ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
「素顔のベルリン」増補改訂版
¥1,680
ダイヤモンド社
(Amazon、全国各書店にて発売中)

本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

Amazonにてネット購入ができます。



『街歩きのドイツ語 』
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豊富なビジュアルとドイツ語フレーズを楽しめる1冊。基本のあいさつ表現から、街にまつわるドイツ語豆知識まで、ガイドブックとともに旅に役立つ会話集です。




『素顔のベルリン 過去と未来が交錯する12のエリアガイド 』
¥1,575
ダイヤモンド社
(2009年発売)

地球の歩き方シリーズ初、待望のベルリンガイドブック誕生!比類なき歴史を抱えつつ、明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。「ドイツで最もドイツらしくない」といわれるこの町の知られざる魅力を、現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介。


現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

ベルリン更新情報
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タグ:ポツダム広場周辺 ( 32 ) タグの人気記事

発掘の散歩術(53) -21世紀の「消費のカテドラル」が誕生-

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モール・オブ・ベルリンの吹き抜けホール。この日はファッションショーが行われていた

バスがポツダム広場を過ぎ、ライプツィヒ通りに入ると、左手に広大な空き地が広がる。ここを通るとき、私は「Tresor」と手書きで書かれた看板を見るのが好きだった。「金庫室」を意味する壁崩壊後の伝説的なクラブは、2005年に閉鎖となり、やがて工事現場へと変貌していった。

ある時、ここをタクシーで通ったら、運転手がこんな話をし始めた。「ここには戦前ユダヤ人が経営する大きなデパートがあったんですよ。彼らが所有権を持っていた土地をベルリンが巨額のお金を出して獲得し、新しいビルを建てることになったそうです」。彼の話の真偽はともかく、いわくありげな雰囲気が漂う場所だったのは確かだ。

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入口の脇に飾られていた戦前のヴェルトハイム百貨店の写真

戦前ここにあったのは、「ヴェルトハイム百貨店」。1906年にアルフレート・メッセルの設計により建てられたデパートは、7万㎡の売り場面積を持ち、欧州最大級の規模を誇った。今日の目で見ても驚くのは、華麗な装飾が施されたガラス天井を持つ吹き抜けのホールで、そこには圧倒的な富を感じる。外観のゴシック風ファサードなどから、「消費のカテドラル」の異名を持ったほどだ(ちなみに、先の「Tresor」はもともと百貨店の地下の金庫室だった場所)。しかし、ナチス台頭後、ユダヤ系資本のヴェルトハイムは接収され、やがて第2次世界大戦の空爆により、デパートの歴史は終焉を迎えた。

関連記事(この場所のかつての様子です):

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11月のある日、日本から来た知人にアドルフ・ヒトラーが自殺をした場所を案内していたら、その奥に完成したばかりの「モール・オブ・ベルリン」の姿が目に入った。ヒトラー終焉の地から150mも離れていない。中に入ってみると、いきなりガラス天井の大きなホールに出た。間違いなく、戦前のヴェルトハイムを意識して設計されたであろう舞台の上を、大勢の買い物客が行き交っている。中心部のほぼ最後の無人地帯にも資本の波が押し寄せているのを感じ、その変貌のスピードに頭がクラクラした。反対側の出口を出ると、そこはかつてヴィルヘルム広場と呼ばれたモーレン通り駅の前。ポツダム広場から地下鉄一駅分が商業ビルのトンネルで結ばれたことになる。

11月9日の壁崩壊25周年に合わせて、日刊デア・ターゲスシュピーゲル紙は各界の著名人からの寄稿文を特集した。その中の映画監督ヴィム・ヴェンダースのエッセイを読んでいたら、こんな箇所に出会った。

「私からNiemandsländer(東西どこにも属さない場所)は失われてしまった!新しいものが建てられると、私は無意識的に深く息をつく。また1つ、自由がなくなった。また1つ、向こう側を見通せなくなった。自然に踏みならされた道はもうない。ベルリンはまた1つ、ほかの都市と同じようになっていく……」

