ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


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現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

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アンドラーシュ・シフの《ゴルトベルク変奏曲》

アンドラーシュ・シフのベルリンでの人気はすごい。数年前のベートーヴェンのチクルス、今シーズンのバッハ選集のシリーズと、毎回ほぼ例外なくチケットが売り切れてしまう。火曜日の《ゴルトベルク変奏曲》も早々にソールドアウトだったから半ば諦めていたのだが、数日前フィルハーモニーに行ってみたら22時から追加コンサートを行われることを知り狂喜乱舞。しかも、シフ自身の希望により、ハイチ地震のチャリティーコンサートで入場無料になったそうだ。運よくチケットは残っていて、幸運だった。

が、その直前に送迎の仕事でテーゲル空港に行ったところ、飛行機が1時間ちょっと遅れる旨が表示されており、真っ青になった。22時には絶対間に合わない。半分諦めかけたのだが、そこからは思っていたより早く事が進み、ポツダム広場から雪の中を急ぎ足で歩いて行くと、20分遅れで会場に着いた。演奏途中で中に入れるかどうかが心配だったものの、一番上のドアから室内楽ホールに入れてくれた。

シフの「ゴルトベルク」は全ての箇所を繰り返すので、まだ曲の序盤だった。やれやれ。緊張感から解放されて、最初はただ無心に音楽に耳を傾けていた。シフの演奏は、各変奏曲の違いをドラマチックに際立たせるというタイプのものではなく、どちらかというとしみじみ淡々としたものだ。一音で胸を鷲掴みにされたというわけではないものの、聴いているうちにじわじわと心に沁み入ってくる。変奏曲の間に時々長い沈黙が織り込まれるのだが、その沈黙までもが美しいと感じてしまう演奏だった。短調の第21変奏から、ふっと何かが解き放たれたかのように第22変奏に移った時、思わず涙腺が緩んでしまった。全曲で一番長大な第25変奏が終わってから、終曲までの展開も実に素晴らしい。普通なら早いテンポで前へ前へと進む第26変奏も、シフの手にかかると、夢幻のニュアンスをたたえた小品に生まれ変わる。湖上に浮かぶ白鳥を連想してしまう華麗な第28変奏、さすがに技術の高さを垣間見た第29変奏と歓喜で沸き立つ第30変奏。そして冒頭のアリアへの回帰・・・。2度目の繰り返しで、シフはほとんど装飾を外して弾いていた。全曲1時間15分ぐらいだったろうか。この上なく豊穣で、歌に溢れたバッハの世界だった。

最後の一音が消えて、かなり長い沈黙がホールを包み込む。この時間がまた心地よかった。拍手は鳴り止まず、聴衆は総立ちでピアニストを讃える。音楽同様、シフの舞台での振る舞いには飾り気がまったくなく、一晩で「ゴルトベルク」を2回弾き終えて、さすがにほっと安堵しているように見えた。22時開演の追加公演だったが、完全に満員。こういうところはさすがベルリンだと思う。音楽を心から求めて人が集まる空間は素敵だ。帰りは再び雪を踏みしめながらバス停まで歩いたが、心なしか寒さは感じなかった(ちょっと言い過ぎ?)。

Di 7. Dezember 2010 22 Uhr
KAMMERMUSIKSAAL
András Schiff Klavier

Johann Sebastian Bach
Goldberg-Variationen BWV 988

Eintritt frei, Spenden zugunsten von UNICEF und der Hilfe für die Erdbebenopfer in Haiti werden erbeten.

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by berlinHbf | 2010-12-10 16:26 | ベルリン音楽日記 | Comments(13)
Commented by Nemuko at 2010-12-11 02:14 x
私はずーと前にシフのオルガン(それも足踏み)を聴いたことがあります。
ドヴォルザークの「バガテル」ってご存知ですか?ヴァイオリン2本とチェロとハーモニウムの編成で数年前にカンマームジ-クザールでシフがハーモニウムでコンサートがありました。ピアノの彼のオルガンということである意味貴重な体験でした。
Commented by tsu-bu at 2010-12-11 19:52 x
恥ずかしながらアンドラーシュ・シフを知らなかった私ですが、masatoさんのこの感想にうっとりです。早速検索したところ、来年2月に来日公演があるようですが、チケットはすでに完売でした。CDで我慢しましょう。お勧めの1枚ありますか?
クラシックへの素養のなさが悔やまれる今日この頃です。
Commented by hijiki-fugue50146 at 2010-12-12 00:41
アンドラーシュ・シフ、東京オペラシティに残席ありです。ただしS席のみ。演目はシューベルトです。ぐずぐずしているうちにお目当てのベートーベンが演目だった紀尾井紀尾井ホールは売り切れ、残念です。23日、小林道夫先生がチェンバロ演奏なさる年末恒例のゴルトベルグを聴きに行きます。今年はモーツァルトを演奏して何かにお気づきになったとのこと。今から楽しみです。
Commented by bach!! at 2010-12-12 02:02 x
シフのピアノ、いいですよね!! コチシュやラーンキと、ハンガリー三羽烏と言われた頃からのファンで、専らLPとCDで楽しんでいます。
10年くらい前に、初めてシフを豊田市コンサートホールで、前半はスカルラッティのソナタを十数曲、後半はハイドンとシューマンのソナタを聴きましたが、スカルラッティを生でこんなに沢山素敵に聴けたのは、これが最初で最後? 感動でした! バッハも是非聴いてみたいです。(ゴールドベルクとは羨ましい!!)
それにしても、22時からのチャリティの追加公演、しかも満席・・・それがベルリンなのですね。
ところで、今年は交通機関の遅れがどうしても気になります
(笑)
Commented by berlinHbf at 2010-12-12 22:35
Nemukoさん
>ドヴォルザークの「バガテル」ってご存知ですか?
そのコンサート、聴いたような聴いていないような・・・。おそらく、シフがピアニスト・オブ・レジデンスを務めていた時期だと思いますが、確かに貴重な体験でしたね。

