ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
「素顔のベルリン」増補改訂版
¥1,680
ダイヤモンド社
(Amazon、全国各書店にて発売中)

本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

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豊富なビジュアルとドイツ語フレーズを楽しめる1冊。基本のあいさつ表現から、街にまつわるドイツ語豆知識まで、ガイドブックとともに旅に役立つ会話集です。




『素顔のベルリン 過去と未来が交錯する12のエリアガイド 』
¥1,575
ダイヤモンド社
(2009年発売)

地球の歩き方シリーズ初、待望のベルリンガイドブック誕生!比類なき歴史を抱えつつ、明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。「ドイツで最もドイツらしくない」といわれるこの町の知られざる魅力を、現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介。


現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

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タグ:時事(Aktuell) ( 107 ) タグの人気記事

ホテル・ボゴタ 最後の記録(1)〜重層的な時間を持つ空間

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Hotel Bogota (2013-11-27)

Hotel Bogota、このホテルの名前を最初に知ったのは写真家橋口譲二さんのHPにある「橋口便り」でだったと思う。2004年頃、橋口さんはクーダムから一歩入った通りにあるこのホテルに泊まりながら制作活動をされていた。橋口さんがボゴタについて記している箇所を読んで、私はこのホテルの存在が気になるようになった。当時橋口さんが書かれている日記の中から、少し引用させていただく。
一言でHotel Bogotaのことを語るのは難しいですが、ホテル全体が文化の香りに包まれていて、そこに居るだけで創造する力がこみ上げて来るような空間です。ベルリンに出かける予定のある方は是非一度Hotel Bogotaにも立ち寄ってみて下さい。さまざまな形で表現されたものが廊下やエントランスに掛けてあるというだけではなく、ホテルが公の場だということが良く分かると思います。ベルリンにあるホテルではなく、Hotel Bogotaのあるベルリンです。
(2004年12月21日)
旅の心得ですが、いいホテルの一番安い部屋を利用するのも、一つですよ。なぜならサービスと空間利用は安い部屋でも変わらないからです。アメリカ式高級ホテルには無い品がボゴタにはあります。アメリカ的文化には、これからいくらでも触れる機会があると思いますが、ボゴタみたいなホテルはそんなに探しても見つかるものではないのと、重層的な時間を持った空間はいくら資本を用意しても作れないからです。
(2005年1月5日)
私が初めてこのホテルの中に入ったのは、2009年春『素顔のベルリン』の取材でだったと思う。オーナーのリスマンさんに中を案内していただき、橋口さんが語るところの「重層的な時間を持った空間」に感動した。その年の暮、日独センターでの講演会で橋口さんとお目にかかる機会があり、直後にボゴタの中を案内していただいた。朝食ルームの大きな柱時計と一緒に写真を撮らせていただいたりもした。

関連記事:
橋口譲二さんが案内するホテル・ボゴタ (2010-01-27)

こんなご縁から、橋口さんが関わっておられるホテル・ボゴタでの展覧会の準備のお手伝いをさせていただくことになった。「異変」に気付いたのは、今年3月末宗美香子さんでのオープニングでリスマンさんが珍しく長い挨拶をされたときのことだ。ホテルの経営状況がよくないこと、ホテルでのアート活動の将来も不透明であることを話された。その2ヶ月ぐらい後、ホテル・ボゴタ廃業の危機のニュースがTagesspiegel紙を中心に連日賑わすようになった。私もその問題を取り上げたけれど、署名活動などの動きも空しく、ホテルの廃業が決まってしまった(これを書いている本日12月1日は20時までオープンデー。ホテルとして完全な状態で中に入ることのできる最後の機会となる)。

関連記事:
ホテル・ボゴタ終焉の危機 (2013-07-06)

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数日前、自宅から約20分の距離にあるボゴタに泊まりに行った。実は夏にも一度泊まっているのだが、私たちにとってもこれが最後の機会。かつてボゴタに泊まったことがありこのホテルに愛着をお持ちの方や、今回ベルリン行きが都合により叶わなくなった橋口さんのためにも、このホテルの最後の記録をここに残そうと思った。まずは、ドアから入ったところにあるレセプションの様子から。受付を済ませると、大きな鍵を受け取る。

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そこを進むと、ソファが置かれたロビーがある。左側は階段とエレベーター。奥に行ってみよう。

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この部屋はPhotoplatzと呼ばれ、いつも写真が空間を彩っている。ここで定期的に写真展が行われてきた。その奥が朝食ルームとなる。

