ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
「素顔のベルリン」増補改訂版
¥1,680
ダイヤモンド社
(Amazon、全国各書店にて発売中)

本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

Amazonにてネット購入ができます。



『街歩きのドイツ語 』
¥1,575
三修社

豊富なビジュアルとドイツ語フレーズを楽しめる1冊。基本のあいさつ表現から、街にまつわるドイツ語豆知識まで、ガイドブックとともに旅に役立つ会話集です。




『素顔のベルリン 過去と未来が交錯する12のエリアガイド 』
¥1,575
ダイヤモンド社
(2009年発売)

地球の歩き方シリーズ初、待望のベルリンガイドブック誕生!比類なき歴史を抱えつつ、明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。「ドイツで最もドイツらしくない」といわれるこの町の知られざる魅力を、現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介。


現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

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タグ:クーダム周辺 ( 31 ) タグの人気記事

変わりゆくツォー駅周辺

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Bahnhof Zoologischer Garten (2015-04-04)

この数ヶ月、ほとんど更新できないまま、あっという間に5月に入ってしまいました。久々の更新の機会に、最近変化が著しいツォー駅周辺の様子をお届けしたいと思います。

2006年にベルリン中央駅が完成した後、長距離列車は通過するようになり、寂れた感がやや色濃くなったツォー駅ですが、いよいよこれから数年間に及ぶ大規模な改装工事が始まるようです。

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カレーソーセージCurry36のインビスの横には、最近になってスタバのカフェスタンドもできていました。

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右からようやく修復作業が終わったカイザー・ヴィルヘルム記念教会、最近50周年を迎えたヨーロッパセンター、昨年オープンしたビキニ・ベルリン。

関連記事:

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ツォー駅の北側にあるアメリカ・ハウスは、昨年秋、写真ギャラリーのC/O Berlinの展示会場に生まれ変わりました。この中にある細長いスペースのカフェは、なかなか居心地がいい場所なので、ギャラリーと一緒に改めてご紹介したいと思っています。

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そして、最近解体が始まったのがこの建物。この中に入っていた店舗を思い出すと、バーガーキング、バックパッカー向けのホステル、花屋、両替所、スポーツバー、軽食のスタンド、エロティック・ミュージアム……。昼間から酔っ払いがたむろし、少々猥雑な雰囲気も漂う場所でしたが、こういう場所が今ツォー駅の周りから消え去ろうとしています。

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解体が進む上の建物。奥に見えるのは高級ホテルのWaldorf Astoria

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クーダムとヨアヒムスターラー通りの角には、大きな写真パネルが置かれていました。1945年春の街の様子をとらえた特大の写真は、非常に迫力があり、現在の風景と比較すると、やはり胸に迫るものがあります。この「ベルリンの春」という野外展示は、ブランデンブルク門、ポツダム広場、アレクサンダー広場、ヴィッテンベルク広場など、市内の主要な場所で開催中。

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記念教会の70年前と今。新聞やラジオでは、このところ連日のように、70年前に起きたベルリンの地上戦や強制収容所の解放などを思い起こさせるニュースが報じられます。5月8日のドイツの終戦記念日が近づいてきました。
by berlinHbf | 2015-05-01 18:52 | ベルリン発掘(西) | Comments(3)

「西ベルリン」の回顧展

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東西ドイツ統一後10年から15年くらいにかけてでしょうか、東(オスト)とノスタルジー(郷愁)を掛けた「オスタルギー(Ostalgie)」という造語がよく使われた時期がありました。統一25周年の今年は、西ベルリン時代に焦点を当てた展覧会「WEST:Berlin」が開催され、大きな注目を集めています。

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「西ベルリン」展で展示中の1961年製の水陸両用車「アンフィカー」
© Stadtmuseum Berlin | Foto: Michael Setzpfandt


ニコライ教会からほど近い展示会場のエフライム宮殿は、平日の午前中にもかかわらず、多くの来場者で賑わっていました。最初に目にしたのが、世界的にも数少ない、市販された水陸両用車「アンフィカー」。1960年代前半、主に西ベルリンで製造されたもので、この街に長く住む知人は、休日になると郊外の湖ヴァンゼーにこの車が浮かんでいるのを何度も見たことがあるそうです。東ドイツとの国境に接した湖の上を、乗用車がのんきに「走る」姿を想像したら、何となくおかしくなりました。

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最上階には、2013年末に廃業となったホテル・ボゴタのサロンが再現されていた。これも「ヴェスタルギー」(西ベルリン時代のノスタルジー)の一つか
Hörlounge / Hotel Bogotá

© Stadtmuseum Berlin | Foto: Michael Setzpfandt



1949年から90年まで地図上に存在した西ベルリンとは、実に不思議な場所でした。周囲が東ドイツ領に囲まれた「赤い海に浮かぶ島」であり、ここを統治した西側の連合国にとっては、「西側のショーウインドー」という言葉に象徴される、繁栄を死守すべき場所でした。政治機能がなかった一方、同時に極めて「政治的な」西ベルリンを象徴したのが「壁」の存在でしょう。この展覧会でも、壁と共にある日常や、列車や車で西ベルリンを出入りする際の様子が大きく紹介されていました。

