ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
「素顔のベルリン」増補改訂版
¥1,680
ダイヤモンド社
(Amazon、全国各書店にて発売中)

本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

Amazonにてネット購入ができます。



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豊富なビジュアルとドイツ語フレーズを楽しめる1冊。基本のあいさつ表現から、街にまつわるドイツ語豆知識まで、ガイドブックとともに旅に役立つ会話集です。




『素顔のベルリン 過去と未来が交錯する12のエリアガイド 』
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ダイヤモンド社
(2009年発売)

地球の歩き方シリーズ初、待望のベルリンガイドブック誕生!比類なき歴史を抱えつつ、明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。「ドイツで最もドイツらしくない」といわれるこの町の知られざる魅力を、現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介。


現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

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タグ:ベルリン郊外 ( 24 ) タグの人気記事

発掘の散歩術(58) - Sバーン博物館でノスタルジーに浸る -

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Berliner S-Bahn Museum (2015-04)

日々移り変わるベルリンに15年近く住んでいると、いつの間にか消えてしまったものへのノスタルジーが募るときがある。私の場合、その1つが古いSバーンだ。私がベルリンに来た当初、独特の唸り声を立てて走る旧型のSバーンがまだわずかながら走っていた。開閉するときのドアの取っ手の重かったこと。内装の壁と座席は木製で、車内に入ると木目が醸し出す温かい雰囲気に気持ちがほころんだ。

2003年にこの電車が突如姿を消した後、477型と呼ばれるこの車両が1935年に製造されていたことを知った。ナチスの時代もベルリン・オリンピックも経験した電車が、21世紀になっても現役で走っていたのだ。その意味を思うと、「もっと味わって乗っておくのだった!」と私は後悔したが、時すでに遅し。あの懐かしい電車は、記憶の彼方へと旅立ってしまった。

そんなSバーンの博物館がベルリンの郊外にある。冬期以外の毎月2日間しかオープンしていないため、今回ようやく日程を合わせて訪ねることができた。ベルリン市をわずかに外れたSバーンのグリープニッツゼー駅で降り、表示に従って歩いて行くと、昔の信号扱い所だった建物を利用した博物館が見えてきた。

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グリープニッツゼー駅に面したSバーン博物館

細い階段を上って行くと、文字通りの「鉄(テツ)」の匂いが立ち込めてくる。以前、本コラム(第973号、2014年3月7日発行)でご紹介したベルリン地下鉄博物館を思い出した。窓口で硬券の入場券を買って中に入ると、壁にはSバーンの緑色の看板や駅名のプレートがぎっしり飾られ、奥にはあの懐かしい電車の姿もあった。

関連記事:

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実物に触れられる運転台は子どもにも人気

同じベルリンにあっても、Sバーンが地下鉄と異なるのは、その錯綜した歴史背景ゆえだろう。第2次世界大戦後、ドイツ、そして首都ベルリンは連合国の占領下に置かれたが、連合国の命でSバーンは一括して東独の国営鉄道であるライヒスバーンの管轄下に置かれた。東西どちらを走ろうが、である。1961年に壁の建設が始まると、西側のSバーンの利用者は激減した。どれだけ乗っても、収益は東側に流れたからだ。館内には、分断時代のSバーンの映像や写真が多く展示されていた。そこに見られる廃墟のような駅舎や保線状態の悪さが想像できる線路……。Sバーンこそは、西側にある東の世界だった。戦前の電車が世紀をまたいでも走り続けたのは、このような特殊な背景があったからにほかならない。この博物館のすぐ近くにあった壁を越えて、Sバーンがベルリンからポツダムまで再び走るようになったのは、東西統一後の1992年のことだ。

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博物館に保存された電車のあの木製の椅子に座り、しばし思い出に浸った後、グリープニッツゼーの駅に戻る。目の前には同名の湖が広がり、高級住宅が立ち並ぶ。1945年7月、トルーマン米大統領がポツダム会談中に滞在し、広島と長崎の原爆投下を決定したと言われる邸宅はこのすぐ近くにある(関連記事はこちらより)。人々を分断し続けた東西ベルリンの壁も、今も人々を苦しめる原爆も、時の権力者が「正しい」と考えた一瞬の判断によって引き起こされた。そんなことを思うと、ノスタルジックな気分が一気に覚醒した。
ドイツニュースダイジェスト 5月1日)


Information
ベルリンSバーン博物館 
Berliner S-Bahn-Museum

1996年にオープンした鉄道博物館。Sバーンの同好会により運営されており、様々な時代のSバーンの座席、プレート、切符、刻印機、信号などが展示され、その多くに触ることができる。実物のコントローラーを動かせる運転台も人気。入場料は2ユーロ(16歳以下は1ユーロ)。S7のGriebnitzsee駅より徒歩2分。

開館:4~11月まで毎月第2土曜・日曜(11月のみ第3週)
11:00~17:00
住所:Rudolf-Breitscheid-Str. 203, 14482 Potsdam
電話番号:030-78705511
URL:www.s-bahn-museum.de


