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ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
「素顔のベルリン」増補改訂版
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(Amazon、全国各書店にて発売中)

本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

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豊富なビジュアルとドイツ語フレーズを楽しめる1冊。基本のあいさつ表現から、街にまつわるドイツ語豆知識まで、ガイドブックとともに旅に役立つ会話集です。




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地球の歩き方シリーズ初、待望のベルリンガイドブック誕生!比類なき歴史を抱えつつ、明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。「ドイツで最もドイツらしくない」といわれるこの町の知られざる魅力を、現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介。


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メンデルスゾーンの弦楽交響曲を聴く

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作曲家フェリックス・メンデルスゾーン=バルトルディの200回目の誕生日が近づいて来た。2月のコンサートではメンデルスゾーンの作品が多く並ぶ他、2月3日(13時)の命日にはメーリングダムの共同墓地で公式の追悼式典が行われるなど、ライプチヒと並んで縁の深いベルリンは大々的にこの作曲家を偲ぶことになっている(公式ページはこちら)。

関連記事:
ベルリンの人々(1) - フェリックス・メンデルスゾーン - (2006-01-14)

メンデルスゾーンは大好きな作曲家の1人だ。単に好きというだけでなく、心の奥底で共鳴する何かを感じる。また、メンデルスゾーン一家をとりまく歴史・文化史は、ヨーロッパという枠組みにおいても極めて興味深い。今日から2回に分けて、私の好きなメンデルスゾーンの曲とディスクをいくつか紹介してみたいと思う。

まず最初は『弦楽のための交響曲』。これはメンデルスゾーンが12~14歳にかけて書いた作品で、全部で13曲ある。5つの交響曲に比べると知名度は劣るし、16歳から17歳に書いた弦楽八重奏曲や《真夏の夜の夢》序曲の完成度に及ばないのも確かだが、これがなかなかの名作揃いなのだ。

中でも私が好きなのは「第12番ト短調」。この音楽に出会ったのは、2006年1月に亡くなったヨハネス・ラウ前大統領の国葬の時だった。ベルリン大聖堂での式の様子がテレビで中継されていたのだが、その途中で弦楽交響曲の2楽章「アンダンテ」が演奏された。とても瑞々しく清澄な音楽だと思った。

後に、この時の演奏曲目を決めた連邦大統領府儀典長のレーアさんから、ラウ大統領が生前メンデルスゾーンの音楽を高く評価していたこと、そして教会と世俗をつなぐ意味を込めて弦楽交響曲の1曲を選んだのだというお話を伺った。メンデルスゾーンの音楽がかつて政治権力によって捻じ曲げられたことを思うと、ドイツ前大統領のこのエピソードはとても好ましいと感じた。ラウさんのお墓は、文化人が多く眠るドロテーエン・シュタット墓地にある。

2楽章だけでなく、バッハを思わせる厳しい対位法で書かれた1楽章、そして疾走する中に気品をたたえた弦楽ソロが印象的なフィナーレも好きだ。CDでは、コンセルト・ケルンによる2枚組みの素晴らしい演奏で聴ける。

関連記事:
メンデルスゾーンと壁崩壊の関係 (2008-11-10)

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by berlinHbf | 2009-01-30 13:43 | ベルリン音楽日記 | Comments(4)

特選ベルリン街灯図鑑(11) 「『ゲルマニア』の跡」

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Straße des 17. Juni (2008-12-09)

かれこれ1年ぐらいストップしていたこのシリーズですが、実はまだ続きがあるので^^)、ぼちぼち再開しようと思います(これまでの記事は、タグの「路上観察」をどうぞ)。

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今回ご紹介するのは、ベルリンの数ある街灯の中でも特異なものの1つ。ナチスの絶頂期、「ゲルマニア」都市改造計画の東西軸に合わせて、アルベルト・シュペーア自身によって設計されたモニュメンタルなデザインの街灯です。

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この街灯を見るには、SバーンのTiergartenの駅からひたすら西へ!
6月17日通り、ビスマルク通り、カイザーダムへと続くのですが、特にビスマルク通りからのだだっ広い通りにこの街灯が並ぶ様は、なかなか壮観です(写真は「6月17日通り」にて)。オリジナルは1936年に造られているので、この先にメインスタジアムがあったベルリン・オリンピックに合わせて整備されたのでしょう。都心部に残る数少ないナチス時代の遺産です。

