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ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


by berlinHbf

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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
「素顔のベルリン」増補改訂版
¥1,680
ダイヤモンド社
(Amazon、全国各書店にて発売中)

本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

Amazonにてネット購入ができます。



『街歩きのドイツ語 』
¥1,575
三修社

豊富なビジュアルとドイツ語フレーズを楽しめる1冊。基本のあいさつ表現から、街にまつわるドイツ語豆知識まで、ガイドブックとともに旅に役立つ会話集です。




『素顔のベルリン 過去と未来が交錯する12のエリアガイド 』
¥1,575
ダイヤモンド社
(2009年発売)

地球の歩き方シリーズ初、待望のベルリンガイドブック誕生!比類なき歴史を抱えつつ、明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。「ドイツで最もドイツらしくない」といわれるこの町の知られざる魅力を、現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介。


現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

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昨日の夕暮れ - ポツダム広場周辺編 -

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Ebertstraßeにて(8月30日、19時49分)

先日のクロイツベルク編に続いて、今回は昨日の夕暮れ時に散歩しながら撮ったポツダム広場周辺の写真をご紹介しましょう。時間の順に並べてみますので、刻々と移ろう空の表情もお楽しみください。

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真新しい建物ばかりが並ぶLennestraße(19時53分)

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現在レンブラント展が行われている文化フォーラムのGemäldegalerie前にて(20時7分)。きれいな夕日だったので、もっと高いところに上りたかった・・

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Potsdamer Straßeにて。ソニーセンターのほぼ向かいの場所
(20時14分)。

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大小2つのPhilharmonie(20時25分)。いよいよシーズンが始まる。

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S-Bahnhof Potsdamer Platz(20時51分)。9時前にはもう真っ暗。日も大分短くなってきました。

明日から9月ですが、それにしても不思議なドイツの夏でした。
ちょっと振り返ってみると・・

5月:異常に肌寒い日が続き、W杯取材で日本からやって来た報道陣は寒さに震える。
6月:W杯の前後から気温が上がり、ほぼ毎日が晴天。
7月:記録的な猛暑といわれていた。
8月:うって変わって再び肌寒い日々。7月の猛暑はとうとう戻ってこなかった。それどころか、夏らしくカラっと晴れた日が思い出せない・・

ここ数年顕著な地球の気候変動が気になります。

さて、9月からは新しいシリーズをいくつか始めたいと思っています。といってもあまり期待されずに^^;)、もうしばらくお待ちください!

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by berlinHbf | 2006-08-31 23:09 | ベルリンのいま | Comments(4)

ベルリン・ダーレムのイエス・キリスト教会

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Berlin Jesus-Christus-Kirche(8月26日)

先週の土曜日、この前ご紹介した首相官邸を訪れた後、私はある教会に向かった。

「ベルリンのイエス・キリスト教会」と聴いてピンとくるクラシック音楽好きの方は少なくないのではないかと思う。戦後直後から70年代にかけて、そしてその後も折に触れて、ベルリン郊外のダーレムにあるこの教会はベルリン・フィルの録音会場として使われてきた。

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これまでこの教会の近くまで来ることは何度もあったが、中に入る機会は一度もなかった。ちょうどこの日の夜、珍しくここで無料のオルガンコンサートが行われること知り、イエス・キリスト教会の響きに触れるいい機会だと思って出かけたわけである。場所はU3のThielplatz駅から歩いて5分、閑静な住宅街の中にあった。

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写真で見る限りはかなり大きい教会をイメージしていたのだが、実際中に入ってみると意外なほどこぢんまりとしていた。プロテスタント系の教会なので、内装もご覧の通りシンプル。ここで16型(オケの大編成時の標準的な編成のこと)の編成で演奏したら、舞台はかなりぎゅうぎゅう詰めになるのではないだろうか。合唱が加わったらなおさらのことだ。しかしキャパが大き過ぎない方が逆によかったのだろう、確かに音響はすばらしいものがあった。席はパイプオルガンと向かい合う形で並べられ、曲ごとに説明が入る。お客さんの顔ぶれを見ると、地元ダーレムのゲマインデ(教区)の人々がほとんどのように思われた。

