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ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
「素顔のベルリン」増補改訂版
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本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

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豊富なビジュアルとドイツ語フレーズを楽しめる1冊。基本のあいさつ表現から、街にまつわるドイツ語豆知識まで、ガイドブックとともに旅に役立つ会話集です。




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(2009年発売)

地球の歩き方シリーズ初、待望のベルリンガイドブック誕生!比類なき歴史を抱えつつ、明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。「ドイツで最もドイツらしくない」といわれるこの町の知られざる魅力を、現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介。


現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

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中央駅のいま(7) 2002年9月~2006年2月 その1

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ベルリン中央駅の南側より(2月27日)。

先日、ほったらかしになっていた過去の写真を整理していたら、私が今使っているCASIOのデジカメを買った直後、つまり2002年夏に撮った写真が何枚か出てきた。その中で私の目を引いたもののひとつが、工事がまだ始まったばかりのベルリン中央駅を写した数枚だった。当時は何気なく撮っただけなのだが、これが今となってはなかなか貴重なドキュメントになっているのだ。

私はふと思った。「この写真を撮った同じ場所で、今再び写真を撮ってみたら、どういう風景が写るだろうか」 物好きな私は昨日の夕方、この3年半のベルリンの風景の移り変わりをとらえるべく、ベルリン中央駅へと向かったのだった。

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これが2002年9月15日に中央駅の東側から撮ったもの。左手の岸辺はまだ何も手付かずの状態だ。シュプレー川の右手もまだご覧の通り。以前にも触れたが、この辺りはかつて壁によって東西が隔てられていたため、長い間広漠とした風景が広がっていた。

さて、2006年2月27日のベルリン中央駅はどうなっているか。上の写真と同じポイントは見つかるだろうかと思ったが、右側の岸辺のカーブの具合と、ちょこんと川の中から浮かんでいる手前のホースが決め手になった。上の写真をまずじっくりご覧になってから、次の写真をご覧いただきたい。

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ただただ、この3年半の時の経過を思わずにはいられない・・

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さて次の1枚。シュプレー川の南岸に沿って西へ歩いて行くと、川をはさんで駅の南側が見えてくる。2002年当時は、人気もなくこんな感じだった。駅の2つのドームの間は、ぽっかり空間ができていた。橋がなかったので、向こう岸へ渡ることもできなかった。

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それがどうだろう。いまや工事はここまで進んできたのである。5月28日の開業には何とか間に合うのかもしれない。

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これはその数日前に撮ったものだが、近くに寄るとこんな感じになる。ドイツの首都のターミナルにふさわしい駅が完成しつつある。中の様子はまた次の機会にご紹介したい。

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3枚目の写真を撮った橋から、連邦首相府(Bundeskanzleramt)方面を望む。

(つづく)

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(今回はちょっと特別な写真なので、ワンクリックいただけるとうれしいです)
by berlinHbf | 2006-02-28 01:55 | ベルリン中央駅 | Comments(7)

ブレヒトとコルンゴルト

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ベルリナー・アンサンブルにて(2月23日)。

先週は充実した舞台作品を2本観ることができた。後になってふと気付いたのだが、奇しくも、両方ともナチズムと関わりのある作品だったので、ちょっとここに書いてみようと思う。

1本目はベルリナー・アンサンブルで観た「アルトゥロ・ウイの興隆(Der aufhaltsame Aufstieg des Arturo Ui) 」という演劇作品。かのベルトルト・ブレヒトが、1941年亡命先で書き上げた作品である。これをドイツ演劇界の巨匠、ハイナー・ミュラーが亡くなる直前に演出した。1995年のプレミエから人気が衰えることなく、今でも毎シーズン必ずといっていいほどこの劇場のレパートリーに入っている傑作舞台だ。昨年日本でも上演されたので、実際にご覧になった方もいるかもしれない。私は1時間ほど前に劇場に行ったのだが、すでに立見席しか買えなかった(これが何と2ユーロという安さ!)。

