ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


by berlinHbf

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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
「素顔のベルリン」増補改訂版
¥1,680
ダイヤモンド社
(Amazon、全国各書店にて発売中)

本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

Amazonにてネット購入ができます。



『街歩きのドイツ語 』
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豊富なビジュアルとドイツ語フレーズを楽しめる1冊。基本のあいさつ表現から、街にまつわるドイツ語豆知識まで、ガイドブックとともに旅に役立つ会話集です。




『素顔のベルリン 過去と未来が交錯する12のエリアガイド 』
¥1,575
ダイヤモンド社
(2009年発売)

地球の歩き方シリーズ初、待望のベルリンガイドブック誕生!比類なき歴史を抱えつつ、明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。「ドイツで最もドイツらしくない」といわれるこの町の知られざる魅力を、現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介。


現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

ベルリン更新情報
2013/02/20 up

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カテゴリ:ベルリン発掘(全般)( 50 )

ベルリンの秋 2014

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Volkspark Wilmersdorf (2014-10-28)

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U-Bahnhof Spichernstrße

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Mauerpark (2014-11-02)

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Hof in der Kastanienallee

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Tempelhofer Feld (2014-11-09)

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S-Bahnhof Beuselstraße (2014-11-14)

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Gendarmenmarkt (2014-12-17)

いまさらながら秋の写真を何枚かアップしましたが、この3ヶ月半は本当にあっという間でした。今年最後の大きな原稿を書き上げ、少しほっとしている第4アドヴェントの週末です^^。

by berlinHbf | 2014-12-20 17:37 | ベルリン発掘(全般) | Comments(0)

発掘の散歩術(51) -「ひとつの家」の実現に向けて-

一般公開されたヴィルマースドルフ地区のモスク

9月14日、曇り空のブランデンブルク門前に行くと、大勢の人が集まっていた。「反ユダヤ人感情は我々を脅す」「我々の名を使って戦争をするな」「ロシアとの平和を!」などと書かれたプラカードを横目に見ながら中央へ行く。ちょうどベルリンのヴォーヴェライト市長の演説の最中だった。

7月に始まったイスラエルとイスラム原理主義組織ハマスの戦闘によって、パレスチナ人自治区のガザで大きな被害が出た。ドイツで反イスラエルのデモが活発化した際、一部から反ユダヤのスローガンが叫ばれたことから、ドイツ政府は事態の深刻さを受け止め、反ユダヤ主義に抗議する今回の集会(主催はユダヤ中央評議会)に、メルケル首相やガウク大統領、シュタインマイアー外相ら閣僚も参加したのである。この日の集会には、約6000人の市民が集まったという。

ブランデンブルク門前で行われた反ユダヤ主義への抗議集会

首相の演説も聞きたかったが、私はもう1つ訪れたい場所があったので、ここで退出した。この週末は文化財に指定された建物の多くがドイツ中で一般公開される、年に一度のオープンデー。向かった先はヴィルマースドルフ地区のモスクだった。自宅から近い場所に立派なモスクがあるのは知っていたが、それがドイツ最古のものだとは知らなかった。

Sバーンのホーエンツォレルンダム駅から10分程歩くと、閑静な住宅街に突然ミナレットとドームを備えたモスクが姿を現す。外壁が崩れている箇所も目立ち、保存状態は良好とは言いがたいが、インドのタージ・マハルをモデルにしただけあって壮観だ。

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入り口で靴を脱ぎ、集会所の中に入る。天井の窓からの光が、赤と橙色の壁に柔らかく放射する。直線と曲線が織りなす幾何学的な模様が美しい。この日、案内役を務めていたパキスタン出身のアハメドさんによると、「ベルリン市内には約80のモスクがありますが、多くは住居の中に作られた簡素な形態で、モスクとして造られた施設は3カ所」とのこと。彼は訪れていた人々に向かって、「これからお祈りを始めますので、ぜひご覧になってください」と声を掛けると、滑らかな朗詠が高い天井に響き渡った。今も世界では宗教に起因した争いが繰り返され、また宗教の名を借りた殺りく行為が公然と行われているという現実を一瞬忘れさせるほど、穏やかで神妙な時間だった。

