ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005
by berlinHbf
中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。

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- 「壁とベルリン」第6回 - ゲッセマネ教会の英雄交響曲 -[ 2009-11-28 00:15 ]
- ベルリンに帰った貴志康一[ 2009-04-03 09:56 ]
- ベルリンと走り続けた音 (「ベルリン 音のある街」最終回)[ 2009-01-24 21:39 ]
- アネッテ・ダッシュのサロン・コンサート[ 2008-12-08 14:07 ]
- メンデルスゾーンと壁崩壊の関係[ 2008-11-10 22:36 ]
- 音の記憶を探し求めて - 旧フィルハーモニー跡 -[ 2008-11-07 23:57 ]
- フィルハーモニーの「舞台席」[ 2008-10-17 21:48 ]
- 新シーズンを迎えた州立歌劇場[ 2008-09-12 09:30 ]
- CD「ベスト・オブ・ベルリン」[ 2008-08-12 00:03 ]
- 森の音楽会―ヴァルトビューネの楽しみ[ 2008-07-15 19:21 ]
「壁とベルリン」第6回 - ゲッセマネ教会の英雄交響曲 -

11月2日、旧東側のプレンツラウアーベルク地区のゲッセマネ教会で、「非暴力への記念コンサート」と題する入場無料の公演が行われた。演奏は、ダニエル・バレンボイム指揮のシュターツカペレ・ベルリン。このコンサートは、20年前のある出来事を思い起こさせるものだった。
1989年の秋、ゲッセマネ教会は、平和と東独政府の改革を求める人々の牙城となっていた。50万人以上が集まったと言われる、11月4日のアレクサンダー広場でのデモのわずか翌日、緊迫した状況の中、シュターツカペレ・ベルリンがこのゲッセマネ教会で「非暴力コンサート」を行った。演奏されたのは、ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」だった。
「寛容を要求するならば、まず自分が寛容でなければならない」というオーケストラのチェリスト(当時)、ホルスト・クラウゼの20年前のスピーチが、満員の聴衆の前で再び読み上げられた。「私が当時何を話したか、ほとんど何も思い出せないのですが、あの時感じた恐怖ははっきりと覚えています。前日に大きなデモがあったとはいえ、権力はまだ党の側にありました。その夜がどのような形で終わるか、誰にもわからなかったのです」。そういう状況下、指揮をしたロルフ・ロイターは聴衆に向かってこう言った。「壁はなくならなければならない!」。クラウゼは息が止まりそうになったという。11月9日の4日前にして、まだ誰も頭に描いていなかった言葉が発せられたのだ。
「このコンサートを指揮することは私にとって大変名誉なことです。なぜなら20年前のあのコンサートで、シュターツカペレのメンバーは象牙の塔にこもるのではなく、音楽を通して人を、そして世界を理解できることを示したからです」と挨拶したダニエル・バレンボイムによって、当時と同じ「英雄」の冒頭の2つの和音が力強く鳴り響いた。ベートーヴェンが旧体制からの打開を込めて書き上げたこのシンフォニーが、これほどの迫真をもって鳴り響いた例は、少なくとも私の中ではかつてなかったと思えるほど、感動的な演奏だった。
私の2列先にはヴァイツゼッカー元大統領が座っていた。教会の中を不思議な熱気と一体感が包んでいた。社会的な立場云々は問題ではなく、意思を持った人間が集まり体を寄せ合っている親密な空間。私は、直接には知らない20年前のコンサートを追体験しているような錯覚さえ抱いた。

2009年の今年、印象に残ったのは「平和革命」という言葉を目にすることがかつてないほど多かったことだ。89年を指すのにこれまで一般的だった「転換期」(Wende)という言葉をしのぐほど、人権主義者のみならず、学者やメディアの間でも頻繁に用いられるようになった。11月9日の記念式典では、政治家のスピーチとドミノ倒しに注目が集まったが、一方で旧東独の人権活動家も多く招待された。アレクサンダー広場の「平和革命展」にはすでに100 万人以上が訪れ、来年10月までの公開延長が決まったという。
89年秋の出来事は転換ではなく、革命だった。ただ、ベートーヴェンが英雄交響曲を書くきっかけとなった、その200年前のフランス革命とは違って、非暴力の革命。「自由」は、ゴルバチョフやブッシュら政治指導者から与えられた贈り物ではなく、人々が自らの意思と勇気で勝ち取ったもの。派手なドミノ倒しは巨大なショーのようでもあったが、人々がこの価値ある事実を忘れなければ、大規模な20周年祭は意義があったと言えるのではないだろうか。
(ドイツニュースダイジェスト 11月27日)
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ベルリンに帰った貴志康一

