれば1ページ捲る度にまるで違った風景が現れる様な国でした。ベルベル人はとてもいい人達で日本人に好意を持っていました。迷路のようなマラケシュやフェズ、少し走れば熱帯植物が見られ、次は雪景色と目まぐるしい変化は驚きの連続でした。フェズでは裏道にあるホテルでしたが、まだ夜の明けぬ4時頃下の方にある町の家々からコーランの声が立ち昇る様にきこえて来た時は、本当に神秘的で感動しました。

何処の国でも未知の国ですから、興味津々、ワクワクしていますので、時差の辛さも余り感じません。
祖父との関係から、やはりドイツには特別な親近感を感じている。ベルリンの壁崩壊1ヶ月前の東ベルリンに居合わせたこともある(これについては別の機会に触れよう)。そういえば、私が寿代さんのことを知ったのも、旅先のイタリアからの絵葉書だった。

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いろいろな国を訪れるたびに、山根さんが必ずしていることがある。それは、その国の郵便ポストとマンホールの写真を撮ること(笑)。どういうきっかけで路上観察者になられたのかは知らないが、いつしか旅行仲間の間でもそのことが知られるようになり、一度も会ったことのない人から、ある日突然、外国のマンホールやポストの写真が届くこともあるのだそうだ。それを聞いて、私もベルリンから写真をお送りした。

山根寿代さんへの質問状の最後に、私はこんなことを書いてみた。

月並みな質問ですが、長寿の秘訣は?
歳をとっても、日々楽しく充実した人生を送るためには、どういうことに心掛ければいいでしょうか?

何て難しいご質問でしょう。
単純に言えば、「元気だからこそ生きている」の一語に書きます。幼いときは大変な弱虫で病気ばかりして居りました。でもここ迄生きてみますと、「命」と「病」は全然別のものと信じています。私の周囲もこの様な方が沢山いらっしゃいます。
もう一つ、あなたのお父様にも言われましたが、好奇心を人より少し多く持っているかもしれません。わからないものがある時は、何故かと追及します。広辞苑にもよくお世話になります。ここに書き切れませんが、とても不思議な事に、素晴らしい方に出会い、お知り合いとなりますが、その儘で終らず、次へと発展し、楽しいことが続いて居ります。
春にお会いしたときには、こんなことをおっしゃっていたのをよく覚えている。
(いろいろあったけれど)こんな人生も面白かったかなあと。それだけ神様が寿命をくれたと思っていてね。だからそれを活用しなきゃと思っているんです。済んだことなんかどうでもいいんですよ。

(了)

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by berlinHbf | 2008-08-29 22:36 | ベルリンの人々 | Comments(8)
Commented by minegishi at 2008-08-30 09:45 x
初めての書き込み失礼します。

今回のシリーズ、大変興味深く読ませて頂きました。
鴎外の時代の、まさにこれからの日本の医学会の未来を担うような人材が、自分の住むベルリンで過ごした時代があったこと。そういった人々とドイツ人との交流の歴史。その歴史を今また紡ごうとしている人がいることへの感動も勿論ですが、山根さんの来歴と、鮮やかな旅の記憶にもそれに優るとも劣らない感動がありますね。

また次の機会に、山根さんの東ベルリンでのお話に触れられる事を楽しみに待っています。
Commented by Tsu-bu at 2008-08-30 20:39 x
シリーズ堪能しました。鴎外の手紙の美しさ、忘れられません。
医療だけでなく、今私たちが当たり前のこととして享受していることは、
先人たちの努力や苦労の賜物なんですよね。ややもすると忘れがちですが。山根寿代さんの旺盛な好奇心と人生を楽しむ姿勢、お手本にします。「済んだことなんかどうでもいいんですよ」のひと言に拍手です。
素晴らしい記事をありがとうございました。
Commented by la_vera_storia at 2008-09-01 14:03 x
マサトさんの今回の連載シリーズ、非常に充実しており最終回の読後感も爽やかで、おおいに楽しませてもらいました。「生き生きとしたセピア色」とでも申しましょうか、個人(山根寿代さん)および故人(山根正次さん)と過去とのつながりが見事に語られ、そして貴重な写真の数々と共に記録されていると思います。これ以上ここで申し上げることはありませんが、明治の時代に日本よりベルリンその他の都市に留学し、そして懸命に勉学に励んで西洋の学問を吸収し日本のために役立てようと努力した人々について、現代の私たちの関心は薄くなりがちです。マサトさんの今回のシリーズ、そういった意味でも実に貴重なものだと思いました。
Commented by berlinHbf at 2008-09-02 07:19
>minegishiさん
熱心に読んでくださり、ありがとうございました。
ドイツという国が今でも日本人にとって比較的身近で、さまざまなジャンルで目指しやすいのも、先人たちの努力あってのことだと私も思いました。山根さんの東ベルリンでの体験談は、それほど長くはありませんが、なかなか印象的です。秋にアップしようと思っています。
Commented by berlinHbf at 2008-09-02 07:25
>Tsu-buさん
堪能してもらえましたか、うれしいです。
>「済んだことなんかどうでもいいんですよ」のひと言に拍手です。
この言葉が発せられるのをご本人から聞いたとき、ぐっと来るものを感じたんですね。私が口にしたところで、単なる責任逃れの弁と受け取られ兼ねませんが(笑)、山根さんのような方が言うとさすがに重みが違います。うまくいかないことがあっても、人生まだまだ長いんだと思うようにしています。
Commented by berlinHbf at 2008-09-02 07:40
>la_vera_storiaさん
ご感想ありがとうございます。
「生き生きとしたセピア色」ですか、なるほど!山根さんのお話は、昔話でもカラッとしているというか、不思議な明るさがありました。人の命が軽んじられてばかりのいまの日本で、90歳でもこのように生き生きと日々を送られている方がいることが、とても新鮮でした。また、その過去はまさに私のいまとも関わるテーマでもあるため、ここでご紹介できてよかったです。
Commented by gramophon at 2008-09-02 13:09 x
掛け軸を整理してたら、結構、坊さんの書とか、手紙とか出てきましたが、鴎外の字も素敵ですね。
確かに、「好奇心」大事だと思います。
Commented by berlinHbf at 2008-09-04 08:22
gramophonさんのご実家にも、興味深いお宝はたくさんありそうですね。鴎外の手紙は、本当にいいものを見せてもらいました。

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