大都市は変化し続ける。ヴェルトハイム百貨店ができたときだって、驚き嘆いた人も少なからずいただろう。だが、ベルリンを愛する者としては、ヴェンダースの言葉にどうしても共感してしまうのだ。
ドイツニュースダイジェスト 12月5日)


Information
モール・オブ・ベルリン 
Mall of Berlin

ライプツィヒ広場に新しくオープンしたショッピングモール。7万6000㎡の敷地内に、270のショップ、270のアパート、ホテル、フィットネスセンター、オフィスなどを収容し、最上階はフードコートになっている。ショッピングモールの規模としては、ベルリンで2番目に大きい。屋上には、アパートの住民だけが利用できる公園があるそう。

オープン:月~土10:00~21:00
住所:Leipziger Platz 12, 10117 Berlin
電話番号:030-20621770
URL:www.mallofberlin.de


ライプツィヒ広場 
Leipziger Platz

ポツダム広場の東側にある八角形の広場。正方形のパリ広場、円形のメーリンク広場と並んで、1732~38年に掛けて造られた。戦前までは商業の中心と交通の要衝として栄えたが、ドイツの東西分断後は、この場所の上に壁が建設されたため無人地帯に。現在この広場周辺には、カナダ大使館や連邦参議院の議事堂などが建ち並んでいる。

by berlinHbf | 2014-12-08 17:56 | ベルリン発掘(境界) | Comments(1)

壁崩壊25周年のベルリンにて

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Arkaden am Potsdamer Platz (2014-11-09)

世界的にも注目された先週末のベルリンの壁崩壊25周年。(個人的には)前回の20周年の時に比べると、新聞の記事を読んだり、感慨にふけったりする余裕もないまま、終わってしまった感があります。それでもやはり、11月9日が持つ意味とこの日の街の様子は、ブログを読んでくださっている皆さんと共有したいと思い、写真を何枚かアップします。少し時間が経ってしまいましたが、よかったらご覧ください。

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9日の午後、Sバーンに乗って北駅(Nordbahnhof)に行きました。地上に出ると、壁の時代の見晴台を模して造られた展望台があったので、上ってみました。2006年に初めて北駅をブログで紹介した時に比べると、この周辺は本当に変わりました。

関連記事:
時間の止まった場所(2) - Nordbahnhof - [2006-05-21 22:22]


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こちらがベルナウアー通り方面。この日の夜に打ち上げられる光のバルーンが、かつての壁の跡に沿って並んでいます。

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この日、「ベルリンの壁・記憶の場所」では公式行事も行われ、昨年から改装中だった壁記録センターでは、メルケル首相の臨席のもと新しい常設展がオープンしました。早速覗いてみましたが、写真と映像が以前より格段に増え、大変充実した展示になっています。25年を経て、ベルナウアー通りの「ベルリンの壁・記憶の場所」はようやく完成に近づいています。実際の壁はなくなっても、壁の時代に思いを寄せ、それについて考える場所が充実してきているのは嬉しいことです。

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ブランデンブルク門横のホテル・アドロンにて。ひょっとしたらロシアから訪問中のゴルバチョフさんも、ここに泊まっていたのかもしれません。午後、コンツェルトハウスで行われた公式式典には、ゴルバチョフ氏やメルケル首相が参列し、スピーチを述べています。演奏したのはベルリンの7つのオーケストラから成る特別編成のオケ。最後にベートーヴェンの《フィデリオ》の(おそらく)フィナーレを演奏して大変盛り上がったと、この日乗っていた音楽家の友人が後で話してくれました。

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ポツダム広場のショッピングモール「アルカーデン」では、ベルリンの壁の展示会が行われていました。この日が最終日。奥に見えるのは、実物大の監視塔です。当時の映像や写真に、買い物客が足を止めて見入っていました。

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私が印象に残ったのは、1961年に壁が建設された数日後、東ドイツの国境警備兵コンラート・シューマンが、一瞬の隙をついて西側に逃げる瞬間をとらえた写真です。このパネル中央上の写真があまりに有名ですが、別の角度から捉えたもの、あるいはその数日前に撮られたシューマンの写真は初めて見ました。

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シューマンが境界を越えたときはまだ有刺鉄線でしたが、やがて堅固な壁が築かれていくわけです。子供たちがこの石に上っていたので、私も思わず試してみました。

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いよいよ19時が近づいてきたところで、この日仕事でご一緒した日本からの方々とポツダム広場に行きました。予想はしていましたが、光のバルーンに沿ってすごい人の波!

