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ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
「素顔のベルリン」増補改訂版
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(Amazon、全国各書店にて発売中)

本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

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豊富なビジュアルとドイツ語フレーズを楽しめる1冊。基本のあいさつ表現から、街にまつわるドイツ語豆知識まで、ガイドブックとともに旅に役立つ会話集です。




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地球の歩き方シリーズ初、待望のベルリンガイドブック誕生!比類なき歴史を抱えつつ、明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。「ドイツで最もドイツらしくない」といわれるこの町の知られざる魅力を、現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介。


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ドイツ総選挙、ベルリンの「東西分断」

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ご存知の方も多いと思いますが、先週日曜日、ドイツでは4年に1度の連邦議会の総選挙が行われました。前回(2005年)と同じく右派、左派ともに過半数を取れないのではと予想されていましたが、ふたを開けてみるとCDUとFDPが過半数を獲得し、メルケル首相が希望していた中道右派の連立政権が樹立される見通しとなりました。最終結果を並べてみるとこうなります(表はwikipediaより)。

CDU/CSU(民主・社民同盟) 33.8%
SPD(社会民主党) 23.0%
FDP(自由民主党) 14.6%
Linke(左派党) 11.9%
Grüne(緑の党) 10.7%
その他 6.0%

目立つのはSPDの戦後最大の惨敗ぶり。メルケル首相が党首を務めるCDUとて、戦後2番目という低支持率だったのですが、リベラル派のFDPの躍進に助けられて、コール政権以来11年ぶりとなるCDUとFDPの連立が実現されることとなったのです。2大政党の低調ぶりに比して、小政党の成長が前回以上に進んだ形となりました。

では、首都ベルリンの結果はどうだったか?これがいろいろな意味で興味深いものでした。

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まずベルリン西地区ですが、やはりSPDとCDUの順位が逆転しています(右端の数字が2005年時の結果)。目立つのは緑の党の支持率の高さで、これは移民の多いクロイツベルク=フリードリヒスハイン地区について特にいえることです。FDPとLinkeの数字は、全国平均とほぼ同じと見ていいでしょう。

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次にベルリン東地区ですが、前回トップだったSPDと東独時代の独裁政権(社会主義統一党)の流れを組むLinkeの順位が逆転。もはや断トツと言ってもいいくらいの強さです。緑の党は全国平均よりも高いですが、今度政権を取るCDUとFDPの存在感は東では影を潜めています。

ドイツの選挙制度は小選挙区比例代表併用制と呼ばれ、有権者は2票が与えられます。第1票(Erststimme)は小選挙区制(Mehrheitswahlrecht)で候補者を1人選択。第2票(Zweitestimme)は比例代表制(Verhältniswahlrecht)で、そこでは政党を選ぶわけですが、ベルリンの第2票の結果をグラフにするとどうなるか。

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黒がCDU、緑が「緑の党」、ピンクがLinkeです。これを見て唖然とした人は多かったのではないでしょうか?私も思いましたよ。「これじゃあ、壁があった時代と何も変わらないじゃないか!」と。

(ちなみに2005年は、Linkeがトップだったのは東のリヒテンベルク、マルツァーン=ヘラースドルフの2地区のみ。CDUがトップだったのは西のシュテーグリッツ=ツェーレンドルフ地区のみで、他は全てSPDが占めていました)

それにしても見事なまでの「東西分断」です。この20年とは一体何だったのかと思ってしまいますね(これについてターゲスシュピーゲル紙が「選挙の壁が町を分ける」という記事を載せています)。

奇しくも昨日、かつて東ドイツから西に亡命した方の話を聞いてきたばかりでした。その方は東ドイツに今でも強い嫌悪感を持っていて、こんなことをおっしゃっていたのが印象に残っています。
旧東の人がこれほど左派党に流れている理由が理解できない。昔の方がよかったなんて言うけれど、SED(社会主義統一党)やシュタージがどれほど人々を抑圧・弾圧していたか・・・。左派党の連中の多くがそれらに直接関わっていたんだよ。今の社会で失業する方が東ドイツで職にありつくよりずっとマシだと私は言いたいね。

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by berlinHbf | 2009-09-30 18:14 | ベルリン発掘(全般) | Comments(7)