壁に囲まれながらも、西ベルリンには独特の活気とエネルギーが溢れていました。兵役が免除されたゆえ、この街に大挙して訪れた左翼系の若者によって形成されたオルタナティブ(前衛的)な空気。そして、出稼ぎ労働者としてやって来たトルコ人を始めとする多くの外国人によって、今日に続くベルリンの多様性が築かれていきます。印象に残ったのは、クロイツベルクの写真館の女性が1945年から93年までの長きにわたって収めた11点の家族写真。そこには街の住民構成が変わっていく過程がくっきりと映し出されており、掛け替えのないドキュメントになっていました。

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展示会場のエフライム宮殿

西ベルリン時代を語る上で欠かせないのが、第一級の「文化」の存在でしょう。戦後間もない頃に創設された国際映画祭、ベルリン・ドイツ・オペラ、カラヤンとベルリン・フィルが一時代を築いたフィルハーモニー、新ナショナルギャラリー……。赤い海に浮かぶ摩訶不思議な島は、世界とも身近なところで繋がっていたのでした。

今も刻々と移り変わるベルリン。この街の行方を考える上でも、一見の価値のある展示内容になっています。6月28日までの開催。
www.west.berlin
ドイツニュースダイジェスト 4月17日)

by berlinHbf | 2015-04-20 21:23 | ベルリン発掘(西) | Comments(0)

発掘の散歩術(46) -ビキニ・ベルリンの再生!-

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新装オープンしたビキニ・ベルリン。右手はカイザー・ヴィルヘルム記念教会

「ビキニ・ハウス」。ツォー駅からほど近い場所に位置し、風変わりな名前を持つこの商業ビルは、隣の映画館ツォー・パラストと並んで、戦後の西ベルリンに建てられた代表的な建築の1つだ。建物の真ん中の階にあるアーケード(渡り廊下)を境に構造が2つに分かれ、その様子が水着の「ビキニ」を想起させることから、こう名付けられたのだそうだ(もっとも、このアーケードは1978年に閉じられたとのことだが)。


私がベルリンに来た2000年代初頭、ビキニ・ハウスにはすでに寂れた感が強く漂っていた。2010年に改修工事が始まると、建物は一時期骨組みだけをさらして立っていた。「日本だったら、確実にスクラップ&ビルドするところだろうに」と思いながらも、私はその様子を眺めていた。

4月3日、その「ビキニ」が生まれ変わった。正直、クーダム周辺に新しいショッピングセンターが1つ増えたことに対してさほど関心がなかったのだが、実際に足を運んでみたら、良い意味で予想は裏切られた。まず、ビキニでは洋服のH&MやZara、家電のSaturnといった典型的な大手チェーン店を見掛けない。イタリアや地元ベルリンのデザイン系のお店や洋服店などが多く並び、質の高いものを提供している印象。値段は安価と高級の中間といったところか。緑色の鉄骨がむき出しの中央の空間は広々としており、カフェなどくつろげるスペースが用意されている。全体的に木を多用しているのも良い。

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生まれ変わった内部の様子。奥のカフェに面した窓からも動物園の眺めを楽しめる

横幅の広い階段を上った先は、大きなテラスになっていた(このテラスには映画館横の階段から直接出ることもできる)。眼下には動物園の広い森が広がり、チンパンジーやフラミンゴたちが日を浴びている。ビキニがドイツ最古の動物園に直接面していることは知っていても、ショッピングの場に緑と動物を溶け込ませる空間の使い方には唸らされるものがあった。

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「ビキニはショッピングセンターではなく、コンセプトモール。我々は(大手チェーン店に)賃貸するのではなく、情報に新しい視点からの価値を加え、それを他者と共有したいのです」とは社長のカイ=ウーヴェ・ルートヴィヒ氏の言葉。彼がアドバイザーに起用したアンドレアス・ムルクディス氏は、ギリシャから東独ドレスデンに亡命した両親の下で育ち、自らデザイン系のショップや出版社を経営する傍ら、展覧会のキュレーターをもするような人物だという。

ベルリン西地区の中心街は、現在めまぐるしい勢いで変化を続けている。ムルクディス氏はこのエリアに新しい刺激を及ぼす可能性として、この秋ツォー駅裏手に引っ越してくる写真ギャラリー「C/O Berlin」と、やはりこの近くに最近ドイツ1号店がオープンしたばかりの「ユニクロ」に期待を寄せている。そう言えば、ビキニのテラスでも、老舗デパートKaDeWeなどと並んで、「From Tokyo」と書かれたユニクロの紙袋を持った人々をよく見掛けた。クーダム界隈の消費文化にも新しい風が吹き始めているようだ。
ドイツニュースダイジェスト 5月2日)