ベルリンのトラム150周年 
150 Jahre Straßenbahn in Berlin

乗り物好きにお勧めしたいのが、今年創業150周年を迎えるベルリンのトラム(路面電車)の記念イベント。6月22日にアレクサンダー広場で行われる祝典では、1883年の馬車鉄道から最新型のトラムまでが一堂に会する。6月27日と28日の週末にはリヒテンベルクの車庫が一般公開され、さらに28日には祝賀の花電車が市内を走る予定だ。

by berlinHbf | 2015-05-10 13:48 | ベルリンあれこれ | Comments(1)

テーゲル湖からオラニエンブルクまで遊覧船の旅(1)

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Alt-Tegel (2014-06-10)

先週のベルリンは35度近くまで上がったかと思うと、急激に下がって再びジャンバーを着なければ寒い日に逆戻りと、気温が大きく揺れ動きました。そんな日々で一番暑かった火曜日、久々に時間ができたので、せめてもの旅気分を味わおうと知人と遊覧船に乗ることにしました。

11時半に地下鉄U6の終点Alt-Tegel駅で、この近くに住む知人のOさんと待ち合わせ、徒歩5分ほどでテーゲル湖に行きました。ここから各方面への遊覧船が出ています。今回のStern und Kreis社のコースは、北のオラニエンブルクのレーニッツ湖(Lehnitz See)まで行って戻ってくるというもの。毎週火曜のみの運行で、所要時間は6時間半。長く乗る割に、料金は19ユーロと割安です。オラニエンブルクといえば、少し前にザクセンハウゼン強制収容所でご紹介した場所。今度はどんな風景に出会えるでしょうか。では、この奇抜なMoby Dick号に乗って出航!

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船に乗る前に、動物好きのOさんが、「桟橋の下にバン(鷭)が巣を作っているのよ」と言うので見に行きました。雌鳥がこのようにじっと卵を温めているそばで、雄鳥が食べ物や巣になるものを探しては運んできます(卵が写っている写真は撮れなかったので、これは後でOさんからお借りしたもの)。

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汽笛を上げて、12時ちょうどに出航。船は大きなテーゲル湖をゆっくりと西に進みます。奥に見えるのは、かつてボルジッヒ家(蒸気機関車の会社で有名な一家)が所有していた邸宅。現在はドイツの外務省が所有していて、要人が参加する晩餐会がここで開催されるときは、周辺一帯が交通規制されるのだとOさんが教えてくれました。

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船は海水浴場のそばも通り過ぎて行きます。いくらベルリンとはいえ、平日の昼間はさすがに閑散としています。もっとも、戻ってくるときには、まったく違う光景になっているのですが……。

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乗船率もご覧の通り。最初は屋外の席にいましたが、照りつける太陽に次第に耐えられなくなってきて、やがて室内に逃げ込むことになります。

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やがて船はハーフェル川に合流して北上。2ヶ月前に友人とサイクリングしたときに通った、ニーダー・ノイエンドルフの監視塔跡を別の角度から臨むことができました。こんなに寂しい場所だったかと思いますが、反対側には湖畔の邸宅やヨットが見え、気持ちのいい岸辺が続きます。

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4月にサイクリングで通ったヘニングスドルフの橋を越えると、そこからは未知の場所。甘酸っぱいベルリナー・ヴァイセを飲みながら、旅は続きます。

(つづく)

by berlinHbf | 2014-06-19 17:17 | ベルリン発掘(全般) | Comments(0)

発掘の散歩術(39) -オリンピアシュタディオンで観るヘルタ・ベルリン-

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数々の名舞台が繰り広げられてきたオリンピアシュタディオン (2013-08-24)

5月半ばのある日、日本から訪れた知人と飲んでいて、ふとこんな話題が私の口を衝いて出た。「ベルリンにも日本人サッカー選手が来ればいいのにね」。

この数年間、香川真司選手(現マンチェスター・ユナイテッド)や長谷部誠選手(現1.FCニュルンベルク)がドイツに移籍したことで、ドルトムントやヴォルフスブルクといった地味な町に(と言っては失礼だけれど)どれだけの日本人ファンが訪れたことだろうか。対する我がヘルタ・ベルリン。町としてははるかに大きく、見どころの多い首都のサッカークラブであるにもかかわらず、リーグ全体ではどうも影が薄い。ここ数年は1部と2部の間を揺れ動き、今年50年を迎えるブンデスリーガの歴史の中で優勝経験も当然ない。2000年以降、日本人選手加入の噂は何度かあったが、噂以上にはならなかった。「いつかベルリンから日本への直行便が飛べばいいのにね」というフレーズ同様、実現の見込みがあまりない漠然とした希望として私は口にしただけだった。

そのわずか数日後、「細貝萌選手がレヴァークーゼンからヘルタ・ベルリンへ完全移籍」のニュースが伝えられた。びっくりした。そして嬉しかったが、この数年間、レギュラーに定着せずにドイツのチームを去った日本人選手は何人もいる。とにかく試合に出られるようにと、私は願った。

