ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


by berlinHbf

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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
「素顔のベルリン」増補改訂版
¥1,680
ダイヤモンド社
(Amazon、全国各書店にて発売中)

本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

Amazonにてネット購入ができます。



『街歩きのドイツ語 』
¥1,575
三修社

豊富なビジュアルとドイツ語フレーズを楽しめる1冊。基本のあいさつ表現から、街にまつわるドイツ語豆知識まで、ガイドブックとともに旅に役立つ会話集です。




『素顔のベルリン 過去と未来が交錯する12のエリアガイド 』
¥1,575
ダイヤモンド社
(2009年発売)

地球の歩き方シリーズ初、待望のベルリンガイドブック誕生!比類なき歴史を抱えつつ、明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。「ドイツで最もドイツらしくない」といわれるこの町の知られざる魅力を、現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介。


現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

ベルリン更新情報
2013/02/20 up

ベルリン個人ガイドのご案内

執筆、ガイド、コーディネートなどのご依頼、お問い合わせはこちらまで(これまでの出版・寄稿実績)→
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10年分の感謝、ひとまずのお別れと新しいスタート!

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Mauerpark (2005-08)

8月1日をもちまして、ブログ『ベルリン中央駅』が丸10年を迎えました。この場を借りて、読んでくださった皆様に心より感謝申し上げます。10年間という歳月は、私の人生に当てはめるとほぼ4分の1の長さに相当するわけで、ベルリンという都市においても、個人的にも変化の大きかった時間を、この街に根を下ろしながらブログに綴ることができたのは、ありがたいことでした。

先日、このブログの最初のエントリー(2005年8月1日)を久々に読み直してみたら、当時の気持ちがよみがえってきました。日本に帰るべきか、ベルリンに残るべきかで個人的には悩んでいた時期でしたが、翌年のワールドカップドイツ大会を控え、町全体は高揚感に包まれていました。自分としてはまだベルリンにいたいという気持ちの方がずっと強く、ならばなぜ自分がベルリンに惹かれるのか、ブログに綴ってみてはどうかと思い、始めたのが当ブログでした。幸い、時間だけはたっぷりありました。

最初の3年間はかなり頻繁に更新したと思います。読者の方からいただくコメントにも触発されたからでもあり、単純に楽しかったからでもあります。少しずつですが、ブログを通して仕事をいただくようになりました。何の当てもないまま異国でフリーランスの身になった自分にとって、ブログは自分に希望を与えてくれる存在だったと言えるかもしれません。

10年を振り返ってみると、ブログを通して多くの出会いやお仕事に恵まれ、世界も広がりました。あのときベルリンに残ることを選んでよかったと思っています。

さて、今回の10周年に合わせて、開設以来初めてリニューアルすることになりました。これまでもいろいろな方からリニューアルやHP製作の勧めをいただいてきたのですが、重い腰が上がらなかったというのが正直なところで……。そんな折、イラストレーターの友人、高田ゲンキ美穂子さん夫妻にブログ10周年の話をしたら、この機会にやってみてはどうかとアドバイスを受け、彼らの心強いバックアップを頼りに新しくサイトを作ることにしました。こうしてできあがったのがこちら(http://berlinhbf.com)です。

ITに長けたイラストレーターのゲンキさんには、主にサイトのコンセプトやデザイン面で力になってくださいました。新しいURLの取得から1000以上ある記事の移し替え、全体のレイアウトまで、1人ではとうていできなかったであろう作業をスピーディーに進めてくださり、あっという間に形になってきました。そして、昨年このブログのトップ画像へのイラストを2回提供してくださった美穂子さんが、新サイトのタイトルのロゴを作ってくださいました。私の希望である駅やベルリンの街のモチーフをちりばめながらも、全体的にアナログテイストに仕上げてくださり(妻曰く「昭和の駄菓子屋さんの看板みたい」と^^)、このちょっと懐かしい雰囲気が気に入っています。写真もより大きいサイズでアップできますし、内容はこれからも変わらず、ベルリンの街歩きから、見たものや聴いたもの、育児のことまで、幅広く綴っていけたらと思っています。

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この写真、それから冒頭の写真は、ブログを始めた直後の2005年8月末の日曜日に壁公園Mauerparkで撮ったもので、この10年間のベルリンの変化を象徴するスナップとして選んでみました。最近たまたま見直してみて、驚きました。壁公園のしかも夏の日曜日、10年前はまだこんなに人がまばらだったのかと!