Information
ビキニ・ベルリン 
BIKINI BERLIN

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1955~57年に掛けて、パウル・シュヴェーベスとハンス・ショスツベルガーの設計により建設。昨年11月に改装オープンしたツォー・パラストなどと並び、建物は文化財に指定されている。コンセプトモールとして生まれ変わった現在は、3300㎡の敷地内に60の店と20の木組みのポップアップ・ストアが並ぶ。動物園を望む大きなテラスは24時間開放されている。

営業:モール9:00~21:00、ショップ10:00~20:00(月~土)
住所:Budapester Str. 38-50, 10787 Berlin
電話番号:030-3055496454
URL:www.bikiniberlin.de


25アワーズ・ホテル・ビキニ・ベルリン 
25hours Hotel Bikini Berlin

ビキニに隣接し、やはり1950年代に建てられたオフィスビルが、今年1月デザインホテルに生まれ変わった。部屋数は149。大通りに面した「アーバン」と、動物園に面した「ジャングル」の2タイプから選べる。屋上にはオリエンタル料理のフュージョンレストラン「Neni」と「Monkey-Bar」があり、後者は「ベルリンで最も素敵なバーの1つ」(フランクフルター・アルゲマイネ紙)と早くも絶賛された。

住所:Budapester Str. 40, 10787 Berlin
電話番号:030-1202210
URL:www.25hours-hotels.com

by berlinHbf | 2014-05-04 15:10 | ベルリン発掘(西) | Comments(6)

ユニクロ・ベルリン店初訪問!

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11日(金)に「ユニクロ」のドイツの1号店がオープンし、大きな話題を集めました。さすがの私もちょっと気になって、翌土曜日の夕方に様子を見に行ってきました。

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オープン直後だったことを差し引いても、何だかとても不思議な光景でした。まず、店内がとても広い。地下から2階まで、「売り場面積はおよそ2700平方メートルと、ヨーロッパにあるユニクロの店舗の中で最大」(NHKニュース)というだけのことはあると思いました。そして、それに応じてスタッフの数も多い(日本人スタッフも結構いらっしゃいました)。これは日本では当たり前のことですが、ドイツでは珍しいのです。デパートでも家電量販店でもブティックでも、何か聞きたいことがあるときに、人を捕まえるのが難しいことが少なくない。親切な店員も中にはいますが、「どーせまたつっけんどんな対応をされるんじゃないか」と内心ビクビクしている自分もどこかにいる^^;)。ところが、ユニクロでは、まず入り口に挨拶専門(?)のおねえさんがいて(おそらくこの週末だけでしょうが)、1人1人に声をかけてくれるんですね。私が店内にいた15分ぐらいの間に、一体何度「はっろー!グーテン・ターク!ヘァツリッヒ・ヴィルコメン!(ようこそ)」の声があちこちから聞こえてきたことか。私はいくばくかの恥ずかしさとこそばゆい気持ちで、店内にいる間、若干にやにやしていたかもしれません^^;)

こういう日本のおもてなし文化がベルリンのプロイセン的気質と今後どのように融合していくのか、とても興味があるところ。これは皮肉じゃなくてそう思います。
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場所はタウエンツィエン通りとニュルンベルガー通りの角という一等地。少し前までナイキのお店だったところ。

日本とのお値段の比較は厳密にはできませんが、全体的に日本よりは高めとはいえ、そこまで大きな開きはないとは言えそうです。現在の為替の関係もあるでしょう。ともあれ、土曜日のユニクロは大賑わいでした。クーダムでも帰りの地下鉄でも、ユニクロの紙袋を持ったドイツの人を何度も見かけたのは、やはり不思議な気がしました。

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ユニクロの欧州最大店 ドイツに開店
NHK動画ニュースより 4月12日 4時00分

大手衣料品チェーンの「ユニクロ」は、売り場面積がヨーロッパで最大となるドイツでの1号店を首都ベルリンに開き、倹約家が多く販売競争が激しいと言われるドイツの市場で、売り上げを伸ばせるか注目されます。

ユニクロのドイツ1号店は、ベルリン中心部の、ファッションブランドの店舗が数多くある大通りに設けられ、売り場面積はおよそ2700平方メートルと、ヨーロッパにあるユニクロの店舗の中で最大です。
開店初日の11日は、店の外に長い行列を作っていたおよそ500人の客が、オープンとともに店内に入り、ジャケットや肌着といった日本でも販売されている商品を次々に買い求めていました。
ドイツ人の女性は「ヨーロッパ風のデザインと違いがあって、買い物をしていてわくわくします」と話していました。
ユニクロがヨーロッパで出店するのは、イギリス、フランス、ロシアに次いでドイツが4か国目で、今後、ベルリンの1号店を拠点に、ドイツの主要都市へと事業を拡大していく方針です。
ただ、ヨーロッパ経済をけん引するドイツには、すでに欧米の大手衣料品チェーンが数多くの店舗を構えており、倹約家が多く販売競争が激しいと言われるドイツの市場で売り上げを伸ばせるか注目されます。

by berlinHbf | 2014-04-13 22:39 | ベルリン発掘(西) | Comments(5)

