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ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
「素顔のベルリン」増補改訂版
¥1,680
ダイヤモンド社
(Amazon、全国各書店にて発売中)

本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

Amazonにてネット購入ができます。



『街歩きのドイツ語 』
¥1,575
三修社

豊富なビジュアルとドイツ語フレーズを楽しめる1冊。基本のあいさつ表現から、街にまつわるドイツ語豆知識まで、ガイドブックとともに旅に役立つ会話集です。




『素顔のベルリン 過去と未来が交錯する12のエリアガイド 』
¥1,575
ダイヤモンド社
(2009年発売)

地球の歩き方シリーズ初、待望のベルリンガイドブック誕生!比類なき歴史を抱えつつ、明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。「ドイツで最もドイツらしくない」といわれるこの町の知られざる魅力を、現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介。


現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

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ベルリン個人ガイドのご案内

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オットー・ザンダーの朗読会

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先週末、俳優のオットー・ザンダーがザヴィニープラッツ駅高架下のアート系の本屋Bücherbogenで朗読会をやるというので、行って来ました。入場無料ということもあって超満員。何とか隙間を見つけて潜り込み、地べたに座って聞くことができました。「ベルリン・天使の詩」の頃に比べたら、それはもう大分老けた感はありましたが(実はもう70歳。数年前には癌を克服したそうです)、時々赤ワインを口に含みながらの朗読は、悠然と味わい深いものでした。この日、彼が読んだのは最近出版されたチェーホフの同時代人による回想録(Erinnerungen an Tschechow)。足を運んでみてよかったです。

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by berlinHbf | 2011-11-28 16:16 | ベルリン天使の降りた場所 | Comments(3)

三浦哲郎『赤い衣装』朗読会@ハノーファーのお知らせ

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来週ハノーファー在住の知人が朗読会を開催するので、ここでご案内させていただきたいと思います。

ドイツ在住歴の長い文化ジャーナリスト、小町英恵さんと知り合ったのは2008年初頭のことでした。それまで何の面識もなかった私に、このブログだけを見て、ハノーファーの現代美術館ケストナーゲゼルシャフトで開催される町田久美さんの個展のカタログ翻訳を依頼してくださったのでした。その後、ハノーファーを訪ね、小町さんと地元の新聞社で文化部長を務めるご主人のヘニングさんにもお会いすることができました。

今年、小町さんは三浦哲郎(1931-2010)の『赤い衣装』という短編小説をドイツ語に翻訳されました。小町さんは三浦の生前から彼の作品をドイツ語で出版する企画を進めており、当初は長編小説の『白夜を旅する人々』を翻訳したかったそう。とはいえ、ドイツの出版社からは「ビジネスにならない」ということで断られ続け、やっとのことでハノーファーの小さな学術系出版社の協力を得て、『赤い衣装』を出版できることになったそうです。それがこちらの本。日本画の町田久美さんが友情出演で特別に描いてくれたという表紙絵も素敵です。「アンソロジーの形で翻訳されたことはあるみたいですが、三浦哲郎の著者名でドイツで本が出るのはおそらく初めてだと思います」(小町さん)。

これを読んだドイツ人の方々からは「本当に心が揺れた」、「他にこの作家の作品がドイツ語でないか探した」など、嬉しい感想が寄せられているとのこと。正直私は、三浦哲郎という作家については、その名前を知っている程度だったのですが、ドイツ語版の『赤い衣装』を読んで、豊かな叙情と構成の妙に感銘を受けました。三浦の出身地(青森の八戸)同様、東北の町が舞台になっているのですが、ドイツ語の文章から日本の北国の情景を想像するのも新鮮な感覚でした。

この三浦哲郎の『赤い衣装』の朗読会は、ハノーファーのケストナーゲゼルシャフトで日独交流150周年のプログラムとして開催することになりました(入場無料)。
以下に小町さんより送られてきたドイツ語の案内文を転載します。当日は日本から町田久美さんもいらっしゃるとのこと。ハノーファー近辺にお住まいの方、よかったらぜひいらしてください。

Liebe Freunde,

ich möche Euch (Sie)
zu meiner kleinen Lesung am 1. Dezember ab 19 Uhr in die kestnergesellschaft einladen. Es geht um die Erzählung Das rote Kostüm von Tetsuo Miura, die zum ersten Mal von mir ins Deutsche übersetzt wurde. Es ist auch ein Wiedersehen mit der Künstlerin Kumi Machida, die das Titelbild entworfen hat.

