ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
「素顔のベルリン」増補改訂版
¥1,680
ダイヤモンド社
(Amazon、全国各書店にて発売中)

本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

Amazonにてネット購入ができます。



『街歩きのドイツ語 』
¥1,575
三修社

豊富なビジュアルとドイツ語フレーズを楽しめる1冊。基本のあいさつ表現から、街にまつわるドイツ語豆知識まで、ガイドブックとともに旅に役立つ会話集です。




『素顔のベルリン 過去と未来が交錯する12のエリアガイド 』
¥1,575
ダイヤモンド社
(2009年発売)

地球の歩き方シリーズ初、待望のベルリンガイドブック誕生!比類なき歴史を抱えつつ、明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。「ドイツで最もドイツらしくない」といわれるこの町の知られざる魅力を、現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介。


現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

ベルリン更新情報
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ベルリン個人ガイドのご案内

執筆、ガイド、コーディネートなどのご依頼、お問い合わせはこちらまで(これまでの出版・寄稿実績)→
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NHK『テレビでドイツ語』新シリーズ開講のご案内

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NHK教育テレビ(Eテレ)の語学番組『テレビでドイツ語』の新シリーズが始まりました。この4月から9月までの番組は、久々にベルリンが舞台です!
その先進性がドイツのみならず世界の注目を集める首都ベルリンが舞台。2010年度ナビゲーターの原沙知絵が再登板し、市民との日常会話を通して一歩先のドイツ語を学ぶ。かつてドイツ語を学んだナビゲーターたちもライバルとして登場。ドイツ語対決に挑む。(「NHKゴガク」のHPより)
これまで何度かテキストに連載記事を書かせていただきましたが、今回は「Botschaften aus Berlin ベルリンからのメッセージ」という月1回放映される番組中のシリーズのコーディネートを、もう1人の方と担当させていただきました。これはベルリン在住の著名人にインタビューするコーナーで、第1回目では1988年から98年までドイツ連邦議会議長を務めたリタ・ジュスムートさんに「移民との共生」をテーマに話を伺いました(4月13日放送、21日再放送)。テキストにはインタビューの全文が掲載されているので、ドイツ語を勉強している方にはとてもためになります。そうでない方にとっても、日独に共通する社会問題を扱ったこのインタビューシリーズや、ベルリンの街や郊外の風景がたくさん出てくる本編は、とても興味深い内容ではないかと思います(生活や文化情報も満載!)。お時間がありましたら、『テレビでドイツ語』の新講座をぜひご覧ください。

放送: 月曜日 午後11:25~11:50
再放送:翌週 火曜日 午前5:30~5:55

以下はNHK出版のHPより
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ベルリナーに学ぶ、日常会話に
必須の24の話題とフレーズ

「趣味の話」や「家族の話」など、日常生活で話題にしやすい24の話題について、会話を弾ませるためのナチュラルなフレーズを学びます。ベルリン在住の著名人へのインタビューや、連載を通じ、常に新しいものが生まれる首都ベルリンの魅力もたっぷりと伝えます。

# by berlinHbf | 2015-04-10 17:01 | ベルリンを「読む」 | Comments(1)

発掘の散歩術(57) -ベルリン国立歌劇場の工事現場は今-

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Under den Linden (2015-03)

「ベルリンの新空港はいつ開業するのですか?」「ベルリン国立歌劇場の工事はいつ終わるのですか?」

ここ数年、ベルリンを訪れる人々からもっとも頻繁に聞かれる質問が、この2つかもしれない。そのたびに私は「さあ、どうなんでしょうね」と言葉を濁す。正直、それ以外に答えようがないからだ。もっとも、空港に関しては「このまま、中心部から近くて便利なテーゲル空港でも良いですよね」という展開になることがあるが、歌劇場に関しては今の代替公演地のシラー劇場のままで良いと考える音楽ファンはごくわずかだろう。

2010年秋、当初は3年間の予定で始まった大規模な改修工事。2015年現在も終わりが見えていない国立歌劇場の建物は今どういう状況なのか。昨年から定期的に開催されている「工事現場ツアー」に参加してみることにした。

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3月上旬の日曜日、ウンター・デン・リンデンの劇場の前で待っていると、指定時間にガイドの男性が現れ、参加者一行を劇場の反対側にあるプレハブ小屋に連れて行った。ここでヘルメットと長靴を借りて、いざ出発。

