ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


by berlinHbf

プロフィールを見る

中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
「素顔のベルリン」増補改訂版
¥1,680
ダイヤモンド社
(Amazon、全国各書店にて発売中)

本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

Amazonにてネット購入ができます。



『街歩きのドイツ語 』
¥1,575
三修社

豊富なビジュアルとドイツ語フレーズを楽しめる1冊。基本のあいさつ表現から、街にまつわるドイツ語豆知識まで、ガイドブックとともに旅に役立つ会話集です。




『素顔のベルリン 過去と未来が交錯する12のエリアガイド 』
¥1,575
ダイヤモンド社
(2009年発売)

地球の歩き方シリーズ初、待望のベルリンガイドブック誕生!比類なき歴史を抱えつつ、明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。「ドイツで最もドイツらしくない」といわれるこの町の知られざる魅力を、現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介。


現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

ベルリン更新情報
2013/02/20 up

ベルリン個人ガイドのご案内

執筆、ガイド、コーディネートなどのご依頼、お問い合わせはこちらまで(これまでの出版・寄稿実績)→
masatoberlin[AT]
yahoo.co.jp

ドイツ語ブログ
Berlin no kaze
1/18 up!「Schreiben auf deutsch über Japan」

※お願い
当ブログの写真や文章に関する、無断での転写・転用を禁じます。
© Copyright 2005-2015 Masato Nakamura. All Rights Reserved





検索

フォロー中のブログ

ニューヨークの遊び方
foggyな読書
おやぢの部屋2
怠け者の備忘録
庭は夏の日ざかり
資料館の書庫から
Morios Tagebuch
Prost Familie!
田口ランディ Offic...
長坂道子「ときどき日記」
ほにゃく犬の字幕ほにゃく日記
まめびとの音楽手帳
blue in green
毎日ベルリン!
大栗博司のブログ
好きを仕事にする大人塾「...
Trans Europe...
ヤッホー!今日はどちらへ?
ドイツ木組みの家街道 -...
Sayako's Con...
こなな日記 Vol.2

外部リンク

<   2008年 02月 ( 19 )   > この月の画像一覧

日本よりベルリン関連本が届く!

e0038811_815429.jpg
数日前、日本から箱に入った重い小包が届きました。送り主は東京のgramophonさんという方。80年代に西ベルリンの在住経験があり、このブログも以前から読んでくださっています。昨年末に「置き場所のなくなったベルリン関連本を差し上げたく船便で送ります」というメールをいただいたことは覚えていましたが、箱を開けてみてびっくり。いまや絶版の貴重な本ばかりだったのです。例えば、50年代の西ベルリンの建築を紹介した写真集(写真左)とか、橋口穣二さんが80年代から90年代初頭にかけて撮った非常に印象的な写真集「自由」と「Berlin」、まだ観たことがないレニ・リーフェンシュタールの『意志の勝利』のDVDなどで、中でも驚いたのがE.ロータース編の「ベルリン 1910-1933 芸術と社会」(岩波書店)という1995年に出版された本。図版が豊富で、定価1万3000円という豪華本です。まったくこんな貴重な本の数々をいただいてしまっていいのだろうかと思いましたが、gramophonさんからのメールによると、
自分で取って置きたいのですが、もう場所がありません。
古本屋に賣つたところで、端金にしかなりませんから、
それなら、大事にしてくれる友人に差し上げた方が本の爲でもあります。
とのことで、実際にお会いしたことは一度もないというのに本当にありがたいことです。せいぜい私の今後のベルリン研究(?)に役立てたいと思いますし、印象に残ったものはブログでも折に触れて紹介していきます。
gramophonさん、本当にどうもありがとうございました!

人気blogランキングへ
by berlinHbf | 2008-02-28 23:57 | ベルリンあれこれ | Comments(2)

アウシュヴィッツへの旅(6)-「つまずきの石」ドキュメント(下)- 

e0038811_6375733.jpg
ヴェディングのオステンダー通りにて(2007年12月)