Es wäre schön, wenn Ihr (Sie) dabei wären.
Hanae Komachi

Danach gibt es ein Gläschen Sake zu Ehren von "150 Jahre Freundschaft Deutschland Japan".
Der Eintritt ist frei

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»Das rote Kostüm« von Tetsuo Miura | Lesung von Hanae Komachi

Dieses Jahr blicken Deutschland und Japan gemeinsam auf eine 150jährige Beziehung zurück. Diese Freundschaft wird in beiden Ländern das ganze Jahr über mit verschiedenen Veranstaltungen gefeiert. Hanae Komachi, seit 28 Jahren in Deutschland ebende japanische Designjournalistin, und Kumi Machida, in Tokio lebende Nihonga-Künstlerin, haben aus diesem Anlass gemeinsam an einem Buchprojekt gearbeitet und werden das vorstellen und die Erzählung lesen. Vorher gibt es eine Einführung ins Leben des Schriftstellers Tetsuo Miura (1931–2010), das allein schon einem Roman gleicht. Zum Schluss dann ein kleiner Umtrunk mit japanischem Reiswein "Sake" zu Ehren Miuras, der in diesem Jahr 80 geworden wäre.

Ein junger Mann in einer kleinen Hafenstadt im Norden Japans, seine Schwester und das Schicksal in Gestalt eines roten Minirocks: Die bewegende Erzählung »Das rote Kostüm« bietet einen Blick auf ein Japan jenseits von Manga und Millionenmetropolen. Tetsuo Miura, einer der wichtigsten Schriftsteller Japans und in Deutschland leider kaum bekannt, hat ein umfassendes Werk mit Romanen, Erzählungen und Essays hinterlassen. Wegen seines klaren Stils gilt er als der Purist unter Japans Schriftstellern.
»Das rote Kostüm« erscheint (im Wehrhahn-Verlag Hannover) zum erstem Mal auf Deutsch.

Miura ist in der Stadt Hachinohe geboren, deren Hafen an der Nordost-Küste am Pazifischen Ozean liegt, wo im vergangenen März der Tsunami Japan überrollte. Die Geschichte von "Das rote Kostüm" spielt genau dort.
Das Titelbild stammt von Kumi Machida: Klassisch moderne, aber gleichzeitig sehr traditionelle japanische Literatur begegnet hier einer aus dem Rahmen der Tradition gefallenen zeitgenössischen neujapanischen Kunst. Der Abend ist auch ein Wiedersehen mit der Künstlerin, die 2008 in der kestnergesellschaft ausgestellt hat. Dieses Jahr erregten Machidas Gemälde in der "Bye Bye Kitty" Ausstellung in New York Aufsehen.
Kumi Machida wird nach Hannover kommen und über den Entwurf des Titelbildes sprechen.


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by berlinHbf | 2011-11-25 23:46 | ドイツ全般 | Comments(4)

ペルガモン博物館のパノラマ展

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巨大なガスタンクを思わせるパノラマ展の仮設会場

ペルガモン博物館の歴史は1864/65年冬、ドイツ人技師カール・フーマンがトルコのベルガマを初めて訪れた時にさかのぼります。彼は、古代都市の廃墟の大理石が雨風にさらされ、また地元民による遺跡の略奪が横行していたことに衝撃を受けたそうです。やがてフーマンがベルリン博物館の館長アレクサンダー・コンツェの支援を得て、さらにトルコ政府から発掘権を獲得したところで、1878年から3期に及ぶ大規模な発掘作業が始まりました。中でも、数世紀もの間、人々から忘れ去られていた大祭壇や、ギリシャ神話の神々と巨人族との戦いを描いたフリーズはまさに世紀の大発見で、ベルリンに運ばれた後、同博物館に再構築されたことは誰もが知るところです。この前に立つと、大祭壇の威容とヘレニズム芸術の極致を示すフリーズの彫刻の美しさはもちろん、古代文化の発掘と復元に捧げた人々の熱意に圧倒される思いがします。

