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ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


by berlinHbf

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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
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(Amazon、全国各書店にて発売中)

本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

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豊富なビジュアルとドイツ語フレーズを楽しめる1冊。基本のあいさつ表現から、街にまつわるドイツ語豆知識まで、ガイドブックとともに旅に役立つ会話集です。




『素顔のベルリン 過去と未来が交錯する12のエリアガイド 』
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ダイヤモンド社
(2009年発売)

地球の歩き方シリーズ初、待望のベルリンガイドブック誕生!比類なき歴史を抱えつつ、明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。「ドイツで最もドイツらしくない」といわれるこの町の知られざる魅力を、現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介。


現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

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鍵の持ち忘れにはご用心

土曜日の午前中、アパートのベルが鳴った。
寝ぼけ眼で出てみると、見覚えのある人が青ざめた顔で立っている。
私のちょうど一階下の部屋に住んでいる20代の青年だった。

彼はベルリン訛りのアクセントで、私の前で一気にまくし立てた。
起きたばかりの私はまだ頭がぼーっとしていて一体何のことだかよくわからなかったのだが、どうやらこういうことらしかった。
彼(仮にA君とする)はパーティーからの朝帰り、家に帰って来たのはいいが、鍵を部屋の中に置き忘れたことに気付いた。ドアを力ずくで開けようと友達からドリルを借りて来たのだが、電源が必要なので、私の部屋のコンセントを貸して欲しい。そういうことだった。 「どうせものの数分で終わるからさ」 
私はもちろん了解した。

ドイツに限らずおそらくヨーロッパの住居全般に言えることだと思うが、こちらでは外出の際、ドアを閉めるとそのまま鍵がかかってしまう。だから、鍵を持っていることを常に確認して外に出なければならない。たとえパジャマ姿でポストに新聞を取りに行く時でさえ。

同居人がいる場合ならいいが、一人暮らしの場合、鍵を忘れて外に出てしまうと大変なことになる。私も過去に一度やってしまった。その時はNotdienstと呼ばれる、緊急時の鍵屋さんを呼んで事なきことを得たのだが、かなりのお金を取られてしまった(その時、鍵屋さんがものの15秒ぐらいで鍵をこじ開けたのには唖然とした)。それ以来、以前より気を付けるようになったし、財布の中にはスペアキーを常にしのばせておくことにしている。

私はA君にその時の話をした。だがA君は、「Notdienstを呼んだりしたら、100ユーロぐらいはかかるよ」と言って、とんでもないという顔をした。私の記憶では70~80ユーロぐらいだったと思うが、それでも貧乏学生にとって安い額でないのは確か。「でもそれで開けられたとしても、扉が痛んでしまうでしょ」 「そんなのはすぐに直せるよ」と彼は余裕の表情で下りていった。

しばらくすると、けたたましいドリルの爆音がアパートに鳴り響いた。しかし、A君の言っていたこととは裏腹に、20分、30分経っても、鳴り止まない。頑丈な扉を力ずくで開けることは、どうやらそんなに甘いものではなかったようだ。しばらく経って私が外出する際、A君の前を通ったら、彼の表情には明らかに焦りの色が見て取れた。今日はもう諦めて、両親の家に泊まるという。

翌日曜日も、午前中からハンマーの音が響き渡った。A君は父親に援軍を求めたようで、2人であーでもないこーでもないと言いながら、トンカントンカンたたいている。なんだか大変なことになってきたなあと他人事ながら思った。

結局鍵屋さんを呼んだ方が安くつくなんてことになるのでは、という結論にしようかと思ってここまで書いてきたのだが、つい先ほど音がぴたりと止んだ。下に降りて、様子を覗いてみると、ついに扉は無事開いたとのこと。どうやらA君の執念が勝ったようだ。父と息子の晴れやかな表情がすがすがしい(?)。あとは週明けに、ドアの鍵の部分だけを新しく取り替えれば、再び使えるようになるそうだ。

いずれにしろ、言えることはただ一つ。ドイツのアパートで一人暮らしをする際は、鍵の持ち忘れには十分注意しましょう、ということだ。

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by berlinHbf | 2006-04-30 15:17 | ベルリンのいま | Comments(0)

時間の止まった場所(1) - Nordbahnhof -

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U Bahnhof Friedrichstraßeにて(3月14日)

