ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
「素顔のベルリン」増補改訂版
¥1,680
ダイヤモンド社
(Amazon、全国各書店にて発売中)

本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

Amazonにてネット購入ができます。



『街歩きのドイツ語 』
¥1,575
三修社

豊富なビジュアルとドイツ語フレーズを楽しめる1冊。基本のあいさつ表現から、街にまつわるドイツ語豆知識まで、ガイドブックとともに旅に役立つ会話集です。




『素顔のベルリン 過去と未来が交錯する12のエリアガイド 』
¥1,575
ダイヤモンド社
(2009年発売)

地球の歩き方シリーズ初、待望のベルリンガイドブック誕生!比類なき歴史を抱えつつ、明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。「ドイツで最もドイツらしくない」といわれるこの町の知られざる魅力を、現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介。


現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

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秋の山陽・佐賀紀行(1) - 列車で佐賀に行く -

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          早朝の岡山駅にて(11月24日)

今回の日本滞在はいつもより比較的長いこともあって、一度は遠出をしたいと思っていた。

行きたい場所がたくさんある中、私は九州の佐賀を目指すことにした。佐賀には大学オケ時代の友人Kくんが住んでいる。最近結婚したので、そのお祝いも兼ねて久々に会いたかったのと、他に何か目的がなければ佐賀などという地味な場所を旅行するということもそうないだろうと思ったからだ。関西や北の方にも惹かれたが、九州にはもうかれこれ15年間、足を踏み入れていないというのもあった。それにしても、佐賀県には一体何があるのだろうか。干潟、有明海、ムツゴロウ、吉野ヶ里遺跡、有田焼、田んぼ、「のだめ」の故郷(笑)・・・。私が思い浮かぶ佐賀というのはざっとそんなところだった。

11月23日(祝)、横浜発22時24分の「サンライズ瀬戸」で出発。「ノビノビ座席」なるものを購入したが、これは船に見られるような広々した座敷席を区切って2段ベッド状に配置したものといえばいいだろうか。スペースは比較的ゆったりしているものの、いかんせん寝台ではないので床が固く、なかなか眠りにつくことができない。とはいえ、刻々と移り行く夜の風景を肴にしての夜行列車の旅はやはりいいものだ。

何とか3時間ぐらいは眠れたが、頭がぼーっとしたまま6時27分に岡山着。岡山を7時発の鈍行に乗ると、4回ほど乗り換えて佐賀には最短で夕方の5時過ぎに着く。だが、Kくんの仕事の様子を鑑みて9時ぐらいまでに着けばよかったので、どこかで途中下車をする余裕があった。岡山から佐賀まで鈍行で行くという酔狂なプランを思いついたのは、瀬戸内海に沿って走る山陽本線の車窓をのんびり眺めながら九州に向いたかったからだ。

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福山を過ぎると、やがて左手に朝日を浴びた瀬戸内海が見えてくる。幸いいい天気だ。さて、私が降りてみたいなと最初に思った町は尾道だった。到着直前、列車は右に大きくカーブして坂の多い尾道の町を一望できる地点に差し掛かるのだが、そこからの眺めは大好きな映画「東京物語」のワンシーンを思い出させるに十分だった。しかし、寝不足からまだ頭が回転しないので、今回は残念ながらパス。いつかゆっくり歩いてみたい町だ。

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三原を過ぎると、今度はひなびた山村の風景に変わる。何気ない秋の情景なのだが、ドイツの風景に見慣れた人間には妙に心に沁みる。海があって、山があって、川が流れていて、田んぼがあり、晩秋の草木はほどよい色合いを見せている。柿か何かの果実の色が風景によく映えること。からぶき屋根の民家も何軒か見かけた。変化に富んだ日本の自然はすばらしいなと改めて思う。たとえ、頻繁に見かける広告看板の類が目障りだとしても。

やがて徐々に建物が密集するようになり、9時47分広島着。私は迷わずここで下車した。

(つづく)