ホテル・ボゴタ 最後の記録(3)〜静かな朝食

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Hotel Bogota (2013-11-28)

ホテル・ボゴタに泊まって楽しみにしていたのは、朝食の時間だった。部屋を出て階段に向かうと、リヒトホーフからグレゴリオ聖歌がほのかに聞こえてくる。通りから光が差し込み、窓際には大きな古い柱時計が構えている。給仕がコーヒーを持ってきてくれ、まず熱い一杯を喉元に流し込む。どちらかといえば簡素な朝食だが、とてもおいしいのだ。客のひそひそ声、ナイフとフォークの音のほかは、静かで優雅な時間が流れている。自宅から20分ほどの距離だけれど、この時間を味わうだけでも来てよかったと思った。

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このホテルのファンと思われる、おしゃれな服装をした年配のお客さんの姿が目についた。この部屋は奥にピアノがあり、展覧会のオープニングはよくここで行われた。私は結局行く機会はなかったけれど、ジャズのコンサートも最後まで定期的に行われていた。

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ホテルの調度品や絵画の多くはすでに売りに出されてしまったが、この古時計のように、特に価値の高いものは来年2月にネット上のオークションにかけられる(詳しくはこちら)。世界中の人が参加できるそうだ。

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朝食時は食べ物が置かれるPhotoplatz。

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ホテル廃止反対を訴える、ボゴタらしいユーモアにあふれた写真。一番右のカードには、「Weniger Gucchi, mehr Bogota (Less Gucchi, more Bogota)」と書かれている。

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ホテル・ボゴタに限らず、クーダム周辺では古くからの商店や映画館などが急速に消えつつあるという。

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最終日の12月1日は全館が開放されオープンデーに。食堂室にはここで使われていた食器が並べられ、蚤の市のような状態になっていた。私たちが泊まった3階のフロアも地元の人々でごった返し、その数日前、最後に過ごした静かな時間がかけがえのないものに思われてきたのだった。

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この日は、大部分の部屋を見て回った。各部屋の絵画の多くには番号が付けられ、欲しいと思ったものの番号と自分が出せる額を用紙に記していく。私は、いくつかの絵と古い地図、泊まった部屋のシャンデリアなどを希望に書いて出したが、何か当たるといいなあ。

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Hotel Bogotaは「良きヨーロッパ」を感じさせてくれる宿だったように思う。夜、サロンの高い天井を見上げ、ミシミシいう床を歩いていると、私はベルリンに来て最初に住んだ築100年のアパートでの時間を思い出した。戦前、戦後問わず連面と流れてきた時間を、旅行者も手頃な値段で味わうことのできたホテルだった。ベルリンの愛すべき存在がなくなるだけでなく、ここから出て行かざるを得なくなったオーナーのリスマンさん一家のことを思うと胸が痛む。

(了)
by berlinHbf | 2013-12-20 12:05 | ベルリン発掘(西) | Comments(6)

ホテル・ボゴタ 最後の記録(2)〜サロンでの時間

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Hotel Bogota (2013-11-27)

ホテル・ボゴタが廃業になって早2週間。一般公開となった最終日(12月1日)は、ホテルの最後の姿を見る地元の人、ホテルの調度品を買い求めたり競売に参加したりする人で溢れかえっていた。私はその後もう一度、オーナーのリスマンさんに用事があってホテルに出向いたのだが、ロビーだった場所には取り外されたランプや椅子などが所狭しと置かれ、「本当に終わってしまったんだなあ」という思いを新たにした。感傷的になってもしょうがないけれど、自分が最後に泊まった11月27日に時計の針を戻して、ホテルの記録の続きを残しておきたいと思う。

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私がボゴタをが好きだったのは、各階ごとにサロン風の自由に使えるスペースがあったことだ。サロンといっても、この奥には客室があり、通り抜け可能な「公共的」な場所であることには変わりないのだが、7月に初めてここに泊まったとき、いろいろな場所で本を読むのが楽しかった。ここは1階(日本でいう2階)のフリースペース。

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こちらは2階のフリースペース。1階のと似ているようで、調度品も色合いも微妙に違うのがいい。

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これは2階の片側の客室へ入る際に通るドア。BOGOTAの後にHoの文字が見える。以前リスマンさんに案内していただいたときに教えてもらったのだが、リスマンさん一家が家族経営でホテル・ボゴタを始める以前、この階にあった別のホテルの入口の名残なのだそうだ。

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上の階に上がるにつれて、末宗美香子さんの描いた絵が姿を現す。この出会いがまた楽しい。

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2階にあるサロンルーム。ここは本格的な「サロン」と呼べる雰囲気を持った部屋だ。1942年、シュリューター通り45番地のこの建物はナチスにより接収され、ナチスの「帝国文化院」(Reichskulturkammer)が置かれた。帝国文化院のトップだったHinkelという人のオフィスは、まさにこの部屋にあったという。