関連記事:
W杯カウントダウン(8) - オリンピックスタジアムにて - (2006-05-24)

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by berlinHbf | 2009-01-30 11:31 | ベルリンあれこれ | Comments(0)

ベルリンと走り続けた音 (「ベルリン 音のある街」最終回)

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当連載の最後にあたって、筆者の知人で生粋のベルリンっ子のFさんに、「あなたの記憶と深く結びついた『ベルリンの音』は何ですか?」と聞いてみた。

1939年生まれのFさんは間髪を入れずにこう答えた。「Sバーンのブレーキ音だよ。あれは他の街では聴けないベルリンの典型的な騒音だった」
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東西分断時代、ベルリンのSバーンは特殊な状況下にあった。第2次大戦後、連合国の指令によりベルリンのSバーンは一括して東ドイツ国鉄ライヒスバーンの管轄化に置かれた。それにより、たとえ西ベルリン領内を走る列車であっても収益は東側に渡ることになったのだ。

西ベルリンの人々の心境は複雑だった。1961年に壁ができると、彼らはSバーンの利用をボイコットして抗議の意思を示した。いくつかの路線は廃止され、駅は荒れ果てた。西側で運行していたのは2つの路線のみ。それでも車内は常時ガラガラだったという。

筆者と同世代のWさんは、ユーモアを交えてこう振り返る。「でも乗る人が少なかったお陰で、車両は長持ちしたと言えるかもしれませんね」。実際、 1930年代から40年代にかけて製造されたSバーンは、修理も満足になされないまま走り続けた。この旧型のSバーンが完全に引退したのは、つい最近の2003年になってからである。一体どんな音がしたのか。自分も乗ったことがあるはずだが、もはや記憶から薄れている。

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そんな折、クリスマス用の特別列車として古いSバーンが運行されるという情報を知り、大勢の子どもたちに混じって乗ってみることにした。硬い手動のドアに木製の椅子。そうそう、確かにそうだった。列車が走り出すと、うなるような独特の加速音が床の底から響いてくる。だが、肝心のブレーキ音は周りの雑音に埋もれて思っていたよりも存在感がなかった。Fさんの言う「ブレーキ音」は、東西分断下のくたびれた交通インフラ状況の中で醸し出された音であって、手入れの行き届いた保存列車では、もはや望むべくもないのかもしれない。

マンフレード・シュトルペ元連邦交通大臣が、かつてのSバーンの音についてこう回想している。

「この古い列車が消えるとともに、慣れ親しんだ物音が聞こえなくなりました。ベルリンを、あらゆる破壊を超えて、ぎこちないテーマ音楽のように1つに結びつけていた騒音が消えてしまったのです」(「ベルリン〈記憶の場所〉を辿る旅」(昭和堂)より)

現在走っている最新型のSバーンからは、もはやこの音を聞くことはできない。だが、分断時代のベルリンを生きた人には、今も記憶のどこかに通奏低音のごとく流れている身近な音なのかもしれない。


カイザー・ヴィルヘルム記念教会の鐘の音から始まった当連載は、ベルリンのさまざまな響きを経て、この失われたSバーンの音をもってひとまず終わりとなります。最後までお付き合いいただき、どうもありがとうございました。
ドイツニュースダイジェスト 1月23日)


追記:
クリスマス電車に乗った時は、その「ブレーキ音」が何であるのか実感できなかったのですが、最近Kino ArsenalBerliner Stadtbahnbilder(1982年)というマニアックな映画を観たら、今度はすぐにわかりました。列車が停止した直後に聞ける、圧縮空気が開放される音ではないかと思われます。YouTubeで見つけたこの映像でもいくらかは感じ取れますが、列車の外からの方がずっとインパクトがあります。

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by berlinHbf | 2009-01-24 21:39 | ベルリン音のある街 | Comments(7)

ベルリンの小津安二郎体験

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ポツダム広場のKino Arsenal(2003年2月)