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by berlinHbf | 2006-11-28 14:09 | ニッポン再発見 | Comments(4)

東京ぶらり散策(1) - 北千住編 -

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北千住の飴やさんにて(11月19日)

今晩から数日間旅行に出るので、ブログはまたしばらくお休みになります。

東京散策の写真がたまってきたので、第1回目の北千住編をアップします。といっても今ゆっくり書く時間がないので、とりあえず写真だけ載せて、それについてのコメントは旅行から帰ってからにさせてください。
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この日は最後、肉豆腐の有名なお店、「大はし」で締めました。

それではみなさん、よい週末を!

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by berlinHbf | 2006-11-23 20:46 | ニッポン再発見 | Comments(4)

東京の密度

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実家近くの通りにて(11月22日)

日本に帰って来てからというもの、更新が滞ってしまい、マメにチェックしてくださっている方には申し訳なく思っています。

ここ数日は東京を往復することが多いのですが、片道1時間半の電車の中で昨日こんなことを考えていました。

私は大学時代、実家のある横須賀から東京まで1時間半かけてほぼ毎日通っていたのですが、これってなかなかすごいことだったんだなあと今になって思います。ベルリンに住んでいてこれだけの時間列車に乗ることは普通あまりないですし、1時間半列車に乗ったら国境を越えてポーランドに行ってしまいますよー^^;)。ベルリンはドイツで一番大きい町ですが、普段生活していてそもそも1時間以上かけてどこかに行くということはほとんどありません。コンサートや芝居を観に行っても大体30分以内で家に帰って来れるし、深夜でもバスや地下鉄が走っているので、タクシーを使わずに家までたどり着くことができます。

東京ではそうはいきません。まず当然のことながら終電というものがあります。久々に人に会っても、横須賀に住む私は10時半ぐらいになったら帰りの電車を気にしなければならない。いいコンサートを聞いた後などでも、余韻に浸りながらゆっくり食事することさえままなりません。山手線に乗ると、品川で京浜急行に乗り換えるわけですが、終電も近いというのにスーツ姿の人々の多さに今さらながら驚かされます。当然まず座れません。大学時代の私のように、東京から1時間以上かけて通勤、通学している人などざらなのでしょう。疲れきった人々の表情・・・

このように挙げていくときりがありませんが、私にしたって、知り合いや友達の多くは東京に住んでおり、面白そうなコンサートやイベントなども東京に集中しているので、結局2時間近くかけて東京に出かける頻度が増えていきます。しかし、政治、経済から商業、文化に至るまで、これだけ東京に集中しているというのは、果たしていいことなのだろうか。久々に東京の人の波に揉まれていると、いろいろ考えさせられます。

とはいえ、私は東京が嫌いというわけではありません。昨日は念願(?)の上野、谷中周辺を散策しましたが、私の知らなかった東京がそこにはありました。アップしたい写真もかなりたまってきたので、近いうちにまとめたいと思っています。

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by berlinHbf | 2006-11-22 03:12 | ニッポン再発見 | Comments(4)

秋の箱根路をゆく

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車中から望む江ノ島(11月16日)

今週、今回の私の日本滞在でおそらく最大の買い物であろう、新しいデジカメを買いました!今まで使ってきたCASIOのデジカメは超コンパクトで使いやすかったのですが、いかんせんズームと接写ができないのが難点でした。このブログで食べ物の写真が少なかったのは、実はそのことと関係があります。

今回購入したCanonのIXYはこの点をかなり解消してくれると共に、画質も1.2(!)→7.1万画素へと大幅アップ。ベルリンへ戻ってから写真を撮るのも楽しみです。それにしても、これまでこのブログの95%以上の写真は、決して高性能というわけではないCASIOのカメラで撮ってきたので、心からお疲れ様と言ってやりたい気持ちです。まあ、このカメラにはこれからもちょくちょくお世話になるとは思いますが。