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こちらはこの7月頭に撮ったもの。現在はこのような賑わいが当たり前の光景になりました。

壁公園に限らず、通りを歩いていても、10年前に比べてベルリンに来る人が増えたのは確かに感じます。英語やスペイン語を街で聞く機会が格段に増えました。世界中からの旅行者、南欧からベルリンに移住する若者、ロマの人びと…。テレビや新聞を見ると、現在ヨーロッパを揺るがす難民の受け入れを巡るニュースに触れない日はないほどで、この辺りはメディアを通して知る情報に対して、まだ自分の体の感覚が付いていけていないところもあります。

さまざまな人を抱え込んで、この街はどこへ向かうのでしょう。歴史を振り返ると、ベルリンが人種と文化の坩堝と化した時代は確かにありました。ナチス時代、東西分断の時代を乗り越えてきたベルリン(そしてドイツ)は、過去の経験をどう生かすか、まさにいま試されているのではないかと思うときがあります。人当たりが多少ぶっきらぼうでも、多様性を重んじ、等身大の自分と他者を尊重し合える街であり続けられるのか。さほど裕福でない人にとっても、笑顔で心地よく過ごせる都市のままでいてくれるのか。

そんなベルリンの空の向こうに、私はやはり今大きく揺れている日本を見ています。

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エキサイトブログでの更新は今回がひとまず最後となります(完全な引っ越しが終わるまで、まだしばらくは残しておくつもりですが)。10年間本当にありがとうございました!新装オープンする『ベルリン中央駅』でもどうぞよろしくお願いいたします。
by berlinHbf | 2015-08-03 23:23 | ベルリンのいま | Comments(4)

イラストレーター高田美穂子さんが描くベルリン・パノラマ(晩秋編)

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今日から当ブログのトップ画像が変わりました。前回に続いてベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナルの新作です。今回美穂子さんが紅葉の季節に合わせて描いてくださったのは、プレンツラウアー・ベルク地区にあるマウアーパーク(壁公園)の丘の上からのパノラマ。ベルリンにお住まいだったり、ここに来たことのある方ならば、すぐにピンとくる景色だと思います。こちらはテレビ塔方面の風景。木々の間からはトラムが顔をのぞかせています。芝生の斜面でくつろぐ人々の心地よさが伝わってきますね。

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丘の上にあるこのブランコは、壁公園に来たことのある方ならきっとご存知でしょう。手前の2人は私たち夫婦をモチーフにしてくださっているのだそうです^^;)。奥にはヴェディング地区の街並が見え、上を見上げると白いバルーンがいくつも空に浮かんでいます。これは(前回の記事でもご紹介した)壁崩壊25周年の「光のバルーン」なのだそう。今の賑やかな壁公園を歩いているとつい忘れがちですが、この場所にはベルリンとドイツを東西に分断する壁が立ちはだかっていました。「かつては分断されていた場所が、今やたくさんの人たちが思い思いに自由を楽しむ場所に変わった、というところが壁公園の魅力なのだな…と描いていて感じました」と、美穂子さんからこのようなコメントをいただきました。

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奥に見えるのは、毎週日曜日にここでパフォーマンスを行っているRupert's Kitchen Orchestraというストリート・ファンク・バンドだとか。この愉快なバンドのことは、美穂子さんのご主人のゲンキさんより教えてもらい、私もかなり興味を持ちました(詳細については、ゲンキさんのブログの記事をご覧ください)。


落葉の時期もほぼ終わりを迎えましたが、しばらくはこのイラストを毎日眺めながら秋の気分に浸れます。美穂子さん、壁崩壊の記念年にふさわしい作品を贈ってくださり、どうもありがとうございました!
by berlinHbf | 2014-11-18 10:06 | ベルリンの人々 | Comments(1)

プレンツラウアー・ベルクの"nazuna"

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先週末、ベルリンは気温が一気に18度近くまで上がりました。数日前、そんな春の気配を感じさせる"nazuna"という名のお店に足を運ぶ機会がありました。

もう何年も前になりますが、"nazuna"のオーナーのTさんとは、共通の友達とコンサートでご一緒したことがあります。当時Tさんは調理師としてミッテのレストランで働いておられました。その数年後、彼女が自分のお店をオープンしたという話を風の便りで聞き、ずっと気になっていたのですが、今回ようやく初めて訪ねることができました。