ベルリン・ミッテにあるフリードリヒ・シュトラーセ(フリードリヒ通り)。古くからの交通の要衝であり、壁によって分断されていた時代は、この駅に東西の検問所があった。当時はひどく寂れていたらしい。私がベルリンに来た2000年でさえまだ空き地だらけだったのだが、この数年間で新しい建物がすごい勢いで建っていった。人間の記憶などいい加減なものだと思う。5年前にどこがどうだったかと思い出そうとしても、もはやほとんど思い出すことができないのだ。あの当時、写真を撮っておけばよかったと悔やまれる。

とにかく、ベルリンの新しい中心の一つになったフリードリヒ・シュトラーセ。しかし、ここからSバーンで北に2駅ほど行ったところに、いまだこのような光景が広がっていることはあまり知られていないのではないだろうか。

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SバーンのNordbahhof(直訳すると「北駅」)。地下のホームを上がって、地上に出ると巨大な空き地が広がっている。

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フリードリヒ・シュトラーセのモダンな建築群と賑やかさとはあまりに対照的だ。なにかここだけ時の流れが止まっているかの印象さえ受ける。私が初めてここを訪れた時、「一体何なんだここは・・」と思った。

実は戦前までこの敷地一帯は、Stettiner Bahnhof(シチェチン駅)という駅だった。シチェチンとはバルト海に程近い北の町。ここからシチェチン行きの列車が出ることからこの名前が付いたのだった。しかし、第2次世界大戦で駅の建物が大きく破壊された上、戦後ドイツとポーランドの国境はオーデル・ナイセ川の線上に定められると、つまり、シチェチンがポーランド領となったことで、「シチェチン駅」としての意義は失ってしまうのだった。

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この風格さえ漂う廃墟の建物は、北のパンクー方面に向かう、現在のSバーンに相当する郊外電車の駅舎だった。1936年、この下に地下のトンネル駅が出来たことによってこの駅は役目を終えたのだが、つまりそれ以来70年間(!)、廃墟のままここに立っていることになる。

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それにしても、なぜここだけ時が止まったかのような空間が残っているのだろうか。続きはまた次回に。

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by berlinHbf | 2006-04-28 19:13 | ベルリン発掘(境界) | Comments(11)

W杯カウントダウン(2) - ウンター・デン・リンデンにて -

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フンボルト大学前にて(4月25日)

前回の政府地区に続いて、今回はW杯前のウンター・デン・リンデンの様子をお伝えしてみたい。現在、ベルリンのこの目抜き通りでは至るところで舗装工事が行われていて、歩行者にとっては歩きにくい状況だが、おそらくあと1ヵ月後には見違えるようになっているだろう。

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さて、フンボルト大学前の広場で見つけたこの巨大な彫刻作品。これは"Walk of Ideas"というドイツ政府主導のプロジェクトの一環で、「世界に大きな影響を及ぼしたドイツの発明品」をシンボル化し、町の6箇所に展示するというもの。実はこの前ご紹介した巨大なサッカーシューズもその一つである。

この高くそびえる本の塔は、グーテンベルクによる活版印刷の発明(1450年頃)を象徴しているのだという。そうそうたるドイツの文豪の名前が並ぶが、ベルリンに縁のある人が少なくないことに気付く。マルクスは目の前のフンボルト大学で学んでいるし、ヘーゲルやグリム兄弟はここの教授に迎えられた。やはりベルリンとの関係が深いブレヒト、フォンターネ、アンナ・ゼーガース(女流作家、1900-1983)のお墓は、ここから程近いドロテーア・シュタット墓地にある。

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この像の置かれた場所が、ナチスの焚書事件(1933年)で有名なベーベル広場ということも象徴的だ。広場の一角には、焚書で作品を焼かれたハイネがその100年以上前に残した、まさに時代を予言したかのような言葉が刻まれている。

"Das war ein Vorspiel nur. Dort wo man Bücher verbrennt, verbrennt man am Ende auch Menschen."