さて、おニューのデジカメを携えて、先日日帰りで箱根に行って来ました。いい天気なのにかなりもやがかかっていて、富士山がほとんど見えなかったのは少々残念でした。

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箱根峠付近から望む芦ノ湖、そして駒ケ岳(左)と二子山。

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芦ノ湖を車で半周した後、大涌谷に寄りました。私がここに来るのは小学校の遠足以来だっただけに、懐かしかったですね。観光客の6割ぐらいは外国人で、中国語、韓国語、英語はもちろん、ドイツ語まで乱れ飛んでいました。

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大涌谷に行ったことのある人ならわかると思いますが、硫黄のにおいまで伝わってきませんか?

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新しいデジカメのおかげで、このような接写が可能になりました。これは大涌谷名物の黒タマゴ(6個入りで500円)。ほくほくしていておいしかった~。

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かすかに頂を覗かせた富士山。この後は強羅に抜けて、箱根駅伝のコースに沿って湯元まで下り、温泉に浸かって帰途につきました。紅葉はまだそれほどではありませんでしたが、箱根の秋を満喫しました。

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by berlinHbf | 2006-11-18 12:28 | ニッポン再発見 | Comments(8)

逗子・渚橋より

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横須賀の隣の市、逗子の渚橋から見た日没時の様子です(11月9日)。

ここ最近は曇っていることが多いですが、私が帰ってから数日間の夕焼けはすばらしいものでした。ここから望む富士山は、この近辺ではベストアングルのひとつだと思います。その下に江ノ島も見えますね。

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by berlinHbf | 2006-11-18 10:43 | ニッポン再発見 | Comments(0)

今回のベルリン土産から

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日本に帰って来てから約1週間が経ちましたが、気候は温暖で、食べ物はどれもおいしく、それだけでもう十分に充実した日々です^^)。やっぱりパンより米だよなあと自分が日本人だとつくづく実感しますが、今回ベルリンから持って来た食べ物関係のお土産を一部ご紹介しましょう。

まず写真左手はRabienのバウムクーヘン。
これは前回の日本帰国から、実家へのベルリン土産の定番になりました。おそらく日本で一般に想像されるほど、コンディトライと呼ばれるドイツのケーキ屋さんでバウムクーヘンを見ることはあまりないのですが、シュテーグリッツ(Steglitz)にあるRabienのバウムクーヘンは本当においしい。日持ちもするので、ベルリン土産にもおすすめの一品だと思います(HPには日本語のページもあります)。

そしてその隣の座布団のような巨大なパン!
これは私のアパートの近所にあるSolunaというパン屋の薪窯で焼かれた、Rundringと呼ばれる黒パンです。日本に帰る数日前、留守中のアパートの郵便物の管理などをお願いしている親切な隣人のカップルと「何かいいベルリン土産はないかなあ」と話していたら、このパン屋でバイトしているというJoannaさんが勧めてくれ、日本行きの前日に彼女がわざわざ私の家まで届けてくれたのです。パンなんてすぐに固くなってしまうのではと最初は思いましたが、Johannaさんによると種類によっては日持ちのいいパンもあるらしく、何よりSolunaはビオ製品しか使わないおいしいパン屋さんとしてとても有名なのだとか。数ヶ月前には日本のパン雑誌が取材に訪れたそうです。このRundringはライ麦を使った酸味のある黒パンで、日本人の口に合うか多少不安でもあったのですが、幸いこちらも概ね好評でした。しかし、直径35センチのボリュームは半端でなく、いろいろな人に配ってもなおさばき切れず、残りは冷凍庫に保存してあります。

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by berlinHbf | 2006-11-14 02:41 | その他 | Comments(12)

横須賀の海辺より

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横須賀・馬堀海岸の遊歩道にて(11月8日)

しばらくご無沙汰していました。
7日に帰国した後、実家のパソコンの調子が悪くてブログの更新はできなかったのですが、もう大丈夫です。日本でも折に触れて書いていけたらと思っています。