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さすがにこの辺りには、地元の人だけでなく、旅行者と思われる人もたくさんいました。19時を回り、遠くの交差点に見える大画面では、挨拶をするヴォーヴェライト市長や(12月に離任する前の最後の大舞台ということになるのでしょうか)、ベートーヴェンの第9を指揮するバレンボイム氏の姿を映し出されていますが、音は全く聞こえないので、ブランデンブルク門前で何が行われているのか、ここからはわかりません。

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19時20分を回った頃、ブランデンブルク門の方から大歓声が聞こえてきます。すると向こうから、風船が一つ一つ夜空に放たれていくのが見えました!

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いってみれば、風船を打ち上げるだけですから、光景としてはさほどスペクタクルなものではなかったかもしれません^^;)。でも、壁のない世界とそこにある自由の意味を、こういう形で今の世界に対して示せるのは、やはりベルリンだからこそと思います。メルケル首相はこの日の式典で、「壁の崩壊は、私たちに夢が叶うことを教えてくれた」と語ったそうですが、夜空に飛んでいく風船は人々の過去と今の夢を乗せているかのように見えました。

by berlinHbf | 2014-11-16 14:45 | ベルリン発掘(境界) | Comments(4)

ドイツ統一24年目の日

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ドイツが統一して24年目の昨日(10月3日)は、ポツダム広場の展望台から街を一望しました。

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上の写真とこの写真(2012年8月)とを見比べてみると、ライプツィヒ広場の旧ヴェルトハイム百貨店の敷地に建設中だったショッピングモールが完成しているのに気付かれたかもしれません。実は1週間ほど前にオープンしたばかり。90年代以降、ベルリンの工事現場の代名詞だったポツダム広場周辺も、ついに空き地と呼べるスペースがほとんどなくなりました。今の仕事が落ち着いたら、ライプツィヒ広場の様子を見に行ってみるつもりです。

最近は移動が多いので、久々の更新もこの辺で。

by berlinHbf | 2014-10-04 23:48 | ベルリン発掘(境界) | Comments(0)

スマホより初投稿ーライプチヒ広場ー

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Leipziger Platz (2012-07-26)

先日ついに携帯をスマホに切り替えました。これからは、変わりゆくベルリンの風景をリアルタイムで伝えていくのも面白いのではないかと思い、早速投稿してみます。

ポツダム広場の隣、ライプチヒ広場の今の様子です。戦前ヴェルトハイム百貨店があった敷地に、巨大な商業施設がこれから建とうとしています。

このスマホにはまだ紐が付いていないので、フェンスから手を差し出して写真を撮るときに、真下に落としやしないかとハラハラしました(^^;

関連記事:
変容するライプチヒ広場(2) (2006-02-10)
(この辺りの6年前の風景です)
by berlinHbf | 2012-07-26 15:00 | ベルリンのいま | Comments(4)

発掘の散歩術(6) -ポツダム通りの隠れ家ギャラリー-

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Potsdamer Straße (2011.1)

ポツダム広場からM48かM85のバスに乗ってポツダム通りを南下すると、フィルハーモニーや国立図書館、新ナショナルギャラリーなどの斬新な建築が並ぶ「文化フォーラム」を過ぎ、運河にかかる橋を渡った辺りから、風景ががらりと変わることに気付く。戦前の古いアパートと戦後の安普請の建物が混在し、店の種類も道行く人々もどこか雑多。独特の活気は感じられるが、少なくとも美しい街並みとはちょっと言いがたい。