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SIMULATION: KUEHN/MALVEZZI

舞台は再びミッテに戻る。かつてゴシック様式の教会がそびえていたペトリ広場に、世界に類を見ない宗教的対話のプロジェクトが実現されようとしているのをつい最近知った。「ひとつの家」という名のこの施設には、キリスト教の教会、ユダヤ教のシナゴーグ、イスラム教のモスクが、まさに1つの屋根の下に同居し、それぞれの祈祷の場だけでなく、「第4の部屋」としてそれぞれの宗教の信者が交流する場も作られる予定だという。世界の現状を思うと半ば信じられないようなプロジェクトだが、宗教の寛容と破壊、その両方を経験したベルリンにおいて、新たな対話の第一歩が踏み出されようとしている。
ドイツニュースダイジェスト 10月3日)


Information
ヴィルマースドルフのモスク 
Wilmersdorfer Moschee

1928年に完成したドイツ最古のモスク。「ベルリンのモスク」「アフマディーヤ・モスク」とも呼ばれ、高さ32mのミナレット(塔)と26mのドームを持つ。第2次世界大戦で大部分が破壊されたが、戦後、連合国の支援や一般からの募金により再建された。毎年9月の文化財オープンデーや10月3日のモスクのオープンデーなどで一般公開される。

住所:Brienner Str. 7-8, 10713 Berlin
電話番号:030-8735703
URL:www.aaiil.org/german


ひとつの家 
House of One

2006年、ミッテ地区のペトリ広場に中世以降の5つの教会の遺跡が発掘された。同地区のグレゴール・ホーベルク牧師は「この場所に新たに建てられるべきは、宗教間の対話と共存を重視した施設」と考え、彼の考えに賛同したユダヤ教とイスラム教のグループと共に、「ペトリ広場の祈りと学びの家」協会を設立。2015年に建設開始予定の施設の費用は、公的支援に頼らず、クラウドファンディング(インターネットなどで不特定多数の賛同者から資金を調達する)を通して集められる見込み。

URL:http://house-of-one.org

関連記事:

by berlinHbf | 2014-10-09 23:45 | ベルリン発掘(全般) | Comments(0)

テーゲル湖からオラニエンブルクまで遊覧船の旅(1)

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Alt-Tegel (2014-06-10)

先週のベルリンは35度近くまで上がったかと思うと、急激に下がって再びジャンバーを着なければ寒い日に逆戻りと、気温が大きく揺れ動きました。そんな日々で一番暑かった火曜日、久々に時間ができたので、せめてもの旅気分を味わおうと知人と遊覧船に乗ることにしました。

11時半に地下鉄U6の終点Alt-Tegel駅で、この近くに住む知人のOさんと待ち合わせ、徒歩5分ほどでテーゲル湖に行きました。ここから各方面への遊覧船が出ています。今回のStern und Kreis社のコースは、北のオラニエンブルクのレーニッツ湖(Lehnitz See)まで行って戻ってくるというもの。毎週火曜のみの運行で、所要時間は6時間半。長く乗る割に、料金は19ユーロと割安です。オラニエンブルクといえば、少し前にザクセンハウゼン強制収容所でご紹介した場所。今度はどんな風景に出会えるでしょうか。では、この奇抜なMoby Dick号に乗って出航!

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船に乗る前に、動物好きのOさんが、「桟橋の下にバン(鷭)が巣を作っているのよ」と言うので見に行きました。雌鳥がこのようにじっと卵を温めているそばで、雄鳥が食べ物や巣になるものを探しては運んできます(卵が写っている写真は撮れなかったので、これは後でOさんからお借りしたもの)。

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汽笛を上げて、12時ちょうどに出航。船は大きなテーゲル湖をゆっくりと西に進みます。奥に見えるのは、かつてボルジッヒ家(蒸気機関車の会社で有名な一家)が所有していた邸宅。現在はドイツの外務省が所有していて、要人が参加する晩餐会がここで開催されるときは、周辺一帯が交通規制されるのだとOさんが教えてくれました。

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船は海水浴場のそばも通り過ぎて行きます。いくらベルリンとはいえ、平日の昼間はさすがに閑散としています。もっとも、戻ってくるときには、まったく違う光景になっているのですが……。

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乗船率もご覧の通り。最初は屋外の席にいましたが、照りつける太陽に次第に耐えられなくなってきて、やがて室内に逃げ込むことになります。

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やがて船はハーフェル川に合流して北上。2ヶ月前に友人とサイクリングしたときに通った、ニーダー・ノイエンドルフの監視塔跡を別の角度から臨むことができました。こんなに寂しい場所だったかと思いますが、反対側には湖畔の邸宅やヨットが見え、気持ちのいい岸辺が続きます。

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4月にサイクリングで通ったヘニングスドルフの橋を越えると、そこからは未知の場所。甘酸っぱいベルリナー・ヴァイセを飲みながら、旅は続きます。