1930年代前半、ベルリンで信じられないようなキャリアを築いた若き日本人音楽家がいました。その名は貴志康一。大阪の商家に生まれ、ジュネーブとベルリンでヴァイオリンの研鑽を積みながら、ヒンデミットに作曲を、フルトヴェングラーに指揮を学び、25歳でベルリン・フィルを指揮するという快挙まで成し遂げます。交響曲や歌曲、オペレッタまで多くのジャンルで曲を残したほか、映画製作にも力を入れ、並々ならぬ意欲を持って日本文化の紹介に努めました。しかし帰国後、わずか28歳で急逝すると、戦中・戦後の混乱の中、その名は忘れ去られていきました。

また、貴志が製作した短編映画2本が上映されたほか、ベルリン・フィルの資料室長ヘルゲ・グリューネヴァルトさんによる1930年代のベルリンについての小講演や、写真や楽譜などから成る展示物によって、貴志のマルチタレントぶりと彼が生きた時代背景が鮮やかに浮かび上がってきました。中嶋さんによると、貴志の音楽がベルリンに鳴り響くのは記録を遡っても70数年ぶりだったそうで、戦前、必死に日独の橋渡しに努めたこの若き音楽家が、確かに「第2の故郷」であるベルリンに帰って来たのだと実感しました。当展覧会は、日独センターにて4月17日(金)まで開催されています。
(ドイツニュースダイジェスト 4月3日)
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ベルリンと走り続けた音 (「ベルリン 音のある街」最終回)

1939年生まれのFさんは間髪を入れずにこう答えた。「Sバーンのブレーキ音だよ。あれは他の街では聴けないベルリンの典型的な騒音だった」

西ベルリンの人々の心境は複雑だった。1961年に壁ができると、彼らはSバーンの利用をボイコットして抗議の意思を示した。いくつかの路線は廃止され、駅は荒れ果てた。西側で運行していたのは2つの路線のみ。それでも車内は常時ガラガラだったという。
筆者と同世代のWさんは、ユーモアを交えてこう振り返る。「でも乗る人が少なかったお陰で、車両は長持ちしたと言えるかもしれませんね」。実際、 1930年代から40年代にかけて製造されたSバーンは、修理も満足になされないまま走り続けた。この旧型のSバーンが完全に引退したのは、つい最近の2003年になってからである。一体どんな音がしたのか。自分も乗ったことがあるはずだが、もはや記憶から薄れている。

マンフレード・シュトルペ元連邦交通大臣が、かつてのSバーンの音についてこう回想している。
「この古い列車が消えるとともに、慣れ親しんだ物音が聞こえなくなりました。ベルリンを、あらゆる破壊を超えて、ぎこちないテーマ音楽のように1つに結びつけていた騒音が消えてしまったのです」(「ベルリン〈記憶の場所〉を辿る旅」(昭和堂)より)
現在走っている最新型のSバーンからは、もはやこの音を聞くことはできない。だが、分断時代のベルリンを生きた人には、今も記憶のどこかに通奏低音のごとく流れている身近な音なのかもしれない。
カイザー・ヴィルヘルム記念教会の鐘の音から始まった当連載は、ベルリンのさまざまな響きを経て、この失われたSバーンの音をもってひとまず終わりとなります。最後までお付き合いいただき、どうもありがとうございました。
(ドイツニュースダイジェスト 1月23日)
追記:
クリスマス電車に乗った時は、その「ブレーキ音」が何であるのか実感できなかったのですが、最近Kino ArsenalでBerliner Stadtbahnbilder(1982年)というマニアックな映画を観たら、今度はすぐにわかりました。列車が停止した直後に聞ける、圧縮空気が開放される音ではないかと思われます。YouTubeで見つけたこの映像でもいくらかは感じ取れますが、列車の外からの方がずっとインパクトがあります。
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アネッテ・ダッシュのサロン・コンサート