「これは序章に過ぎなかった。書物を焼く場所では、最終的に人間をも焼くことになるだろう。」

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ちなみに、この広場にはW杯期間中、140体のバディー・ベアが並べられることになっている(以前の記事はこちら)。世界中を巡っていたベルリン名物のクマが、久々にベルリンに戻って来ることになるわけだ。

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昨日は初夏を思わせる陽気だったベルリン。右から、州立歌劇場、取り壊し中の共和国宮殿、ツォイクハウス、テレビ塔。写真のヴェロタクシー(自転車タクシー)で回るのも楽しそう。かなりのスピードで目の前を通り過ぎていったこのタクシー。こいでいたのは女性だった。

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by berlinHbf | 2006-04-26 12:46 | ベルリンのいま | Comments(3)

音楽が鳴り響く界隈(3) - ハンス・アイスラー登場 -

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ロッシーニ通りとビゼー通りにて(4月22日)

今年1月、音楽家の名前に因んだ通りを巡ったのを覚えていらっしゃるだろうか(詳しくはこちら)。先週末、旧東ベルリンを散策した折に、久々にその第2弾を地味に開催した。今回は比較的ポピュラーな名前が多いので、またお付き合いいただけたら幸いである。

さて、今回の同行者は1月のツアーにも参加してくれた、ベルリンで指揮の勉強をしている若きマエストロのNくん。まず目指したのは作曲家ハンス・アイスラー(1898-1962)に因んだ通りだった。Nくんはベルリンに2つある音楽大学のうちのひとつ、「ハンス・アイスラー音大」に在籍しているので、やはり一度はこの通りを見ておきたかったようだ。

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Sバーンのグライフスヴァルダー・シュトラーセ(Greifswalder Straße)の駅で降りて、北に少し歩いた住宅街の中にハンス・アイスラー通りはあった。周りは、広い通りに高層マンションが立ち並ぶ、典型的といってもいい東の風景だ。よって通りのプレートもこんな感じ。

ハンス・アイスラーは日本では一般的にほとんど知られていないと思うが、ベルリン、特に旧東の人にとっては非常に馴染みのある名前であるはずだ。東ドイツ国歌「廃墟からの復活(Auferstanden aus Ruinen)」は、アイスラーの作曲である。もともとはシェーンベルクの弟子のひとりでありながら、師とは決別、ブレヒトと組んで作品を書いたり、アメリカでの亡命中はハリウッドでチャップリンの音楽顧問を引き受けたりと、ユニークな人生をおくった人だ。戦後赤狩りに遭うと、東ドイツに戻り、1962年にベルリンで没するまで作曲活動を続けた。東ドイツ国歌は、例えばこちらで聞けるので、興味のある方はどうぞ。実はなかなかいい曲だったりする。他の作品ももっと聴いてみたいと思った。

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背後はこのような高層マンションなので、趣は全くなかったが、Nくんはとりあえずは満足した模様。ちなみにこの隣りは「トーマス・マン通り」だった。

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今回は特にオチはないので、先を急ごう。ロシアの作曲家、ボロディン(1833-1887)に、マイアベーア(1791-1864)。マイアベーアはベルリンにゆかりのある作曲家なのだが、今日その作品が上演されることはほとんどない。

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マーラー(1860-1911)通り。マーラーだけにもっと寂しげな場所にあるかと思ったら、こちらも普通の住宅街だった。

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「わが祖国」のスメタナ(1824-1884)登場。この周辺には他にプッチーニやグノーらがいた。どういう基準で通りの名前が決められているのかは相変わらず不明だが、この辺はロマン派や国民楽派に関係した作曲家が多いということは言えそうだ。

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今回のハイライト(?)は、アーノルド・シェーンベルク広場。

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これが名前とは裏腹に(?)、こじんまりとしたかわいらしい広場だった。奥に桜のような木が立っていて、満開だったのも◎

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帰りはメトロ・トラムのM4に乗って、一気に町の中心まで戻る。トラムに乗るのは楽しい。旧東ベルリンは路面電車網が非常に充実しているので、トラムに乗って未知のベルリンをもっとたくさん見て回りたいと思った。

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by berlinHbf | 2006-04-25 01:40 | ベルリン発掘(全般) | Comments(13)

BZ Lexikon(95) 「ガーター勲章」

最近は更新が鈍っているこのコーナーですが、最近は新聞に掲載されない日も増えてきました。Berliner Zeitung紙には何とか続けてもらいたいものです。

さて今回は、先日80歳の誕生日を迎えたイギリスのエリザベス女王に関連する内容です。一昨年の秋、女王がベルリンを訪問されたのはよく覚えていますが、すごい人気でしたね。ちなみにその時の宿泊先は、ホテル・アドロンのスウィートルームでした。4月24日の紙面より。

Lexikon: Hosenbandorden(ガーター勲章)