こんな背景がある。東西分断時代、壁に近いポツダム通りは、文字通り西ベルリンの果てに位置する場所だった。家賃が安いためトルコやアラブ系の住民が多く、街角にはフィクサーや売春婦が立ち、社会問題の発火点としても度々取り上げられた。映画『クリスチーネ・F』や橋口譲二の『ベルリン物語』に描かれた、この通りの場末感は今でもどこか残っている。

このポツダム通りが、最近変わってきたという。「ここ1、2年の間に、ポツダム通りに引っ越すギャラリーが増えています」とベルリン在住のアートコーディネーターの河村恵理さんから聞き、Klosterfeldeというギャラリーを訪ねてみた。

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ポツダム通りにあるKlosterfelde。評価の高いギャラリーに描かれるバナナマークが目印

ギャラリーと言っても、アパートの入り口に小さな表示があるだけで、何も知らなければ通り過ぎてしまうだろう。知人のアパートを訪問する時と同様、呼び鈴を押して玄関のドアを開けてもらう。最初は少し勇気がいるかもしれないが、臆する必要もない。階段を上って2階の入り口からギャラリーに入ると、真っ白な空間が目に飛び込んできた。部屋は改装されているものの、天井に見られる19世紀末のアパート特有の美しい装飾は、きれいに残されている。古いアパートとコンテンポラリーアートとの組み合わせが実に新鮮だ。

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ここで働くジル・エッガーさんが、ポツダム通りに引っ越してきた理由を説明してくれた。「最近までギャラリーはチェックポイント・チャーリー近くのツィンマー通りにあったのですが、オーナーのマルティン・クロースターフェルデは、常にベルリンの新しい場所と空間を探し求めていて、その結果見付けたのがここだったのです」。

ベルリンで最も影響力の強いギャラリーの1つ、Arndtも昨年4月にポツダム通りに越してきた。ヴァリエテのヴィンターガルテン脇のアパートの3階。長い廊下を突き抜けた奥にある、19世紀末に高貴な市民が所有していた元ダンスホールの部屋が一際印象的だった。過去の人々のぬくもりがどこか残ったようなこの空間を、オーナーのマティアス・アルントが見付けた瞬間に惚れ込み、引っ越しを決意したという。

先の河村さんは語る。「ベルリンのアートシーンというのは、本当によく動いています。ギャラリーの引っ越しの多さが、アートシーンを進化させていると言っても過言ではないと思います」。

ポツダム通りから横に延びるクアフュルステン通り(Kurfürstenstraße)やポール通り(Pohlstraße)にも、ギャラリーや面白そうな店をちらほら見かけるようになった。

バスから眺めた限りでは、ポツダム通りの変化は見えにくい。裏に隠れていることが多いのだ。それだけに、発掘のし甲斐もまたある。ポツダム通りの情報は、www.potsdamer-strassekompakt.deなどをご参考に。英語版もあるが、やはりドイツ語版の方がより充実している。
ドイツニュースダイジェスト 1月14日)


Information
クロースターフェルデ
Klosterfelde

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1996年にハンブルク出身のマルティン・クロースターフェルデが始めたギャラリー。2月初頭までTobias Buche展を開催。2軒隣のポツダム通り97番地の姉妹ギャラリーHelga Maria Klosterfelde(写真)では、写真や映像を中心に扱い、元文房具店の引き出しや床をそのまま生かした内装も一見の価値がある。

オープン時間: 火~土11:00~18:00
住所: Potsdamer Str. 93, 10785 Berlin
TEL:(030)283 53 05
URL: www.klosterfelde.de


ギャラリー・アルント
Galerie Arndt

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ギャラリー・アルントのかつてダンスホールだった部屋

1994年ハッケシェ・ヘーフェにArndt & Partnerとしてオープンして以来、アウグスト通り、ツィンマー通りなど、常にベルリンの先端をゆく場所に居を構えてきた。これまでトーマス・ヒルシュホルン、ソフィ・カルなど国際的作家の作品を紹介し、2月5日まではクロアチア人作家Julije Knifer展を開催。