そのヘルタは開幕戦でいきなり爆発し、フランクフルトを相手に6-1と大勝。細貝はフル出場し、何とマン・オブ・ザ・マッチに輝いた! 私は居ても立ってもいられなくなり、第3節のホームゲーム、久々に本拠地のオリンピアシュタディオンに駆け込んだ。

正面の席につくと、鮮やかな緑の芝生とそれを縁取るブルーの陸上トラックが目の前に広がる。そして、隙間が全くない密度でスタジアムの東側に陣取るサポーターの大合唱。何度来ても心躍る、この巨大スタジアムの魅力だ。

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試合終盤から。写真中央に見えるのが細貝選手

この日の相手はハンブルガーSV。ブンデスリーガの歴史で、一度も2部に落ちたことがない古豪だ。細貝はボランチで先発出場。前半は両者とも攻め手を欠いたが、後半開始早々、ヘルタの若手DFニコ・シュルツが左サイドを駆け上がると、ワンツーで一気にシュートチャンスまで持って行った。この試合で初めてワクワクする攻撃だった。

その期待感が現実のものとなる。74分、再び左サイドでボールを持ったシュルツが、中央の位置から前線に絶妙の長いボールを蹴る。MFベン¬=ハティラがキープする間、勢いよくゴールに向かって走り込むシュルツへボールが渡った! 決めたのはコロンビア出身のFWラモスだったが、完全にシュルツがお膳立てしたゴールだった。これがヘルタ2勝目の決勝点となる。

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試合終了後、勝利の喜びを爆発させるヘルタ・ベルリンの選手とサポーターたち

精力的に動き回った細貝だったが、この日はどちらかと言えば攻撃と守備とをつなぐ職人的な仕事に終始した。が、大きなミスもなく、チームの信頼を勝ち得てきていることは、試合後にチームメイトと談笑する様子からも伺えた。

開幕3戦はチーム史上最高のスタートを切ったヘルタだったが、その後2連敗。さて、ここからどう踏ん張るか。来年の5月まで一喜一憂することになるだろうが、細貝選手の加入は、ベルリン生活に新たな楽しみをもたらしてくれた。
ドイツニュースダイジェスト 10月4日)


Information
ベルリン・オリンピアシュタディオン 
Olympiastadion Berlin


1936年のベルリン五輪に合わせて建設された石造りのスタジアム(収容は7万4200人)。試合やイベントが行われない日はスタジアムと周囲のオリンピックパークの見学が可能。これだけでも雰囲気は十分に味わえる。少し離れた所にある鐘の塔Glockenturmは、屋上からの眺望が素晴らしい(見学は7ユーロ。+3ユーロで日本語オーディオガイドも)。

オープン:月〜日9:00〜19:00(試合やイベントの開催日を除く。冬期は10:00〜16:00。詳細は下記URLを参照)
住所:Olympischer Platz, 14053 Berlin
電話番号:030-2500 2322
URL:www.olympiastadion-berlin.de
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ヘルタ・ベルリン 
Hertha BSC Berlin


ベルリンに本拠地を置くプロサッカークラブ。創設は1892年。2000年代はブンデスリーガ1部で安定した成績を残してきたが、その後2度の2部降格を経験。今季から再び1部でプレーしている。チームのマスコットは、ブラジル出身のゆるキャラ(?)ヘルティーニョ。ファンショップは市内に数カ所あり、以下はヨーロッパセンター前の店舗情報。
営業:月〜土10:00〜20:00
住所:Am Breitscheidplatz, 10789 Berlin
電話番号:01805-1892 00
URL:www.herthabsc.de
by berlinHbf | 2013-10-04 22:18 | サッカーWM2006他 | Comments(0)

発掘の散歩術(38) -アルト・リュバースからテーゲル川に沿って-

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今も農村生活が息づくアルト・リュバース (2013-07)

ベルリンの郊外の地図を眺めていて、「オールド」を意味する「アルト」が前に付いた地名を目にすると、古いもの好きの私はそれだけで興味を惹かれる。盛夏のある土曜日、今年初頭にご紹介したテーゲル湖の最寄駅(Alt-Tegel)からアルト・リュバース(Alt-Lübars)へ向かってみることにした。

地下鉄U6の終点駅アルト・テーゲルから222番のバスに乗り、2階建て車両の最前列に陣取った。徐々に緑の色が濃くなる風景を楽しみながら、バスは北東ほぼ一直線に進む。突然馬の姿が目に入ったかと思うと、終点のアルト・リュバースに到着した。

リュバースの名が文書に初めて登場するのは1247年のこと。都市ベルリンより10年ほど若いに過ぎない。同じ「アルト」が付いても、町として賑わっているアルト・テーゲルとは完全な別世界で、こちらは正真正銘の農村だ。1989年まで、ここから400メートルほどの距離にベルリンの壁がそびえていたというが、そんな歴史とは無縁のように、今も昔ものどかな風景が広がっている。