無料のコンサートだし、その日は午後からずっと歩きっぱなしで疲れていたので、前半が終わったら帰ろうと出口に向かうと、そこに手作りらしいビュッフェの用意がされていた。お腹は空いているが、周りはみんなこの界隈の人々らしいし全く外部の人間ががっつくわけにもなあ、と思って遠慮していたら、そばにいたおばさんが「お皿はあっちにあるわよ」と見知らぬ私にわざわざ声をかけてくれた。いただいている最中も、「どんどん食べないとなくなっちゃうわよ」とこれまたお節介にも声をかけている人がいたりと、なんだかアットホームな雰囲気だった。教会のゲマインデ(Gemeinde)とはこういうものなのだろうか。食事をしながら、曲間の解説をしたおばさんやオルガン奏者の方とも少し会話をすることができた。
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そんな出来事を思い出しながら、この教会から生まれた名盤のいくつかを改めて聴きなおしてみた。私がまず思い浮かんだのは、フルトヴェングラーが最晩年に録音したシューベルトの「グレイト」(1951年)シューマンの交響曲第4番(1953年)だ。特にシューマンの方は、何回聴いてもその溢れんばかりの音の奔流に我を忘れるほど感動する。また「グレイト」と一緒のセッションで、ほとんどリハーサルなしで吹き込んだといわれるハイドンの「V字」(1951年)も好き。その数年後、カール・ベームがベルリン・フィルと録ったブラームスの交響曲第2番(1956年)も歌心溢れるすばらしい演奏だ。カラヤン指揮のものでは1971年に録音したチャイコフスキーの「悲愴」が名演らしいが、これはまだ聴いたことがない。他にも何かないかとクラシック好きの友達に聞いてみたら、フリッチャイの第9、ロスバウト指揮のハイドン、シャイー指揮のマーラー「嘆きの歌」(これだけはオケがベルリン・ドイツ響)などを挙げてくれた。
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その中から、フリッチャイ指揮のベートーヴェンの第9Dussmannで買って聴いてみた。録音は1957年の年末で、ベルリン・フィル初のステレオ録音とのことであるが、これがあまりにすばらしい演奏だったのでびっくりした。安売り叩き売りではない、ホンモノの第9がそこにある。バリトンのソロをダーレムのお隣ツェーレンドルフ出身の大歌手、フィッシャー=ディースカウが歌っているのも聴きもので、私がこれまでCDで聴いてきた全てのバリトンを凌駕するほど輝いている。録音もいいし、通の方にはもちろん、第9のCDを初めて買ってみたいという方にも真っ先におすすめしたい。

それにしても終戦からまだ間もない1950年代に、これだけ圧倒的な演奏が立て続けに生まれたのはなぜだろうか。最近「舞台・ベルリン」という本を読んだこともあって、終戦直後のベルリンの人々の生活に興味を抱いている。ベルリンに最後の爆弾が落とされてからわずか3週間後の1945年5月26日、レオ・ボルヒャルトが「12日間おんぼろの自転車でベルリン中を走り回ったあげく、許可を取り、楽器を調達し、楽員を鳴り物入りで集め、廃墟から演奏会場を探し出し」て、ベルリン・フィルの戦後最初の演奏会を実現させたのは以前ご紹介した通りだ。50年代に入ってからはさすがに終戦直後より生活環境は幾分向上していただろうが、ベルリン・フィルは当時もまだティタニア・パラストという映画館で演奏会を行っていた。戦争の傷跡は途方もなく大きく、人々が物質的に相当貧しい生活を送っていたのは間違いない。

そういう時代のベルリンの人々によって、ダーレムのこぢんまりとした教会で吹き込まれた録音の数々は、今日も私を奮い立たせてくれる。

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by berlinHbf | 2006-08-30 18:02 | ベルリン音楽日記 | Comments(12)

ノーム・チョムスキー インタビュー 「油田を持つ属国」

先日のサシャ・ヴァルツに続いて、インタビュー記事を一つ訳してみました。
8月25日のBerliner Zeitung紙に掲載されていた「油田を持つ属国」というタイトルの記事で、アメリカの著名な言語学者ノーム・チョムスキー(Noam Chomsky)へのインタビューです。

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チョムスキーは現在マサチューセッツ工科大学教授。ブッシュ政権の批判的な論者でも知られています。少し堅いテーマですが、内容はかなりわかりやすいですし(私の訳が読みやすいかどうかはさておき・・)、アメリカという国家に多かれ少なかれ胡散臭さを感じている方にはぜひ読んでいただきたいです。原文はこちらで読むことができます。


BZ:アメリカのジャーナリスト、Seymour Hersh氏は、今回のレバノン戦争はあるきっかけとは無関係に計画されたものだということを見つけ出したとしています。あなたはこの戦争を、アメリカによる対イラン、あるいはひょっとしたらシリアへの戦争のテストとご覧になりますか?

チョムスキー:これはパレスチナをめぐるアメリカとイスラエルの話です。この両国は30年以上にわたって、イスラエルとパレスチナ紛争を2カ国共存で解決するということに逆らい、その解決法を妨げる事実をうまく作り出しました。つまり、西ヨルダンの肥沃な地域と最重要の天然資源を自分のものとし、パレスチナの残りの地域を生存不能な小さな群に分断したのです。ガザ地区はイスラエルの人権主義者には巨大な牢獄と呼ばれています。パレスチナ人に対して最後まで行っていた唯一の意義ある援助は、レバノンのヒズボラが指揮していました。つまり、今回の戦争の目的はヒズボラを滅亡させることだったのです。

BZ:この戦争はイランやシリアとは関係ないのですか?