オープン時間: 火~土11:00~18:00
住所:Potsdamer Str. 96, 10785 Berlin
TEL:(030)206 138 70
URL: www.arndtberlin.com

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by berlinHbf | 2011-01-12 21:59 | ベルリン発掘(西) | Comments(2)

戦前のホテルで観戦するワールドカップ

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先日の日本対オランダ戦は、写真のこの店の大画面で見ました。高い天井とそこに彫られた美しい装飾、そしてシャンデリア。あまりワールドカップ観戦の雰囲気には似つかわしくない気もしますが(笑)、さて、ここは一体どこでしょう?

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実はここ、観光客もベルリン在住者も一度はその横を通ったことがあるのではという場所です。ポツダム広場のソニーセンター内にあるCafé Josty。ポツダム広場ならどこかでパブリックビューイングをやっているのではと思って友達と待ち合わせたのですが、結局それらしきものは見当たらず(前回大会はソニーセンター内にZDFの特設スタジオが置かれていた)、このカフェの中で観戦することにしたんです。

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カフェ・ヨスティには何度か入ったことがありますが(値段はちょっと高め)、大画面が置かれているのは入口右側の奥の部屋とのことで、その先へ行ってみると、小さな階段の向こうにこの大広間が広がっていました。

ちょっとうれしかったですね。この部屋には前から一度入ってみたかったんですが、どこから内部につながっているのかわからなったんです。これは、戦前のホテル・エスプラナーデの一部。これが当時どういうホテルで、その後建物がどのように残されたかについては、以前書いたことがあるので、よかったらご覧ください。

関連記事:
ホテル・エスプラナーデ - 天使の降りた場所(22) - (2007-02-10)

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立地の割にはあまり混んでもおらず、ゆっくりゲームを楽しむことができました。われわれの後ろにいたドイツ人連中は日本を応援してくれ、カレーソーセージを食べながら観戦しているオランダサポーターの人もいました。いや、単に服の色がオレンジだっただけかな(笑)。

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外から見るとこうなっています。今回紹介したのが、この3つの中で一番左側の部分。真ん中は有名な「カイザーザール」(皇帝の間)、そして右側奥が『ベルリン・天使の詩』の撮影でも使われたPalmenhofという美しいホールです(こちらを参照)。

明日のドイツーガーナ戦、そして明後日の日本ーデンマーク戦と、見逃せない試合が続くので、今度はどこで見ようかと思っているところです。ベルリン内で他におすすめがあったら教えてください!

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by berlinHbf | 2010-06-22 00:38 | ベルリン天使の降りた場所 | Comments(6)

マルティン・グロピウス・バウのオラファー・エリアソン展

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現在、ポツダム広場からほど近いマルティン・グロピウス・バウ(Martin-Gropius-Bau)にて、オラファー・エリアソン(Olafur Eliasson)のベルリン初の大規模な個展「Innen Stadt Außen」(内-都市-外)が開催されており、大きな話題を呼んでいます。

デンマーク・コペンハーゲン生まれのアイスランド人作家エリアソンは、光、影、色、霧といった要素を通して、人間の知覚に新たな角度から訴えかける大規模な作品を発表してきたことで知られています。今年3月まで開催されていた金沢21世紀美術館での個展「あなたが出会うとき」などで、その作品をご覧になった方もいらっしゃるのではないでしょうか。

オープニングの4月28日は、作家自らの希望で入場無料となったため、多くの人が殺到。私もこの日に足を運んでみました。会場の前に来ると、窓から煙のようなものがもくもくと出ていて、「一体何だろう」と思わされます。

「私がまだアカデミーの学生だった1988年、現在とは反対側の入り口から初めてこのマルティン・グロピウス・バウの中に入った。(ベルリンの)壁はそれまで何度も見たことがあったけれど、この窓から壁とその緩衝地帯を眺めて、反対側がどれほど遠いかを実感した。視覚の演出が、置かれた環境を先鋭化させたからだ」(Tip誌のインタビューより)