クラシック音楽シーンで、アネッテ・ダッシュ(Annette Dasch)という名前を最近よく耳にする。ダッシュはベルリン生まれの若手ソプラノ歌手。豊かな声と容姿にも恵まれ、若くしてすでに各地の歌劇場で活躍してきたが、2007年にザルツブルク音楽祭でハイドンのオペラ《アルミーダ》のタイトルロールを歌って成功を収め、一躍注目を集めるようになった。ザルツブルクには今夏も《ドン・ジョヴァンニ》のドンナ・アンナ役で招かれ、つい最近はドイツの権威あるレコード賞である「Echo Klassik 2008」のオペラ・アリア部門で受賞するなど、まさに縦横無尽の活躍ぶりを見せている。

会場の舞台にはソファーや調度品などが置かれ、くつろいだ雰囲気が醸し出されている。やがてそこに、やや緊張した面持ちでダッシュは登場し、シューベルトの「さすらい人が月に寄せて」を冒頭に歌った。この日のプログラムは、ブラームス、R.シュトラウス、フォーレ、シマノフスキといった作曲家の、「月」にまつわる曲ばかりが選ばれた。ダッシュ自身は歌うのみならず、マイクを持ってホスト役にもなり、屈託のない笑顔でゲスト出演者とのトークを楽しみ、時には音楽の解説もする。この日共演したピアニストで姉のカトリン・ダッシュやソプラノのアンナ・プロハスカ、バリトンのディートリヒ・ヘンシェルといった人たちは、ダッシュと個人的なつながりがある人ばかり。私も、彼女の自宅に招かれてサロン・コンサートを楽しんでいるような気分になった。合間には、ダッシュが客席にやって来て一緒に詩を朗読したり、観客全員が4声に分かれてドイツの民謡を歌ったりと、聴き手側も参加できるのが面白い。プログラムの最後に置かれた、シューマンの「月の夜」での静謐な歌も印象的だった。
「出演するオペラ劇場が大きくなるにつれ、自分たちのしていることが匿名性を帯びてくる」と彼女はインタビューで語っている。自ら「ホームグラウンド」と呼ぶベルリンで親しい友人や同僚、親戚を招き、お客さんの顔の見える距離で歌うこのサロン・コンサートは、ダッシュ自身にとっても歌うことの楽しさを再確認させてくれる大事な場なのだと思った。
多忙を極めるアネッテ・ダッシュは、2012年までスケジュールがいっぱいだという。だが、「ダッシュ・サロン」での彼女を見ている限り、「気高いプリマドンナ」というイメージとは今後も無縁であり続けそうだ。
(ドイツニュースダイジェスト 12月5日)
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メンデルスゾーンと壁崩壊の関係


やがて胸像は無事完成し、当時の西ベルリン市長ヴァルター・モンパー氏がロンドンを訪問する機会がやってきます。それが1989年11月9日でした。この日、ロンドン市長の官邸であるマンション・ハウス近くのバービカンセンターに関係者が出席し、胸像の除幕式が華々しく行われることになりました。ところが、ベルリンの事態が急変し、モンパー氏は2日前になって予定をキャンセル。代わりに夫人がロンドンに送られることになったのです。私もそれに同行しました。
11月9日の式典にはロンドン市長も臨席し、モンパー夫人と共に挨拶しました。その後は確かロンドン・フィルによるコンサートで、夜は歓迎の食事会がありました。
翌朝、ホテルの部屋のテレビを付けると、いきなり飛び込んできたのがベルリンの映像。私はすぐにモンパー夫人の部屋に電話しました。「モンパーさん、今すぐテレビを付けてください! ベルリンの壁の上で人が踊っています」
夫人はちょうど寝起きだったせいか、tanzen(踊る)という単語をPanzer(戦車)と聞き間違え、ベルリンが流血の事態になったのではないかと一瞬ぎょっとしました。しかし、すぐに私が言わんとしたことを理解したようでした。私たちは一緒にテレビを見て、喜びのあまり激しく泣いたのです。

