ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
「素顔のベルリン」増補改訂版
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(Amazon、全国各書店にて発売中)

本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

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地球の歩き方シリーズ初、待望のベルリンガイドブック誕生!比類なき歴史を抱えつつ、明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。「ドイツで最もドイツらしくない」といわれるこの町の知られざる魅力を、現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介。


現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

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シュプレー川沿いの「本日開通」の道を歩く(1)

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今週は日本からお客さんラッシュ(といっても全部で2人だが)。昨日は日本から大学時代の友達がベルリンにやって来た。彼女は私のブログを読んでくれていて、その影響からか、ベルリンの新しい場所を見たいという。いつもなら、「ベルリンの新しい場所」というと候補はいくつかあるのだが、この日に限って、私に全く迷いはなかった。実は昨日の新聞のベルリン欄に、「シュプレー川沿いの新しい道路が本日開通」という記事が大きく載っていたのである。あいにくの天気だったが、早速その道を一緒に歩いてみることになった。

S-Bahn Friedrichstrasseの駅から、シュプレー川沿いに西に向かって歩いて行くと、通称"Regierungsviertel(政府地区)"と呼ばれる広大な区域が見えてくる。シュプレー川がゆったり半円を描いて流れる岸辺に、首相官邸や連邦議会を始めとする政府の重要な建物が並び、この一角の北側のてっぺんには例のベルリン中央駅が建設中である。前にも触れたが、この場所はかつて壁によって東西に分断されていたため、さら地と化していた。1990年の統一後、ボンからベルリンへの首都移行が決まってから10年以上を経て、この政府地区はようやく完成に近付きつつある。

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新しい道路(neuer Uferweg am Schiffbauerdamm)はここから始まる。左の大きなドームのある建物は、ドイツ連邦議会(Reichstag)。これは裏側から見た形になる。

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この日の11時に、連邦議会議長のWolfgang Thierseらによってこの通りが開通してから、まだ数時間しか経っていない。しかし、この天気と寒さからか人通りはほぼ皆無(テレビのクルーは一台見かけたが)。それでも、できたてほやほやの道路を歩くのは気持ちがよい。

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やがて、川の向こうにPaul-Loebe-Hausが見えてくる。Stefan Braunfels設計による議員会館である(ついでに、建物の左に並ぶ看板のようなものにも注目していただきたい)。この建物の前はシュプレー広場(Spreeplatz)と呼ばれるのだが、この広場は非常にユニークだ。

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というのも、川を挟んで対に並ぶこのMarie-Elisabeth-Lueders-Hausという建物の前の広場も、同じく「シュプレー広場」であるからだ。川を挟んだ2つの広場が同じ名前で呼ばれることは、普通はない。これは、かつてこの両岸に壁があったゆえ、東と西の掛け渡しと壁の超克を象徴する意味合いを込めての広場だからという。

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となると、Paul-Loebe-Hausの横にあるこの十字架の意味も見えてくる。これはかつてシュプレー川を越えて東から西側に逃げようとして殺された人々を追悼し、彼らのことを忘れないという意味のものなのである。一番上の写真のGuenter Litfinという人は1961年の8月24日に亡くなっているが、壁ができたのは8月13日なので、その11日後に川と壁を越えようとして射殺されたものと思われる。

さて、この十字架の背後に、川を隔てて大きな階段が見えるが、この階段には「スペイン階段(Spanische Treppe)」の名前が付いている。一体なぜ「スペイン」なのかさっぱりわからなかったのだが、家に帰って新聞の記事をゆっくり読んで納得した。これについてはまた次回に。

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by berlinHbf | 2005-09-30 03:34 | ベルリン発掘(境界) | Comments(2)

ペルガモン博物館と再び共和国宮殿

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共和国宮殿の「お立ち台」よりブランデンブルク門方面を望む(9月28日18時32分)。

大学時代の先輩から紹介されたあるお客さんがベルリンを訪れ、昨日の午後、町をご案内した。待ち合わせ場所は博物館島にあるペルガモン博物館。私がこの博物館を訪れるのは3回目だが、毎度のことながらそのスケールに圧倒される。ここは日本語によるオーディオガイド(無料)があるので、非常に助かるのだが、全ての説明を聞こうと思ったら丸一日はかかるだろう。そのぐらいの規模だ。

