ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
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本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

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現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

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9年ぶりのバイロイト訪問(3)- バイロイトも工事中 -

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Markgrafen Buchhandlung Bayreuth (2012-08-04)

《タンホイザー》を観た翌日、バイロイトの市内を散策した。旧市街に入っていきなりびっくりしたのが、前夜の指揮者クリスティアン・ティーレマンが本屋でサイン会をしているのに遭遇したことだ。このMarkgrafen Buchhandlungでは音楽祭の期間中、連日のように出演アーティストによるサイン会が行われている。これも夏のバイロイトならではだろう。ラフな格好でファンのサインに応じ、時に歓談するティーレマン氏の様子を眺めながら、(よく言われるように)やっぱりちょっと気難しそうな感じの人だなあという印象を受けたり、前夜の圧倒的な音楽が目の前のこの大柄の男から紡ぎ出されたのかと思うと、なんとなく不思議な気持ちになったりもしたのだった。

このティーレマン、昨年はワーグナーやブルックナーといった十八番以外に、ドビュッシーの《夜想曲》、チャイコフスキーの《悲愴》、ヴェルディのバレエ音楽や聖歌四篇など、意外なレパートリーをベルリンの演奏会で聴く機会があった。どれも聴きごたえあったが、中でも歌や合唱が入る音楽での指揮、ドラマの作り方の見事さは、また格別だった。

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バイロイトの旧市街の見どころはコンパクトにまとまっている。まず訪れたのが、バイロイト辺境伯歌劇場(Markgräfliches Opernhaus)。ここは9年前にも中に入っているが、プロイセンの歴史がいくらか頭に入っている分、今回はより感動が大きかった。この劇場を建てさせたブランデンブルク・バイロイト辺境伯フリードリヒの妃ヴィルヘルミーネは、かのフリードリヒ大王の3歳年上のお姉さんなのだ。共に音楽をこよなく愛好し、作曲までしたのも同じ。大王が最後まで親愛の情を寄せたお姉さんだったという。ヴィルヘルミーネについては彼らの居城だった新宮殿に行くと詳しく知ることができるが、ポツダムのサンスーシ宮殿と同時期のロココ様式の建物だけに、雰囲気は似通っている。が、バロック様式のこの歌劇場の方は、以前ご紹介したポツダムの宮廷劇場と豪華さの度合いはまるで違う。18世紀当時、文化の中心とは言いがたい文字通りの辺境の地で、これほどの劇場が造られたというのはすごいことだ。考えてみたら、ヴィルヘルミーネがバイロイトに嫁がなかったらこの劇場は造られなかっただろうし、この劇場が存在しなかったら、ワーグナーがバイロイトを訪れることさえもなかったかもしれない。

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www.bayreuth.deより拝借

内部は残念ながら撮影禁止。6月に世界遺産に新たに登録されたばかりの劇場正面には、Welterbeの垂れ幕が誇らし気に掛かっていた。ときどきリートなどのコンサートが、ここで行われることもあるそうだ。その雰囲気たるやさぞや素晴らしいだろう。いつかここで音楽を聴いてみたい!

が、この辺境伯歌劇場、私たちが訪れた直後の9月に大規模な修復工事が始まった。最低4年間は内部見学は不可だそうだから、今回見ておくことができてよかったのかもしれない。

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バイロイトの音楽史跡でもうひとつ欠かせないのが、ワーグナー夫妻が住んでいたヴァーンフリート邸。が、こちらは改装の真っ最中。当初はワーグナーイヤーに合わせて工事が終了するだったのが、予算の問題から着工が遅れ、結局再オープンは2014年になってからだという。つまり、ワーグナーイヤーにも関わらず、ワーグナーに縁の深い上記の建物の内部見学が不可という、残念過ぎる事態になっているのだ。

