ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
「素顔のベルリン」増補改訂版
¥1,680
ダイヤモンド社
(Amazon、全国各書店にて発売中)

本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

Amazonにてネット購入ができます。



『街歩きのドイツ語 』
¥1,575
三修社

豊富なビジュアルとドイツ語フレーズを楽しめる1冊。基本のあいさつ表現から、街にまつわるドイツ語豆知識まで、ガイドブックとともに旅に役立つ会話集です。




『素顔のベルリン 過去と未来が交錯する12のエリアガイド 』
¥1,575
ダイヤモンド社
(2009年発売)

地球の歩き方シリーズ初、待望のベルリンガイドブック誕生!比類なき歴史を抱えつつ、明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。「ドイツで最もドイツらしくない」といわれるこの町の知られざる魅力を、現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介。


現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

ベルリン更新情報
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タグ:アート(Kunst) ( 66 ) タグの人気記事

カダケスへの道(3)

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カダケスの中心部を望む(2012-03-24)

今回車で来てみてわかったことだが、カダケスはスペインの最東北端に位置し、周りの街から隔絶されているがゆえ、昔からの漁村の風景が手つかずのまま残ったのだという。現在の人口は2800人ほど。小高い丘の上に建っているのが16〜17世紀に造られたサンタ・マリア教会。

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Port Alguer, 1923-24. Teatre-Museu Dalí, Figueres

上の写真とは反対側の場所からサンタ・マリア教会を望む風景を、ダリが1920年代に描いている。旅行前にこの絵の存在を知っていたら、同じ場所に立ってみたかった。おそらく街並はほとんど変わっていないはずだから。

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ホテルでの朝食後、街を散歩する。ぽかぽかの陽気、ほぼ白一色に統一された住居群、細い路地、気持ちよさそにひなたぼっこしている猫たち…。決して長い時間ではなかったけれど、人間の等身大の感覚に沿うような構造でできているカダケスの路地を歩くのは、至福ともいえるほど心地いいものだった。

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よく見ると、猫があちこちに・・・

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カモメの白さも印象的。ホテルに戻って部屋のバルコニーからもう一度街を眺め、夢想した。執筆に集中するべきとき、こんなところに長期滞在して作業できたら最高だなあと。ここにはまたいつか戻ってきたいと思う。

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カダケスーフィゲラス間は約33キロ。急勾配とカーブが多く、何度も絶景に見とれそうになりながらも、運転を任された私は慎重に下って行く。

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この旅でもうひとつ念願の場所だったフィゲラスのダリ劇場美術館で、一堂ダリを再び堪能。最高でした(ここはよく紹介される場所なので、何枚か写真をご紹介するのみにします)。

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美術館の閉館間際までいたので、フィゲラスを後にしたのは18時過ぎだっただろうか。ここからバルセロナまでは140キロほど。レンタカーのオフィスが閉まる22時までに車を返さなければならないとはいえ、まだ十分余裕があるはず。実際、高速道路を走っているまでは順調だったのだが、少し手前のインターで降りてしまったところから暗転する。行きの教訓から、途中のドライブインで道路地図は買っていたものの、自分たちがどこにいるのかさっぱりわからない。そのうち、行きにバルセロナを出る際にはまり込んだ中国語の看板が目立つ倉庫街の中に入ってしまったようで、気持ちを落ち着かせガソリンスタンドで道を尋ねるも、そこからバルセロナ市内に戻るのにさらに一悶着あった。ローマ時代からの歴史を持つ地中海都市はこうも複雑な構造をしているのか。それなりの方向感覚は持っているつもりだったが、目的地を目前にこんなにも迷宮に入り込んだのは他にそうない経験だった。翌朝バルセロナを発つことになっていたので、「車を返せなかったらどうしよう」という不安が高まる中、結局22時を10分ぐらい越えてサンツ駅屋上の駐車場に到着。絶望的な気分でとりあえず車を止め、これからどうしようかと思っていたところ、近くにおじさんがいたので恐る恐る歩み寄って聞いてみた。

「車の鍵?ああ、そこのボックスに入れておけばいいんだよ。それでおしまい」

「え?・・・」( ̄◇ ̄;)

カダケスの海と街並、ダリの空想と色彩に彩られた旅は、「なんでこんなことを最初に確認しておかなかったのか」という徒労感を最後に味わうことになるのでした。しかし、今年忘れられない旅のひとつです。

(おわり)
by berlinHbf | 2012-12-27 23:57 | 欧州を感じる旅 | Comments(0)

発掘の散歩術(25) -マックス・リーバーマンの理想郷-

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色とりどりの花が咲き乱れるリーバーマン邸西側の庭園

ベルリンの西の郊外、Sバーンのヴァンゼー駅から114番バスに乗り、湖沿いの高級別荘街を走ること数分、Liebermann-Villaと書かれたバス停で降りた。ベルリン分離派の創立者でプロイセン芸術アカデミーの総裁を務めるなど、ドイツ画壇の重鎮として知られた画家マックス・リーバーマン(1847〜1935)。目の前にそびえる立派な屋敷は、彼が晩年の25年間、家族とともに過ごした夏の別荘である。

中に入ると、隅々まで手入れが行き届いた美しい庭園が目の前に広がった。リーバーマンが住んでいた頃は果物や野菜も栽培していたそうだ。奥には白いベンチが置いてあり、女の子がスケッチをしている。花々に目をやりながら、老婦人がゆっくりこちらに向かって歩いてきた。何とも絵になる風景だ。

邸宅の1階では、暖炉のある部屋やサロン室など、当時の面影を残した部屋にこの場所の歴史が展示されている。食事室の向こうにはテラスが広がり、奥にヴァンゼーの湖を見渡せた。「夢のような」というありふれた形容が、ここではぴったりくる。