今回は私の実家のある神奈川県横須賀市の紹介も兼ねて、数日前に見たすばらしい夕暮れ時の風景をご紹介しましょう。時間の経過に沿って写真を並べてみます。まず1枚目の写真、正面のビルの右側に富士山のシルエットが浮かんでいるのが確認できるでしょうか。

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ぽつりと浮かぶのは東京湾唯一の自然島、猿島。

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さらに海沿いに南下すると走水の坂にさしかかります。
徐々に威容を現す富士山。

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圧巻はこの坂を上り切った地点からの眺めでした。
富士山の稜線の美しさ。その右手には丹沢山系の山並みまでそのシルエットを見せています。海と山の風景がかもし出す情緒。こういう風景はドイツのどこに行っても見られないでしょう。ああ日本だなあ、としみじみ思いました^^)。

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17時3分。鴨居港からの眺め。日没が迫ってきました。遠くに見える3本の煙突は、久里浜にある東京電力の火力発電所です。

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by berlinHbf | 2006-11-12 12:15 | ニッポン再発見 | Comments(12)

ベルリンの幼年時代 - メヒティルトさんに聞く(1) -

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メヒティルトさんの父親と愛車のフォルクスワーゲンの写真(10月17日)

「ベルリン・インタビュー」のお1人目、メヒティルト.Tさんに伺った話の初回分をアップします。今回は自分のルーツからベルリンでの幼年時代、音楽との出会いの話(彼女は実はワグネリアンなのです)などが中心です。メヒティルトさんには興味深いお話をたくさん聞かせてもらいましたが、とにかく昔のことをよく記憶されているのには驚かされました。少々長いですが、お読みいただけるとうれしいです。私は明日、日本に向けて発ちます。

- 両親と先祖、そしてベルリン

マサト(以下斜体):最初に、メヒティルトさんのご両親、そしてご先祖とベルリンとの関係についてお聞かせいただけますか?

メヒティルト: 両親は2人ともベルリンで生まれました。父はミッテ(1905年)、母はシェーネベルク生まれ(1908年)で、まさにシュプレー川の水で洗礼を受けたわけです。

2人の祖母もベルリンの人ですが、祖父は他の町の人です。一人は東プロイセン、もう一人はハルツ地方の出身でした。

東プロイセン出身の祖父はエルビング(Elbing. 現在はポーランド領)という町で絵描きをやっていました。でもそれだけでは生活できなくて、仕事を求めてベルリンにやって来たんです。当時はそういう理由で多くの人がベルリンに集まって来ました。私は祖父が描いた絵をまだ何枚か持っています。

もう一人の祖父は、ハルツ地方で帽子関係の商人として働いていました。あの時代の人々はみんな帽子をかぶっていたでしょう。

さらにその上の曽祖父と曾祖母になりますが、男性の系列がみんな他の町出身なのに対して、女性の系列はみんなベルリーナーなんです。私はそのことを誇りに思っています(笑)。

曽祖母(Urgroßmutter)の1人は1848年の3月革命の8週間前に生まれたのですが、当時の市街図を見ると、彼女の家の前に外敵の侵入を防ぐためのバリケードが張ってあったことがわかります(と言って、当時の地図を見せてもらう)。だから私はいつもこういう絵を想像するの。生後8週間の曾祖母が寝ている、その家の前にバリケードが張られているという絵をね。

そうそう、1848年の革命の時の話で、もう一つ面白い話があるのよ。

何ですか?

メヒティルト:エルビングに住んでいた私の祖父の父親、つまり曽祖父が、新しい生活を始めようとベルリンまで歩いてやって来たんです(注:エルビングからベルリンまでは直線距離で約400キロある)。ところが、ベルリンはちょうど革命の最中で市門が閉鎖されていて、町の中に入ることができなかった。彼は本当にがっかりして、でもどうしようもないから、結局シュテティンまで歩いて、そこから船でエルビングへ戻ったんですって。

彼はその後どうしたんですか?ベルリンに再びやって来たのですか?