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場所はプレンツラウアー・ベルク地区。U2 Eberswalder Straße駅から東に延びるダンツィガー・シュトラーセに沿って行き、プレンツラウアー・アレーとの交差点近くにありました。カウンターで「今週のお弁当」(7.5ユーロ)とお茶を注文し、大きな窓に面したテーブルに座りました。ここからの眺めがなかなかいいのですね。コルヴィッツ通りの奥に昔の給水塔が見え、さらにその向こうにはテレビ塔がぼんやり浮かび上がっています。かと思うと、アヒルのような顔をしたM10の黄色いトラムが頻繁に通り過ぎて行きます。

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やがて、お弁当が私たちのテーブルに運ばれてきました。ポン酢ドレッシングによる鳥の唐揚げが、ちょっと新鮮でおいしかったです。他にも煮豆やほうれん草のごま和えなど、健康に気を配った付け合わせがうれしい。この店オリジナルのお菓子も添えられていて、全部おいしくいただきました。「弁当」という食文化は素晴らしいと久々に実感。

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カウンターにはお惣菜のほか、パートナーのドイツ人パティシエの方による手作りのお菓子が並んでいるのですが、これがまたどれもおいしそうで・・・ゆずケーキ、黒豆入りチーズケーキ、さくらケーキなどなど。次回はこちらの方も試してみたいです。

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テイクアウトする人、店内で食べる人が頻繁にやって来て(ただし、店内にトイレはありません)、1人で対応するTさんはとても忙しそう。この間、日本人の客は私たちだけでした。ようやく少し時間が取れて、Tさんと立ち話。2011年にオープンして以来、最近は地元の常連さんも増え、口コミでお店の評判が広がっていることを喜んでいました。帰り際、「また来てくださいね。おおきに!」と京都出身の彼女の元気な声で見送られました。プレンツラウアー・ベルクにお越しの際は、ぜひ"nazuna"にも足をお運びください。

関連記事:
ハンドメイドライフ」というサイトで"nazuna"とTさんのことが紹介されていました(こちらより)。

nazuna
Danziger Str. 65, 10435 Berlin
Tel. 030 68 07 50 43
E-mail. info@nazuna-berlin.com
http://nazuna-berlin.com

Opening hours
月〜金12:00〜20:00、土12:00〜18:00
(日曜、第3土曜、第4月曜は定休)
by berlinHbf | 2014-03-10 15:07 | ベルリンあれこれ | Comments(4)

映画『コーヒーをめぐる冒険』のご案内

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「ベルリンで、じっくり味わう」をキャッチコピーにした、ベルリンを舞台にした新作映画が間もなく東京で公開されます。

ヤン・オーレ・ゲルスター監督の『コーヒーをめぐる冒険』(原題は"oh boy")。同監督の長編デビュー作品にも関わらず、本国ドイツを始め、すでに数々の賞を受賞したことでも話題になりました。

主人公のニコ(トム・シリング)は2年前に父親に内緒で大学を辞め、どっちつかずの日々を送っている20代後半の青年。そんな中、アパートの隣人、俳優業を営む友人、かつての同級生ユリカとの再会、そしてナチス時代を生き抜いた老人等々、様々な人々と出会う波乱の1日を通して、ニコが何かを見つけて行くという作品です。

ミッテやプレンツラウアー・ベルクを舞台にしたモノクロの映像とジャズの軽快な音楽が非常に心地よく溶け合っており、コメディーでありながらも、メランコリックな雰囲気やドイツの負の歴史をさりげなく盛り込むなど、奥行きのある作品に仕上がっています。また、「コーヒー」が映画の重要なモチーフに使われており、ラストシーンでの後味はとても印象深いものでした。