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ロビーの反対側。大きな鏡の向こうにKabinettと呼ばれる私の好きな部屋がある。

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奥にある、時代がかった電話ボックス。

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ずっしりと重い黒電話を手に取るのはいつ以来だろう。受話器を耳に当ててみたら、「ツー」という音が聞こえてきた。今も現役で使われていたのだ。

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22時を過ぎると、奥のPhotoplatzは照明が落とされる。

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Kabinettはグリーンを貴重とした内装。

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初めてオーナーのリスマンさんにホテルを案内していただいたとき、かつてこの部屋でベニー・グッドマンがクラリネットを演奏したという話を伺った。

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Kabinettではつい最近展示が始まったヌード写真が飾られていた。ここのホテルで撮影されたもののようだ。ホテル・ボゴタのアートを大切にする姿勢は最後まで変わらなかった。

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次回は上の階をご案内します。

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本日12月1日のオープンデーの案内(Hotel BogotaのHPより)
ホテル内の調度品やアート作品は競売に掛けられるそうです。

Am 01.12.2013 wird von 12:00 – 20:00 Uhr ein Tag der offenen Türen stattfinden. Dort können bei Kaffee, Kuchen, Sekt, … die Räume des Hauses begangen werden.
Es findet kein sofortiger Verkauf statt, sondern alle Besucher können sich alles in Ruhe ansehen, niemand muß Angst haben, „ es wäre schon alles verkauft“, wenn er zu spät kommt.
by berlinHbf | 2013-12-01 13:15 | ベルリン発掘(西) | Comments(9)

「水晶の夜」事件から75年

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Tauentzienstr. (2013-11-08)

昨日の夕方、クーダムから伸びるタウエンツィエン通りを歩いていたら、いくつもの商店のショーウィンドウに、割れたガラスをモチーフにした透明のシールが貼られているのに気付きました。

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このことを今日ブログで紹介しようと思っていたのですが、早速時事通信が報じていました。

反ユダヤ暴動を再現=「水晶の夜」から75年―ドイツ
時事通信 11月9日(土)16時25分配信
 【ベルリン時事】ドイツでナチス政権下の1938年に反ユダヤ主義暴動「水晶の夜」が発生してから75年となる9日、ベルリン中心部の商店や飲食店のショーウインドーに、ガラスが割れたように見える粘着シートが貼り付けられた。惨状を再現することで、市民が一丸となって差別や偏見に立ち向かう姿勢を示すのが狙いで、国内最大の高級デパート「カーデーウェー」など約140店が参加した。
 38年11月にフランス滞在中のユダヤ人青年が在仏ドイツ大使館の書記官を殺害したのをきっかけに、ナチス支持者が9日夜から10日にかけ、ドイツ全土でユダヤ人商店を襲撃し、シナゴーグ(ユダヤ教礼拝所)を焼き打ちした。割れたガラスが月明かりに照らされてきらめいた様子から、事件は「水晶の夜」と呼ばれる。事件後、ユダヤ人約3万人が強制収容所に送られた。
 粘着シートが貼られたのは、ベルリンの中でも特に被害が大きかったクーダム通りやアレクサンダー広場など3地区の店舗。主催団体の担当者は「恐ろしい時代に対する若い世代の関心と理解を深めたい」と話す。 

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これは先月、ベルリン大聖堂の前の様子。いずれも、2013年のベルリン市のイヤーズ・テーマ「破壊された多様性」として行われているもので、「水晶の夜」75周年の今週末は特に多くの行事が行われるようです。

関連記事:
「破壊された多様性」について考える年 (2013-05-26)

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今、地下鉄の駅でよくこのような大きなポスターを見かけます。"Vielfalt ist Freiheit"(多様性とは自由)と書かれています。ポスターの情報によると、今日の15時「赤の市庁舎」前からスタートして「つまづきの石」を掃除しながら散歩するという行事が行われます。明日10日の17時からはブランデンブルク門前でも大きなイベントが行われるそう(若者たちが作った映画の紹介、インゲ・ドイッチュクローンさんら生存者の証言、ヴァイオリンのダニエル・ホープの演奏など)。詳しくはこちらにて。

関連記事:
アウシュヴィッツへの旅(5)-「つまずきの石」ドキュメント(上)- (2008-02-22) 
アウシュヴィッツへの旅(6)-「つまずきの石」ドキュメント(下)- (2008-02-27)

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久々に歩いたクーダム。かれこれ3年以上修復工事中だったカイザー・ヴィルヘルム記念教会の屋根部分が、ようやく顔を覗かせています。