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Foto: pa/dpa

改修工事といえば、急務を要するのが肝心の祝祭劇場なのだとか。老朽化からファサードの漆喰が崩れ落ちており、昨年11月から劇場正面はこのような覆いが被せられている。音楽祭の期間中もこのままの状態にする必要があるかどうかは、5月ぐらいに決められるらしい。改修工事に際しては予算などいろいろな問題があるにせよ、せっかくのメモリアルイヤー、いずれももう少し事前に適切な対策が取れなかったのかとは思う。

関連記事:
200 Jahre Wagner – Bauen, lästern, streiten (Die Welt)

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バイロイト滞在の後半は、メヒティルトさんの義理の姉妹であるルートさんのご自宅に泊めていただいた。ルートさんは10代からバイロイト音楽祭に通っているというワグネリアンだが、普通に話している分にはそんな感じには全然見えない。長年洋裁の仕事をしていて、この数年は音楽祭で使われる衣装の制作に携わっており、ときに歌手の衣装の着せ替えにも立ち会うのだそうだ(写真は《ローエングリン》でアネテ・ダッシュが使った同じ衣装の一部だとか)。「半分アルバイトみたいな仕事だから」とルートさんは謙遜するが、「好き」が嵩じてそれを仕事にするというのは、やはり素晴らしいことだと思う。バイロイト音楽祭は、こういう人々の情熱と愛によって支えられているのだ。部屋の棚にはここ40年ぐらいの音楽祭のプログラムが無造作に置かれていて、興奮しながら見させてもらったりもした。

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翌日は午前中、ルートさんにもう一度祝祭劇場周辺を案内していただく。その夏は「バイロイト音楽祭の半ユダヤ主義」という重いテーマの野外展示が行われていた。中には、日本に亡命して洋楽を広めたマンフレート・グルリットの名前もあった。《さまよえるオランダ人》の歌手起用を巡って一悶着あった夏だったが、今年はまた新たな角度から音楽祭やワーグナー受容を巡る歴史が掘り起こされるのだろうか。

その後、ルートさんに見送られながら、バイロイト駅前発13時半のバスに乗ってベルリンへの帰途についたのだった。

そろそろ今年の音楽祭の抽選結果が届く頃。多分外れるとは思うが、またいつかここには来たい。そう思わせてくれる、実りあるバイロイト滞在だった。
by berlinHbf | 2013-01-28 17:41 | ドイツ全般 | Comments(2)

発掘の散歩術(30) - 劇場で観るエーリッヒ・ケストナー -

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グリップス劇場版『点子ちゃんとアントン』のちらし(左)。原作の挿絵(右)との違いにもご注目

子どもが読んで楽しめ、大人が読んでも味わえる本というのがある。エーリッヒ・ケストナー(1899~1974)の小説はその代表格ではないだろうか。『エーミールと探偵たち』『ふたりのロッテ』『点子ちゃんとアントン』……。子どもがハラハラドキドキできるのはもちろん、大人になってから読むと、人生の経験を重ねた分感じられるペーソス(哀愁)や深みがあるのだ。

先日、私はこの歳で初めて岩波少年文庫版の『点子ちゃんとアントン』を読み、大変感動したのだが、そのことをツイッターにつぶやいたところ、翻訳した池田香代子さんご本人より「ケストナーは大人になってからのほうが効きますね」とのお返事をいただき、深く納得した。

この『点子ちゃん』が、子ども・青少年シアターの「グリップス劇場」にて演劇作品として上演されている。もともとベルリンが舞台の作品。ぜひ観てみたいと思ったのだが、完売でない日を探すのが困難で(ほぼ毎月公演が行われて いるにもかかわらず!)、結局2カ月近く待たなければならなかった。

ある土曜日の夕方、地下鉄U9のHansaplatz駅の北側出口を上がってすぐのところにあるグリップス劇場は、子どもたちの熱気で溢れていた。親に連れられた子だけでなく、学校の課外授業で来ている子もいるようだ。もちろんこの日も客席は超満員。

裕福な両親に隠れて、夜遅く街角でマッチ売りをする点子ちゃんと、母親思いの貧しい少年アントン、この2人の友情物語を、ケストナーはナチスが台頭する直前の1931年に書いた。さて、2011年に初演された劇では、どのように描かれているだろうか。