(つづく)

by berlinHbf | 2014-06-19 17:17 | ベルリン発掘(全般) | Comments(0)

ユダヤ博物館の特別展「本当の真実」

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ベルリン・ユダヤ博物館の特別展より
© Jüdisches Museum Berlin, Foto: Linus Lintner


ドイツで生活していると、日本にいたときよりもはるかに身近に感じられるのが「ユダヤ人」をめぐるテーマです。第2次世界大戦中のナチスによるホロコーストは、70年近くを経た今でも「記憶され続けるべき問題」として社会の中で共有されているのをしばしば実感しますし、ユダヤ人とパレスチナ人をめぐる中東問題は、メディアによって日本よりもずっと詳細に報じられています。

ただ、身近なようでいて遠いところにあるのもこのテーマです。私自身、日常の中でユダヤ人と接する機会はほとんどありません。ドイツには実際、どのくらいのユダヤ人が住んでいるのだろうか? 「あなたはユダヤ人ですか?」と初対面の人に質問するのはタブーではないのだろうか? 興味を抱きつつもなかなか近付けないもどかしさを時に感じていました。

現在、ベルリン・ユダヤ博物館で開催中の特別展「本当の真実。あなたがユダヤ人について知りたいすべて」(DIE GANZE WAHRHEIT... was Sie schon immer über Juden wissen wollten)は、私だけが抱くわけではないであろう、そんな疑問に真っ向から挑み、話題を集めています。

中に入ると、赤字の上に大きく書かれたいくつもの「問い」に目が行きます。例えば、「人はいかにしてユダヤ人となるのか?」「ユダヤ人をどのように識別できるのか?」「ユダヤ教徒にとってなぜ割礼は重要なのか?」といったものから、「ホロコーストについてジョークを言うことは許されるのか?」「ドイツ人はイスラエルを批判しても良いのか?」といった“きわどい”質問まで。それらの横には、宗教や日常生活、現代アートなど、問いに関連した展示が施されています。

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ガラスケースに「展示」されたユダヤ人
© Jüdisches Museum Berlin, Foto: Linus Lintner


極めつけは、大きな展示室に置かれたガラスのショーケース。中にいるのは黒髪のマネキン人形、ではなく本物の女性! ボランティアのユダヤ人が毎日交代で「展示」され、訪れた人が自由に対話できるようになっているのです。

私はやや恐る恐る、中に座っている若い女性に話しかけてみました。彼女は3年前にイスラエルからドイツにやって来たアヤさんという方。

「ガラスケース越しに話すというのが、アドルフ・アイヒマンの裁判の写真をどこか思い起こさせて、最初は抵抗がありました。でも、ちゃんと窓は開いているし、いろいろな方の関心に出会えるので私にとっても刺激的。実際、ユダヤ人と接点のない人はドイツでも多く、皆さん率直にいろいろなことを聞いてきます。展覧会の反響は大きく、『私もやってみたい』というボランティア希望者も多いそうですよ」。

ユダヤ教に対する考え方から食べ物の話まで、アヤさんとは思ったよりもざっくばらんに会話ができました。

ユダヤ人に関する多くの問いに対し、わかりやすい「答え」が用意されている展覧会ではありません。しかし、複雑で不幸な歴史背景を持ち、それゆえに硬直化しがちなこのテーマにあえて踏み込もうとするキュレーターの強い意志に私は感服し、同時に「もっと知りたい」という気持ちになりました。
 
同特別展は9月1日(日)まで開催。ユダヤ人の「展示」コーナーは、土曜以外の毎日14:00から15:30まで設けられています。www.jmberlin.de
ドイツニュースダイジェスト 8月2日)


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この特別展の後、久々にユダヤ博物館の常設展を見学したのですが、その規模と内容の濃さに圧倒されました。その見学の価値を高めてくれたのが、入場料プラス3ユーロで借りられる日本語のオーディオガイドでした(もちろんドイツ語や英語もあります)。歴史から、文化、宗教、思想、生活、風俗まで、あらゆる分野の解説を日本語で聞けるというのは素晴らしいことで、これを利用するとしないとでは、理解の深まり方が大きく違うので、非常におすすめです。麻生副総理の問題発言の直後だからではないですが、日本の政治家の方々もこういう所に来て勉強してほしいなあと思います。本当に。
by berlinHbf | 2013-08-01 13:44 | ベルリン発掘(全般) | Comments(2)

発掘の散歩術(35) -シンティ・ロマの記念碑〜隠れた悲劇〜-

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Sinti und Roma Denkmal (2013-05)