リーバーマンがこの別荘地に土地を購入したのは1909年のこと。当時、彼の住居はブランデンブルク門の真横にあった。慌ただしい都会生活から離れて、穏やかな日々を過ごしたかったのだろう。邸宅と庭園の設計はそれぞれ専門家に依頼しているが、隅々に至るまで彼の意向が取り入れられている。ギリシャ風の柱が構える邸宅は、かつてリーバーマンも描いたことのあるハンブルクの屋敷がモデル。草木が生い茂る実用園に対して、邸宅の東側は「部屋から湖を臨めるよう単純な芝生にしてほしい」と設計者に対して注文をしたそうだ。その横には、幾何学的に見事に構成された3つの庭園が隠れるようにしてある。

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Max Liebermann, Garten am Wannsee

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リーバーマン邸東側のテラスからヴァンゼーを臨む

セルフサービスのカフェになっているテラス席に座ってコーヒーを飲む、時おり湖を眺める、本を読む。リーバーマンのアトリエがあった2階に行き、彼がこの場所で描いた数々の絵画を眺める。それは本当に素敵な時間だった。ロッジアの壁面には、楽園の庭を描いた古代ローマのフレスコ画に触発されて、リーバーマンが描いた壁画が残っていた。彼はこの場所を本当に理想郷と感じていたのだろう。

だが、やがて狂気の時代がやってくる。ナチスが政権を握ると、ユダヤ人であるリーバーマンに対して公然と嫌がらせをするようになった。抵抗の意を示すため、彼はすべての公職を辞した後、1935年失意のうちに死去。ナチは未亡人のマルタに対して、屋敷を帝国郵便局に売却するよう命じた。周辺は、ナチス高官の住まいに変わっていく。そして1943年、マルタ夫人は強制収容所テレージエンシュタットへの強制輸送を前に自死を選んだのだった……。

ホロコーストの1つの出発点となった1942年1月のヴァンゼー会議の舞台となった屋敷は、ここから目と鼻の距離にある。理想郷のようなこの場所と殺人工場とのギャップをどのように考えたらいいのだろうか。私はまだ、ヴァンゼー会議の館に行ったことがない。だが、ユダヤ人がこの世からいなくなることを「理想」と考えた人間がいた場所も、近いうちに見ておかなければと思っている。
ドイツニュースダイジェスト 8月10日)


Information
ヴァンゼーのリーバーマン邸 
Liebermann-Villa am Wannsee


第2次世界大戦後、この邸宅は病院として使われ、地元のダイビングクラブに貸し出されていた時期もあった。その間、庭園は完全に荒れ果てたが、1995年に設立されたリーバーマン協会のイニシアチブにより修復が進められ、2006年にミュージアムとして再オープンした。これらの活動が評価され、EUの文化財保護賞を受賞。入場料は6ユーロ(割引4ユーロ)。

開館:月水金土10:00〜18:00、木日祝10:00〜19:00(10〜3月は水〜月11:00〜17:00)
住所:Colomierstr. 3, 14109 Berlin
電話番号:(030)805 85900
URL:www.liebermann-villa.de


「マックス・リーバーマンとエミール・ノルデ 庭園の絵画」展
Max Liebermann und Emil Nolde. Gartenbilder

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© Nolde Stiftung Seebüll

リーバーマン邸の2階で開催中の特別展。リーバーマンの同時代の画家で、作風も歩んだ道も重なるエミール・ノルデ(1867〜1956)。庭園画に思い入れの深かった2人の作品を対照させて展示している。リーバーマンの作品の多くはこの邸宅で描かれており、具体的な場所を確かめながら鑑賞することができるのは、このミュージアムならでは。

期間:2012年9月3日(月)まで

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by berlinHbf | 2012-08-12 00:03 | ベルリン発掘(西) | Comments(2)

写真家 橋口譲二氏の講演会

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写真家橋口譲二さん。1989年にベルリンの中古カメラ店で購入したという愛機と

現在、ツォー駅裏手のベルリン写真美術館Museum für Photografieにて、「戦後日本の変容」展が開催されています(6月17日まで)。1945~64年という激動の時代を背景に、木村伊兵衛や土門拳、細江英公ら、戦後日本の写真界を代表する11名の写真家によるモノクロ写真123点で構成された興味深い展覧会です。

この展覧会の関連プログラムとして、日本の写真関係者による講演会が何回か開催され、私は4月末に行われた写真家・橋口譲二さんの講演会「カメラがとらえた、日本が幸福だった時代と17歳の今」を聴きに行きました。橋口さんは、80年代からベルリンとの縁が深く、昨年は旧東ベルリンのホーフ(中庭)をテーマにした写真集『Hof ベルリンの記憶』を発表しています。

展覧会のテーマに合わせて、講演会の前半は1949年生まれの橋口さんが自分の子ども時代を振り返るところから始まりました。鹿児島での小学校時代、生徒の半数は裸足で学校に通っていたこと、中学卒業後は大都市に集団就職するのが当たり前だった風潮などに触れ、「日本と言うとお金持ちの国というイメージがあるかもしれませんが、それはここ30年ぐらいのことです。当時の人々は自転車やテレビ、洗濯機など、皆小さな夢を持って生きていました。それがいつの間にか、『欲望』に変わっていったのです」と聴衆に語ります。

そして、日本全国多くの人のポートレートを撮影してきた橋口さんが、東北に住む2人の女性の写真を見せながら、庶民のささやかな生活を紹介します。「日本と言うとお米の国という印象をお持ちかもしれませんが、それもここ40年ぐらいのことです。米はもともと南の穀物。努力と改良を重ねて、東北や北海道でもお米が作れるようになったんです」と聞いて、私ははっとしました。橋口さんは静かに、しかし揺るぎない姿勢で戦後日本の文明について問うているように感じたのです。