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初めてこの作品を観にやって来てまずびっくりするのが、開演前、1人の男性が劇場のバルコニーで声高々に演説するパフォーマンスだ。マイクを通してなので、周囲に勢いよく響き渡る。「これは一体何なの?」 私が初めてこの作品を観た時、一緒に行ったオーストリア人に聞いたら、「おそらくヒトラーの最後の頃の演説だろう」とのこと。おそらく年配の俳優さんが演じているのだろうが、なるほど、確かにヒトラーのあの口調そのものだ。すごみがある。

なぜヒトラーかというと、実はこの作品、ヒトラーが権力を握るまでの過程を、1920年代のアメリカのギャングの世界に置き換え、皮肉たっぷりに描いたものであるからだ。ヒトラーであるウイの役を、マルティン・ヴトケ(Martin Wuttke)という俳優が演じるのだが、これがちょっと別格のすごさである。興奮させられ、呆気にとられ、そして笑える(言葉はあまりわからないのに・・)。ヴトケがいつまでこの超絶的な役を演じることができるかわからない今、機会があったら、ぜひご覧になることをおすすめしたい。音楽の使い方もおもしろかった。シューベルトの「魔王」で不気味に幕が開き、ヴェルディのオペラ(椿姫かな?)、曲名はわからなかったがどこかで聞いたことのあるロックのメロディーが何度も流れ、最後はワーグナーのオペラの断片が極めて効果的に使われる。ちなみに、先ほどの演説パフォーマンスは、終演後にも見ることができる。

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                              Foto: Bernd Uhlig

2本目は、ベルリン・ドイツオペラで観た、コルンゴルトの「死の都(Die tote Stadt)」というオペラ作品。エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト(1897-1957)の名前を知っていて、実際に聴いたことがあるという方は、かなりの通かもしれない。私も今まで実際に聴く機会はほとんどなかった。

コルンゴルトの生涯はとても興味深い。若い頃は早熟の天才としてウィーンに名を馳せ、10歳の時、あのマーラーからも絶賛されたという。ローデンバックの小説「死の都ブリュージュ」を下敷きにしたこのオペラは、何と23歳の時に作曲したものだ。音楽は妖しいばかりの美しさにあふれていて、とても大学4年生ぐらいの若者が書いたとは思えないほど筆が熟している。今回初めて聴いて本当にびっくりした。

しかし、ユダヤ人だったコルンゴルトは、ナチスが力を握ると活動の幅を次第に狭められていき、1934年アメリカに亡命。今度はハリウッドで、映画音楽の作曲家として活躍するのである。この作曲家に詳しい友達によると、「スターウォーズ」に代表されるハリウッド映画の壮麗な音楽は、コルンゴルトがこの時代書いた音楽に端を発するのだそうだ。

戦後、コルンゴルドはハリウッドの世界に嫌気が差してヨーロッパに戻るのだが、彼の後期ロマン派の作風はもはや受け入れられず、1957年、失意のうちに亡くなる。23歳で「死の都」のような驚くべき作品を書き上げたコルンゴルト。ハリウッドで才能を浪費(と言っていいのかわからないが)せず、もし、ヨーロッパに残って活動を続けていたらどうなっていたのだろう、との思いがよぎった。

ブレヒトの作品はナチスによって焚書の対象にされ、コルンゴルトの音楽はやはりナチスから「退廃芸術」の烙印を受けた。芸術を自由に享受できる時代のありがたさを思う。

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by berlinHbf | 2006-02-27 03:10 | ベルリン文化生活 | Comments(4)

アルコーナ広場周辺を歩く(3)

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Arkonaplatzにて(2月19日)

前回お伝えしたアルコーナ広場ののみの市の隣りは、子供の遊び場になっている。このスペースがなかなかの充実ぶりなのである。相変わらず外は寒かったが、子供たちは元気いっぱいに遊んでいた。私は久しく見ていないけれど、最近の日本の子供たちもこんな風に公園で遊んでいるのだろうか。それとも子供絡みの物騒な事件が頻発している昨今、あまり外には出なくなっているのだろうか。そんなことも思いながら、何枚か写真に収めてみた。