tsu-buさん
シフに興味を持たれたら、まずおすすめしたいのが、割と最近出たバッハのセットでしょうか。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/2781691
新譜1枚ちょっとの値段で、バッハの主要なピアノ曲12枚が堪能できるという、昔では考えられない買い物です。旧盤とはいえ、どれもデジタル録音ですし、末永く愛聴できる演奏だと思います。あと個人的には、ヤナーチェクの《思い出》というアルバムも好きですね。ぜひ聴いてみてください。
Commented by berlinHbf at 2010-12-12 22:45
hijiki-fugue50146さん
チケット情報ありがとうございます。もう15年ぐらい前ですが、横須賀で小林道夫さんのピアノフォルテによるモーツァルトを聴いたことがあります。その時も素晴らしかったですが、最近は一段と円熟味を増しておられるのでしょうね。

bach!!さん
シフのハイドンやスカルラッティもさぞや素晴らしいことでしょう。いつか聴いてみたいです。シフならば、東京で追加公演を行っても需要はあるだろうと思います。でも、22時開演となると、日本だと終電の問題が出てきてしまいますからね。0時を越えても公共交通機関で家に帰れるベルリンと、そこが大きな違いです。
Commented by tsu-bu at 2010-12-12 23:55 x
お勧めのCD、早速注文しました。楽しみです!
ありがとうございました。
Commented by fachwerkstrasse at 2010-12-15 05:19
いいなぁ、シフはニアミスを何度かしているものの、まだ生の演奏には立ち会えていません。しかし録音・録画で観る限り、還暦を前にしてすでに前人未到の域にまで達しているような印象を受けます。もともと繊細なリリシズムと透明な音、そして的確な解釈を兼ね備えていた人であったように思いますが、円熟を重ねて、特別な「何か」が備わってきていますね

しかし今回の演奏の様子、まさとさんの報告を読んで、手に取るように分かりました。まるで一緒に同じ空間で演奏を楽しんだかのよう、ありがとうございます!ゴルトベルクは、アンジェラ・ヒューイットや、チェンバロのシュタイヤーの演奏を生で聞いてきましたが、特に前者では、まさとさんが書いてらっしゃるのと、まったく同じ様子でした。最後のアリアの一音が鳴ってから20秒くらい沈黙があったでしょうか。非常に長く感じました。しかしあの沈黙はものすごかった。それまでの60分の演奏以上に、あの場に居合わせた聴衆を釘付け、いやほとんど金縛りにする迫力で、むしろ、あの沈黙のために60分間音を紡いでいたのではないかと思わせるくらい。こういうバッハを聴けた時の幸せと言うのは、他では得難いですね!
Commented by 焼きそうせいじ at 2010-12-15 09:35 x
シフは2000年代半ば、ワイマルの芸術祭(ニケ・ヴァーグナーが総裁)の音楽監督みたいなポジションにありました。彼が企画したプログラム、招いた音楽家の顔触れは見事で、エアフルトから何度も足を運びました。が、彼自身の音楽にはどうも私はぴんと来ませんで、ベルリンや東京でそんなに人気を博していると知り、意外な気がしました。焼きそうせいじにシフは、猫に小判だったのかも。
それにしても、タイは今が一番「寒い」季節ですが、連日三十度を超えています。クリスマスもバッハも縁のない世界です(笑)。
Commented by berlinHbf at 2010-12-17 03:08
tsu-buさん
ピンときたらすぐに行動されるところはさすがですね。シフのピアノ、気に入っていただけたらなあと思います。

fachwerkstrasseさん
ここまで言っていただけて光栄です(笑)。少しは書いた甲斐があったでしょうか。シュタイヤーは割と最近、ゴルトベルクの新しいCDを出しましたよね。Dussmannで視聴しましたが、とても華やかな演奏という印象です。一度彼の演奏でも聴いてみたいなあ。そういえば以前、ベルリンのクラブでエマールが「フーガの技法」を弾いたのも印象に残っています。本当にバッハのいい演奏というのは、どんな場所で奏でられても至福の時ですよね。
Commented by berlinHbf at 2010-12-17 03:13
焼きそうせいじさん
ご無沙汰しています。久々のコメント、うれしく拝読しました。

>が、彼自身の音楽にはどうも私はぴんと来ませんで、
どんな高名で評判のいい演奏家でも、そういうことは往々にしてあるもので、僕も一人だけ蚊帳の外に置かれた気分になる時があります。1月に彼の演奏で平均律の第1巻を聴いたときは正直そこまでの感動には至らなかったのですが、今回ばかりはノックアウトでした。それにしても、タイの高温多湿の空気の中で聴くバッハというのは、どういうものなのでしょうね。お元気で!
Commented at 2010-12-23 13:15 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by berlinHbf at 2010-12-24 23:00
Yozakuraさん
コメントありがとうござます。お送りいただいた映像、これから見てみます。どうぞよい年末年始をお迎えください。

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