昨年夏、私は近所の映画館でこの作品を初めて観て、ベルリンを舞台にした映画に一つお気に入りが加わったことを喜びました。その後、ご縁があって、この映画のプログラムにエッセイを寄稿させていただくことになり、そのときは飛び上がりたくなるほど嬉しかったです。が、いざ書いて提出すると、「もっと中村さんの主観を出して書いてくださって結構です」とのお返事。この映画の世界(例えば、登場人物のぶっきらぼうな話し方だったり、アパートの隣人との関係性だったり、歴史が突然向こうからやってくる感覚だったり…)はベルリンに短期間でも住んだことのある人には多分すっと入っていけるのですが、そうでない日本の大部分のお客さんにはちょっとわかりにくい要素があるのも確か。ならば、自分が13年間住んできたベルリンの生活実感を絡めながら、観る人がこの映画の背景や街の魅力を知るのに少しでもお役立てできるようなエッセイを書けないかと考え、一から書き直しました。結果的に、こちらの方を掲載していただけたのは自分としてもよかったと思っています。その他、「ベルリンをよく知るためのキーワード集」と「ニコと歩くベルリンマップ」も執筆させていただきました。映画と合せて、ご一読いただけると幸いです。

こうして書いているうちに、久々の映画のサントラを聴きたくなって、棚から取り出してCDをかけています。ゲルスター監督のインタビューによると、国際映画祭への出品が決まる1ヶ月前になっても、まだ確信を持てる音楽が決まっていなかったそう。ちょうどその時、4人のジャズを勉強している学生に出会い、「彼らにマイルス・ディヴィスが『死刑台のエレベーター』のオリジナル・スコアを3日で書いたというエピソードを語ってプレッシャーを与え」、一気に曲を完成させたのだとか!しかしこれが、見事に功を奏したと思います。ちなみに、私が持っているサントラ盤では、最後にトム・シリングが自作の(?)歌を披露していて、これもなかなか味わいがあります。

3月1日より渋谷シアター・イメージフォーラムにて公開。詳細はwww.cetera.co.jp/coffeeをご参照ください。
by berlinHbf | 2014-02-24 22:22 | ベルリンを「観る」 | Comments(8)

発掘の散歩術(27) -よみがえる市営浴場-

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Stadtbad Prenzlauer Berg (2012-09-09)

「アルトバウ」と呼ばれるベルリンの古いアパートは、19世紀末から20世紀初頭に建てられた、つまり築100年を越えるものが多い。私が今住んでいるアパートもその時代の建物なのだが、ときどきバスルームでふと思う。「昔の人々はどうやって、そしてどのぐらいの頻度で体を洗っていたのだろうか。湯船に浸かる機会などあったのだろうか」と。

こんな素朴な疑問に対して、1つの答えを得る機会があった。プレンツラウアー・ベルク地区の賑やかなカスタニエン・アレーから一歩入ったオーダーベルガー通り。近年、外国からの観光客も増え、頻繁に英語の会話が耳に入ってくる界隈だ。この一角に、石造りの重々しい建物が建っている。これが「プレンツラウアー・ベルク市営浴場」。実際は、浴場として使われなくなってから大分経つのだが、この週末、毎年恒例の「文化財の日」で一般に公開された。

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プレンツラウアー・ベルクは、普仏戦争(1870〜71年)後のいわゆるグリュンダーツァイトと呼ばれるバブル期に集中的に開発された地区だ。ベルリンの人口が急激に増え、当初はもっぱら住宅が造られた。その後、マルクトハレ、病院といった公共の施設が必要に応じて建てられたという。1902年、こういった流れの中、ルートヴィヒ・ホフマンの設計によって市営浴場がオープンしたのだった。

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現在は文化財になっているプレンツラウアー・ベルク市営浴場

普段は人が入っていない建物に特有の、ややカビ臭いにおいを感じながら中に入ると、突然大きな空間が目の前に開けた。正面の大きな窓から光が差し込み、アーチ状の天井や、列柱の豊かな装飾を照らし出している。この荘厳な場が市民のための公共浴場だったとは、にわかには思えないほどだ。私は、かつて水が溜められていたプールに降りて、芸術作品を見るようにしばらく眺め渡していた。

1人の女性がマイクを持って、来場者に説明を始めた。この建物が公共浴場として使われていたのは、東ドイツ時代の1986年までだったという。東西ドイツ統一後、再利用の案がいくつも出されたが、どれも実現には至らなかった。ようやく2011年、近くにある語学学校GLSがこの場所に興味を示し、売却されることになったそうだ。GLSのマネージング・ディレクター、バーバラ・イェシュケさんの話では、この建物内にある部屋は、75のホテルの部屋と18の会議室に生まれ変わる。市民にとってうれしいのは、私が今立つ場所が最新設備を備えたプールとして再び利用できるようになることだろう。

