ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
「素顔のベルリン」増補改訂版
¥1,680
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(Amazon、全国各書店にて発売中)

本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

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豊富なビジュアルとドイツ語フレーズを楽しめる1冊。基本のあいさつ表現から、街にまつわるドイツ語豆知識まで、ガイドブックとともに旅に役立つ会話集です。




『素顔のベルリン 過去と未来が交錯する12のエリアガイド 』
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地球の歩き方シリーズ初、待望のベルリンガイドブック誕生!比類なき歴史を抱えつつ、明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。「ドイツで最もドイツらしくない」といわれるこの町の知られざる魅力を、現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介。


現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

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タグ:アート(Kunst) ( 66 ) タグの人気記事

ベルリンにドミノが並ぶ!

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昨日から、11月9日の壁崩壊20年の最大の行事、「自由の祭典」(Fest der Freiheit)のドミノプロジェクトのドミノが建ち並んでいます。先ほど、明日の仕事の打ち合わせでポツダム広場に行ったついでに写真を撮って来ました。9日の祭典がどのように行われるのか、少しご紹介しましょう。

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19時にバレンボイム指揮シュターツカペレ・ベルリンの野外コンサートで幕を開けた後(ワーグナー、シェーンベルク、ゴルトマンなど、ドイツ史における「検閲」をテーマにした興味深いプログラム!)、19時半に各国首脳の挨拶が始まります。メルケル首相、ベルリンのヴォーヴェライト市長(写真)、サルコジ(仏)、メドヴェージェフ(露)、ブラウン(英)といったヨーロッパの首脳のほか、ドイツ統一を強力に後押ししたアメリカからクリントン国務長官が参加というからすごいですね。

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そして、20時頃、「連帯」を創設し、壁崩壊に大きな影響を与えたポーランドのワレサ元大統領によって、最初のドミノ倒しがスタートします。ライヒスターク北側からポツダム広場までかつての壁に沿って1.5キロ続くこのドミノ、まずはシュプレー川の北側(写真)からブランデンブルク門まで倒されます(一度に全部倒してしまうと、数分で終わってしまうので、このように小出しにするのでしょうね・笑)。

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その後は、ゴルバチョフ元ソ連大統領とゲンシャー元西独外相による対談、そしてロックバンドのボン・ジョヴィが89年の平和革命をテーマにした新曲を披露するという、どこまでも豪華なプログラムです。

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20時15分頃、バローゾ欧州委員会委員長とヨーロッパ学校の生徒たちらによって、今度は南のポツダム広場の側からブランデンブルク門手前まで最長距離のドミノが倒されます。その後、ノーベル平和賞のムハマド・ユヌス氏と今も分断が続く朝鮮半島からアーティストのAhn Kyu-Chul氏が挨拶。

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それにしても、さまざまな学校や団体の人たちやアーティストが描いたドミノの絵は、予想以上にカラフルで楽しめました。平和革命を実現したのはあくまで民衆なのだというメッセージを感じました。今年テレビ放映50年を迎えたザントマンも見えますね。

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クマを始め、やはりベルリンをモチーフにした絵が目立ちます。

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今年40周年を迎えた東のテレビ塔と西の放送塔もご対面。

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現在ドミノの周りは柵が張られ、東西間の行き来はできないようになっています。20年前まで本当にここに壁があったんだなあと実感しました。

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やがて、20時半頃、東ドイツ出身のDJ、ポール・ヴァン・ダイクによる新曲"We Are One"が披露された後、ブランデンブルク門前の最後のドミノが倒され、花火の打ち上げとなります。

果たして約1000個のドミノは無事に倒れるのか?日本でもテレビ中継されると思うので、11月9日はどうぞベルリンにご注目ください!