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さて、アルコーナ広場を後にして、もう少し北に向かって歩いてみよう。普通のアパートを横目にしながら少し歩くと、大通りにぶつかるのだが、ぽっかりと不自然な空き地ができている。これは何だろうか。

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この通りの名前は、ベルナウアーシュトラーセ(Bernauer Straße)。ピンとくる方は少なくないかもしれない。ここはかつての壁があった通りなのである。普通の住宅街に、ある日突然壁が建てられたゆえ、数々の壮絶なドラマが展開された舞台でもある。1961年に壁ができた当初は、壁に面したアパートに住んでいた住民の中には、アパートの窓から西側に飛び越えることに成功した人もいたらしい。

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しかし、やがて当局の目も厳しくなり、壁沿いのアパートの窓はセメントで封鎖され、そこに住む人たちは引っ越しを余儀なくされてしまう。

それでも果敢に挑む人たちもいた。例えば、壁ができた翌年の1962年には、57人の東ベルリンの人たちがトンネルを掘って西側に脱することに成功した。トンネルは地下12メートル、長さ145メートルに及ぶが、トンネル自体の高さは70センチしかなかったという(こちらを参照しました)。逆に、この場所で亡くなった人は、一体どのくらいいるのだろうか。

壁をテーマにした貴重な資料は、この通りを西に10分ほど歩いて行ったところにある、壁記録センターで見ることができる。

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このかつての壁沿いに、新しい路面電車を通す工事が現在進んでいる。Eberswalder Straßeを起点に、Nordbahnhofまで全長1,7キロの線で(完成後はM10となる)、ほぼ全区間、かつての壁に沿って走ることになる。完成は今年中とのことで、またひとつ、新しいベルリンを見ることができるのが楽しみだ。

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by berlinHbf | 2006-02-25 13:44 | ベルリン発掘(東) | Comments(37)

BZ Lexikon(73) 「クジラ島」

鳥インフルエンザの発見でクローズアップされた、バルト海に浮かぶ小さな島が今回のテーマです。2月24日の紙面より。

Lexikon: Insel Walfisch(クジラ島)

Die Insel Walfisch, auf der eine am aggressiven Vogelgrippe-Virus H5N1 gestorbene Ente gefunden wurde, liegt drei Kilometer von der Küste in der Wismarer Bucht und ist 11,5 Hektar groß. Das unbewohnte Eiland ist ein europäitsches Vogelschutzgebiet. Auf der Insel finden Sturmmöwen, Silbermöwen, Stockenten und Höckerschwäne ideale Brutbedingungen. Rund 500 bis 1 500 Brutpaare finden sich jährlich dort ein. Viele Wandervögel nutzen es als Rastplatz. Im Dreißigjährigen Krieg (1618-1648) erlangte die Insel strategische Bedeutung. Ende des 17. Jahrhunderts erhielt sie eine Festung, die allerdings Anfang des 18. Jahrhunderts auf Verlangen des dänischen Königshauses gesprengt wurde.

(メモ)
das Eiland: 《文語》島
die Sturmmöwe: カモメ
die Silbermöwe: セグロカモメ
die Stockente: マガモ
der Hökerschwan: コブハクチョウ
sich ein/finden: 現れる,到着する.

訳)攻撃的な鳥インフルエンザのウィルスである、H5N1で死んだカモが見つかったヴァールフィッシュ(クジラ)島は、ヴィスマール湾から3キロほど離れた場所に位置し、11,5ヘクタールもの面積がある。この無人島は、ヨーロッパにおける鳥の保護区域である。この島では、カモメ、セグロカモメ、マガモ、コブハクチョウらが理想的な孵化の条件を見出している。500から1000もの孵化するオスとメスの組が、毎年この地に現れる。多くの渡り鳥は、この島を休息の場所として利用している。30年戦争(1618-1648)で、この島は戦略的な意義を獲得した。17世紀の終わりにはここに要塞が造られたが、18世紀初頭、デンマーク王室の要求によって爆破された。

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by berlinHbf | 2006-02-25 00:50 | BZ Lexikon (51-100) | Comments(0)

