ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
「素顔のベルリン」増補改訂版
¥1,680
ダイヤモンド社
(Amazon、全国各書店にて発売中)

本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

Amazonにてネット購入ができます。



『街歩きのドイツ語 』
¥1,575
三修社

豊富なビジュアルとドイツ語フレーズを楽しめる1冊。基本のあいさつ表現から、街にまつわるドイツ語豆知識まで、ガイドブックとともに旅に役立つ会話集です。




『素顔のベルリン 過去と未来が交錯する12のエリアガイド 』
¥1,575
ダイヤモンド社
(2009年発売)

地球の歩き方シリーズ初、待望のベルリンガイドブック誕生!比類なき歴史を抱えつつ、明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。「ドイツで最もドイツらしくない」といわれるこの町の知られざる魅力を、現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介。


現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

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発掘の散歩術(58) - Sバーン博物館でノスタルジーに浸る -

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Berliner S-Bahn Museum (2015-04)

日々移り変わるベルリンに15年近く住んでいると、いつの間にか消えてしまったものへのノスタルジーが募るときがある。私の場合、その1つが古いSバーンだ。私がベルリンに来た当初、独特の唸り声を立てて走る旧型のSバーンがまだわずかながら走っていた。開閉するときのドアの取っ手の重かったこと。内装の壁と座席は木製で、車内に入ると木目が醸し出す温かい雰囲気に気持ちがほころんだ。

2003年にこの電車が突如姿を消した後、477型と呼ばれるこの車両が1935年に製造されていたことを知った。ナチスの時代もベルリン・オリンピックも経験した電車が、21世紀になっても現役で走っていたのだ。その意味を思うと、「もっと味わって乗っておくのだった!」と私は後悔したが、時すでに遅し。あの懐かしい電車は、記憶の彼方へと旅立ってしまった。

そんなSバーンの博物館がベルリンの郊外にある。冬期以外の毎月2日間しかオープンしていないため、今回ようやく日程を合わせて訪ねることができた。ベルリン市をわずかに外れたSバーンのグリープニッツゼー駅で降り、表示に従って歩いて行くと、昔の信号扱い所だった建物を利用した博物館が見えてきた。

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グリープニッツゼー駅に面したSバーン博物館

細い階段を上って行くと、文字通りの「鉄(テツ)」の匂いが立ち込めてくる。以前、本コラム(第973号、2014年3月7日発行)でご紹介したベルリン地下鉄博物館を思い出した。窓口で硬券の入場券を買って中に入ると、壁にはSバーンの緑色の看板や駅名のプレートがぎっしり飾られ、奥にはあの懐かしい電車の姿もあった。

関連記事:

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実物に触れられる運転台は子どもにも人気

同じベルリンにあっても、Sバーンが地下鉄と異なるのは、その錯綜した歴史背景ゆえだろう。第2次世界大戦後、ドイツ、そして首都ベルリンは連合国の占領下に置かれたが、連合国の命でSバーンは一括して東独の国営鉄道であるライヒスバーンの管轄下に置かれた。東西どちらを走ろうが、である。1961年に壁の建設が始まると、西側のSバーンの利用者は激減した。どれだけ乗っても、収益は東側に流れたからだ。館内には、分断時代のSバーンの映像や写真が多く展示されていた。そこに見られる廃墟のような駅舎や保線状態の悪さが想像できる線路……。Sバーンこそは、西側にある東の世界だった。戦前の電車が世紀をまたいでも走り続けたのは、このような特殊な背景があったからにほかならない。この博物館のすぐ近くにあった壁を越えて、Sバーンがベルリンからポツダムまで再び走るようになったのは、東西統一後の1992年のことだ。

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博物館に保存された電車のあの木製の椅子に座り、しばし思い出に浸った後、グリープニッツゼーの駅に戻る。目の前には同名の湖が広がり、高級住宅が立ち並ぶ。1945年7月、トルーマン米大統領がポツダム会談中に滞在し、広島と長崎の原爆投下を決定したと言われる邸宅はこのすぐ近くにある(関連記事はこちらより)。人々を分断し続けた東西ベルリンの壁も、今も人々を苦しめる原爆も、時の権力者が「正しい」と考えた一瞬の判断によって引き起こされた。そんなことを思うと、ノスタルジックな気分が一気に覚醒した。
ドイツニュースダイジェスト 5月1日)


Information
ベルリンSバーン博物館 
Berliner S-Bahn-Museum

1996年にオープンした鉄道博物館。Sバーンの同好会により運営されており、様々な時代のSバーンの座席、プレート、切符、刻印機、信号などが展示され、その多くに触ることができる。実物のコントローラーを動かせる運転台も人気。入場料は2ユーロ(16歳以下は1ユーロ)。S7のGriebnitzsee駅より徒歩2分。

開館:4~11月まで毎月第2土曜・日曜(11月のみ第3週)
11:00~17:00
住所:Rudolf-Breitscheid-Str. 203, 14482 Potsdam
電話番号:030-78705511
URL:www.s-bahn-museum.de


ベルリンのトラム150周年 
150 Jahre Straßenbahn in Berlin

乗り物好きにお勧めしたいのが、今年創業150周年を迎えるベルリンのトラム(路面電車)の記念イベント。6月22日にアレクサンダー広場で行われる祝典では、1883年の馬車鉄道から最新型のトラムまでが一堂に会する。6月27日と28日の週末にはリヒテンベルクの車庫が一般公開され、さらに28日には祝賀の花電車が市内を走る予定だ。

by berlinHbf | 2015-05-10 13:48 | ベルリンあれこれ | Comments(1)