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最初に見学したのは、新しく建設中のリハーサルセンター。オーケストラ、合唱、バレエのそれぞれのリハーサル室のほか、劇場本体の舞台と同じスケールの総合練習用の舞台がここに作られる。このリハーサルセンターは、劇場より一足先にオープンする予定だ。

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足の踏み場もないほどの工事現場

いったん外に出て、足の踏み場もないほどの工事現場を通過して(リハーサルセンターと劇場は地下トンネルで結ばれる)、いよいよ歌劇場の中に入る。無数の配線や柱を越えて客席の真ん中に来た。それが平土間と分かったのは、馬蹄形のカーブに沿った、見覚えのあるロココ風の優美な装飾を持つ屋根が目に入ったからだった。しかし、それ以外に、この劇場に通っていた頃をしのばせるものはほとんど見付けられなかった。東独時代の建物の改装というよりは、ほぼ作り直す形に近いのではないかと思ったほどの混沌ぶりである。

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ベルリン国立歌劇場の平土間の現在の様子

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隣接したアポロザール

不安定な地盤から溢れ出る地下水との闘い、18世紀の要塞部分の出土、工事に携わっていた事務所の倒産など、予想外の出来事が重なったとはいえ、修復費は当初の2億4000万ユーロから3億9000万ユーロへと大幅に膨れ上がり、野党の批判も高まっている。つい最近、今度は現場からアスベストが見付かったというニュースが飛び込んできた。

歌劇場で働く知人がこんなことを話していた。「定年が近い東独出身の団員は『このまま東(の本拠地)に戻ることはないのかな』と悲しがっていますね。一方、この5年の間に、元の劇場を知らない若い団員も入って来ました」
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桟敷席の最上階に行き、天井を見上げた。この改装では天井を5メートルかさ上げすることで、音響効果が改善される予定だ。がらんとした工事現場で、ここに響き渡る音を想像したが、「芸術は長く人生は短し」。現時点で完成予定とされている2017年を、大幅に越えないことを願う。
ドイツニュースダイジェスト 4月3日)


Information
ベルリン国立歌劇場 
Staatsoper Berlin

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1742年、フリードリヒ大王の命により、王立の宮廷歌劇場としてオープンしたドイツでも屈指のオペラ劇場。1992年からダニエル・バレンボイムが終身音楽監督を務めている。2010年秋からの大規模な改修工事に伴い、現在はシャルロッテンブルク区のシラー劇場で公演が行われている。U2のErnst-Reuter-Platz駅から徒歩5分。

チケットオフィス:月~日12:00~19:00(当日券は公演の1時間前より)
住所:Bismarckstr. 110, 10625 Berlin
電話番号:030-20354555
URL:www.staatsoper-berlin.de


国立歌劇場・工事現場ツアー 
Baustellenführung

2014年5月から開催されているベルリン国立歌劇場の工事現場の見学ツアー。人気は高く、1回のツアーの参加人数は20人と限られているため、歌劇場のホームページかチケットオフィスでの予約は必須。参加費は一般15ユーロ(割引10ユーロ。ただし14歳以下は参加不可)。所要時間は約2時間。

開催:毎週日曜と祝日の10:00~18:00にかけて計4回ほど
住所:Unter den Linden, 10117 Berlin
電話番号:030-20354555
URL:www.staatsoper-berlin.de

# by berlinHbf | 2015-04-04 10:42 | ベルリン音楽日記 | Comments(1)

早稲田大学交響楽団のベルリン公演2015

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ベルリン・フィルハーモニーに登場した早稲田大学交響楽団
© Waseda Symphony Orchestra

3月8日、
早稲田大学交響楽団がベルリン・フィルハーモニーに客演し、センセーショナルともいえる成功を収めました。

同楽団は、音楽を専門としない早稲田大学の学生のみで構成されているにもかかわらず、1978年にベルリンで行われた青少年オーケストラ・コンクールで優勝して以来、国際的な経験を積み重ねてきました。今回のベルリン公演は、ドイツ、オーストリア、フランスの13都市を巡る第14回海外公演「ヨーロッパツアー2015」の一環として行われたものです。

