ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
「素顔のベルリン」増補改訂版
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(Amazon、全国各書店にて発売中)

本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

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地球の歩き方シリーズ初、待望のベルリンガイドブック誕生!比類なき歴史を抱えつつ、明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。「ドイツで最もドイツらしくない」といわれるこの町の知られざる魅力を、現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介。


現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

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カテゴリ:ドイツ全般( 54 )

歴史博物館のヒトラー展

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あえて写真を排したヒトラー展のポスター

昨年10月に始まったドイツ歴史博物館の「ヒトラー展」は、公開当初からドイツ内外で大きな話題を集め、12月末の時点で見学者数はすでに16万人を超えています。2010年の博物館全体の訪問者数も、記録を更新したそうです。

この展覧会の正式名は、「ヒトラーとドイツ人 民族共同体と犯罪」。ナチスの独裁体制は、ヒトラー自身のカリスマ性だけで説明できるものではなく、幅広い層のドイツ人の期待があったからこそにほかなりません。この展覧会の特徴は、ヒトラー個人だけではなく、それまで無名だったヒトラーを「総統」にまでのし上げた、当時のドイツの社会状況やドイツ人の精神状況にも焦点を当てていることです。

昨年の12月末、この展覧会に足を運んできました。雪が降る中にもかかわらず、客入りは上々。地元のドイツ人だけでなく、観光客の割合もかなり高いようでした。展示は全部で8つのカテゴリーから成り、「総統神話」から「終わりなきヒトラー」まで時系列に並んでいます。当時の写真やポスターだけでなく、ヒトラーの直筆メモや『我が闘争』の各国語版など、興味深い展示物が目白押しでした。

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© dapd

前半の展示物で特に印象に残ったのは、写真や映像に記録されたヒトラーに熱狂する一般市民の表情、そして彼の43歳の誕生日に寄せられた市民からの手紙の数々です。「親愛なる総統へ」などの文面で始まるメッセージを眺めていると、老若男女問わず、ドイツ人のヒトラーへの期待感は本物だったのだと今さらながら実感します。

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© dapd

ナチスによる暴力がエスカレートし、やがて戦争へと突入する後半部分で私の心に刻まれたのは、ユダヤ人の迫害に関する展示です。「この村へのユダ ヤ人の立ち入りは望まれない」と書かれた看板や通りのど真ん中で辱めを受ける若いユダヤ人女性……。

当展覧会のキュレーターである歴史学者のハンス=ウルリヒ・ターマー教授とジモーネ・エルペル教授は、(展覧会の副題の)「民族共同体(Volksgemeinschaft)」についてこう説明しています。「この概念のシステムは、受け入れと排除の原理によって成り立っていた。根本にあるのは人種差別的な思考であり、それゆえ暴力を核に持つイデオロギーだった」。ヒトラーに熱狂した人々は、排除される側へ想像力を巡らすことには鈍感だったのでしょう。

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会場のI.M.ペイ設計による歴史博物館の新館

これと同次元で語ることはできませんが、現在ヨーロッパではイスラム系の移民排斥など、右傾化の動きが顕著に見られるようになってきています。ベルリン工科大学・反ユダヤ主義研究センターのヴォルフガング・ベンツ教授は、「19世紀の反ユダヤ主義と現代の反イスラムの動きには、排除の原理などで共通点が見られる」と不穏な分析をしています。

「ヒトラーとドイツ人が引き起こした膨大な犯罪は、いかにして起こったのか」。この問いは、現代を生きる私たちも避けて通ることができないのではないかと感じました。 当初は2月初旬までの開催予定だったこの展覧会、大きな反響を受けて2月27日まで延期されることになりました。貴重な機会をお見逃しなく。
www.dhm.de (開館は毎日10:00~18:00、金曜は21:00まで)
ドイツニュースダイジェスト 2月4日)

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by berlinHbf | 2011-02-03 12:40 | ドイツ全般 | Comments(6)

ツェツィーリエンホーフ宮殿を歩きながら考える

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Schloss Cecilienhof (2009.4)

仕事柄、ポツダムのツェツィーリエンホーフ宮殿に来ることが多い。去年から急にその頻度が増え、この1年半の間に一体何度ここを訪れただろうかと思う。ポツダム観光のもうひとつのドル箱、サンスーシ宮殿も私は大好きだが、時間が限られた中でどちらか1つとなると、日本人にはやはりツェツィーリエンホーフ宮殿を勧めるだろうか。実際、「ここに来てよかった」と言って帰る方は少なくない。