村の中心に、1790年に造られたバロック様式のかわいらしい教会があり、その周りには三角屋根の古い農家、消防署、古くからの酒場など、18~19世紀末にかけて建てられた家々が今も多く残る。村の規模も雰囲気も、中世の時代からそう大きく変わっていないのではないかと思わせてくれる、ベルリンでも希有な場所だ。

20分毎に出ているバスでそのまま市内に戻るのはもったいない天気だったので、BVG(ベルリン交通局)のパンフレットに紹介されていたハイキングコースを歩いてみることにした。アルト・リュバースの少し北側にTegeler-Fließという小さな川が流れ、9キロ先のテーゲル湖に注いでいる。この流れに大まかに沿ったコースだ。

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馬が放牧された牧草地を過ぎ、太陽を浴びながら砂地の道を歩いていくと、やがて木道になる。当然こちらの方が歩きやすいし、昔歩いた尾瀬の木道を思い出す。木陰に入り、気持ちいい涼風に包まれた。

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野生のシカが猛スピードで目の前を横切った瞬間

Hermsdorfer Seeという湖が奥に見えた時のことだ。絵画的な風景だなと思ってカメラを取り出した瞬間、目の前を何者かが猛スピードで通り過ぎた。一瞬の出来事で唖然とするほかなかったが、野生のシカだった。

このテーゲル川、元々は氷河期に形成された北部のバルニム台地からの雪解け水が、谷底に流れていく過程で生まれたもの。時には湖に合流するが、その流れ方はいかにも自然に身を任せているうちに出来上がったという感じに、蛇行を繰り返す。樹木や植物の知識があれば、さらに楽しめそうだ。

小さな流れはやがて大きなテーゲル湖に注ぐ。台地の上にあるアルト・リュバースに対して、テーゲル湖はウアシュトロームタール(Urstromtal)という谷底に位置し、そこから南のベルリン市内はほぼこの谷底にすっぽり入る。

アルト・リュバースからテーゲル湖まで徒歩3時間ほど。本物の村から氷河の雪解け水まで、都市ベルリンが生まれる前の悠久の時間に思いを向けさせてくれる散歩道だった。
ドイツニュースダイジェスト 9月6日)


Information
バルニムの村の散歩道
Barnimer Dörferweg


バルニム台地の古くからの村々を結ぶベルリン北端の散歩コース。今回ご紹介したアルト・リュバース−テーゲル湖間以外にも、東のブランケンフェルデ、カーロウ、アーレンスフェルデへと続き、全長31キロに及ぶ。ベルリン北部では著名なハイキングコースで、牧歌的な散策を楽しめる。自転車で回るのもお勧めだ。


アルター・ドルフクルーク
Alter Dorfkrug


アルト・リュバースの中心にある古くからのレストラン。この村に酒場があった記録は1375年にさかのぼるそうで、1896年に建てられた現在の建物は、美しいダンスホールを含め、その保存状態の良さで知られる。メニューは伝統的なドイツ料理が中心。夏の間は裏手の庭がビアガーデンとして開放され、内外の人々の憩いの場となる。

営業:木〜土12:00〜22:00
住所:Alt-Lübars 8, 13469 Berlin
電話番号:030-922 10 230
URL:www.gasthof-alter-dorfkrug.de


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この数日間、ベルリンの夏が終わった感を強くします。めっきり寒くなり、私は風邪を引いてしまいましたが、明日からは日本。この気温の変化に果たして対応できるでしょうか・・・。写真は数日前、バスの中から撮ったもの。中央駅前に掲げられたCDU(キリスト教民主同盟)の巨大な選挙広告です。メルケル首相のお決まりのポーズをモチーフにしたものですが、インパクトありますね。来週末、ドイツではいよいよ総選挙が行われます。
by berlinHbf | 2013-09-12 01:54 | ベルリン発掘(西) | Comments(1)

猛暑が続くベルリン

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Sommerbad Olympiastadion (2013-07)

暑中お見舞い申し上げます。
今夏のベルリンは、最近では例がないほど暑い日が続いています。先週末は35度を上回り、日本より湿気が少ないとはいえ、冷房設備が少ないベルリンの町ではかなり堪えます(私のアパートは中庭に面しているので、幸いまだ涼しいのですが)。こんなに暑いのは、ヨーロッパ中で記録的な猛暑に見舞われた2003年や、ベルリンでの最高気温38.6度を記録した2007年以来かもしれません。

この暑さで、湖の海水浴場や公共のプールは大盛況。行列ができているところも多いとか。

写真はオリンピックスタジアム(Olympiastadion)横にあるプール(詳細はこちら)。1936年の夏期五輪で、前畑秀子が平泳ぎ200メートルで金メダルを穫った歴史的な水泳場ですが、夏の間は公共プールとして開放されています。この横を通ることは今まで何度かありましたが、いずれも夏以外で、プールとして使われているのを見たのは初めてでした。映像で見たよりもずっと小さく感じられましたが、改めてレニ・リーフェンシュタールのドキュメンタリー映画や河西三省アナウンサーの「前畑ガンバレ」の実況と合わせて振り返ると、感慨深かったです。