公演の冒頭では、先頃亡くなったワイツゼッカー元大統領のために、ダヴィッド作曲のトロンボーンと管弦楽のための小協奏曲から「葬送行進曲」が急きょ追悼演奏されました。ワイツゼッカー氏は2005年に早稲田大学の名誉博士号を授与されており、過去3回の同楽団のベルリン公演の客席にもその姿がありました。「我々に多大な支援をしてくださったカラヤン氏は『音楽は政治的な対立を超え、国際的な相互理解を実現するための最善の手段』と語りましたが、ワイツゼッカー氏もまた、平和や戦争というものに対して明確なメッセージを出した方。世界に暴力がはびこる今こそ、その遺志を受け継ぎたいと思いました」と語るのは、同楽団の八巻和彦会長。追悼演奏では、首席トロンボーン奏者の水出和宏さん(商学部4年)が、プロ顔負けの堂々たるソロを披露しました。

続くR.シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストゥラはこう語った」では、有名な冒頭部分から、若き音楽家たちが持てる力を全力でぶつけてきます。難易度の高いシュトラウスの作品を、技術的にクリアしているだけにとどまらず、作品に込められた文学性や芳香な雰囲気までもが、日本の学生オーケストラの演奏から聴こえてきたのは驚きでした。

後半の、石井眞木作曲の日本太鼓とオーケストラのための「モノ・プリズム」は、著名な和太鼓奏者である林英哲&英哲風雲の会との共演。雫石が滴り落ちるような和太鼓のピアニシモからホールを揺るがす大音量まで、和と洋の楽器による協奏はまさに圧巻で、心の底から揺り動かされたと言わんばかりに、ベルリンの聴衆は総立ちで喝采を送ったのでした。

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左から楽団員の水出さん、藤井さん、福嶋さん

演奏会後のレセプションで、何人かの楽団員に話を聞きました。「このツアー中で今日が一番まとまって演奏できたと思います。お客さんの反応には感動しました」(コンサートミストレスの藤井琳子さん。政経学部3年)

「我々素人がベルリンやウィーンで演奏会をできるのは、全員が一丸となっているから。1人では何もできませんが、上級生からの財産をしっかり受け継ぎ、100人が同じ方向に向かって取り組めば、きっと何かがお客さんに伝わる。それがオーケストラの神髄だと思っています」(ツアーマネージャーの福嶋雅和さん。教育学部4年)

この公演は、ベルリン・フィルのデジタル・コンサートホールを通してインターネットで生中継されました。ほぼ3年毎に行なわれてきた同楽団のツアー。次の来訪が楽しみです。

So, 08. Mär. 2015 11 Uhr
WASEDA SYMPHONY ORCHESTRA TOKYO
MASAHIKO TANAKA Dirigent

Auf Einladung der Berliner Philharmoniker

Richard Strauss
Also sprach Zarathustra op. 30
Richard Strauss
Don Juan op. 20
Richard Strauss
Salomes Tanz aus der Oper Salome op. 54
Maki Ishii
Mono-Prism für japanische Trommeln und Orchester op. 29

# by berlinHbf | 2015-03-28 21:28 | ベルリン音楽日記 | Comments(2)

長男誕生2ヶ月目

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Sバーンの車内にて(2015-03)

長男が誕生して早2ヶ月が過ぎた。当然ながら生活はがらりと変わり、すべてが子供中心に動くようになった。環境の変化も著しいが、赤ちゃんの表情や仕草も日が経つにつれて刻々と変わっていく。「寝られるときに寝る、やれることはやれるときに」を基本姿勢に、それでも大半のことは終えられぬまま、毎日があっという間に過ぎていくけれど、後から振り返ったらきっと貴重だったと感じられるであろうこの時間を少しでも記録に留めておきたいとも思う。この1ヶ月の間にやったことをいくつか書き留めておくと、

a. 子供手当(Kindergeld)と両親手当(Elterngeld)の申請手続きをした。
b. U3と呼ばれる1ヶ月検診、そして最初の予防接種(Impfung)を近所の小児科で受けた。
c. 区の青少年局の担当者が家庭訪問にやって来た。
d. 2月頭に日本大使館に提出した出生届が、日本に届き、月末に市の戸籍に息子の名前が反映された。