日本人にとってツェツィーリエンホーフ宮殿で馴染みが深いのは、ここが「ポツダム宣言」の舞台であり、ポツダム会談の会期中にアメリカ大統領のトルーマンが広島への原爆投下を決定したことだろう(実際にその決定がなされたのは、ノイエ・バーベルスベルクの邸宅と言われているが)。

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皇帝ヴィルヘルム2世の息子、皇太子ヴィルヘルムとその妃ツェツィーリエのために造られたホーエンツォレルン家最後の居城。イギリスの別荘スタイルの建築様式が特徴的で、屋根の煙突1つを取っても、装飾がとても凝っているのがわかる。観光客の多くは、宮殿を見学したらすぐに帰ってしまうが、私がおすすめしたいのは、宮殿の裏側をぐるりと回ってHöhenstr.のバス停まで歩くことだ。裏手に回るとまず見えて来るのが、ツェツィーリエの書斎に面した小さな庭園。ここは初夏になると庭園の花々が本当に美しい。

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小道に出ると、ユングフェルン湖(Jungfernsee)に沿って、しばらく歩くことになる。まさにこの道に沿って、1989年までは「ベルリンの壁」が建っていたというのが、今となっては不思議だ。つまり、当時ツェツィーリエンホーフ宮殿の内部からユングフェルン湖への視界は、壁によって遮られていたことになる。

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やがて、ツェツィーリエンホーフ宮殿を裏側から一望できるポイントにやってくる。中央が、ポツダム会談の本会議場として使われた有名なホールだ。

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日本に住んでいた頃、(子供の頃に埋め込まれたイメージが強烈だったこともあり)ヒロシマとナガサキの原爆というと、おどろおどろしいイメージしかなかったが、ここに来ると物事がまた違って見えてくる。小鳥のさえずりを聞きながらのどかな道を歩いていると、これら美しい自然と原爆投下直後の地獄絵巻の光景とが、どうしても結び付かないのだ。1945年7月末も、この周辺の樹々は緑を咲かせ、ユングフェルン湖は今と変わらずそこにあったのだろう。この森や湖を背景に、たった1人の権力者の命令によって、人も自然も一瞬にして破壊する原子爆弾のスイッチが押されてしまったこと。そして、世界に核兵器が存在する以上は、今後もその可能性があり得ること。私の友人も言っていたが、これは戦勝国、敗戦国という枠組みでとらえることではない。人類全体の問題として、誰もが認識すべきことだと思う。

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by berlinHbf | 2010-08-06 23:28 | ドイツ全般 | Comments(4)

ケーラー連邦大統領が突然の辞任

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6月1日の大衆紙BZの一面より

先日、マルティン・レーアさんのインタビューで取り上げたばかりの、ホルスト・ケーラー連邦大統領が、今日突然の辞任を発表。ドイツ中で驚きの声が上がっています。私自身、先ほどこのニュースを知り、とにかくびっくりしました。

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<ドイツ>ケーラー大統領辞任 アフガン発言で批判浴び
5月31日22時2分配信 毎日新聞
【ベルリン小谷守彦】ドイツのホルスト・ケーラー大統領(67)は31日、「我が国の重要で困難な問題について誤解を招く発言をした」として、辞任した。大統領は先に、アフガニスタンへのドイツ軍派遣について「ドイツの経済的利益のために軍事介入は必要」と発言し、批判を浴びていた。

ケーラー氏は04年7月に大統領に就任し、現在2期目。ドイツの大統領は国家元首だが政治的実権は限られ、象徴的な地位とされている。

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確かに誤解を招く発言ではありましたが、ケーラー大統領はそれまでも率直な物言いで知られており、今回のことで辞任に至るとは誰も予想していなかったのではないでしょうか。メルケル首相は12時頃、大統領からの電話で辞任の意向を初めて聞いて驚き、説得もしたそうですが、大統領の決意は変わらなかったそう。ドイツ連邦共和国の歴史で、国家元首である連邦大統領が任期半ばで辞任するのは、わずかな例外を除くと、初めてのことなのです。法律によると、30日以内に連邦会議(Bundesversammlung)で後継者を選ばなければならないことになっています。

それにしても、大統領のたった一言の発言が、命取りになるとは。先日のレーアさんのインタビューの中での、「そして特に大事なのが、政治的な事柄を考慮することです。大統領というのは、政治的なポジションにいるわけですから、大統領のやることなすことすべてがドイツという国家に帰せられます」という言葉の重さを痛感させられました。