天気予報を見ると、明日から気温は少しずつ下がっていくそうです。

関連映像:
前畑秀子 オリンピック女子200m平泳ぎ 1936 (YouTubeより)
by berlinHbf | 2013-08-06 13:01 | ベルリンのいま | Comments(2)

ベルリンの紅葉をおすそわけ

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ベルリンは、紅葉(日本に比べると「黄葉」の葉が多いですが)の最盛期を迎えています。今日はその様子をご紹介したいと思います。

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実は今、日本から父と真ん中の弟がベルリンを訪れています。私がもう10年以上この街に住んでいるというのに、父は今回がベルリン初訪問でした(笑)。到着翌日の21日(日)は抜けるような秋晴れに恵まれ、「黄金の10月」とも形容される10月の紅葉を堪能してもらえたのではないかと思います。おそらく、あと1週間遅くても早くても、この眺めを見ることはできなかったでしょう。そういう意味で、幸運でした。

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この日のお昼、10年来何かとお世話になっているシャルロッテンブルク在住のドイツ人の家族宅を訪れ、父と弟を紹介。皆さんとても喜んでくださり、話にも花が咲きました。

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中学から大学まで陸上部、2004年にベルリン・マラソンも走ったこともある弟が、近くのオリンピックスタジアムを見たいというので、行ってみることにしました。7ユーロ(割引5ユーロ)の入場料がかかりますが、スタジアムと周辺の広大なオリンピック公園、そしてスタジアム裏手のGlockenturm「鐘の塔」を全て見学できるので、お得感はあります(ただし、相当歩くことは覚悟しなければなりませんが)。

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スタジアムの聖火台。この両脇の壁には、ベルリン・オリンピックの全種目のメダリストが刻まれています。

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その後、Glockenturm「鐘の塔」に上りました。屋上の眺望は素晴らしく、グリューネヴァルトの森の海に浮かぶヴァルトビューネの白いテントが、一層引き立っていました。

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こちらはトイフェルスベルクの様子。数年前、最初にご紹介したときは、こんな眺めだったなあ。

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首相官邸近くの紅葉。

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ウンター・デン・リンデンからブランデンブルク門方面を望む。

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翌月曜は、森鴎外記念館を訪問。副館長のベアーテ・ヴォンデさんとゆっくり面談することができ、(専門は生物学ですが)医学史に興味のある父はとてもうれしそうでした。鴎外の下宿先を再現した部屋で、記念の記帳をさせていただく。

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天気は、前日とまったく対照的(夕方、ライヒスタークの屋上から撮ったものです)。わずか2日間で「黄金の10月」と「陰鬱な11月」という、この時期を象徴する2種類の空模様を見せられて、これはこれでよかったかなと。

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by berlinHbf | 2012-10-24 01:50 | ベルリンのいま | Comments(9)

夏の夜空に鳴り響くベートーヴェン

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満員に近い聴衆が集まったヴァルトビューネ

ベルリンの西の郊外にある野外劇場ヴァルトビューネでは、ベルリン・フィルのピクニックコンサートをはじめ、夏の間さまざまなジャンルのコンサートが開催されます。その中から7月29日、ダニエル・バレンボイム指揮、ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団のコンサートに行ってきました。
 
実はこの2日前、私はたまたまテレビでバレンボイム氏を観る機会がありました。ロンドン五輪開幕式の終盤で、彼が国連の潘基文事務総長やリベリアの平和運動活動家レイマ・ボウィ(2011年のノーベル平和賞受賞者)らと共に大きな五輪旗を運ぶ姿が映し出されたのです。それは、ユダヤ人音楽家であるバレンボイム氏が、長年イスラエルとアラブ諸国の融和のために尽力してきたからにほかなりません。彼はその意思表明を、イスラエルとヨルダン、レバノン、シリアなどアラブ諸国の音楽家が集まって1999年に結成された、ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団との活動を通じて実践してきたのでした。

コンサートの数時間前、猛烈な雨がベルリンに吹き荒れました。公演中止という事態も一瞬頭をよぎりましたが、コンサートが始まる頃には雲は完全に引き、見渡す限りの青空が広がりました。その変化の様子は、「奇跡的」と呼びたくなったほど。会場をほぼ埋め尽くしたお客さんの間からも、安堵のムードが漂います。

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バレンボイムとウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団

ベートーヴェンの交響曲第3番と第5番というプログラム。バレンボイム氏と同楽団のコンビはつい最近、新しいベートーヴェンの交響曲全集を出したばかりなのですが、前半の英雄交響曲の、力強い冒頭の和音が鳴り響いてすぐに、その仕上がりの高さに驚嘆。これはもう臨時編成のオケとは思えないほどの水準です。オーボエやホルンなどのソロ楽器には華があり、何より合奏が1つの統一体を成しています。バレンボイム氏は時々独特の「ため」を作りながら、「英雄」にふさわしい真摯で雄渾な演奏を聴かせてくれました(もっともPAを通した音は、やや迫力不足だったのも事実ですが)。