消えゆく夜行・長距離列車

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廃止されたパリ東駅行きのシティーナイトライン(ベルリン中央駅にて。2013年6月撮影)

「夜行列車」という言葉には、洋の東西を問わず旅心を誘う響きがあります。今年の3月限りで日本のブルートレインは全廃されることになりましたが、残念ながら欧州でも、夜行列車や長距離列車は縮小傾向にあります。昨年12月14日のドイツ鉄道(Deutsche Bahn)のダイヤ改正で、いくつもの歴史ある列車が姿を消しました。

この改正で廃止になったのは、ベルリン発(およびハンブルク、ミュンヘン発)パリ行き、プラハ発ベルリン経由コペンハーゲン行きなど計6本のシティーナイトライン(CNL)。ただし、格安航空や格安長距離バスとの競合により、利用客が減ったとは一概に言えない部分があるようで、例えばベルリンとパリを結ぶCNL「ペルセウス」は乗車率も高く、特に個室寝台は予約が取りにくいほどでした。ところが、車体が古いため利用者のニーズに対応できず、また、フランス鉄道側の線路や駅の使用料が高額といった要因が廃止の決め手になったと言います。私は2003年にパリからこの列車に乗ったことがあります。3段ベッドの簡易寝台はさすがに狭さを感じましたが、心地良い横揺れとともによく眠れましたし、何より朝起きたらベルリンに着いていたのが魅力でした。食堂車横のスタンドバーで、ほかの旅行者と語らいながら飲んだことも、今となっては良い思い出です。

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かつてはハンブルク―クラクフ間を結んでいたユーロシティー「ヴァヴェル」の表示板

夜行列車以外にも、今回の改正でベルリンとウィーンを結ぶユーロシティーなど、何本かの長距離列車が消えました。象徴的だったのは、ベルリンとポーランドのヴロツワフ(ドイツ語ではブレスラウ)間を走るユーロシティー「ヴァヴェル」の廃止です。ベルリンからかつてドイツ領だったシレジア地方の中心都市ブレスラウまでは、実に1853年以来、直通の特急列車が結んでいました。ポーランドの古都クラクフにあるヴァヴェル城に因んだこの列車は、もともとハンブルクとクラクフ間を12時間半掛けて結んでいましたが、2012年にヴロツラフまでに短縮された後、その翌年に運行を開始した同じドイツ鉄道による高速バスに利用客を奪われたこともあって、今回の廃止が決まりました。昨年12月13日にベルリン中央駅を出た最終列車の客車はわずか2両編成。しかも、暖房設備の故障で発車が20分遅れるという悲しい幕切れとともに、由緒ある列車はポーランドへと旅立って行きました。

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「ヴァヴェル」号の車窓から(2007年11月)

欧州の鉄道の旅の魅力は、国境を越えるたびに車掌のアナウンスや乗客の話す言葉が変わったり、朝目が覚めると異国の地に着いていたりといった、多様に交錯する文化や歴史をじかに体感できることにあると思います。そんな旅の道程の楽しさそのものを味わわせてくれる列車が消えつつあるのは残念なことです。
ドイツニュースダイジェスト 1月23日)
by berlinHbf | 2015-01-23 23:20 | 欧州を感じる旅 | Comments(9)

テーゲル湖からオラニエンブルクまで遊覧船の旅(1)

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Alt-Tegel (2014-06-10)

先週のベルリンは35度近くまで上がったかと思うと、急激に下がって再びジャンバーを着なければ寒い日に逆戻りと、気温が大きく揺れ動きました。そんな日々で一番暑かった火曜日、久々に時間ができたので、せめてもの旅気分を味わおうと知人と遊覧船に乗ることにしました。

11時半に地下鉄U6の終点Alt-Tegel駅で、この近くに住む知人のOさんと待ち合わせ、徒歩5分ほどでテーゲル湖に行きました。ここから各方面への遊覧船が出ています。今回のStern und Kreis社のコースは、北のオラニエンブルクのレーニッツ湖(Lehnitz See)まで行って戻ってくるというもの。毎週火曜のみの運行で、所要時間は6時間半。長く乗る割に、料金は19ユーロと割安です。オラニエンブルクといえば、少し前にザクセンハウゼン強制収容所でご紹介した場所。今度はどんな風景に出会えるでしょうか。では、この奇抜なMoby Dick号に乗って出航!

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船に乗る前に、動物好きのOさんが、「桟橋の下にバン(鷭)が巣を作っているのよ」と言うので見に行きました。雌鳥がこのようにじっと卵を温めているそばで、雄鳥が食べ物や巣になるものを探しては運んできます(卵が写っている写真は撮れなかったので、これは後でOさんからお借りしたもの)。

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汽笛を上げて、12時ちょうどに出航。船は大きなテーゲル湖をゆっくりと西に進みます。奥に見えるのは、かつてボルジッヒ家(蒸気機関車の会社で有名な一家)が所有していた邸宅。現在はドイツの外務省が所有していて、要人が参加する晩餐会がここで開催されるときは、周辺一帯が交通規制されるのだとOさんが教えてくれました。

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船は海水浴場のそばも通り過ぎて行きます。いくらベルリンとはいえ、平日の昼間はさすがに閑散としています。もっとも、戻ってくるときには、まったく違う光景になっているのですが……。

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乗船率もご覧の通り。最初は屋外の席にいましたが、照りつける太陽に次第に耐えられなくなってきて、やがて室内に逃げ込むことになります。

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やがて船はハーフェル川に合流して北上。2ヶ月前に友人とサイクリングしたときに通った、ニーダー・ノイエンドルフの監視塔跡を別の角度から臨むことができました。こんなに寂しい場所だったかと思いますが、反対側には湖畔の邸宅やヨットが見え、気持ちのいい岸辺が続きます。