関連記事:
マルティン・レーアさんインタビュー(1)(2)

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by berlinHbf | 2010-05-31 23:57 | ドイツ全般 | Comments(6)

ヴェルダーの開花祭(2)

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(前回の続き)
ハーフェル川に浮かぶ旧市街の島の中に入ると、そこでも桜並木が見事に花を咲かせていました。Ufer Promnadeという湖に面した通りではカフェや屋台が並び、大にぎわい。私たちもホテルの前のカフェでしばし休憩しました。

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がんばれ、ブランデンブルク州!』によると、ヴェルダーの旧市街はブランデンブルク州主導の「町並みプロジェクト」の援助を受けており、漁村の名残を留めた町並みがかなりいい状態で保存されています。

ヴェルダーが歴史上最初に文書に記されたのは1317年で、古くから漁業の他、ワイン醸造が盛んでした。18世紀にワイン産業が一時衰退した際、今度は肥沃な土地を利用して果物栽培に力を入れ、近郊のポツダムやベルリンで販売の活路を見出すようになります。「ヴェルダーのサクランボ」といえば、今でも1つのブランドとして定着しているほどです。

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橋のたもとに移動式遊園地があり、観覧車に乗ってみることにしました。奥に見える立派な教会はHeilig-Geist-Kircheといい、(写真からわずかに外れてしまった)風車と並んで旧市街のシンボルです。

と、窓の外を優雅に眺めていたのですが、この観覧車がとんでもない代物。観覧車なので上下に回るのは当然なのですが、コーヒーカップのように手動で横にも回転する仕組みになっているんです。友達の1人が悪さして勢いよくクルクルと回し出し、さらに下に立っている係員のお兄さんまでもが僕らのゴンドラが通る度にぶんぶん回すものだから、上下左右同時にグラインドしまくり、とんでもないことに。ああ、思い出すだけで気分が悪くなってくる^^;)。

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悪夢の時間が終わり、そろそろベルリンに戻ろうと、(まだ半分目が回ったままの状態で)駅に向かって歩き出したところ、大きな関門が待っていました。旧市街の島に架かる唯一の橋の上が、人混みで大変なことになっています。何とか橋のたもとへやって来たものの、そこから先へが全く進めない状態。周りの大人たちは、いい具合に酔っぱらっているものだから、時間が経つにつれて殺気立ってきて、少々危険な空気も漂い始めました。友達の1人に妊婦さんもいたので、これは危ないということで、島の反対側の港に引き返してきました。

ここからポツダムへ船が出ているのですが、出航まで大分時間がある。困ったのは、その晩オペラ座での仕事があるAくんで、このまま船を待っていたら公演に間に合わない可能性があるということで、やや青ざめた表情のまま、奥さんと橋の方に戻って行きました。

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出航までまだしばらく時間があったはずですが、臨時ダイヤにつき今度は突然出航すると言われ、あたふたと船に駆け込むことに。まったくいろいろと振り回されましたが、1時間あまりの船旅はとても快適で眺めもよく、私もようやく落ち着いてきました。

ポツダムからの電車は、これまた通勤ラッシュ並みの混雑で、バツの悪そうな表情のAくんとここで再会。結局船と時間が変わらなかったわけですからね・・・(でも、公演には何とか間に合ったはずです、多分)。僕らはヴァンゼーで降り、そこからSバーンでベルリンに戻ってきました。

楽しい1日ではありましたが、ここまでの混雑ぶりは全くの予想外でした。

友達が「来年のための忘備録」として、「子供のいる人は絶対平日に。帰りは夕方に船で島からポツダムに渡り、そこからはRBでなくてS-Bahnで帰るのがベスト」とTwitterに書いていましたが、よかったら来年の花祭りのご参考に(公式サイトはこちらより)。

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by berlinHbf | 2010-05-05 14:42 | ドイツ全般 | Comments(10)

ヴェルダーの開花祭(1)

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メーデーの土曜日、友達数人とヴェルダー(Werder)という町の開花祭(Baumblütenfest.平たく言えば「花祭り」ですね)に行って来ました。ベルリンを囲むブランデンブルク州の貴重な情報源、『がんばれ、ブランデンブルク州!』(同名のブログはこちら)によると、ハーフェル川に面したヴェルダーは果実栽培で有名で(特にサクランボ)、「世界最北の商業的ワイン醸造」が行われている地なのだとか。