転換年カレンダー「1989年9月26日」

今日は4年に1度の連邦議会の総選挙の日。20年前のベルリン、そしてドイツも熱くなってきています。

1989年9月26日(火) 
ポーランド人のマーケットが「半合法」 ライプチヒで大きなデモ


Der Senat gibt sich in Sachen „Polenmarkt“ geschlagen. Die Händler, die mit Zäunen und Polizeipatrouillen vom Potsdamer Platz fern gehalten wurden, dürfen jetzt halblegal weitermachen. Begründet wird die Kehrtwende mit unzumutbarer Vermüllung des benachbarten Mendelssohn-Bartholdy- Parks – dorthin waren die polnischen Händler ausgewichen – und der zunehmenden Armut in Polen. Immerhin bescherten deren Einkommen dem Berliner Einzelhandel, vorzugsweise den Hifi-Läden, ein spürbares Umsatzplus. Die Polizei will künftig auf Großrazzien verzichten; die stünden in keinem Verhältnis zu den „geringfügigen Handelsdelikten“, also dem Verkauf unverzollter Ware.

(西ベルリンの)市政府は「ポーランド人のマーケット」の件において敗北を自認した。柵や警察のパトロールによってポツダム広場から遠ざけられていた商人たちは、今後は半合法的に続けてもよい。その方向転換の理由は、隣のメンデルスゾーン・バルトルディ公園がゴミの山になるのは不当であるというものだ。ポーランド人の商人たちはやむを得ずそこに逃れ、貧困が増大していた。ともかくも、彼らの収入はベルリンの小売業、主にHiFiの店に贈られていた。明らかに売り上げのプラスである。警察は今後の大規模な手入れは断念するつもりだ。ポーランド人たちは「ささいな商売の不法行為」、つまり免税商品の販売などとは関係がない、からだった。

In Leipzig demonstrieren rund 8000 Menschen gegen das DDR-Regime. Ausgangspunkt war das traditionelle Friedensgebet in der Nikolaikirche, danach marschierte die Menge zum Hauptbahnhof. In Sprechchören fordern die Teilnehmer „Freiheit, Gleichheit, Brüderlichkeit“. Polizei und Staatssicherheit seien „bemerkenswert zurückhaltend“ aufgetreten, heißt es. Nach den neuesten Statistiken vermelden sind seit dem 11. September mehr als 20 000 DDR-Bürger über Ungarn in den Westen geflohen. In der Prager Botschaft befinden sich laut Tagesspiegel derzeit 2500 Menschen, Tendenz weiter steigend, in der Warschauer Botschaft sind es rund 400.

ライプチヒでは約8000人が東ドイツ政権に対してデモを行う。発火点はニコライ教会での伝統的な平和の祈りで、その後群集は中央駅まで行進した。参加者はシュプレヒコールで「自由、平等、友愛」を要求した。警察とシュタージは「著しく控えめな」態度を取った、とのことである。最新の統計で報告されたところによると、9月11日以来、2万人以上もの東ドイツ市民がハンガリー経由で西側に逃れている。ターゲスシュピーゲル紙によると、プラハの(西ドイツ)大使館には現在2500人(の東ドイツ市民)がおり、さらに増加の傾向にある。ワルシャワの大使館ではその数約400人である。

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by berlinHbf | 2009-09-27 13:44 | ベルリンあれこれ | Comments(3)

転換年カレンダー「1989年9月25日」

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ベルリンの3大紙のひとつ、Der Tagesspiegelが今年こんな連載をしているよと、ある友達が教えてくれました。ベルリンの地域ページにある「WENDEKalender」という名のコーナーで、20年前の同じ日にどういう出来事があったかを簡潔に記してあるのです("Wende"とは89年におけるドイツの歴史的転換を指す)。これがなかなか面白く、読みながらふと思いました。この短い記事を訳してブログにアップし、皆さんと一緒に1989年という年を振り返れたら面白いのではないかと。

本当は8月ぐらいから始められたらよかったのですが、今からでも遅くはないと思い、早速昨日の分から始めます(毎日続けられるかどうかはわかりませんが・・・)。補足説明や訳しミスなどのご指摘、その他89年の思い出話などがあれば、お気軽にコメント欄に書き込んでいただけるとありがたいです。