前回に続いて、2004年のベルリン国際映画祭について書いた文章の後半を掲載します。

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去年(2003年)のベルリナーレでは、生誕100周年の小津安二郎の主要作品が取り上げられ、その後、彼の全作品が上演されるという回顧展もありました。恥ずかしいというか、面白いというか、私は黒澤映画も小津映画もベルリンに来て初めて観たのですが、数々の傑作群に触れていくにつけ、こんなすごい作品が戦後混乱期の日本で撮られていたのかと驚かずにはいられませんでした。

小津映画といえば、「晩春」「麦秋」「東京物語」といった戦後に撮られた作品群が一般には有名だと思います。私もこれをいい機会にほとんど全て観ましたが、他に何よりすばらしかったのが、「生まれてはみたけれど」という戦前(1932年)の無声映画。小津ファンの韓国人の友人に「とにかく面白いから」と言われて観たのですが、これが本当に面白いんです。子供の視点から見た、大人社会の違和感、矛盾というテーマを描いた作品なのですが、現代にも通じるメッセージを持っているし、何より心地よく笑える傑作です。ドイツ人にも大うけでした。無声映画ですが、ベルリンで無声映画が上演される時によく採られる方法で、ピアノの生伴奏付き。70年も昔の日本映画を未来都市のようなポツダム広場の映画館で、ドイツ人客と観るのは何となく不思議な気分でしたが、結局いいものは時代も国も超えて受け入れられるのだ、と思うと私はとてもいい気分になりました。

なぜこの映画について触れたかというと、私がもしずっと日本にいたら、おそらく観ないまま終わってしまったであろう可能性も高いからです。戦前の無声映画を普通の映画館で上演する機会などそうそうないでしょうし、もし機会があったとしても、お金を払って観に行く気になったかどうか。

私がこの映画を観るよう薦めてくれたのは、映画学を勉強している韓国人の女性でした。そして、黒澤明の映画を初めて通して観たのは、日本学を勉強しているドイツ人の友達の家ででした。つまり、私は日本人ではない彼らから、日本を「再発見」するきっかけをもらったのです。外国に住んでいると、日本がどんどん遠ざかっていくかというと、必ずしもそうではなく、このように日本を新たに見つめなおす機会を与えられるということが少なくありません。

それにしても、あの独特のローアングル、スローテンポの、純日本風とも言える美学に貫かれた小津の映画が、ドイツ人などに受けるのか?と思われる方もいるかもしれません。ところが、私が観た戦後の作品の上演会では、どれもほとんど大入りでした。それどころか、一番有名な「東京物語」と遺作の「秋刀魚の味」ではあまりに人が殺到し、私は結局切符が買えず、追加上演を待たなければならないほどでした。

ドイツ人(あるいは他の外国人と)見ていて面白いのは、どうしてここで笑うのか、など反応の仕方が明らかに日本人とは違うことがあることです。例えば、「彼岸花」だったかで、こういうシーンがありました。保守的で頑固な父親、自分の娘が結婚したいという相手を連れてきたが、当然受け入れない。ある日、ボーイフレンドがアパートで落ち込んでいる彼女を励ました後、「いろいろあるけれど、一緒にがんばろうよ」みたいなことを言って、最後に彼女の肩の上に手を置いて、去っていくというシーンでした。何ということのない場面ですが、ここでどっと笑いが起きたのです。私には全く「???」でした。終演後、日本人の知人を見かけたので、そのことについて話してみたら、「例えば、ドイツ人がそのような状況で彼女と別れるという時、抱きしめるか、キスをするのが普通で、肩に手を置くだけで帰っていくなんていうことはありえない。ドイツ人はそれでびっくりしたんじゃないかなあ。」とその人は言いました。
なるほど、そういうことなのかもしれません。それにしても、笑うところではないと思うのですが…

とはいえ、このような場面はごく例外で、ベルリンの観客は小津の映画を静かに見入っていたと思います。「東京暮色」という映画では、あのヴィム・ヴェンダース監督が観に訪れていました。「パリ、テキサス」や「ベルリン・天使の詩」などで知られるこのドイツ人監督は、小津映画の崇拝者としても知られ、「東京画」という小津にささげるドキュメンタリー映画を作っているほどです。