計5つのつまずきの石が埋め込まれた後、集まった付近の住民を囲んで小さなセレモニーが始まった。前回ご紹介したグンター・デムニッヒ氏は、いつの間にかその場から姿を消していた。

e0038811_6382291.jpg
ヴェディングの教区の牧師コンスタンツェ・クラフトさん(右)と区長と思われる人がそれぞれ挨拶、それから石の周りに花を添えた。かつてここに住んでいた5人の犠牲者のことを、「われわれの隣人」と呼んでいたのが印象的だった。

e0038811_6385142.jpg
その後、女性の歌い手が出てきて、明るいテンポの歌を2曲ほど披露していった。これがつまずきの石やユダヤと関係がある歌なのかどうか、聞いておくべきだったと後になって思う。

e0038811_6391710.jpg
牧師のクラフトさんに少し話を聞いた。
このつまずきの石プロジェクトは教会がイニシアチブを取ることが多いのだという。それはキリスト教会が第2次大戦中の強制収容所に送られたユダヤ人を救えなかったことに対して罪の意識を抱いていること。そして、昔から戸籍票は教区が管理しているという実務的な理由も関わっている。犠牲者の遺族からつまずきの石を埋めてほしいという依頼を受けると、戸籍などから彼らが当時どこに住んでいて、その後どういう運命をたどったのかを調べる。必要な場合は遺族などに手紙を書いて情報提供を求める。実際に石を埋めるまで、半年から1年近くかかるそうだ。つまずきの石プロジェクトが、募金のみで賄われていることもそのとき知った。

アウシュヴィッツへの旅はまだ終わらない。

人気blogランキングへ
by berlinHbf | 2008-02-27 01:29 | 欧州を感じる旅 | Comments(4)

イル・ジャルディーノ・アルモニコのヴェネチア・バロック!

大分前から楽しみにしていたイタリアの古楽グループ、イル・ジャルディーノ・アルモニコのコンサート(24日、フィルハーモニー室内楽ホール)。ところが、この日の大事なインタビューの仕事が長引いて、前半最後の曲からしか聴けませんでした(残念・・・)。当夜のプログラムは"A VENEZIA!"と題して、17世紀から18世紀にかけてヴェネチアで生まれた音楽をほぼ年代順に演奏していくというもので、前半はカステッロ、メールラ、ブオナメンテ、レグレンツィといった相当知られざる作曲家の作品が並んでいました(聴かれた方の感想も聞いてみたいところです)。後半のヴィヴァルディのアルトリコーダーのソナタ、ガルッピのコンチェルトはどちらも短調のしっとりした曲だったせいもあってか、このアンサンブルを形容するときによく使われる「過激」とか「先鋭」とかいう感じはあまり抱きませんでした。最後のヴィヴァルディのピッコロ協奏曲は、指揮をしながら笛を吹くアントニーニお得意の見事というしかないパフォーマンスでしたが、ベルリン・フィルをバックに縦笛を吹きまくるアントニーニ(そのときの感想はこちら)をすでに2回聴いているせいか今回はさほどの衝撃は受けず。

e0038811_10255282.jpg
前半を聴き逃したこともあって消化不良な感は大ありでしたが、最後のアンコールは文句なしにすごかった。リュートのなだらかな伴奏に乗って、エンリコ・オノフリとマルコ・ビアンキという2人のヴァイオリンの名手が交わす超絶的なやり取りと緻密でクールな伴奏。なんだかジャズの即興を聴いているようでもあり、とても400年近く前の音楽とは思えなかった。曲のタイトルが後からどうしても気になったので、楽屋に行って演奏者に直接聞いてみたら、Tarquinio MerulaのCiaccona per due violini e basso continuoという前半に演奏した曲とのこと。家に帰って見つけたアルモニコのViaggio MusicaleというCD(写真)に実は収録されていたので(笑)、早速聴いてみましたが、確かに同じ曲なんだけれど、受ける印象は微妙に違う。いまこの瞬間に音楽が生まれてきたようなみずみずしさとそれを全身で受ける喜び、あれこそがライブの醍醐味なのでしょうね。そんな体験をさせてくれたイル・ジャルディーノ・アルモニコは、またいつか生で(今度は最初からゆっくり)聴いてみたいです。

Originalklang
Auf Einladung der Berliner Philharmoniker
Giovanni Antonini Flöten und Leitung
Il Giardino Armonico:
Enrico Onofri Violine
Marco Bianchi Violine
Stefano Barneschi Viola
Paolo Beschi Violoncello
Giancarlo De Frenza Kontrabass
Luca Pianca Laute
Riccardo Doni Cembalo

Dario Castello
Sonata decimaquinta a quattro
Tarquinio Merula
Canzone a Quattro »La Lusignola«
Ciaccona per due violini e basso continuo (アンコールで再演)
Giovanni Battista Buonamente
Sonata per tre violini e basso continuo
Giovanni Legrenzi
Sonata seconda a quattro op. X
Antonio Vivaldi
Concerto für Flöte, Streicher und Basso continuo C-Dur RV 444
Concerto für Blockflöte, Streicher und Basso continuo c-Moll RV 441
Baldassare Galuppi
Concerto a quattro g-Moll
Antonio Vivaldi
Concerto für Flöte, Streicher und Basso continuo C-Dur RV 443