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パノラマ展内部のイメージ図 © asisi

2011年秋、全く新しい形で古代ペルガモンが私たちの前に立ち現れました。現在、博物館の中庭に高さ27.5メートルの円柱の塔が立っており、これが特別展「ペルガモン―古代首都のパノラマ」の会場です。階段を上って行くと、天辺が展望台になっており、眼前に広がる360度の古代ペルガモンの大パノラマに息を呑みました。

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仮設のやぐらから撮影した現在のペルガモンのパノラマ © asisi

このプロジェクトの総責任者は、建築家で芸術家のヤデガール・アッシジです。アッシジはトルコのベルガマに足を運び、丘の上のペルガモン遺跡を一望できるポイントにやぐらを建て、無数の写真を撮影。現実の風景をベースに、過去に発掘された遺跡や最新の考古学研究に基づいて1つひとつのディテールをはめ込んでいきました。また、別に撮影された群衆シーンもパノラマ上にデジタル加工。その結果、西暦125年4月8日、ローマ皇帝のハドリアヌスが訪問したペルガモンの1日の様子が、この上なくリアルに再現されることになったのです。

パノラマ台から眺めると、あの壮麗な建築群がいかに厳しい地形の上に建てられていたかを実感できます。目の前にアテナ神殿がそびえ、その左の円形劇場では群衆がハドリアヌス帝を待ち受けています。右手には、かの大祭壇が! 大理石のレリーフが当時はいかにカラフルだったのかも分かりました。背景から流れてくる街の雑音や人々の歓声といったサウンド効果も、古代ペルガモンにいる気分を高めてくれます。

本館で開催中のもう1つの特別展や常設展を併せて見学すれば、古代都市を一層スリリングに感じられるでしょう。2012年9月30日まで開催。
www.pergamon-panorama.de
ドイツニュースダイジェスト 11月18日)

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ペルガモンの大祭壇

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by berlinHbf | 2011-11-20 11:39 | ベルリン文化生活 | Comments(4)

テレージエンシュタット訪問記(4) - 小さな画家と音楽と -

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私の怠慢によりすっかり時間が空いてしまいましたが、昨年5月にチェコのテレジン(ドイツ語名はテレージエンシュタット)を訪れた時の話の最終回を綴りたいと思います。ご興味のある方は、過去の記事をご参照ください。テレジンの「小要塞」を訪れた後に向かったのは、「大要塞」つまり現在のテレジンの街でした。

まず訪れたのは、中心部にあるマルクト広場。子供たちがボール遊びをしていました。こう見るとごく普通の街のようですが、テレージエンシュタットは上から見ると要塞の姿を完全に留めた特異な外観をしています。街の区画は完全に左右対称で、そのど真ん中に位置しているのがこの広場です。

関連記事:
テレージエンシュタット訪問記(1) (2010-11-28)
テレージエンシュタット訪問記(2) (2010-12-05)
テレージエンシュタット訪問記(3) (2011-01-30)

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テレージエンシュタットでまず訪れるべきなのが、マルクト広場に面したゲットー資料館でしょうか。旧テレジン市学校だった建物の中にあり、テレージエンシュタットのゲットーの歴史や投獄された人々の日常生活の一端が紹介されています(簡潔ながら日本語のパンフレットがあるのがありがたかった)。

この中で心打たれる展示物の1つが、テレジンに収容されていた子供たちが残した絵や詩の数々です。野村路子さんの『テレジンの小さな画家たち』(偕成社)やその展覧活動などを通して、テレジンの子供たちの絵は日本でも知られてきているようですね。2011年からは、小学6年生の国語の教科書にこの絵にまつわる話が載せられているのだとか。