ツォー駅から100番バスに乗って、「ライヒスターク」のバス停で降りた。シャイデマン通りに面して何台もの観光バスが停泊し、ライヒスタークの入場口には次々に人の波が押し寄せる。

それとは反対のティーアガルテンの側に、ドイツの2人の政治家の言葉を引用したプレートが設置されていることをご存知だろうか。その1つには、シュミット元首相の発言が記されていた。

「シンティとロマはナチの独裁政治によってひどい不正を受けた。彼らは人種的な理由によって迫害された。この犯罪はジェノサイドだった」。

向こう側の様子が気になりつつも、ここからは中に入れないため、いつも素通りしていたが、ようやくその機会が訪れた。

昨年10月に完成した「虐殺されたシンティ・ロマの記念碑」は、ライヒスタークからブランデンブルク門までを横切る並木道の途中にある。入り口から中に入ると、そこは緑と記念プレートによって囲まれた空間になっていた。中心には円形の大きな池が置かれ、吸い込まれそうな黒い色をたたえた水面に、周囲の木々や空が反射し揺らぐ。池の真ん中には三角形のプレートが置かれ、その上には一輪の花が。流れ込む水のせせらぎ、鳥の鳴き声……。先ほどまでの喧噪とは打って変わった静けさが、ここを支配していた。

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イスラエルの彫刻家ダニ・カラヴァンが設計したシンティ・ロマの記念碑

1933年から45年にかけて、ユダヤ人だけでなく、シンティやロマといった少数民族が大虐殺の犠牲になったことはあまり知られていない。記念碑の脇に設置された 年譜によると、シンティやロマが、「ツィゴイナー」という総称でナチにより「劣等民族」と位置付けられ、老若男女問わず組織的にゲットーや強制収容所に送られた過程は、ユダヤ人のそれと極めて類似している(犠牲者数は約50万人に上ったという)。池の中央に置かれた三角形の石は、強制収容所で当時、囚人の服に縫い付けられたバッジをモチーフにしており、ここに置かれた花が枯れると、石が下がって、新しい花に置き換えられる仕組みになっているそうだ。設計したダニ・カラヴァンによると、この花は「生、哀悼、記憶の象徴」とのこと。

「Do you speak English?」。今日も中心部を歩いていると、子どもを抱えた物乞いのロマの女性に声を掛けられる。彼らはいつこの街にやって来て、どこに住み、どのような生活を営んでいるのかと時々思うが、周囲の知人に聞いても、誰もわからない。ただ、何となく「汚い/子どもを連れた女性/物乞い」という忌避のイメージが共有されている。

先日、たまたま訪ねたノイケルンのギャラリー「イム・ザールバウ」で、ロマをテーマにした写真展に出合った。準備に関わったフランクさんがそこで、こんなことを語ってくれた。

「展示に携わって感じたのは、人々が抱く単純化された図式と違って、ロマの世界が信じられないほど多様で、複雑だということ。彼らを巡る状況は今も厳しいが、 こんな時、政治が見出す解決策は幅の狭いものになりがちだから、文化の側から今の硬直を解きほぐせないかと思っています」

ロマの問題に限らず、憎しみの連鎖を防ぐには、まず知ろうとすることから始めるべきだろう。ライヒスタークの裏にひっそり構える記念碑は、そんな何かを感じさせてくれる場所だった。
ドイツニュースダイジェスト 6月7日)


Information
シンティ・ロマの記念碑
Sinti und Roma Denkmal


1992年に連邦議会が建設を決定してから、約20年の月日を経て完成した記念碑。2012年10月の落成式にはガウク大統領とメルケル首相も同席した。直径12メートルの池の淵には、ロマの出自を持つ詩人サンティーノ・スピネッリの「アウシュヴィッツ」が、英語、ドイツ語、ロマ語で刻まれている。入り口は1カ所だが、24時間見学可能。

住所:Simsonweg / Scheidemannstr., 10117 Berlin
URL: www.stiftung-denkmal.de


ホロコースト記念碑
Holocaust-Mahnmal


正式名称は「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑」。ブランデンブルク門南側の広大な敷地に、約2700もの石碑が並ぶ。東側の情報センターでは、ホロコーストの悲劇の歩みが展示され、日本語の簡単なパンフレットもある。同記念碑の財団が、近くの同性愛者の記念碑とシンティ・ロマの記念碑も管理・運営している。

オープン:(情報センター)火~日10:00~20:00
      冬期は~19:00
住所:Cora-Berliner-Str. 1, 10117 Berlin
電話番号:030-26 39 430
URL: www.stiftung-denkmal.de
by berlinHbf | 2013-06-14 18:12 | ベルリン発掘(全般) | Comments(2)