この建物の一角で、「ヘルクラネウムの最後のとき(Die letzten Stunden von Herculaneum)」という特別展がたまたま行われていたのだが、これがとりわけ面白かった。Herculaneumとはイタリア名でエルコラーノ(Ercolano)。ポンペイほど有名ではないが、紀元後79年のヴェスーヴィオ火山の大噴火で、町ごと一瞬にして埋まってしまったナポリ近郊の町である。私は昨年、母親とポンペイを訪れたので、これらの展示物は身近に感じることができた。

灰に埋もれ忘れ去られたこの町が発掘されたのは、1709年になってから。ポンペイより少し早かったとことになる。今回、そこから発掘された彫刻、モザイク画、調度品、アクセサリーなどが並べられたが、イタリア以外でそれらが展示されるのは初めてだという。噴火で町が崩壊する様子を再現した3D映像の他、遊びのためのサイコロや酸化したパンなんていう生活感がにじみ出たものも置いてあった。そして1982年になって初めて発見されたという、折り重なるように横たわる人の死体。わけのわからないまま一瞬のうちに死んでいった人々の恐怖が、時を越えて生々しいばかりに伝わってくる。

そのペルガモン博物館から程近い場所に、以前ご紹介した(こちらを参照)共和国宮殿(Palast der Repblik)がそびえているのだが、ちょうど現代アートの展示会をやっていたので、これも観ることになった。この中に入ることは、それだけでひとつの体験だ。ほとんど廃墟ではあるのだが、何ともいえない雰囲気が中の空間を支配している。オーラがあるというか。本当に今年末で壊されることになってしまうのだろうか・・

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(この写真のみ9月20日撮影)

その後、バスでブランデンブルク門へ。日が沈む直前、そこから程近いホロコースト記念碑も訪れる。一緒に見て回った方は、ここには強い印象を受けたご様子。まだ2日目だが、ベルリンのことを気に入ってもらえたようだ。日没寸前の石碑群は、またいつもと違う色合いを放っていた。

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by berlinHbf | 2005-09-29 02:23 | ベルリンのいま | Comments(4)

ホロコースト記念碑(2)

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(前回の続き)
このホロコースト記念碑だが、1万9073㎡の敷地の中に、全部で2711基の石碑が並んでいる。ただし、この2711という数に象徴的な意味合いはないとのことだ。石碑の大きさは全て横0.95m・縦2.38mで統一されているが、高さはそれぞれ異なっている。前回の写真ではその辺が伝わりにくかったので、今回は中にまで入ってその様子をお伝えしてみたい。

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ホロコースト記念碑には柵も入り口もなく、24時間どこでも好きなところから中に入ることができる。では、ティアガルテンに面したEbert通りから入ってみよう。石碑の上に腰掛けて、新聞を広げている人が映っている冒頭の写真でもわかる通り、最初はこの程度の高さである。ただし底面は真っ平ではなく、波のようにうねっているのがおわかりいただけると思う。

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さらに奥へ進んで行くと、石碑はどんどん高くなっていく。それにしたがって、訪れるものが受ける心理的な圧迫感も増してくるという仕組みになっている。

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石碑は一番高いもので4メートル以上もある。石碑のコンクリートの表面には、特殊な工法処理が施されていて、落書きは簡単に消すことができるのだそうだ。

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内部は大人2人がやっとすれ違えるほどの広さしかない。まさに迷宮に迷い込んだかのようだ。この特異な空間の中で何をどう感じるかは、訪れたものそれぞれにゆだねられる。

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この広大な記念碑の南東地下には情報センターがあり、ユダヤ人やホロコーストの犠牲者についてのさまざまな展示が置かれている。入場は無料で、開場時間は毎日10時から20時まで(冬季は19時まで)。多くの博物館や美術館のように月曜が休館日というのではなく、年末年始の数日間などを除き年間ほぼ毎日オープンしているというのだから驚く。人件費もそれだけ余計にかかるのだろうが、「過去と徹底的に向かい合う」という戦後のドイツの姿勢が、こういうところにも表れているように思う。ちなみに、壁博物館とユダヤ博物館は年中無休らしい。