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写真集『17歳―2001‐2006』(岩波書店)より 
© Hashiguchi Joji & JDZB


後半は、橋口さんが2000年代に撮った17歳の若者のポートレートを見せながら、彼らの声を朗読。子どもと大人の狭間で悩みながらも生きる、ごく普通の若者の姿が立ち上がります。最後にこんなことを話しました。「今の朗読を聞いて、皆さんの中には良くも悪くもいろいろな感情がわき起こったはずです。僕はその感情こそがアートだと考えています。お金がたくさんあれば、この美術館に飾られているヘルムート・ニュートンさんの写真を買うことができるでしょう。でも、皆さんのその感情は誰も買うことができません」

質疑応答では、橋口さんの写真家としての制作姿勢が、こんな言葉で明かされました。「今までに900人ぐらいのポートレートを撮ってきましたが、自分が撮った人はすべて作品に登場させています。人の存在は、比較できないからです。この世に生きる価値のない人はいません。人を選んでこなかったということを僕は誇りにしています」

「人の存在は比較できない」。口で言うのは簡単ですが、制作を通してその信念を実践し続けてきた橋口さんに、私は敬意の念を感じました。最後は拍手がなかなか鳴り止まず、会場が温かい雰囲気で満たされていました。
ドイツニュースダイジェスト 5月18日)

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by berlinHbf | 2012-05-23 16:50 | ベルリンの人々 | Comments(2)

発掘の散歩術(20) - 地上防空壕で観る現代アート -

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ミッテのラインハルト通りにそびえ立つ地上防空壕。屋上にボロス氏のペントハウスが見える

不要となった建物は解体して新しく造り替える。一方、残す価値のある古い建物は修復して大事に使い続ける。程度の違いこそあれ、ドイツでも日本でも、都市の進化の過程においてそれは変わらない だろう。が、例外もある。

フリードリヒ・シュトラーセ駅の西側出口からシュプレー川を渡り、アルブレヒト通りを直進。やがてラインハルト通りの角に、古代の要塞のようにも見える灰色一色の 建造物が、無言の圧力をもって目の前に迫ってくる。通称「帝国鉄道防空壕」。もはや不要だが、取り壊したくてもあまりに頑丈に造られているがゆえに解体不可能な地上防空壕が、ベルリンにはほかにもいくつか現存する。「帝国鉄道防空壕」は、第2次世界大戦中の1943 年、強制労働者を動員して建設された。近くのフリードリヒ・シュトラーセ駅が空爆を受けた際、最大2500人の駅の利用客を収容するのが目的だった。45年5月にソ連赤軍によって接収された後は、戦争捕虜の収容所として使われることになる。東ドイツ時代の57年からは果物の貯蔵施設、壁崩壊後の92年からは半ば不法なハードコアのテクノクラブになるなど、その時々の政治状況を背景に活用されてきた。

数年前、私がこの防空壕を初めて訪れたときは空っぽの状態だったが、しばらくしてから「ボロス・ コレクション」という名の現代アートの展示場に生まれ変わったというニュースを耳にした。しかも大人気でなかなか予約が取れないという。気になったまま時が流れていたのだが、先日ようやく中に入る機会が巡ってきた。

入り口で、まるで人が入ってくるのを拒むかのような重い扉を2つ押し開けて中に進むと、突然真っ 白な空間が開けた。頭上からは別のツアー客の声が聞こえてきて結構賑やか。きれいなロッカーに加 え、テーブルの上にはコーヒーが用意されている。外観とのギャップに驚くほかなかった。

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OLAFUR ELIASSON "BERLIN COLOUR SPHERE", 2006 © NOSHE

中に入ってすぐ、デンマーク人作家オラファー・エリアソンによる虹色の光が空間を包み込む美しい作品に出会う。ポーランド人作家モニカ・ソスノヴスカのインスタレーションでは、暗いトンネルの中を屈みながら前に進んで行く。 世界的に著名な作家が、この場に密着して制作した作品ばかりとい うから何とも贅沢だ。彫刻、インスタレーション、映像を使った作品などが、3000㎡にも及ぶコンクリートむき出しの空間に並ぶ。

とはいえ、現代アートであるから、にわかには理解しがたい作品も少なくない。階が進み少々疲れてきた頃、ガイドさんが一歩奥へ入った踊り場へ招き寄せ、「ボロスさんが使っているエレベーターです」と言って指し示した。

ボロス・コレクションのオーナーは、アートコレクターであるほか、 広告会社を営んでいるクリスティアン・ボロス氏。彼は防空壕を改造する際、自分と家族のためのペントハウスを屋上に建ててしまったのである。

ボロス・コレクションのアイデアとスケールには半ば呆れるほどだったが、ベルリンのアートシーンはこういう突拍子もない発想をする人物によって常に刺激を与えられているのかと感じ入った。
ドイツニュースダイジェスト 3月16日)


Information
ボロス・コレクション
Sammlung Boros


内部見学はガイドツアーのみで(英独)、下記HPより事前の申し込みが必要。ただし、30分ごとに行われるツアーは、 定員が最大12人と決まっており、予約は数週間先まで一杯ということも。所要時間は約1時間半。展示品は定期的に差し替えられており、リピーターも多いようだ。入場料は10 ユーロ(割引6ユーロ)。

住所: Bunker, Reinhardtstr. 20, 10117 Berlin
電話番号:(030)2759 4065
開館:金14:00~18:00 土日10:00~18:00
URL:www.sammlung-boros.de