踏みしめるようなテンポで始まった「運命」は、日が沈んでいく過程と重なり、夜空に舞う花火のごとく壮大なフィナーレが終わると、聴衆の盛り上がりは最高潮に。バレンボイム氏はマイクを手にし、「ベートーヴェンの『5番』の後にアンコールを演奏することはできません。でも、我々は来年もここにやって来ます!」と短く挨拶。来年8月25日、ヴェルディ、ワーグナー、チャイコフスキーのプログラムを引き下げて彼らは再登場するそうです。

翌日の新聞には、「バレンボイムは天気も指揮した」の見出しが躍っていました。
ドイツニュースダイジェスト 8月17日)

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by berlinHbf | 2012-08-17 15:31 | ベルリン音楽日記 | Comments(6)

発掘の散歩術(25) -マックス・リーバーマンの理想郷-

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色とりどりの花が咲き乱れるリーバーマン邸西側の庭園

ベルリンの西の郊外、Sバーンのヴァンゼー駅から114番バスに乗り、湖沿いの高級別荘街を走ること数分、Liebermann-Villaと書かれたバス停で降りた。ベルリン分離派の創立者でプロイセン芸術アカデミーの総裁を務めるなど、ドイツ画壇の重鎮として知られた画家マックス・リーバーマン(1847〜1935)。目の前にそびえる立派な屋敷は、彼が晩年の25年間、家族とともに過ごした夏の別荘である。

中に入ると、隅々まで手入れが行き届いた美しい庭園が目の前に広がった。リーバーマンが住んでいた頃は果物や野菜も栽培していたそうだ。奥には白いベンチが置いてあり、女の子がスケッチをしている。花々に目をやりながら、老婦人がゆっくりこちらに向かって歩いてきた。何とも絵になる風景だ。

邸宅の1階では、暖炉のある部屋やサロン室など、当時の面影を残した部屋にこの場所の歴史が展示されている。食事室の向こうにはテラスが広がり、奥にヴァンゼーの湖を見渡せた。「夢のような」というありふれた形容が、ここではぴったりくる。

リーバーマンがこの別荘地に土地を購入したのは1909年のこと。当時、彼の住居はブランデンブルク門の真横にあった。慌ただしい都会生活から離れて、穏やかな日々を過ごしたかったのだろう。邸宅と庭園の設計はそれぞれ専門家に依頼しているが、隅々に至るまで彼の意向が取り入れられている。ギリシャ風の柱が構える邸宅は、かつてリーバーマンも描いたことのあるハンブルクの屋敷がモデル。草木が生い茂る実用園に対して、邸宅の東側は「部屋から湖を臨めるよう単純な芝生にしてほしい」と設計者に対して注文をしたそうだ。その横には、幾何学的に見事に構成された3つの庭園が隠れるようにしてある。

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Max Liebermann, Garten am Wannsee

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リーバーマン邸東側のテラスからヴァンゼーを臨む

セルフサービスのカフェになっているテラス席に座ってコーヒーを飲む、時おり湖を眺める、本を読む。リーバーマンのアトリエがあった2階に行き、彼がこの場所で描いた数々の絵画を眺める。それは本当に素敵な時間だった。ロッジアの壁面には、楽園の庭を描いた古代ローマのフレスコ画に触発されて、リーバーマンが描いた壁画が残っていた。彼はこの場所を本当に理想郷と感じていたのだろう。

だが、やがて狂気の時代がやってくる。ナチスが政権を握ると、ユダヤ人であるリーバーマンに対して公然と嫌がらせをするようになった。抵抗の意を示すため、彼はすべての公職を辞した後、1935年失意のうちに死去。ナチは未亡人のマルタに対して、屋敷を帝国郵便局に売却するよう命じた。周辺は、ナチス高官の住まいに変わっていく。そして1943年、マルタ夫人は強制収容所テレージエンシュタットへの強制輸送を前に自死を選んだのだった……。

ホロコーストの1つの出発点となった1942年1月のヴァンゼー会議の舞台となった屋敷は、ここから目と鼻の距離にある。理想郷のようなこの場所と殺人工場とのギャップをどのように考えたらいいのだろうか。私はまだ、ヴァンゼー会議の館に行ったことがない。だが、ユダヤ人がこの世からいなくなることを「理想」と考えた人間がいた場所も、近いうちに見ておかなければと思っている。
ドイツニュースダイジェスト 8月10日)


Information
ヴァンゼーのリーバーマン邸 
Liebermann-Villa am Wannsee


第2次世界大戦後、この邸宅は病院として使われ、地元のダイビングクラブに貸し出されていた時期もあった。その間、庭園は完全に荒れ果てたが、1995年に設立されたリーバーマン協会のイニシアチブにより修復が進められ、2006年にミュージアムとして再オープンした。これらの活動が評価され、EUの文化財保護賞を受賞。入場料は6ユーロ(割引4ユーロ)。

開館:月水金土10:00〜18:00、木日祝10:00〜19:00(10〜3月は水〜月11:00〜17:00)
住所:Colomierstr. 3, 14109 Berlin
電話番号:(030)805 85900
URL:www.liebermann-villa.de