人気blogランキングへ
by berlinHbf | 2008-02-26 02:17 | ベルリン音楽日記 | Comments(10)

アウシュヴィッツへの旅(5)-「つまずきの石」ドキュメント(上)- 

e0038811_131883.jpg
アウシュヴィッツから帰って数週間後の昨年12月半ば、ヴェディング地区に住む友達からちょっと耳寄りな話を聞いた。彼女が住むアパートの前にいくつかの新しい「つまずきの石」が埋め込まれるらしく、その後小さなセレモニーが行われるというのだ。つまずきの石はベルリンの通りを歩いているとよく見かけるが、いつ、どのようなきっかけで埋め込まれるものなのかは何も知らなかった。かなり興味を引かれたので、その日の昼ヴェディングのオステンダー通り2番に行ってみることにした。

e0038811_131325.jpg
1時少し前、その場所に着くともう作業が始まっていた。「つまずきの石(Stolpersteine)」は、ベルリンに生まれ現在はケルン在住のアーティスト、グンター・デムニッヒ(Gunter Demnig)氏が1992年に始めたプロジェクトで、ナチス政権の犠牲になったユダヤ人、反体制活動家、同性愛者、ロマといった人々を弔い、記憶の忘却から防ぐために、彼らがかつて住んでいた場所に赴いて、名前、生れた年、死亡年とその場所が刻まれた10センチの正方形の石を、その町の協力を求めながら埋め込んでいったのだ。ベルリンで初めてつまずきの石が埋められたのは、1996年のこと。現在まで、その数はドイツを中心に約1万4000個にも達するという(日本にもあるらしいのですが、本当?)。

e0038811_1321393.jpg
これがそのデムニッヒ氏ご本人で、カウボーイハットがトレードマークらしい。1万個以上の石は全て本人が現地に赴いて、自分で埋め込んだのだろうか?だとしたらすごいことである。まず路上の敷石を取り除き、次にコンクリートの土台に固定されたつまずきの石を埋め込んで、いま最後の仕上げをしているところ。

e0038811_1395120.jpg
アパートの住人や通りすがりの人が彼の周りに集まり、その様子を興味深く見守っている。5つの石の埋め込み作業は15分ぐらいで終わり、その後小さなセレモニーが始まった。

(つづく)

人気blogランキングへ
by berlinHbf | 2008-02-22 19:03 | 欧州を感じる旅 | Comments(12)

ベルリンフィルの3人のコンサートマスター

先日、ベルリン・フィルの往年のコンサートマスター、ミシェル・シュヴァルベさんのインタビュー記事を掲載しましたが、私のブログを以前から熱心に読んでくださっているla_vera_storiaさんが「ベルリンフィルの3人のコンサートマスター」というタイトルの回想録を寄稿してくださいました。とても興味深い内容だったので、ご本人の了解を得て、ここに掲載させていただくことにしました。長い文章ですが、興味のある方はぜひご覧ください。
e0038811_3355324.jpg
ベルリンフィルの3人のコンサートマスター(la_vera_storiaさん寄稿)

ベルリン中央駅さんのブログで、ベルリンフィルの元コンサートマスターのミシェル・シュヴァルベ氏へのインタビュー記事が出たのを非常に興味深く読みました。

華やかなりし自己のキャリアの全盛時代を、カラヤンという指揮者の下で演奏できた喜びを誇りをもって語っている...そういう印象でした。それは、かつてのベルリンフィルのティンパニ奏者だったヴェルナー・テーリヒェンや、ウィーンフィルの楽団長だったオットー・シュトラッサーの語る亡きフルトヴェングラーへの賛辞とはまた違った意味で興味深かったですね。