丸ごと覚えるドイツ語(3) - 荒川静香の金メダル -

丸ごと覚える必要は全くないのですが(笑)、先ほどテレビで見たフィギアスケートの興奮が収まらないので、ドイツ人実況アナウンサーの話の中から印象に残った部分をディクテーションしてみました。たまたまビデオに録画しておいたので、何回も聞いて書き取りましたが、不確かな部分もあります。ドイツ語を勉強している方は音読してみてください。語順が流動的ですし、文法書に載っているドイツ語とかなり違うのがおわかりいただけると思います。

Da hat sie wirklich Geschichte geschrieben. Und also, ich persönlich, wenn ich zurückdenke 1998 Nagano der erste Auftritt von Shizuka Arakawa, hätte ich im Leben nicht gedacht, dass dieses Mädchen acht Jahre später ganz oben stehe, hätte ich. (Ich) Hab sie eingeschätzt, springen kann sie.. ja.. laufen auch ganz in Ordnung. Das wurd so eine für den Platz 10(この文がちょっと不明). Das war damals mein Urteil über Shizuka Arakawa, die eine unglaubliche Entwicklung genommen hat.

im Leben nicht: 絶対に・・しない.

訳)-中略-そういうわけで、彼女は歴史を書き換えたのです。私個人の話になりますが、1998年の長野で、荒川静香が最初に登場した時のことを思い出すと、この少女が8年後、(表彰台の)一番上に立つことになるなど全く思いもしませんでした。私の彼女への評価はこんな感じでした。「ジャンプはできるな、うん、滑りもまあOKだな」。この時は10位でした。これが当時の私の荒川静香に対する評価だったのですが、それから彼女は信じられない発展を遂げました。

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by berlinHbf | 2006-02-24 01:47 | ドイツ語関連 | Comments(6)

BZ Lexikon(72) 「スレブレニツァ」

私が購読しているBerliner Zeitungに、今週から今ドイツでブームになっているSUDOKU(数独)というパズルゲームが掲載されるようになり、その下にあるLexikonの分量が増えました・・毎日訳すのは難しいかもしれませんが、自分が興味あるキーワードを中心に続けていきます。2月23日の紙面より。

Lexikon: Srebrenica(スレブレニツァ)

Srebrenica ist eine etwa 21 000 Einwohner zählende Stadt in Bosnien-Herzegowina. Sie liegt nordöstlich von Sarajewo und nahe der Grenze zu Serbien. Der Name der Stadt steht für das schwerste Kriegsverbrechen, das seit dem Zweiten Weltkrieg in Europa verübt wurde. Bosnisch-serbische Truppen unter dem Kommando von Ratko Mladic eroberten 1995 die von Muslimen bewohnte Stadt, obwohl sie UN-Schutzzone war. Eín kleines Kontingent niederländischer Blauhelme konnte die etwa 2 000 gut ausgerüsteten Angreifer nicht aufhalten. Rund 8 000 Muslime wurden abgeführt, meist erschossen und in Massengräbern verscharrt. Frauen und Kinder wurden deportiert.

(メモ)
das Kriegsverbrechen: 戦争犯罪.
aufhalten: 阻止する.引き止める.
ab/führen: 連行する.留置する.
verscharren: 地面を掘って埋める.
deportieren: 追放(流刑)に処する.

訳)スレブレニツァは、ボスニア・ヘルツェゴヴィナの人口約2万1000人の町である。この都市はサラエボの北側、セルビアとの国境近くにある。この都市の名前は、第2次世界大戦以降、ヨーロッパで実行された最もひどい戦争犯罪を象徴している。1995年、ラトコ・ムラジッチの指揮下のボスニア・ヘルツェゴヴィナ軍は、国連の保護区域にも関わらず、ムスリム系が住むこの町を侵略した。少ない割り当てだったオランダ人の青いヘルメット(つまり国連軍)は、十分に装備した侵略者たちを阻止することができなかった。約8000人のムスリムが連行され、大部分が殺害された後、巨大な墓穴の中に埋められた。女性と子供は流刑に処された。