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かつてシャワーや浴槽があった部屋は、会議室、ホテルなどに生まれ変わる

2階に上がってみた。プールの周りは、無数といってもよい小部屋が並んでいる。ここは昔シャワー室、浴槽のある個室として使われていた。家庭にまだシャワーなどなかった時代、この場所が市民にとってどれほど重要だったかは想像に難くない。ベルリンが世界都市に向かって邁進する時代の人々の賑やかな声が、現在はがらんとした部屋にこだまするかのようだった。

イェシュケさんは、最後にこう語り掛けた。「来年9月の『文化財の日』で工事の進展をご覧ください。そして、3年後には水着を持ってここに来てください!」
ドイツニュースダイジェスト 10月5日)


Information
文化財一般公開の日 
Tag des offenen Denkmals


「ヨーロッパ文化遺産の日」に合わせて、1993年以降毎年ドイツ中の都市で開催される行事。普段は内部に入れない文化財や、改装中の歴史的建造物が市民に公開され、今年はベルリンだけでその数は310に上った。毎年テーマが設けられ、2012年のテーマはHolz(木)だった。
日時:毎年9月第2週の週末
URL:www.berlin.de/denkmaltag


ノイケルン市営浴場 
Stadtbad Neukölln


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©Stadtentwicklung Berlin

今すぐにプレンツラウアー・ベルク市営浴場の雰囲気を味わってみたいという方にお勧めなのが、同時期の1914年にオープンしたノイケルンの市営浴場。新古典様式で造られており、大小2つのホールの内装は古代ギリシャの神殿を思わせるほど。設立当時はヨーロッパで最大規模の浴場だった。現在はプールだけでなく、サウナの設備も備えている。

オープン:月〜日(時間の詳細は下記URLを参照)
住所:Ganghoferstr. 3, 12043 Berlin
電話場号:(030)68 24 98 0
URL:www.berlinerbaederbetriebe.de

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by berlinHbf | 2012-10-06 22:09 | ベルリン発掘(東) | Comments(2)

橋口譲二『Hof ベルリンの記憶』

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昨年秋、写真家の橋口譲二さんから20年前のプレンツラウアー・ベルクの写真を何枚か渡され、「今度出版する写真集のために、それらの写真に写っているアパートの場所を調べてもらえないだろうか」という依頼を受けた。その時の模様は、「橋口譲二『Hof ベルリンの記憶』とプレンツラウアー・ベルク」で2回に渡ってご紹介した。

関連記事:
橋口譲二『Hof ベルリンの記憶』とプレンツラウアー・ベルク(1)
橋口譲二『Hof ベルリンの記憶』とプレンツラウアー・ベルク(2)

当初の予定からは遅れたものの、橋口さんの写真集は今年初頭に無事刊行された(ありがたいことに協力者として名前も入れていただいた)。私にとっても、思い出深い1冊。ここでご紹介したいと思う。

橋口譲二さんに初めてお会いしたのは、2年前の年末、ベルリン日独センターで行われた講演会の時だった。同センターに勤務されているある方の奥様が、ちょうど刊行されたばかりの拙著『素顔のベルリン』を橋口さんにプレゼントしてくださり、講演会の後にご紹介いただいたのだった。私の母と同い年の橋口さんは、とてもシャイで物腰穏やかな方という印象を受けた。

こういうご縁から、橋口さんがベルリンに来られる際にお会いするようになった。6月に私が一時帰国した際は、橋口さんのお住まいの吉祥寺を少しご案内いただいた後、駅中のカフェでお茶をした。ベルリンでも東京でも、橋口さんとカフェでご一緒する時のゆったりとした時間の流れ方が好きだ。表現者としての大事なアドバイスをくださることもある。口調はいつものように穏やかでも、そんな時には、橋口さんの芯の強さと厳しさを垣間見る。一度、「(あるテーマを)自分の中だけに抱え込むことも大事ですよ」と言われたことがある。ブログやらTwitterやらで、ちょっとしたつぶやきさえも簡単に公にできる時代。目に見えるわかりやすい結果ばかりをどこか求めていた私ははっとした。私も一応Twitterはやっているし、その利点も否定はしないけれど、あれこれつぶやくだけで何となく物事をわかったような気になったり、自分にとって何が大事なのかを見失わないようにしたいと思う。そして、できることなら、橋口さんやその「弟子」の星野博美さんのように、あるテーマを自分の中で抱え込み思考を深めていく延長で、作品を積み重ねていけたらと願う。