Der Hosenbandorden – Order ob the Garter – ist der höchste Orden Großbritanniens. Er wurde 1348 von König Eduard III. gestiftet. Er versuchte mit dem Bund, der der legendären Tafelrunde von König Artus nachempfunden ist, die wichtigsten Ritter des Königreichs fester an sich zu binden. Die Ordensträger werden vom König respektiv der Königin berufen – neben der königlichen Familie können maximal 24 Ritter berufen werden. Zu den Mitgliedern zählt die frühere Premierministerin Margaret Thatcher. Der Legende nach verdankt der Orden seinen Namen einem etwas peinlichen Vorfall: Der Geliebten von König Edward, der Gräfin von Salisbury, soll beim Tanz ihr blaues Strumpfband heruntergefallen sein. Der Monarch hob es auf und rief aus, was später zum Motto des Ordens wurde: „Honi soit qui mal y pense“(„Ein Schelm, der schlechtes dabei denkt“).

(メモ)
die Tafelrunde: (アーサー王伝説の)円卓の騎士団.

訳)ガーター勲章はイギリスの最高位の勲章であり、1348年エドワード3世によって創始された。エドワード3世は、王国の最も重要な騎士たちを、アーサー王の伝説的な円卓の騎士団に倣って作った連合に結び付けようとした。勲章の受章者は、王または女王から招聘され、王室の他に最大24の騎士を招聘することができる。メンバーの中には、元首相のマーガレット・サッチャーがいる。伝説によると、この勲章の名前はある(いささか恥ずかしい)事件におかげをこうむっている。すなわち、エドワード王の愛人であるソールズベリー伯爵夫人が、舞踏の最中に青の靴下止め(ガーター)を落としてしまったらしい。君主のエドワード王はそれを拾い上げ、後にその勲章のモットーとなる言葉、「思い邪なる者に災いあれ」と呼びかけたのだった。

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by berlinHbf | 2006-04-24 23:59 | BZ Lexikon (51-100) | Comments(0)

W杯カウントダウン(1) - 政府地区にて -

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Spreebogenparkにて。後方は来月オープンするベルリン中央駅(4月21日)

ワールドカップ・ドイツ大会の開幕まで、ついに50日を切った。
これからは折に触れ、大舞台を直前に控えた町の様子や現地情報などもお伝えしていけたらと思う。

今回ご紹介する政府地区(Regierungsviertel)は、新しいベルリンの顔とも言える場所。来月ベルリン中央駅がオープンすると、W杯関連のイベントが多く予定されているこの周辺へのアクセスは、一層容易になる。

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世界中からやって来るファンのフェストが行われる「6月17日通り」の北側にそびえる連邦議会議事堂(Bundestag)。この向かいの広場では仮設アリーナの工事が始まっている。右側は首相官邸。

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Photo: adidas
一体何を建てるのかというと、ご覧のようなオリンピック・スタジアムのミニバージョンなのだ(スポンサーはアディダス)。9000人が収容でき、ワールドカップの全試合が2つの大画面で中継されるという。ただし、3ユーロの入場料がかかるとのことだが。

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連邦議会議事堂前(ブンデススターク)の新しい地下鉄駅(Bundestag)。中央駅とブランデンブルク門前を結ぶミニ路線(U55)は、当初はW杯の開幕に合わせて開通する予定だったのだが、結局間に合わず・・・
実際にこの下を列車が通るようになるのは、今年の12月からといわれている。
(追記:開業したのは結局2009年8月になってからでした・・・)

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パウル・レーベ議員会館前にて。この前には、ブンデススタークのドームのミニバージョンが作られることになっている(通称Bundesarena)。ドイツの政治についてのインフォメーションセンターになるようだが、「こんなもの作ってどうするのか」という意見もなくもないようだ。政府地区であり、新しいベルリンの中心ともいえる場所だけに、ドイツ政府としては「開かれた国」というイメージをアピールしたいのだろう。

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その北側のSpreebogenparkと呼ばれる芝生の公園では、このようなサッカーシューズの巨大なモニュメントが。1954年にドイツがW杯で初めて優勝した際に、当時改良を重ねて開発されたサッカーシューズとのこと。

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ここからはシュプレー川を挟んで中央駅もよく見渡せ、天気のいい日には日向ぼっこにも最高な場所。芝生に寝っころがっていたら、ちょっぴりうとうとしてしまった^^;)

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気が付くと、いつの間にかここで草サッカーが始まっていた。

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W杯が始まったら、こういう風景は至るところで見られるのだろう。

オリンピック・スタジアムでの試合のチケットを持っていなくても、ベルリンでW杯を楽しむ場所は、たくさん用意されているようだ。

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by berlinHbf | 2006-04-23 00:59 | ベルリンのいま | Comments(0)

オープンカフェの季節到来!