私が以前情報センターを訪れた時は、この入り口のすぐ横にプレハブ小屋があって、まるで空港のような厳重な荷物検査を受けさせられたのだが、最近それがなくなったようだ。

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今までの写真で感じていただけたかもしれないが、ホロコースト記念碑は、昼間と夕方、そして光の当たり具合によって受ける印象が微妙に異なる。ブランデンブルク門やポツダム広場から徒歩5分という立地条件のよさもあるし、ベルリンを訪れるものにとっては必見の場所のひとつに数えられるだろう。

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by berlinHbf | 2005-09-27 20:58 | ベルリン発掘(境界) | Comments(10)

第32回ベルリン・マラソン フォトドキュメント

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9月25日9時ちょうど、男女同時にスタート。9時45分ごろ、眠い目をこすりながら、自宅から歩いて10分のMehringdammまで見に行く。この写真には写っていないが、野口選手の姿もしっかり見届ける。この19キロ地点までは順調のようだ。

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その後、地下鉄に乗って、ポツダム広場へ移動。ここが38キロ地点にあたる。周辺は人でごった返しているが、通りの最前列に場所を確保するのは、それほど難しいことではなかった。力強いパーカッションのリズムが雰囲気を盛り上げる(ボランティアでやっている人たちらしい)。

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沿道で配られる日の丸を振っている人が意外に多い。このベルリン・マラソン、なにしろここ5年ぐらい、女子の部はずっと日本人が優勝しているので、「女子マラソンの最強は日本」という評価がすっかり定着しているようだ。

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10時55分ごろ、男子のトップが通過。ケニアのPhilip Manyim選手。2時間7分41秒の成績でこのまま優勝した。まさに風のように目の前を通り過ぎて行く。

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ポツダム広場の様子。右側から、ホテル・リッツカールトン、DB(ドイツ鉄道)本社ビル、ソニーセンター、その奥の黄色い建物はフィルハーモニー。

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最初の男子のランナーが通り過ぎてから、待つこと約10分。ついに・・

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みずき選手が女子のトップでやって来た!近くで見ると本当に小柄なのがわかる。サングラスを付けていたので、顔の表情まではわからなかったが、ペースはあまり落ちていない模様。本当にすごい。結果はみなさんご存知の通り、2時間19分12秒のアジア記録で優勝。おめでとうございます!

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その後、前回ご紹介したホロコースト記念碑の前を通って、ブランデンブルク門前へ。野口選手の最後の走りを見届けてから、ゴール付近へ移動。ゴール前の仮設スタンドでは、DJ風の人の掛け声のもと、一段と盛り上がりを見せている。

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スタートから約4時間が経過。ゴール前からブランデンブルク門を抜けて、帰路につく。この写真はウンター・デン・リンデンにて。時おり足を引きずりながらも、何とかゴールを目指すランナーがまだ続々とやって来る。そういえば昨年は、私の弟(元陸上部)がこのベルリン・マラソンに参加し、3時間40分というタイムで完走したのだった(ワタシには無理!)。

ベルリン・マラソンは、ニューヨーク、シカゴ、ロンドンについで世界で4番目の規模のマラソンなのだそうだ。フルマラソンの参加だけで、約4万人というから驚く(他にインラインスケートの部門もある)。沿道の声援がいつも温かいことや、大会全体の自然な盛り上がり方など、市民の手で作り上げているということがよく感じられるのがいい。1年間トレーニングを積んで来年は私も・・と言いたいところだが、やっぱりそれはありえない。

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by berlinHbf | 2005-09-26 01:33 | ベルリンのいま | Comments(10)

ホロコースト記念碑(1)

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今年新しくオープンしたベルリンの建築物の中で、最大の注目を集めたのはなんといってもこれであろう。訪れたものに、視覚的に圧倒的なインパクトで迫ってくる。「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑(Denkmal fuer die ermordeten Juden Europas)」、通称「ホロコースト記念碑」である。