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by berlinHbf | 2009-11-07 22:33 | ベルリン発掘(境界) | Comments(16)

「壁とベルリン」第4回 - 復活する壁ギャラリー -

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ドイツ統一をテーマに描くアーティスト、シャミル・ジマイェフ(Schamil Gimajev)氏

「イースト・サイド・ギャラリー」、今も残る壁の遺構の中で最も知られたものだろう。まだ壁が崩壊して数カ月後の1990年1月、イギリス大使館の元文化担当官クリス・マクリーンが発起人となって、21カ国118人のアーティストが壁に沿って絵を描いた。オーバーバウム橋から東駅まで全長1300 メートルにわたって続く壁は、やがて世界最長のオープンギャラリーとして保存されることになったのである。

時の経過とともに、排気ガスや観光客の落書きによる壁と絵の破損はひどくなり、もはやギャラリーとは呼べない状態が続いていた。それでも市内に残る最長の壁ゆえ、観光客の流れが途絶えることはなかった。

先日、久々にイースト・サイド・ギャラリーに沿って歩いてみた。今までと様子が違う。ぼろぼろの壁がある一方で、まっさらな状態に戻された壁もあれば、描かれたばかりの鮮やかな絵もある。壁崩壊20周年の今年、壁に沿った105枚の絵がかつてのアーティストによって元の姿のまま描き直されることになったのだ。

イースト・サイド・ギャラリーを運営する芸術家団体が、宝くじ基金や連邦や州からの援助を通じて250万ユーロの資金を集め、今回の修復が実現した。最初に80℃の蒸気で壁面からすべての色を取り除き、むき出しの壁にコンクリートが強化された。その上に、今度は風化にも耐えられるよう、特殊な絵の具を使って描かれるという。ただ、アーティストには3000ユーロの製作に関する手当が支払われるのみで、ギャラは出ない。そのことに対して不満の声もあったようだ。

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ソ連のブレジネフと東ドイツのホーネッカーがキスをするシーンを描いた「兄弟キス」も、ロシア人作家ドミトリー・ヴルーベリによって製作が終わったばかり。この絵は絵ハガキやマグカップのモチーフにしばしば用いられ、ヴルーベリはそれによって有名になった。だが、「ドイツでは公共の場に描かれたイラストレーションは著作権の対象外になるため、自分のもとには一銭も入ってこないのだ」と彼はシュピーゲル誌のインタビューで答えている。

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また、トラバントが壁を突き抜けて飛び込んでくるビルギット・キンダーの「Test the Best」や、富士山と五重塔をモチーフにしたトーマス・クリンゲンシュタインの「日本への迂回路」も同様に蘇った。人々を分断し続けた壁に描かれただけあって、「自由」や「ユートピア」をテーマにした作品が多く並ぶ。19年前に描いた時と、どのような心境の変化があったのか、彼らに直接聞いてみたい気がする。

10月までに絵の修復はすべて終わり、壁崩壊記念日の翌11月10日にオープニング式典が行われる予定だ。イースト・サイド・ギャラリーの芸術家団体は、ヴォーヴェライト市長の傘下で、同所を「ドイツ統一のシンボル、ヨーロッパの歴史の重要な証言者」として、世界遺産登録の申請を開始した。
ドイツニュースダイジェスト 8月14日)

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by berlinHbf | 2009-08-20 14:22 | ベルリン発掘(境界) | Comments(2)

30歳 - 130枚のブックマーク

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ベルリンで出会った人たちが日本やそれぞれの故郷に帰って、活躍している話を聞くのはうれしいものです。2007年の11月に展覧会をご紹介した建築家の光嶋裕介くんもその1人。翌年日本に帰国し、現在は建築事務所を主宰して旺盛な活動を展開しているようです(HPはこちら)。

先日、そんな彼から封書が届きました。
30 Years - 130 Bookmarks
と書かれた包みを開くと、しおりと日本語と英語で書かれた手紙が入っていました。それを読んで、そのアイデアの素晴らしさに思わず唸りました。