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私たちが泊まった3階にあるフリースペース。第2次世界大戦中、「帝国文化院」は検閲活動などを行い、ここに多くの人事記録が残っていたことから、終戦後は非ナチ化審議の舞台となった。Hotel BogotaのHPの中にあるホテルの歴史を記したページを読んで今知ったのだが、実際に非ナチ化審議が行われたのが、この3階だったという。私が最後にたまたま泊まった3階に、かつて指揮者フルトヴェングラーも現れたのかと思うと、これも何かの縁かと思ってしまったりもする。

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そして4階。吹き抜けのLichthofに面して、愛すべき短い廊下があり、窓からは中庭を見下ろせる。ここを通り抜けずにそのまま横に進むと、一際天井が高いスペースにぶつかる。

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ここはホテル・ボゴタの中でも、特別な空間だ。壁の全面にモノクロの古い写真が飾られている。この4階と5階に、1934年から38年にかけて、女流写真家のYVAがアトリエと住居を構えていた。YVAは芸名で、本名はElse Ernestine Neuländer-Simon。1900年にベルリンに生まれたイヴァは、25歳ですでに最初のアトリエを構え、売れっ子のファッション写真家として彼女の写真は多くの雑誌や新聞に掲載された。

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1936年から2年間、YVAの見習いとしてここで写真の修行を積んだのが、ヘルムート・ノイシュテッター。後にヘルムート・ニュートンの名で世界的に有名になる写真家だ。

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イヴァもニュートンもユダヤ系ドイツ人だった。ナチスの台頭により、ニュートンはドイツを離れたが、イヴァは職業を奪われた後もベルリンのユダヤ病院に勤務し、ドイツに留まった。結果、イヴァと夫は1942年6月、ソビボル強制収容所(現ポーランド)に送られ、そこで殺害されたとされている。

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2002年、ヘルムート・ニュートンは久々にベルリンのかつてのアトリエ、つまりホテル・ボゴタを訪れた。イヴァの元で過ごした2年間を、「自分の人生でもっとも幸福な時代」と彼は後に語ったそうである。

こういった数々の歴史的な場所を、このホテルのオーナーは、愛情を持って彩ってくださっていたように思う。常にどこかで展覧会やコンサートが開かれ、宿泊客以外の客人もホテルはおおらかに受け入れてくれた。人と人とをつなぐ、開かれた文化の場でもあった。この建物が今後どんな形で残るかはまだ決まっていない。

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サロンで静かな時間を過ごした後、自分の部屋に戻る。2002年にヘルムート・ニュートンがここを訪れた際に残した言葉" You are sleeping in holy rooms "を想いながら夢の眠りへ・・・。
(と言いたいところだが、部屋の暖房が十分に効いておらず、寒さに震えながら寝ることになったのだ)

(つづく)
by berlinHbf | 2013-12-15 12:13 | ベルリン発掘(西) | Comments(1)

ホテル・ボゴタ 最後の記録(1)〜重層的な時間を持つ空間

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Hotel Bogota (2013-11-27)

Hotel Bogota、このホテルの名前を最初に知ったのは写真家橋口譲二さんのHPにある「橋口便り」でだったと思う。2004年頃、橋口さんはクーダムから一歩入った通りにあるこのホテルに泊まりながら制作活動をされていた。橋口さんがボゴタについて記している箇所を読んで、私はこのホテルの存在が気になるようになった。当時橋口さんが書かれている日記の中から、少し引用させていただく。
一言でHotel Bogotaのことを語るのは難しいですが、ホテル全体が文化の香りに包まれていて、そこに居るだけで創造する力がこみ上げて来るような空間です。ベルリンに出かける予定のある方は是非一度Hotel Bogotaにも立ち寄ってみて下さい。さまざまな形で表現されたものが廊下やエントランスに掛けてあるというだけではなく、ホテルが公の場だということが良く分かると思います。ベルリンにあるホテルではなく、Hotel Bogotaのあるベルリンです。
(2004年12月21日)
旅の心得ですが、いいホテルの一番安い部屋を利用するのも、一つですよ。なぜならサービスと空間利用は安い部屋でも変わらないからです。アメリカ式高級ホテルには無い品がボゴタにはあります。アメリカ的文化には、これからいくらでも触れる機会があると思いますが、ボゴタみたいなホテルはそんなに探しても見つかるものではないのと、重層的な時間を持った空間はいくら資本を用意しても作れないからです。
(2005年1月5日)
私が初めてこのホテルの中に入ったのは、2009年春『素顔のベルリン』の取材でだったと思う。オーナーのリスマンさんに中を案内していただき、橋口さんが語るところの「重層的な時間を持った空間」に感動した。その年の暮、日独センターでの講演会で橋口さんとお目にかかる機会があり、直後にボゴタの中を案内していただいた。朝食ルームの大きな柱時計と一緒に写真を撮らせていただいたりもした。

関連記事:
橋口譲二さんが案内するホテル・ボゴタ (2010-01-27)