チョムスキー:ヒズボラが滅んでイランの力が弱まれば、それはもちろん歓迎すべき副作用だったでしょう。イランに直面する時に有利ですから。私はシリアとの関係における状況、それを変えようとする関心が生まれることには疑問を持っています。シリアは力が弱いですし、すぐに譲歩します。もし政権が交代すればイスラム原理主義勢力に政権が移るかもしれません。

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【写真】イラク戦争開戦直前のベルリンでは、反戦の嵐が吹き荒れた
(戦勝記念塔前にて。2003年3月29日)。

BZ:中東での動向はアメリカにとって望ましい方向には向かっていませんね、特にイラクですが。ワシントン政府は途方に暮れているのでしょうか、それともイラクの民主化と安定化への戦略が実際推し進められるのでしょうか?

チョムスキー:ブッシュ政権、つまりラムズフェルト、チェイニー、ヴォルフォヴィッツといった人たちはあらゆるレトリックにも関わらず、独立した民主国家イラクなどというものは全く望んでいません。彼らの本当のたくらみというのは、世界最大の石油産油国の一つであり、その領内にアメリカの基地を受け入れている属国(Vasallenstaat)の安定化を図ることなのです。今やその目的を達することは日が経つごとに難しくなるでしょう。それはアメリカがイラク戦争によってシーア派連合の成立を促進させたことによって、一層強まります。イラク、イラン、その他の国々のシーア派が集まった連合のことです。それはワシントン政府にとっては悪夢です。もしその連合がロシアと中国に基づくアジアのエネルギー・安全保障同盟に加わったら、それはさらに恐怖のシナリオとなるでしょうね。

BZ:なぜですか?

チョムスキー:第2次世界大戦以来、アメリカの外交における最重要の目的は、湾岸地域の石油をコントロールし、それを維持することだからです。石油を獲得することが、アメリカにその工業ライバル国を越える拒否権の力を与え、ヨーロッパやアジア経済に対抗する決定的な圧力の手段となったのです。かつての安全保障補佐官ズビグネフ・ブレジンスキーがそうでした。

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BZ:その石油地帯にイランが含まれています。アメリカはイラクでの困難にも関わらず、イランへの軍事攻撃を実際のところ始めるのでしょうか?

チョムスキー:アメリカ軍と秘密情報機関(CIA)はイランへの軍事攻撃は表向きには否定しています。しかし、ワシントンの政策プランナーの少数一派は、極端に決意が固く巨大な力を持つ人々から成り立っています。私は、彼らが破壊的な方法をとりイランの分離主義の動きを支援するのではないかと思っています。特にイラン最大の産油地域のフーゼスターンにおいて。そのような企みはその地域、そして世界の安定にとってマイナスの結果をもたらすことになるでしょうね。

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BZ:アメリカのこの攻撃的な路線に対して、反応がほとんど起きないのはなぜですか?レバノン戦争の間、平和要求の動きは消極的なままでした。

チョムスキー:これほど消極的だったのはショッキングでしたが、驚くべきことではありません。その理由の一つが、深い根を持つ西側の帝国主義的なメンタリティーであるのは確かです。アメリカとイスラエルがレバノン戦争に導いた口実も、ですから簡単に受け入れられてしまったのです。

BZ:それについてはどのように説明されますか?

チョムスキー:情報を特権的に得ることのできる人々がいます。しかしこのような帝国主義的なメンタリティーは彼らのような人々にこそ特有で、それは目に見えるものではありませんが、支配的な知的・道徳的文化の中心的な構成要素になっています。(一方)そのメンタリティーの原則は目に見えるもので、つまりこういうことです。アメリカが他者に対して行う悪業は普通の出来事と見なされ、そういうものだと容認されますが、他者から西側のわれわれアメリカ人に加えられた危害の全ては処罰に値する犯罪へと格付けされ、罰せられなければならない、ということになるのです。

BZ:では、普通の市民は?

チョムスキー:大部分の市民は、(アメリカという)彼らの名において暗黙の了解のもと実際に何が起こっているか、そしてなぜ起こっているのかを知りません。自分で調べ始めるか、偏狭な抑圧に屈服しない組織とつながらない限りは、知ることもできないのです。消極性に対するこの説明は、もちろん正当化されるべきものではありません。ですが、これは反対にむしろ、事実を知ることができる可能性があるのに知ろうとしない人々への非難なのです。

(了)

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by berlinHbf | 2006-08-29 14:16 | その他 | Comments(0)

首相官邸訪問!

