ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
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現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

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テレージエンシュタット訪問記(4) - 小さな画家と音楽と -

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私の怠慢によりすっかり時間が空いてしまいましたが、昨年5月にチェコのテレジン(ドイツ語名はテレージエンシュタット)を訪れた時の話の最終回を綴りたいと思います。ご興味のある方は、過去の記事をご参照ください。テレジンの「小要塞」を訪れた後に向かったのは、「大要塞」つまり現在のテレジンの街でした。

まず訪れたのは、中心部にあるマルクト広場。子供たちがボール遊びをしていました。こう見るとごく普通の街のようですが、テレージエンシュタットは上から見ると要塞の姿を完全に留めた特異な外観をしています。街の区画は完全に左右対称で、そのど真ん中に位置しているのがこの広場です。

関連記事:
テレージエンシュタット訪問記(1) (2010-11-28)
テレージエンシュタット訪問記(2) (2010-12-05)
テレージエンシュタット訪問記(3) (2011-01-30)

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テレージエンシュタットでまず訪れるべきなのが、マルクト広場に面したゲットー資料館でしょうか。旧テレジン市学校だった建物の中にあり、テレージエンシュタットのゲットーの歴史や投獄された人々の日常生活の一端が紹介されています(簡潔ながら日本語のパンフレットがあるのがありがたかった)。

この中で心打たれる展示物の1つが、テレジンに収容されていた子供たちが残した絵や詩の数々です。野村路子さんの『テレジンの小さな画家たち』(偕成社)やその展覧活動などを通して、テレジンの子供たちの絵は日本でも知られてきているようですね。2011年からは、小学6年生の国語の教科書にこの絵にまつわる話が載せられているのだとか。

関連記事:
命のメッセージ、教科書に ナチス収容所の子が描いた絵 (asahi.com)

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今も人が住んでいる街についてこんなことを言うのは失礼かもしれませんが、言いようのない悲しみが漂っている場所という印象を受けました。

テレージエンシュタットは、われわれが一般にイメージするナチ時代のユダヤ人の強制収容所とは違います。パンフレットにはこう書かれていました。「当初はユダヤ人の囚人は兵舎にのみ収容されたが、後に1942年半ばまでに元々の住民を強制的に移住させることとなった。テレジン市全体が収容所と化したのである」。

テレージエンシュタットはまた、ナチスによる宣伝の役割も担わせられることになりました。すなわち、「美化キャンペーン」による「ユダヤ人自治移住地」として、ユダヤ人に一定の「自由」を与えたのです。ここには多くの芸術家、作家、学者なども収容され、過酷な条件の中で彼らが作った音楽や劇が上演されました。テレジンの旧マグデブルク兵舎にはゲットー内の文化的催しに関する常設展示があり、駆け足ながら見ることができました。

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一昨年の秋、フィルハーモニーの室内楽ホールで、ダニエル・ホープ(ヴァイオリン)やフォン・オッター(ソプラノ)ら(上の写真のCDの出演者)によって、テレジンの音楽が演奏されました(この日はHAUで坂本龍一のピアノコンサートもあり、私は最後まで迷ったのですが、土壇場になってフィルハーモニーに走ったのでした)。プログラムに並んだのは、V. ウルマン、 P. ハース(前回の記事で紹介したヤナーチェクの弟子でもあります)、 E. シュルホフといった作曲家たちの作品。いかにも苦しみの中から生まれた感の音楽もある一方、オペレッタ風の楽しい曲、収容所から生まれたとは思えない洒脱な雰囲気の音楽もありました。これらの音楽は、ゲットーに収容された人々にささやかな喜びをもたらしたことでしょう。しかし同時に、時々ここを視察した赤十字の調査員に、この場所の真実を覆い隠すためのプロパガンダの意味合いもあったのでした。

このコンサートの最後のアンコールで、フォン・オッターがある歌を歌い出した時、私は突如心がふわっとなるのを感じました。どこか温かい気持ちにさせてくれる音楽だったのです。後から知ったのですが、その曲はアドルフ・シュトラウスという作曲家による、 "Ich weiß bestimmt, ich werd Dich wiedersehn"(僕には確かにわかる。君に再び会えることを)というタンゴのナンバーでした。「今は別れ別れだけど、いつかまたきっと会える」という男女の恋を描いたテキスト、そこに出てくるSehnsucht(憧れ)という言葉・・・。作曲家自身はもちろん、ユダヤの人々はどんな思いでこの歌に聴き入ったのかと思うと、胸に込み上げてくるものがありました。

シュトラウスはこの歌を作曲して間もない1944年秋、妻と子供と共に、アウシュヴィッツで殺されています。

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さらに私が衝撃を受けたのは、街の外れにひそやかに残っている1本の鉄道の線路でした。パンフレットにはこう書かれています。「移送を迅速化するため、1942-1943年にかけて囚人によりボフショフ駅からテレジンまで敷設された鉄道の引き込み線の一部」と。

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私が真っ先に思い出したのは、2007年にベルリンのグルーネヴァルト駅17番線ホームを訪れた時のことです(その時のレポートはこちら)。警告碑のホームに刻まれたユダヤ人の強制輸送の目的地で、もっとも頻繁に目にしたのがこのテレージエンシュタットなのでした。ベルリンからぎゅうぎゅう詰めの貨物に押し込まれ、ようやく「解放」されて降り立ったのがこの場所だったのかと思うと、身震いするものを感じました。もっとも、多くのユダヤ人にとってテレージエンシュタットは中継収容所(Zwischenlager)であり、ここからさらにアウシュヴィッツなどの絶滅収容所に送られ殺された人もたくさんいたわけです。

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ここが線路の終わり。

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街を半周ほどしてマルクト広場に戻って来ました。パンフレットによると、正面に見える「テレジン市役所は、いわゆる『ユダヤ人自治銀行』やその他の役所の所在地となった。ここで文化的催しも行われた」。

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かつて左の建物は「SS司令部」、右の建物は「女子寮」だったそう。そして、「広場は囲いがなされており、囚人は入れなかった」。

もう少しゆっくり見て回りたかったけれど、広場から出る次のバスに乗らないと、ベルリン行きの最終列車を逃すことになります。「ここで感じたことは、これからも考え続けていきたい」。そんな思いで、私は妻とプラハ市内行きのバスに乗り込みました。

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by berlinHbf | 2011-11-18 00:29 | 欧州を感じる旅

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