こんなご縁から、橋口さんが関わっておられるホテル・ボゴタでの展覧会の準備のお手伝いをさせていただくことになった。「異変」に気付いたのは、今年3月末宗美香子さんでのオープニングでリスマンさんが珍しく長い挨拶をされたときのことだ。ホテルの経営状況がよくないこと、ホテルでのアート活動の将来も不透明であることを話された。その2ヶ月ぐらい後、ホテル・ボゴタ廃業の危機のニュースがTagesspiegel紙を中心に連日賑わすようになった。私もその問題を取り上げたけれど、署名活動などの動きも空しく、ホテルの廃業が決まってしまった(これを書いている本日12月1日は20時までオープンデー。ホテルとして完全な状態で中に入ることのできる最後の機会となる)。

関連記事:
ホテル・ボゴタ終焉の危機 (2013-07-06)

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数日前、自宅から約20分の距離にあるボゴタに泊まりに行った。実は夏にも一度泊まっているのだが、私たちにとってもこれが最後の機会。かつてボゴタに泊まったことがありこのホテルに愛着をお持ちの方や、今回ベルリン行きが都合により叶わなくなった橋口さんのためにも、このホテルの最後の記録をここに残そうと思った。まずは、ドアから入ったところにあるレセプションの様子から。受付を済ませると、大きな鍵を受け取る。

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そこを進むと、ソファが置かれたロビーがある。左側は階段とエレベーター。奥に行ってみよう。

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この部屋はPhotoplatzと呼ばれ、いつも写真が空間を彩っている。ここで定期的に写真展が行われてきた。その奥が朝食ルームとなる。

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ロビーの反対側。大きな鏡の向こうにKabinettと呼ばれる私の好きな部屋がある。

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奥にある、時代がかった電話ボックス。

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ずっしりと重い黒電話を手に取るのはいつ以来だろう。受話器を耳に当ててみたら、「ツー」という音が聞こえてきた。今も現役で使われていたのだ。

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22時を過ぎると、奥のPhotoplatzは照明が落とされる。

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Kabinettはグリーンを貴重とした内装。

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初めてオーナーのリスマンさんにホテルを案内していただいたとき、かつてこの部屋でベニー・グッドマンがクラリネットを演奏したという話を伺った。

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Kabinettではつい最近展示が始まったヌード写真が飾られていた。ここのホテルで撮影されたもののようだ。ホテル・ボゴタのアートを大切にする姿勢は最後まで変わらなかった。

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次回は上の階をご案内します。

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本日12月1日のオープンデーの案内(Hotel BogotaのHPより)
ホテル内の調度品やアート作品は競売に掛けられるそうです。

Am 01.12.2013 wird von 12:00 – 20:00 Uhr ein Tag der offenen Türen stattfinden. Dort können bei Kaffee, Kuchen, Sekt, … die Räume des Hauses begangen werden.
Es findet kein sofortiger Verkauf statt, sondern alle Besucher können sich alles in Ruhe ansehen, niemand muß Angst haben, „ es wäre schon alles verkauft“, wenn er zu spät kommt.
by berlinHbf | 2013-12-01 13:15 | ベルリン発掘(西) | Comments(9)

「水晶の夜」事件から75年

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Tauentzienstr. (2013-11-08)

昨日の夕方、クーダムから伸びるタウエンツィエン通りを歩いていたら、いくつもの商店のショーウィンドウに、割れたガラスをモチーフにした透明のシールが貼られているのに気付きました。

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このことを今日ブログで紹介しようと思っていたのですが、早速時事通信が報じていました。

反ユダヤ暴動を再現=「水晶の夜」から75年―ドイツ
時事通信 11月9日(土)16時25分配信
 【ベルリン時事】ドイツでナチス政権下の1938年に反ユダヤ主義暴動「水晶の夜」が発生してから75年となる9日、ベルリン中心部の商店や飲食店のショーウインドーに、ガラスが割れたように見える粘着シートが貼り付けられた。惨状を再現することで、市民が一丸となって差別や偏見に立ち向かう姿勢を示すのが狙いで、国内最大の高級デパート「カーデーウェー」など約140店が参加した。
 38年11月にフランス滞在中のユダヤ人青年が在仏ドイツ大使館の書記官を殺害したのをきっかけに、ナチス支持者が9日夜から10日にかけ、ドイツ全土でユダヤ人商店を襲撃し、シナゴーグ(ユダヤ教礼拝所)を焼き打ちした。割れたガラスが月明かりに照らされてきらめいた様子から、事件は「水晶の夜」と呼ばれる。事件後、ユダヤ人約3万人が強制収容所に送られた。
 粘着シートが貼られたのは、ベルリンの中でも特に被害が大きかったクーダム通りやアレクサンダー広場など3地区の店舗。主催団体の担当者は「恐ろしい時代に対する若い世代の関心と理解を深めたい」と話す。 

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これは先月、ベルリン大聖堂の前の様子。いずれも、2013年のベルリン市のイヤーズ・テーマ「破壊された多様性」として行われているもので、「水晶の夜」75周年の今週末は特に多くの行事が行われるようです。

関連記事:
「破壊された多様性」について考える年 (2013-05-26)