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Bundeskanzleramtにて(8月26日)

例年8月最後の週末、ベルリンではドイツ政府主催の"Tag der offenen Tür"というイベントが行われます。これは、普段は入れない連邦首相府や外務省などの主要省庁ほぼ全てを一般に公開するというものです。"Tag der offenen Tür"とは「扉が開かれる日」という意味ですが、ベルリンにはこの名前のイベントがかなり多くて、このブログでもこれまでいくつかご紹介してきました。例えば、「べルビュー宮殿へようこそ」、「ティーアガルテン・トンネルツアー」、音楽関係で「フィルハーモニーの音楽の日」などです。その他にも例えば、ベルリン中にある各国の大使館を公開する日なんてのも毎年春にあります。

私が見てきた中で、これらのイベントの多くに共通しているのが、1.入場無料で、市民が気楽に参加できること(それだけに多くの人が押し寄せるので並ぶことも多いが)。2.単に中を見せるというのではなくて、屋台が並んでいたり、コンサートが行われたり、ディスカッションの場が設けられていたりと内容が充実していて、かつお祭り気分でも楽しめる。3.大人だけでなく、子供も楽しめる工夫がこらされていることが多い。

などが挙げられます。今回の役所の公開日もその例外ではなく、私が訪れた土曜日の夕方も大いに賑わっていました。

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さて、今回公開された数ある連邦関係の役所の中でも、やはり一番人気は連邦首相府(Bundeskanzleramt)。国の最高権力者の館の中は一体どうなっているのか、一度中を覘いてみたいと思う人は少なくないはずです。案の定、官邸前にはすごい行列ができていましたが、建物が大きいためべレビュー宮殿の時ほどは並ばずに済みました。それでも1時間近くは待ったか。今日日曜日の14時からは、メルケル首相がここにやって来て市民からの質問に直接答える機会が設けられることで、より混雑が予想されるため、私は昨日行って来たというわけです。

この斬新な首相官邸はAxel Schultesの設計によるもので、完成は2001年。外観から想像がつくように、愛称は「洗濯機」です(笑)。

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入り口付近に何やら人だかりができていますね。
実はここには、首相らが乗る車、護衛のバイクなどが展示されているのでした。

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連邦首相府ご用達の車はメルセデスではなく、アウディでした。中も自由に覗き込むことができ、その傍には実際に現場で働いている人たちが立っていて、質問などにも気楽に応じてくれます。

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外国の首脳が公式訪問をする際は、ここでアンゲラ・メルケル首相に迎えられ、赤じゅうたんの上をまたいで中に入るわけです。では、早速中へ!

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明るく、とてもオープンな雰囲気のエントランスホール。

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1階フロアの一角に、外国の国王や首脳から贈られた品々などが展示されています。

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その中でも私が一番感動したのはこれ。ヴィリー・ブラント首相が1971年に受賞したノーベル平和賞の賞状。本物です。ただし意外なほど簡素。ノーベル賞といえども、こうして見ると紙切れですね^^;)。ノーベル平和賞の選考はノルウェー国会が行うので、文学賞などのようにスウェーデン語ではなくノルウェー語で記されています。

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Markus Lüpertz作の彫像"Philosophin"を横目に、2階へ上がります。

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さてこちらが2階。手前のソファーの座り心地は最高でした^^)。奥には、アデナウアーからコールに至る(シュレーダーのものはまだない)戦後ドイツの歴代の首相の肖像画が掲げられています。

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これが先ほどのヴィリー・ブラント(1913-1992)。ベルリン市長の在任中にベルリンの壁が建設され、1969年に首相になってからはいわゆる「東方外交」でロシアや東ドイツなどとの関係改善に努めました。壁崩壊とドイツの再統一を見届けてから1992年に死去。ベルリンとの関係も強く、その功績を称えてか、現在の連邦首相府のアドレスはこうなっています。

Bundeskanzleramt
Willy-Brandt-Str.1, 10557 Berlin

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さてこれも2階ですが、中央に円形の物体がありますね。あの中には何があるのでしょう?

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これは国際会議室で、EUの首脳会談などもここで行われるようです。画面奥のほぼ真ん中にドイツの旗が見えます。

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国際会議室を出てすぐ、この場所に見覚えのある方は多いのでは?首相がマスコミへの会見を行う場所で、首脳会談直後の共同記者会見などが行われるのもここです。

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その隣には同時通訳用のブースがあります。

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中にはこんな和み系のスペースもあったり。

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さて、入り口とは反対側の建物の外に出ると、広大な芝生が広がっています。

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そばを流れるシュプレー川を越えた向こう側まで、首相府が所有する広大な公園になっているのです。さすが。この細い橋を渡って向こう岸に行きます。

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手前のモルトケ橋をバックに、ここから眺めるベルリン中央駅もいいものでした。

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18時からは、この公園の一角でベルリン・ドイツ交響楽団の野外コンサートが始まりました。周りには屋台や子供用のテントが張ってあって、お祭り気分なのですが、あいにくの天気だったのが残念。