関連記事:
命のメッセージ、教科書に ナチス収容所の子が描いた絵 (asahi.com)

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今も人が住んでいる街についてこんなことを言うのは失礼かもしれませんが、言いようのない悲しみが漂っている場所という印象を受けました。

テレージエンシュタットは、われわれが一般にイメージするナチ時代のユダヤ人の強制収容所とは違います。パンフレットにはこう書かれていました。「当初はユダヤ人の囚人は兵舎にのみ収容されたが、後に1942年半ばまでに元々の住民を強制的に移住させることとなった。テレジン市全体が収容所と化したのである」。

テレージエンシュタットはまた、ナチスによる宣伝の役割も担わせられることになりました。すなわち、「美化キャンペーン」による「ユダヤ人自治移住地」として、ユダヤ人に一定の「自由」を与えたのです。ここには多くの芸術家、作家、学者なども収容され、過酷な条件の中で彼らが作った音楽や劇が上演されました。テレジンの旧マグデブルク兵舎にはゲットー内の文化的催しに関する常設展示があり、駆け足ながら見ることができました。

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一昨年の秋、フィルハーモニーの室内楽ホールで、ダニエル・ホープ(ヴァイオリン)やフォン・オッター(ソプラノ)ら(上の写真のCDの出演者)によって、テレジンの音楽が演奏されました(この日はHAUで坂本龍一のピアノコンサートもあり、私は最後まで迷ったのですが、土壇場になってフィルハーモニーに走ったのでした)。プログラムに並んだのは、V. ウルマン、 P. ハース(前回の記事で紹介したヤナーチェクの弟子でもあります)、 E. シュルホフといった作曲家たちの作品。いかにも苦しみの中から生まれた感の音楽もある一方、オペレッタ風の楽しい曲、収容所から生まれたとは思えない洒脱な雰囲気の音楽もありました。これらの音楽は、ゲットーに収容された人々にささやかな喜びをもたらしたことでしょう。しかし同時に、時々ここを視察した赤十字の調査員に、この場所の真実を覆い隠すためのプロパガンダの意味合いもあったのでした。

このコンサートの最後のアンコールで、フォン・オッターがある歌を歌い出した時、私は突如心がふわっとなるのを感じました。どこか温かい気持ちにさせてくれる音楽だったのです。後から知ったのですが、その曲はアドルフ・シュトラウスという作曲家による、 "Ich weiß bestimmt, ich werd Dich wiedersehn"(僕には確かにわかる。君に再び会えることを)というタンゴのナンバーでした。「今は別れ別れだけど、いつかまたきっと会える」という男女の恋を描いたテキスト、そこに出てくるSehnsucht(憧れ)という言葉・・・。作曲家自身はもちろん、ユダヤの人々はどんな思いでこの歌に聴き入ったのかと思うと、胸に込み上げてくるものがありました。

シュトラウスはこの歌を作曲して間もない1944年秋、妻と子供と共に、アウシュヴィッツで殺されています。

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さらに私が衝撃を受けたのは、街の外れにひそやかに残っている1本の鉄道の線路でした。パンフレットにはこう書かれています。「移送を迅速化するため、1942-1943年にかけて囚人によりボフショフ駅からテレジンまで敷設された鉄道の引き込み線の一部」と。

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私が真っ先に思い出したのは、2007年にベルリンのグルーネヴァルト駅17番線ホームを訪れた時のことです(その時のレポートはこちら)。警告碑のホームに刻まれたユダヤ人の強制輸送の目的地で、もっとも頻繁に目にしたのがこのテレージエンシュタットなのでした。ベルリンからぎゅうぎゅう詰めの貨物に押し込まれ、ようやく「解放」されて降り立ったのがこの場所だったのかと思うと、身震いするものを感じました。もっとも、多くのユダヤ人にとってテレージエンシュタットは中継収容所(Zwischenlager)であり、ここからさらにアウシュヴィッツなどの絶滅収容所に送られ殺された人もたくさんいたわけです。