この時期、同名の花祭りはドイツ各地で行われているのですが、もっとも有名で規模も大きいのがヴェルダーのお祭りなのです(2010年は4月24日から5月2日まで開催)。ずっと行ってみたいと思っていて、131回目の今年が念願の初参加でした。ヴェルダーはベルリン中央駅から電車(RE)で38分、ポツダムからは10分ほどの距離。写真左手奥に見える、ハーフェル川に架かる橋を渡り終えたところにヴェルダーの駅があります。手前の島になった旧市街までは、歩くと25分ぐらいはかかるでしょうか。

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駅から旧市街へ続く道の至るところに屋台が並び、ワインや果実酒を売る露店も多いです。このような巨大なフラスコのような容器に各種のお酒が入っており、試飲しながら買うことができます(あまり写真を撮らなかったので、妻の写真を拝借)。私はイチゴのお酒というのを飲んでみましたが、紙コップに並々と注がれ、これだけで結構酔っぱらいました^^;)。

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Friedrichshöheという丘の上からは、ハーフェル川がきれいに望めました。

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きれいに咲き乱れる桜(?)の並木を眺めながら、丘の坂を下って行くと、旧市街が近づいてきます。

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旧市街の島へ続く道は、その名も「ウンター・デン・リンデン」で、菩提樹の緑がまぶしい。島に架かる唯一の橋のたもとで、名物の豚の丸焼きを食しながら、のどかな時間を過ごしました。

と、ここまでは順調だったのですが・・・。少々波乱の後編へと続きます。

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by berlinHbf | 2010-05-03 22:15 | ドイツ全般 | Comments(7)

ルール地方見聞録

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今回の出張では写真はわずかしか撮っていないのですが、駆け足で振り返ってみたいと思います。まずこちらは、エッセンのツォルフェライン旧炭鉱跡 (Zeche Zollverein)。ご覧のように、バウハウスの影響を受けた建物のデザインから「世界一美しい炭鉱」などと呼ばれ、世界遺産にもなっています。昔の建物はほとんどそのまま残し、美術館、コンサート会場、夏はプール、冬はスケートリンク、などといった具合に再利用され、巨大な文化施設に生まれ変わっています。その規模たるや圧巻。入場は無料ですが、ある程度言葉がわかる方はガイドツアーに参加することをおすすめします。いくら建物のデザインはすぐれていても、炭鉱の労働条件は最悪だったそう。ドイツの高度成長を支えたルール地方、そこでの労働者がどういう環境で汗水を流していたのかが五感で伝わるようになっていて、感銘を受けました。

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炭鉱に隣接したコークス工場。
2日間車を運転してくれたトルコ人のドライバーさんは、父親がやはりあの時代出稼ぎでドイツに来たそうで、この地域にまつわる話をいろいろ聞かせてくれました。ちなみに、彼の息子さんはU17のトルコ代表にも選ばれているサッカー選手。ひょっとしたらこれから有名になるかもしれないので、Tolga Erginerという名前を覚えておこうと思います。

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ルール地方には、炭鉱時代のボタ山がいくつも残っていて、頂上にユニークなモニュメントを置いて人目を引いているものがあります。これはボットロップという町にあるTetraederなるもの。手前の人影と比べれば、どれほどの大きさかわかると思います(高さは50メートル!)。高所恐怖症の人でなくても、てっぺんまで上るには勇気がいりそう^^;)。時間が限られていたこともあって、私は遠慮しました。

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ボタ山からの眺め。ルール地方の風景は基本的にこんな感じです。地味でどこか殺伐としているという印象は否めません。トルコ人のドライバーさんは、「このルール地方がドイツを今のドイツにしたんだよ」と何度も言っていましたが、これもまた納得。中央の丸い筒のような建造物はオーバーハウゼンのガスタンクで、ヨーロッパでも最大級の規模。現在はアートスペースに生まれ変わっていて、„Sternstunden – Wunder des Sonnensystems"という太陽系をテーマにした展覧会は一見の価値があるものでした(月のインスタレーションがすごかった)。

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やはり近年再開発されたデューイスブルクの内港(Innenhafen)。昔の倉庫を改装した古い部分と対岸の現代建築とのコントラストは、ベルリンをもどことなく想起させます。

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デュッセルドルフ近郊のノイスという街のさらに外れにあるランゲン美術館。安藤忠雄の建築。かつてNATOのロケット基地だったという平原にぽつんと建っているのですが、ここは本当に行ってよかったです。月曜日もオープンしているのがありがたかった。