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小雨がちらついてきたので、オール・モーツァルトプログラムの前半だけを聴いて出て来ましたが、首相官邸の内部や雰囲気がよくわかり、とっても得した気分になって帰って来ました。また、こういうことを毎年実行するドイツ政府のオープンさにも好感を抱いた次第です。

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by berlinHbf | 2006-08-27 17:14 | ベルリンのいま | Comments(8)

BZ Lexikon(111) 「スキタイ人」

モンゴルのアルタイ山脈で2500年前のスキタイ人兵士のミイラが発見されました。専門家によると「世紀の発見」だそうで、その研究グループの中にはベルリン出身の考古学者も混じっていたそうです。詳しい記事はこちらをどうぞ。

Lexikon: Skythen(スキタイ人)

Unter dem Oberbegriff "Skythen" werden seit der Spätantike barbarische Steppenbewohner zusammengefasst. Den alten Griechen galten zunächst alle Völker östlich des Rheins - also auch die Germanen - als Skythen. In dem Maße, wie das Wissen über fremde Regionen wuchs, wurde der Begriff auf immer weiter östlich lebende Völker angewandt. So galten zur Zeit der Völkerwanderung alle Bewohner der Gebiete nördlich des Schwarzen Meeres als Skythen. Die Perser stufen später auch die zentralasiatischen Völker als Skythen ein. Der Höhepunkt der Macht skythischer Reiche lag zwischen dem 7. und 4. Jahrhundert vor der Zeitenwende, die letzten Skythen wurden im 3. Jahrhundert unserer Zeitrechnung von den Goten vernichtet.

訳)「スキタイ人」という上位概念のもとで、(ギリシア・ローマの)古典期の後期以降の、異国に住むステップの居住者はまとめられる。古代ギリシア人にとっては、最初はゲルマン人も含めてライン川より東側の民族は全てスキタイ人として通っていた。見知らぬ地域のことがわかってくるにつれて、この概念は東に住む民族へとどんどん拡大して用いられるようになった。そのようにして、民族移動の時代は黒海北側の地域の住民は全てスキタイ人として通っていた。後にペルシャ人は、中央アジアの民族もスキタイ人と格付けした。スキタイ帝国の力の絶頂は紀元前7世紀から4世紀にかけてで、最後のスキタイ人は3世紀にゴート人によって滅ぼされた。

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by berlinHbf | 2006-08-27 14:04 | BZ Lexikon (101-150) | Comments(0)

サシャ・ヴァルツ インタビュー(2)

前回に続いて、ラディアルシステムのオープニング作品の振り付けをする、サシャ・ヴァルツへのインタビューをお届けします。


Tip: あなたの建築への関心は、あなたの父親が建築家であることと関係があるのでしょうか?

Waltz: おそらくそれは重要なことだったでしょうが、青春期の頃は、私は建築よりも造形芸術の方にずっと関心があったんです。肉体との取り組みを通して、つまり空間を動く肉体、ダンスを通じて、空間というものを自分の重要なテーマだと発見したのだと思います。私は建築家になりたいという望みを押さえ込んでいたわけではありません。空間には本当にさまざまなエネルギーの場があります。こう言うとひょっとしたら少し密教的に聞こえるかもしれませんが、私はこのことを非常に具体的に考えています。

Tip: シャウビューネと決別した時、あなたのアンサンブルは厳しい財政状況に置かれました。客演による提携や収入を通じて状況はよくなりましたか?

Waltz: 私たちは完全にシャウビューネから去ったわけではありません。シーズンごとに25公演はあそこで行いますし、そのことも私はとても重要だと思っています。私は、“Körper“や“noBody“といった作品を引き続きシャウビューネで披露したいのです。

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"Körper"の舞台

Tip: しかし、シャウビューネ内部でのいざこざの後、あなたは組織面でも財政面でも独立しましたよね。あなたのカンパニーの財政状況は現在どのような感じなのですか?

Waltz: 私たちは大きな削減をしなければなりませんでした。私は何人かのダンサーに別れを告げなければなりませんでしたし、アンサンブルと事務所のスタッフの数も縮小しました。私はもちろん今後何年間でアンサンブルを増強できることを願っています。シャウビューネと組織面で決別したことが、私たちの財政状況を明らかによくしたというわけではありません。この決別は、とりわけ自分たちの自由と独立に関することだったのです。現在私たちは予算の3分の1を自らやりくりしなければなりませんが、これは大きな圧迫です。

Tip: ラディアルシステムでは、シャウビューネで実現できなかったプロジェクトが実現可能ですか?