ベルリンでの12年間 1933-1945, 2000-2012

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Prinzregentenstraßeにて (2013.02)

何のあてもないまま、私がベルリンにやって来たのは2000年の9月25日。高橋尚子がシドニー五輪で金メダルを獲得した翌日だ。いつの間にか、丸12年を迎えたことになる。2年前の10周年のときも一区切り付いた感じだったが、ベルリンで12年間を過ごしてきたことにも感慨がある。というのも、ナチスが政権を握ったのが1933年1月末、第2次世界大戦でドイツが降伏したのが1945年5月。12年という歳月は、ナチスがベルリン、そしてドイツ(に留まらないが)を支配していた年月にほぼそのまま当てはまるからだ。

12年間という年月は、私の経てきた人生の約3分の1の長さ。それなりに長かった気もするが、あっという間に過ぎ去った感覚も確かにある。世紀という単位で見れば、5分の1に過ぎない。なのに、70年以上昔の12年間が、いまもドイツでは繰り返し語られ、メディアで報じられる。新しく記念碑が建てられたり、著名人の誰々が当時ナチスに関わっていた事実が明るみになって社会問題になったりもする。

あの12年とは何だったのか。身近なところで考えさせられる出来事がここ最近続いた。

昨年9月半ば、グルーネヴァルト駅17番線の記念碑に日本からのお客さんを連れて行ったときのこと。夕刻の時間だった。かつて多くのユダヤ人が強制収容所に連れ去られたホームの周囲は閑散としていたが、記念写真を撮っていたとき、ホームに降りる階段に60代後半ぐらいの女性が座り佇んでいるのに気付いた。ほっぺに手を当て、視線は遠い空の方を向いていた。涙を流しているようにも見えたが、それは定かでない。その悲しみの表情が、映画『ベルリン・天使の歌』の地上防空壕の撮影シーンでワンカットだけ登場するユダヤ人女性の表情にそっくりだと思った。近くにいた私と同年代ぐらいの男の人に写真を頼まれ、ふと聞いてみたら、案の定彼女の息子とのことだった。彼らはイスラエル人。旅行でベルリンを訪れ、ホロコーストで犠牲になった親戚を偲ぶためにここに来たのだという。それにしても、あの年配の女性の悲しみの表情が忘れられない。70年も昔に起きたことだという事実を忘れさせる生々しさがあった。

昨年9月のある日、知人のインゲさんという年配の女性が突然亡くなったと聞かされた。親しい知人を通して知り合い、10代半ばの孫娘が日本に興味があるというので、何度か食事を共にする機会があった。実際にお会いしたのは計3回に過ぎないのだが、それでも強く印象に残っているのが、ご自宅で夕食をご馳走になったときのことだ。彼女のアパートは、女優マレーネ・ディートリッヒのお墓があるシェーネベルクの墓地のすぐ近くにある。「ディートリッヒの遺体があの墓地に埋葬された日、私はここから様子を見ていたわ。すごい人出が押し寄せて、警備も厳重だった」と話した後、インゲは「マレーネ・ディートリッヒって人知ってる?」と孫娘のアンナに語りかけた。「名前は知っているけれど」という若いアンナに対し、インゲはディートリッヒのことを説明し始めた。映画女優としての活躍だけでなく、ナチを嫌悪してアメリカに亡命したこと。第2次世界大戦中は戦場を訪れ、歌でアメリカ兵を慰安したこと。そのため、ディートリッヒが戦後ベルリンに戻ってきたときは、一部のドイツ人から非難と罵倒さえ浴びたこと…。私が聞いてもわかりやすく、かつ正確に話すので驚いたのだが、インゲは昔歴史の先生だったのだそうだ。「どうりで」と思ったら、そこから思わぬ方向に話が展開した。「私の父はナチだった」というのだ。

インゲはかつて東プロイセンと呼ばれた現在のポーランド領に生まれた。父親はドイツ国防軍の将校で、彼女が4歳の1944年にソ連で戦死している。翌年ドイツが敗戦を迎えると、突然故郷を追われ、一家は命からがら逃れて来たのだそうだ。父親が早くに亡くなった悲しみの一方、ナチスに信奉していたことで、父親に対して複雑な思いを抱えていたようだった。しかし、10年ぐらい前だったか、数10年ぶりに故郷を訪れ、初めて父親のお墓を訪ねたとき、いままでのわだかまりが溶けたという。「私ぐらいの歳になって、過去について語り始める人がドイツでは増えているの」とインゲは言った。