どういうことかというと、4月15日に30歳の誕生日を迎えた彼が、家族や友人、恩師などへの感謝の気持ちを1枚のドローイングにすることにしたんだそうです。

そこから先は彼の説明を引用した方が早いので、以下に抜き出してみます。
大きな一枚のドローイングを130の短冊サイズ
つまり「しおり」に分割し裁断します。
そのパズルのピースを一枚、一枚を僕が着色し
この「しおり」を世界中にいる友人たちに対する
僕からのささやかなプレゼントとしました。
そしてまた
同じ「しおり」の白紙のパズルも同封し、
おのおのに自由に着色してもらい、返信を求めるのです。

すると
僕が描いた一枚の大きなドローイングは、
130人の世界中の友達たちの下に
配られて散らばっていき、個々の読む素敵な本たちに
はさまれていき「しおり」として仕事をする。
後にその130人から
違った風に自由に着色された「しおり」が
新しいもう一枚のドローイングとなって僕の下に帰ってくる。

世界に一つしかない二組の同じドローイングがここに完成する。

ささやかなこの「プロジェクト30」を
皆さんへの感謝の気持ちをもって実行することで
僕は最高の30歳を迎えたいと考えました。

昨日、私も色鉛筆で白紙のしおりに着色し(写真右)、裕介くんから送られてきたしおりと並べてみました。やがて、どういうドローイングが完成するのでしょうか。いまからとても楽しみです。

関連記事:
展覧会/CONNECTED BORDERS - Yusuke Koshima - (2007-11-28)
CONNECTED BORDERS展のオープニング

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by berlinHbf | 2009-05-10 12:30 | ベルリンの人々 | Comments(4)

イースターエッグ 「ベルリン共和国」

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ポツダム広場のアルカーデン内の巨大イースターエッグは毎年デコレーションが変わるのですが、今年は壁崩壊20周年にふさわしく「ベルリン共和国」(Berlienr Republik)というテーマで卵がペインティングされていました。モノトーンながらもユーモアあふれるイラストが楽しめたので、聖金曜日の今日、ここでご紹介したいと思います。

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「カレーソーセージの首都」 
ソーセージをせがむワンちゃんの表情がいじらしい・・・

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分断時代の放送の世界をイメージしたイラストのようです。ザントマンのキャラクターも登場。

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ウド・リンデンベルクのヒットソング「パンコウ行きの特別列車」ですね。壁を打ち破る姿が痛快。

関連記事:
CD「ベスト・オブ・ベルリン」 (2008-08-08)

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「ストリートミュージシャンたち」 
なんだかやたらと犬が出てくるなあ、と思っていたら・・・

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「未来予想図 ベルリンが水没したら・・・」 
犬の方のが生き延びそう。さすがベルリン。

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「Bär(熊)liner Republik」 
動物園の行列の先にはクヌートが待っています。

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「共和国宮殿 1976-2008」

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そして再建予定のベルリン王宮。これこそがベルリン共和国の未来予想図ですね。

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「金融危機?」
「ベルリンではとっくの昔から!」

金目のものをどんどん吸い取られていってしまう、ちょっと情けない表情のベルリーナーをもってこの項を終わります。ベルリン共和国の行く末やいかに?

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by berlinHbf | 2009-04-10 11:20 | ベルリンあれこれ | Comments(2)

「ベルリン パノラマ写真展 1949-1952」

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Pariser Platz, 1951, Aufgenommen vom Fotografen Fritz Tiedemann, rekonstruiert von Arwed Messmer 2008, 1,25 x 5,84 Meter

ベルリンに住んでいるとこの町ならではの展覧会に出くわすことが少なくないのですが、これは最近観た中でも白眉と言えるものでした。クロイツベルクのBerlinische Galerieで開催中のSO WEIT KEIN AUGE REICHT (BERLINER PANORAMAFOTOGRAFIEN AUS DEN JAHREN 1949 - 1952)です。