70年代初頭よりこのオーケストラに頻繁に接してきた私にとっては、やはり依然としてベルリンフィルハーモニー管弦楽団(以下、BPOと略記)の第一コンサートマスターといえば、ミシェル・シュヴァルベ(以下、MS)トーマス・ブランディス(以下、TB)、そしてレオン・シュピーラー(以下、LS)の3人が非常に印象深いです。80年代に入ってから以降の安永徹さん(以下、TY)ダニエル・スタブラヴァ(以下、DS)のお二人も親しみを感じます。 その後にコンサートマスターになった方々は....少なくとも私にとっては印象が薄く、もうどうでもよいような存在です。最初に名前を出した3人が第一コンサートマスターだった時代、これこそ私にとってのBPOは「仰ぎ見る存在」だったわけです。
e0038811_3403418.jpg
MS、TB、LSの3人体制だった時代、カラヤンの指揮するコンサートでは常に第一ヴァイオリンの第1プルトにはこの3人のうち2人が座っていました。 組み合わせは3通りで、(MS+TB)、(MS+LS)、(TB+LS)ということになります。これはあくまでも私の記憶ですが、(MS+TB)、(MS+LS)の組み合わせでは、第1プルトの表(客席側)は常にMSだったはずです。一方、(TB+LS)の時は、表は2人が交互に座っていたと思います(カラヤン以外の指揮者の場合で第1プルトに第1コンサートマスターが常に2人座っていたコンサート...これは私の記憶ですが、ヨッフム、ベーム、ジュリーニの3人ではなかったでしょうか)。このお三方とも実に堂々としていました。その中でもひときわ威厳があったのはミシェル・シュヴァルベでした。オーケストラのメンバーを起立させ、そして彼はメンバーを代表して一人で聴衆に一礼するわけですが、それはもうこの人が指揮者であってもおかしくないというほどの仰々しいほどの貫禄でした。この人がいると、会場の雰囲気も違って感じたほどでしたね(TBやLSよりも出番の回数は非常に少ないようでしたが、そのことがかえってMSの威厳をより強く感じさせた原因なのかもしれません)。このMSのコンサートマスターとしての存在を見ていると、「このコンサートは日常生活の延長なのではなく、それを超えた特別のものなのだ」ということを無言で示しているようなものでした。それだけではなく、ステージでのMSを見ているとMSは他のメンバーより一段高い地位にいるという印象も受けましたし、多分MSもそれを自覚して振舞っているように思えました。

さて、この3人ですが(あくまでも私個人の印象)、「音」そして「音楽」ともに「BPO臭」が最も薄かったのは、意外なことになんとMSだったように思います(これは同じように実演を聴かれた多くの方の意見を聞いてみたい気もします)。反対に、最も「BPO臭」が濃かったのはトーマス・ブランディス(TB)でした。LSはこの中間よりややTB寄りでした。こういう比較というのも、オーケストラ作品でソロの部分があった箇所での比較になります。TBには「強さ」、「濃さ」、「粘り」が存分にありました。こういう要素はMSには希薄でしたが、一方でMSにはTBにはあまり感じない「柔軟性」、「しなやかさ」がありました。ですから、カラヤンがブラームスの第1交響曲とかシュトラウスの「英雄の生涯」を指揮するときには常にMSがコンサートマスターだった(単にMSに対する信頼感だけではなく、つまりそれらの曲のソロ部分ではカラヤンはTBの音ではなくMSの音を求めていた)といえるのかもしれません。マーラーの第9交響曲などの場合も同様のケースだったかもしれません。カラヤンはブラームスの第1交響曲の第2楽章や「英雄の生涯」のソロの箇所では、私の見た限りではいっさいMSに視線を送ったのを私は見たことがありません。それは完全にMSを信頼していたからでしょう。一方カラヤンがウィーンフィルを指揮したとき、コンサートマスターのヘッツェル氏やキュッヒル氏がソロの箇所があるときは、この2人が弾く際に彼らに視線を落とすのはよく見ました。MSとTBの比較に非常に近いのは、オーボエのシェレンベルガーとローター=コッホとの比較だろうと思います。後者は「強靭さ」、「濃さ」、「粘り」がありました。つまりTBの音楽に近いわけです。一方で前者は「柔軟性」「しなやかさ」そして「透明」で「嫌味のない」音楽でした。

MSとTBの違いは、彼らが室内楽のメンバーとして演奏する場合にもっとはっきり出てきたように思いました。MSが参加した場合は、とりたててBPOの影を感じるといったことはなかったように思いましたが(もっとも、私がそれを実演で聴く機会はたった一度だけでしたが)、TBが主宰していた四重奏団は何度も聴きましたがそれはもうリーダーのTB以下、メンバーは完全に小型BPOの音がしていました。私が好きだったのはTBがコンサートマスターの表側で登場した場合でした。そしてこの場合にチェロの首席にオトマール・ボルヴィツキー(以下、OB)が座ろうものなら、その夜は本当に白熱的な演奏が100%約束されたようなものでした。TBとOBの視線の頻繁なやりとり、呼吸の見事さ、そしてお互いに掛け合いでもするかのように大きく体を動かしてオーケストラを引っ張っていくときの気合は凄かったです。OBというのは、私に言わせれば「ミスターBPO」とでも言うべき人で演奏中の気迫が外に発散してきて、それはもう凄いものでした。TBとの相性もよかったようでしたしね。一方、MSがコンサートマスターの場合は、MSとOBの「掛け合い」というものはほとんど感じませんでした。ただ、OBの気迫がそれによってさほど弱められたりはしていないようには見えましたが。