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4月にサイクリングで通ったヘニングスドルフの橋を越えると、そこからは未知の場所。甘酸っぱいベルリナー・ヴァイセを飲みながら、旅は続きます。

(つづく)

by berlinHbf | 2014-06-19 17:17 | ベルリン発掘(全般) | Comments(0)

発掘の散歩術(44) -地下鉄博物館で途中下車!-

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オリンピアシュタディオン駅にある地下鉄博物館の入り口

地下鉄は、ベルリンの街並みを形作る上で欠かせない乗り物の1つだ。黄色い車体の電車が、今日も地下から高架まで縦横無尽に駆け抜ける。

ベルリン初の地下鉄がポツダム広場~シュトラーラウ門(現在のオーバーバウム橋のたもと付近)の間を走ったのは、1902年2月18日のことだった(これは欧州で5番目、ドイツでは初となる)。時の皇帝ヴィルヘルム2世は地下鉄道なる新しい乗り物に対して懐疑的で、多くの市民は「鉄道が轟音を立てながら地底を走るなど不気味」と感じていたらしい。

それから100年以上が経った。現在10路線、総延長146キロに及ぶ地下鉄は、ベルリンのランドマークとして、この街を舞台にした映画や小説にも脇役としてよく登場する。

そんなベルリンの地下鉄に特化した博物館があるのをご存知だろうか? 地下鉄U2のオリンピアシュタディオン駅で降りて階段を上がると、新旧の車両の先頭部分が並んだ入り口が目に入る。月に1日しかオープンしていないこともあって、ようやく都合を合せて訪ねることができた。

階段を上がって行くと、賑やかな声が聞こえてくる。2階の入り口には木製の古い窓口が構え、年配の「駅員さん」が昔の切符販売のように入場券を売ってくれた。いきなりの粋な演出にニヤリとしてしまう。

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1920年代の電車の運転台

鉄の匂いが立ちこめる館内はいくつもの部屋に分かれ、地下鉄に関する展示が所狭しと並ぶ。様々な時代の路線図、駅や行き先名のプレート、赤い光沢を放つ座席、制服等々。もちろんどれも昔、実際に使われていたものだ。子どもの頃、運転士に憧れていた者としては、各時代の電車の運転コントローラーを動かしながら、自然と頬がほころんでしまう。この博物館の1つの目玉が、長さ14メートルにおよぶコントロールパネルだ。もともとこの建物は、1931年から83年まで欧州最大規模の信号扱い所として使用されていた。窓の外を見ると今も広大な操車場が広がり、時々真新しい電車が通り過ぎて行く。

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地下鉄に関する無数の展示品が並ぶ館内

昔の切符のコレクションを眺めていたら、年配のおじさんが説明をしてくれた。「昔の定期券は自宅と勤務先を繋ぐ線しか使えず、今のようにゾーン別になっていなかったんですよ。ここには子どもたちも多く訪れるので、教育の一環としての役目も果たしています」と嬉々とした表情で語るヴォルフガング・クラウスさんは、ベルリン地下鉄研究会のメンバー。もちろん先ほどの「駅員さん」もそう。この小さな博物館が15年以上続いているのは、歴史的な車両や資料の収集と保存に務める彼らの存在があるからこそで、中には元地下鉄職員もいるそうだ。

懐かしい切符切りのはさみをいじっていると、子どもの頃憧れていた、そして時代の波を受け、いつの間にか消えていった駅や電車で働く人々の姿を思い出した。奥にある発着案内の体験コーナーの部屋からは、そんな時代を知らないであろう今の子どもたちの声で、「3番ホーム、お下がりください!」のアナウンスが響き渡っていた。
ドイツニュースダイジェスト 3月7日)


Information
ベルリン地下鉄博物館 
Berliner U-Bahn-Museum


1997年にオープンした鉄道博物館。350点以上のコレクションを誇り、100年以上に及ぶベルリンの地下鉄の歩みを一望できる。パネルの説明表記はドイツ語のみだが、英語のパンフレット(無料)も置かれている。入場料は2ユーロ、12歳以下は1ユーロ。グッズの販売のコーナーも。

オープン:毎月第2日曜日の10:30~16:00(入場は15:00まで)
住所:Rossitter Weg 1, 14053 Berlin(地下鉄U2 Olympiastadion駅構内)
電話番号:030-25627171
URL:www.ag-berliner-u-bahn.de


ベルリンSバーン博物館 
Berliner S-Bahn-Museum


ベルリンにはSバーンの博物館もある。こちらはSバーンの同好会によって運営されており、地下鉄同様、起伏に富む歴史を歩んできたベルリンの「テツ」の世界を楽しめる(はず)。電車の運転シミュレーションを体験できるコーナーもある。場所はポツダム中央駅の2つ手前、SバーンのGriebnitzsee駅に面している。

オープン:4~11月まで毎月1回の週末、11:00~17:00(詳細は下記URLを参照)
住所: Rudolf-Breitscheid-Str. 203, 14482 Potsdam
電話番号:030-63497076
URL:www.s-bahn-museum.de

by berlinHbf | 2014-03-14 21:07 | ベルリンあれこれ | Comments(3)

グライスドライエック駅の階段

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U-Bahnhof Gleisdreieck (2014-02-10)

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地下鉄U2とU1が交差するグライスドライエック駅。U2の駅の方は最近改修されましたが、それでも約100年前の創業当時の雰囲気を今に残しています。この階段の上からの光が印象的で、写真を何枚か撮ってみました。

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階段を上がるとU1のホームへ。多くの人は乗り継ぎのために利用するだけですが、私の好きなベルリンの駅のひとつです。