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ここが線路の終わり。

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街を半周ほどしてマルクト広場に戻って来ました。パンフレットによると、正面に見える「テレジン市役所は、いわゆる『ユダヤ人自治銀行』やその他の役所の所在地となった。ここで文化的催しも行われた」。

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かつて左の建物は「SS司令部」、右の建物は「女子寮」だったそう。そして、「広場は囲いがなされており、囚人は入れなかった」。

もう少しゆっくり見て回りたかったけれど、広場から出る次のバスに乗らないと、ベルリン行きの最終列車を逃すことになります。「ここで感じたことは、これからも考え続けていきたい」。そんな思いで、私は妻とプラハ市内行きのバスに乗り込みました。

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by berlinHbf | 2011-11-18 00:29 | 欧州を感じる旅 | Comments(2)

ヤナーチェクの「死者の家から」@Staatsoper Berlin

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Schlesische Straße in Kreuzberg

10月はいくつもの素晴らしい音楽を生で聴くことができたが、とりわけ忘れがたいのがシュターツ・オーパーで観たヤナーチェクのオペラ「死者の家から」。2日のプレミエに加え、9日、14日と計3回も体験することができた。そのうちの2回は、この公演を聴くのを主目的にはるばるタイの南部、及びニューヨークの近郊からやって来た知人とご一緒した。ワグネリアンなどとは数の上で比べるべくもないけれど、世にヤナーチェキアンなる人たちも確かにいるのだ(笑)。

ピエール・ブーレーズが指揮、パトリス・シェローが演出したこの舞台は、2007年のウィーンのプレミエで大きな評判を呼び、エクス・アン・プロヴァンスの上演をライブ収録したDVDがすでに出ている。今回のベルリンではサイモン・ラトルが指揮をすることが大きな聴きものだった。まず印象的だったのが、劇の開始部分。客席はすでに静まり返っているのになかなか暗くならない。「あれ?」と思っていたら、突然ぱっと暗転してあの鮮烈極まりない序曲が鳴り響く。喉元にいきなり鋭いナイフを突きつけられたような緊張が走った。ラトルは最初から指揮台に待機していたようで、聴衆を一気に劇の中に引き込むのに効果的な演出だったように思う。ここから休憩なしで、全3幕の1時間40分の舞台が始まる。

それにしても、何とも不思議なオペラである。ドストエフスキーの「死の家の記録」を元にヤナーチェクが生涯最後に書き上げたオペラ。登場人物はほぼ男性のみ。政治犯の男が監獄に連れ込まれるところから始まり、最後釈放されるところで終わる。その間、筋だったストーリーがあるわけではなく、明確な主役がいるわけでもない。ただ、主役級の役柄、ルカ、スクラトフ、シシコフの3人による長いモノローグがあり、ここは音楽的にも極めて重要だ。第2幕には、復活祭の日に囚人たちが素人芝居を演じる場面(劇中劇)があり、彼らが喜び騒ぐ様子に、緊張が続くこのオペラの聴き手もちょっとほっとさせられる。全体を通して、男声合唱が担う役割も見逃せない。

このオペラのテーマは何なのだろうか。シェローがベルリンの新聞のインタビューの中で語っていたが、タイトルは「死者の家から」だが、このオペラを観て感じるのはむしろ「生」であり、「生へのエネルギー」である。では、ラストシーンで鷲に託される「自由」が主題かというと、それもちょっと弱い。政治犯の男は、確かに最後「自由」を得るが、そもそもなぜ自由になるかが明らかにされない。彼を解放する監獄の所長は酒で酔っぱらっており、単なる彼の気まぐれで釈放したようにも見える。やはり、この作品のテーマという意味で重要だと思うのは、ヤナーチェクがこの作品のスコアの扉に書いたという「どんな人間にも、神聖なひらめきというのはあるものだ」という言葉、そして集団劇としての側面である。監獄の中での集団生活の中から、ふとしたきっかけからある者が口を開き、身の上を語り始める。彼らは殺人などの犯罪を犯しながらも、それなりの理由があって罪を犯すに至ったのだった。周りの囚人たちは時々茶々を入れながらも、だまって聞いている。それによって、ある感情が集団の中で共有される。そして、1つ1つのモノローグは、お互い無関係なようでいて、どこかつながっている。そこもまた興味深い。シェローの演出では最後、スクラトフとアリェヤの2人が舞台に残され、それぞれ踊り、苦しみもだえながら幕が下りる。物語が終わったという完結感がない。結局ヤナーチェクは、監獄という特殊な状況を主題に選びつつ、それまでのオペラとは全く違う手法で、いつどこにでもある普遍的な人間の姿を描こうと試みたように思える。