点子ちゃんは、こちらのイメージに近い、かわいらしくおてんばな女の子という感じ。「あれ?」と思ったのは、アントンの母親が病気で寝込んでいるのではなく、失業者という設定だったこと。それも、ロシアからの避難民で、滞在許可に問題を抱えている。そして、アントンと点子ちゃんはマッチ売りではなく、一緒にデポジットの空の瓶やペットボトルを集めている……。貧富の拡大に加え、移民の問題。これは今のベルリンの社会状況そのものではないか。

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終演後のカーテンコール。舞台と客席との距離が近いのがこの劇場の特徴

客席との間に段差のない舞台を俳優たちは走り回り、ときに歌い踊り、終演後は大喝采に包まれた。周りを見渡すと、子どもたちもその親も、いろいろな人種が混じっていたことに気付く。彼らが小さいときからこういう舞台に接することは、異質な他者に対する寛容性を自然と育むことになるのではないか。少なくともそう願いたいと思う。

もちろん、点子ちゃんがアントンを助けるという筋は変わるはずもない。この作品のエッセンスが演出にしっかり受け継がれていたことは、プログラムに引用されたケストナーの文章が伝える。

「生きていくのは、きびしく、むつかしい。もしも、うまくいっている人がうまくいっていない人に進んで手をさしのべなかったら、未来は暗いものになる」(池田香代子 訳。岩波少年文庫版より)
ドイツニュースダイジェスト 1月18日)


Information
グリップス劇場
Gripstheater


劇作家のフォルカー・ルートヴィヒによって、1969年に設立された子ども・青少年シアター。上演作品は自主制作にこだわっており、年間公演数は約300回。中でもベルリンの地下鉄の人間模様を描いた1986年初演の『Linie1』は大ヒット作として知られ、海外でも広く受け入れられた。チケットは基本的に電話予約のみで、上演1日前までに劇場の窓口で受け取るシステムになっている。

住所:Altonaer Str. 22, 10557 Berlin
電話番号:030-3974740
URL:www.grips-theater.de


フリードリヒ通り駅周辺
Bahnhof Friedrichstraße


『点子ちゃんとアントン』に登場する地名の多くは、フリードリヒ通り駅の周辺に見られる。例えば、点子ちゃんの豪邸は帝国議事堂河岸Reichstaguferのそば、アントンのボロアパートがあったアルティラリー通りは現在のトゥホルスキー通り。2人が「夜の仕事」に勤しむのは駅の北側のヴァイデンダム橋Weidendammbrückeといった具合。読後に作品の舞台をめぐるのも楽しいかも。

関連記事:
特選ベルリン街灯図鑑(5) 「ヴァイデンダム橋」(2007-11-15)
by berlinHbf | 2013-01-24 18:22 | ベルリン文化生活 | Comments(2)

NHK「テレビでドイツ語」1〜2月号 -ゴスラーとグダニスク-

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NHK「テレビでドイツ語」のテキストに連載中の「ハンザ都市を巡る」も残りわずかとなりました。

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先月は告知し損なってしまいましたが、2013年1月号ではゴスラーを取り上げました。ハルツ地方にある美しい街で、郊外のランメルスベルク鉱山と共に、世界遺産にも登録されています。ハンザ同盟がこのような内陸部にも影響が及んでいたことをご紹介したくて、取り上げた次第です。これは教会の塔上からマルクト広場方面を眺めた様子。山間の街というのは北ドイツでは珍しく、小道を歩いていても心がすがすがしくなるような、清涼な空気が流れていました。