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まず驚くのが、この記念碑の位置する場所だ。ご覧のようにポツダム広場、そしてブランデンブルク門の目と鼻の先にある。日本でいえば、銀座や新宿のオフィス街のすぐ横にあるようなものである。この前例のない記念碑が、なぜこのような街のど真ん中にに建設されたのか、公式のパンフレット(日本語版もある)には次のように説明されている。
ベルリンの中心であり、各国大使館、各種文化施設、オフィスビル、住居ビル、ティーアガルテン公園に隣接するこの場所は、記念碑が公共のものであることを表しています。ベルリン市の歴史的な都市空間や議会・政府地区に位置していることは、記念碑が国と民間社会に向けてつくられたものだということの顕れなのです。
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このホロコースト記念碑だが、完成までの道のりはまさに紆余曲折の連続だった。ジャーナリストのレア・ロッシュがこの記念碑の建設を提案したのは1988年、まだこの場所に壁がある時代だった。記念碑設計の公開コンペが繰り返され、ニューヨークの建築家、ペーター・アイゼンマンの案が採用されることになったが、連邦議会が記念碑建設と財団設立を決定したのは、最初の提案から11年後の1999年になってからのことだった。しかし、「ナチスの犠牲者には(ジプシー系の)シンティやロマ、同性愛者といった人々もいるのに、なぜユダヤ人『だけ』に捧げる、これだけ大規模の記念碑を作らねばならないのか」という批判は消えることがなかった。

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ようやく工事が始まったのは2003年の4月。しかし、その年の10月に一旦工事はストップしてしまう。コンクリートの液化装置と石碑の落書き防止に関わっていたDegussa社が、ナチス時代、ユダヤ人殺害に使われたチクロンBを製造していた会社の姉妹会社であることが判明したのである。責任者のレア・ロッシュは多くの非難を浴びたが、しかし結局、その会社との作業は続行することになる。

2003年末に工事が再開すると、ここからは早かった。2004年の12月に最後の石碑が設置されると、翌2005年の5月12日、ついに一般公開が始まった。奇しくも今年は、あのアウシュビッツ強制収容所の開放から60年、そしてドイツとイスラエルの国交樹立から40年という記念の年だった。

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続きはまた次回に。

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by berlinHbf | 2005-09-24 03:38 | ベルリン発掘(境界) | Comments(6)

中央駅のいま(4)

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昨日は、ハンブルク駅現代美術館(Hamburger Bahnhof - Museum fuer Gegenwart Berlin)で開催中の写真展、Bernd and Hilla Becher による "Typologien industrieller Bauten(工業建造物の類型学)"を観た後(毎週木曜日の14時から18時までは入場無料!この美術館についてはまた別の機会に)、すぐ近くのベルリン中央駅の工事現場に久々に寄ってみた。

上の写真は駅の南側、ツォー駅寄りの様子。

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この下をくぐって、北側に抜けてみよう。

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これが北側。完成したら、東西南北の線が十字に交差する駅としては、ヨーロッパ最大の規模になるという。

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さらに近くに寄ってみる。出口付近の階段の埋め込みも始まった模様。私のデジカメでは接写できないのが残念!

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北側のコンコース正面。クレーンの回る音やトンカントンカンとハンマーを打ちつける音がひっきりなしに耳に入ってくる。雨の日も晴れの日も、平日も休日も関係なく、とにかく来年5月の完成に間に合わせるべく奮闘中の現場の方々、本当にご苦労様です。

夜はフィルハーモニー室内楽ホールでのコンサートを聴く。チャイコフスキーの「フィレンツェの思い出」という弦楽六重奏曲がメイン。初めて聴く曲だったが、メロディーの熱い歌い回し、そしてフィナーレの沸き立つようなリズムとテンポに酔った。ヴァイオリニストのサラ・チャンとベルリンフィルのメンバーによる、豊穣なひととき。
by berlinHbf | 2005-09-23 02:46 | ベルリン中央駅 | Comments(2)

「夕凪の街 桜の国」(こうの史代)