ユダヤ博物館から徒歩5分の距離にあるBerlinische Galerieは、私の好きなギャラリーの1つ。ギャラリーといっても、規模と内容からから見てもう立派な現代美術館です。その内部の一角、大きな長方形の部屋一杯に、戦後間もない時期に撮影された東ベルリンのパノラマ写真が展示されているのですが、これがただのパノラマではありません。まず1つ1つのサイズがとんでもなく大きい。入り口の壁に、約25メートルに渡って飾られている1枚の(!)写真にまず圧倒されました。フリードリヒスハインの労働者街、Fruchtstraßeのある日の日常がそっくりそのまま目の前に現出しているのです。アパートに戦争の傷跡が生々しく残る風景をゆっくり観察しながら、右から左へ歩いていくと、まるで自分がその時代にいるかのような錯覚にとらわれます。

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一体なぜこんな写真が残っているのか?
実はこれら、Fritz Tiedemannという写真家が東ベルリンの当局から委託を受け、1949年から52年にかけて大判カメラで撮影した純粋に記録用の写真です。その数は約1500枚。60年近くの月日を経て、写真家Arwed Messmerがこれらの写真を組み合わせデジタル加工し、1枚1枚に仕上げたのが本展覧会の写真というわけです。その労力には拍手を送りたくなります。

なるほど、そういうことを知ると、確かに写真をよく見ると不自然な面があります。連続撮影ゆえ、1枚の写真に同じトラムが2台写っていたりする。それに、展覧会のサブタイトル通り、「人間の視界はこんなに広くない」。

ベルリンの古い写真は好きでよく見ますが、そのどれもが見たことのない風景ばかりでした。1953年の暴動で黒焦げになる前のコロンブスハウスから見たポツダム広場とライプチヒ広場のパノラマ。今と区画が全く違う市庁舎前の通りの風景。ヴァルター・ウルブリヒトスタジアムを建設中のショセー通り。王宮が取り壊された翌年のドーム周辺の風景は、共和国宮殿が解体されたばかりの現代の風景とだぶります。それにしても、観光客であふれる今と違ってどこも人通りが少ないこと。

カタログも出版されていますが、この迫力は本のサイズでは伝わらないでしょう。写真の持つ記録の力のすごさというものを思い知らされた展覧会でした。本来は今週末までの展覧会でしたが、会期が延長されて2月22日までとなったので興味のある方はぜひ。

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by berlinHbf | 2009-02-13 12:37 | ベルリンを「観る」 | Comments(0)

ヴェンダースの尾道

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1ヶ月ほど前、あるデザイナーの方をガイドした際に1冊の写真カタログをいただいた。

題して「ヴィム&ドナータ ヴェンダース写真展 尾道への旅」。

数年前、ヴェンダース夫妻が日本を旅した時の写真をもとに個展を開いたのは知っていたが(そして大変興味はあったのだが)、じっくり見る機会はなかった。尾道から近い岡山在住のその方は、私が以前「ベルリン・天使の詩」の舞台を訪ねたシリーズをブログに載せていたのを知っていて、たまたま手元にあったというカタログを持って来てくださったのだった。こういう目に見えない親和性というのはとてもうれしい。

ヴィム・ヴェンダースが撮ったThe Dead Treeというタイトルの冒頭の写真に思わず息を飲んだ。画面をゆったりと占める1本の枯木の存在感がすさまじい。その向こうには尾道の街並みと瀬戸内海が雄大に広がる。手前の分厚い雲と青空との不思議なコントラスト。そして、その狭間から一瞬のタイミングできらめく太陽の光。

確かに1枚の写真なのだが、映画のワンシーンのような、これから何かが動き出すような予感性に満ちているのだ(写真家の藤原新也氏は、隣のページで「はじまりの予感と終わりの余韻」と表現している)。

デザイナーのAさん(と仮にさせていただく)によると、この写真は浄土寺山という尾道の有名なビューポイントから撮影されたものらしいが、「尾道をこんな風に撮った人はいない」と地元の人々の間でも一時期話題になったそうだ。