Waltz: ラディアルシステムとは、劇場ではなくプロダクションの場所です。私はここではシャウビューネの時のように芸術監督の一部ではなく、会議に参加する義務はもうなくなりました。賃借人というよりはゲストというわけで、そのことは非常に快適に感じています。私は自分たちのダンサーとカンパニーに対してのみ責任を負えばよく、建物全体に対してではありません。ここでは川が望め、日当たりのいいすばらしいスタジオを使えますし、別のカンパニーの音楽家やダンサーが他の部屋で同時にリハーサルをすることもできます。このクリエイティブなエネルギーの波はとにかく刺激的で、完璧なプロダクションハウスだと想像しています。しかし私たちは、他のプロジェクトが部屋を使う要求に応じて、引き続き街の様々な場所で公演を行うことになるでしょう。シュターツ・オーパー(州立歌劇場)ではパーセルの“Dino & Aeneas“を、レパートリーの大部分をシャウビューネで、そしてもちろん引き続き外国で多くの公演を行います。私の次のプロダクションはオペラ「メディア」で、再びルクセンブルクの劇場(Grand Théâtre de la Ville in Luxemburg)との緊密な協力関係のもとで出来上がります。

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"Dino & Aeneas"は、10月下旬にシュターツ・オーパーで再演される。

Tip: そのような遊牧民的な活動をしていると、ハイマート(Heimat)、つまり特定の場所に対する欲求が増してくるのではありませんか? ラディアルシステムはそのようなハイマートといえますか?

Waltz: 私にとって(ひとつの場所に)根を下ろすということは極めて重要なことです。グループにとっても、ですが。それには土台が必要です。ラディアルシステムがまさにそれなのです。

(了)

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by berlinHbf | 2006-08-26 14:26 | ベルリン文化生活 | Comments(2)

サシャ・ヴァルツ インタビュー(1)

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Radialsystemにて(8月24日)

数え切れないほどの劇場、コンサートホール、クラブなどが軒を構えるベルリンに、9月9日、また新しい文化の発信地が誕生する。ラディアルシステム(Radialsystem)という名前のこの施設は、劇場というよりは、複合的な文化センターとでも呼べるものらしい。

場所はオストバーンホフ(東駅)から歩いてほど近い、シュプレー川の岸辺にある。古くから工業地帯だった場所だ。20世紀初頭のレンガ造りの建物が、Gerhard Spangenbergの設計によって斬新に生まれ変わった。ここに大小さまざまのホールにあらゆるジャンルのアートが集結する。コンサートやパフォーマンスアート、アート見本市の会場になるだけでなく、外務省のレセプションに使われたりもする。また、クラブシーンになる一方で、ベルリン古楽アカデミーのような団体がここでコンサートを行ったりもするそうだ。昨日様子を見てきたらまだ工事中だったが、開幕がとにかく楽しみである。

さて、このラディアルシステムのオープニングを飾るのが、コンテンポラリーダンスの第一人者、サシャ・ヴァルツの新作“Dialoge 06 – Radiale Systeme“だ。ベルリンの都市情報誌"Tip"の最新号に彼女のインタビューが載っているので、今回はそれを訳して伝えるという試みをしてみたいと思う。それほど長いインタビューではありませんが、2回に分けてお届けします。


Tip: 粗造り状態のユダヤ博物館、ゾフィーエンゼーレ、シャウビューネ、内部が空っぽの共和国宮殿など、あなたの演出は建築物に対して強い反応をします。あなたは今、ラディアルシステムのオープニング作品の演出のリハーサル中ですが、ここでもそれは同様なのですか?

Sasha Waltz: ええ、絶対的に。空間の調査からリサーチが始まり、そこから作品が生まれます。私がさまざまな空間で取り組んできたインスタレーションは一時的なプロジェクトに過ぎませんが、強いインスピレーションの源泉になり、それが大きな作品への動力になります。ラディアルシステムにおいては、20世紀初頭のレンガ造りの建物と極めてモダンな建築とが組み合わさっています。建築において、これはすでに刺激的な対話です。この小屋のオープニングのプロジェクトでは、さらに先へと進みます。私は24人のダンサーと3つの音楽アンサンブルと一緒に仕事をします。つまり、ベルリン古楽アカデミー(Akademie für Alte Musik Berlin)、Vokalconsort Berlin、そして現代音楽を演奏するmusikFabrikです。これらがどのように1つの対話の中で歩み合うことができるのか?本当に一つの実験です。この非常に様々な音楽がこの建物のさまざまな空間でどのように作用し、ダンスアンサンブルとどのように発展するのか、これはものすごいコントラストです。私はダンスで、この建築物に対してはっきりと反応するよう試みます。つまり、この壁が語るものを、肉体(Körper)で聞くのです。肉体を使って何ができるでしょうか?

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"Körper"の舞台装置

Tip: 開幕公演は建物全てを使って行うそうですね?