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かつて目の前にベルリンの壁が立ちはだかっていたマルティン・グロピウス・バウ

94年からベルリンに在住するエリアソンは、この個展を「ベルリンと深く関係した非常に個人的な展覧会」と語っており、ベルリンという都市との関わりから生まれた作品がいくつも並んでいます。入り口近くの床には「ベルリンの歩道」という名の花崗岩が置いてあり、博物館の内と外の境界がなくなるかのような感覚を覚えます。また、展覧会と同じタイトルを冠したビデオ作品は、巨大な鏡をワゴン車に設置し、走る車とその鏡を通して写る風景をカメラが追いかけるというものなのですが、2つの現実の重なり合う様が面白かったです。博物館の中庭に設置された「Mikroskop」というインスタレーションは、まさに圧巻。「Round rainbow」や「Water pendulum」といった光、影、水を生かした作品も、多くの人がしばし立ち止まって見入っていました。

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中庭に設置された鏡のインスタレーション「Mikroskop」© 2010 Olafur Eliasson

正面の窓から出ている煙らしきものの謎は、最後の部屋で解き明かされることになります。部屋の中を歩きながら、夢の中をさまよっているような不思議な気分を味わいました。現代アートの展覧会で、1つ1つの作品がこれほど記憶に残るのも珍しい体験で、普段見慣れた街を新鮮な感覚で捉え直してみたい気持ちになりました。8月9日まで開催。
www.gropiusbau.de
ドイツニュースダイジェスト 6月18日)

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by berlinHbf | 2010-06-17 00:41 | ベルリン文化生活 | Comments(6)

1978年9月、西ベルリンにて(1)

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今年の2月初頭、クーダムから一歩入ったカフェで、ミュンヘンからやって来たあるお客さんに会う機会がありました(仮にKさんとさせていただきます)。Kさんは、その昔早稲田大学のオーケストラでヴァイオリンを弾いていたという、私の大先輩にあたる方。現在は日本の精密機器メーカーに勤務されています。それまで面識はありませんでしたが、昨年ミュンヘンに赴任するに際し、別の方を通して私の存在を知り、直接コンタクトを取ってきてくださったというわけです。

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Kさんがオーケストラのメンバーの一員としてベルリンにやって来たのは、1978年の9月。カラヤン財団が主催する国際青少年オーケストラ大会に出場するためでした。結果的に、早稲田大学交響楽団はこのコンクールで優勝することになったのですが、Kさんのベルリン訪問はそれ以来とのことで、コーヒーを飲みながら大変感慨深そうにされていました。

「動物園駅で降りて、駅前の広場を見た瞬間に32年前の記憶がよみがえりました。コンクール優勝が決まった日の夜、そこで『都の西北』をみんなで歌ったんです」。

当時のお話をいろいろと伺った後、長い間実家に眠っていたという写真を見せてくれました。「ここはどこだろう?」と思わせる写真も中にはあり、私が興味を示したところ、「よかったらお貸ししますので、好きなだけ持って帰ってください。使い道はお任せしますから」とおっしゃってくださいました。ご好意に甘えて、ここでアップさせていただくことにしました。

(1枚目は、「カラヤンコンクール」のポスター。2枚目は、78年のベルリン芸術週間のポスター)

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当時は西ベルリンの果てに位置したフィルハーモニー。現在のKemperplatz付近から撮った写真と思われます。

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そこからほど近い、ポツダム広場の見晴し台から撮ったと思われる写真。80年代の写真を見ると、この付近の壁は一面グラフィティで満たされていますが、78年の時点では、まだごくわずかな(政治的な)落書きしかなかったことがわかります。正面やや右の建物には、Staatsverlag der DDR(DDR国立出版)の文字が見えます。右手の小高い丘の存在も気になるところです。