「マックス・リーバーマンとエミール・ノルデ 庭園の絵画」展
Max Liebermann und Emil Nolde. Gartenbilder

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© Nolde Stiftung Seebüll

リーバーマン邸の2階で開催中の特別展。リーバーマンの同時代の画家で、作風も歩んだ道も重なるエミール・ノルデ(1867〜1956)。庭園画に思い入れの深かった2人の作品を対照させて展示している。リーバーマンの作品の多くはこの邸宅で描かれており、具体的な場所を確かめながら鑑賞することができるのは、このミュージアムならでは。

期間:2012年9月3日(月)まで

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by berlinHbf | 2012-08-12 00:03 | ベルリン発掘(西) | Comments(2)

発掘の散歩術(15) -ケーペニックともう1つの「キーツ」-

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Köpenick - Kietz (2011-09-20)

ベルリン中央駅から東にSバーンで30分ほど、シュプレー川とダーメ川がちょうど交わる地点に位置するケーペニックは、ベルリン在住の人も「観光」目的で一度は訪れる価値のある町だ。ここには中世の城塞都市だった頃の面影がいまだ濃厚に残っており、シュパンダウと並んで、ベルリンよりも古い歴史を持つ。先日、赤煉瓦の市庁舎を中心とした旧市街の散策を楽しんだ後、ケーペニック宮殿がある南側の島を初めて訪れてみた。すでに7世紀頃からスラブ人がここに城塞を構えていたというケーペニックの原点の地である。

バロック様式の宮殿は比較的最近修復されたばかりで、内部も大変美しく見応えがあったが、こちらが心配になってしまうほどの閑散ぶりである。訪問者よりも、各階の職員の方が多いほど。せっかく素晴らしいロケーションにあるのだから、もう少し人を呼べないものかと思う。

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ケーペニック王宮の庭園からダーメ川と「キーツ」の方面を望む

宮殿の裏手は英国風の庭園になっており、湖と見紛うほど川幅の広いダーメ川が眼前に迫る。水のある風景は、やはりどこか心を広々とした気分にさせてくれる。東側の対岸を望むと、背の低い民家が並び、ボートや小舟が浮かんでいた。実は、ここを訪ねることが今回のケーペニック行きのもう1つの目的だった。

当連載の第1回目のタイトルが「『キーツ』の原点を訪ねて」だったのを覚えておられるだろうか。「スラブ人の漁村集落」を元々の意味とする「キーツ」。それが地名として残っている場所がケーペニックにもあるという。ケーペニック宮殿から徒歩5分、ダーメ川の東岸に延びる「キーツ(Kietz)」という通りである。

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漁村集落の面影を今に伝えるケーペニックの「キーツ」

1240年、ドイツのアスカーニエン家が新しい城塞を建てると、それまでそこに拠点を構えていたスラブ人は追われ、一部が近くに漁村集落を形成するようになったという。実際、この「キーツ」の中に入ってすぐ、どこか心が和んでくるのを感じた。平屋、せいぜい2階建ての背の低い古い家屋が多く並び、19世紀末以降の高さが統一されたアパートが整然と並ぶ住宅街とは、明らかに趣を異にしているからだ。窓枠にかわいらしい装飾が見られたり、入り口のドアの上に魚の形を模した真鍮板が飾られていたりして、1つひとつの建物に個性が感じられる。とはいえ、通りの長さはせいぜい250メートルぐらい。あくまで漁村のスケールである。17世紀の30年戦争で部分的に被害を受けたものの、このキーツの規模は何世紀もの間大きく変化することはなかったという。1743年の時点で、ここには31軒の住居があり、同通りの27番地や19番地の建物はその当時に造られたもの。通り全体が貴重な文化遺産でもある。

興味深いのは、このキーツでは19世紀末まで自治が営まれていたことだ。これは、キーツごとに独自のミニコミ紙が作られていたり、地域のお祭りが行われたりする現代のベルリンのキーツの精神と、どこか重なり合うような気がした。
ドイツニュースダイジェスト 10月7日)


Information
シュロスプラッツ・ブラウエライ・ケーペニック
Schlossplatzbrauerei-Coepenick

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宮殿前広場にある「ドイツ最小の醸造所」。ガラス張りの小さな建物の前には常に人が集まっている。ヘレス、ドゥンケルのほか、フルーティーでぴりっとした味わいのキルシュ・チリビア、薫製の味が独特なラオホビアなど、どれも新鮮で美味しい。昼間は広場に食べ物の屋台が出ており、外のベンチで飲食することもできる。

開館:月~日12:00~
住所:Schloßplatz Köpenick, 12555 Berlin
電話番号:(030)420 968 76
www.brauhaus-coepenick.de


ケーペニック宮殿
Schloss Köpenick

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現在のバロック様式の宮殿は、初代プロイセン王のフリードリヒ1世がまだ公子だった17世紀後半に建設された。現在はプロイセン文化財団が運営する工芸博物館になっている。ルネサンスからロココまでの遺産を収めたベルリンのもう一つの「博物館島」でもある。庭園に面したカフェSchlosscaféは、水辺への眺めもよく、一休みするには最適。