インゲの死後、共通の知人からインゲが出版したという本を見せてもらった。「Gegen das Vergessen(忘却に抗って)」というタイトル。「ベルリンのプレンツラウアー・ベルク地区フェアベリナー通り92番地 ユダヤ人の孤児院の記憶」とあり、その孤児院にいた子供や先生たちの足跡をたどった記録だ。びっくりするぐらい詳細な記録と写真に埋められた本をめくり、インゲがどういう気持ちでこの仕事にのめり込んでいったのだろうかと思った。インゲは、戦争の被害者と加害者の子供同士が交流をする組織「One by One」でも熱心に取り組んでいたそうだ。

もっといろいろ話を聞いておきたかった。その機会が失われたいま、後悔の念が強く残る。

昨年10月にはミシェル・シュヴァルベさんが91歳で亡くなった。シュヴァルベさんはユダヤ人のヴァイオリニストで、1957年から1986年までベルリン・フィルのコンサートマスターを務めた偉大な音楽家。それまでスイス・ロマンド管弦楽団のコンサートマスターだった彼が、ベルリン・フィルのコンマスに請われたのはカラヤンからの熱烈な誘いがあったからだった。「でも私はそこで半年間も悩みに悩んだんだ。ナチスの牙城だったベルリンに行くべきかどうかでね」といつかお話を聞かせてくださった。シュヴァルベさんが戦時中スイスに亡命している間、ポーランドに残った母親はトレブリンカ強制収容所で虐殺されていたのだ。彼はそのことを決して話題に出さなかったし、没後の報道でそれがトレブリンカだったことを私は初めて知った。

被害者側の癒えぬ思い、加害者側の苦悩。そして身も蓋もない事実として、あの12年間を直に生きた人は、そう遠くない将来この世界からいなくなる。奇しくも今年はヒトラーが政権を獲得してから80年にあたり、ベルリンでは多くの記念行事が予定されている(詳細はこちらより)。さまざまな立場の人の思いを、今のうちに少しでも多く聞いておきたいと思っている。
by berlinHbf | 2013-03-18 23:21 | ベルリン発掘(全般) | Comments(5)

夜空を彩る光の祭典

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「オーストリアの冬景色」をテーマにした大聖堂の光のインスタレーション

10月10日から21日にかけて、「光の祭典(Festival of Lights)」が開催されました。ベルリン市内の70以上の建物が、普段とは違う光のインスタレーションで彩られるこのフェスティバル。今年で8回目ということもあり、すっかりこの街の年中行事として定着した感があります。 

期待を膨らませて、まずはブランデンブルク門に行ってみました。時刻は20時を回っていましたが、観光客はもちろん、三脚を構えた本格的なアマチュアカメラマンまで、多くの人で溢れていました。

最初、多様性を表す虹色に照らされていた6本の円柱が、少しずつ色合いを変えていきます。「おや」と思ったのは、ブランデンブルク門の一面が家の窓をデザインした照明によって照らされ、門全体が1つのアパートに仕立てられてから。やがて、1つ1つの窓に明かりが灯され、中の「住人」の様子が影絵のように、しかも立体的に浮かび上がってくるではありませんか! 料理をする人、犬と遊んでいる人、ダンスをしているカップル……。本当にブランデンブルク門に人が住んでいるかのようです。

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「住居」に仕立てられたブランデンブルク門

今年はベルリンの市制775周年、それに加えて多世帯住宅(コーポラティブハウス)の国際年ということで、ツァンダー&パートナー・イベント=マーケッティング社によって、「ベルリンの住居」をテーマに作られた3Dのインスタレーションがこれだったのです。

ウンター・デン・リンデンを東に歩き、いくつものライトショーを見ながら、ベルリン大聖堂の前にやって来ました。ルストガルテンの芝生は、やはり人でいっぱいです。

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今年の大聖堂の照明は、著名なモーションデザイナー、カメラマン、アニメーション作家の共作で、「オーストリアの冬景色」がテーマ。巨大な大聖堂の正面にリルケの詩「秋の日」が映し出され、そこから冬の情景が始まります。スキーヤーの姿、つららが垂れ下がる山小屋の情景、雪の結晶、そして一足早いクリスマスツリー……。その度に、ネオ・バロック様式の大聖堂の装いがガラッと変わり、人々から歓声が上がりました。