来年2009年はベルリンの壁崩壊からちょうど20年。同時に、フェリックス・メンデルスゾーン=バルトルディの生誕200年という記念の年でもある。
(ドイツニュースダイジェスト 11月7日)
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音の記憶を探し求めて - 旧フィルハーモニー跡 -

現在のベルリン・フィルハーモニーと同じく、旧フィルハーモニーも、ポツダム広場からほど近い場所にあった。戦前、Uバーンのポツダム広場の駅を上がると、目の前にはHaus Vaterland(「父なる国の家」)という名の有名な歓楽施設が立っていた。そこを横目に、南側のケーテナー通り(Köthener Str)を歩いていこう。この辺りに戦前から残っている建物としては、「ハンザ音響スタジオ」でご紹介したマイスターザールぐらいだろうか。
参照:
天使の降りた場所(9) - 戦前のポツダム広場を歩く - (2006-10-05)
伝説のハンザ・スタジオ (2008-04-30)



アーチを後ろに見ながら歩いて行くと、そこが中庭。やがてフィルハーモニーが目の前にそびえる。このアングルからの映像は、『帝国オーケストラ』の中でも紹介されるので、ぜひご覧いただきたいところ。



帝国オーケストラ ディレクターズカット版(公式サイト)
ベルリン・フィル創立125周年記念第一弾 10月下旬より渋谷・ユーロスペース他全国順次公開
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フィルハーモニーの「舞台席」

ベルリンという街が遠い彼方の存在だった頃、テレビでベルリン・フィルハーモニーのコンサートの様子が映し出される度に気になる場所があった。舞台のすぐ後方にベンチのような簡素な席が何列か並び、そこで人々が体を寄せ合うようにして音楽を聴いている。若い音楽好きにはそこが特等席のように映り、いつかあの場所でベルリン・フィルを聴いてみたいと夢に描いた。
ベルリンに来て音楽に詳しい人に聞いてみたら、なんのことはない、あのスペースは合唱団用の席で、プログラムに合唱曲がない場合に安い値段で開放されているに過ぎなかったのだ。

ベルリン・フィルのドラマトゥルク(文芸)部門のヘルゲ・グリューネヴァルト氏が、舞台席での思い出を語ってくれた。
「1967年に音楽学の学生として西ベルリンにやって来た私は、この舞台席で初めてベルリン・フィルのコンサートを聴きました。ジョン・バルビローリが指揮するブラームスだったのですが、私は大変感動してそれ以来、伝説的な指揮者のコンサートのほとんどをこの席で体験したのです。ジュリーニ、セル、ヨッフム、ベーム、カラヤン……。彼らの表情や動きといったら!当時2マルクぐらいでこの席のチケットが買えたので、若い私は貪るように音楽を聴きました。それが自分にとってかけがえのない財産になっています」
指揮者だけでなく、オーケストラのメンバーを観察するのもスリリングだ。舞台に現れる時のリラックスした表情と演奏が始まってからの集中力、指揮者の細かな動きに奏者が瞬時に反応する様、プレーヤー同士のアイコンタクト、時には予想外のハプニングが起こることだってある。氏が語るように、特に音楽を勉強している人にとっては最高の席だろう。ベルリンの音大に留学中のある友人は、「ここは百戦錬磨の彼らから技を『盗める』場所なんです」と語っていた。ジーンズ姿の若者も多く、他の席に比べてラフな雰囲気があるのが特徴だ。
「確かに、ヴァイオリンや歌のリサイタルをこの場所で聴くのはやや奇妙な体験ではありますが、フィルハーモニーのコンサートは舞台席でしか聴かないというファンもいるんですよ。こういう席は他のホールにはありませんから」(グリューネヴァルト氏)
客席が舞台を取り囲むという民主的な理念によって造られたフィルハーモニーには、値段が安くても音楽を間近に感じられる席が存在する。それがまた、この音楽空間の豊かさを物語っていると言えないだろうか。
(ドイツニュースダイジェスト 10月17日)
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新シーズンを迎えた州立歌劇場