レオン・シュピーラー(LS)については、「対比の鮮やかさ」と「性格的表現」にその特徴があるように思いました。ですから、「ティルオイレンシュピーゲル」などのソロの部分などでは実に見事でした。LSはTBやMSがBPOを去ったあと、実質上はBPOのコンサートマスターのリーダー格でした。カラヤンの指揮でそれまではMSが弾いていたソロを彼が弾くようになりました。やはりカラヤンは新顔のコンサートマスターの安永さん(TY)やスタブラヴァ(DS)よりも、古顔のLSにソロを託したのでしょうか。LSはそれに見事に応えていたように思いました。MSが定年でBPOを去った後にカラヤンは再び「英雄の生涯」をプログラムで取り上げますが、この時は当初は安永さんが第1プルトの表(つまりソロ)を引くことになっていたものの確か直前でLSに変更になりました。ですから、80年代の映像・録音ではLSがソロを弾いています。ここらあたりの事情は微妙ですね。理由は上記のようなことではないでしょうか。

ミシェル・シュヴァルベ(MS)がカラヤンを敬愛していたのと同様に、カラヤン及びシュトレーゼマンもMSに全幅の信頼をよせていたこと、これはもう間違いない事実と思われます。 ....ただしかし、どうも私の心の中で一点のシミのように感じなくもない点があります。それは、BPOとあのカラヤンの関係が一時的に悪化した時代ですが、確かカラヤンの指揮のコンサートでMSの「BPO引退記念」に彼がコンチェルトを弾くプログラムが(作曲者を思い出せません、メンデルスゾーンだったかな?)が発表されていましたが、カラヤンとBPOの関係悪化でカラヤンが事前にキャンセルした時がありました。カラヤンの「代役」は小沢征爾さんでした。ところが「代役指揮者」が発表されるや否やMSは直後にキャンセルしてしまった...そういうことがありました。今にして考えてみますと(これは憶測の域を出ませんが)、MSはベルリンの聴衆やBPOよりも「カラヤンの側」を選択した...そういうことだったのかもしれません。それぐらいカラヤンを敬愛していたということでしょうけれども、それが正しい行動だったのかどうかについては議論がなくもないでしょう。おっと、これはあくまで「憶測」を前提にした話ですので、軽率には言えますまい。

人気blogランキングへ
by berlinHbf | 2008-02-20 19:45 | ベルリン音楽日記 | Comments(8)

カフェ「ケーキの王様」

e0038811_8452035.jpg
11日間のベルリナーレが終わって一息つきたいところですが、もう次の取材の準備が待っています。せめて気分だけでもということで、今回は私の好きなカフェを一軒ご紹介しましょう。場所は例によって(?)クロイツベルク、オラーニエン広場に面したレストラン兼カフェの"Kuchenkaiser"です。直訳すると「ケーキの王様」という名のこの店は、クロイツベルク時空散歩(8)でも触れたことがあります。

e0038811_848477.jpg
ここでケーキを選ぶときは毎回目移りします^^;)。先月末久々に足を運んだときにはミルヒカフェと卵入りリキュール(Eierlikör)のケーキを注文しました。トロンとした食感が美味でした。

e0038811_8483089.jpg
かつては運河が流れていたオラーニエン広場を眺めながら、コーヒー片手に一息つくときの気分は何物にも代えがたいものがあります。「ケーキの王様」にまつわる話で私が好きなのは、近所に住んでいた作曲家のパウル・リンケ(「ベルリンの風」で特に有名)がよくここにやって来てはカードゲームに興じていたというエピソードで、そんなことを想って飲むコーヒーは心なしかよりおいしく感じられます。

Kuchen Kaiser
Oranienplatz 11-13
10999 Berlin /SO36
Tel: 030-614 02 697

人気blogランキングへ
by berlinHbf | 2008-02-19 01:44 | ベルリン発掘(西) | Comments(8)