aは友人夫婦に見てもらいながら、(少々複雑な)書面の手続きを済ませることができた。子供手当(月額184ユーロ)の支給は比較的すぐに始まったが、両親手当の方は少し時間がかかる模様。bの1ヶ月検診からは、かかりつけの小児科を自分で探し、予約する必要がある(U1とU2は分娩病院で行なわれる)。定期的に行くことになるので、なるべく家から近くて、行きやすい小児科を探すのがいいとアドバイスされた。cは、ベルリン市から「いついつに担当者が伺います」ということが書かれた手紙が送られてくる。青少年局のベテランの方が、子供を持った両親のコミュニティの場だとか、幼稚園の探し方だとかを、持ってきた資料と共にいろいろアドバイスしてくださり、ためになった。dの戸籍謄本は、日本のパスポートを申請する際に必要となるもの。私の場合は、実家から送ってもらった。

まだまだわからないことも多いけれど、いろいろな人に助けられながら、少しずつ前に進んでいる感じです。

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生活面での大きな変化は、最初の1ヶ月目に比べると、ベビーカーで外に出る機会が格段に増えたことだろうか。友人夫妻から譲ってもらったベビーカー、初めて組み立てて外に出るときはそれだけでドキドキだったが、慣れればどうということはない。バスや地下鉄に乗ってと、行動範囲も少しずつ広がってきた。特にバスは利用しやすく、後部ドアから乗ることができるのが嬉しい。よほど混んでいない限りは、指定の場所に車を止めて、自分も椅子に座れる。

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一昨日足を運んだシェーネベルクのイタリアンカフェは、最初の部屋を抜けると、子連れの家族でも利用しやすそうな部屋がある。以前から気になっていた場所なのだが、ここに座ったのは今回が初めて。後からやって来た同じ子連れの人たちと自然に会話が生まれた。もう少し暖かくなったら、外で過ごす時間が増えてくるのかもしれない。
# by berlinHbf | 2015-03-21 22:43 | ベルリン子育て日記 | Comments(8)

発掘の散歩術(56) -「隔絶された場所」ホーエンシェーンハウゼン-

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Gedenkstätte Berlin-Hohenschönhausen (2015-02)

アレクサンダー広場からトラムM6に乗って東へ走る。プラッテンバウと呼ばれる旧東独の典型的な高層アパートの風景が広がる中、やがて電車はゲンスラー通りの停留所に到着。目の前の真新しいショッピングセンターとは対照的に、その裏手のゲンスラー通りにはうら寂しい雰囲気が漂っていた。道なりに歩くと、その思いにとどめを刺すかのように、有刺鉄線に囲まれた塀と監視塔が見えてきた。かつて東独の人々が恐れをなしたホーエンシェーンハウゼンの国家保安省(通称シュタージ)の刑務所跡だ。

5年ほど前にもここを訪れたことがあるが、チケット売り場やショップ、待合室が見違えるように奇麗になっていて驚いた。別館に常設展もあるが、とりわけ価値があるのは、かつて実際に収監されていた人が案内するガイドツアーに参加することだろう。カール・ハインツ・リヒターさんという気骨のありそうな初老の男性が現れ、我々をまず地下の部屋に連れて行った。

この場所は、いくつもの歴史の層を持つ。そもそもは1939年、ナチス管轄下の調理場として作られた。1945年5月のドイツの降伏後、ソ連が接収して「特殊収容所3」と名を変え、当局によってナチスの協力者やスパイと見なされた者がここへ送られた。劣悪な環境の中、約1000もの人が命を落とした。

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「Uボート」の俗称を持つソ連時代の地下の刑務所

私たちが最初に見たのは、1947年からソ連の中央未決囚勾留所として使われた地下室。窓もない狭い独房を覗き見ただけでぞっとした。通称「Uボート」(潜水艦)。容疑をかけられてここに送られた人々は、外の世界と完全に隔離され、時には水攻めなどの肉体的苦痛を伴いながら、自白を強要されたのである。

そして、いよいよ上階へ移動する。1951年、国家保安省の設立とともに、この場所はシュタージの刑務所となった。東独政府は、一般の人々をも巻き込んで社会のあらゆる場所にネットワークを築き、監視や盗聴の技術を駆使して反体制派を未然につぶすことに異常なまでに執着したのである。