昨日、実家から郵便物が送られて来た。外国生活が長くなると、わざわざ日本から物を送ってもらうということはめったにないのだが、今回はぜひ(それもできるだけ早く)読んでみたい本があったので、久々にお願いした。

こうの史代さんという方が描いた、「夕凪の街 桜の国」というヒロシマがテーマのマンガ。先月、「ほぼ日刊イトイ新聞」のメルマガで、イトイさんがこの本について「借りてでも読んでみてください」と紹介している記事を読んで、日本から送ってもらってでも読んでみたくなったのである。そんな時に、「フィガロジャポン」のベルリン特集号がいいタイミングで発売されたので、一緒に送ってもらうことになった(その他、新聞や雑誌の切抜きがいくつか同封されていた)。

「フィガロ」の方はパラパラとめくっただけなので、まだ何とも言えないが、「夕凪の街 桜の国」は先ほど読み終えた。正直、言葉が出ない・・本自体はとても薄いし、表紙の絵だけを見たら一見普通の少女マンガかと見間違えるかもしれないが(とても優しいタッチの絵です)、内容と読後の余韻の深さについてはもう・・日本にいるみなさんは、私のように高い郵送料を払って送ってもらう必要もないのだから、もしまだだったら、ぜひ一読されることをおすすめします。すでに20年前から独訳されている「はだしのゲン」は確かに名作だが、この本もドイツ人に読ませたいと思った。

昨夜はArteというチャンネルで、"Nach Hiroshima (after Hiroshima)"という優れた内容のドキュメンタリーの前半部分が放映され、終戦直後の東京や横浜の貴重な映像をたくさん見た。昨日はまた、Simon Wiesenthalという一人のユダヤ人が96歳で亡くなったことがメディアで大きく報道されていた。この人物はホロコーストの生還者で、戦後数多くのナチスの戦犯者を探し出し、法廷に送り込んだことで知られている。

こういう出来事があった日に読んだ、「夕凪の街 桜の国」というマンガ。戦争が人に与えた衝撃の大きさというものを、このような角度から衝かれたのは、ひょっとしたら初めての体験かもしれない。少し時間を置いてから、また読み直そうと思った。
by berlinHbf | 2005-09-22 03:22 | ドイツから見た日本 | Comments(2)

「バイロイト音楽祭」というもの

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Festspielhaus Bayreuth, Foto: Deutschlandradio

先週、2006年のバイロイト音楽祭のチケット申し込み用紙が自宅に送られてきた。2年前の2003年、幸運にもたまたまチケットが手に入り、私はこの音楽祭を体験することができたのだが(「ジークフリート」と「神々の黄昏」の2演目)、それ以来、毎年秋のこの時期になると、翌年の音楽祭のチケット申込書が送られてくる。バイロイト音楽祭の存在は、たとえワーグナーに興味がなくても、一般に広く知られている。それはおそらく、この音楽祭がリヒャルト・ワーグナーの作品のみを上演するという特異なフェスティバルであること、そしてそのチケット入手が恐ろしく困難である、という2点によるところが大きいのではないだろうか(ワーグナーの思想云々については、ここではさておき)。

ところで、送られてきた水色のチケット申込書だが、私のアドレスの横に、

************SA-

というなにやら記号のようなものが記されている。これは一体何だろうか。

私のベルリンでの身近な知り合いの中にMechthildさんという方がいる。私の母親とほぼ同い年の、一見ごく普通のおばさんなのだが、実はワグネリアンである。先週、久々に彼女に会った時、見逃してしまいそうな上記の記号の意味を教えてくれた。一番右側の"A"は彼女もよくわからないが、おそらく"Anfang"の略ではないかとのこと。つまり、申し込みの最初の年を意味する。その隣の"S"は"spaet"の略。その翌年も申し込んだが、締め切りを過ぎていたということ。単に抽選に外れた時はどのように表記するのかはわからないが、こんな具合に毎年申し込むと、右側から左側に向かってその度に何らかの印が付けられていく。