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最後に訪れたフランクフルト・アム・マインは、ちょうどLuminaleという光の祭典が開催中で、街の多くの場所がアーティスティックなイルミネーションで彩られていました。旧市街のレーマー広場にて。

今回お世話になった方々は無事日本に飛べたのか、それがちょっと気がかりです。

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by berlinHbf | 2010-04-22 00:45 | ドイツ全般 | Comments(4)

デュッセルドルフでの午後

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アイスランドの火山噴火の空の影響が、予想外の広がりを見せていますね。私の周りでも影響を被っている人がちらほら出ています。先週アテンドの仕事でご一緒した方々は無事フランスにたどり着けたか、一昨日日本に帰るはずだったある先生は、今どこでどうされているのかな・・・。今更ながら、飛行機という文明の利器がないと現代社会が成り立たなくなっていることを痛感させられた今回の火山噴火でした。

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いろいろ気がかりではありますが、先週末のデュッセルドルフ滞在のことを少し。短い時間でしたが、お世話になっているドイツニュースダイジェストの編集部の方々にお会いした後、現在当地の大学で言語学を勉強している学部時代の友人と再会し、街を少し歩きました。写真は、Bilker Straße 15にある、シューマンが1852〜55年にかけて住んでいたアパート(参考ページ)。ロベルト、クララ夫妻が最後に一緒に住んだ家であり、ロベルトはその後精神病院に入れられることになります。先週、モザイクカルテットによるあの美しいシューマンの四重奏曲を聴いたばかりだったので、ここに足を運べてよかったです。

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そこからライン川へは徒歩で5分ほど。土曜日の午後だったので、川沿いの遊歩道は大変賑わっていました。特に市庁舎の前から伸びるBolker Str.の人の密集率はびっくりするほど。コスプレの若者もちらほら見かけました。

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オーバーカッセラー橋を越えると、もともとはプラネタリウムだったトーンハレというコンサートホール。その向こうにNRW Forumという美術館があり、その中のカフェに入りました。旧市街は日本の都市並みの混雑ぶりだったので、ようやくここで一息つくことができました。

(つづく)

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by berlinHbf | 2010-04-18 11:58 | ドイツ全般 | Comments(6)

ルール2010から戻って

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数日間の出張を終えて、ベルリンに戻ってきました。今回行って来たのは、エッセンを中心としたルール地方。このかつての炭鉱地帯は今年欧州文化都市(RUHR 2010)に選ばれています。日本の某市で街作りや都市の活性化に携わっている方々がこの地域を視察することになり、そのアテンドをするという仕事でした。

10日は少し早めにベルリンを出て、昼過ぎにデュッセルドルフ着(写真は行きのICEの車内でもらったチョコレート)。短い時間でしたが、日頃お世話になっているドイツニュースダイジェストの編集部の方や現地在住の大学時代の友人にも会うことができたのはよかったです。

それにしてもびっくりしたのは、ベルリンでしか会ったことがない日本人の知人に立て続けに遭遇したこと。デュッセルの中央駅で以前ベルリンに住んでいた知人にばったり会い、さらにインマーマン通りのラーメン屋で行列に並んでいたら、ヴォルフスブルク在住の友人「クニさん」にいきなり後ろから声をかけられ唖然。クニさんは、昨年『素顔のベルリン』の出版記念パーティーをオーガナイズしてくれた方で、ベルギーへの出張帰りだったそう。インマーマン通りでは日本人の駐在員と思われる方があちこちで挨拶しているのを見かけましたが、これはやはりデュッセルドルフならではの光景でした。ニュースダイジェストの方によると、現在デュッセルドルフに在留届を出している日本人は、(曖昧な記憶ですが)7600人ぐらいだとか。それでも最盛期は約16000人の日本人が住んでいたそうです。ちなみに、ベルリン在住の日本人は2500人ぐらい?