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2月号はポーランドのグダニスク。ベルリンから直通列車で6時間半かけて、はるばるまで出かけてきました。ドイツ語名のダンツィヒでもよく知られている街です。このマリーエン教会の塔上からは、彼方にバルト海を望むことができました。その「付け根」に位置する地点で第2次世界大戦が勃発し、その40年後にはこの街の造船所で東欧の民主化の出発点となる「連帯」が発足するなど、歴史に興味のある人間にとっては興味の尽きない街。眼下に見える教会や破風屋根の建物は、その大部分が造り直されたものだというのも信じられない思いがしました。観光案内所ではドイツ系住民の子孫という方に出会い、ベルリンに戻ってからもメールのやり取りが続いています。

どちらもご一読いただけるとうれしく思います。
by berlinHbf | 2013-01-22 12:19 | ドイツ語関連 | Comments(0)

Schreiben auf deutsch über Japan

かれこれ3年近くも放置していたドイツ語のブログですが、久々に記事を更新してみました。ドイツ語でも情報を発信できたらとじわじわ感じるようになったのは、一昨年の大震災以降のことでした。こちらにも転載しますので、ご興味のある方はお読みいただけると幸いです。

Vor ein paar Wochen habe ich von einer Berlinerin eine E-Mail bekommen. Die E-Mail ist teils auf deutsch, teils auf japanisch geschrieben. Ich habe mich gefragt, was das wohl bedeute, aber habe gleich darauf verstanden, dass die Frau meinen letzten Artikel in diesem Blog, den ich vor fast drei Jahren geschrieben hatte, gefunden, gelesen und sich für mein Buch über Berlin interessiert hat. Danach habe ich mit ihr ein paar Mal Mails ausgetauscht und ihr mein Buch zukommen lassen. Sie hat einmal in Japan an Japanischkursen teilgenommen und wollte „mit Ihrem Buch ein bisschen an meinem Japanisch arbeiten und gleichzeitig noch etwas über Berlin dazulernen.“

Das war eine kleine Begegnung. Ich habe die Berlinerin nicht in Person gesehen, aber sie hat mir die Motivation gegeben, wieder hier auf deutsch zu schreiben.

More
by berlinHbf | 2013-01-22 10:46 | Deutsch | Comments(0)

古き時代のカフェ文化に誘う「グロス」

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美しい内装の「グロス」。建物は文化財に指定されている

ベルリンの西地区を代表するショッピング街、クアフュルステンダム(通称「クーダム」)は、19世紀後半、時の宰相ビスマルクの「ベルリンにも、パリのシャンゼリゼ通りのような華やかな通りを」という願いのもと、発展を遂げていった通りです。先月、このクーダムに「ベル・エポック」(世紀末転換期のパリの輝かしい時代)をイメージした美しいカフェがオープンしたので、早速足を運んできました。

バス停Bleibtreustraßeから程近いクーダムの193/194番地。このたび、大規模な改修工事を終えたばかりの住居兼商業施設Haus Cumberlandの1階に、カフェ&レストラン「グロス(Grosz)」はあります。

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中に入るなり、そのゴージャスな内装に驚きました。目の前には新聞や雑誌を置くための黒い台が2つ設置され、ドアの上に飾られたアンティーク時計の立派なこと! 高さ8メートルの天井とユーゲント・シュティールの柱、大理石が敷き詰められた床は、この建物が造られた1912年当時のオリジナルだとか。黒いベストとネクタイを身に着け、忙しく動き回る給仕たちの姿は、先日訪れたウィーンの伝統的なカフェハウスを想起させました。この豪華な空間は、さらに奥へと続きます。

もう1つ驚いたのが、まだ開店して数週間だというのに、店内が満員だったこと。何とか席を見付けて、メニューを見ました。「グロス」はカフェ&レストランとしてだけでなく、夜はバーにもなるので、食べ物とドリンクのメニューはかなり豊富。お値段は全体的に高めです。その中からホットチョコレート(Heiße Schokolade)を注文すると、こちらが全く予想しなかった大きな銀のポットがテーブルの上に置かれました。中にはホットミルクが入っており、皿の上に乗せられたクリーム状のチョコレートをカップに入れて溶かしながら飲む仕組みです。ミルクの量がたっぷりで、6ユーロというお値段にも納得(?)したのでした。