では、一体いつになったらチケットが当たるのかというと、普通は最低6年と言われている。世界中にフェスティバルと呼ばれるものは星の数ほどあれど、1枚のチケットを手に入れるのに最低6年もかかるのは、おそらくバイロイトだけだろう。Mechthildさんはこの音楽祭の会員なので、毎年何らかのチケットが買えるらしいが、それでもそれが希望の演目でないということはざらのようだ。そんなわけで、彼女は自分の子供や知り合いにも頼んで、彼らの名前でチケットを申し込んだりもする。彼らはもともとワーグナーには興味はない。しかし、5年、6年経っても毎年送られてくるのは落選の通知のみという状況になると、だんだん興奮してきて、ついにチケット当選の知らせが届いた日には、「やっぱり自分が行きたい!」ということになるのだそうだ。観たいという希望者がここまで多い音楽祭とは一体どういうものなのだろうか、ワーグナーとやらには興味はないが、ここまで人を巻き込む音楽祭のチケットが手に入ったのだから、とりあえず行ってみようじゃないかと考えても、それは不思議なことではない。

今年のバイロイト音楽祭、大きな話題を呼んだのは、プレミエ(新演出)の「トリスタンとイゾルデ」を日本人の大植英次氏が指揮したことだろう。東洋人の指揮者がこの音楽祭で振ること自体、史上初という快挙だった。それで、この上演を聴いたMechthildさんに一体どうだったか聞いてみたところ、残念ながら指揮はよくなかったとのこと(あと演出も)。そうか・・こういう場で指揮することを任されたのだから大植さんは才能豊かな指揮者であることに違いはないのだろうが(私は聴いたことはないけれど)、ほとんどオペラ経験のない指揮者がいきなりバイロイトで成功できるほど甘くはない、ということかと私は思った。「では、今までバイロイトで観た中で最高の『トリスタン』は?」と聞いてみたら、「そうねえ。60年代に何度も聴いた、ベームが指揮して、ヴィントガッセンがトリスタンを歌ったあの舞台ね」とMechthildさん。ふぅー。CDにもなっている伝説的な上演を生で体験しているのだ、この人は。こういう演奏と比べられてしまったら、大植さんにとってはたまらないだろう。しかし、バイロイトの指揮台に立って「トリスタン」を振るということは、そういうことなのである。

では、そのバイロイト音楽祭、チケットもさぞかし高いのだろうとつい想像してしまいがちだが、送られてきたパンフレットを見ると、実はそれほどではないことがわかる。一番高い席は208ユーロだが、ウィーンやミラノのオペラ座が日本公演をする際の最高席である6万や7万という値段に比べると、その半分以下だ。席はさまざまなカテゴリーに分かれているが、一番多いのは100から150ユーロの間。安い方になると、32とか24ユーロという具合。一番安い席はなんと6,5ユーロ。ラーメン一杯とそう変わらない。ただしこれは、舞台がほぼ全く見えない、音を聴くのみの席だという。しかし、Mechthildさんは、「ひどい演出の時もあるから、この席で聴いてよかったと思う場合もあるのよ」と笑って話してくれた。ちなみに私が2年前に観た2公演のうち、「ジークフリート」が15ユーロぐらいの席だった(目の前に大きな柱があって、舞台は半分しか見えなかったが)。ワーグナーという人は、意外に寛大なところがあって、自身が始めたバイロイト音楽祭、自分の音楽を聴きたい人には無料で聴かせるというのが当初の理想だったらしい。資金難ゆえに、この理想は実現しなかったが、現在でも彼の理想は多少なりとも叶えられていると言っていいのではないだろうか(実際は、チケットの枚数に比べて観たい人の数があまりに多いため、裏でのチケットの値段は高騰する一方なのが皮肉ではあるけれど)。

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私はもともとワグネリアンではないし(ワーグナーは好きだが)、日本にいた当時は、バイロイト音楽祭なんて遠い世界の話でしかないと思っていたのだが、ドイツに来て、Mechthildさんのような「大らかな」ワグネリアンの話を聞いているうちに(彼女からは他にも楽しいエピソードをたくさん聞いた)、この音楽祭が次第に身近なものとして感じられるようになっていった。まさにこういう時に、バイロイト音楽祭を生で体験する機会がふとやってきたのである。ずいぶん長くなってしまったが、機会があったらこの時の話もまたしたいと思う。