「実録・連合赤軍」がベルリナーレで受賞

e0038811_9014.gif
ベルリナーレの受賞作品が決まりました(くわしくはこちらにて)。

前回の記事でご紹介した若松孝二監督の「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」が2つの賞を受賞したそうです。ほんの少しだけとはいえ、自分が今回直接関わった映画がこのような賞を受賞し、大変うれしく思いました。映画祭最終日の今日、「実録・連合赤軍」も12時半よりポツダム広場のKino Arsenalにて最後の上映があります。

若松監督「連合赤軍」などが受賞 ベルリン映画祭で
(2008年02月16日21時19分, asahi.comより)

 開催中の第58回ベルリン国際映画祭で16日、若松孝二監督「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」が、アジア映画の秀作をたたえるNETPAC賞を贈られた。「実録~」は映画祭の中でも前衛・実験的な作品を集めたフォーラム部門に参加していた。あわせて、国際芸術映画評論連盟賞も贈られた。
 「実録~」は連合赤軍の成立や訓練中の「粛清」、警察との銃撃戦を生々しく再現した。
 また、荻上直子監督「めがね」が、新味ある芸術表現が評価されてマンフレート・ザルツゲーバー賞を贈られた。

以下はベルリナーレの公式サイトPreise Unabhängige Jurysのページから抜粋。

Preise der C.I.C.A.E.
Forum
United Red Army

von Wakamatsu Koji
United Red Army ist ein interessanter und beeindruckender Film, der es seinem Publikum erlaubt eine tiefgehende kinematografische Erfahrung zu machen. Das Schicksal der radikalen jungen Menschen von damals nachzuerleben, ist auch für junge Menschen von heute eine wertvolle Erfahrung. Es ist ein Film, der auch in seiner Länge nicht schwächer, sondern stärker wird. Sein Thema ist ein interessanter Startpunkt für Diskussionen.

訳)「実録・連合赤軍」は、聴衆に深い映画体験をもたらす、興味深く感銘を与える映画だ。当時の過激な若者の運命を追体験することは、今日の若者にとっても価値ある経験となるだろう。作品の長さも短所ではなく長所になる映画であり、そのテーマは議論のための興味深い開始点となっている。
e0038811_4124479.jpg
Kino Arsenalでの上映後、質問に答える若松監督(右)。

人気blogランキングへ
by berlinHbf | 2008-02-17 00:12 | ドイツから見た日本 | Comments(11)

「実録・連合赤軍―あさま山荘への道程」

e0038811_7215736.jpg
若松孝二監督の最新作、「実録・連合赤軍―あさま山荘への道程」をツォー駅近くの映画館Delphiで観ました。実は当日になって仕事で関わることになり、急遽観に行くことになったのです。平日の昼間とはいえ、かなり大きな映画館の7割ぐらいは埋まっていました。映画祭最終日(日曜)のArsenalでの上映はもう完売らしいので、ベルリンの人々の関心も上々というところか。

映画は3時間10分の長丁場。前半は当時の映像も交えて、あさま山荘事件に至るまでの過程が原田芳雄さんのナレーションで語られます。途中、凄惨なリンチや粛清が長々と続くシーンでは席を立つ人もちらほらいて、私もさすがに観ていてしんどくなりましたが、それ以降、(特にあさま山荘の場面になってからは)聴衆は固唾を呑んで画面に見入っていました。日本では4月に上映されるそうなので、若い人にもぜひ観てほしい作品です(映画の中で頻繁に出てくる女子学生、どこかで見たことがある顔だと思ったら坂井真紀さんでした!すごい久々に見ました)。

ただ、20代前半の若者があの時代どうしてああいう行為に走ったのか、私にはなかなか実感として理解しにくかった。(現代のいじめにも通じるところのある)リンチや粛清はなぜ起こったのか。あれは日本特有の現象なのか。上映後の質疑応答でそういったことを聞いているドイツ人もいましたね。1968年から今年で40年ですが、ドイツでの語られ方は日本とかなり違うところがあります。シュレーダー元首相やフィッシャー元外相といった68年世代の人たちが(実際に活動もしていた)、政界のトップに上り詰めたこともあって、この国では一種のポップカルチャーというか、少なくともマイナス一辺倒で語られることはないように思います。この違いはどこから来るのでしょう。