最初の話から大分飛んでしまいましたが、映画はやはりいいものです。今回は現在ベルリンで開催中の、この巨大なお祭りの話を中心に書いてみました。

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by berlinHbf | 2009-01-22 23:26 | ベルリン文化生活 | Comments(7)

ベルリン国際映画祭2004より

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Berlinale Palast(2004年2月)

このブログを始める前、「ベルリン便り」と称してこちらでの体験や感じたことを日本の友達や先輩、家族宛に一括送信のメールで報告していた時期がありました。いわばメルマガみたいなものです。先日、たまたまそれらを見返す機会があったのですが、内容は未熟ながらも当時の思いが伝わってきて新鮮に感じることもあり、そのうちの1つをここに掲載してみようと思いました。今年も近づいてきたベルリン国際映画祭(2009年2月5日~15日)をテーマにした文章(2004年に書いたもの)を2回に分けてお送りします。

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ベルリンは毎年2月のこの時期、特別華やかな雰囲気に包まれます。ベルリン国際映画祭(通称ベルリナーレ)が開催されるからです。

カンヌ、ベネチアと並んで、ベルリンが世界3大映画祭の一つだということは知っていましたが、これほどのスケールのものだとはここに来るまで知りませんでした。とにかく、街が映画祭一色に染まってしまう感じです。通りにはベルリナーレのポスターや旗が至る所に飾られ、メイン会場のポツダム広場には常に多くの報道陣が待機し、連日のようにやって来るスターたちを待ち受けます。そして、歓声とカメラのフラッシュを向ける多くの映画ファンたち。テレビやラジオの夜のニュースでは、「今日のベルリナーレ」と題して、その日の出来事や記者会見の様子などが報道されます。

ベルリナーレは単なる映画のお祭りというレベルを超えて、国家的なイベントという感さえあります。映画祭にかけるドイツ政府の財政的な援助も相当なものだそうですし、公式プログラムの挨拶文は、ヴァイセ・文化メディア大臣とヴォーベライト・ベルリン市長が書いています。数年前はシュレーダー首相の挨拶文が掲載されていたほどです。

こういうことは日本ではなかなか見られないと思います。ドイツでは経済や産業だけでなく、「文化」も国の政策上、大きな位置を占めています。誰もが質の高い芸術や、貴重な文化遺産を気軽に享受するのは当然のことだから、国をあげて保護、育成していこうという基本姿勢です。ですから、国の外にドイツの「文化力」をアピールする場としても、ベルリナーレは重要な意味を持っているのです。

もちろん、ベルリナーレを毎年一番楽しみにしているのは、ベルリン市民に他なりません。この時期、友達に会うとまず最初に「ベルリナーレ、もう何か観た?」という会話になることが多いですし、街のあちこちにある特設のチケット売り場には、連日長蛇の列ができ、この様子がテレビなどでよく報道されます。最近はインターネットでもチケットを予約できるようになりましたが、手数料がかかる上、結局チケット売り場まで行って受け取らなければなりません。そして、そこにも行列ができていることがあります。

それでは、今回の映画祭の内容を少しだけご紹介しましょう。
映画祭総監督のディーター・コスリックの挨拶文によると、今回の特徴として2つの対照的な地域の作品が取り上げられます。一つは南アフリカの映画。これは2004年が人種隔離政策(アパルトヘイト)廃止から10周年に当たるため、ヒューマニズムの歴史を祝う記念の年として、南アフリカの多くの映画、ドキュメンタリー作品が上演されるそうです。そしてもう一つの重点はラテン・アメリカ。もちろん、ハリウッドの最新映画なども上演されます。

映画祭はいくつかの部門に分かれていて、まず注目度のとりわけ高い「コンペ部門」、それから「パノラマ部門」、「国際フォーラム部門」、「ドイツ映画部門」、「短編映画部門」、「子供映画部門」、「回顧展」(今年のテーマは「ニュー・ハリウッド 1967-1976」)と非常に多彩です。また「ベルリナーレ・スペシャル」と題する部門では、特定の監督を祝ったり、一風変わった試みがなされます。その中でとりわけ興味深いのは、映画祭最終日に、映画館ではなくコンサートホールの「フィルハーモニー」で上演される《春の祭典》という映画。これはその名の通り、ストラヴィンスキーのバレエ音楽《春の祭典》のために作られた無声映画です。監督のオリバー・ヘアマン監督は映画完成直後の昨年9月に40歳という若さで亡くなったそうで、今回のプレミエでは、サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルハーモニーの生演奏をバックに上演されるというのですから、これはベルリンならではの話です。