(言葉の背景)
セルビア・モンテネグロの各メディアは21日、元ボスニア・セルビア人勢力で旧ユーゴ戦犯国際法廷(オランダ・ハーグ)から訴追されているムラディッチ将軍を逮捕したと報じた。同日、セルビアで逮捕され、ハーグに移送中などと伝えた。しかし、セルビア政府は否定、同法廷は明言を避けるなど、情報が錯綜している。(毎日新聞)

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(荒川静香さんおめでとう!胸がいっぱいになり、今日はもう何も書く気が起きません)
by berlinHbf | 2006-02-24 00:28 | BZ Lexikon (51-100) | Comments(2)

アルコーナ広場周辺を歩く(2)

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Arkonaplatzにて(2月19日)

(前回のつづき)

ベルリンの東、プレンツラウアーベルク(Prenzlauer Berg)にあるアルコーナ広場を訪れたのは、実は今回が初めてだった。この広場の「のみの市」はわりと有名なので、いつか来ようとは思っていたが、今回私をそこへ向かわせたのは、このブログを読んでくださっているあるベルリン通の方からのメールだった。「DDR時代、あの広場こそ東ベルリンでもっとも可愛らしい広場だったと思います」という部分が気になっていたのである。

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ちょっと気になって調べてみたのだが、アルコーナ広場が現在の名前になったのは、1875年のこと。世界大戦前はこの周辺は貧しい地区だったという。第2次世界大戦で4500ものアパートのうち、約1000が焼失。東ドイツ(DDR)時代、1970年から1984年にかけて改装工事が行われ、やはりプレンツラウアーベルクにあるArnimplatzと並び、DDRの表看板的な広場だったのだそうだ。ぐるっと一回りして、いつかご紹介したシャミッソー広場とは建物の様子が大分違うが、なるほど、確かにチャーミングな広場だなと私は思った。

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のみの市(Flohmarkt)については説明は不要だろう。私が訪れた頃は、そろそろたたんでいる店も散見されたが、ちょっと様子をご覧いただきたい。毎週日曜日の10時から17時まで開かれているのだそうだ。なんだかよくわからないものも売られているが、こういうのはぶらぶら見て歩いているだけでも楽しい。

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これは売り物ではないのだが^^;)、日除けシートのイラストがかわいらしかったので・・

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のみの市が立っているその横は子供の遊び場になっている。これがまた見ていて楽しかったので、次回はこの様子からお届けします。

(つづく)

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by berlinHbf | 2006-02-23 00:19 | ベルリン発掘(東) | Comments(2)

アルコーナ広場周辺を歩く(1)

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Zionskirche(シオン教会)の塔の上からの眺め。中央のテレビ塔から右に向かって、赤の市庁舎、ベルリン大聖堂などが見える(2月19日)。

先日、今月末で閉鎖となる「ホテル・ウンター・デン・リンデン」についての記事を書いたところ、ホテルの取り壊しを惜しむ方々からのコメントを意外に多くいただいた。東ドイツ時代に宿泊したことがあるという方もいたし、近年の「オスタルジー」の影響もあるのかもしれない。今回は、そんな東(オスト)の雰囲気が色濃く残る界隈をひとつ選んで散歩してみたい。

フリードリヒ・シュトラーセからM1か12番という路面電車(Straßenbahn)に乗って、のんびり外の眺めを楽しみながら揺られること約15分、Zionskirchplatzで降りると、ネオ・ロマンチック様式のシオン教会が目の前にそびえる。1873年に建てられた、うらぶれた雰囲気の教会だ。この日は日曜日ということもあってか、狭い階段をつたって塔の上に登ることができた。ここからの見晴らしはとてもよく、上の写真の他、西側のソニーセンターや戦勝記念塔、カイザー・ヴィルヘルム教会まで肉眼ではっきり確認することができた。

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たまにイモムシのような風貌の路面電車が、ゴトゴト音を立てながら下を通り過ぎていく。旧東を中心に路面電車はまだたくさん走っていて、町に独特の風情を加えている。手前が12番、奥がM1で、ここで2つの路線がぶつかる。