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by berlinHbf | 2010-04-14 00:50 | ドイツ全般 | Comments(6)

ポツダムのアルター・マルクト広場

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Alter Markt Potsdam (2008年12月4日)

先日書いた「ポツダムへの道(1) - もう1つの王宮再建 -」の続きとして、かつて王宮があったアルター・マルクト広場(Alter Markt)を紹介したいと思います。

アルター・マルクトは「旧市場」の意で、戦前の写真を見ると、いくつもの市が並び、ポツダムの台所だったことを伝えてくれる。もともとは、18世紀半ば、フリードリヒ大王がイタリアの広場(Piazza)にならって造り変えたこの広場。第2次世界大戦末期の空爆とDDR時代を経て、かつての華やかさはすっかり消えてしまった。いま広場の中央に立って南側を見ると、こんな風景が広がっている。右側が王宮の跡地、ぽっつりと建っているのは東独時代のビル(現メルキューレ・ホテル)、左側の丘に突き出ているのが現在のブランデンブルク州議会だ。

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アルター・マルクトで一際目立つ建築物が2つある。1つは広場に面したかつての王宮の厩(Marstall)だ。1685年に建てられ、18世紀半ばに拡張されて今の姿になった。現在は映画博物館(Filmmuseum)として使われている。王宮が再建されたら、この厩とどういう調和を見せるのか、楽しみではある。

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もう1つの目立つ建物は、やはりシンケルが設計したニコライ教会だろう。神殿を思わせる古典様式のこの教会が1837年に建てられた当時は、てっぺんのドームはなく、平べったい形だった。78メートルのドームが完成したのは、シンケルの没後だったという。

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広場中央に立つ大理石のオベリスクは、1979年に再建されたもの。

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旧市庁舎(ちょうど改装中だったので写真はなし)の2つ隣のクノーベルスドルフハウス(Knobelsdorffhaus)は、その名の通り、建築家ゲオルグ・ヴェンツェスラウス・フォン・クノーベルスドルフ(1699-1753)の作品。

ベルリンとポツダムで、この人が残した建築は一体いくつあるのだろう。代表的なものだけでも、ベルリンの州立歌劇場、聖ヘトヴィヒ大聖堂、シャルロッテンブルク宮殿の拡張、ポツダムの王宮の改築、そしてあのサンスーシ宮殿・・・。

グリーンのファサードは、かつては輝いていたのだろうが、近付いて見ると至るところで表面が剥がれ落ちていた。王宮も含めて、ポツダムの中心部がよみがえるのは、まだしばらく先になりそうだ。

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by berlinHbf | 2010-02-24 23:41 | ドイツ全般 | Comments(0)

ポツダムへの道(1) - もう1つの王宮再建 -

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ベルリンからポツダムに入る方法は大きく分けて2つある。1つはオーソドックスに鉄道で行く場合だ。モダンなポツダム中央駅で降り、徒歩かトラムでハーフェル川に架かるLange Brückeという大きな橋を越えると、この風景が目に飛び込んでくる。

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近くに寄ってみると、昔ここにあった建物の地下部分ということがわかる。巨大な遺跡現場だ。初めて見た時、これは一体何だろうと、私は写真を撮りまくった。

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このAlter Marktという広場には、かつて王宮があった。かのフリードリヒ大王の時代の1744年から51年にかけて、建築家クノーベルスドルフの設計によって建てられたバロック様式の王宮である。第2次世界大戦末期に爆撃を受け、1959年に東独政府によって爆破された。このあたりの経緯は、ベルリンの王宮と非常によく似ている。

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それがこの度、オリジナルの様式に倣って再建されることになった。完成の暁には、現在、中央駅南側の丘の上にあるブランデンブルク州議会が、ここに移る予定だ。とはいえ、ベルリン王宮の再建同様、再建方法や使用用途をめぐって、そこに至るまで長い道のりがあった。歴史的な王宮を再建するとなると、当然大変な費用がかかる。そのため、一旦はモダン建築にすることで決まったのだが、市民団体をはじめそれに対する反対の声も強かった。こういう状況の中、Hasso Plattnerというソフトウェア会社が2000万ユーロという巨額の寄付を申し出たことで、王宮再建の方向に一気に傾くことになったのである。

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2008年12月4日の様子。正面のドームは、19世紀前半シンケルが設計したニコライ教会。ローマのサン・ピエトロ大聖堂をモデルにしたものらしい。左隣のDDR時代に建てられたプラッテンバウは、今となっては何ともみすぼらしい。ニコライ教会の右隣の覆いがかぶさっているのが、旧市庁舎。

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ほぼ同じアングルから、2009年10月9日の撮影。旧市庁舎の覆いが外され、よく見えるようになった。

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しばらくの間ずっと工事中だったトラムの路面も最近新しくなった。ポツダムの王宮再建は間もなく始まり、2013年には完成する予定。ベルリンだけでなく、ポツダムもいま大きく変わろうとしている。

関連記事:
ポツダム再発見! (2008-12-17)

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by berlinHbf | 2010-02-14 00:38 | ドイツ全般 | Comments(4)

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