日本映画はというと、今年は例年より大分少なめです。まず、2年前に「千と千尋の神隠し」がグランプリ(金熊賞)を受賞したコンペ部門で、日本映画が一本も含まれていません。これは僕が知っている過去4回のベルリナーレでは初めてのことで、やはり非常に残念という印象は否めません。

(つづく)

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by berlinHbf | 2009-01-21 23:57 | ベルリン文化生活 | Comments(2)

ゲルリッツ公園横の"Cafe Mir"

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先週の日曜日、お昼のブランチを求めてクロイツベルクの通称SO36地区へ行って来ました。ゲルリッツ公園の隣のLübbener Straßeに面した、何度か入ってみておいしかったZAPATAという店に行ってみたのですが、改装中なのかつぶれてしまったのかは知りませんが閉まったまま。そこで、その真向かいにある"Cafe Mir"というカフェに入ってみました。この辺りはカフェの数が比較的多いので、こういう時に便利です(写真は左からラテマキアートとホワイトチョコレート)。

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角の入り口から中に入ると、そこは奥に細長く伸びる構造が特徴的なカフェでした。奥に入る時に、階段を何段か下りるので天井が一際高く感じられます。左側がガラス張りの調理場になっていて、大きな窓からは温かい日差しが差し込んでいました。

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私が頼んだのはノルウェー風オムレツ(6.3ユーロ)。サーモンが乗っかっている他、オムレツの中には小さなエビがちりばめられていておいしかったです。妻曰く、「山川恵里佳似の」ウェイトレスさんも大変感じがよく◎でした^^)。

Cafe Mir
Lübbener Str.1
10997 Berlin
Te.: 030 - 612 88 700

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その後、久々にゲルリッツ公園を散歩したのですが、完全にスケートリンクと化していました。公園の中ほどにある不思議な巨大クレーターもご覧の通り。よかったら、いつか紹介した下の春の風景と比べてみてください。

ベルリンはあれから日中5度前後まで気温が上がってきました。ゲルリッツ公園の雪もすっかりその姿を消していることでしょう。

関連記事:
緑豊かなベルリンの公園 (2007-05-07)
駅を改装したクロイツベルクのカフェ (2008-01-17)

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by berlinHbf | 2009-01-20 14:31 | ベルリン発掘(西) | Comments(6)

旧トレゾア跡のいま

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先日、雪景色のティアガルテンを散歩した後、ポツダム広場、ライプチヒ広場を通ってU2のモーレン通り駅までさらに歩いた。ライプチヒ広場の東側の広大なスペースは、この気候状況の中で一層鮮やかだった。

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この場所については、3年前に変容するライプチヒ広場(2)で紹介したことがある。当時はまだ戦前、そして分断時代の何がしかの痕跡が残っていたのだが、それも今はもうないはずだ。

関連記事:
変容するライプチヒ広場(1) (2006-02-08)
変容するライプチヒ広場(2) (2006-02-10)

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これも3年前の2月に撮影したもの。かつてこの一角にあった、戦前のヴェルトハイム百貨店の金庫室を利用したトレゾア(Tresor)というクラブは、90年代のベルリンで一世を風靡した。

参考サイト:
たくさんの物語 (Goethe-Institut)

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旧トレゾアは2005年の4月で幕を閉じたが、私はその空間の中に一度も足を踏み入れなかったことを今でも後悔している。これは、クロイツベルクのケペニック通りにある現在の「トレゾア」の様子。

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この一角にもう一つ私の興味をとらえる建物がある。建物というより、正確には廃墟なのだが・・・(3枚目の写真の背後にも写っている)。かつての官庁街ヴィルヘルム通り側に回って、その廃墟に近づいてみよう(200番のバスからもよく見える)。