メヒティルト:いいえ、エルビングに留まりました。ベルリンに来るのは、その息子の代になってからです。

この話はどこで知ったのですか?

メヒティルト:私の母がよく聞かせてくれました。だって素敵な話でしょう。
私の両親は1927年に結婚して、ベルリンのミッテに住んでいました。母は再婚でした。父は商人で、乳児の食品を売る仕事という関係上、幸運にも軍隊行きを免れたんです。両親はあの戦争の間、ずっとベルリンにいました。まさにミッテのど真ん中で生き延びたのは、幸運だったとしか言いようがありません。私が生まれたのは1949年の1月25日です。

- メヒティルトさんの幼年時代と当時のベルリン

私の母と同い年なのですね。当時、ミッテのどこに住んでいらしたんですか?

メヒティルト:終戦直後の写真を見せるわ。実は昨年、父の100歳の誕生日を祝った際に、写真を整理しました。もちろん父はとっくに亡くなっているけど、祝ってやらなければと思ったんです。

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メヒティルト:ミッテとクロイツベルクの境、マリアンネ広場の近くです。これがその家だけど、その周りは完全に焼け野原になっているのがわかるでしょう。この辺は85%以上が瓦礫になりました。戦後この周辺はソ連セクトの南端に属し、アメリカセクトと境を隔てていました。

今のライヒ通りのアパートに越してきたのは、私が生まれた翌年の1950年のことです。私の母は事務的な手紙からプライベートの手紙まで、全てカーボン紙に写して書き、予備を残しておいてくれたので、私はとても喜んでいるのですが、当時の手紙の中にこんなことが書かれています。「この家の周りは緑が多く、瓦礫が運んでくる埃にまみれることもありません」。生まれたばかりの娘にとっても、いい環境だと思ったんでしょうね。クロイツベルクの家は狭くて日当たりも悪かった。おまけにソ連セクトでした。ここに越してきたのは、そのことが一番の理由だったかもしれません。以来50年以上、私はずっとこの家に住んでいます。

子供の頃はベルリン市内をよく歩きましたか?

メヒティルト:私の父は、当時まだそれほどポピュラーではなかった車を持っていて(常にフォルクス・ワーゲンでした)、ベルリンのいろいろなところへ連れて行ってくれました(↑冒頭の写真)。そういうことがあって、私は子供の時から故郷の、つまりベルリンの歴史に興味を持つようになったんです。あと、家族の歴史もそうね。両親はとても忙しかったけれど、日曜日にはよくグルーネヴァルトの森を一緒に散歩しました。

幼少期に好きだった場所は?

メヒティルト:それは簡単よ。家の前と家の横、あと家の裏の小さな庭ね(笑)。あと通りをはさんだ向かいに小さな公園があって、そこでよく遊びました。2週間前の日曜日に、近所を散歩した後で、久しぶりにこの公園に行ったんです。そこで孫のミロンが遊んでいる姿を見ていたら、突然子供の自分が遊んでいる姿を思い出して、全く不思議な気分になりました。50年前にそこに他に誰がいて、一緒に何をして遊んでいたかまで思い出したんです。

一人で街中へ出るようになったのはいつぐらいからですか?

メヒティルト:13歳の頃だったけれど、KaDeWeデパートに行くのが大好きでした。特にお気に入りだったのはレコード売り場、本屋、あと食料品売り場。あと学校で裁縫を習い始めたので、洋服の生地売り場にもよく行ったわね。そういうわけで、KaDeWeの中は上から下までよく通じていたんです。

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KaDeWeの内部はその時からあまり変わっていませんか?