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昨夜はコンツェルトハウスで、バーンスタインとマーラーの演奏会を聴きました(奇しくも両方ユダヤ系の作曲家ですね)。ジャンダルメンマルクトの広場では、大きなクリスマスツリーの上でイルミネーションの取り付け作業が行われていました。
by berlinHbf | 2013-11-09 12:23 | ベルリンのいま | Comments(0)

ホテル・ボゴタ終焉の危機

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ホテル・ボゴタの重厚なロビー (2013-03)

現在、ベルリン西地区の目抜き通り「クーダム」ことクアフュルステンダムを歩いていると、周辺一帯が急激な変化の渦中にあるのを実感します。昨年、ツォー駅近くに高層ビルが完成し、5つ星ホテル「ヴァルドルフ・アストリア」が開業。また5月にはウーラント通り駅前に欧州最大規模の「アップルストア」がオープンし、話題を呼びました。しかし、急激な資本の流入による街の変化には、必ず影の側面が伴います。「ホテル・ボゴタ」廃業危機のニュースは、このホテルのファンだけでなく、少なからぬ市民にも衝撃を与えました。

クーダムから一歩入ったシュリューター通りにあるホテル・ボゴタは、1964年から3世代にわたって家族で営まれている瀟洒なホテル。単に歴史ある宿というだけではなく、戦前は若き日のヘルムート・ニュートンがこの中のアトリエで修行を積み、戦後直後は非ナチ化審議の舞台として指揮者フルトヴェングラーがこの場に立つなど、ベルリンのいくつもの歴史を物語る場所です。私自身、このホテルに初めて入ったとき、重厚なロビーの雰囲気だけで圧倒されたのを覚えています。

関連記事:
橋口譲二さんが案内するホテル・ボゴタ (2010-01-27)

しかし、5月頭に地元紙が報じた内容によると、「宿泊費は20年前と変わらないが、建物の家賃は年々上がる一方」(支配人のヨハヒム・リスマン氏)という状況や、近年のホテル間の競争の激化による予約数の減少などから、数カ月前からホテル側が家賃支払い不能に陥り、建物の所有主から10月下旬の退去通告を命じられているとのこと。所有主の意向では、改装の後、オフィスや商店が入居する予定といいます。

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中庭空間に展示中の末宗美香子さんの作品

地元紙、特にターゲスシュピーゲル紙が繰り返し報道した反響は大きく、公開討論の場が設けられ、廃業阻止のための署名活動も起こっています。このホテルが地元の人々にも愛されてきたのは、開かれた文化の場という側面があってのこと。芸術に造詣の深いリスマン氏の意向で地上階は写真展示の場になっており、朗読会やジャズのコンサートも定期的に開かれています。現在、吹き抜けの中庭を彩っているのは、日本人作家の末宗美香子さんの作品。宿泊客でなくても、見学はいつでも可能です。

厳しい状況ではあるものの、まだ100%廃業が決定したわけではありません。ベルリンに来られる際は、ぜひ一度ホテル・ボゴタにお泊まりになってはいかがでしょう。豪華ホテルではありませんが、旅の記憶にきっと残る愛すべき宿です。クーダムからまた1つ、文化の灯火が消えないことを願いつつ……。www.bogota.de
ドイツニュースダイジェスト 7月5日)

関連リンクをいくつかご紹介します:

HOTEL BOGOTA署名活動のサイト(日本からでもご参加できます。もしよろしかったらご協力ください)
https://www.openpetition.de/petition/online/das-hotel-bogota-soll-leben

橋口便り(写真家橋口譲二さんのHP)
http://www.apocc.org/hashiguchi-berlindiary.htm

BZ
Traditions-Hotel Bogota steht vor dem Aus (2013-05-04)

Berliner Zeitung
HOTEL BOGOTÁ: Rabatz im Kiez des alten und des neuen Geldes (2013-06-17)

Der Tagesspiegel
Bogota darf nicht sterben! (2013-06-03)
Berlin ist nicht Bogota (2013-06-08)
Vom Hotel Bogota zur East Side Gallery: Das einmalige Berlin verschwindet (2013-06-09)
Hotel Bogota vor dem Aus: Jetzt will der Bezirksbürgermeister vermitteln (2013-06-21)
Gutachter warnt vor größeren Umbauten im Hotel Bogota (2013-06-26)
by berlinHbf | 2013-07-06 13:20 | ベルリンのいま | Comments(6)