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シュタージ刑務所の独房の様子

ガイドのリヒターさんが自らの経験談を話してくれた。少年時代から社会主義の教育に馴染めなかったという彼は、1964年、数名の仲間とフリードリヒ通り駅から西行きの列車に飛び乗ろうと試みたが失敗。その際に大けがを負った。何とか自宅まで戻ったものの、数日後に逮捕され、この刑務所に8カ月間拘留された。夜も昼も関係なく、逃げた場所や仲間の行方などを、自白するまで尋問を受けたという。

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以前、シュタージの別の刑務所跡で、こんな話を聞いた。
「シュタージは盗聴など、あらゆる非合法的手段で容疑者を逮捕しました。そのやり方を正当化させるために、彼らを心理的に極限まで追い詰めて、『自白』させることにこだわったのです」。

リヒターさんは75年に西独に亡命。しかし、常にシュタージにつきまとわれているという心理的なプレッシャーから逃れられず、長く外国に暮らした。妻は今も精神的な病を背負っているという。「私はまだいい。でも、妻は完全に東独国家の犠牲者です」というリヒターさんの言葉が重く響いた。

実際は中心部からそれほど遠くないのだが、今も心理的に周囲と隔絶された場所という印象は強い。それでも、ここで多くの若者たちと出会ったのは救いだった。
ドイツニュースダイジェスト 3月6日)


Information
ベルリン・ホーエンシェーンハウゼン記念館 
Gedenkstätte Berlin-Hohenschönhausen

ホーエンシェーンハウゼン区にあるかつてのシュタージの刑務所。1994年以来、記念館として一般公開されており、社会主義時代のこの場所の歴史を研究し、伝承することを責務としている。常設展は入場無料。ガイドツアーは5ユーロ。英語のツアーは毎日14:30に開催。トラムM5のFreienwalder Str.駅もしくはM6のGenslerstr.駅から徒歩約10分。

開館:月~日9:00~18:00(ガイドツアーの詳細は下記HPにて)
住所:Genslerstr. 66, 13055 Berlin
電話番号:030-98608230
URL:www.stiftung-hsh.de


シュタージ博物館 
Stasi-Museum


かつての国家保安省の本部跡にある博物館。シュタージの監視、盗聴技術に関する展示などのほか、国家保安大臣を長年務めたエーリッヒ・ミールケの執務室がオリジナルの状態で保存されている。東独市民がここを占拠してから25周年となる今年1月、新しい常設展がオープンした。地下鉄U5のMagdalenenstr.駅から徒歩5分。

開館:月~金10:00~18:00、土日祝12:00~18:00
住所:Ruschestr. 103, 10365 Berlin
電話番号:030-5536854
URL:www.stasimuseum.de

# by berlinHbf | 2015-03-13 23:21 | ベルリン発掘(東) | Comments(0)

ドキュメンタリー映画『なみのこえ 気仙沼』@ベルリン日独センターのご案内

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直前のご案内になり恐縮ですが、明日11日(水)にベルリン日独センターにて、ドキュメンタリー映画『なみのこえ 気仙沼』が上映されます。昨年HKW(世界文化の家)のドキュメンタリー映画祭で上映された作品で、酒井耕監督が来伯しトークセッションに参加されるとのこと。震災から4年を迎える被災地の今の状況を知る良い機会だと思いますので、お時間とご興味がありましたら、ぜひご参加ください。


その後の日々…東日本大震災から4年を経て

ドキュメンタリー映画『なみのこえ 気仙沼』
監督: 酒井耕/濱口竜介 (2013年/日本語/109分)英語字幕付き
http://silentvoice.jp/naminokoe/

開催予定日: 2015-03-11(水)
会場: ベルリン日独センター


18時30分 上映会
20時30分 酒井耕監督によるトーク

**変更になる場合があります。

入場無料
お申し込みは、電話 (030) 839 07 123 またはメール kultur@jdzb.de までご連絡ください。
メールでのお申し込みの際は追って予約確認メールを差し上げます。

協賛: アルパイン株式会社 (Alpine Electronics (Europe) GmbH)
協力: 在ドイツ日本国大使館、独日協会ベルリン、絆・ベルリン
# by berlinHbf | 2015-03-10 20:13 | ドイツから見た日本 | Comments(0)

長男の誕生に際して

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分娩病院にて(2014-12)