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これがシオン教会。私は3年前に、この教会の改装工事のための慈善コンサートで、ハイドンのミサ曲を演奏したことがあるので、久々に中に入りその時のことを思い出した。地味な教会なのだが、内部といいすすけた外観といい、独特の雰囲気がある。

後になって知ったのだが、反ナチ運動で知られるキリスト教神学者のディートリッヒ・ボンヘッファー(Dietrich Bohoeffer, 1906-1945)は、かつてこの教会に勤めていた時期があったという。ボンヘッファーは、第2次世界大戦でドイツが降伏するわずか1ヶ月ほど前に、ナチスによって処刑されている。今年2月4日が彼の生誕100年で、新聞でも大きく取り上げられていた。

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シオン教会を後ろに見ながら、さらに北に向かって歩いてみよう。

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DDR(東ドイツ)時代はおそらくかなり荒んでいたのだろうが、最近は改装が進み、どのアパートもすっかりきれいになった。

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やがて、アルコーナ広場(Arkonaplatz)にぶつかる。日曜日ということで、ちょうどのみの市をやっていた。せっかくなので、ちょっと様子をのぞいてみよう。

(つづく)

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by berlinHbf | 2006-02-22 02:13 | ベルリン発掘(東) | Comments(0)

ベルリナーレ後半&Offside

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メイン会場の Berlinale Palast にて(2月14日)。

今年のベルリナーレもこの日曜日で幕を閉じました。後半になるにつれて熱気は増していき、ほとんどの上映はソールドアウトに。私の今回のお目当てのひとつだった"Dear Pyongyang"もそんなわけで見逃してしまい、最終日は友達から評判を聞いていたデンマーク映画の"En Soap"を観に行こうかと思っていたのですが、土曜日の夜、その映画が銀熊賞を受賞したとのニュースが入り、チケットはまず入らないだろうと思って諦めました。結局観たのはわずかな数だけですが、簡単に書きとめようと思います。

まず、舩橋淳監督、オダギリジョー主演の"Big River"ですが、悪くなかったです。舞台はアリゾナ。オダギリジョー演じる日本人バックパッカーが、失踪した妻を探しに来ているパキスタン人の男アリに出会います。車が故障して動けなくなっている2人を助けた、現地に住んでいるアメリカ人の若い女性サラと3人で、アリの妻を探しに行くというロードムービー。

なんといってもアリゾナの大自然が舞台なので、圧倒的な自然美が見事。文化背景の異なる3人がちょっとした行き違いから仲違いしかけながらも、徐々に心の距離を近づけていきます。言葉の不自由な海外を1人で旅行していると、多かれ少なかれ似たような場面に出会うことがあるので、ところどころで共感できました。実は初めて観たオダギリジョーですが、英語での台詞も堂に入っていたし、なかなかいい味出していました。

その翌日観た、子供映画部門の"Winky's Horse"というオランダ映画は心温まる作品でしたが、詳細は省きます。ところで、後日談になりますが、その数日前に観た同じ部門の「KAMATAKI(窯焚)」が特別賞に選ばれましたね。うれしいニュースでした。主役の藤竜也によると、低予算で作った映画で、藤さん自身趣味で陶芸をやる方だったとのこと。窯を焼くシーンは、そういう下地があってのことだったのかと納得しました。

今回コンペ部門では唯一"Offside"というイラン映画を観ました。なぜこの映画を選んだかというと、テーマに興味があっただけでなく、今回のベルリナーレのコンペ部門でほぼ唯一といっていいほどチケットが売れ残っていたから。こういう場合、Berlinale Palastでの上映では、前回お話したようにLast Minute Ticketsが出るので、それを狙ったわけです。

この映画館は座席指定になっているのですが、さて中に入ってみると、審査員席のすぐ後ろの列ではありませんか。上映が近づくと、映画祭ディレクターのコスリック始め、審査員の皆さんも目の前にずらり。ベストポジションでの鑑賞となったのでした(しかもワールドプレミエ!)。