「破壊された多様性」について考える年

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ポツダム広場に設置された「破壊された多様性」の展示

今年に入ってベルリンへ来られた方は、街の多くの場所で赤と黒を基調としたインパクトの強い展示ポスターをご覧になったことがあるのではないでしょうか? そこには必ずこう記されています。「Zerstörte Vielfalt(破壊された多様性)Berlin 1933-1938-1945」と。

今年は、ヒトラー率いるナチスが1933年1月30日に政権を握ってからちょうど80年、さらに1938年11月9日、ユダヤ人の商店やシナゴーグが焼き討ちにあった、いわゆる「水晶の夜」事件から75年という節目の年に当たります。

この2つの出来事は、それまでのベルリンを特徴付けていた豊かな多様性が破壊されていく決定的な要因となりました。そこでベルリン市は、「破壊された多様性」を2013年のイヤーズ・テーマに定め、博物館や大学、教会、劇場、ユダヤ人協会などで、多くの関連行事が開催されることになったのです。

その主眼は、ナチスの台頭以前、ベルリンの多様な文化世界に貢献していたジャーナリストや芸術家、学者、商人、労働者といった人々に焦点を当て、彼らへのその後の迫害が何を意味したのかを問うことです。街中に置かれた赤と黒のポスターによる展示もその1つで、例えば劇作家のブレヒト、物理学者のアインシュタイン、核分裂の発見に寄与したマイトナーら著名人から、1920年代のベルリンで活躍したダンサーやデパート経営者といった人々の歩みが紹介されていました。

先日、ナチス時代にゲシュタポの本部があった「テロのトポグラフィー」記録センターでの特別展「ベルリン1933――独裁制への道」に足を運ぶ機会がありました。ナチスがこの年のわずか半年の間に権力を「合法的」に掌握し得たのは、国民の圧倒的な支持があったからこそ、ということがよくわかる展示になっており、それゆえの恐ろしさも感じました。

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「テロのトポグラフィー」の特別展「ベルリン1933――独裁制への道」。5月からは内容を拡大し、野外で展示

現在のベルリンは、再び自由な空気を謳歌しているように見えます。世界中の人を引き付けるのも、それゆえなのでしょう。しかし、このイヤーズ・テーマのプログラムの前文には、あえてこのように書かれていました。「2013年の今、ナチスによって破壊された多様性を心に刻むことの意義は、私たちが誇るべきベルリンの新しい多様性が決して自明のものではなく、このオープンな心や寛容さ、多面性が大切にされ、常に新しく獲得され直さなければならないものなのだと意識することにもある」。

社会の変化から何かを感じ取ること、煽動政治家の発言に流されないこと、歴史に学ぶこと。それは決して過去のドイツだけの問題ではないと思います。詳細情報は、www.berlin.de/2013より。
ドイツニュースダイジェスト 5月17日)
by berlinHbf | 2013-05-26 01:41 | ベルリンのいま | Comments(5)

東日本大震災から2周年を迎えて

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ポツダム広場まで行進した「さよなら原子力ベルリン」のデモの様子

東日本大震災から2周年を迎えた週末にかけて、ベルリンでは多くの関連行事が開催されました。私が取材した中から、2つの行事をご紹介したいと思います。

3月9日の昼に、ブランデンブルク門に面したパリ広場で「さよなら原子力ベルリン」の集会とデモが行われました。これは在ベルリンの若い日本人が中心となって企画したもの。あいにくの冷え込んだ天気となりましたが、日本とドイツを中心とした様々な世代の人々が集まりました。

主催者の1人である塚本晶子さんの挨拶の後、放射能専門家で専門情報誌「Strahlentelex」の編集者トーマス・デアゼー氏、震災後、福島からベルリンに移住してきた美容師の香川智之さんらがスピーチを行い、合間に原発への批判的なメッセージを込めた歌やダンスが披露されました。

その後、一団はポツダム広場までデモ行進し、広場ではライプツィヒ大学東アジア研究所の小林敏明教授の音頭で「原発反対」「自然を返せ」「子どもを守れ」の日本語のフレーズを何度も叫び、熱気が高まりました。

この翌日には「アンチ・アトム・ベルリン」主催のデモも行われましたが、原発に異議を唱える気持ちは同じでも、ドイツ人と原発事故の直接の当事者である日本人の間では、共有できる部分に時折「ズレ」が生じます。170人前後のデモでしたが、ベルリン在住の若い日本人からこのような声が上がったのは意義のあることだったと思います。最後は参加者全員で「ふるさと」を歌いました。