Waltz: ええ。でも建物だけでなく、川とその反対の岸辺も使います。“insideout“の時と似ていて、(作品の)大部分の間、聴衆は建物全体を自由に行き来することができ、全てのホールで何かが同時に起こります。座席は置かれずにあらゆることが進行し、聴衆は身動きできる状態で出たり入ったりします。建物の前でのシーンもあって、そばを流れる川がこの建築にとって重要です。最後、聴衆の全てと4つのアンサンブルが再び集まり、動きは濃密さと集中の度合いを高めます。私たちはゼロから始めます。この建物はまだ工事中で、開幕公演の時になってようやく完成します。それはとにかく特別な瞬間になるでしょうね。

Tip: ラディアルシステムの魅力として、さまざまなアートが部屋を持ち、互いに反応する可能性がある、ということが挙げられます。このことはあなたの芸術活動と合致するのではないですか?つまり、あなたは、ダンスとこれまで同様に音楽と造形芸術を反応させるのですか?

Waltz: „insideout“や“Körper“の時はいずれにしろそうですね。オペラ“Dino & Aeneas“においてはなおのことです。それはいつも個々の要素が豊穣なものになるための試みなのです。私の作品において、音楽はただの背景ではなく、それ独自の生命を持っています。舞台装置も同様に、ある力を発揮する物体でなければならず、ただそこにあるだけではだめです。“insideout“の舞台はそもそもインスタレーションです。“insideout“の経験を私は今回の“Dialoge 06 – Radiale Systeme“に使います。ただ、空間は5倍もの大きさになりますが。

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"insideout"の舞台より

(つづく)

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by berlinHbf | 2006-08-25 14:00 | ベルリン文化生活 | Comments(1)

昨日の夕暮れを時間の流れで

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クロイツベルクのGlogauer Straßeにかかる橋(8月24日、19時37分)

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Görtlitzer Park(20時36分)

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Görtlitzer Park(20時39分)

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U-Bahnhof Kottbusser Tor(20時53分)

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by berlinHbf | 2006-08-25 00:47 | ベルリンのいま | Comments(0)

ブレヒト・フェスト開催中 - Eislermaterial -

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Berliner Ensemble前の広場(8月14日)

劇場シーズンの開幕にはまだ少し早い時期だが、今月ベルリンでは戦前に栄えた劇場、アドミラルス・パラストがブレヒトの「三文オペラ」で再オープンした他、ブレヒトゆかりのベルリナー・アンサンブルでは、この劇作家の没後50年を記念して大規模なブレヒト・フェストが開催されるなど、ブレヒトで盛り上がっている。

ベルリナー・アンサンブルのブレヒト・フェストでは、「アルトゥロ・ウイの興隆」、「母」、「肝っ玉おっ母と子供たち」といったこの劇場の名レパートリーに加え、フィレンツェ、ザグレブ、モンペリエなどからの劇団の客演、コンサートや朗読の夕べ、討論会など盛りだくさんだ。日本からも東京演劇アンサンブルが今週末「ガリレオの生涯」を披露することになっている。

はっきり言って私はブレヒトのことはよくわからない。大学時代「ガリレオの生涯」を読む授業を取ったが、今となっては内容を全く覚えていないし(○○○先生、ごめんなさい・・)、一番有名な「三文オペラ」のあらすじさえも頭によく入っていない。

とはいえ、これはベルリナー・アンサンブルならではの企画だし、見逃すには惜しい。幸いブレヒトはクルト・ヴァイルやハンス・アイスラーなど優れた作曲家との共同作業でも知られているから、音楽に絡んだ公演なら私でも楽しめるだろうと思い、先週土曜日“Eislermaterial“というタイトルのコンサートに足を運んだ。これが当たりだった。

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私は予備知識が全くないまま行ったのだが、“Eislermaterial“といってもハンス・アイスラー(1898-1962)の音楽をただ適当に並べて演奏するというコンサートではなかった。これは、アイスラーを尊敬するハイナー・ゲッベルス(Heiner Goebbels)というドイツの現代作曲家が、アイスラーのさまざまな音楽を再構成し、アイスラーへのオマージュという形で作り上げた作品のタイトルなのである。

演奏は現代音楽のスペシャリスト集団、アンサンブル・モデルン(Ensemble Modern)。私は彼らの演奏をベルリンで何回か聴いたことがあるが、3年ほど前にコンツェルトハウスで聴いた、絶妙なリズム感と透明なハーモニーに満ちたスティーブ・ライヒの「18人の音楽家のための音楽」は今でも忘れられない。そのアンサンブル・モデルンがコンサートホールではなく、演劇小屋のベルリナー・アンサンブルで公演を行うというのだから、私は開演前から興奮気味だった。