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これがDDR時代の遺構なのか、あるいは戦前のものなのか、自分でも調べているのだが、いまだに掴めないでいる(場所はWilhelmstr.とVoßstr.の角)。壁の崩壊から20年経っても、ベルリンの中心部には過去の亡霊のような建築物がいまだ存在する。だが、そんな得体の知れないものまでを含めて、この町は私を魅了して止まないのだ。

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by berlinHbf | 2009-01-17 19:20 | ベルリン発掘(境界) | Comments(10)

「冷たい累積」 BZ Lexikon (174)

最近話題になっている戦後最大規模と言われるドイツの景気対策に関する記事です。1月13日の紙面より。

Lexikon: Kalte Progression(冷たい累積)

Die kalte Progression wird auch als schleichende Steuererhöhung bezeichnet. Sie bewirkt, dass Arbeitnehmern nach einer moderaten Gehaltserhöhung oft weniger Geld bleibt als vorher. Schuld sind das deutsche Steuersystem und die ständige Geldentwertung. Auf dem Lohnzettel steht zwar ein höherer Bruttobetrag, der wird über einen höheren Steuersatz aber auch stärker besteuert. Der Steuersatz fängt für Ledige mit 15 Prozent bei einem zu versteuernden Jahreseinkommen von 7 665 Euro an und beträgt bei 52 152 Euro 42 Prozent. Bei Top-Verdienern ist von 250 001 Euro an (Ledige) ein "Reichensteuer"-Satz von derzeit 45 Prozent fällig.

訳)「冷たい累積」は、「忍び足の(緩慢に進行する)増税」とも呼ばれる。それは、給与の穏やかな増額の後、労働者の手元に残る額がそれ以前よりしばしば少なくなるという結果をもたらす。責任はドイツの税制と絶え間ない通貨価値の下落である。給与明細書には高めの支給額が記されているが、税率が高くなり強めの課税もなされる。その税率は、税を支払った年収が7665ユーロの場合15%の独身者から始まり、年収が52152ユーロの場合は42%に達する。トップクラスの所得者の場合、250001ユーロの所得には(独身者)現在45%の「裕福者税」率がかけられる。

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by berlinHbf | 2009-01-17 12:57 | BZ Lexikon (101-150) | Comments(2)

よみがえるベルリンの王宮

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2年半かけて行われてきた旧東ドイツ時代の共和国宮殿の解体作業が終わりを迎える昨年11月末、ベルリンの将来に関する大きな決定が下されました。共和国宮殿に代わって新たに建てられる「フンボルト・フォーラム」の建築コンペで、15人の審査員が全員一致でイタリア人建築家フランコ・ステラの作品を勝者に選出したのです。

プロイセン時代に端を持ち、1950年に東ドイツ政府によって爆破されたベルリン王宮を再建すべきか否かは、この15年間、ベルリンのみならずドイツの将来に関わる中心議題であり続けました。しかし、王宮の復古という形ではなく「フンボルト・フォーラム」という名称の複合文化施設として再建を決定していた連邦政府は、これで2010年の着工に向け本格的に動き出すことになります。

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現在、コンペに参加した30作品がウンター・デン・リンデンの皇太子宮殿(Kronprinzenpalais)に展示されているというので、先日見てきました。連邦建設省主催のこのコンペでは、バロック様式のファサード(正面)3面はオリジナルの外観を保つというのが条件。残りの東側のファサードと屋上のドーム、及び中庭のデザインは建築家に任されました。中には斬新で奇抜なデザインの作品も見られましたが、ステラの建築はオリジナルの外観にかなり忠実に沿ったもので、素人目にはやや殺風景に感じられた東側の現代的な部分も、「建築家の自我が前面に押し出ることなく、バロック様式のリズムに沿って形成している」などと評価されたようです。

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「フンボルト・フォーラム」は、プロイセン文化財団が所有する非ヨーロッパの美術コレクション、ベルリン市図書館、フンボルト大学所蔵の学術コレクションという3つの核で成り立っており、その他、アゴラと呼ばれる残りのスペースはコンサートや映画の上映、現代アートの展示、カフェ、レストランなどに利用されます。

東西再統一後、ベルリンは新しい未来を予感させる工事現場にその時々彩られてきました。例えば90年代のポツダム広場、2000年代に入ってからのベルリン中央駅などです。2014年末に完成予定の「フンボルト・フォーラム」が、今度は新たにその役割を担うことになるのでしょう。
ドイツニュースダイジェスト 1月16日)