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話が逸れてしまった。写真集『Hof ベルリンの記憶』は、橋口さんが20年もの間「抱え込んできた」写真が中心になっている。壁崩壊直後、旧東のミッテとプレンツラウアー・ベルクの古いアパートやそのホーフ(中庭)を写したものだ。

人は1人も出てこないのに、また一見廃墟のようにも見えるほど建物は朽ちているのに、不思議なぬくもりの感じられる写真が並んでいる。それは、そこに人がずっと住み続けてきたこと、そしてそれらのアパートが19世紀末から20世紀初頭にかけて建てられたことも関係していると思う。橋口さんは、この写真集の巻末のエッセイでこう綴っている。
街並と身体と気持ちの相性というと変だが、僕はこの街とこの街で暮らす人々が気に入っていた。程良い道幅、家並と同じように蛇行する道路、停留所から次の停留所が見える路面電車のトラム。トラムの走る速度はちょっと頑張れば自転車でも追い越せてしまう。蛇行する道路もトラムも昔から存在していたことを思うと、世紀末から20世紀初頭にかけて出来あがった街は人間の感覚や生理に寄り添っていた気がする。
11年前、このベルリンに来て、最初にたまたま住んだアパート以来、私はアルトバウのアパートの魅力に取り憑かれた。この街で3回引っ越しているが、住まいは全てアルトバウだった。ゆったりした間取りと、幾世代に渡って人々が住んできた歴史の醸し出す安心感が心地よかったのだと思う。写真集「Hof」には、アパートの内部の階段やいぶし銀のように渋い光沢を放つ階段のてすりの写真なども挿入されていて、私はそれを見ながら最初に住んだティーアガルテンの築100年のアパートでの生活を思い出した。あるいは、夏の暑い日、(6年間住んだ)クロイツベルクのアパートの入り口から中に入った瞬間、ひんやりとした空気に体が包まれたことを。ベルリンが歩んできた歴史と、私個人の歴史が時に重なり合うのを感じた。

この写真集が私のもとに届いたのは、3月初頭だった。
しばらくの間、この本を枕元に置いて、寝る前にぱらぱらめくりながら楽しんでいた。そうこうするうちに、あの大震災が日本を襲った。
毎日深夜までショッキングな津波の映像を見てから、この本を開くと、写真の奥にまた違う光景が見えてきた。3月14日だったか、丘の上から「自分の店が流されたことよりも、(店の)歴史が途切れてしまったことの方がくやしい」と絞り出すように語っていた陸前高田の酒屋のおじさん。倒壊した家の瓦礫をかき分けながら、思い出の写真を必死に探す人々…。

あの光景を思うと、ベルリンのミッテやプレンツラウアー・ベルクの古いアパートが戦災を逃れ、地震などの自然被害にも遭わず、その貴重なアパートが1949年生まれの日本人の写真家によって記録され、20年もの間フィルムが大切に保管され、2011年という年に出版され得たということが、とても幸運でかけがえのないことのように思えるのだ。

今回の地震や津波で家を失った人々が、橋口さんの言う「人間の感覚や生理に寄り添った」住まいに再び戻れることを心から願う。

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この橋口さんの『Hof ベルリンの記憶』の写真展が、現在大阪のニコンサロンで開催中です(21日まで)。お近くにお住まいの方は、ぜひ足をお運びいただけたらと思います。

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by berlinHbf | 2011-12-12 18:22 | ベルリンを「読む」 | Comments(3)

橋口譲二『Hof ベルリンの記憶』とプレンツラウアー・ベルク(2)

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橋口譲二さんが20年前に撮ったプレンツラウアー・ベルク地区の写真を見ながら歩くと、いかにこの地区が変貌したかを今更ながら実感する。その時の橋口さんの感慨は、「ミッテの朽ちたアパートから見えるもの」で書いたことがある。注意して歩くと、きれいに改装されたアパートの一部分に、アパートの壁に戦前の看板文字が残されているのを見つけることがあった。Särge(棺)とかBestattung(埋葬)などの文字が見えるから、葬儀屋の看板に違いない。とはいえ、この周辺はあまりにきれいになってしまい、こういう生々しい形での過去の痕跡は、本当にわずかばかりになってしまった。