3月11日には、ベルリン日独センターで復興祈念の集い「復興への道のり」が開催され、最初に日本から招かれた阪口進一復興庁参事官が「震災復興の現況報告」というテーマで講演を行ったのですが、何か違和感を覚え、私の心はざわつきました。日本の技術力により、被害をいかに止められたか、被災地が順調に復興に向かっているかといったポジティブな内容に終始し、今なお不自由な生活を強いられている人の実情が具体的に伝わってこなかったからです。

その後の質疑応答では、ドイツ人の聴衆から日本政府の原発の方針についての厳しい質問が飛んだほか、気仙沼出身でベルリン在住の若い女性が、「仮設住宅1つを取っても、抽選に漏れた人、親戚宅に居候している人、自費でアパートを借りている人などさまざまな状況があること」を切々と語りました。省庁の淡々とした報告と被災地の叫びとの間に、どれほどの温度差があるのか、多くの聴衆が感じた瞬間だったと思います。改めて自分の中で、「3.11」について考える良い機会となりました。

東北の被災地を度々訪れている日本在住の友人が、最近このように記していました。「立ち上がり歩み始めるいくつもの姿があり、希望さえ奪われたままのいくつもの日々があります。もう2年、まだ2年です」。

被災地の現状を実感した一方で、「復興への道のり」の最後には、ベルリン独日協会を中心とした支援により建てられた陸前高田市の「ベルリンハウス」や、NPO団体「絆・ベルリン」と被災地との交流活動について、報告が行われました。このように、被災地の人々と喜びを共有できる機会も今後少しずつ増えていけば、と切に願った次第です。
ドイツニュースダイジェスト 4月19日)
by berlinHbf | 2013-04-21 15:49 | ベルリンのいま | Comments(0)

発掘の散歩術(33) -イーストサイドギャラリーの行方は?-

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高級アパートの建設が予定されているイーストサイドギャラリーの一角。立ち入り禁止のフェンスをものともせず、人々は散歩していた

3月1日の午前8時半頃だったという。イーストサイドギャラリーの脇に前日から置かれていたショベルカーが、かつてのベルリンの壁の1ブロックを持ち上げた。その時点ではごく限られた数の活動家しか現場にいなかったが、やがて反対デモのために集まった人々と警察との間で罵声が飛び交い、騒然とした雰囲気に包まれたという。結局、解体工事は中断。その週末の反対集会には6000人もの市民が集結し、大きなニュースになった。ご存知の方も多いだろう。

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1945年に爆破されたブロミー橋(Brommybrücke)の残骸。再建が予定されている(2009年4月撮影)

23年前は歓喜で満たされた壁の撤去作業だが、2013年の今回、人々は怒りといら立ちを持って注視している。それは、イーストサイドギャラリーのすぐ裏手に、高さ64メートルの高級アパートやシュプレー川に架かる歩道橋を建てる目的で、今や残り少ない壁の遺構から23メートルを撤去するという計画のためである。

デモから3日後、気持ちのいい天気に誘われて、久々にオーバーバウム橋の側からイーストサイドギャラリーの端まで歩いてみようと思った。壁に描かれた絵の前で写真を撮っている人の大部分は外国からの観光客。壁崩壊20周年の2009年にほぼすべての絵が新たに描き直されたが、落書きの度合いは年々ひどくなっており、もはやオリジナルの状態を留めていないものさえある。壁のあった過去に想いを寄せる雰囲気ではないけれど、それでも壁を見たくて今も世界中から人が集まって来る。

川に面した壁の裏側(かつての緩衝地帯)は、この数年で芝生が整備された。西日を浴びたオーバーバウム橋を黄色の地下鉄がゆっくりと渡り始めた。それを背景に人々がくつろいでいて、歩きながらすがすがしい気分になる。

そののどかな散歩道が、金網のフェンスによって突然終わりを告げられる。ここからが問題の箇所だ。再度正面に戻って、壁が解体された現場の前に立ってみた。

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怒りのスローガンや殴り書きがそこかしこに見られ、壁にはまだ生々しい体温が残っている気がした。市民の怒りの矛先は、建物の投機会社よりも、それを認めた行政に対して大きく向けられている。例えば、地元のフリードリヒスハイン・クロイツベルク地区のシュルツ区長は、昨年アパートの建設と壁の移設を認める投機会社との間の契約書に自らサインをしている。さらに言えば、2008年の時点で、区は建設プランに対して許可を与えていたのだ。