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今、地下鉄の駅でよくこのような大きなポスターを見かけます。"Vielfalt ist Freiheit"(多様性とは自由)と書かれています。ポスターの情報によると、今日の15時「赤の市庁舎」前からスタートして「つまづきの石」を掃除しながら散歩するという行事が行われます。明日10日の17時からはブランデンブルク門前でも大きなイベントが行われるそう(若者たちが作った映画の紹介、インゲ・ドイッチュクローンさんら生存者の証言、ヴァイオリンのダニエル・ホープの演奏など)。詳しくはこちらにて。

関連記事:
アウシュヴィッツへの旅(5)-「つまずきの石」ドキュメント(上)- (2008-02-22) 
アウシュヴィッツへの旅(6)-「つまずきの石」ドキュメント(下)- (2008-02-27)

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久々に歩いたクーダム。かれこれ3年以上修復工事中だったカイザー・ヴィルヘルム記念教会の屋根部分が、ようやく顔を覗かせています。

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昨夜はコンツェルトハウスで、バーンスタインとマーラーの演奏会を聴きました(奇しくも両方ユダヤ系の作曲家ですね)。ジャンダルメンマルクトの広場では、大きなクリスマスツリーの上でイルミネーションの取り付け作業が行われていました。
by berlinHbf | 2013-11-09 12:23 | ベルリンのいま | Comments(0)

発掘の散歩術(40) -クーダムの地下世界をのぞいて-

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Museum "The Story of Berlin"

数カ月前、ベルリン西地区の目抜き通りクーダム207-208番地の商業ビルが、来年秋に取り壊されるという記事が新聞に掲載された。このビルの中には劇場のほか、「ザ・ストーリー・オブ・ベルリン」という私営の博物館がある。その中に以前から一度見ておきたいと思っていたものがあり、秋も深まるある日の午後、足を運んでみた。

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博物館のあるKu'damm-Karreeの入り口

地下鉄U1ウーラント通り駅から近いKu'damm-Karreeというビルは、ファサードの老朽化が目立つ。内部も空きテナントが多いようだ。寂しげに、静かに解体の時を待っているようにも感じられる。が、博物館の入り口前は高校生くらいの生徒たちでごった返し、賑やかな声が響き渡っていた。この博物館は、学校の課外授業先として人気があるようだ。

「ザ・ストーリー・オブ・ベルリン」では、ベルリンの800年に及ぶ歴史を20以上のブースに分け、マルチメディアを多用した展示が特徴。一通り見終わった後、見学ツアーの所定の時間に入り口で待っていると、いつの間にかたくさんの人が集まった。ガイドに率いられてぞろぞろと歩き始め、出た先は建物の駐車場。細い階段を下りてたどり着いた場所には、Dusche(シャワー室)と書かれている。クーダムの真下にドイツ最大規模の核シェルターがあることを、日常生活の中で意識することはそうないだろう。この核シェルターの内部見学は、博物館のもう1つの目玉になっている。

東西冷戦時代の1973~74年に掛けて、建物の地下駐車場を利用してこのシェルターは造られた。核攻撃による有事を想定して造られた、当時の西ベルリンに16あった避難施設の1つで、全部の施設を合わせると約2万4000人の収容が可能であった。もっとも、これは当時の西ベルリンの人口の約1%に過ぎない。これらのシェルターに入れるのは「早い者勝ち」。身分も社会的地位も関係ない。定員に達した時点で、入り口の重い扉が閉じられるようになっていたという。

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クーダム207-208番地の地下にある核シェルター

放射能で汚染された服を脱ぎ、除染するためのシャワー室を過ぎると、3592人を収容できるというシェルターに入る。青白い光で照らされ、奥の方まで見通せない広さ。そこに3段式のベッドがぎっしりと並ぶ。窮屈そうな上、収容時は立ったり周りを歩いたりすることさえ「許可」がないとできない。非常用発電や換気装置、食料などについての説明を受ける。この中では最大14日間生活できる備蓄があるという。パニックが起きた際は、大きな部屋が扉によって2つに区切られるそうだが、もはや想像したくない世界である。

30分近く中にいただろうか。暗く淀んだ地下からようやく地上に上がった時の感想は、ただ「空気がうまい!」だった。

ふと、昨年のベルリン国際映画祭で観た、船橋淳監督の『フタバから遠く離れて』というドキュメンタリー映画を思い出した。あの映画に出ていた福島県双葉町の人たち、故郷の空気を思い切り吸い込むことが突如叶わなくなってしまった人たちは、今どういう生活を送っておられるのだろう。

建物の再建に当たって、このシェルターを取り壊すという報道もあるが、実際のところはよく分からない。夕方に差し掛かったクーダムの街路樹は黄金色に輝き、西日が落ち葉を照らしていた。
ドイツニュースダイジェスト 11月1日)


Information
ザ・ストーリー・オブ・ベルリン 
The Story of Berlin


1999年にオープンした私営の歴史博物館。13世紀の都市の起源から壁の崩壊まで、ベルリンの歴史を豊富なマルチメディア資料を通して体感できる。言葉が理解できなくても楽しめる作りになっているのが特徴だ。地下の核シェルター見学ツアーは、通常1時間ごとにドイツ語と英語のガイドで交互に行われている。

オープン: 月〜日10:00〜20:00
住所: Kurfürstendamm 207-208, 10719 Berlin
電話番号: 030-887 20 100
URL: www.story-of-berlin.de


「ベルリンの地下世界」協会 
Berliner Unterwelten e.V.