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奥には、これもまたライトアップされたテレビ塔が見えます。紫色に照らし出された幻想的な塔に、LEDライトが点を作って、下から上へと模様を作って上がって行きます。この演出により、ドイツでもっとも高いところにLEDが使われたことになるのだとか。

かなり冷え込んだこの夜でしたが、普段とは全く装いを変えた数々の建築に、しばし見とれていました。
ドイツニュースダイジェスト 11月16日)
by berlinHbf | 2012-11-18 15:33 | ベルリン発掘(全般) | Comments(4)

ベルヴュー宮殿の市民祭

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多くの人で賑わったベルヴュー宮殿の庭園

毎年夏、ドイツ連邦大統領の官邸であるベルヴュー宮殿では「Sommerfest(夏のお祭り)」が行われます。これは、ドイツ社会で功績を成し遂げた一般市民を招いての行事ですが、今年は様相が少し変わりました。

9月8日、例年通り招待客を招いてお祭りが行われましたが、翌9日の日曜は「Bürgerfest(市民祭)」として、あらゆる市民に対してベルヴュー宮殿の門が開かれたのです。数年に一度、ベルヴュー宮殿の内部が一般公開されることはありましたが、裏の庭園まで開放して市民対象のお祭りが行われたのは初めてのことだそうです。これほど寛大な振る舞いがなされたのも、今年3月、旧東独出身の人権活動家として連邦大統領に就任したガウク大統領の意向があってのこと。興味を惹かれてこの日の午後、ベルヴュー宮殿に足を運んでみました。

入り口で20分ほど並び、安全検査を受けて中に入ると、家族連れの賑やかな声が聞こえてきました。ベルヴュー宮殿は、フリードリヒ大王の一番下の弟、アウグスト・フェルディナント王子の依頼により、1785年に建てられた宮殿。その王子の胸像を過ぎると、多くの屋台が並び、芝生の上で人々が楽しそうに寛いでいます。庭園は非常に広大で、さすがに草木の手入れもよくなされているなと感心しました。

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公開討論でのヴァイツゼッカー元大統領、ガウク大統領、ヘルツォーク元大統領(左から)

奥の仮設舞台では、ガウク大統領、ヴァイツゼッカー元大統領、ヘルツォーク元大統領が演壇に上り、「われわれの民主主義――ボン共和国からベルリン共和国へ」というテーマの公開討論が行われているところでした。現職大統領と大統領経験者が3人顔を揃える機会は珍しく、訪れた人も真剣な様子で聞き入っています。

現在のユーロ危機に関しては、「EUというプロジェクトに好意を持って寄り添ってくれることを有権者と政治家に望みたい」(ガウク氏)、「かつてなかった危機を前に、今勇気が求められている。何もしないというのはもっともいけないこと」(ヘルツォーク氏)など、3者とも幾多の危機を乗り越えて達成された欧州統合を捨ててはならないというメッセージを発しました。ナチス・ドイツ時代、東西冷戦時代を直に生きた政治家ならではの重い言葉だったと思います。

晴天に恵まれたこの日、ベルリン市民だけでなく、観光客も含め、約1万5000人がベルヴュー宮殿を訪れたそうです。ヴルフ前大統領をめぐるスキャンダルで大統領職の威信は大きく損なわれたと言われますが、ガウク大統領主催による今回の市民祭は、多くの人々にとってポジティブな変化の兆候と映ったようです。
ドイツニュースダイジェスト 10月19日)

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討論会の後、杖を何度も回して聴衆に別れを告げるヴァイツゼッカー元大統領(現在92歳!)

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by berlinHbf | 2012-10-19 00:24 | ベルリン発掘(全般) | Comments(2)

アウトバーンを自転車で走れる日

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アウトバーンAVUSを走るサイクリストの群れ

1年に一度だけ、アウトバーンを自転車で走ることのできる日があるのをご存知でしょうか? 今回は、その名も「シュテルンファールト(Sternfahrt = 星の走行)」という自転車デモをレポートしたいと思います。どうして「星」なのかというと、いくつもの地点から自転車が1つの目的地に向かって走る様を星の輝きに見立ててのこと。今年で35回目を迎え、ベルリンの伝統行事にも数えられるイベントに、私は今回初めて参加してきました。