1989年9月25日(月)
Sバーン環状線の修復工事 新フォーラムに新たな拒絶


Am Bahnhof Westend beginnen die Arbeiten für die Wiederinbetriebnahme des S-Bahn-Südrings – genau neun Jahre, nachdem der Verkehr dort eingestellt worden war. Auf dem acht Kilometer langen Abschnitt zwischen Westend und Schöneberg sollen ab 1992 wieder Züge rollen. Danach beginnt der Ausbau bis Sonnenallee. Die insgesamt 17 Kilometer lange Strecke soll rund 600 Millionen Mark kosten. Auch zum Nordring und der Strecke nach Spandau machen sich die Planer schon Gedanken.

ヴェストエント駅でSバーン南環状線の再操業開始のための工事が始まる。そこでの交通が中止してからちょうど9年後のことだった。ヴェストエント駅とシェーネベルク駅間の8キロの区間は、1992年以降再び列車が走る予定で、その後ゾンネンアレー駅までの修復が始まった。全長17キロの区間に約6億マルクの費用がかかるとされ、北環状線とシュパンダウ駅までの区間についても、計画者はすでに熟考していた。

Die Alternative Liste in West-Berlin hat Kontakt zum Neuen Forum in Ost-Berlin aufgenommen. Das DDR-Innenministerium bestellte inzwischen Bärbel Bohley zum Gespräch ein. Dabei erhielt sie einen neuen, abgemilderten Ablehnungsbescheid: Das Neue Forum ist danach nicht „staatsfeindlich“, sondern „gesellschaftlich nicht notwendig“.

西ベルリンのアルタナティーヴェ・リステ(「緑の党」の前身)は、東ベルリンの「新フォーラム」 とコンタクトを取った。その間、東ドイツの内務省はベルベル・ボーレイ(新フォーラムの創設者の1人)を話し合いのため出頭させたが、その際彼女は新しい、そしてより和らいだ形の拒否の通知を受け取った。それによると、新フォーラムは「国家の敵」ではなく、「社会的に必要でない」とのことだった。

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by berlinHbf | 2009-09-26 19:27 | ベルリンあれこれ | Comments(3)

「壁の歴史に触れるベルリン街歩きガイド」

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今週号のドイツニュースダイジェストに、壁崩壊20周年の特集記事を書かせていただきました。本紙はベルリンやドイツ他都市の日本関係のお店やレストランなどで無料配布されていますし、ウェブでも読むことができます(eBook版記事のURL)。ベルリン在住の方のみならず、今年の秋ベルリンに旅行等で来られる方にも、ぜひ読んで活用していただけると幸いです。よろしくお願い致します。

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by berlinHbf | 2009-09-24 17:01 | ベルリン発掘(全般) | Comments(3)

ベルリン音楽祭のショスタコーヴィチより

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今年のベルリン音楽祭Musikfestでは、音楽における政治性というテーマからショスタコーヴィチが大きな柱に選ばれていました。これは今年の壁崩壊20周年、すなわち東欧諸国における共産主義支配からの解放という出来事と大きな関わりがあります。いくつか足を運んだ中から、衝撃的なまでに素晴らしいコンサートに2つ出会いました。

1つ目はラトル指揮ベルリン・フィルによるショスタコーヴィチの交響曲第4番。
この音楽を生で聴いて、私は心底打ちのめされました。マチネーのコンサートだったにも関わらず、その日はどこか興奮状態で夜もなかなか寝付けなかったほどです(笑)。今までいろいろなシンフォニーを聴いてきましたが、この大曲をこの見事な演奏で聴いたことは私の交響曲体験において1つの「事件」ともいえる出来事でした。