地元紙の投書欄にはこんな声が並ぶ。「またもベルリンは個人投資家に身売りした。責任は政治家にある」「結局は金なのか」「唯一無二の歴史の証拠の前に、高級アパートも橋も建てるべきではない」

もともとシュプレー川周辺の再開発計画「メディア・シュプレー」には地元民の過半数が反対している。投機ブームと社会問題にもなっているここ数年の家賃の高騰。自分たちのキーツに愛着を持つ人々にとっては、もはや許せる事態ではないのだ。

ただのコンクリートの撤去ではない。歴史を市場主義の論理に照らして売り払うことの危険性に今、多くの市民が勘付いている。
ドイツニュースダイジェスト 4月5日)


Information
イーストサイドギャラリー 
East Side Gallery


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シュプレー川沿いのミューレン通りに1300メートルに渡って続く、現存する最長のベルリンの壁。壁崩壊直後の1990年、21カ国118人のアーティストが壁に沿って絵を描き、やがて世界最長のオープンギャラリーとして保存されることになった。中でも、旧ソ連のブレジネフ、旧東独のホーネッカーの両書記長がキスをする「兄弟キス」の絵はよく知られている。

住所:Mühlenstraße, 10243 Berlin
URL:www.eastsidegallery-berlin.de


ヤーム 
Yaam


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東駅近くの「ヤーム」。このような自由なスペースが急速に姿を消しつつある

イーストサイドギャラリーの北端、東駅目の前に位置するクラブ/バー。YAAMとはYoung African Arts Marketの略で、アフロ・カリビアンの文化紹介と交流を目的とするプロジェクトとして1990年代にスタートした。5月から9月にかけては、バレーコート付きのビーチバーとして旅行者にも愛されている。今後予定される再開発の関係で、現在の場所に留まるかどうかは未知数のまま。

住所:Stralauer Platz 35, 10243 Berlin
電話番号:(030)6151354
URL:www.yaam.de
by berlinHbf | 2013-04-05 20:10 | ベルリンのいま | Comments(4)

驚きのトンネル強盗事件の行方は?

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銀行強盗に使われたトンネルの様子を地元紙が初公開。容疑者の顔写真も

つい先日、新聞に地下トンネルらしき写真が大きく掲載されました。厚さ50センチはありそうなコンクリートの壁をくり抜いた穴の向こうに、トンネルが奥へと続いています。天井を木の柱で補強するなど本格的な造り。一見して、素人が簡単に真似できるようなものではないことがわかります。

実はこれ、ベルリンのシュテーグリッツ地区で先月起きた銀行強盗に使われたトンネルなのです。犯人はフォルクス銀行の反対側の通りにある地下駐車場のスペースを偽名で借り、そこから45メートルもの長さを掘って、銀行の地下金庫室に到達したというのですから驚くほかありません。

犯行は1月14日の未明に実行され、早朝に付近住民が駐車場の煙に気付き、消防署に通報したことで事件が明るみになりました。犯人は痕跡を消すために火を放ったのですが、その時すでに(1600のうち309の)貸金庫を荒らして逃亡。被害額は明らかにされていません。

この駐車場は他の駐車スペースが見えにくい構造になっており、犯人は土木作業員を装っていたといいます。しかし、これほど大掛かりな採掘作業が数ヶ月に渡って行われていたにも関わらず、誰も気付かなかったというのは実に不思議。

ベルリンの地下トンネルというと、壁のあった時代、東から西への逃亡のために掘られたものが有名で、映画化もされています。そんなまさに「映画のような」今回の銀行強盗劇。トンネルの天井の柱を支えるために使われた木の補強材が、ドイツでは売られていないタイプのため、警察は犯人の来歴を含め調査を続けています。果たして犯人は捕まるのか。ベルリンの人々も驚くやら呆れるやらで、事件の行方を見守っています。
はまかぜ新聞 2月8日)


あれから1ヶ月半が経ちますが、2月頭に「現場に残された犯人のDNAが有力な手がかりに」というニュースが報じられて以来、目立った動きは見られません。トンネル事件解決の「出口」が早く見えることを願いたいです。

関連記事:
隠しトンネル、銀行強奪 ベルリン 数カ月かけ掘り痕跡残さず逃走(SankeiBiz)
by berlinHbf | 2013-02-25 23:57 | ベルリンのいま | Comments(8)

パノラマで体感する「ベルリンの壁」

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パノラマ館の外観。展示期間は2013年末までの予定

かつて東西の国境検問所があったチェックポイント・チャーリーの跡地は、年間を通して多くの観光客が訪れる場所。昨年秋からここで、ベルリンの壁をテーマにしたパノラマ展「Die Mauer(壁)」が開催され、話題を呼んでいます。