総統地下壕跡
Führerbunker


ベルリンで最も有名な地下壕といえば、第2次世界大戦末期、ヒトラーの命によって総統官邸裏に造られた通称「総統地下壕」だろう。ここに籠ったヒトラーが45年4月30日に自殺するまでの過程は、映画『ヒトラー~最後の12日間~』で描かれている通り。やはり完全には破壊できず、地下部分は今も地中に眠っている。

住所:Gertrud-Kolmar-Str.とIn den Ministergärtenの2つの通りの角に案内板が立っている。

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by berlinHbf | 2012-03-17 00:09 | ベルリン発掘(東) | Comments(7)

橋口譲二『Hof ベルリンの記憶』

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昨年秋、写真家の橋口譲二さんから20年前のプレンツラウアー・ベルクの写真を何枚か渡され、「今度出版する写真集のために、それらの写真に写っているアパートの場所を調べてもらえないだろうか」という依頼を受けた。その時の模様は、「橋口譲二『Hof ベルリンの記憶』とプレンツラウアー・ベルク」で2回に渡ってご紹介した。

関連記事:
橋口譲二『Hof ベルリンの記憶』とプレンツラウアー・ベルク(1)
橋口譲二『Hof ベルリンの記憶』とプレンツラウアー・ベルク(2)

当初の予定からは遅れたものの、橋口さんの写真集は今年初頭に無事刊行された(ありがたいことに協力者として名前も入れていただいた)。私にとっても、思い出深い1冊。ここでご紹介したいと思う。

橋口譲二さんに初めてお会いしたのは、2年前の年末、ベルリン日独センターで行われた講演会の時だった。同センターに勤務されているある方の奥様が、ちょうど刊行されたばかりの拙著『素顔のベルリン』を橋口さんにプレゼントしてくださり、講演会の後にご紹介いただいたのだった。私の母と同い年の橋口さんは、とてもシャイで物腰穏やかな方という印象を受けた。

こういうご縁から、橋口さんがベルリンに来られる際にお会いするようになった。6月に私が一時帰国した際は、橋口さんのお住まいの吉祥寺を少しご案内いただいた後、駅中のカフェでお茶をした。ベルリンでも東京でも、橋口さんとカフェでご一緒する時のゆったりとした時間の流れ方が好きだ。表現者としての大事なアドバイスをくださることもある。口調はいつものように穏やかでも、そんな時には、橋口さんの芯の強さと厳しさを垣間見る。一度、「(あるテーマを)自分の中だけに抱え込むことも大事ですよ」と言われたことがある。ブログやらTwitterやらで、ちょっとしたつぶやきさえも簡単に公にできる時代。目に見えるわかりやすい結果ばかりをどこか求めていた私ははっとした。私も一応Twitterはやっているし、その利点も否定はしないけれど、あれこれつぶやくだけで何となく物事をわかったような気になったり、自分にとって何が大事なのかを見失わないようにしたいと思う。そして、できることなら、橋口さんやその「弟子」の星野博美さんのように、あるテーマを自分の中で抱え込み思考を深めていく延長で、作品を積み重ねていけたらと願う。

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話が逸れてしまった。写真集『Hof ベルリンの記憶』は、橋口さんが20年もの間「抱え込んできた」写真が中心になっている。壁崩壊直後、旧東のミッテとプレンツラウアー・ベルクの古いアパートやそのホーフ(中庭)を写したものだ。

人は1人も出てこないのに、また一見廃墟のようにも見えるほど建物は朽ちているのに、不思議なぬくもりの感じられる写真が並んでいる。それは、そこに人がずっと住み続けてきたこと、そしてそれらのアパートが19世紀末から20世紀初頭にかけて建てられたことも関係していると思う。橋口さんは、この写真集の巻末のエッセイでこう綴っている。
街並と身体と気持ちの相性というと変だが、僕はこの街とこの街で暮らす人々が気に入っていた。程良い道幅、家並と同じように蛇行する道路、停留所から次の停留所が見える路面電車のトラム。トラムの走る速度はちょっと頑張れば自転車でも追い越せてしまう。蛇行する道路もトラムも昔から存在していたことを思うと、世紀末から20世紀初頭にかけて出来あがった街は人間の感覚や生理に寄り添っていた気がする。
11年前、このベルリンに来て、最初にたまたま住んだアパート以来、私はアルトバウのアパートの魅力に取り憑かれた。この街で3回引っ越しているが、住まいは全てアルトバウだった。ゆったりした間取りと、幾世代に渡って人々が住んできた歴史の醸し出す安心感が心地よかったのだと思う。写真集「Hof」には、アパートの内部の階段やいぶし銀のように渋い光沢を放つ階段のてすりの写真なども挿入されていて、私はそれを見ながら最初に住んだティーアガルテンの築100年のアパートでの生活を思い出した。あるいは、夏の暑い日、(6年間住んだ)クロイツベルクのアパートの入り口から中に入った瞬間、ひんやりとした空気に体が包まれたことを。ベルリンが歩んできた歴史と、私個人の歴史が時に重なり合うのを感じた。

この写真集が私のもとに届いたのは、3月初頭だった。
しばらくの間、この本を枕元に置いて、寝る前にぱらぱらめくりながら楽しんでいた。そうこうするうちに、あの大震災が日本を襲った。
毎日深夜までショッキングな津波の映像を見てから、この本を開くと、写真の奥にまた違う光景が見えてきた。3月14日だったか、丘の上から「自分の店が流されたことよりも、(店の)歴史が途切れてしまったことの方がくやしい」と絞り出すように語っていた陸前高田の酒屋のおじさん。倒壊した家の瓦礫をかき分けながら、思い出の写真を必死に探す人々…。