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OranienstraßeのBateau Ivreにて(4月20日)

4月のドイツはAprilwetterといって不安定な天気が続くことが多いのですが、ここ数日は気温も上がり、ようやく春らしくなってきました。

さて、昨日久々に会う友達とクロイツベルクのオラーニエン・シュトラーセをぶらぶら歩いていたら、感じのよさそうなカフェを発見。

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人が多くて、みんなが気持ちよさそうにくつろいでいるカフェは大体入ってみて間違いありません。長く厳しい冬がようやく終わり、ぽかぽかした陽気の中、オープンカフェでくつろぐひとときは本当に格別なものがあります。これから7月ぐらいにかけてが、一般的に言って、ドイツで一番いい季節かもしれません。日は長いし(夏至の時は22時半ぐらいまで明るい)、気温は上がっても空気は乾燥しているので、日本のような蒸し暑さはほとんどありません。そういう中で飲むビールがいかにうまいか、これは説明するのが難しい^^;)

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値段も手ごろで、実際に感じのいいカフェでした。大きな窓と明るい雰囲気の店内も印象的。私は飲んだだけですが、時おり運ばれてくる料理もおいしそうでしたよ。

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ウェイターのおにいさんに店名の意味を聞いてみたところ、フランス語で「酔っ払った船」とのこと。オーナーはフランス人だが、自分はベルリンで生まれ育ったトルコ人で、「でも正確に言うとクルド人だけどね」と話してくれました。このマルチカルチャーなオラーニエン・シュトラーセは、毎年メーデーの暴動でも有名。今年はどんなドラマが繰り広げられるのか・・

Bateau Ivre
Oranienstraße 18
Tel. 030 - 61403659
営業時間: 9時~夜中3時
(ただし温かい料理は16時までとのこと)

ところで、ベルリンでは昨日からドイツ初の大規模なダンス会議(Tanzkongress)が始まっているのですが、そのオープニングを飾ったのが、ウラジーミル・マラーホフとサシャ・ヴァルツの初共演(!)ということで大変な話題を呼んでいます。チケットは早々に完売で、私は残念ながら買えず。バレエとダンス界の大物同士のの共同作業はどういうものになったのか、いやー観てみたかったです。

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by berlinHbf | 2006-04-21 01:58 | ベルリン発掘(西) | Comments(5)

新ナショナルギャラリーの「メランコリー」展

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メランコリー漂うベルリンの冬の空。Neue Nationalgalerieにて(2月24日)

ノイエ・ナツィオナールギャラリー(新ナショナルギャラリー)で開催中の「メランコリー 芸術における天才と狂気」という展覧会を先日観て来ました。これは、「メランコリー」という概念が、ヨーロッパにおいていかに芸術の源泉になったかを、古代ギリシャから現代までの300以上の絵画、彫刻、写真、ビデオアートなどの作品を観ながら辿ることができるという、圧巻ともいえる展覧会でした。
内容を少しご紹介してみましょう。

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Deodato di Orlandi, Johannes der Täufer (13c)

メランコリーという言葉は、「黒い肝汁(Melas cholé)」意味する古代ギリシャ語が起源です。紀元前400年頃、ヒッポクラテスが始めた体液病理学によると、メランコリックな気質の人というのは、血液に黒い肝汁が余分に流れ込んでいるからだと説明されていました。憂鬱気質の人は立派な病気とされていたのです。その理論によると、人間の性格も「多血質・肝汁質・憂鬱質・粘液質」の4つに分類され、憂鬱質の要素は「土(元素)、秋(季節)、成人(人生の中で)、午後(一日の中で)」でした。

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Geertgen tot Sint Jans, Johannes der Täufer in der Einöde (1480-1485)

そんなわけで、メランコリーであるということはネガティブに見られることが多かったようなのですが、一方でその逆の見方も古代から存在していました。つまり、「メランコリーは天才の創造の源泉である」という考えです。「哲学、政治、詩、芸術において、卓越した業績を残した人間は、どうして揃いも揃ってメランコリックなのだろうか?」という紀元前4世紀のアリストテレスの言葉が紹介されていました。