関連記事:
天使の降りた場所(12) - 都心の中の無人地帯 - (2006-10-16)
100年の重みに耐えた橋 - 天使の降りた場所(13) - (2006-10-18)
by berlinHbf | 2014-02-16 23:47 | ベルリン中央駅 | Comments(4)

発掘の散歩術(41) -グライスドライエック公園の誕生!-

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グライスドライエック公園の遊戯場で遊ぶ子どもたち

2000年9月末、私がベルリンにやって来てまだ間もない頃、地下鉄U2に初めて乗ってポツダム広場に向かった。電車は高架の上を走り、グライスドライエック駅の手前で眺望が開ける。その時の眼下の光景に私は驚いた。広大な敷地に赤錆びた線路がずらりと並び、雑草が生い茂っている。廃線になってから優に数十年は経っているはずだ。その奥に望めるポツダム広場の超モダン建築群とあまりに対照的な異観。「何なんだ、この街は!」と驚いたことを、昨日のことのように覚えている。

ポツダム広場の南側の、チョウチョウの羽のような形をした広大な空き地がそれだった。東側は旧アンハルター駅、西側は旧ポツダム駅の、それぞれ貨物駅だった場所だ。この敷地を公園にする案は、すでに1970年代からあったのだが、ようやく着工されたのは2008年になってから。段階的に工事が進められ、今年5月末、ついに東西2つのグライスドライエック公園がオープンした。


関連記事(当ブログで何度もご紹介してきた場所がついに公園として生まれ変わりました!):
天使の降りた場所(12) - 都心の中の無人地帯 - (2006-10-16)
100年の重みに耐えた橋 - 天使の降りた場所(13) - (2006-10-18)
記憶の鉄路をたどる(2) - グライスドライエックの貨物駅跡(上) - (2011-09-10)
記憶の鉄路をたどる(3) - グライスドライエックの貨物駅跡(下) - (2011-09-18)


落葉の季節も終わりに近付いた11月のある日、Sバーンのヨルク通り駅で降りて、公園の東側からじっくり歩いてみることにした。

一言に公園といっても、少し歩いてみると、実によく設計された多彩な要素を持つ公園であることに気付く。芝生がきれいに整備された一帯もあれば、ビオトープとして自然をありのままに生息させている地帯もある。東側の出口近くには、子ども用のアスレチック施設がいくつか設置されており、長いベンチやブランコを含め、木製の手作り感があり、デザインも面白い。使われなくなったレールや信号も、風景にさりげなく溶け込んでいる。

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公園東側に残された保存鉄道

ユニークなのは、保存鉄道として2線路が残されていることで、イベント開催時には南側の車庫から北側のドイツ技術博物館まで往年の客車が走る。ちなみにこの公園は、いくつもの鉄道路線に囲まれているので、高速で駆け抜けるICEから、高架をゴトゴトと走る2本の地下鉄まで、あちこちで電車が顔を覗かせて楽しい。

関連記事:
記憶の鉄路をたどる(4) - ドイツ技術博物館の保存鉄道 - (2011-10-28)

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さて、今度は公園の西側に向かってみる。北に向かって奥行きがあるせいか、歩いていてさらに開放感がある。広大な芝生のほか、小菜園(Kleingarten)の区域、大きなビーチバレーコート、スケートボード用のボウル(曲面で囲まれた窪地)などもあり、あらゆる世代の人が楽しめるように工夫されている。公園の設計に、地域住民が積極的に関わった成果だろう。北側の一角ではアパートの建設が進んでいたが、幸いなことに、この広大な公園内で建物が占める割合はわずかに過ぎない。

私の手元に、戦前のグライスドライエックを空から捉えた貴重な写真がある。これを見ると、隙間なく一面にレールが敷き詰められていた当時の様子に改めて驚く。この上を1838年、ベルリン−ポツダム間を結んだプロイセン最初の鉄道が走り、また戦前、「皇帝駅」と呼ばれたアンハルター駅を発つ長距離列車が通っていたわけである。ドイツ史において貴重な産業遺産とでも言うべき場所が、ところどころに「鉄」の香りをとどめながらも、緑に満ち溢れた姿に戻されたことを心から喜びたい。
ドイツニュースダイジェスト 12月6日)


Information
グライスドライエック公園
Park am Gleisdreieck


クロイツベルク地区の西側に位置する26ヘクタールの公園。最寄り駅はS バーンのYorckstr.のほか、U1・2のGleisdreieckなど。バリアフリーの出入り口もいくつか設置されている。公園の中央を通る直線道は、ベルリン − ライプツィヒ間を結ぶ自転車道として整備されるという。かつての貨物駅から公園への再生事業が評価され、2013年のベルリン建築賞を受賞した。自然保護のため、公園内での犬の放し飼いやバーベキューは禁止。
URL: www.gruen-berlin.de


カフェ・オイレ
Café Eule


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グライスドライエック公園の西端、クラインガルテンが並ぶ一角にある小さなカフェ。カフェといっても、オーナーの女性がコンテナハウスを改造して営業している。飲み物のほか、キッシュやスープなどがメニューに並び、野菜や果物、ハーブはこの菜園で収穫されたもの。広大な公園の中で、ほっと一息つける空間だ。

オープン: 月〜日 9:45〜20:00(冬期は金〜日のみの営業)
住所: Kleingartenkolonie auf dem Gleisdreieck
電話番号: 0176-6366 2370
by berlinHbf | 2013-12-11 14:13 | ベルリン発掘(西) | Comments(1)