カタログの冒頭で、ヴェンダース夫妻がメッセージを寄せている。夫人のドナータが「自分は自然体の人々を撮影する写真家だ」と述べているのに対して(「和の心」を感じさせる陰影豊かな彼女の写真も印象に残った)、ヴィムはこう語る。
私は風景を撮る写真家です。初めての土地に行って、自分の足で歩き回ることが何より好きです。そして、そこで写真を撮ることによって、私は何かを「発見」するのです。そのとき、私の見た街路、家並み、川、海、山は、特別な意味を帯びたものになる。私にとってそれらは、初めて出会ったその瞬間に見た風景とはもはやまったく違うものになっているのです。
枯木の写真に満ちた予感性とヴィム・ヴェンダースのメッセージから感じた共感。このブログの2009年の冒頭にぜひ書き記しておきたかった。

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by berlinHbf | 2009-01-02 23:57 | ドイツから見た日本 | Comments(6)

写真展「クロイツベルクとその向こうに」

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In Wolgograd (ehemals Stalingrad), 1990
Foto: Wolfgang Krolow


昨年、「写真でたどるクロイツベルクの30年」で紹介したヴォルフガング・クローロフの新しい写真展が、現在クロイツベルクのクロイツベルク博物館で開催されています(1月4日まで。入場無料)。

「クロイツベルクとその向こうに」というタイトルのこの写真展では、1990年から91年にかけてのいわゆる「転換期」(Die Wende)に、クローロフがライフワークにしているベルリン・クロイツベルクの他、ヴォルゴグラード(旧スターリングラード)やアルバニアでの日常風景を収めた写真が展示されています。突如意味をなさなくなった壁の周りで遊んでいる子供たち、そして新しい体制への期待感を胸に抱くソ連の人々、などなど。

私にとってヴォルフガング・クローロフという人は、クロイツベルクの奥深さを教えてくれた写真家であり、同時に近所に住む隣人でもあります。数年前に大病を患い今は車椅子での生活だそうですが、オープニングには元気にその姿を見せていました。1月4日までの開催なので、興味のある方はお早めにどうぞ。

Kreuzberg Museum
für Stadtentwicklung und Sozialgeschichte
Adalbertstraße 95A
10999 Berlin-Kreuzberg
Tel. 030/50 58 52 33, Fax 030/50 58 52 58
Mi bis So 12-18 Uhr

関連記事:
写真でたどるクロイツベルクの30年 (2007-09-08)

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by berlinHbf | 2008-12-28 19:18 | ベルリン文化生活 | Comments(2)

タヘレス 1909

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Johannisstraßeにて(2007年11月30日)

あるブログの読者の方から、「あなたの写真によく出てくる、ベルリンの荒涼とした風景に惹かれます」というご感想をいただいた。たまたま写真を整理していたら、ちょうど1年前に撮ったこんな写真が出てきたので、(まだ紹介したことのない場所だし)ここでアップしてみたいと思う。

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場所はミッテのど真ん中。繁華街のフリードリヒ通りから1本入ったJohannisstraßeを少し歩くと、まさに荒涼とした風景が広がってくる。大した建物は建っていないにも関わらず、4方向の通りにもいっちょまえに名前だけは付いているのが面白い。この道をさらに真っ直ぐ行くと、夏に「気送郵便」で紹介したかつての中央電信局にぶつかるのだが、建物の再開発のために、あのユニークな地下ツアーも11月いっぱいで終了というニュースを最近読んだ。時代は変わりつつある。

関連記事:
ベルリンの地下ツアーに参加 (2008-08-31)

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ストリートというよりも、ただの空き地のようなHelda Hahnemannstr.を北に歩いていくと、やがて有名なクンストハウスであるタヘレス(Tacheles)にぶつかる。

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この建物は、もともとは1908年に建てられた(ちょうど100年前だ!)百貨店。19世紀半ばまで向かい側に建っていたオラニエンブルク門というかつての市門を模して造られたファサード部分は、今見ても大変立派。ドイツ再統一後、ずっと取り残されていた廃墟をアーティストたちが占拠し、やがて生まれた複合アートセンターは一時期ずいぶん話題になったが、最近はどうなのだろうか。もはやその使命を終えたという声もちらほや聞かれる。