関連記事:
後に、ここに登場するMechthildさんに往年のバイロイト音楽祭の話を伺いました。バイロイトファンの方はよかったらご一読を。
バイロイト談義(上) - メヒティルトさんに聞く(2) - (2007-03)
バイロイト談義(中) - メヒティルトさんに聞く(3) -
バイロイト談義(下) - メヒティルトさんに聞く(4) -

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by berlinHbf | 2005-09-21 02:10 | ベルリン音楽日記 | Comments(5)

"seven attempted escapes from silence"

ベルリンにある最古のオペラハウス、ベルリン州立歌劇場の今シーズン最初のプレミエはいきなり現代作品。それもかなり実験的な試みだ。

タイトルは"seven attempted escapes from silence"。Jonathan Safran Foer という弱冠27歳のユダヤ系アメリカ人作家の書いたこの台本は、「トンネル」「壁」「ロープ」「ドア」「窓と鏡」「詐欺師」「静寂への逃亡」という7つの部分から構成される。それに7人の若手作曲家がそれぞれ音楽を付け、演出もそれぞれ別の人が担当するという異色の試み。演出は振り付け、造形美術、パフォーマンスなど、様々なジャンルの人から成り、その中にはこの劇場のシェフであるペーター・ムスバッハの名前もある。製作開始から公演までの1年という準備期間は、比較的短い方に入るだろう(その製作過程でのメールのやり取りは、プログラムの後半に掲載されている)。

現代音楽に対して嫌悪感を抱いている人は少なくない。その現代音楽をわかりやすく伝えるためにふさわしい音楽劇の形式とはどういうものなのかを探る試みだったようだ。会場は普段のオペラハウスではなく、その隣の普段練習に使われていると思われる、やたらと天井の高いがらんとしたホール。硬いベンチの上に、座布団のようなものを敷いて聴く。オーケストラのメンバーは15人。7つの部分はそれぞれ10-15分ほどで、内容はカフカ的な不条理を描いた作品ゆえに多くを語ることはできないが、なかなか刺激的な2時間10分だった(休憩はなし)。こういう試みを、ベルリン州立歌劇場のような伝統的なオペラハウスが行っているのは興味深い。客の入りもよかった。
by berlinHbf | 2005-09-20 14:02 | ベルリン音楽日記 | Comments(0)

選挙の日のバースデーパーティー

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今日はいよいよ総選挙の日だが、ある知り合いの方の誕生日パーティーに呼ばれていたので、昼間出かけて来た。

ドイツでは(おそらく他のヨーロッパの国々でもそうだろう)、誕生日パーティーといえば、誕生日を迎える本人が、自分で準備をし、来てくれるお客さんをもてなすのが普通である。なんとなくその逆に考えてしまいがちだが、普通は料理など全て自分で準備するし、パーティー中もホスト役に徹しなければならないから、開催する方にとってはなかなか大変だ。それでも、自分の誕生日を祝ってほしくない人はいないから、念入りに準備をしてパーティーを開く人がドイツでは多いように思う。

今日呼ばれて行ったのは、ドイツ大統領府の要職にありながら、芸術にとても造詣の深い方で(私も音楽を通じて知り合った)、集まった顔ぶれは非常に多彩だった。

私がざっと話したうちでも、大使館関係者、ロイター特派員、FAZ(ドイツの有力紙のひとつ)の文芸欄の記者、ベルリンフィルのチェリスト、バレエ教師、連邦交通局の人などなど、並べてみるとすごい肩書きばかり。でも、実際に話してみると、陽気で気さくな方が多かった。こういう日だというのに、まじめな顔をして選挙の話をしている人はあまり見なかったのがおもしろい。

それにしても、このプレゼントの山!
ちなみに、画面左側に写っているオレンジ色の巨大な物体は、「かぼちゃ」です。
by berlinHbf | 2005-09-18 23:57 | ベルリンのいま | Comments(8)

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