季刊誌「考える人」(新潮社)と本との出会い

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新潮社に「考える人」という私の好きな季刊誌がある。この秋の一時帰国でのある出会いから、自分と「考える人」、そして本そのものとの出会いについて綴ってみたくなった。


小学3年生の夏、私は親に連れられてたまたま観に行ったある映画に感化され、人生初ともいえる大きな目標を立てた。それは、「中学1年生になったら、ブルートレイン『はやぶさ号』の個室寝台に乗って1人で旅をする」というものだった。「はやぶさ」というのは、東京から西鹿児島までを結び、当時日本最長距離を走った寝台特急のこと。2013年現在、ブルートレインはいよいよ全廃の危機に立たされているが、当時東京駅を発着する寝台列車には少年たちを見知らぬ世界へと誘う独特の華があったように思う。中でも「はやぶさ」や「富士」といった列車には1泊1万4千円の個室寝台が連結されており、これが当時国鉄でもっとも「ぜいたくな」寝台車と言われていた。中学1年になって一人旅をしようと決めたのは、大人料金となる中学生から、一人で旅行するのも許されるだろうというイメージがあったからに過ぎない。私は早速時刻表を買ってきて、空想旅行をするようになった。地図を眺めるのが好きになったのもこの頃からだ。

その年(1984年)の秋、両親のどちらかが「こんな本が出たよ」と新聞に載った新潮社の新刊案内を私に教えてくれた。そこにこんな題名の本が紹介されていた。『旅の終りは個室寝台車』(宮脇俊三著)。タイトルだけに惹かれて、早速この本を買ってもらった。それは私が生まれて初めて買った活字だけの本であり、いわば大人が読む本だった。宮脇俊三という紀行作家が日本のあちこちを一風変わったルートで旅したり、いまや消えて久しい昭和の名物列車に乗ったりする紀行文。最初は毎晩寝る前に父親に読んで聞かせてもらっていたが、宮脇さんの文章は、使われている語彙こそ豊富だが、比較的平易な文体で書かれている。その面白さに気付くと、私は一人でも読むようになった。ここでの旅の特徴は、新潮社の若い編集者(藍孝夫氏という)が毎回同行することで、鉄道に全然興味がない編集者と宮脇さんとの時にちぐはぐなやり取りがユーモアを生む。お目当ての「個室寝台」は最後の章にちょこっと出てくるだけだったが、私はこの本で、活字だけを用いながら車窓からの山河やそこに住む人々の暮らしをも想像させてしまう読書の面白さに開眼した。山陰線に乗れば長門と石見とで瓦の色が違う。日本列島は中央構造線とフォッサ・マグナによって分けられているのか……。宮脇さんの旅を通して、日本各地の地理や風土を楽しみながら学んだ。

この本には続編がある。やはり「小説新潮」の連載から生まれた『途中下車の味』という旅行記だ。この本を書店で見付けたのは、私が中学に上がった春だった。同行者は藍孝夫氏から松家仁之氏という同じ新潮社の若手編集者へと引き継がれる。松家さんも特に鉄道には興味がないらしく、車中で居眠りをするシーンが出てくる一方、地理の洞察をさりげなく示して宮脇さんを驚かせたりもする。この1988年の夏、私は「念願」が叶い、「はやぶさ」に乗って九州へ一人旅をした。この時の旅の話はまたいつかしたいとも思うが、不思議なことに、実際にブルートレインに乗った時間よりも、宮脇さんの旅行記を読みながら、未知の土地や列車に想いを馳せていた時間の方が印象深い記憶として残っているのである。

それから大分時が流れて、2004年ぐらいのことだったと思う。たまたまネット上で松家仁之さんの書かれた文章を見つけた。新潮社の「考える人」という雑誌のメールマガジンで、その前年に76歳で亡くなった宮脇俊三さんの1周忌に関する内容だった。宮脇さんは旅行作家として独立する前、中央公論社の「婦人公論」や「中央公論」の編集長を務め、数々のベストセラーを出す名編集者として知られた。そこでは彼の功績と仕事ぶりについて触れられ、「かつて宮脇さんの担当で一緒に全国をまわったとき、うかつにも何度か居眠りをしてしまった。あの長い時間の中で、うかがえることはいろいろあったはずなのに」と結ばれていた。最後に「編集長 松家仁之」とあった。

宮脇さんの本で名前をずっと覚えていた松家さんが新しい雑誌の編集長になっていたことに、変な話だけれど、私にはいささかの感慨があった。それから「考える人」のメールマガジンを読むようになった。日々の雑感から読んだ本や見た映画の話、時事のテーマに至るまで話題は多彩で、松家さんの流れるようなリズムの、しかも芯の強い文章にすっかりとりこになった。やがて、氏が音楽にも造詣の深い方であることがわかってきた。2007年夏のクラシック音楽の特集号はどうしても読みたくて、日本からの客人に持ってきてもらった。作家の堀江敏幸さんが聞き手役となった音楽評論家の吉田秀和さんへのロングインタビューは、それまで出会ったことのなかった新鮮な空気にあふれ、雑誌というものがまだ持ち得ている可能性さえ感じた。

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松家さんは2010年に作家として独立し、処女小説の『火山のふもとで』が最近読売文学賞を受賞したのは周知の通りである(残念ながら私はまだ未読だが)。作家としての松家さんの文章をこれからたくさん読めるのが待ち遠しい。

松家さんの後任として「考える人」の編集長になったのは、河野通和さんという方だった。この方のメールマガジンの文章も素晴らしく、どんなテーマを題材にしても優しく語りかけてくるようで、本への愛と深い教養がにじみ出ている。もともと河野さんは中央公論社の編集者で、「中央公論」と「婦人公論」の編集長を歴任していたことを後に知った(特に「婦人公論」では大胆な刷新をして、一時期の低迷から生き返らせたという)。つまり、宮脇俊三さんと同じ道を歩まれてきた方だったのだ。面白いのは、宮脇さんが中央公論社を退社した1978年に河野さんが入社され、1、2ヶ月ほど時期が重なっていたことで、お2人の間にはいくばくかの交流もあったようだ。