驚くべきことに、この特異なオペラをヤナーチェクは73歳の時に作曲したのだった。亡くなる前年の12月、彼は「私の最高の作品かもしれない最新のオペラを仕上げている。血が吹き出そうになるまでに興奮している」と手紙に残しているが、今回のラトル指揮シュターツカペレの演奏は、まさに作曲家自身がこの作品に込めた情熱と興奮が直に伝わってくるすごい演奏だった。歌手では、ルカ役のテノールŠtefan Margitaが特に光っていた。ベテランのHeinz Zednikが老人役で滋味ある表現を聴かせてくれたのもうれしかった。シシコフ役を歌ったRoman Trekelは、正直配役ミスだったか。一本調子で、歌にも色艶が乏しい。ここの音楽全体の中でも特に「熱」を感じる部分だけに残念だ。ただ、このモノローグの最中、舞台裏から静かに聞こえてくる男性合唱は、神聖なまでに美しかった。

3回目の公演では、奮発して最前列の席を買った。ラトルの指揮姿を真横からつぶさに眺められたし、舞台も間近で臨場感が違う。やはり高い席にはそれだけの価値はあるなあと久々に感じた。その公演では言葉にできないほど感激し、終演後シラー劇場の楽屋口に駆け込み、ちょうど車に乗り込むところだったラトルをつかまえて一言二言こちらの気持ちを伝えることができた。ほんの短い間だったけれど、つい先ほどまで渾身の棒を振っていた指揮者本人が目の前にいるのかと思うと、心時めいた。サイモン・ラトルは人の気持ちを全身で受け止めてくれる方だった。

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2007年のウィーンから始まって、エクス・アン・プロヴァンス、ミラノ、ニューヨークなど、世界数カ所で上演されてきたこの舞台も、今回のベルリンが最後だという。シェロー曰く、「これ以上繰り返しても機械的になるだけ」とのこと。確かに演ずる方も聴く方も高い集中力を要求されるし、日常的にそうしょっちゅう観たい作品でもない。今回は連日ほぼ満席だったが、普通なら集客の面でも苦労する演目だろう。

いずれにせよ、ヤナーチェクの作品群の中でも、私にとってはどこか謎めいていた「死者の家から」が、今回の上演を通じて大好きになった。おそらく今後この舞台のDVDを観る時は、音楽と共に2011年という年を思い出すことになるだろうと思う。人間の無力さ、愚かさ、素晴らしさ・・・かつてないほど人間存在そのものを考えさせられた年に、この作品の真価を描き出した舞台に出会えたことに感謝したい。

Musikalische Leitung Simon Rattle
Inszenierung Patrice Chéreau
Künstlerische Mitarbeit Thierry Thieû Niang
Bühnenbild Richard Peduzzi
Kostüme Caroline de Vivaise
Licht Bertrand Couderc
Chor Eberhard Friedrich

Alexander Petrowitsch Gorjantschikow Willard White
Schischkow Pavlo Hunka
Roman Trekel 14|17 OKT
Aleja, ein junger Tatar Eric Stoklossa
Filka Morozow im Gefängnis als Luka Kusmitsch Štefan Margita
Der große Sträfling Peter Straka
Der kleine Sträfling Vladimír Chmelo
Der Platzkommandant Jiří Sulženko
Der ganz alte Sträfling Heinz Zednik
Der Koch Alfredo Daza
Der Pope Arttu Kataja
Skuratow John Mark Ainsley
Tschekunow Ján Galla
Der betrunkene Sträfling Florian Hoffmann
Der junge Sträfling Olivier Dumait
Dirne Susannah Haberfeld
Ein Sträfling in der Rolle des Don Juan und des Brahminen Ales Jenis
Kedril Marian Pavlovič
Schapkin Peter Hoare
Tscherewin Stephan Rügamer
Staatskapelle Berlin
Staatsopernchor