メヒティルト:いえ、70年代に大規模に改修されて、それ以来あまり行かなくなりました。もう私のKaDeWeではなくなってしまったから(笑)。

- 音楽、そしてワーグナーとの出会い

それから13歳の時にオペラを観に行くようになってからは、友達とよくBote&Bockに行っていました。このお店知っている?

知らないです。

メヒティルト:もうなくなってしまったけれど、ハルデンベルク通りにあった大きなレコード屋さんで、レコードを視聴できる他に楽譜も売っていました。今もクーダムにあるRiedelと並んで有名なお店でした。気に入ったレコードを選んで、小さな視聴室に行ってね、そこで歌手のヴィントガッセン(Wolfgang Windgassen)に出会いました。私はヴィントガッセン派で、友達はフィッシャー=ディースカウ派(笑)。

随分早熟な子供だったんですね。

メヒティルト:母には3人の姉がいたのですが、みんな音楽が好きで全員ピアノが弾けたんです。でも椅子は一つしかないから、誰が弾くかでよく争っていたらしいわ。ちょうど今の子供たちがテレビの番組でけんかになるようにね。母は10代の時、家にあった「タンホイザー」のピアノ版の譜面で、ワーグナーをピアノで弾こうとしていました。そこにあるのが、まさにそのピアノよ。

そういうわけで、子供の頃から母は私をオペラに連れて行ってくれました。今話したフィッシャー=ディースカウ派の友達はお母さんが音楽家で、やはりよくオペラに連れて行ってもらっていたようですが、彼女はモーツァルトが好きでした。私はワーグナーの方が好きで、歌手ではヴィントガッセン。とてもいい友達だったけれど、彼女とは意見がよく分かれたわね(笑)。

劇場でのオペラ初体験は?

メヒティルト:1956年か57年だったと思います。東のコーミッシェ・オーパーでした。私の両親が有名なワーグナー歌手のマルガレータ・クローゼを個人的に少し知っていて、彼女が出演するというので、チケットを手配してもらって聴きにいったんです。両親は酷評していたけれど、私は今となってはそのオペラを観たことを誇りに思っています。それはブリテンの「アルバート・ヘリング」というオペラで、演出は有名なヴァルター・フェルゼンシュタインだったはずです。

初めてのオペラは楽しかったですか?

メヒティルト:(きっぱりと)いいえ。子供には難しかったわ。でも、普段は寝る時間に外に出るということが、子供心に興奮しました。あと、よく覚えているのが、今と違って街灯が少なく外がとても暗かったことです。

2回目に見たオペラは、1959年ヘンデルのオラトリア「ペルシャザール」をオペラとして上演したものでした。そして3回目が、1960年11月にシャルロッテンブルクの市立歌劇場(現ドイツ・オペラ)で両親と観たワーグナーの「ジークフリート」。なぜだかわからないけど、このオペラは気に入ったんです。11歳の女の子が興奮するような話ではないのにね。両親はその後「ヴァルキューレ」にも連れて行ってくれました。

ジークフリート役はヴィントガッセンでしたか?

メヒティルト:いえ、ヴィントガッセンの活動の拠点は南ドイツやウィーンで、私はまだ彼のことは知りませんでした。

ちょうどその頃、両親が私にバイロイト音楽祭というものがあることを話してくました。冬のある日、父が1961年のバイロイト音楽祭の冊子を私に贈ってくれたんです。その時私の中で何かが起こりました(笑)。

(その時のパンフレットを持ってきて)ほら、最後のページに、音楽祭の会員へのすすめと寄付金のお願いについて書かれているでしょう。これを読んでしばらくしてから、私は音楽祭の事務所宛てに1通の手紙を書いたんです。「私は今12歳ですが、ワーグナーの作品を支援するために何かできることはないでしょうか?」と。

12歳の女の子の行動とは思えないですね(笑)

メヒティルト:すると、音楽祭の事務局長がとても親切な方でね、私に丁寧な返事を書いてくれました。その方と手紙のやり取りが始まったんです。

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(次回はおそらく日本からの更新になると思います。よかったらワンクリックをお願いします!)
by berlinHbf | 2006-11-05 19:29 | ベルリンの人々 | Comments(6)