めまぐるしく動いたこの1ヶ月だった。先月半ば、長男がベルリン市内の病院で生まれた。ようやく少し振り返る余裕ができたので、いくつか記憶に留めておきたいことを書こうと思う。

妻の陣痛が始まったのは、1月半ばのある日。分娩病院からは陣痛が3〜5分間隔になってから来るように言われていた。あまり早い段階で行くと、一度自宅に返されてしまうという話も聞いていた。そんなこんなで、病院に行くタイミングがつかめぬまま長い1日が終わり、いよいよ妻の痛みが増してきたのだが、間隔がなかなか縮まらない。朝になるまで待ってみるか、かなり迷ったのだが、とりあえずお泊まりセットを持ってタクシーで病院に行ってみることにした。深夜の1時半頃だった。

「グッド・ラック!」と別れ際に声をかけてくれたタクシーの運転手さんと別れて病院へ。電話をかけて、病院のドアを開けてもらう。検査が終わったところで、「あなた方はこのまま病院にいていいわよ」と看護師さんが言ってくれて、まずは一安心。陣痛室でほとんど寝られぬまま、朝になって分娩室へ移動。そして、その日の午後、冬のこの時期にしては穏やかな日が窓から差し込める中、長男がこの世に誕生したのだった。母体からニョキニョキと出てきたわが子を初めて見たときのその戸惑ったような表情、そして助産婦さんからいきなり「はい!」と言ってハサミを渡され、へその緒を切ったときの感触などは忘れられない。

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誕生の直後から母子同室が始まり(私もその日は家族部屋に一緒に泊まった)、その晩にオムツ替えや母乳の指導を受けてから、早速同じベッドでちっちゃな新生児と寝ることになった。翌日の夕方、日本からやって来た義理の母を迎えにテーゲル空港に行く。生まれたばかりの孫と嬉しい対面を果たしたものの、その少し前から気になっていた異変に対する不安が当たってしまう。生まれたばかりの子にしては、寝てばかりで、食欲もあまりなかったのだ。たまたまチェックに来た看護婦さんが体温を測ったところ、赤ちゃんにしてはかなり低めであることがわかり、早速新生児病棟に送られることになる。さすがにこのときは心配だったが、抗生物質などを投与してもらった結果、すぐに回復したが念のため様子を見てもらうことになった。大仕事をしたばかりの妻は部屋から離れた新生児病棟へ、数時間毎に母乳をあげに行くのが大変だったようだ。


ドイツでは、出産後何もなければ3日ぐらいで退院すると聞いていたが、私たちの場合はこのようにいろいろあって出産から6日後に退院。それから約2週間は、義理の母が食事などでいろいろサポートしてくれたのがありがたかった。もう一つ、自宅での育児が始まったばかりの私たちを助けてくれたのは、助産婦さんの存在だった。ほぼ毎日自宅に来て、授乳の仕方から赤ちゃんのケア、産後の母体のチェックなど丁寧に見てくれて、精神的にも大きな支えになった。これは日本と大きく違うシステムで、基本的に通常の健康保険ですべての費用が賄われるのも驚きだった。これからは子育ての視点を通して、ベルリンの街やドイツの社会の仕組みを見ることができるのが、楽しみである。

1月下旬のある夜、日頃から親しくさせてもらっている日本の新聞社の特派員の数人が、私のためにささやかなお祝い会を中華料理の店で開いてくださった。日頃は冗談をよく言うある記者さんが、突然私にこんなことを言った。「子供が生まれてきたとき、世界平和を願いませんでした?」。「世界平和」などという壮大な言葉がいきなり出てきてちょっとびっくりしたが、彼の語ることは何となくわかった。「僕も子供を持ってから、子供絡みの事件や事故により敏感に反応するようになった気がしますね」と別の知人は言う。ちょうどパリのシャルリー・エブドの襲撃事件と追悼デモの直後で、フランスの取材から帰ってきたばかりの彼らからいろいろ話を聞いた。後になって、長男が生まれた2015年1月を振り返ると、真っ先に思い出されるのはこの月に起きた一連のテロ事件なのかもしれない。息子が自分たちのところに来てくれてありがとうという気持ちは強いけれど、同時に人の命があまりに粗末に扱われている今の荒涼とした世の中に放り込まれてきたことに対して、なんだか申し訳ないという感情も少なからずある。この1ヶ月ちょっと、時間的に余裕がなかったせいもあるが、インターネットのニュースや言説空間にはなるべく触れないようにしようと務めていた気がする。自国民のみが良ければいいという利己主義や、他者や他民族への憎悪に満ちた今の世界。そしてそれがあっという間に連鎖し、波及するのを助長するネット世界の負の側面に嫌気がさしていたのだと思う。そんなものに関わるのだったら、シューベルトのピアノソナタを聴きながら、目の前にいる生まれたばかりの小さな生きものを眺めている方がどんなにいいか。たとえ、オムツを替えるときにおしっこをひっかけられても・・・(こんなことを書くようになったのも、親バカの第一歩なのかどうかはわからないけれど)。