中世においては、メランコリーは「修道士の病気」として知られ、7つの罪のひとつでさえあったそうです。このコーナーでは絵画だけでなく、中世の医学書や神学書なども展示されていました。こうもりの剥製なども置いてあって、ちょっと恐かったですが^^;)。

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「メランコリー」というタイトルで、おそらく最も有名な芸術作品はこれではないでしょうか。デューラーの「メランコリア1」という銅版画ですが、思いのほか小さい作品でした。モデルの男性はデューラー自身といわれています。これも、「メランコリー=孤高の天才」という系譜に属する作品と見ていいのでしょう。

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さて、こちらも「メランコリア」というタイトルのクラナッハの作品。これはメランコリーと当時盛んだった錬金術とが結び付いた作品だそう。クラナッハ作品に出てくる女性特有の挑発的な目が印象的ですが、この絵にはいろいろなアレゴリーが隠されているようです。

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これは17世紀、ドメニコ・フェッティの「メランコリア」。この時期、メランコリーは死と結び付けられ、無常観(Vergänglichkeit)の色の濃い作品が多く登場します。しばしば画面に登場する、されこうべ、ろうそく、砂時計はいずれもそのシンボルです。

この展覧会では、「メランコリーの響き」というメランコリーと音楽を結び付けたコーナーもありました。憂鬱性をまぎらわすのに、音楽には古くから重要な癒し効果があるとされていたんですね。ちなみに、音楽療法という概念は旧約聖書のサムエル記にすでに出てくるんだそうです。

1628年に血液循環が発見されたことにより、「メランコリックな人間は体液が黒いからだ」という考えはもはや意味をなさなくなりますが、「メランコリーは芸術における創造の源泉」、「天才と狂気は紙一重」という古代からの考えは、18,19世紀の芸術美学に強い影響を及ぼします。今回の展覧会でも、19世紀の作品にとりわけゆったりしたスペースが割かれていたのには頷けました。まずは左右対称に並ぶ、C.D.フリードリヒの大きな画面の2作品に圧倒されます。メランコリーは自然と結び付いていくのです。

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Casper David Friedrich, Adtei im Eichwald (1809-1810)

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Casper David Friedrich, Mondaufgang am Meer (1822)

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静謐感漂うアーノルド・ベックリン(Arnold Böcklin)の「死の島」。この時代からは、ゴッホ、ムンク、ピカソをはじめとした名作が目白押し。有名な、ロダンの「考える人」も登場します。

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Vincent van Gogh, L'Arlésienne: Madame Joseph-Michel Ginoux (1888 or 1889)

それにしても、腕を曲げて、手を頭にやるポーズがやはり多いですね。これはヨーロッパ特有なのか?例えば、日本の絵画で、こういうポーズを描いた人物画は、あまり思い浮かばないのですが。

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Frank von Stuck, Luzifer (um 1890)

この時代のメランコリックな絵を観ていると、マーラーの音楽でも聴きたくなってきます。この前書いたR.シュトラウスのオペラ「ばらの騎士」も、私の中ではまさにメランコリーな作品。

実はこの「メランコリー」展、絵画だけでなく、メランコリーをテーマにした映画やコンサートなどの付属プログラムも充実しているのです。例えば映画だと、タルコフスキーの「ノスタルジア」やジャン・コクトーの「オルフェオ」、最近のものだと、「ロスト・イン・トランスレーション」や「花様年華」といった作品が上演されます。このラインナップには、うーん納得という感じです。

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やがて時代は20世紀へ。これはベルリン生まれのアメリカ人画家、ゲオルゲ・グロッス(Georg Grosz)のDer Liebeskranke(恋の病)という作品。このあたりまでくると、どこがメランコリーでどこが狂気なのだかわからなくなってきますが、これが20世紀というものなのでしょうか。

書き疲れてきたので最後は駆け足になってしまいましたが(後ほど少し書き足します)、メランコリーに彩られてきたヨーロッパのアートの歴史をたっぷり眺めることができる、文句なしにおすすめの展覧会です。5月7日までなので、機会のある方はお早めにどうぞ。

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by berlinHbf | 2006-04-18 23:01 | ベルリン文化生活 | Comments(12)

BZ Lexikon(94) 「ウルビ・エト・オルビ」

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ポツダム広場のショッピングモール、Arkadenにて(4月16日)