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立派なポットに入れて出されたホットチョコレート

ベルリンのカフェ文化として今でも語り継がれているのが、「黄金の20年代」と呼ばれる1920年代です。当時、このクーダム周辺には数多くのカフェがあり、作家エーリッヒ・ケストナーやクルト・トゥホルスキー、あるいはこのカフェの名前にもなっている風刺画家のジョージ・グロスといった芸術家の溜まり場となっては、文化を生み出すサロンの役割も果たしていたのです。

現在も、魅力的なカフェが多く集まるベルリンですが、足を踏み入れる人々を古き栄光の時代へと誘うカフェがここに1つ登場したことを喜びたいと思います。
ドイツニュースダイジェスト 1月18日)

Grosz
Kurfürstendamm 193-194, 10707 Berlin
Tel: 030-652142199
by berlinHbf | 2013-01-17 23:57 | ベルリン発掘(西) | Comments(2)

9年ぶりのバイロイト訪問(2)- 祝祭劇場との再会 -

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Bayreuther Festspielhaus (2012-08-03)

ワーグナー生誕200周年というメモリアルイヤーが始まりましたが、(こちらも書きかけのままだった)昨夏のバイロイト旅行記の続きを書いておきたいと思います(第1回の記事はこちらより)。私の怠慢によりこうなってしまいましたが、これを書いておかないことには昨年が終わった感じがしないので・・・

8月3日14時半頃、メヒティルトさんの車で別荘を出る。見渡す限り自然に囲まれた中、スーツ姿でいる自分がちょっとおかしかった。雄大な山々を背景にアウトバーンを下り、バイロイトの市内へ。「さあ、次の角よ」とメヒティルトさんがこちらの期待を誘うように言い、車が右折すると、通称「緑の丘」につながるゆるやかな坂道が一直線に続く。その奥には祝祭劇場の花壇が色鮮やかに輝いていた。「ああ、この場所に還ってきた」という思いを強くする瞬間だった。

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祝祭劇場は、当然ながら前回訪れた9年前とは特に何も変わっていなかった。とはいえ、ヴォルフガング・ワーグナーの時代が終わってからだろうか。大きな総合プログラムがなくなり、個別の演目ごとに分かれるなど、細かな変化も感じはしたが。

開演直前、金管アンサンブルが奏でるメロディーにうっとり耳を傾け、劇場の中に入る。階段を上って、正面2階の一番後ろにあるGalerieという場所へ。このブロックには4本の柱が立っており、そのため柱によって舞台の3分の1ぐらいが見えない席、全く舞台が見えない音だけの席(Hörplatz)がいくつか存在する。私たちの席は前者で、ちなみにチケット代は15ユーロだった。現在のバイロイト音楽祭の最高額の席は280ユーロだが、一方でこんなにとてつもなく安い席が用意されているのはありがたく、また素晴らしいことにも思える。舞台の3分の1が見えないとはいえ、メヒティルトさんは「この《タンホイザー》は演出がヒドイから、音楽に集中できてかえっていいのよ」と笑う(確かにそうだったのだが)。まあ、席が高かろうが安かろうが、周囲をどんなに見回しても、1つの空席さえ見当たらないのは壮観だった。

客席の照明が落ちて、暗闇の中、序曲のクラリネットのメロディーが鳴り響く。バイロイトでは、オーケストラピットが見えないので、この音は一体どこから鳴り響いているのか、一瞬わからなくなる。すごく遠い場所からにも聴こえるし、ごく近い場所で鳴っている風にも聴こえる。祝祭劇場ならではの、心地よい幻惑にかけられるのだ。目で何も見えなくても、ティーレマンの音楽的方向性は、クラリネットの冒頭の数小節だけではっきりと伺えた。微妙に、そして嫌みにならないギリギリの範囲で、奏者に音量とテンポの面で抑揚の指示を与えるのだ。ティーレマンの場合、この細かな表情付けが裏目に出ることもままあるのだが、この《タンホイザー》に関しては、楽譜が内包するドラマにどれも見事なまではまっているように感じられた。音楽が次第に膨らんでゆき、全オーケストラによって初めて主題が奏でられるところで、私はすでに鳥肌が立っていた...。