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by berlinHbf | 2011-11-12 23:48 | ベルリン音楽日記 | Comments(7)

ポツダムの王宮再建始まる

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昨日、女子サッカーの永里優季選手にインタビューさせていただく機会があり、ポツダムに行ってきました(聞き手としても刺激に富んだインタビューでした。掲載時にはまたお知らせしたいと思います)。彼女が所属するトゥルビネ・ポツダムの練習場からの帰り、好きなポツダムの旧市街でお昼を食べ、少し散歩したのですが、クレーンがいくつもそびえる旧市場広場(Alter Markt)の変貌ぶりに驚きました。前回紹介してから時間も経っているので、ここで今の様子をお届けしたいと思います。

関連記事:
ポツダムへの道(1) - もう1つの王宮再建 - (2010-02-14)
ポツダムのアルター・マルクト広場 (2010-02-24)

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ポツダム中央駅からトラムに乗って、Lange Brückeという橋を渡るとこの眺めが見えてきます。奥にシンケルが設計したニコライ教会が望め、ポツダムを訪れる人が旧市街で最初に出会うこのアルター・マルクト広場に、この春から本格的に王宮の再建工事が始まっているのです。

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昔だったらレンガを1つ1つ積み上げていくのでしょうが、今はコンクリート。なかなかの急ピッチで建設が進んでいます。とはいえ、外観は基本的にホーエンツォレルン家の王宮を忠実に再現するようで、実際の色や素材を使ったモデル・ファサードが展示されていました。

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ブランデンブルク州の州都で目下最大の工事現場だけに、写真を撮る人の姿もちらほら。カメラを向けたらおじさんがポーズを取ってくれました。ベルリン中央駅の時の工事現場を思い出すなあ。

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2008年12月に撮影したAlter Marktの様子です。オベリスクの右隣の門にご注目を。これはフォルトゥナ門といって、かつて王宮の中庭に続いた門。再建される王宮の最初の一部分として、ここだけはすでに2001年に造られていたのです。この門の再建のために多額の寄付をした人の中に、ポツダム在住の有名なテレビの司会者ギュンター・ヤオホがいます。

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ポツンと立っていたあのフォルトゥナ門が、王宮の一部に組み込まれつつあるのをおわかりいただけるでしょう。

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広場の一角にインフォボックスが設置されていて、てっぺんから工事の現場を眺められるようになっています。丘の上にちょこんと見える建物が、現在のブランデンブルク州の州議会。2012年末(予定)に王宮が再建された後は、ここに州議会が移ってくることになっています。

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前回ご紹介した時は修復作業中だったポツダムの旧市庁舎、そしてその右隣のクノーベルスドルフハウスも輝きを取り戻しました。

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来年はフリードリヒ2世(大王)の生誕300周年。最新号のDer Spiegelもフリードリヒ大王を特集しています。大王のお膝元だったポツダムが、ますます魅力的な古都になろうとしています。

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by berlinHbf | 2011-11-09 19:14 | ドイツ全般 | Comments(0)

発掘の散歩術(16) - マルツァーンの世界庭園 -

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世界庭園内のキリスト庭園

今年6月、皇太子殿下のドイツ公式訪問の際、「おや」と感じたのが、マルツァーンの保養公園(Erholungspark Marzahn)がベルリンでの日程に含まれていたことだった。日本の皇太子と旧東独の郊外の団地街の象徴であるマルツァーンという組み合わせが、どこか新鮮だったからである。今回皇太子殿下が訪問されたのは、同公園内にある日本庭園。この時期としては異例の陽気に恵まれた10月初頭の日曜日、今までなかなか足を運ぶ機会のなかった「世界の庭園」をじっくり見て回ることにした。