制作したのは建築家でアーティストのヤデガール・アッシジ。アッシジといえば、一昨年秋にペルガモン博物館の前で行われた特別展「ペルガモン―古代首都のパノラマ」を当レポートでご紹介していますが(そのときの記事はこちら)、あのときと同じく、ガスタンクを思わせる高さ18メートルの円柱の塔が会場です。

暗闇の中を入っていくと、J・F・ケネディーやヴァルター・ウルブリヒトといった冷戦時代の政治家たちの有名な演説が聞こえてきます。そして徐々に明るくなり、目の前に壁の風景が現れました。1980年代のクロイツベルク地区、ゼバスティアン通りとルッカウアー通りの角にある架空の工事現場から東ベルリンを眺めているという設定です。

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高さ15メートル、幅60メートルのサイズで再現されたパノラマ
© asisi


雲が重くたれ込める秋の日、左側のアパートのすぐ目の前にまで立ちはだかっている壁。グラフィティーを描く人や記念撮影をする観光客の姿が見え、その向こう側には東側の広大な緩衝地帯が広がります。人の気配がほとんど感じられない中、監視塔の国境警備兵が双眼鏡でこちら側を覗き、緩衝地帯に取り残された1軒のアパートには人影が。自分の意志では決して来られない西側を目の前にして、あの人は一体どんな思いで「こちら」を眺めているのか……。

原寸大で再現された風景だけに、そのリアル感は相当なもの。しかし、写真で知る当時の風景とは微妙に違うことに気付きました。アッシジの説明によると、「当時の生活の表情をできるだけ多く見せるため、歴史的に完全な形で再現することにはこだわらなかった」。パノラマの左側半分が実際の風景を忠実に再現しているのに対し、右側半分は視界の邪魔になる建物を取り除き、代わりに当時この地区で一般的に見られた不法占拠のアパートを置くなど工夫。パンクスや街角のインビスなど、細かいディテールまで観察のし甲斐がありました。

壁があった時代の日常。それは、現在のベルリンの姿しか知らない人にとってはあまりに異常な風景です。しかし80年代当時、このパノラマで描かれた界隈に実際に住んでいたアッシジは語ります。「当時は壁のある生活が当たり前で、人間はあんな状況にも慣れてしまうものだ。でも、いつどこでそれが再び起こらないとは限らない」。

現在のチェックポイント・チャーリーはすっかり観光地化しているため、少しでも壁があった時代の空気を感じてみたいという方にお勧めのスポットです。

Die Mauerのオープン:毎日10:00~18:00
入場料:10ユーロ(割引8,5ユーロ)
www.asisi.de
ドイツニュースダイジェスト 2月15日)


関連記事:
ヴァルデマー通りの壁 - 天使の降りた場所(19) - (2007-02-01)
(ゼバスティアン通りとルッカウアー通りの角の風景。2006年に撮った写真ですが、あれから新しいアパートがどんどん建ち並び、壁跡としての面影はほとんどなくなってしまいました)
by berlinHbf | 2013-02-15 00:53 | ベルリン発掘(境界) | Comments(3)

ベルリンの工事ラッシュと「ちいさいおうち」

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Potsdamer Platz (2012-08-20)

この4週間はなんだかとても忙しく、今日から10月というのにあまり実感が沸きません。9月はポーランドとエストニアに取材で出かける機会があったのですが、ベルリンに戻ってきてつくづく感じるのは、この街の工事現場の数の多さです。ひょっとしたら自分がベルリンに来てから一番の建設ラッシュなのでは?と思うほど。この夏に撮った写真をここでいくつかご紹介します。最初は、ポツダム広場のコルホフ・タワーの上からの1枚。ライプツィヒ広場の旧ヴェルトハイム百貨店跡地の建設現場です。

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Unter den Linden (2012-07-26)

ウンター・デン・リンデンとフリードリヒ・シュトラーセが交差するあたりは、新しい地下鉄駅の工事で、足の踏み場もないほど。あちこちでどっかんどっかんやっています。U6のFranzösische Str.とFriedrichstr.の間は、6月末から16ヶ月に及ぶ工事のため分断中。乗客はこの1駅間を歩かなければなりません。2019年開業予定の地下鉄U55の工事のため、ウンター・デン・リンデンは片側通行のところが多くなっています。