たまたま自分が好きになった雑誌の編集長が2人共、私の読書体験の原点ともいうべき人と直接のつながりがあったことに、私はささやかな興奮を覚えた。これは何かの縁なのか。もちろん自分の思い込みに過ぎないことはわかっていても、河野さんからのメールマガジンが届く度に、一度お会いしてみたいという思いを抱くようになった。とはいえ、新潮社にコネクションがあるわけでもなく、今回の一時帰国中もそんなことを思いながら時間ばかりが流れていた。が、ベルリンへ戻るまで1週間を切ったある日、私は思い切って新潮社に電話をかけてみた。いきなり知らないところに電話して、口頭で自己アピールをするというのは自分のもっとも苦手とすることである。だが、次に日本に帰って来るのは間違いなく来年だ。そんなことも言っていられなかった。受付の方が「考える人」の編集部につないでくれると、しばらくしてハキハキした口調の女性編集者の声が電話の向こうに聞こえた。私は簡単な自己紹介と、編集長にお会いしたい旨を伝えた。「そういうことでしたら、一度メールをいただけますか。編集長の都合を聞いた上で、折り返しご連絡しますので」。そのわずか20分後ぐらいにお返事が届いた。なんと翌日会っていただけるという。ひょっとしたら私が普段海外に住んでいることで便宜をはかってくださったのかもしれないが、それにしても「まさか」だった。

その翌日、神楽坂にある新潮社のロビーで河野編集長と、前日電話で応対してくださった編集部のKさんにお目にかかることができた。河野さんは物腰穏やかで、包容力を感じさせる人物という印象。中央公論の新人時代、宮脇俊三さんと接したときのことも話してくださった。自分がベルリンでどういうテーマについて書いてきたかもお話ししたが、少々舞い上がってしまい、しどろもどろになってしまった……。びっくりしたのは、ベルリンに共通の知人がいたこと。20分ぐらいだったけれど、今回の日本滞在の中でも特に印象深い時間となった。

ベルリンに戻ってから河野さんにお礼のメールをお送りしたら、すぐに返信をいただいた。そこに、ある新聞のリンクが貼られていた。「考える人」最新号の巻末にある村上春樹氏の寄稿「厚木からの長い道のり」を紹介した日経新聞の記事だった。ご存知の方も多いだろう、村上春樹が指揮者の小澤征爾を連れてジャズピアニストの大西順子の「ラストコンサート」に行った。大西さんの最後の挨拶の最中、突然小澤さんが立ち上がって「おれは(引退に)反対だ」と言い放ち、そこから今年9月の両者の奇跡的な共演に至る道のりを詳しく追った内容だ。日経新聞の記事では最後の方にこう書かれている。
ふだん小説というフィクションの世界に住む村上が「事件」の当事者としてかかわり、克明に書きとめたノンフィクションはまれだろう。筆致には、コンサートさながらのライブ感覚があふれる。雑誌の編集作業を少しでも知るなら、9月6日の出来事を長々、10月発売の季刊誌に入れるのは「ほぼ不可能」と考える。「考える人」の河野通和編集長も、3カ月後の次号に載せるつもりだった。だが「村上さんは熱く語り、どうしても直近の号に収めてほしいと、最速で原稿を届けてきた」。河野編集長は大作家の特別寄稿には異例の巻末とじ込みで対応し、埼玉県内の印刷所で陣頭指揮をとった。
これを読めば河野編集長にとっても大変思い入れの強い記事となったことは想像できるが、それでも河野さんご自身は、このエッセイの存在が周知されていないもどかしさを感じているという。私自身大変面白く拝読したが、不可解に感じる点もあった。それは、ジャズピアニストとして確固たる地位を築き、まさに脂ののった最中にある大西さんが、「なぜ音楽をやめなければならず、そのためにピアノを売り払い、生活していくためのアルバイト(音楽とは全く関係のない仕事だという)をしなければならないのか」ということ。村上さんはその背景として、日本の音楽ビジネスの状況に強い疑問を投げかけているが、詳しい事情までは書かれていない。周知の通り、松本での小澤征爾指揮サイトウ・キネン・オーケストラとの共演は大きな話題を集めた。だが、打ち上げ花火のように華々しいコンサートが終わった今、大西さんが音楽活動を再開するための環境が改善され、復帰の目処はついたのか、とても気になる。河野さんからのメールには、「特集や他の記事ももちろんですが、一人でも多くの方にこれを読んでもらいたい。中村さんの方からもご紹介いただけたら」ということが書かれていた。世界的作家の記事を私なんぞが紹介するのも不思議な話だけれど、雑誌「考える人」と最新号の「厚木からの長い道のり」をご紹介する前に、まず私自身の「『考える人』へとつながる長い道のり」について書いてみたくなった。そのことを河野さんに伝えたら、10月にお会いしたことも含めて、拙ブログに書くことを快く了承いただいた次第。

大学生になる前、一度だけ宮脇俊三さんに手紙を書いたことがある(几帳面な字で書かれたお返事をいただいた)。実際にお会いする機会はついぞなかったが、今回の出会いは10年前に亡くなった宮脇さんが引き合わせてくれたようにも思う(こんなことを書くと、笑われてしまうかもしれないけれど……)。とはいえ、書物には長い時間をかけて人と人とを結びつける不思議な潜在力がある。「考える人」という雑誌は、毎回冒険心にあふれながらも、長い人生の中でじわじわと栄養がつきそうな読み物がぎっしり詰まっている。秋の読書のお供にいかがだろうか。