あの光景を思うと、ベルリンのミッテやプレンツラウアー・ベルクの古いアパートが戦災を逃れ、地震などの自然被害にも遭わず、その貴重なアパートが1949年生まれの日本人の写真家によって記録され、20年もの間フィルムが大切に保管され、2011年という年に出版され得たということが、とても幸運でかけがえのないことのように思えるのだ。

今回の地震や津波で家を失った人々が、橋口さんの言う「人間の感覚や生理に寄り添った」住まいに再び戻れることを心から願う。

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この橋口さんの『Hof ベルリンの記憶』の写真展が、現在大阪のニコンサロンで開催中です(21日まで)。お近くにお住まいの方は、ぜひ足をお運びいただけたらと思います。

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by berlinHbf | 2011-12-12 18:22 | ベルリンを「読む」 | Comments(3)

ペルガモン博物館のパノラマ展

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巨大なガスタンクを思わせるパノラマ展の仮設会場

ペルガモン博物館の歴史は1864/65年冬、ドイツ人技師カール・フーマンがトルコのベルガマを初めて訪れた時にさかのぼります。彼は、古代都市の廃墟の大理石が雨風にさらされ、また地元民による遺跡の略奪が横行していたことに衝撃を受けたそうです。やがてフーマンがベルリン博物館の館長アレクサンダー・コンツェの支援を得て、さらにトルコ政府から発掘権を獲得したところで、1878年から3期に及ぶ大規模な発掘作業が始まりました。中でも、数世紀もの間、人々から忘れ去られていた大祭壇や、ギリシャ神話の神々と巨人族との戦いを描いたフリーズはまさに世紀の大発見で、ベルリンに運ばれた後、同博物館に再構築されたことは誰もが知るところです。この前に立つと、大祭壇の威容とヘレニズム芸術の極致を示すフリーズの彫刻の美しさはもちろん、古代文化の発掘と復元に捧げた人々の熱意に圧倒される思いがします。

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パノラマ展内部のイメージ図 © asisi

2011年秋、全く新しい形で古代ペルガモンが私たちの前に立ち現れました。現在、博物館の中庭に高さ27.5メートルの円柱の塔が立っており、これが特別展「ペルガモン―古代首都のパノラマ」の会場です。階段を上って行くと、天辺が展望台になっており、眼前に広がる360度の古代ペルガモンの大パノラマに息を呑みました。

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仮設のやぐらから撮影した現在のペルガモンのパノラマ © asisi

このプロジェクトの総責任者は、建築家で芸術家のヤデガール・アッシジです。アッシジはトルコのベルガマに足を運び、丘の上のペルガモン遺跡を一望できるポイントにやぐらを建て、無数の写真を撮影。現実の風景をベースに、過去に発掘された遺跡や最新の考古学研究に基づいて1つひとつのディテールをはめ込んでいきました。また、別に撮影された群衆シーンもパノラマ上にデジタル加工。その結果、西暦125年4月8日、ローマ皇帝のハドリアヌスが訪問したペルガモンの1日の様子が、この上なくリアルに再現されることになったのです。

パノラマ台から眺めると、あの壮麗な建築群がいかに厳しい地形の上に建てられていたかを実感できます。目の前にアテナ神殿がそびえ、その左の円形劇場では群衆がハドリアヌス帝を待ち受けています。右手には、かの大祭壇が! 大理石のレリーフが当時はいかにカラフルだったのかも分かりました。背景から流れてくる街の雑音や人々の歓声といったサウンド効果も、古代ペルガモンにいる気分を高めてくれます。

本館で開催中のもう1つの特別展や常設展を併せて見学すれば、古代都市を一層スリリングに感じられるでしょう。2012年9月30日まで開催。
www.pergamon-panorama.de
ドイツニュースダイジェスト 11月18日)

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ペルガモンの大祭壇

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by berlinHbf | 2011-11-20 11:39 | ベルリン文化生活 | Comments(4)

新博物館に鳴り響くフルートの音色

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Neues Museum (2007-09)

●ペルガモン博物館で開催されている話題の特別展「ペルガモンー古代首都のパノラマ」を見てきました。このパノラマ展のことは今度改めて紹介するつもりですが、最近ペルガモン博物館とその発掘の歴史を改めて勉強する機会があり、古代世界についての興味が高まっているのを自分の中で感じます。博物館島といえば、9月末にここでちょっと素敵なコンサートを聴いたのを思い出しました。

ベルリン放送交響楽団が、ペルガモンの隣の新博物館でシーズン中に何度か室内楽コンサートを催しています。何より場として興味があったのと、今回はプログラムが特に魅力的だったので足を運んで来ました。入り口から階段を上って行くと、そこはGroße Treppenhalleという大きな吹き抜けのホールで、階段を上り切ったところがこの夜のコンサートの舞台。両脇の椅子はすでにいっぱいだったので、私はその上の階段に座ることにしました(冒頭の写真は、博物館がオープンする前の一般公開の時に撮ったものです)。

●この夜は、ベルリン放送響のフルートのメンバー3人を中心としたアンサンブル。バッハのカンタータ「アポロとパンの争い」のアリアの編曲を始め、ギリシャ神話の牧神「パン」を1つのテーマにしたプログラムが、古代美術を収める博物館として造られたこの空間でしかなしえない特別な音楽体験へと導いてくれました。Harald Genzmer作曲のアルト・フルートの「パン」は、副首席のルドルフ・デーブラー氏のふくよかで深みのある音色が素晴らしかったし、Johannes Wallmannのフルート・トリオのための曲では、3本のフルートが舞台とその上の階上の左右に分かれて演奏。特殊技法や奏者の発声も混じり合い、西洋的とも東洋的ともいえない不思議な音世界に浸りました。