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西側から見たブランデンブルク門。これも見晴し台からの1枚でしょうか。せっかくの機会なので、Kさんからお借りした写真をあと何枚か、ここにアップさせていただこうと思います。

(つづく)

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by berlinHbf | 2010-06-07 18:51 | ベルリン思い出話 | Comments(1)

ライプチヒ通りのメンデルスゾーン

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前回「メンデルスゾーン・レミーゼ」をご紹介しましたが、作曲家のフェリックス・メンデルスゾーンが住んでいた家は、そこから少し離れた場所にありました。

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それが、ポツダム広場からほど近い、ライプチヒ通り(Leipziger Straße)3番地の邸宅です。1825年、フェリックスの父アブラハムがこの家を購入し、一家は移り住みました。

1851年にこの屋敷は国に売却され、1904年、プロイセン貴族院がこの地に建てられることになります(現在はドイツ連邦参議院となっているこの建物は、以前紹介しました)。そういうわけで、メンデルスゾーン邸の跡は、残念ながら何もありません。わずかに、連邦参議院の一番右のドアの横に、(写真の)プレートが掲げられているのみです。そこには、この家が芸術と学問の社交の場になっていたこと、フェリックスがここで『真夏の夜の夢』序曲を作曲したこと、姉のファニー・ヘンゼルが有名な日曜音楽会を開催していたことなどが記されています。

関連記事:
ドイツ連邦参議院を見学! (2008-08-17)

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裕福なメンデルスゾーン家だけあって、立派な邸宅だったようです。通りに面した建物を抜けると、両翼の建物、そしてその美しさで知られる公園までありました。日曜音楽会は、暖かい季節に庭に面したホールで行われていたそうです。この水彩画はファニーの音楽部屋。明るい光が差し込む、さぞや素敵な部屋だったのだろうと想像させてくれます。

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先日、「メンデルスゾーン・レミーゼ」のEva Ghoshさんに案内していただいた時、この2つの椅子はファニーがライプチヒ通りの家で実際に使っていたものだと教えてくれました。確かに上の絵に見られる椅子との類似性は明らかです。近くで見ると、これが細かな装飾で縁取られた、とてもいい椅子なのです。

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この十字架の飾りは、ファニーがイタリア旅行の思い出として購入したものらしく、やはり上の音楽部屋に飾っていたものだとか。後にライプチヒに移り住むフェリックスと違い、、(この記事によると)ファニーは1847年に亡くなるまで、このライプチヒ通りの家に住んでいたそうです。

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by berlinHbf | 2009-11-21 13:39 | ベルリンの人々 | Comments(2)

変貌する「テロのトポグラフィー」

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ポツダム広場に近いニーダーキルヒナー通り(Niederkirchner Str)の壁は、「イーストサイドギャラリー」を除けば、ベルリン市内に残る「壁」の中ではおそらく最長だろう。昼間は観光バスの流れが絶えない場所だ。

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この裏手の広大な敷地は、ナチス時代にSS(親衛隊)とゲシュタポの本部があったところ。ここは1987年から、発掘された地下牢のスペースを使って、国家によるテロ、すなわちナチス時代の恐怖政治の歴史を伝える野外展示場になっている(それゆえ名前は「テロのトポグラフィー(Topographie des Terrors)」)。ベルリンに数あるオープンギャラリーの中でも、もっとも強烈な印象を与えるものだった(写真は昨年夏の様子)。

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先日久々に足を運んだら、あの野外展示はなくなっていた。どうしたのかと思い調べたら、展示会場は南側に移動したとのこと。長年の議論の末、「テロのトポグラフィー」の記録センターを造る工事が今着々と進んでいるのだ(現在の様子はこちらで見ることができる)。予定では、(ヨーロッパにおける)第2次世界大戦終結65周年の2010年5月8日にオープニングを迎えることになっている。

この「テロのトポグラフィー」については、以下のサイトが詳しいです。
テロ・トポグラフィー(テロの地勢図) BMK Berlin

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by berlinHbf | 2009-04-15 10:54 | ベルリン発掘(境界) | Comments(10)

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