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続いて遭遇したのがStubbenkammerstr.にあるこのアパート。突き出た円柱のバルコニーと屋根の形。この地区で改修されずに時が流れるまま朽ちているアパートはもはや珍しい。今度こそこれではないかと、私は建物を凝視した。

よく見ると結局これでもなかったのだが、同じプレンツラウアー・ベルク地区内でも共通して見られるアパートの建築スタイルがあるのは、ちょっとした発見だった。ゼーネフェルダー通りをさらに歩くと、次に曲がるのがレーマー通り。その角に差し掛かったところで、私は思わず「あっ」と声を上げ、そのまましばらくぼうっと佇んでいた。

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橋口譲二さん撮影の写真(1990年代初頭)

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Raumerstraße (2010.11)

今度は細部を確認する必要はなかった。一瞬でここだと確信したからだ。通りの店は全て変わっていたが(おそらく大部分の住人も?)、2枚の写真を見比べるといかにオリジナルに忠実に修復したかがよく見て取れる。寒い日の午後だったが、私の気分は高揚していた。橋口さんからの依頼がなかったら、プレンツラウアー・ベルクの普通のアパートに、これほどまでに感動的に「出会う」ことはなかっただろうと思う。

家に戻って早速橋口さんに報告したら、大変喜んでくださり、「このまま中村さんのブログで書かれたらどうでしょう。住所探しとはいえ、ウロウロされることで、中村さん自身が発見をされているからです。ウロウロするのは、僕と中村さんは分野は違えど基本中の基本です」と長年ベルリンを歩いてきた方ならではのことを書いてくださった。実はその後もいくつか似た依頼をいただいたが、そちらの建物は結局どうしても見つからず、とても残念だった。写真集『Hof ベルリンの記憶』の発売予定日は、当初の予定から遅れ、年明けの1月25日になったそうです。ベルリンの1つの文化遺産にもなり得る写真集を、皆さんにもじっくり見ていただきたいと思います。私も非常に楽しみです。

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by berlinHbf | 2010-12-16 12:15 | ベルリンを「読む」 | Comments(7)

橋口譲二『Hof ベルリンの記憶』とプレンツラウアー・ベルク(1)

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11月の半ば頃、写真家の橋口譲二さんからメールをいただいた。橋口さんの新しい写真集『Hof ベルリンの記憶』(岩波書店)の年内の発売が迫り、今回本に掲載されるある写真の現在の住所を調べてもらえないだろうか、という内容だった。メールに添付されていたのが上の写真(発売前にも関わらず掲載許可をくださった橋口さんには感謝申し上げます)。壁崩壊直後の90年代初頭、橋口さんがミッテやプレンツラウアー・ベルクを歩き回って撮影した膨大な写真の中の1枚で、凝った円柱が印象的なアルトバウのアパートが克明に記録されている。

橋口さんによると、シェーンハウザー・アレーのエバースヴァルダー通り駅の近くではないかとのこと。ある日の午後、U2のゼーネフェルダー広場から、シェンハウザー・アレーの左右を注視しながら北に歩いてみた。結局、北端のSバーンのシェーンハウザー・アレー駅まで歩き切ったが、件のアパートはついに見つからなかった。文化財としても価値あるこの古いアパートが取り壊されている可能性は少ないだろう。だが、プレンツラウアー・ベルクといえど広い。正直「これは結構な難題だな」と思った。

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「ひょっとしたらシュターガルダー通りかもしれません。これで見つからなかったら諦めましょう」という橋口さんからのメールを頼りに、その数日後、シェーンハウザー・アレーから東に延びるStargarder Straßeを歩いてみた。なるほど、確かにゲッセマネ教会の周辺など、壮麗なアパートが多く構えている。橋口さんの写真のコピーを見ては建物を見上げ、ということを繰り返しながらゆっくり歩いた。だが、似ている建物にはいくつか出会ったものの、先へ進むにつれ、建物の造りは次第に地味になっていった。