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中でも感動したのは、ドビュッシーの「シリンクス」(パンの笛)でしょうか。パンのエピソードが舞台上から読み上げられた後、首席のシャーフ氏がこの位置からあのどこか物悲しいメロディーを奏でます。天井から降り注いでくる、たゆたうような艶やかな調べは、残響豊かな空間の効果もあってまさに絶品でした。最後は、同じドビュッシーの晩年の傑作「フルートとヴィオラとハープのためのソナタ」。無限のファンタジーをはらみ、聴く度に幻想の森の中をさまよっているような気持ちになる音楽です。フィナーレの音楽は疾走しているかのようで、聴いていて気分は高まってくるのだけど、汗をかくというよりは体の中にいつも風が吹き抜けている、そんな感じでしょうか。オーケストラの中で聴くフルートもいいけれど、もっと根源的な、笛の音が持つちからを感じさせてくれるコンサートでした。

Do 29.09.2011 | 20:30 Uhr
Neues Museum Berlin | Kammerkonzert
Ulf-Dieter Schaaff | Flöte
Rudolf Döbler | Flöte
Markus Schreiter | Flöte
Gernot Adrion | Viola
Magdalena Zimmerer | Harfe
Mitglieder des Rundfunk-Sinfonieorchesters Berlin

Johann Sebastian Bach
"Der Streit zwischen Phoebus und Pan" - Kantate BWV 201, Arie Nr. 9, bearbeitet für Altflöte, Viola und Harfe
Harald Genzmer
"Pan" für Altflöte solo
Claude Debussy
"Bilitis - Six Epigraphes Antiques" für Flöte und Harfe,
daraus drei Sätze
Johannes Wallmann
"Schilf in Händen" - Musik im Raum für Flötentrio
Claude Debussy
"Syrinx" für Flöte solo
Johann Sebastian Bach
"Der Streit zwischen Phoebus und Pan" - Kantate BWV 201, Arie Nr. 13, bearbeitet für zwei Flöten, Altflöte und Harfe
Claude Debussy
Sonate für Flöte, Viola und Harfe

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by berlinHbf | 2011-10-30 13:08 | ベルリン音楽日記 | Comments(2)

清水陽一さんインタビュー - 北斎展への夢 -

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8月26日から10月24日まで、日独交流150周年の1つのハイライトとも言うべき、北斎展(Hokusai - Retrospektive)がベルリンのマルティン・グロピウス・バウで開催される。計441作品という、海外では過去最大規模となる北斎展を約30年前から夢見て、実現に漕ぎ着けた人物がいる。ベルリン日独センターの清水陽一副事務総長その人だ。清水さんに、今回の展覧会に至るまでの経緯、そしてその見どころをたっぷり伺った。
ドイツニュースダイジェスト・独日なひと 8月19日) 

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清水 陽一 Yoichi Shimizu
ベルリン日独センター副事務総長

1943年北京生まれ。国際基督教大学(政治学)、マールブルク大学(ドイツ史)で学んだ後、1964年外務省入省。ケルン日本文化会館館長、在ミュンヘン日本国総領事などを経て2009年より現職。
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長年、日本とヨーロッパの文化交流に携わってこられた清水さんにとっても、今回の北斎展は特別思い入れが深い展覧会だそうですね。

私は、30代半ばで葛飾北斎の作品に魅せられて以来、北斎が日本のみならず世界で最も優れた画家の1人であると信じてきました。彼が生きた18世紀後半から19世紀前半にかけて、ヨーロッパのほかの画家と比較した場合、匹敵する人がいません。かろうじてゴヤが挙げられるかなというぐらい。それほどのインパクトと天才性を持っていて、70年に及ぶ画業であらゆる作風の作品を残している。

その北斎が、ドイツでは「富士山の北斎」、「漫画の北斎」としか受け止められていません。もちろん、すごい画家だと感じている人は多いと思いますが、例えば「富士山の北斎」というのは、彼が70歳を過ぎてからたった1年半ぐらいで描いた仕事です。私は、20代から90歳までの北斎の全貌をドイツ人にぜひ紹介したいと長年思っていました。

ただ、ドイツは連邦制ですから、イギリス(ロンドン)やフランス(パリ)のように大きな展覧会場がなく、潤沢な予算を持っている州も少ないんです。私の職場がケルン、日本、ミュンへンと移り変わる中、結局実現できないまま年金生活に入ったのですが、2008年秋に国際交流基金の本部からもう一度ベルリンに行ってほしいと依頼が入りました。正直、最初は乗り気ではなかったのですが、しばらく考えて、2011年が日独交流150周年だということ、そして30年来の友人であるマルティン・グロピウス・バウのジーバニッヒ館長の存在が頭に浮かび、「彼ならやってくれるかもしれない」と思いました。「よし、ベルリンで北斎展をやろう!」と決意したものの、その段階ではまだ夢ですよね。ベルリンに行くと返事をした後、日本の北斎研究の第一人者である永田生慈さんにお会いし、お力を貸していただけないかと相談しました。「私はオーガナイズと予算面の面倒を見るから、内容は永田さんに全部お任せしたい」と伝え、ご快諾いただいた次第です。2009年4月に私がベルリンに来てからは、予算の問題をクリアするのに時間が掛かりましたが、昨年6月に国際交流基金とマルティン・グロピウス・バウの関係者が集まって、開催が正式に決まりました。ただ、準備期間が1年しかなかったので、そこからがまた大変でした。これだけの規模の展覧会となると、通常は準備に4、5年掛かりますから。

まさに、清水さんの長年の思いが結実した展覧会なのですね。今回の北斎展の内容の特色は何でしょうか?