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休憩中、隣接したレストランでお茶を飲んでいるとき、メヒティルトさんがワグネリアンとして知られるメルケル首相のことを話してくれた。メルケルさんはかれこれ20年来、(ほぼ?)毎年音楽祭に訪れるそうだ。(バイエルン州首相主催によるパーティーがある)オープニング公演は公人として、さらにプライベートで毎年1サイクル(つまりその年の全演目)を観て帰るそうだから、やはり相当お好きなのだろう。「プライベートで来る際は、そこにも普通に並んでいたりするわよ」と言って注文を待つ客の行列を指差した。

終演後、高揚した気分が冷めないまま、丘の上のイタリアレストランでみんなで食事していると、メヒティルトさんの義理の姉妹であるルートさんが合流。食後、市内の自宅に連れて行ってくださった。最後の2泊はルートさんの家でお世話になった。このルートさんについてはまた次回お話ししたいと思う。

(つづく)
by berlinHbf | 2013-01-11 17:20 | ドイツ全般 | Comments(2)

ハンブルクで迎えた年越し(2)

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St. Michaeliskirche Hamburg (2013-01-01)

内アルスター湖畔で迎えた年越しのカウントダウンは、花火と爆竹が乱れ合うすさまじいものでした。以前あれに懲りて、もう何年もカウントダウンは自宅で過ごしていました。ハンブルクはベルリンよりも上品なのではと思いきや、全然そんなことはなかった(笑)。時に目の前で放たれる爆音にビクビクしながら、半ば命がけの思いでホテルに戻った翌朝、ミヒェルこと聖ミヒャエル教会の塔にみんなで上ってみました。

エレベーターで上がった塔の展望台は、風と雨が吹き荒れ、少々つらいものがありましたが、私たちを喜ばせてくれたのが頂上で演奏していたアマチュアの金管アンサンブル。彼らが奏でる曲の中にはおなじみのコラールも入っていて、日本でいえば元旦に神社で甘酒を飲んだときのように(?)、心が少し温まりました。

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展望台からの眺め。内アルスター湖、右手には市庁舎の塔が見えます。こうして見ると、ハンブルクの中心部ではモダン建築がほとんどを占めているのがはっきり見て取れます。前回お話しした1842年の大火災と第2次世界大戦末期の大空襲により、歴史的建築は大部分が失われてしまったからです。

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こちらは港の方面。奥には大きなドッグがいくつも見えます。

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白亜の美しい礼拝堂の中に入ると、ラッキーなことに12時からの新年の礼拝が始まるところでした。説教の後、2つのオルガンを聴くことができたのがうれしかった。モーツァルトの自動オルガンのための音楽(だったか)も含まれていました。この教会はクラシック音楽とはとりわけ縁の深い教会ですよね。カールフィリップ・エマヌエル・バッハが音楽監督を務め(お墓は地下にあります)、ブラームスが洗礼を受け、マーラーが《復活》の着想を得た場所・・・。フェリックス・メンデルスゾーンもこのすぐ近くに生まれているので、ミヒャエル教会に全く来なかったとは思えません。

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元旦だけに閉まっているミュージアムもありましたが、倉庫街の一角にあるミニチュアワンダーランド (Miniatur Wunderland)は新年から観光客で大混雑。これが予想を超えるスケールでした。HOゲージのスケールにハンブルクを始め、世界の街並が再現されているのですが、世界最大規模というから驚きます(しかもまだ制作途中だとか)。ここはまた別の機会にご紹介できたらと思っています。

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ハーフェンシティにある紅茶メーカーMeßmerのカフェDas Meßmer Momentumで遅い昼食を取ってから、帰途につきました。ベルリンに戻るICEの車中での居眠りが心地よかったこと。2日間たっぷり歩きました。
by berlinHbf | 2013-01-09 23:57 | ドイツ全般 | Comments(2)