季刊誌「考える人」2013年秋号
定価1,400円

特集
人を動かすスピーチ

村上春樹 厚木からの長い道のり
小澤征爾が大西順子と共演した『ラプソディー・イン・ブルー』

「考える人」メールマガジンの登録はこちらより
by berlinHbf | 2013-11-21 22:53 | ベルリンを「読む」 | Comments(10)

ベルリン中央駅発の夜行列車を眺めて(2)

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Berlin Hauptbahnhof (2013-07-06)

少しでも夏の旅気分をということで、ベルリン中央駅から発着する夜行列車の後編をお届けします。

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この日は本の仕事が一山超えたので、中央駅構内のイタリアンのお店のソファーに座ってワインを一杯。ほろ酔い気分になったところで、地下ホームに向かいました。そのまま寝台車に潜り込めれば最高なのですが、今日もホームから眺めるだけです^^;)。

まずは、22時11分発のチューリッヒ行きのCNL(毎日運行)。車体もきれいで、寝台車も居住性がよさそう。

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発車の時刻が近づいてきました。女性の車掌さんが合図を送ります。これに乗れば翌朝9時17分にスイスの湖畔の町に到着。いいですなあ。

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チューリッヒ行きの列車が出た頃、隣のホームには別の列車が発車を待っていました。6両ぐらいの短い編成で、オール3段の簡易寝台。いかにも夜汽車という雰囲気をたたえた古めかしい列車ですが、乗車率はよく、80%以上は埋まっているように見えました。

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行き先はMalmö Centralとあります。ピンとこない方も多いと思いますが、マルメはスウェーデン南部の町。橋を隔ててコペンハーゲンとも近い距離にあります。2007年に大学オケの演奏旅行でマルメを訪ねたことがありますが(その時の記事はこちら)、まさか直通列車が走っているとは!

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運行は週3回。ドイツ鉄道のHPを見ても、料金は表示されないのですが、車体にはベルリンーマルメ45,20ユーロからと書かれています。

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ドイツとデンマーク、スウェーデンは陸路で結ばれていないので、つまりは列車ごとフェリーに乗り込むことになります。ベルリン中央駅を22時30分に発車すると、途中どこにも停車しないまま、翌朝8時10分マルメ中央駅に到着する不思議な列車です。ベルリンの知人が乗車体験記をブログで綴っているので、ご興味のある方はお読みください。

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ベルリン中央駅の写真を整理しながら、4月に一時帰国したときの記憶がよみがえってきました。上野の東京文化会館の喫茶店で知人と会い、新橋での次の約束に向かう際、駅の行き先案内板で「北斗星」の文字が目に入ったのでした。少し時間があったので、急ぎ足で件のホームに降りていました。

もはや風前の灯とはいえ、ブルートレインの青い車体を前にして、無性に懐かしい気分になりました。小学校の一時期、寝ている間に見知らぬ町に連れて行ってくれるブルートレインは、私にとってたまらなく不思議な魅力を持った存在でした。

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当時、家族で東京に出かけたときはわざわざ東京駅に寄ってもらい、9、10番線ホームから夜行列車が発車する情景を眺めていたこともあったほどです。その後の私に影響を及ぼした出来事もあったので、それについてはいつか綴ってみたいと思っています。
by berlinHbf | 2013-07-28 14:20 | ベルリン中央駅 | Comments(8)

ベルリン中央駅発の夜行列車を眺めて(1)

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Berlin Hauptbahnhof (2013-06)

夏のバカンスシーズン真っ盛り、ベルリンも素晴らしい天気がしばらくずっと続いています。どこかに旅したいなあと思いますが、来月少し遠出するので、いまは我慢。せめて旅行気分をということで、今回はこんな写真をお届けしたいと思います。

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最近発売になった『ベルリンガイドブック』のベルリン中央駅のコラム(エリア6内)の写真を差し替えたいと思い、6月末、中央駅に何回か通いました。この駅の国際的性格を示そうと、ここから発車する長距離夜行列車の写真を使いたかったんです(結局本に採用されたのは、写真のベルリン−ワルシャワ・エキスプレスだったのですが)。

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この日のお目当ては地上ホームから出るモスクワ行きの夜行列車。が、いざホームに行ってみると、何かの事情からベルリン・リヒテンベルク駅始発になったとの表示が。まったくいい加減なものです。この駅では地下ホームから発着する夜行列車の方が多く、このスリリングなエスカレーターに乗って地下へ向かいます。

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ベルリン中央駅の地下ホームはあまり趣きはないのですが、それでも普段Sバーンから見ることのない重々しい列車が横たわっていると、ヨーロッパが地続きであることを実感します。これは18時10分発のプラハ経由ブダペスト行き。ブルーの車体にPRAHAと書かれていたので、チェコ製なのかもしれません。

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20時07分発、パリ東駅行きのCNL(City Night Line)。個室寝台も備えた優等列車ですが、外観は地味で、薄汚れています(「たまには洗車したら・・・」と思うのはICEなどを眺めてもよく思うこと)。それでも、発車の際は、端から見ていてもじんとくる別れのシーンに出合うこともあります。

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これは昨年秋に撮ったものですが、こんな夜行列車があるのをご存知でしょうか。パリ発モスクワ行きのユーロナイト(EN 453)。

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現在の時刻を調べてみると、パリ東駅を土曜日の9時28分に発車するこの列車は、その日の21時頃にベルリン中央駅に到着。そこからワルシャワ、ミンスクを経由して、終点のモスクワ・ベラルースキー駅に着くのは翌23時58分。実に36時間30分かけて走り切るわけですが、その間運転手や車掌は何回交代するのだろう?