何といってもこんなすごい曲があったのかという驚き。不覚にも私はこの交響曲4番が生まれた背景をほとんど知りませんでした(2003年にゲルギエフの指揮で一度だけ聴いたことがありますが、その時も圧倒されたもののその後CDで聴くことはほとんどなかったんです)。1935年から36年にかけて作曲されたので、ショスタコーヴィチが29歳かそこらで書き上げたということ、そして当局から消されるのを恐れて、完成から1961年の初演まで25年間も「封印」されていたという事実に、まず関心が向います。
ブラームスの1番が「ベートーヴェンの10番」と言われるように、私はショスタコーヴィチのこの交響曲を「マーラーの11番」というように思っています。マーラーの生まれ変わりがロシアに現れて、20歳台で才気溢れる大交響曲を作曲した・・・ しかし、その時、国家はソビエトに変わっていたので、初演が行われないまま、約30年間も演奏が禁止された。
私の親しい知人がこのように語っていましたが、ラトル&ベルリン・フィルの演奏を聴いた後ではそれもむべなるかなと思わされます。2楽章のいかにもマーラー風のレントは、まだ流れがつかみやすいのですが、約30分の長大な両端楽章については、一体どう表現すればいいのか・・・

プログラムの解説によると、ショスタコーヴィチはこの4番を自分の最高のシンフォニーと語っていたのだそう。私は15曲全部をしっかり聴いたわけではないですが、少なくともこの4番以上に思いのたけを音で表現したと感じられる曲に出会ったことがありません。音楽の大胆な展開と激烈なエネルギーに何度ものけぞりそうになりながらも、精緻で詞的な部分においても魅力に事欠きません。3楽章冒頭の悲歌と独自の諧謔味。そして、時おり浮かび上がってくる美しいソロの数々。特にエキストラのメンバーらしかったファゴットの名手を初め、トロンボーンやイングリッシュホルンなど、実にすばらしかった。まあ、フル編成の弦はもちろん、あれだけの数の管打楽器が並ぶ様は壮観で、冒頭からフィナーレの最後に出現する金管の咆哮まで、すごい迫力でした。

今回の4番をベルリン・フィルが取り上げるのは12年ぶりだったとか。生で聴けて幸運でした。今晩ベルリンの東の郊外、ケペニックの元工場で演奏された後、短期間のツアーに持っていかれるそうです。その最後の公演地がワルシャワだそうで、かの地の人々はこの曲をどういう気持ちで聴くのだろうかとふと思いました。

2つ目はネルソンス指揮バーミンガム市響の6番を中心としたプログラムです。2007年にこの指揮者を初めて聴いて以来注目していたのですが、いつの間にバーミンガムのシェフになり、来年はバイロイト・デビューを果たすそうですから、大変な勢いを感じます。この日は、ブリテンの『4つの海の間奏曲』、TurnageのFrom the Wreckageと、ショスタコのジャズ組曲第1番というジャズの影響を濃厚に受けた2曲の後、ショスタコーヴィチの6番の交響曲という、ラトルの時とはうって変わって全体的に明るくカラフルなプログラム。最初から最後までネルソンスの指揮に釘付けでした。この人の棒にかかると、とにかく音楽が生気に富み、響きが立体的になります。決して勢いだけで盛り上げるというわけでもなく、演奏者も聴き手もいつの間にか魔法にかけられていて、心地よくボルテージが上がっていく感じです。バーミンガム市響との相性はとてもよさそうでした。

この秋はショスタコーヴィチをいろいろ聴いてみようと思いました。

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by berlinHbf | 2009-09-22 18:09 | ベルリン音楽日記 | Comments(8)

フリードリヒスハーゲンを歩く

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ドイツニュースダイジェストの「散歩のススメ」というシリーズで、ベルリン東の郊外のこんな町を取り上げました。

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フリードリヒスハーゲン(Friedrichshagen)

1753年、フリードリヒ大王が入植者の村として設立し、特にボヘミアやシュレジア地方からの綿糸紡績工が多く移り住みました。19世紀半ばに鉄道が開通すると、別荘地として発展。風光明媚な湖グローサー・ミュッゲルゼーを中心に、今も昔もベルリンっ子の週末のハイキングコースとして愛されています。湖周辺にあるベルリン最古のビール会社「ベルリーナー・ビュルガーブロイ」の工場やネオ・ゴシック様式の上水道施設は今日、文化財に指定されています。
www.friedrichshagen.net
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Sバーンのフリードリヒスハーゲン駅を降りて南の目抜き通りに向って歩く前に、出口の北側に出てはいかがでしょう。小さなホームに、何とも愛らしいクリーム色の路面電車(トラム88番)がちょこんと停まっています。この路線はBVG(ベルリン交通局)ではなく、シェーンアイヒェ・リューダースドルフ路面電車という別の会社によって運営されていて、ここから東ドイツ最大の石灰岩産地だったブランデンブルク州のリューダースドルフまでを結んでいます。こんなレトロチックで情緒のあるトラムはベルリン市内では見られないので、鉄道好きならずとも乗ってみたら楽しいでしょう。毎週日曜日の8~16時は、この駅前で蚤の市が開かれています。いかにも地元の人ばかりが集まっているという感じで、東ドイツ時代の思わぬ掘り出し物に出会えるかもしれません。