ハンブルクで迎えた年越し(1)

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St. Pauli-Landungsbrücken (2012-12-31)

遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。

ひょっとして東京よりも暖かいのでは?と思われた年末年始のベルリンの気候でしたが、天気は悪く、ほぼ毎日雨・雨でした。そんな大晦日に義理の両親たちを連れて、ハンブルクに行ってきました。あまり長くないドイツ滞在、ベルリン以外の街も見てもらいたいけれど、国外に出るほどの時間的余裕はないし、ということで選んだのがハンブルク。私自身これまであまり縁がなかった街なのですが、NHKドイツ語講座のハンザ都市の連載を機に、昨年から訪れる機会が増えました。私の故郷に近い横浜を思い起こさせる、港町の雰囲気が好きなのです。もっともここから北海まではまだ100キロ近くもあるのですが、かもめが頭上を飛び交い、塩の香りは(半分気のせいかもしれないけれど)十分に漂っています。

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2011年に100周年を迎えた旧エルプトンネル。対岸まで歩いて渡ろうと思ったのですが、日没が迫っていたために、ここで引き返しました。

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ランドゥングスブリュッケンから、公共交通のチケットで乗れるハンブルク交通の船に乗ってエルプ・フィルハーモニーまで行こうと思ったのですが、待てども待てども船はやって来ず。海風にさらされ、体も冷えてきたので、結局歩いてハーフェンシティの方に行くことに。

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やがて見えてきました、建設中のエルプ・フィルハーモニーが!一時工事は中断していたものの、最後に見た昨年3月よりは明らかに進行しているように見えましたが、実際はどうなのでしょうか。

ところで、今日の新聞の一面の見出しは「ベルリンの新空港、開業は早くて2014年に」。新空港については、怒りを通り越えてもはや諦めムードさえ漂っている気がしますが、このエルプ・フィルハーモニーも「その他の問題の工事現場」に挙げられているのですよね(こちらの新聞記事より)。

当初の完成予定は2010年だったそうですが、現段階では2017年だとか。もはや、ベルリンの国際空港といい勝負なのかもしれません・・・

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大晦日で印象に残っているのが「食事」です。夕方の17時頃、古くからの情緒が残るダイヒ通りDeichstr.を通った際、今年最後の夕食の予約をしようとダイヒグラフというレストランに入ってみたら、店内はまだガラガラにも関わらず、夜はもう予約で一杯とのこと。代わりに紹介してもらったお店も無下にお断り。「これはもうホテルで何か食べるしかないのかなあ」と諦めかけた4軒目で聞いてみたら、いま食べるのだったらいいとのこと。正直、それほどまだお腹は空いていなかったけれど、ここでありがたくいただくことにしました。

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このレストラン、店内の雰囲気だけでなく、店員の方もとてもあたたかい感じで、「捨てる神もあれば、拾う神もありだなあ」とみんなで喜び合ったのでした。Zum Brandanfang(火災の始まり)という店名がまた印象的。ハンブルクの歴史上、決して忘れられることのない1842年の大火災はこの家から始まったのです(そして奇跡的に焼失を逃れた)。火の粉を猛烈な勢いを増し、結局完全に消火されたのが、現在の中央駅に近いBrandsende(火災の終わり)という通りの辺りだったというから、その規模の途方もなさが伺われます。

天井に架けられているのは、実は古い紙幣。お店の人の話によると、かつてこの裏がハンブルクの港だった時代、航海に出る船乗りが旅の無事を願ってぶら下げていったものなのだとか。ハンザ都市の連載を持たせてもらった今年、最後にこのレストランで食事ができてよかったなあとしみじみ思ったのでした。

"Zum Brandanfang"
Deichstraße 25
20459 Hamburg

(つづく)
by berlinHbf | 2013-01-07 23:57 | ドイツ全般 | Comments(3)

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