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この列車の愛称はOst-West-Express。考えてみたら、地図を見るとベルリンは西のパリと東のモスクワのほぼ中間に位置することがわかります。この3都市のシンボル的な塔が描かれているのが面白いですね。

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先頭の機関車は、ドイツのシンボルカラーでした!

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ヨーロッパの西と東の代表的な都市を結ぶだけあって、中の寝台はホームから覗き込んでもかなり豪華な印象を受けました。一度乗ってみたいものですねえ。そしてこの食堂車。人件費削減で昔に比べれば減っているのかもしれませんが、それでもいまだ多くの長距離列車で食堂車が連結されていることは、ヨーロッパを鉄道で旅することの楽しみのひとつと言えそうです。

(つづく)
by berlinHbf | 2013-07-25 23:57 | ベルリン中央駅 | Comments(11)

発掘の散歩術(28) - レトロなトラムに揺られて水門のある街へ -

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森の向こうから現れたトラム87番線

ベルリンの路面電車といえば、多くの人はBVG(ベルリン交通局)が運営する黄色のトラムを思い浮かべるだろうが、旧東独のケーペニック地区に、それとはひと味違うトラムが走っているという。以前この連載で取り上げた「世界ベスト10に選ばれた絶景トラム」の続編として、乗ってみたいという気持ちがうずく。秋晴れの日曜日、ベルリンの東の郊外にあるラーンス ドルフに行こうと思い立った。

ベルリン中央駅から東にひたすら40分ほど、Sバーンのラーンスドルフ駅で降りると、駅前に1本の小さなホームがある。しばらく待っていると、森の木々を縫って、わずか1両編成のクリーム色の路面電車が現れた。「何だか『トトロ』の世界に出てきそう!」と、連れて行った妻ははしゃいでいる。確かに、ベルリンの外れとはいえ、21世紀にもなって走り続けているのが不思議に思えるくらい古色蒼然とした、しかしどこかかわいらしい電車である。

地元の人ばかり、わずかな乗客を乗せて、ヴォルタースドルフ電気軌道の87番トラムは発車した。電車はいきなり森の中を走る。年配の女性運転手が運転するトラムは、かなりの唸り声を上げて疾走する。長い森を抜けると、そこはもうブランデンブルク州。電車が停留所を発車する度に、「チーン」というベルが鳴らされる。これが結構大きな音で、静かな車内に響き渡る。やがて、レンガ造りの市庁舎や教会が構えるヴォルタースドルフの中心街を通り、ゆるやかな坂を上って行くと、終点のシュロイゼ(水門)前に到着した。所要時間20分弱の小さな旅だった。

ヴォルタースドルフの街中でさえ閑散としていたので、終点は一体どんな寂しいところだろうかと思っていたのだが、意外にも行楽客で賑わっていた。すぐ近くには、停留所の名前の通り、長さ65メートルの水門がある。カルクゼーとフラーケンゼーという2つの湖をつなぐ位置にあるこの水門は、創業1550年という古い歴史を持っているそうだ。

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信号が青に変わると、船が水門をくぐっていく

湖畔を少し散歩した後、岸辺にあるレストランの1つに入ってみた。オープンテラスの席に座ると、向こうに水門がきれいに見渡せる。ときどき船が横を通り過ぎ、湖水の赤信号の前で止まる。ほどなく先ほどまで車が通っていた橋がゆっくり上がっていった。やがてほぼ直角の高さにまで上がると信号は青に変わり、船は門をくぐっていく。

のどかな光景だが、実はベルリンの歴史において要衝ともいえる場所だということを後から知った。この北側にリューダースドルフという石灰岩の産地がある。ベルリンのブランデンブルク門やオリンピックスタジアム、ポツダムのサンスーシ宮殿といった重要な建築は全てここの石灰岩で造られた。膨大な量の石灰岩を水路で市内に運ぶ際、必ず通ったのがこの水門だったのだ。

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1850年当時、年間約1万5500隻もの船がこの水門を通っていたというが、それも過去の話。遊歩道には家族連れの笑い声が響き、紅や黄に色を変えた森の木々は、湖畔を美しく彩っていた。
ドイツニュースダイジェスト 11月2日)


Information
ヴォルタースドルフ電気軌道
Woltersdorfer Straßenbahn


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ラーンスドルフからヴォルタースドルフを結ぶ、全長5.6キロの電気軌道。創業は1913年。ドイツで最小の電気軌道に属する。東独時代に製造された2軸単車の電車が今も活躍し、日中は10~20分おきに走っている。鉄道ファンでなくとも楽しめる路線だ。創業100周年を迎える来年の5月17 ~19日は、記念のお祭りが予定されている。

電話番号:03362-881230
URL:www.woltersdorfer-strassenbahn.com


リーベスクヴェレ
Restaurant Liebesquelle


カルクゼーの湖畔にあるレストラン。メニューはドイツ料理が中心で、フランクフルターというキレのあるピルスナーは美味。パーティー会場としても利用可能だそう。天気のいい日は、水門がよく見える湖畔のテラス席がお勧めだ。南側のフラーケンゼーの湖畔にも、雰囲気の良さそうなカフェやレストランが並んでいる。

営業:月~日12:00~22:00
住所:Brunnenstr. 2, 15569 Woltersdorf
電話番号:03362-5340
URL:www.restaurant-liebesquelle.de

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by berlinHbf | 2012-11-05 21:29 | ベルリン発掘(東) | Comments(1)

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