ベルリンの地下世界を研究し、資料の整理や遺構の保存を目的とする協会。戦時中の防空壕や高射砲塔など、知られざる世界を巡る様々なツアーを定期的に行っている。同団体の設立者、ディートマール・アルノルト氏の『ベルリン 地下都市の歴史』は、東洋書林より邦訳が刊行されている。

住所: Brunnenstr. 105, 13355 Berlin
電話番号: 030-499 10518
URL: http://berliner-unterwelten.de
by berlinHbf | 2013-11-01 18:52 | ベルリン発掘(西) | Comments(0)

ホテル・ボゴタ終焉の危機

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ホテル・ボゴタの重厚なロビー (2013-03)

現在、ベルリン西地区の目抜き通り「クーダム」ことクアフュルステンダムを歩いていると、周辺一帯が急激な変化の渦中にあるのを実感します。昨年、ツォー駅近くに高層ビルが完成し、5つ星ホテル「ヴァルドルフ・アストリア」が開業。また5月にはウーラント通り駅前に欧州最大規模の「アップルストア」がオープンし、話題を呼びました。しかし、急激な資本の流入による街の変化には、必ず影の側面が伴います。「ホテル・ボゴタ」廃業危機のニュースは、このホテルのファンだけでなく、少なからぬ市民にも衝撃を与えました。

クーダムから一歩入ったシュリューター通りにあるホテル・ボゴタは、1964年から3世代にわたって家族で営まれている瀟洒なホテル。単に歴史ある宿というだけではなく、戦前は若き日のヘルムート・ニュートンがこの中のアトリエで修行を積み、戦後直後は非ナチ化審議の舞台として指揮者フルトヴェングラーがこの場に立つなど、ベルリンのいくつもの歴史を物語る場所です。私自身、このホテルに初めて入ったとき、重厚なロビーの雰囲気だけで圧倒されたのを覚えています。

関連記事:
橋口譲二さんが案内するホテル・ボゴタ (2010-01-27)

しかし、5月頭に地元紙が報じた内容によると、「宿泊費は20年前と変わらないが、建物の家賃は年々上がる一方」(支配人のヨハヒム・リスマン氏)という状況や、近年のホテル間の競争の激化による予約数の減少などから、数カ月前からホテル側が家賃支払い不能に陥り、建物の所有主から10月下旬の退去通告を命じられているとのこと。所有主の意向では、改装の後、オフィスや商店が入居する予定といいます。

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中庭空間に展示中の末宗美香子さんの作品

地元紙、特にターゲスシュピーゲル紙が繰り返し報道した反響は大きく、公開討論の場が設けられ、廃業阻止のための署名活動も起こっています。このホテルが地元の人々にも愛されてきたのは、開かれた文化の場という側面があってのこと。芸術に造詣の深いリスマン氏の意向で地上階は写真展示の場になっており、朗読会やジャズのコンサートも定期的に開かれています。現在、吹き抜けの中庭を彩っているのは、日本人作家の末宗美香子さんの作品。宿泊客でなくても、見学はいつでも可能です。

厳しい状況ではあるものの、まだ100%廃業が決定したわけではありません。ベルリンに来られる際は、ぜひ一度ホテル・ボゴタにお泊まりになってはいかがでしょう。豪華ホテルではありませんが、旅の記憶にきっと残る愛すべき宿です。クーダムからまた1つ、文化の灯火が消えないことを願いつつ……。www.bogota.de
ドイツニュースダイジェスト 7月5日)

関連リンクをいくつかご紹介します:

HOTEL BOGOTA署名活動のサイト(日本からでもご参加できます。もしよろしかったらご協力ください)
https://www.openpetition.de/petition/online/das-hotel-bogota-soll-leben

橋口便り(写真家橋口譲二さんのHP)
http://www.apocc.org/hashiguchi-berlindiary.htm

BZ
Traditions-Hotel Bogota steht vor dem Aus (2013-05-04)

Berliner Zeitung
HOTEL BOGOTÁ: Rabatz im Kiez des alten und des neuen Geldes (2013-06-17)

Der Tagesspiegel
Bogota darf nicht sterben! (2013-06-03)
Berlin ist nicht Bogota (2013-06-08)
Vom Hotel Bogota zur East Side Gallery: Das einmalige Berlin verschwindet (2013-06-09)
Hotel Bogota vor dem Aus: Jetzt will der Bezirksbürgermeister vermitteln (2013-06-21)
Gutachter warnt vor größeren Umbauten im Hotel Bogota (2013-06-26)
by berlinHbf | 2013-07-06 13:20 | ベルリンのいま | Comments(6)

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