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今度はフリードリヒ・シュトラーセから中央駅の方面に電車に乗ってみましょう。今まで空き地だったところが、急速にその姿を変えつつあります。議員図書館のあるMarie-Elisabeth-Lüders-Hausの裏手、場所からいってもおそらく連邦政府関係の建物が建てられるのでしょうか。

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そこを越えると、電車は右手に大きくカーブします。正面にガラス張りの中央駅がよく見渡せるポイントだったのですが、ここも間もなくビルが建ちます。

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数年前までここは、Bundespressestrandという砂が敷き詰められたビーチバーで、車窓からもそののんびりした光景が見えたのですが、それももう過去のこと。ここには連邦教育・研究省のビルが建てられるそうです。

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中央駅を過ぎてすぐ、次なる大工事現場が見えてきます。ここには昔、レーター駅の貨物駅がありました。現在、連邦内務省の新しいビルが造られています。電車がこの箇所に来るとつい視線が行ってしまうのが左手の小さな建物。この辺りでは第2次世界大戦で唯一爆撃を逃れた建物で、現在は「Paris-Moskau」というレストランになっています(拙著『素顔のベルリン』のP81に掲載)。

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この小さな建物は文化財になっているので、幸い解体せずに残しておくみたいです。もともとぽつんと建っていた家の周囲が、にわかに騒がしくなっています。こんなに地中深く掘って、あの家が転げ落ちてしまわないかちょっとハラハラしたり(笑)。幼い頃に読んだ「ちいさいおうち」という絵本を思い出します。

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電車は西へと走り続け、「ちいさいおうち」はあっという間に視界の隅に消えようとしています。絵本では、文明化の波にさらされたちいさいおうちは最後田舎に越しますが、ベルリンの建設ラッシュの果てには何が待っているのでしょうか。

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by berlinHbf | 2012-10-01 13:21 | ベルリン中央駅 | Comments(2)

ベルリンに秋葉原が出現!

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見本市「YOU」の中のAKIBA@DE秋葉原のブース

6月8~10日、ベルリンのメッセ会場で見本市「YOU」が開催されました。YOUは1996年にドルトムントで始まった14~22歳の若者向けのトレンドメッセで、音楽、スポーツ、ライフスタイル、教育の4つのセクターから成っています。会期中は約14万人が訪れるなど、この種の見本市としては欧州で最大規模なのだそうです。

今年のYOUの特徴は、ライフスタイル内にアジア・エリアが設けられ、多くのブースが並んでいたこと。「マンガ、アニメ、スシはこちらでもよく紹介されますが、寿司以外の食文化や語学、伝統文化も含めて、ヨーロッパの若者にもっと日本のことを紹介したいと思っていました」と、主催者であるベルリン見本市会社のマライケ・ランツさんは説明します。

中でも目立っていたのが、AKIBA@DE秋葉原と大きく書かれた奇抜なブース。これは、東京・葛飾のシン・ネットワーク社がメイン出展して作られたものです。実行委員会の多賀信樹さん(デュッセルドルフ在住)は、「ポップカルチャーも含め、今の日本の生活文化を日本人の手で紹介したい。その際、われわれの出展のイメージをはっきりさせるために、外国人にとっても重要な観光スポットとなっている秋葉原を全面に出そうと思いました」と語ります。

浴衣の試着コーナーはドイツ人にも好評だったそうで、デュッセルドルフで活動しているアーティストたちによる現代アートの作品も並んでいました。

メイド服を着て手拭いを売る若い女性に話し掛けてみると、日本人かと思いきや内モンゴル出身で、現在はエッセンでドイツ語と日本語を勉強しているという鄭北婷さんでした。漫画『SLAM DUNK』を読んで日本文化に興味を持ったという彼女。「あ、これはメイド服ではなくて、ゴスロリ(ゴシック&ロリータ・ファッションの略称)ですよ」と流暢な日本語で指摘されたものの、私には何のことかさっぱりわからなかったことを告白しておきます。東京発のポップカルチャーが、今や海を越えて広まっていることを実感しました。

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手拭いを売る女性2人。右が鄭北婷さん

最終日は、東京からラーメン屋「豚とこむぎ」、パリからはコスプレお好み焼き屋「お好み娘」がそれぞれの名物をふるまい、こちらも好評だったとか。前述のランツさんは、「来年はぜひ、ここで弁当講座を開きたいですね」と意気込んでいました。
ドイツニュースダイジェスト 7月13日)

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by berlinHbf | 2012-07-14 13:07 | ベルリンのいま | Comments(0)

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