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このまままっすぐ歩いてもダメだと思い、右側のゼーネフェルダー通りへと折れてみた。そこですぐに出会ったのがこのアパート。円柱のある出っ張ったバルコニーが、橋口さんの写真のとよく似ている。ひょっとして・・・。が、ネオ・ルネサンス様式(?)の特色ある屋根の形がやはり違う。橋口さんが20年前に撮影したアパートに近づいているような、いやそうでもないような、漠然とした感覚を頼りにうろうろ先へと進んで行った。

(つづく)

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by berlinHbf | 2010-12-14 14:37 | ベルリンを「読む」 | Comments(2)

「1989年11月9日広場」の落成式

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「ベルリンの壁」崩壊の記念日というと、昨年の壁崩壊20周年のドミノ倒しの記憶が強い方は多いかもしれません。今年の11月9日は、大規模な催しこそ行われなかったものの、数あるベルリンの壁の追悼施設に新たな場所が加わりました。プレンツラウアー・ベルク地区のボルンホルマー通り検問所跡です。

1989年11月9日の21時20分頃、押し寄せた東独市民の波に抗えずに同検問所が開放され、彼らが西側になだれ込んだことが、この夜の壁崩壊の端緒となりました。約半世紀に及ぶ東西冷戦の終結をも告げた歴史的な場所が、あれから21年経ち、「1989年11月9日広場」という名前で記念碑と共に人々の記憶に留められることになったのです。

Sバーンのボルンホルマー通り駅の階段を上がり、ベーゼブリュッケと呼ばれる橋を渡ると、大通りの歩道スペースに大勢の人が集まっていました。北側一面には、かつて検問所で実際に使われていた壁の一部が並び、壁崩壊の日の熱気を生々しく伝える写真や資料が、大きなパネルで展示されています。また地面に目をやると、あの日に起きた出来事を表示するプレートが、時系列順にいくつも埋め込まれていることに気付くでしょう。

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右からヴォーヴェライトベルリン市長、神余駐ドイツ大使、旧東独の人権活動家エッペルマン氏

ベルリンのクラウス・ヴォーヴェライト市長はお昼の落成式で、「ドイツの分断の歴史はここでハッピーエンドを迎えた。あの夜、世界史を書き換えたのは、権力者ではなく東ドイツのごく普通の市民であり、心の中で制服を脱ぎ捨て、人間的に行動した人たちだった」とあいさつしました。同時に、ユダヤ人の商店やシナゴーグなどが破壊され、ホロコーストへの転換点となった事件、1938年11月9日の「水晶の夜」も、「われわれの記憶に留めなければならない」と語りました。

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「11月9日広場」に贈られた桜の木。壁沿いの桜は、毎年春になると花を咲かせ、ベルリンの人々の間にもすっかり定着した

「おや」と思ったのは、この式典に神余隆博駐ドイツ大使が招かれていたことです。テレビ朝日系列の「桜キャンペーン」をご存知でしょうか? 壁崩壊直後の1990年、テレビを通して視聴者から寄付金を募り、ベルリンの壁跡に沿って桜の苗木を植えるというキャンペーンが行われました。これまでに、すでに9000本以上もの桜の木が植えられたそうですが、今回「11月9日広場」に贈呈された23本の桜をもって、このキャンペーンも幕を閉じるそうです。ヴォーヴェライト市長は、「日本が長年に渡って贈ってくれた桜は、日本とベルリンの連帯を示すものだった」と大使に謝意を伝えていました。
ドイツニュースダイジェスト 12月3日)

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by berlinHbf | 2010-12-02 21:03 | ベルリン発掘(境界) | Comments(0)

街角スナップ - Eberswalder Straße -

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U Eberswalder Straße (2010.8.15)

外出する時にはいつもRICOHのGRをバッグに偲ばせておいて、街角で何かを感じた時、さっと取り出してカメラに収めるということをやっています。最近はモノクロ写真にも手を出すようになり、これから折に触れて、そんな何気ない街の風景をお届けしたいと思います。

今回は地下鉄U2のエバースヴァルダー・シュトラーセ駅のガード下にて。もうかなり前から、工事のため1つ手前のSenefelderplatzから北側へはバスによる代替輸送になっています。一体何の工事なのでしょうね。そしていつまで続くのか・・・ガード下は工事の資材などで雑然としており、カリーヴルストの有名な屋台「コノプケ」も、本来の場所から少し北側に移転中だそうです。

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by berlinHbf | 2010-08-22 23:53 | ベルリン発掘(東) | Comments(9)

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