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タイトルの"Offside"から想像される方もいるかもしれませんが、この映画、実はサッカーの話です。舞台はテヘランのアザディスタジアム、昨年の6月、イランがドイツ行きを決めたW杯アジア最終予選の対バーレーン戦でのことです。今回のアジア予選で、日本とイランが同じ組に入ったことでご存知の方もいらっしゃると思いますが、イランではイラン革命以来(?)女性がスタジアムに入ることが禁じられています。しかし、ここへ、サッカーが大好きで祖国のW杯出場決定の瞬間を何とか見ようと、果敢にスタジアムに乗り込んでくる10代の少女たちがいました。黒のチャドルを身にまとっていたらすぐにバレるので、彼女たちはジーンズをはき、野球帽をかぶり、つまり男の子になりきってスタジアムに入ろうとするのです。しかし結局それぞれ捕まり、スタジアムのゲート横に柵で囲まれてしまいます。それでも彼女たちは、周りの警備の男たちに必死に噛み付き、何とか試合を観ようと試みるが・・

これはおもしろかったです。イランではタブーともいえるテーマに、イラン人であるJafar Panahi監督が真っ向から取り組み、こうして国際舞台でアピールできるということに、「映画の力」みたいなものを感じました。ヨーロッパとイラン(あるいはイスラム諸国)との緊張感が高まっている今だからということもあり、お客さんの反応はすこぶるよく、最後は熱狂的ともいえる喝采でした。少女たちの涙ぐましい努力にはホロりとさせられるし、またいろいろ考えさせられます。サッカー好きにはなおさら楽しめます。そうこうしているうちに、翌日この"Offside"が何と銀熊賞を受賞したではありませんか!これはまさに予想外の受賞といえるでしょう。おそらくドイツでの一般公開は時間の問題だと思います。日本での上映は、さてどうなるでしょう(ちなみにこの映画では、昨年3月のイラン対日本戦も一部絡んできます)。

今回のベルリナーレで金熊賞に輝いたのは、Jasmila Tbanic 監督の"Grbavica"というセルビア映画でした。「ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争下のセルビア人兵士によるボスニア女性への組織的な強姦を背景に母と娘の葛藤を描いた(ロイター)」という過酷なテーマを描いたドキュメンタリーだそうで、まさに今年のベルリナーレのテーマを象徴するものといえるのかもしれません。

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by berlinHbf | 2006-02-20 02:11 | ベルリン文化生活 | Comments(0)

BZ Lexikon(71) 「ベルリナーレの熊のトロフィー」

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                              Photo: dpa

今夜、いよいよベルリナーレ・コンペ部門の発表が行われます。今朝の新聞に載っていた評論家による採点表を見てみると、トップはドイツ映画の"Requiem"、次点は"A Prairie Home"。それに"The Road to Guantanamo", "Der freie Wille", "Sehnsucht"が並んでいます。さて結果はどう出るでしょうか。2月18/19日の紙面より。

Lexikon: Berlinale-Bären(ベルリナーレの熊のトロフィー)

Die Bären-Trophäen, mit denen an diesem Sonnabend die Besten der Berlinale ausgezeichnet werden, bestehen aus etwa vier Kilo Bronze. Die Staturen werden seit dem ersten Festival 1951 in der Bildgießerei Noack in Berlin-Friedenau hergestellt. Entworfen hat die Trophäe die Bildhauerin René Sintenis (1888-1965). Die Urversion wurde 1959 überarbeitet, seither ist der Bär schlanker und hebt die linke Tatze zum Gruß.

(メモ)
überarbeiten: 改訂する,手を加える.

訳)この土曜日、ベルリナーレ(ベルリン国際映画祭)のベスト作品に表彰される熊のトロフィーは、約4キロの銅からできている。1951年の第1回のフェスティバル以来、この彫像はベルリン・フリーデナウにある彫刻鋳造所Noackで製造されている。このトロフィーをデザインしたのは彫刻家のRené Sintenis (1888-1965)。オリジナルバージョンは1959年に手を加えられ、それ以来この熊はスリムになり、左の前足が上がり挨拶をしている。

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by berlinHbf | 2006-02-18 19:15 | BZ Lexikon (Berlin) | Comments(0)

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