上映にはドイツ赤軍(RAF)の元メンバーや、あの時代盛んに活動し「緑の党」の創立メンバーだった女性も観に来ていて、上映後日本からのテレビチームが熱心に話を聞いていました。

e0038811_7211476.jpg
1968年といえば、現在ツォー駅横のAmerika Hausで"68 - Brennpunkt Berlin"という興味深いテーマの展示会が開催されています。この映画を観てから、近々足を運ぼうと思いました。

United Red Army
Japan, 2007, 190 min
Regie: Wakamatsu Koji
Darsteller: Namiki Akie, Sakai Maki, Arata, Jibiki Go, Onishi Shima, Uda Takaki, Kokido Toshimitsu, Tamoto Soran, Okuniki Kaoru, Sano Shiro, Harada Yoshio

人気blogランキングへ
by berlinHbf | 2008-02-14 23:57 | ドイツから見た日本 | Comments(23)

カラヤンを支えた名コンサートマスター

e0038811_18103147.jpg
今年は指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908~1989)の生誕100年にあたる。各種CDが復刻発売されるほか、ゆかりの地では記念コンサートが予定されているようだ。カラヤンが指揮したベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏が、20世紀後半以降のクラシック音楽に及ぼした影響は計り知れない。このカラヤンとの黄金期を約30年にわたって支え続けた往年のコンサートマスター、ミシェル・シュヴァルベ(Michel Schwalbé)氏にベルリン・ダーレムの自宅で話を伺った。

e0038811_18161289.gif
シュヴァルベ氏は現在88歳。しかし、いったん話し始めるとその鋭い眼光とエネルギーに圧倒される。7ヶ国語を流暢に使いこなし、頭の回転の速さにも驚くばかりだ。1957年のベルリン・フィル初来日以来、無類の日本好きでもある。

氏のこれまでの歩みは、ヨーロッパの歴史そのものといえる。両親は現在のウクライナに住んでいたが、ロシア革命を逃れて1000キロ以上を“歩いて”ポーランドに渡った。1919年にそこで生を受ける。9歳でヴァイオリンを始めるやいなや、たちまち神童として名をとどろかせ、特例により12歳でワルシャワ音楽院を卒業、その後パリに留学。国際コンクールで優勝するなど、輝かしいキャリアをスタートさせたが、第2次世界大戦により南フランス、次いでスイスへ逃れる。そこで指揮者アンセルメに見出され、25歳でスイス・ロマンド管弦楽団のコンサートマスターに就任する。

カラヤンとの出会いは、戦後まだ間もないルツェルン音楽祭にて。その後、ベルリン・フィルの指揮者となったばかりのカラヤンから、コンサートマスターになってもらえないかと要請を受けた。

「私は当時、教授職、コンサートマスターなど、5つの職を兼任していた。すでにスイスは自分にとって第3の故郷となっていたし、彼らも私を引き留めるのに必死だったよ。最終的にベルリン行きを決断させたのは、音楽への愛とカラヤンという磁力の存在だった」

e0038811_18113426.jpg
ロンドン公演後のカーテンコールで、カラヤン(右)といっしょに

「カラヤンは私が出会った指揮者の中で最大の天才だ。その能力には初めて会ったときから惚れ込んでしまった。音楽的才能、敏捷性、首尾一貫性、賢明さなどで私を驚かせただけでなく、人間的にもこの上なく愛していたよ。私たちはほかの誰よりもお互いを理解し合っていた。ウィーン・フィルなど世界的なオーケストラがその後私を引き抜こうとしたけれど、カラヤンとベルリン・フィルへの強い忠誠心ゆえ、私は西ベルリンという政治的に不安定な街に留まったんだ。カラヤンも、私が病気で参加できないときにはレコーディングを中止するほど私を信頼していたし、私の意見にはいつも耳を傾けた。彼との信頼関係は最後まで変わらなかった」

ドイツ在住は50年になり、自分の「もう一つの家」だというベルリン・フィルの演奏会には、杖をつきながら今でもほぼ毎回聴きに出かけている。

e0038811_18115855.jpg
カラヤンの“愛弟子”、小澤征爾氏と

若い人々に何かを遺したいという思いがとりわけ強い。昨年1月には自宅を訪れたヴァイツゼッカー元大統領と、ヨーロッパ、特にドイツやポーランドの若者の将来について2時間にわたって議論したという。

「音楽は人間の思考力や感情表現の成長に、計り知れないほどいい影響を及ぼす。私はいまでも若い人々に音楽を教えることに熱意を持っているし、彼らのために何ができるかいつも考えているんだ」
ドイツニュースダイジェスト 2月8日)