営業:火~日10:00~18:00
住所:Schloßinsel 1, 12557 Berlin
電話番号:(030)266 42 42 42
www.smb.museum

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by berlinHbf | 2011-10-11 23:57 | ベルリン発掘(東) | Comments(0)

発掘の散歩術(13) - 「ミニ東ドイツ」を訪ねて -

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クライン・グリーニッケで小菜園を営む人々。1978年撮影(Foto: Jutta Jagßenties)

1961年8月13日の「ベルリンの壁」建設から50年という節目の今夏、『壁の後ろに』と題された展覧会の案内が目に留まった。壁の目の前で日常の生活を送っている人の写真はこれまで何度も見た。だが、この展覧会のテーマになっているクライン・グリーニッケという場所の地図を見てびっくりし、ともかく見に行ってみようという思いに駆られた。

Sバーンのヴァンゼーの駅から316番のバスに乗って、森の中を揺られること約10分、シュロス・グリーニッケのバス停で降りた。ここはかつて西ベルリンの最果てだった場所。向こうにはスパイの交換で知られたグリーニッケ橋が見える。プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム4世の一番下の弟カール・フォン・プロイセン王子の夏の離宮だったグリーニッケ城。この敷地内の一角にあるオランジェリー(オレンジやレモンなどを冬場の寒さから守る温室)が展覧会の会場だった。

多くのドイツ人と同様(と言うべきか)、カール・フォン・プロイセン王子はイタリアやスイスに強い憧憬を持っており、1863年から67年にかけて、その南側のクライン・グリーニッケにスイスの山小屋風の邸宅をいくつも造らせた。王子もその1つに住み、いたくお気に入りだったようだ。こうして20世紀初頭にかけて、クライン・グリーニッケは風光明媚な高級住宅街へと発展した。1930年代、ここに住んでいた著名人の中には、映画女優のリリアン・ハーヴェイがいる(もっとも彼女は、ユダヤ人と接触を持っていたことを理由にゲシュタポに監視され、数年後にドイツを去ることになるのだが)。

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模型で見るクライン・グリーニッケ。左上にグリーニッケ橋が見える

事情が複雑になるのはここからである。戦後、グリーニッケ城は西側の領土に含まれたが、そこから目と鼻の先のクライン・グリーニッケは東側に属すこととなった。地図でこの区域を見ると、湖に隔てられたうさぎかロバの耳かという奇妙な形をしている。いわば西ベルリンへの「飛び地」。61年8月に壁が造られると、クライン・グリーニッケの500人ほどの住民は突如取り残された。対岸のバーベルスベルクへは1本の橋が結ぶのみ。飛び地という特殊な環境から、ここは「特別安全区域」なるものに指定され、許可証を持っていないと中に入ることができなかった。区域中で親戚が集まるパーティーを開こうものなら、何カ月も前から計画し、役所に申請しなければならなかったのだ。壁と壁との間の一番幅の狭い部分はわずか15メートルしかない。クライン・グリーニッケは、壁というものの愚かしさが凝縮されたミニ東ドイツ国家だった。

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DDR時代、「もっとも幅が狭かった場所」

展覧会を見た後、実際のクライン・グリーニッケを歩いてみた。スイス風の屋敷をはじめ、19世紀に建てられた美しい建築は今も比較的多く残っており、緩衝地帯だった空き地にもポツポツと新しい家が建ち始めていた。とはいえ、展覧会で見たばかりの灰色の写真の記憶が強かったからだろうか、一通り歩き終えて旧西側の大通りに出た時、心なしかほっとした。
ドイツニュースダイジェスト 8月5日)


Information
展覧会『壁の後ろに』
Hinter der Mauer

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ミニ東ドイツ国家の生活の実態、逃亡劇、当時の住民の証言などが、大判の写真や映像、模型を交えて程良い大きさのスペースに展示されている。ドイツ語のみの説明だが、窓口では英語の資料も用意。週末の14時には、クライン・グリーニッケの歴史をたどるツアーも開催されている(ドイツ語)。展覧会は10月3日まで。

開館:火~日10:00~18:00
住所:Schloss Glienicke Orangerie, Königstr. 36, 14109 Berlin
電話番号:(030)467 9866 66
URL:www.hinter-der-mauer.de


ビュルガースホーフ
Bürgershof

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クライン・グリーニッケにあるレストラン&ビアガーデン。創業は1873年にさかのぼり、邸宅のような建物と広大な庭園が特徴。目の前のグリーニッケ湖を眺めながらのんびりくつろいでいると、19世紀後半から20世紀初頭にかけての華やかかりし頃を彷彿とさせる。最大1000人まで収容でき、 貸し切りも可能だとか。

営業:月~金12:00~、土日祝11:00~
住所:Waldmüllerstr. 4-5, 14482 Potsdam
電話番号:(0331)237 88 89
URL:www.buergershof.de

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by berlinHbf | 2011-08-11 18:47 | ベルリン発掘(境界) | Comments(0)

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