このタヘレスで働いている友達から、今週の金曜日に行われるちょっと面白そうなコンサートの案内をいただいた。今シーズンのベルリン・ドイツ響は"Aufbruch 1909"(Aufbruchは「出発」や「精神的高揚」の意)というテーマでプログラムを組んでいるのだが、まさに1909年にオープンしたこのかつてのデパートで、フォーレとニコライ・ロスラヴェッツ(ロシア・アヴァンギャルドの作曲家らしい)という同時代の室内楽が奏でられる。空間性を生かしたプログラミングの妙!おすすめのコンサートです。

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by berlinHbf | 2008-12-03 01:11 | ベルリン発掘(東) | Comments(7)

「4つのベルリン」展

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先週の月曜日、ブランデンブルク門の真横Haus der Commerzbankにて行われる「4つのベルリン」展のオープニングに足を運んで来た。今月はEuropäischer Monat der Fotografieという大規模な写真展が街の多くのギャラリーや美術館で開催中だが、これもその一つ。昨年紹介したGalerie Degenharttの主催で、ベルリン50年の変遷を4人の写真家の作品で振り返るという興味深い試みだった。

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Theodor Karl Löber, Trümmerfrauen, 1958

1人目はTheodor Karl Löberという人が、1950年代から60年代初頭にかけて東で撮ったもの。戦争の瓦礫の除去作業がいかにものすごかったかがわかる。この写真は、大改造が始まる前のスターリン・アレー(現在のカール・マルクス・アレー)の様子。1962年のアレクサンダー広場のパノラマ写真も面白かった。

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Udo Hesse, Schwedter Straße, 1982

2人目は昨年ご紹介したウド・ヘッセ。80年代初頭の東の日常風景がつづられる。この壁の写真が一体どういう運命を辿ったのかについては、以下の記事をご覧ください。

参照:
壁とタイムカプセル (2007.10.04)

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ヘッセの作品では、この写真なども好きだ。KastanienalleeとSchwedter Strの交差点。クリスマス直前の様子だろうか。建物自体は今とほとんど変わっていないが、当時のプレンツラウアーベルクはこんなにひっそりしていたのだ。

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Ulrich Wuest: Oranienburger Straße, 1995

3人目は壁崩壊後の1994年から96年にかけてUlrich Wuestが撮った、人の気配が皆無の写真群。その多くが壁沿いの無人地帯で撮影されたもので、もはやほとんどが失われた風景となった。なかなかシュール。

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最後は、Nicola Meitznerが2001年に撮ったスナップ写真。この時はすでに自分もこの街にいたし、そんな昔でもないような気がするのだが、いつの間にか歴史的な写真となりつつあるのを感じる。この街の行く末は一体どうなるのだろう。


写真展は来年1月18日まで。入場無料です(開館は毎週土曜と日曜の11時~20時)。ブランデンブルク門のすぐ横なので、よかったらお立ち寄りを。特にこの街に住んでいる人にはぜひ観ていただきたいです。

Ausstellung im Haus der Commerzbank am Brandenburger Tor, Pariser Platz 1
12. November 2008 bis 18. Januar 2009, Sa / So, 11 – 20 Uhr

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by berlinHbf | 2008-11-17 01:23 | ベルリンを「観る」 | Comments(12)

エフゲニー・ハルデイ展 - 「帝国議会の赤旗」の写真家 -

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1945年5月初頭、ベルリンの帝国議会に掲げられるソ連の赤旗の写真。20世紀を象徴する1枚といって過言ではない、この写真を見たことがない人はあまりいないだろう。一方で、この写真を撮った人物の名前を知っている人は、果たしてどれだけいるだろうか。「ソ連のロバート・キャパ」(?)こと、エフゲニー・ハルデイ(Jewgeni Chaldej)の大規模な回顧展を、マルティン・グロピウス・バウで観てきた。