ジーバニッヒ館長と永田さんと話し合って決めたのは、すでによく知られ、それゆえ幾分手垢のついたヨーロッパのコレクションではなく、原則として日本から状態の良いものを持ってくるということです。今回出展する441点のうち、429点は日本から持って来ます。残り12点について申しますと、まず10点はベルリンのアジア美術館のコレクションです。昨年、永田さんと同美術館を訪れたところ、『北斎漫画』の初編から10編までの初版本に出会いました。何と美術館側は、それが初版本だということに気付いていなかったんです。日本でも珍しい初版本が、ベルリンにきれいそっくり残っていたという驚き。これをお借りすることができました。それから、北斎83歳の時の自画像。これはオランダ・ライデンの美術館が所蔵するもので、世界に1つしかありません。自画像というのは、ヨーロッパの人が非常に関心を持つジャンルですよね。あとは、ヨーロッパに初めて北斎を紹介したと言われるシーボルトの著書『日本』。これはボン大学からお借りします。これら12点はヨーロッパのコレクションで、残りはすべて日本からです。

清水さんからご覧になって、特に思い入れのある絵、じっくり観てほしいという作品は?

1つは、先ほど触れた83歳の自画像ですね。北斎は、「70歳までの自分の絵は取るに足りない。私は100歳まで生きて絵画の奥義を極める」と尋常ではない意気込みを持っていた人。そういう人が83歳の時にどんな顔をしていたのか、見ていただきたいです。それと並行して、北斎がやはり80歳ぐらいの時に書いた手紙が残っているのですが、そこからは彼のユーモアな人柄が偲ばれます。

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富嶽三十六景 信州諏訪湖 墨田区蔵

それからやはり『富嶽三十六景』。36作品全部ではありませんが28点、私がこれはと思う絵は全部出していただいています。私が好きなのは、松の山の形が美しい「青山円座松」、礫川の雪の情景を描いた「礫川雪の旦」、桶で有名な「尾州不二見原」だとか、木が真ん中にある構図が面白い「甲州三島越」、「遠江山中」などですね。有名な「神奈川沖浪裏」など、北斎生誕の地である墨田区からお貸しいただく約50点の作品も、今回の目玉といえる素晴らしいものです。

また、これはあまり知られていませんが、滝沢馬琴の小説『鎮西八郎為朝外伝 椿説弓張月』で、北斎が挿絵を描いています。お岩さんなど、お化けの絵もあります。ほかにも、蘭学をもとに描いた骸骨の絵。カラフルな武者絵。水の表情を描いた『諸国滝廻り』。北斎自身はそれほどたくさん描いていませんが、美人画。それから、掛け軸など貴重な一点ものも。長さが7メートル近くの大きな『山水図巻』という肉筆画もあり、それに合わせて特別に展示ケースを作ってもらいました。

展示の仕方にも工夫を凝らしているそうですね。

ええ、『北斎漫画』を電子書籍のように読める「北斎漫画の部屋」を設けましたし、オーディオガイド(英語とドイツ語)にも面白い小話が盛り込まれているので、作品の理解を深めるのにご活用いただきたいです。

ほかにも、アダチ版画研究所の摺師の方がいらして「神奈川沖浪裏」の実演が行われたり(8月27、28日、9月3、4日)、永田生慈さんの講演会(8月26日)や子ども向けのプログラムなど、関連行事も充実しています。10月14、15日には、北斎とその時代に関するシンポジウムが日独センターで行われます。

本当に盛りだくさんですね。あとはオープニングを待つばかりとなりましたが、最後に読者の皆さんにメッセージをお願いします。

昨年、マルティン・グロピウス・バウで入場者数が一番多かったのがフリーダ・カーロ展(3カ月で約20万人)でしたが、今回の北斎展にジーバニッヒ館長は10万人、私は20万人入ると賭けをしているんです(笑)。私はそれだけの魅力が詰まった展覧会だと思っています。

ドイツにおける従来の北斎のイメージを打破して、18世紀後半から19世紀前半にこれだけすごい作家がいたこと、同時にその北斎を生んだ江戸という時代の面白さも存分にお見せしたいと思います。ドイツの方はもちろん、日本の皆さんにもたくさん来ていただいて、北斎を、そして日本を再発見していただきたいですね。

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日独交流150周年記念 北斎展  Hokusai - Retrospektive
会期:2011年8月26日(金)〜 10月24日(月)
会場:Martin-Gropius-Bau
住所:Niederkirchnerstr.7, 10963 Berlin
開館時間:10:00〜20:00 ※火曜休館
入場料: 9ユーロ(割引6ユーロ)、
    団体(10人以上)6ユーロ、
    16歳以下無料
www.gropiusbau.de

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by berlinHbf | 2011-08-19 17:05 | ドイツから見た日本 | Comments(3)

タイトル画像に末宗美香子作「ベルリンに跳ねる○○?!」

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怒濤の5月が終わりに近づき、ようやくブログを更新する余裕が少し出てきたので、このタイミングでブログのタイトル画像を変えることにしました。実は、昨年秋にHotel Bogotaでの展覧会で何度かご紹介したアーティストの末宗美香子さんが、このブログのタイトル画像用に新作を描いてくださったのです!以下は作家ご本人からのメッセージです。
イメージは「ベルリンに跳ねる○○?!」でしょうか。。。ご想像にお任せします。描き込まれている文字TOTTOは赤い子の名前。あとの言葉はこの子のつぶやきのようなものです(読みにくくあえて描いてます)。(最近は登場人物に名前をつけています)。

艶のある紙に絵の具+カラースプレーやカーボン紙等をつかって描いています。絵画用ではなくエナメル質の光沢のある紙なのですが、普通の水彩紙と全くことなる描き心地で、出てくる形や線の変化にも影響がありました。なかなか面白い素材です。
末宗さんには、「ベルリン」をテーマにした絵の製作をお願いしていたのですが、人物を描きながらもこの町の躍動感が伝わってくる素敵な作品を描いてくださり、私自身大変喜んでいます。末宗さん、本当にありがとうございました!