少し前に、義理の母が日本から持ってきてくれた季刊誌『考える人』2015年冬号を開いた。「家族ってなんだろう」という特集記事にある人類学者の山極寿一さん(ゴリラ研究の第一人者)のインタビュー記事がめっぽう面白かった。家族が一人増えたばかりの自分にとって、特に印象に残ったのはこんな箇所だった。
家族というのは、実は他人とのつき合いから始まる。要するに妻と自分には全く血縁関係がない。しかも歴史を共有していない。育ってきたプロセスは知らないわけですから。他者ですよね。他者との間に子供をつくる。子供はゼロから自分が責任を負うわけです。あるいは子供にとったら、もう既にゼロから自分を取り巻いている人々がいる。それは一生つき合わなくてはならないもの。それを僕はネガティブなものと考えていたけれども、ポジティブなものかもしれない。
どういうことかというと、子育てをやってみたら膨大な時間を子供に対して与えなくてはいけないことがわかる。あらゆるものを犠牲にして。子供が病気になれば何もかも捨てないといけない。それは戻ってくるものではない。ただ価値観をそこでいったん麻痺させて、誰かのために自分の時間を捧げるのは、非常に人間的な行為です。人間的と言うよりも、むしろ生物としての行為です。ゴリラもそうなんだから。そして人間はそれを大きく広げたのです。
自分を犠牲にする行為がなぜなくならないかというと、根本的にうれしいことだからです。母親は自分のお腹を痛めて産んだ子だから当然かもしれないし、養子に迎えた子や、あるいは近所の子であっても、子供に対して尽くすのは、人間にとって大きな喜びです。不幸なことになったり、アクシデントが起こったときに、子供を助けてやりたいと思う気持ちは、人間が共通に持っている幸福感なのです。それがあるからこそ、そして分かり合えるからこそ、人間は存在すると思うのです。
私はアフリカでNGOの活動をずっとやってきました。文化も社会も違い、言葉も違う人たちだけれども、何が一番根本的に了解し合えるかといったら、「未来のため」ということ。子供たちのために何かをしてやりたい、現在の自分たちの利得感情で世界を解釈してはいけない。自分たちの持っている資源を未来の子供たちに託さなければいけないという思いです。そういうことを重荷と思ってはいけないのです。
人間というのは、現在から来る抑制ではなくて、タイムスケールの長い過去と未来に縛られる抑制によって生きている。それが人間的なものだと思います。
『考える人』(新潮社)2015年冬号 「山極寿一ロングインタビュー」より

自宅と病院の間を往復した日々、バスや地下鉄の中で、私は息子がこれからどのように育っていくのかあれこれ想像した。私の幼少期の原風景というと、生まれ故郷の横須賀の海や、そのすぐ近くにあった赤色の小さな貸家、周りの墓地や田んぼなどだが、この子にとっては、高い天井のアパートやベルリンの冬の曇り空、くすんだ街並になるのだろうか。いつの日か自分の幼少期をどんな風に振り返るのか、興味あるところである。そういえば、息子は『1900年頃のベルリンの幼年時代』を書いたヴァルター・ベンヤミンと同じく、シャルロッテンブルク区生まれとなった。正真正銘のベルリンっ子である。逆に今後、自分と日本との関係を彼はどのように築いていくのだろう。できれば早いうちに、日本の山河や人びとにも触れさせてあげたいなと思う。親として、これから喜びも悩みも尽きないと思うけれど、初めて共に過ごす春を迎えるのが待ち遠しい。

# by berlinHbf | 2015-02-20 01:11 | ベルリン子育て日記 | Comments(16)

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