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さて次は、フリードリヒスハーゲンの目抜き通り、ベルシェ通り(Bölschestr.)を歩いてみましょう。両側に色とりどりの店が並び、旧東ドイツということからイメージしがちな暗い雰囲気は微塵もありません。湖に近いせいか、空気までもがすがすがしく感じられるほどです。この通りで面白いのは、ベルリン市内のように建物の高さが統一されていないこと。ユーゲント様式による邸宅風のアパートがある一方で、低い三角屋根のかわいらしい建物も多く目に付きます。途中のマルクト広場(Marktplatz)には、フリードリヒスハーゲンの創設者であるフリードリヒ大王の記念碑が建っています。ポツダムやベルリンのイメージが強い大王ですが、こんなところにも影響を及ぼしていたのですね。

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ベルシェ通りの突き当たりにあるのが、1869年創設のベルリン最古のビール会社「ベルリーナー・ビュルガーブロイ」の工場です。文化財に指定されている歴史的な建物ですが、ここではもうビールは醸造されていないとのこと。でも、ここまで来たからには、ぜひビュルガーブロイを試してみたいと思っていた私に、格好のレストランがありました。ビール工場に併設した「白い邸宅」(Weisse Villa, Josef-Nawrocki-Str. 10 )という名前のお店で、その名の通りビュルガーブロイの経営者一家がかつて住んでいた邸宅がそのまま使われているのです。それだけに雰囲気は優雅で、湖を一望できるテラスもあります。ここにはビュルガーブロイのほぼ全種類が用意されていて、美味しいパスタと一緒に味わいました。

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ここまで来れば、グローサー・ミュッゲルゼーはもう目の前。湖のほとりには遊覧船の船着場がありますし、地下トンネルをくぐって対岸に渡ることもできます。疲れたら、帰りはトラムに乗って駅に戻るのも良いでしょう。天気の良い週末にぜひお薦めしたいコースです。
ドイツニュースダイジェスト 9月18日)

行き方:
Berlin Hauptbahnhof ‒ S Friedrichshagen S3で直通
1人片道2,10ユーロ(ABゾーン券) 
所要時間36分

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by berlinHbf | 2009-09-20 11:30 | ベルリン発掘(全般) | Comments(0)

リコーダーのモーリス・シュテーガーが初来日公演

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このブログを始めたばかりの頃、ベルリン古楽アカデミーとのコンサートで絶賛したリコーダー奏者のモーリス・シュテーガーが、この秋来日初公演を行うそうです。今回の日本公演は10月2日の武蔵野市民文化会館と4日の兵庫芸術文化センターの2公演のみのようですが、兵庫の方はまだチケットが残っている模様。

シュテーガーはまだ30代半ばだと思いますが、本当に素晴らしいリーコーダー奏者です。誰もが小学校で習うリコーダーでこんなことができるのかとびっくりしますよ。コンビを組むスイス在住のチェンバロ奏者、北谷直樹さんは日本ではまだあまり知られていないかもしれませんが、昨年ベルリンで初めて聴いて、音楽性・テクニック共に真の名手だと思いました。

このコンビの演奏は、8月2日にベルリンのラディアルシステムで行われた"Venezia meets Graubünden"というヴェネチアとシュテーガーの故郷、スイスのグラウビュンデン州の音楽を組み合わせたコンサートで聴いたばかりなのですが、冒頭ソプラノリコーダーが高らかに鳴り響く瞬間から幸せな気持ちになりました。リコーダーという楽器の素朴で温かみのある音色は、私にとって音楽を聴く喜びの原点を思い起こさせてくれるものだと改めて感じたのです。その後、シュテーガーが何本もの笛を巧みに吹き分ける様は圧巻でした。