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普段着姿のメンバーがぞろぞろ現れ、ステージの上にコの字型に並ぶと演奏が始まった。曲は小型のオルガンのソロから静かに始まる。オルガンといっても教会で奏でられる荘厳なオルガンではない。遠い昔、小学校の音楽の授業で先生が弾いてくれたオルガンといえば何となく雰囲気が伝わるだろうか。その親密な響きのオルガンは、アイスラーが作曲した東ドイツ国歌のメロディーを奏でたかと思うと、それと全く同じ調の極めて雰囲気が似通ったメロディーを弾き始めた。その静かな美しいメロディーは何回もリフレインされ、ユーフォニウムやトランペットがその上に重なっていく。そしてある時ついに、アンサンブル・モデルンのメンバーがそのメロディーに合わせて歌い始めた。不思議な雰囲気が舞台を包む。この素朴なメロディーと何ともいえない懐かしさは一体何なのだろう。

後で調べてわかったことだが、冒頭のこの曲は「子供の国歌(Kinderhymne)」といって、戦後まだ間もないドイツが荒廃していた時期、アイスラーとブレヒトが将来の国の担い手である子供たちのために書いた曲なのだった。おそらく当時学校でも頻繁に歌われ、DDR出身の人で知らない人はまずいないメロディーなのだと思う(このサイトが参考になりました)。

突然夢が打ち砕かれるかのように、全楽器による強奏が鳴り響く。これは「小交響曲」からの「アレグロ・アッサイ」。その後も、戯曲「母」の音楽など、アイスラーの書いた音楽が継ぎ目なく続いていく。有名な「労働者の母のための4つの子守唄(Vier Wiegenlieder)」では、俳優のJosef Bierbichlerがカウンターテナーのような声域で淡々と歌う。決して歌だけが突出するのではなく、歌もあくまで楽器の一つという姿勢に徹している。アイスラーは音楽の社会的側面を重要視し、詩の内容をいかにわかりやすく伝えるかということに苦心した人らしいが、なるほどそれがよく伝わってきた。それゆえ歌のテキストがかなり聞き取りやすい。

途中2回ほど音楽が分断され、アイスラーのインタビューがモンタージュの技法で断片的に流される。3つの別々のインタビューを同時に使うというもので、お客さんは所々でウケていたが、私には内容まではよくわからず。このように社会主義思想が濃厚な歌曲、オーケストラ曲、戦争歌のような合唱曲、アイスラーの発言集といったものまでが、ゲッベルスの現代的なアレンジを交えて、“Eislermaterial“という作品の全体を形作っていく。

最後、“Und endlich stirbt die Sehnsucht doch“(そしてついに憧れが滅びる)という短い曲が終わり舞台が暗転すると、劇場は熱狂的な喝采に包まれた。間違いなくDDR出身の客が多かったと思う。アイスラーの音楽をほとんど初めて聴く私のような人間と、アイスラーを日常的に聴いて育ってきたDDR出身の人たちとは、この作品を聴き終えてからの気持ちは全く違うものであろうことは容易に想像がついた。

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公演後に知ったのだが、今回と同じ組み合わせによるCDがECMレーベルからすでに発売されている。数年前、グラミー賞候補にも挙がったディスクだそうだ。こちらのアマゾンのサイトで全曲のさわり部分を聴くことができるので、興味のある方はぜひどうぞ。アイスラー入門にも格好の1枚だと思う。私もほしくなった。

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by berlinHbf | 2006-08-23 18:45 | ベルリン文化生活 | Comments(0)

BZ Lexikon(110) 「ビデオによる監視」

1日、コブレンツとドルトムントの2つの駅で、爆発物の入ったトランクが相次いで見つかった事件を受け、ベルリンではSバーンの165の全駅に監視用のビデオが設置されることになりました。物騒な世の中です。8月22日の紙面より。

Lexikon: Videoüberwachung(ビデオによる監視)

Die staatliche Videoüberwachung ist vor allem in den Landespolizeigesetzen geregelt. Sie ist demnach nur zulässig, wenn etwa auf Schildern darauf hingewiesen wird, die Speicherung der Aufnahmen zeitlich begrenzt und ihr Verwendungszweck klar definiert ist. Für private Aufzeichnungen von Unternehmen in Geschäften, Flughäfen und Bahnhöfen gelten ähnliche Regelungen. Eine private Überwachung öffentlichen Raums ist dagegen nicht zulässig. Studien zufolge führt die Installation von Überwachungskameras nicht zu einem Rückgang der Kriminalität. Nur bei der Parkplatzüberwachung ging die Zahl der Autodiebstähle leicht zurück.

訳)国によるビデオ監視はとりわけ州警察の法律によって規制されている。その法律に従うと、それは以下の場合にのみ許可されている。ビデオの上の標識に何らかの表示がされていること、録画の容量に制限があること、そして使用目的が明確に説明される場合である。商店や空港、駅などにおける企業の私的な録画にも似たような規制が適用されている。反対に、公共の場での私的な監視は認められていない。研究によると、監視カメラの設置は犯罪の減少にはつながっていない。駐車場での監視のみ車の盗難数がわずかに減った。

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by berlinHbf | 2006-08-23 15:48 | BZ Lexikon (101-150) | Comments(0)

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