人気blogランキングへ
by berlinHbf | 2008-02-12 23:08 | ベルリン音のある街 | Comments(10)

三日月の夕暮れ時に

e0038811_199731.jpg
日中の気温が12度ぐらいまで上がった先週末は散歩日和となりました。2日間とも夕暮れ時の空の色が印象的だったので、何枚かアップします。

e0038811_1994351.jpg
Unter den Linden (Am Bebelplatz)

e0038811_19112744.jpg
ドイツ歴史博物館(I. M. Pei設計の展示ホール)

e0038811_21532168.jpg
こちらはその前日(土曜)に撮ったもの。プレンツラウアーベルクのLychener Straßeにて。

e0038811_19121278.jpg
最後はやはり三日月を背景に。

人気blogランキングへ
by berlinHbf | 2008-02-11 14:12 | ベルリンのいま | Comments(7)

カテゴリ

Deutsch
ベルリン中央駅
ベルリンのいま
ベルリン個人ガイド
ベルリン発掘(西)
ベルリン発掘(東)
ベルリン発掘(境界)
ベルリン発掘(全般)
ベルリン思い出話
ベルリンの人々
ベルリン音楽日記
ベルリン文化生活
ベルリン子育て日記
ベルリンを「観る」
ベルリンを「読む」
ベルリンあれこれ
ベルリン天使の降りた場所
ベルリン音のある街
ベルリンクイズ100
ベルリンリンク集
ドイツ全般
ドイツから見た日本
サッカーWM2006他
欧州を感じる旅
- 2005ウクライナ紀行
ドイツ語関連
ニッポン再発見
その他
BZ Lexikon (Berlin)
BZ Lexikon (1-50)
BZ Lexikon (51-100)
BZ Lexikon (101-150)
BZ Lexikon (151-200)

タグ

(113)
(112)
(111)
(107)
(105)
(97)
(96)
(87)
(86)
(78)
(73)
(67)
(66)
(64)
(58)
(55)
(54)
(46)
(42)
(40)

以前の記事

2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
more...

最新のコメント

山根正次のサインが「玄洋..
by 浦辺登 at 10:25
コメントありがとうござい..
by berlinHbf at 04:46
今、NHKBSで「ベルリ..
by 流れ星 at 01:14
Yozakuraさん ..
by berlinHbf at 02:26
Masatoさま  肝..
by Yozakura at 12:34
Masatoさま  未..
by Yozakura at 12:26
kokhavさん こち..
by berlinHbf at 06:13
長い間、ありがとうござい..
by kokhav at 22:30
焼きそうせいじさん 大..
by berlinHbf at 05:57
年に1回の日本での授業に..
by 焼きそうせいじ at 19:31
ヒガシモンさん 詳細な..
by berlinHbf at 17:02
kokhavさん >み..
by berlinHbf at 16:49
冬風さん コメントあり..
by berlinHbf at 16:46
続き…今回ドイツ宛へ物を..
by ヒガシモン at 15:44
マサトさん>ご返信ありが..
by ヒガシモン at 15:20
おかえりなさいませ。 ..
by kokhav at 23:31
ベルリンからの長旅お疲れ..
by 冬風 at 20:21
ヒガシモンさん こうい..
by berlinHbf at 18:51
軒国彦さん はじめまし..
by berlinHbf at 18:48
桑原さん ご丁寧なコメ..
by berlinHbf at 17:49

ブログパーツ

※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません

最新の記事

10年分の感謝、ひとまずのお..
at 2015-08-03 23:23
上棟式を迎えたベルリン王宮
at 2015-07-18 22:29
指揮者キリル・ペトレンコのこと
at 2015-07-13 23:09
発掘の散歩術(60) - 番..
at 2015-07-08 14:18
ポツダムの新庭園へ!
at 2015-07-04 10:49
発掘の散歩術(59) - 7..
at 2015-06-13 16:43
マルティン・グロピウス・バウ..
at 2015-06-08 10:18
山梨での週末
at 2015-06-02 00:54
長男誕生3、4ヶ月目 - 日..
at 2015-05-23 21:39
旧カール・マルクス書店が文学..
at 2015-05-17 14:12
ドイツニュースダイジェストの..
at 2015-05-10 15:00
発掘の散歩術(58) - S..
at 2015-05-10 13:48
変わりゆくツォー駅周辺
at 2015-05-01 18:52
「西ベルリン」の回顧展
at 2015-04-20 21:23
NHK『テレビでドイツ語』新..
at 2015-04-10 17:01

記事ランキング