古楽ファンのみならず、リコーダーといえば小学校の「タテブエ」のイメージしかないという人にこそ、聴いてほしいコンサートです!最近「ヴェネツィア 1625」というアルバムも出ましたが、シュテーガーは断然ライブの方が楽しいです。

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by berlinHbf | 2009-09-18 19:28 | ベルリン音楽日記 | Comments(2)

『素顔のベルリン』が完成しました

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先日お知らせした私の初の著書、『素顔のベルリン~過去と未来が交錯する12のエリアガイド~』(ダイヤモンド・ビッグ社)が完成しました。最後の仕事として残っていた表紙はこんな感じに仕上がりました。

約150ページのコンパクトサイズとはいえ、本を1冊書くというのは並大抵の作業ではなかったです。しかし、熱心なスタッフの方々に恵まれ、また妻や家族友人、他にもベルリンが好きな多くの方々に助けられたり励まされたりしながら、出版にまでたどり着くことができました。この場を借りて心よりお礼を申し上げます。

配本予定日は10月2日となっていますが、実際に書店に並ぶのはその数日後になることが多いようです。多くの方に読んでいただき、また活用していだけるとうれしく思います。
どうぞよろしくお願い致します。

(以下、本の帯より)
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地球の歩き方シリーズ初、
待望のベルリンガイドブック誕生!

比類なき歴史を抱えつつ、
明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。
「ドイツで最もドイツらしくない」といわれる
この町の知られざる魅力を、
現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介!

掲載エリア
ベルリン東地区
 ミッテ地区1~3
 プレンツラウアー・ベルク地区
 フリードリヒスハイン地区

ベルリン西地区
 ティーアガルテン地区1,2
 シェーネベルク地区
 シャルロッテンブルク地区
 クロイツベルク地区1,2
 ノイケルン地区

ベルリン全体図&交通路線図のほか、
各エリアごとにおすすめの散策ルート付き!

コラム
 ベルリン現代史(上下)
 ベルリンとユダヤ人
 映画に見るベルリン
 黄金の20年代

上記のほかにも、「素顔のベルリン」を
知るためのミニコラムが満載!

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by berlinHbf | 2009-09-14 11:45 | ベルリンを「読む」 | Comments(43)

西日本自転車の旅(2)

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また身内ネタで恐縮ですが、自転車で九州まで旅をしていた私の弟が昨日最後の目的地に無事到着したようです。九州に入った後も、福岡、長崎、島原、鹿児島、指宿、知覧、宮崎、阿蘇の山越えと九州をほぼ一周しました。この1ヶ月間の走行距離を聞いたら、2720キロくらいとのこと。お疲れ様でした^^;)。

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ありがたいことに、このブログを読んでくださっている九州の方から「ウチに泊まっていってもいいよ」などと声をかけてくださる方もおり、実際宮崎ではブログで知り合ったAさんという方に市内を案内していただいたそうです。こんな特大のカキ氷もごちそうになったみたいで、Aさん、どうもありがとうございました(Aさんのブログ)。

弟が各地で受けたいろいろな方々の親切が身に沁みたのは、私自身21年前に九州と四国を旅して、たくさんの人に親切にしてもらったのが記憶に刻まれているからです。1988年、小学校を卒業した春休みに四国、中学1年の夏に九州を一周したのが私にとっての初の1人旅でした。それはそれは大冒険でした。松山に住む母の友人宅にお世話になった以外は、ずっとユースホステルを利用していましたが、一度、指宿のYHで知り合った水俣在住のおじさんの家に泊めてもらったことがありました。今回の弟の旅行中、母がたまたま私の21年前の旅のアルバムを見ていたら、そのおじさんの住所が目に入り、思い切って電話をしてみたそうです。母によると、最初はつっけんどんの反応だったそう。「しかし、すぐにあっ、あの少年の?とわかりました。お母さんは亡くなり、自分は胃ガンに2ヶ月前になり、確か16キロ痩せたと悲観的でした。たーちゃん(弟)の話をしたら何かあったら連絡くださいと。人を受け入れる心は変わっていませんでした」とメールにあり、胸が熱くなりました。