※末宗美香子さんの作品は、現在もHotel Bogotaにて展示されています。
関連記事:
末宗美香子展のオープニング (2010-12-27)

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by berlinHbf | 2011-05-30 11:30 | ベルリン文化生活 | Comments(5)

発掘の散歩術(6) -ポツダム通りの隠れ家ギャラリー-

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Potsdamer Straße (2011.1)

ポツダム広場からM48かM85のバスに乗ってポツダム通りを南下すると、フィルハーモニーや国立図書館、新ナショナルギャラリーなどの斬新な建築が並ぶ「文化フォーラム」を過ぎ、運河にかかる橋を渡った辺りから、風景ががらりと変わることに気付く。戦前の古いアパートと戦後の安普請の建物が混在し、店の種類も道行く人々もどこか雑多。独特の活気は感じられるが、少なくとも美しい街並みとはちょっと言いがたい。

こんな背景がある。東西分断時代、壁に近いポツダム通りは、文字通り西ベルリンの果てに位置する場所だった。家賃が安いためトルコやアラブ系の住民が多く、街角にはフィクサーや売春婦が立ち、社会問題の発火点としても度々取り上げられた。映画『クリスチーネ・F』や橋口譲二の『ベルリン物語』に描かれた、この通りの場末感は今でもどこか残っている。

このポツダム通りが、最近変わってきたという。「ここ1、2年の間に、ポツダム通りに引っ越すギャラリーが増えています」とベルリン在住のアートコーディネーターの河村恵理さんから聞き、Klosterfeldeというギャラリーを訪ねてみた。

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ポツダム通りにあるKlosterfelde。評価の高いギャラリーに描かれるバナナマークが目印

ギャラリーと言っても、アパートの入り口に小さな表示があるだけで、何も知らなければ通り過ぎてしまうだろう。知人のアパートを訪問する時と同様、呼び鈴を押して玄関のドアを開けてもらう。最初は少し勇気がいるかもしれないが、臆する必要もない。階段を上って2階の入り口からギャラリーに入ると、真っ白な空間が目に飛び込んできた。部屋は改装されているものの、天井に見られる19世紀末のアパート特有の美しい装飾は、きれいに残されている。古いアパートとコンテンポラリーアートとの組み合わせが実に新鮮だ。

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ここで働くジル・エッガーさんが、ポツダム通りに引っ越してきた理由を説明してくれた。「最近までギャラリーはチェックポイント・チャーリー近くのツィンマー通りにあったのですが、オーナーのマルティン・クロースターフェルデは、常にベルリンの新しい場所と空間を探し求めていて、その結果見付けたのがここだったのです」。

ベルリンで最も影響力の強いギャラリーの1つ、Arndtも昨年4月にポツダム通りに越してきた。ヴァリエテのヴィンターガルテン脇のアパートの3階。長い廊下を突き抜けた奥にある、19世紀末に高貴な市民が所有していた元ダンスホールの部屋が一際印象的だった。過去の人々のぬくもりがどこか残ったようなこの空間を、オーナーのマティアス・アルントが見付けた瞬間に惚れ込み、引っ越しを決意したという。

先の河村さんは語る。「ベルリンのアートシーンというのは、本当によく動いています。ギャラリーの引っ越しの多さが、アートシーンを進化させていると言っても過言ではないと思います」。

ポツダム通りから横に延びるクアフュルステン通り(Kurfürstenstraße)やポール通り(Pohlstraße)にも、ギャラリーや面白そうな店をちらほら見かけるようになった。

バスから眺めた限りでは、ポツダム通りの変化は見えにくい。裏に隠れていることが多いのだ。それだけに、発掘のし甲斐もまたある。ポツダム通りの情報は、www.potsdamer-strassekompakt.deなどをご参考に。英語版もあるが、やはりドイツ語版の方がより充実している。
ドイツニュースダイジェスト 1月14日)


Information
クロースターフェルデ
Klosterfelde

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1996年にハンブルク出身のマルティン・クロースターフェルデが始めたギャラリー。2月初頭までTobias Buche展を開催。2軒隣のポツダム通り97番地の姉妹ギャラリーHelga Maria Klosterfelde(写真)では、写真や映像を中心に扱い、元文房具店の引き出しや床をそのまま生かした内装も一見の価値がある。

オープン時間: 火~土11:00~18:00
住所: Potsdamer Str. 93, 10785 Berlin
TEL:(030)283 53 05
URL: www.klosterfelde.de


ギャラリー・アルント
Galerie Arndt

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ギャラリー・アルントのかつてダンスホールだった部屋

1994年ハッケシェ・ヘーフェにArndt & Partnerとしてオープンして以来、アウグスト通り、ツィンマー通りなど、常にベルリンの先端をゆく場所に居を構えてきた。これまでトーマス・ヒルシュホルン、ソフィ・カルなど国際的作家の作品を紹介し、2月5日まではクロアチア人作家Julije Knifer展を開催。

オープン時間: 火~土11:00~18:00
住所:Potsdamer Str. 96, 10785 Berlin
TEL:(030)206 138 70
URL: www.arndtberlin.com

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by berlinHbf | 2011-01-12 21:59 | ベルリン発掘(西) | Comments(2)

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