1917年、エフゲニー・ハルデイは、現ウクライナのドネツク近くの村でユダヤ人の息子として生まれた。直後のポグロムで母親が射殺され、1941年にはドイツ軍により残りの家族も殺されるという悲劇に遭う。すでに12歳でカメラを自作し、1936年からはタス通信の写真レポーターとして活躍するようになる。

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第2次世界大戦では最初兵士として、後には少尉としてソ連軍に同行する。その過程で、ドイツ軍の退却とソ連赤軍の進軍をカメラに収めた。ソフィア、ブカレスト、ブダペスト、ベオグラード、ウィーン、そしてベルリン(以上展覧会のパンフレットを参照)。
この写真は、1945年1月、ブダペストのゲットーで撮られたユダヤ人の生き残りの夫婦を収めたもの(http://www.chaldej.deなどから借用)。

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1945年4月、赤軍はついにベルリンに侵攻する。そこには、63年前のクロイツベルクの私の近所の様子が鮮明に写し出されていた。もしこの写真展を観に行くことがあったら、これらの風景が当時どうなっていたのか見比べてみていただきたい。左上から右下に向かって、メーリンク広場、U1の高架下(ハルデイの写真では、道路に死んだ女性が横たわっている)。左下のFinanzamt(税務署)とその隣のメーリングダム駅前の教会の風景(ソ連の戦車がその前を通っている)は、当時とほとんど変わっていない。それだけにリアルだった。

参考記事:
「舞台・ベルリン」 - 占領下のドイツ日記 - (2006-07-15)

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ハルデイはその後のポツダム会議(上の写真。中央にヨシフ・スターリン)とニュルンベルク裁判において、ソ連の公式カメラマンとして数々の貴重なドキュメントを残した。ニュルンベルク裁判の写真は、ベルリンで知り合った盟友ロバート・キャパから贈られたカメラで撮ったという。特にヘルマン・ゲーリングを間近でとらえた数点の写真など、鬼気迫るものを感じずにはいられない。

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戦後、ベルリンで最初に発行された新聞に群がる市民たち(残念ながら年月を失念)。

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これは1945年5月、ソ連兵がドイツ帝国議会に残していった落書き。
この歴史的なグラフィティー(落書き)については、近々別の場で取り上げるつもりなので、じっくり眺めて記憶に留めておいてもらえたらと思います。

ハルデイは戦後もソ連でカメラマンとして活躍するが、キャパやベルリン生まれのヘルムート・ニュートンのようなスターになることもなく、ソ連崩壊後もひっそりとした余生を送っていたという。このハルデイを事実上「発掘」したのが、クロイツベルクで小さな写真エージェントを営むエルンスト・フォラント(Ernst Volland)だった。1991年、彼はベルリンの使節団とモスクワを訪れた際に、ハルデイと知り合い、その写真に興味を持った。当時ハルデイは、月額20ユーロの年金でプラッテンバウのアパートに暮らしていたという。フォラントはその後何度かモスクワに出向き、本人からオリジナルの写真を見せてもらい、当時の話を聞き、やがて写真の権利を買い取った。ハルデイの記憶は恐ろしく鮮明で、写真に写っている兵士の名前1人1人を覚えているほどだったという。その努力の甲斐あって、1994年には、ベルリンのノイケルンで初の展覧会が開かれた。おそらく本人も喜んだに違いない。その数年後の1997年10月、ハルデイは80歳でこの世を去った(以上、5月7日のBerliner Zeitungの記事を参照)。

400点以上のオリジナルの写真を集めた、大規模な回顧展としては世界初のこのハルデイ展は7月28日(月)まで。われわれが観るべき写真がここにある。興味のある方はどうぞお急ぎください。

Jewgeni Chaldej – Der bedeutende Augenblick.
Eine Retrospektive
Ort: Martin-Gropius-Bau
9. Mai bis 28. Juli 2008

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by berlinHbf | 2008-07-23 22:14 | ベルリンを「観る」 | Comments(13)

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