10月の鑑賞メモ

ここ数週間の間に観たり聴いたりした中で、ブログに書ききれなかったものを防備録的にメモしておきたいと思う。

コルヴィッツ美術館(10/15)
女流版画家、彫刻家のケーテ・コルヴィッツ(1867-1945)の美術館を、恥ずかしながら初めて訪れる。正直、これほどすばらしいとは思わなかった。彼女が生涯に渡って描き続けた自画像には特に感銘を受けた。またじっくり観たいと思う。

Dido & Aeneas - Staatsoper - (10/18)
パーセルの同名のオペラを、あのサシャ・ヴァルツが振り付けを担当。巨大な水槽にダンサーたちが飛び込む冒頭から仕掛け満載で、2時間の間ずっと、次は何が起こるんだろうとわくわくさせられた。

「美しき水車小屋の娘」 - ノイケルン・オペラ - (10/24)
ベルリンの「第4の」オペラ劇場、ノイケルン・オペラに久々に足を運ぶ。シューベルトの歌曲「美しき水車小屋の娘」を振り付けも交えて現代風にアレンジしたもの。小劇場での上演なのに、映像をうまく使ったりと意外なほど奥行き感が出ていた。

レンブラント展(10/25)
11月5日まで文化フォーラムで開催しているレンブラント展をギリギリで観ることができた。晩年の自画像がないのが少々残念だったとはいえ、いずれも明と暗の超絶的なタッチに感嘆した。

神聖ローマ帝国展 - ドイツ歴史博物館 - (10/28)
今年は神聖ローマ帝国が滅亡してから丸200年。それを記念して、マグデブルクとベルリンで大規模な展覧会が開かれている。少々ごちゃごちゃし過ぎていて焦点が定まっていない印象も受けたものの、一見の価値はあり。

モーツァルト自筆譜展示会(10/31)
ベルリン国立図書館が所蔵しているモーツァルトの自筆譜を特別公開。幼年期から晩年まで幅広く、そうそうたる名曲のホンモノの自筆譜が並ぶ。ジュピター交響曲の冒頭の譜面には特に感動した。ポツダム通りの方の図書館で12月9日まで開催。入場無料。

マッケラス指揮ベルリン・フィル(11/3)
軽快なテンポでさくさく進むショスタコーヴィチの交響曲第9番と、まろやかで温かさに満ちたモーツァルトのポストホルン・セレナーデ。もっと理路整然とした演奏なら他にもあるけれど、こんなに心が満たされたモーツァルトとなるとほとんど知らない。これぞ巨匠の至芸か。

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by berlinHbf | 2006-11-05 18:58 | ベルリン文化生活 | Comments(0)

「ベルリン・インタビュー」を始めるにあたって

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Reichsstraßeにて(10月17日)

このブログではこれまでベルリンの様々なテーマについて書いてきたけれど、事物の紹介だけではなく、この町に住む多種多様な人々に話を聞いてみたいと思う気持ちが強くなってきた。前回お話した「歴史と個人」の話にも通じるが、ベルリンに暮らす人々のバラエティーさというのは他の大都市の枠組みの中でも捉え切れないものがある。様々なベルリンの人々がどういう経緯でこの町に住むようになり、どういう人生を歩んで来たのか、その歴史を追ってみたくなった。ヴィム・ヴェンダースは、「ベルリーナーはドイツの他の町の人々と全く違っていて、独特のユーモアがある」なんて語っているが、いろいろな人に話を聞くうちに彼らの特性とでもいうものが浮かび上がってくるのか、そんな期待感もある。インタビューを取って文章におこしてまとめるというのはそれなりに手間のかかる作業ではあるが、自分の今後の仕事にも生きてくる経験になると思うので、これから折に触れて続けていけたらと思う。