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あと、これもちょっと感動的だったのが、弟が四国に渡り、今回も松山の母の友達にお世話になった時のこと。私が訪ねた時は確か小学4年生ぐらいだった娘さんが、いまは小学校の先生となり、『西日本自転車一周の旅をしてきたお兄さんに教室で貴重な旅の話をしてもらえないだろうか?』とのご依頼で2クラス分の児童を前に自分の経験談を話してきたそうです。

松山からは「しまなみ海道」を渡り、行きも通った尾道(冒頭の写真)に戻って来ました。これが今回の最終地点でした(大学の授業も始まるので、帰りは鉄道で帰るとのこと)。彼の自転車旅行をリアルタイムで追いながら、私は21年前の自分の旅をたどっているような気分でした。

弟の最終日の旅日記にこんなことが書かれていました。
一ヶ月前の自分と、何が変わったかはわからない。

他のみんながインターンとかやっていた中、ぼくは走っていただけだった。時間の無駄遣いと言われるかもしれない。

それでもこの旅をやって良かったと心から思う。

受けた親切は数え切れないほどある。
場所も聞いた。食べ物ももらった。相談もした。泊めてもらった。迎えに来てくれた。

今までは、人に頼らないで生きるのが立派な人間なんだと思っていた。

けど、まったく逆だった。

人の助けを受けながら、困っている人を助けながら、生きていていくのが人の世なんだと知った。

だから今度はぼくが周りの人たちに親切にする番。そう思えただけでもいい旅だった。

せわしない日常ではつい忘れがちになってしまうことだよなあと思ました。こういうことを肌で実感できただけでも、彼にとってこの旅の意義はあったのでしょう。

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by berlinHbf | 2009-09-12 11:14 | ドイツから見た日本 | Comments(3)

『ドイツの原子力物語』(P.アウアー原著)

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昨年末、日本のある新聞社のベルリン支局にお邪魔した時、たまたま本棚にこの本が目に入った。ちょっと気になる内容だったのだが、短い時間だったので貸してくださいとも言えずそのままになっていた。それから半年以上経ったある日、家のポストに小包が入っていて、空けてみたら何とこの本だった。送り手はベルリンの知り合いの方。その方の知人がこの本の翻訳をしたそうで、私が以前このブログで原爆について何かを書いたのを覚えており、「興味がおありのようなので」と送ってくださったのだった。ちなみに、その方には数年前何度かお会いしただけである。こういう目に見えないところでのつながりというのは、本当にありがたいと思う。

原題は「ダーレムからヒロシマへ」というドイツ語の本で、訳者は外林秀人と外山茂樹の両氏。そのうち外林氏はベルリン在住の化学者で、自身が広島の被爆者ということでお名前は存じ上げていた。たまに講演などもされているようなのだが、残念ながら私はまだ直接お目にかかったことはない。

この物語の核となっている人物は、1938年12月に核分裂を発見した化学者オットー・ハーンと研究員のフリッツ・シュトラスマン。そしてもう1人、リーゼ・マイトナーという重要な女性物理学者がいるのだが、彼女はナチスのユダヤ人迫害により、その時スウェーデンに亡命していた。話は20世紀初頭のマイトナーとハーンの出会いから始まる。最初は純粋な科学的真実の究明だったのが、いつの間にかマンハッタン計画と結びつき、ポツダム、そしてヒロシマへと至る過程が、わかりやすい言葉で書かれている。私はツェツィーリエンホーフ宮殿に比較的よく行くので、広島の原爆投下がアメリカ大統領のトルーマンによってポツダム郊外で決定されたことは知っていたが、その根本の原理であるウランの核分裂反応が発見されたのも、ベルリン南のダーレムであることは知らなかった。

ハーンとシュトラスマンが核分裂反応を発見したダーレムのカイザー・ヴィルヘルム化学研究所は、現在「オットー・ハーン会館」として残っているというので、場所を調べてみたら、このブログで何度か紹介しているイエス・キリスト教会から300メートルと離れていないことがわかった。記念碑も掲げられているらしいので、人類の歴史を変えたその場所を今度訪れてみたい。


「ドイツの原子力物語」-幕開けから世紀をこえて-
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by berlinHbf | 2009-09-06 23:28 | ベルリンを「読む」 | Comments(3)

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