Sバーンのマルツァーン駅から195番のバスに乗って約10分、高層アパートの住宅群を抜けて間もなく、公園の入り口に到着した。マルツァーン保養公園は、まだ東独時代だった1987年に開催されたベルリン造園展覧会をきっかけに、マルツァーン・ヘラースドルフ地区の緑のオアシスとして生まれた。ベルリンの内外に広く知られるようになったのは、中国庭園がオープンし、同時に「世界の庭園」としての歴史が始まった2000年秋以降のことである。

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日本庭園内にある「如水亭」から枯山水を臨む

30ヘクタールもの広大な敷地を誇る公園だが、日本庭園「融水苑」は入り口から比較的近い場所にあった。横浜市の寺住職にして庭園デザイナーの枡野俊明氏の監修により2003年に造られた庭園で、全体が過去から未来への時間軸をもって構成されている。中に入り階段を上ると眺望台があり、滝が流れている(過去の歴史の流れを表現)。そこを下りると前庭が見えてきて、「現在」を表しているという建物「如水亭」に入る。そこから臨む枯山水の庭は、現在から未来への展望を象徴しているそうだ。過去から未来までを見据える精神の自在さと「融合すること水の如く、以って和と成す」という庭園全体のテーマが、確かにどこかで重なり合う。日本だったら芝生ではなく苔が生えているだろうなと感じる場所もあったが、細かな相違は別にして、美しく整えられた枯山水を眺めていたら、一瞬ここがドイツであることを忘れそうになった。

とはいえ、「融水苑」は世界庭園の見どころの1つに過ぎない。近くにある韓国庭園では日本との微妙な文化的相違を実感させてくれたし、ヨーロッパでは最大級という中国庭園は数年前「ドイツで最も美しい庭園」のベスト3に選ばれたこともあるそうだ。

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ブルーのモザイクが鮮やかなオリエント庭園の回廊

ここから西側の端にあるイタリアのルネサンス庭園まで一気に歩いてみた。そばにはIrrgartenという迷路庭園なるものまであって、これは子ども連れの家族でも楽しめるだろう。想像以上に広くて、とても全部は回りきれなかったが、最後にオリエント庭園に入ってみた。回廊の床のモザイクは美しく、庭の中心にある小さな噴水では子どもたちが裸足で遊び、アジアの庭園とは雰囲気ががらっと変わる。どの国の、そしてどの文化の庭園も甲乙つけがたい魅力があった。また、隅々まで手入れが行き届いているのにも感心した。

日本庭園の桜が咲き乱れる頃、マルツァーンをまた訪ねようと思う。
ドイツニュースダイジェスト 11月4日)


Information
世界の庭園
Gärten der Welt


「地理、宗教、民族など異なる背景を持つさまざまな庭園を体験できるように」という目的から2000年にオープン。本文で紹介した庭園以外にも、バリ島庭園、キリスト教文化をテーマにした庭園などがある。入場料は3ユーロ(11~3月は2ユーロ)。日本、韓国、オリエントの各庭園は4月~10月のみのオープンなのでご注意。

開館:11~2月(9:00~16:00)、3月と10月(9:00~18:00)、4~9月(9:00~20:00)
住所:Eisenacher Str. 99, 12685 Berlin
電話番号:(030)700906 699
URL:www.gruen-berlin.de/parks-gaerten/gaerten-der-welt


中国茶館
Chinesisches Teehaus Berghaus zum Osmanthussaft


中国庭園内にある本格的な中国茶館。約30種類もの中国茶を堪能できるほか、それによく合う焼き菓子も用意されている。天気が良い日は、池に面したテラスがお勧め。近くには中華インビスの“ Tsing Tao Pavillon“ も。世界庭園内には、ほかにもカフェやキオスクなど、一休みできる場所は豊富にある。

営業:4~10月(月~日10:30~18:00)、11~3月(天気の良い週末)
住所:Eisenacher Str. 99, 12685 Berlin
電話番号:(030)700906 699
URL:www.china-teehaus.de

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by berlinHbf | 2011-11-04 23:57 | ベルリン発掘(東) | Comments(3)

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