(前回のつづき)
イースターに際して、もう一つ訳しておきたかったのはこの言葉です。私が知っている数少ないラテン語の単語でもあります。2004年4月10日の紙面より。

Lexikon: Urbi et Orbi(ウルビ・エト・オルビ)

Mit der Formel urbi et orbi will die katholische Kirche ihren universalen Geltungsanspruch deutlich machen. Die Worte kommen aus dem Lateinischen und bedeuten übersetzt "der Stadt und dem Erdkreis". Die Formel gehört zu dem Segensanspruch, den der Papst Weihnachten und Ostern vom Balkon des Petersdoms erteilt. Die römische Kurie verwendet die Formel auch für bestimmte Dokument, die weltweit gelten sollen. Weitere Anlässe sind Ablässe, Selig- und Heiligsprechungen.

訳)「ウルビ・エト・オルビ」という決まった表現をもって、カトリック教会は全世界に効力を持つ主張を明白にする。この言葉はラテン語に由来し、意味は「ローマおよび世界に対して」と訳される。この表現は、ローマ教皇がクリスマスと復活祭の際に、聖ペトロ寺院のバルコニーから授ける祝福の要求に属している。ローマ教皇庁は、全世界に通用するべきとされる特定の文書に対しても、この表現を用いる。その他、免罪、列福、列聖といった機会にもこの表現が使われる。

もう最後の日になってしまいましたが、Frohe Ostern!(復活祭おめでとう)

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by berlinHbf | 2006-04-17 15:26 | BZ Lexikon (51-100)

BZ Lexikon(93) 「復活祭」

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ポツダム広場のショッピングモール、Arkadenにて(4月16日)

今日のドイツは、復活祭(イースター)休暇の最終日の月曜日。通称Ostermontagです。新聞はお休みですが、昨年のこの時期のLexikonで、この「復活祭」について説明したものを見つけたので、今回はこれを訳してみましょう。2005年3月26日の紙面より。

Lexikon: Ostern(復活祭)

Zu Ostern feiern die Christen die biblisch überlieferte Auferstehung Jesu Christi. In der Karwoche, die mit dem Palmsonntag begann, gedenken die Christen der Leidenszeit Jesu. Karfreitag ist der Tag der Kreuzigung. Das Wort "Kar" (althochdeutsch "kara") bedeutet "Klage" und "Kummer". In den evangelischen Kirchen wird der Karfreitag mit strenger Buße verbunden und gilt als der höchste Feiertag. Höhepunkt im Kirchenjahr der Katholiken ist das Osterfest, die Feier der Auferstehung Jesu.

(メモ)
der Palmsonntag: 枝の主日(復活祭直前の日曜日)
die Karwoche: 受難週,聖週間.

訳)復活祭の日に、キリスト教徒は聖書に伝えられているイエス・キリストの復活を祝う。「枝の主日」で始まる受難週において、キリスト教徒はイエスの苦難の時をしのぶ。聖金曜日(Karfreitag)が、キリストが十字架にかけられた日である。"Kar"(古高ドイツ語の"kara")とは、「嘆き」や「苦悩」を意味する。プロテスタント教会において、聖金曜日は厳しい贖罪と結び付いており、最上位の祝日と見なされている。カトリックの教会暦におけるクライマックスは、イエスの復活を祝う、復活祭の祝いである。


復活祭といえば、ドイツではOstereiと呼ばれる色とりどりのタマゴが有名ですね(写真)。Wikipediaによると、「これはもともとヒナが卵から生まれることをイエスが墓から出て復活したことを結びつけたものといわれている」そう。また、多産の象徴であるウサギをかたどったものも、この時期たくさん見かけます。

またイースター期間中は、受難曲をはじめとした宗教色の濃い音楽作品が盛んに演奏されます。先週の聖金曜日、州立歌劇場ではワーグナーの「パルジファル」がバレンボイムの指揮で上演されました。私はこの日、ベルリン・ドイツ響の演奏による、ハイドンの「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」を、昨夜はやはりハイドンのオラトリオ「天地創造」を聴きましたが、特に後者は感動的でした。

昨日の復活祭の式典では、ローマ教皇による伝統的な説教が行われましたね。それに関連して、もうひとつ訳しておきたいものがあります。

(つづく)

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by berlinHbf | 2006-04-17 14:44 | BZ Lexikon (51-100) | Comments(0)

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