さて、有名無名問わず話を聞いてみたいベルリーナーはたくさんいる中、第1回目は私の最も身近なベルリーナーにお話を伺うことにした。Mechthild.Tさん。私の母親と同年代のご婦人である。いわゆる有名人ではないが、生粋のベルリンっ子で、私がベルリンにやって来た1年目から何かとお世話になっている方だ。その過程で、彼女の意外な側面も明らかになってきた。メヒティルトさんに話を伺う前に、私がこの方と出会った経緯について説明してみたいと思う。

2000年の秋にベルリンにやって来た私は、最初の半年間ノレンドルフ広場にあるハルトナック・シューレというドイツ語学校に通っていた。私がいたクラスには、ジュンさんという私より何歳か年上の日本人がいた。ジュンさんはシャルロッテンブルクの西側の住宅街に住んでいて、アパートの親切な大家さんの話を何回か聞くことがあった。ある時ジュンさんはその大家さんに、「自分はドイツ語の学校に通っているが、実際にドイツ語を話す機会があまりない。何かいい機会はないだろうか」という相談をしたらしい。すると大家さんは同じ階に住むドイツ人の老夫婦を紹介してくれた。「彼らなら時間もたくさんあるだろうし、いい話し相手になってくれると思うわよ」。そういうわけで、ジュンさんは時々その夫妻を訪ねることになったという。

2001年の1月だったと思う。ドイツ語の授業が終わって、お昼を一緒に食べていた時、その話になった。今日もこれからその夫妻に会いに行くという。その場には私の他に、韓国人のHさんとYくんがいた。私も含めてみんなドイツに来たばかりで、ドイツ人の友達と呼べる人はまだほとんどいなかったから、みんなジュンさんのことを少しうらやましく思った。その日の午後、特に用事もなかった私たちは、好奇心からアポなしでジュンさんに付いていくことになったのである。

いきなり見知らぬアジア人が3人もやって来て、フレンツェルさんご夫妻はさすがにびっくりしていたが、快く中に入れてくれた。紅茶とケーキをいただきながら自己紹介も兼ねて、いろいろな話をした。私たちはすぐに打ち解けることができた。そんなことから、毎週金曜日の午後、アジア人4人が彼らの家に遊びに行って、お茶を飲みながらおしゃべりするという会が始まった。話す内容は本当に様々で、時事的な話題だったり、日本や韓国のことを紹介したり、逆にドイツの伝統的な文化や習慣について教えてもらったり、なんだかんだで話題は尽きることがなかった。大家さんのメヒティルトさんも途中からやって来ることが多かった。夕飯をご馳走になることもあったし、私たちにとってはドイツ人の家庭の雰囲気に触れられる貴重な場でもあった。最初の2年間はほぼ毎週のように私たちは集まり、ジュンさんが日本に帰ってしまった今も、月に1回の割合でこの会は続いている。ドイツ人でこれだけ息の長い付き合いのある人は、他にほとんど思いつかない。

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彼らの住むアパートは外観こそごく普通なのだが、大切に住まれ続けてきたということがよく伝わってくる。まず目に付くのは、入り口付近に飾られているこの写真だ。これは100年前のこの周辺の様子から終戦直後、そして現在に至るまで、アパートが歩んで来た歩みを示す貴重なドキュメンタリーになっている。全て大家のメヒティルトさんが丹念に集めたものだ。

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そして、各階の部屋の入り口にはアパートに歴代住んだ人々の写真が飾られている。ベルリン広しといえど、こんなに住む人の思いが伝わってくるアパートというのは他に見たことがない。

メヒティルトさんは1歳の時にこのアパートに越して来て以来、現在に至るまで何と50年以上に渡ってここに住んでいるという。彼女に聞いてみたいことはたくさんあった。

(つづく)

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by berlinHbf | 2006-11-04 02:36 | ベルリンの人々 | Comments(0)

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