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6月第1日曜日の10時15分、スタート地点の1つ、ブンデスプラッツ駅に向かうと、4車線の片側2面がすでに自転車で埋め尽くされていました。警察の白バイに守られ、広々とした車道を自転車で走るのは何とも気分が良いものです。自転車専用道が隈なく整備されているドイツでも、車と比べるとどうしても立場上弱いのが自転車。このシュテルンファールトは車中心社会に意義を唱え、サイクリストがより自由に走れる社会の実現を願って1977年に西ベルリンで始まりました。自転車の行列が車道を走る間、当然車は通行止めになるため、当初は露骨に攻撃的な態度を取るドライバーも少なくなかったとは、主催する全ドイツ自転車クラブの方の話。しかし、シュテルンファールトの規模が年々拡大し、社会的な認知度も高まった今、そういう場面はほとんど見られなくなりました。今年は例年より参加者の数が少なかったものの、それでも15万人。この行事は、今やほかの都市にも波及しています。

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シュテーグリッツのシュロス通りを通過

そのような背景から、政治色の強いイベントを想像していましたが、反原発ポスターや沿道で配られる緑の党の風船を自転車に括り付けて走っている人を時折見かけたものの、周りは近所に買い物に出掛ける感覚で参加しているおばさんから大勢の家族連れまで、和気あいあいとしたムードが漂っていたのが印象的でした。タンデムと呼ばれる2人乗りから本格的なロードサイクルまで、色とりどりの自転車を眺めるのも楽しかったです。

とはいえ、スタートからゴールを目指すとしたら、それ相応の距離を走ります。のんびりしていると、最後尾の白バイを追いかけることにもなるので、飲み物や簡単な食料の持参は必須。途中で調達しようなどとは思わない方が良いというのが、今回得た教訓でした。

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戦勝記念塔のあるロータリー「グローサー・シュテルン」がゴール地点

やはりハイライトは、終盤AVUSと呼ばれるアウトバーンを走ること。いくつものコースがここで合流し、一直線の道路がサイクリストでごった返す光景は壮観でした。4時間掛けて約40キロを走り終え、ゴール地点の戦勝記念塔が視界に入って来た時は、嬉しさと同時に達成感が込み上げてきました。ここからブランデンブルク門にかけては、環境フェスティバルの屋台が多く並び、私はオーガニックのビールで一息。こんなに楽しいデモに参加したのは初めてかもしれません。
ドイツニュースダイジェスト 7月22日)

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by berlinHbf | 2011-07-21 10:56 | ベルリン発掘(全般) | Comments(2)

講演会「『ベルリンの壁』とは何だったのか」(7/9)のお知らせ

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来週半ばから久々に日本に一時帰国することになりました。震災後初めての日本行きということで、いままでの帰国前には味わったことのない重い気分も感じているのですが、懐かしい人々に会えるのはもちろん楽しみです。

今回ご縁があり、7月上旬に出身地横須賀市の横須賀三浦教育会館にて講演会をさせていただくことになりました。一般の方々を対象にした「教養セミナー」とのことで、一体ベルリンの何についてお話しようかとあれこれ考えたのですが、この8月で建設からちょうど半世紀を迎える「ベルリンの壁」をテーマにしようと決めました。私がベルリンについて興味を持つようになった1つのきっかけですし、この機会に自分の中で捉え直してみたいという気持ちもあったからです。私は壁の時代のベルリンを直接知っているわけではないのですが、ベルリンに来てからあの時代を生きた人に話を聞く機会は比較的多くありました。単なる知識だけでなく、彼らが味わって来た気持ちをどうしたら日本の皆さんにも体感してもらえるか、今いろいろ考えているところです。さて、どうなるか・・・

横須賀三浦教育会館は東京湾にほぼ面しているので、もしよろしかったら、土曜日の午後、横須賀の海を見に来るのも兼ねてお越しになってください。以下がちらしの文面になります。

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公益法人横須賀三浦教育会館教養セミナー
講演会『ベルリンの壁』とは何だったのか?
~壁と歩んだ街 ベルリンの過去と現在(いま)~


今年の8月、「ベルリンの壁」が築かれてからちょうど50年を迎える。1つの街が、ある日突然コンクリートの壁に分断されたことで何が起きたのか。人々はどんな思いで壁と向き合い、その向こうの世界に憧れ、運命との折り合いをつけたのか。そして、壁崩壊の歓喜の瞬間はいかに訪れたのか。

ベルリン在住10年の本人が、豊富な写真や図解、さらに現地で実際に出会った人々の実話を通して、ベルリンの過去と現在を語る。ベルリンが歩んだ数奇な歴史に加え、この街の魅力も紹介する。

日時:7月9日(土)  13:30受付  14:00~15:45
場所:公益法人横須賀三浦教育会館
申し込み:電話046-824-0683  定員100名 入場無料

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by berlinHbf | 2011-06-11 12:26 | ベルリン発掘(全般) | Comments(4)

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