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by berlinHbf | 2009-01-14 14:07 | ベルリンのいま | Comments(6)

ティーアガルテンの「迷宮」にさまよう

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Tiergarten(2009年1月6日)

ある都市で道が分からないということは、大したことではない。だが、森のなかで道に迷うように都市のなかで道に迷うには、習練を要する。この場合、通りの名が、枯れ枝がポキッと折れるあの音のように、迷い歩く者に語りかけてこなくてはならないし、旧都市部の小路は彼に、山あいの谷筋のようにはっきりと、一日の時の移ろいを映し出してくれるものでなければならない。この技術を私が習得したのは、ずっとのちのことである。

ヴァルター・ベンヤミンの「1900年頃のベルリンの幼年時代」の「ティーアガルテン」の章はこのように始まる(「ベンヤミン・コレクション③記憶への旅」ちくま学芸文庫より引用)。

私がこの本に出会ったのは、2001年の春だったと思う。ベンヤミンに詳しい方から、当時私が住んでいたアパートがベンヤミンが幼年期に住んでいた場所と非常に近い距離にあって、当時のその界隈の様子が描かれていることを教えてもらい、これはぜひ読んでみなければと思ったのだった。私がベルリンで最初に住んだアパートの濃密な思い出とベンヤミンの祖母の家との関連性については、以前書いたことがある。

関連記事:
ベルリン生活は家探しから(3) -100年前のアパート- (2005-11-14)
ベルリン生活は家探しから(4) -歴史との接点-
ベルリン生活は家探しから(5) -ベンヤミンとベルリン-
ベルリン生活は家探しから(6) -「生き残った」アパート-

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高度に詩的で難解な部分もあるこのエッセーだが、冒頭に引用した「ティーアガルテン」の最初の文章は出会った時から好きで、特に「森のなかで道に迷うように都市の中で道に迷う」という感性に惹かれた。その後の文章をいくつか引用してみよう。
そこに至る道はベンドラー橋を渡っていくもので、やわらかに反ったこの橋の昇りが、私にとってはじめて体験する丘の斜面になった。そのたもとからほど遠からぬところに、目指すものがあった。フリードリヒ・ヴィルヘルムの像と、ルイーゼ王妃の像である。円形の台座のうえに聳え立つ彼らは、ひと筋の水の流れがその足許の砂地に描いている魔法の曲線によって呪縛されているかのように、花壇のあいだから姿を覗かせていた。
ベンヤミンがたどったのと全く同じ道を通って、初めてルイーゼ王妃の像の前にたどり着いた時は感動したものだ。また、アパートから徒歩5分の距離にこれだけ静かで心休まる場所があることにも驚いた。

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けれども私は、この王侯たちに目をやるよりも、その台座を見ることの方が好きだった。台座に描かれているもののほうが、その意味関連はよく分からなかったにしろ、空間的に身近だったからである。
「ベンヤミン・コレクション③記憶への旅」の充実した注によると、この台座側面のレリーフは対ナポレオン解放戦争時の「婦人の働き」を描いたものだそう。

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この迷宮には何かしら重要なものが潜んでいることを、前々から私は像の前広場に感じ取っていた。それはとりとめのない、ごくありふれた広場で、秘密をそっと漏らしているものはそこには何もなかったが、辻馬車や儀装馬車の行き交う大通りからわずかしか離れていないここにこそ、この公園の最も不可思議な部分が眠っているのだ。
ルイーゼ像の前の広場は、初夏になると花々が咲き乱れる非常に美しい庭園なのだが、冬場のこの日はご覧の通り。小さな川の向こうに、フリードリヒ・ヴィルヘルムの像が立っている。

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ティーアガルテンの中をしばらくさまよっていると、マタイ教会(写真奥)のお昼の鐘が白銀の風景の中に溶け込んできた。ベンヤミンのエッセーにも描かれているこの教会の遥かなる響きを聞いていると、どこかしら遠い過去と対話しているような、そんな気分になった。

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by berlinHbf | 2009-01-12 23:56 | ベルリン発掘(西) | Comments(8)

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