昨シーズンのベルリン州立歌劇場は、舞台に関する話題以外で何度も新聞の見出しを賑わせた。劇場の支配人だったペーター・ムスバッハの突然の辞任劇、そして劇場の大規模な改修に関する問題だ。後者については昨年秋に当連載でも取り上げたが、改修費を巡る議論が一段落したかと思いきや、その後は客席の内観をどのようにするかで大論争となった。というのも、この春、コンクールで1等を獲得したクラウス・ロートのデザインが、1950年代に劇場が再建されたときのロココ様式とは完全に決別したモダンなものだったからだ。

結局6月になって、市のトップの話し合いにより、「劇場の内観は大きく変更しない」という条件でデザインを新たに公募するという異例の事態で今後の方向が決まった。歌劇場の改修工事は、2010年の夏から約3年半かけて行われる予定だ。それまであと2年、ドイツ屈指の伝統を誇るオペラ座の将来にも関わる大事なシーズンが始まった。
(ドイツニュースダイジェスト 9月12日)
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CD「ベスト・オブ・ベルリン」



リンデンベルクは西ドイツ出身のミュージシャンだが、Puhdys、City、Silly、Keimzeitといった東ドイツの人気バンドの魅力も捨てがたいものがある。Sillyの《Mont Klamott》というタイトルは、第二次大戦のがれきで作られた山を指し、その作業に携わった女性が登場する。歌詞を理解しながら聴くと、歴史の影が時折顔をのぞかせるのに気付く。一方、壁を隔てた西ベルリンのバンドIdealの《Berlin》では、ボーカルの刺すような歌声と挑発的な歌詞から、80年代初頭の空気が伝わってくる。いずれもあの時代のベルリンでなければ生れなかった音楽だろう。
ベルリンをテーマに曲を書いたのはドイツのミュージシャンに留まらない。ルー・リード、デヴィッド・ボウイ、ロビー・ウィリアムスといった大物も、ベルリンから何らかのインスピレーションを受け、曲を書いているのは周知の通りだ。
ライナルト・グレーベの《ブランデンブルク》は、そんな多くの人を惹きつけて止まないベルリンへの憧れを、「何も起きない辺境の地」ブランデンブルクの視点からユーモアを込めて歌った傑作。サッカーチーム、ヘルタ・ベルリンの応援歌《Nur Nach Hause…》は、多くの人が一度は耳にしたことがあるのではないだろうか。
憧れ、ノスタルジー、退廃、混沌、愛着、反発・・・。歌詞カードが付いていないのが残念だが、戦後ベルリンの音をめぐる歴史を俯瞰することができる楽しいCDだ。
(ドイツニュースダイジェスト 8月8日)
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森の音楽会―ヴァルトビューネの楽しみ

毎年6月末になると、コンサートホールや劇場が夏休みに入る一方で、ベルリンの街のあちこちで野外コンサートが開かれるようになる。中でも広く知られているのが、シャルロッテンブルク地区の森の中にあるヴァルトビューネ(「森の劇場」の意)だろう。毎年6月半ば、シーズンの最後に行われるベルリン・フィルのコンサートはテレビでも放映されるので、ご覧になったことがある方も多いはずだ。

第2次世界大戦後、現在の名称になったこの野外劇場は、当初は主にボクシングの試合などに使われていたが、1960年代に入ってコンサート会場としても用いられるようになる。ところが、65年9月のローリング・ストーンズのコンサートで事件が起きた。コンサートの短さに失望したファンが暴動を起こし、警官隊が放水して鎮圧する事態にまでなったのだ。損傷額は膨大なものとなり、その後しばらくはほとんど使われなくなった。
ヴァルトビューネが再びコンサート会場として活況を呈するのは、80年代に入ってから。サーカス小屋を思わせる現在の白い屋根が舞台上に設置され、やがてベルリン・フィルが毎年ここで演奏するようになると、テレビ放映もあって世界的に知られるようになった。いまやベルリンの夏の音楽シーンに欠かせない舞台である。


これから夏本番にかけてヴァルトビューネでは、R.E.M(7/16)、ヘルベルト・グリューネマイヤー(7/22)、エリック・クラプトン(8/15)、ダニエル・バレンボイム指揮ウエスト=イースタン・ディヴァン・オーケストラ(8/23)などのコンサートが予定されている(公演情報はこちらより)。夏の心地よいベルリンの風を感じながら、この上なく贅沢な時間が待っているはずだ。
(ドイツニュースダイジェスト 7月18日)
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