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ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


by berlinHbf


中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


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カテゴリ:ニッポン再発見

  • 大船渡を旅する(1)
    [ 2012-05-26 10:23 ]
  • 日本滞在2012〜第2週目
    [ 2012-05-19 21:48 ]
  • 日本滞在2012〜第1週目
    [ 2012-05-11 17:35 ]
  • 横須賀の海に還って
    [ 2012-05-07 23:57 ]
  • 日本に帰ってきました!
    [ 2012-05-03 16:51 ]
  • 日本滞在も早後半に
    [ 2011-07-04 19:27 ]
  • ちゃりんこ旅日記(6) - 鹿児島から宮崎へ -
    [ 2010-07-10 12:26 ]
  • ちゃりんこ旅日記(5) - 九州での日々 -
    [ 2010-04-13 18:39 ]
  • ちゃりんこ旅日記(4) - 13日目に九州へ上陸 -
    [ 2010-02-13 01:31 ]
  • ちゃりんこ旅日記(3) - 5日目〜11日目まで -
    [ 2010-02-11 23:48 ]

大船渡を旅する(1)

碁石海岸の穴通磯

5月17日
早朝7時過ぎ、大船渡の盛に着くと友人の諏訪賀一君が迎えに来てくれた。彼は大学のオーケストラで知り合った仲間(今もオーボエを吹いている)。大学卒業後、沖縄の病院に心理カウンセラーとして勤務していたが、東日本大震災後、「国境なき医師団」の支援プロジェクトで被災地に渡ったことが縁となり、昨年秋から巡回型カウンセラーとして大船渡市の小中学校に勤務している。私も被災地に行ってみたい気持ちは強かったのだが、前回の帰国時は叶わず。そんな中、旧友がいま単身赴任で大船渡に来ているということを知り、今回何とかして訪ねようと思ったのだった。

バスでの長旅で疲れは残っていたが、諏訪君のアパートでコーヒーをご馳走になりながらしばらく談笑していたら、すっかり生気がよみがえってくるのを感じた。震災時はこのアパートの1階が浸水したこと、彼が大船渡に来たときは家の目の前がまだ瓦礫の山だった話などを聞いた。

実は今回は母との2人旅である。妻はこの時期九州の祖母を訪ねるので、1人で行くつもりだったのだが、母も被災地に行く機会を前から狙っていたらしく、数日前になって突然「私も行く!」と言い出したのである。結果、いろいろ助かった面が多かった。第一に移動手段のこと。大船渡線は完全に寸断された状態、バスも非常に本数が少なく、車がないと移動は非常に厳しいということがわかった。私は今回国際免許を持っていないので、車を運転できる母がいなかったら大船渡の外に出ることさえままならなかっただろう。

仕事に出る諏訪君と別れ、われわれはレンタカーを借りて、碁石海岸に行った。穴通磯の自然美が素晴らしかった。雷岩が生み出す独特の水しぶきの音、そして今でも脳裏に残っているウミネコの鳴き声・・・

陸前高田の広田湾を望む。右手の敷地にJR大船渡線が走っていた。

午後になって雲が増え、小雨が降る中、陸前高田の方に向かう。広田半島の付け根にある小友小学校、両替といった地区を通っているとき、思い当たるところがあり、千葉望さんの『共に在りて』(講談社)を開いてみた。冒頭の地図を見て、「やはりそうだったか」と思った。この本の舞台が、まさにこのあたりだったのだ。だとしたら、この近くにある千葉さんのご実家であり、震災後避難所となった正徳寺はどこだろうかと訪ねてみたくなった。地元の人に何度か道を聞き、それでも迷い続け、ようやく正徳寺にたどり着いたときには雷鳴が轟き始めた。私はお寺の場所が確認できただけでよかったのだが、母は「ここまで来たらお寺の方に挨拶したい」と言ってきかない。

入り口から中に入ると、玄関で1人の女性が立っておられた。挨拶して聞いてみると、千葉さんの義理の妹にあたる寿子さんだった。いきなり訪ねて来た見ず知らずの者に対して大変親切に接してくださり、少し時間があるからと、避難所となった建物、立派な本堂を見せてくださった。震災当初は布団の手配もままならならず、それでも廊下までぎっしり避難してきた人が埋め尽くしていたそう。後に大船渡市が畳の張り替えのためにお金を出してくれたことからも、今回の震災でこのお寺の果たした役割の大きさが伺えた。いまの本堂は約200年前に建てられたものだという。大きな木が茂る境内を眺め渡し、畳のにおいのこめる部屋にいると、心がどこか落ち着くのを感じた。立派な厨房も備わり、体育館などの避難所生活に比べて、ここに避難した方は、いくらかの安心感を得たのではないかと想像する。千葉さんも書かれているが、現代の都会の人には、何か起きたときにお寺に避難するという発想がそもそも希薄だ。陸前高田では古くからの地域社会のコミュニティーの場が機能したが、これが東京だったらどうなっていただろう。別れ際、寿子さんが「被災地のことは何でも伝えて欲しい」というようなことをおっしゃっていたのが強く印象に残った。

大雨が降りしきる中、陸前高田を車で少し見て回る。この2日後にも陸前高田を訪れたので、感じたことなどはそのときにでも。

夕方、諏訪君と落ち合い、この日の宿のあづま荘へ向かう。市内から車で30分ほど、三陸町の越喜来というところにある。すでに真っ暗になってしまい、近くまで来てからが少し大変だった。海沿いの小さな漁村とはいえ、こんなにも明かりが少ないものかと思った。ようやく看板を見つけたが、別の道に入ってしまったようで、急勾配の坂を上っていくと、カエルの大合唱に迎えられる中、森に突入。もちろん完全に真っ暗闇である。宮本常一の『失われた日本人』に出てくるような前近代の世界だと思った。節電、節電といいながらも、以前とそれほど変わっているようには思えない東京の光の洪水が一瞬脳裏によぎる。何という落差だろう。しかし、これがある意味、戦後日本の縮図なのだ。恐くなって下に降り、民宿のおじさんに電話すると、車で迎えに来てくれた。口数は少ないが、いかにも漁師という感じの朴訥ないいおじさんだった。津波で漁船を2隻失ったが、それだけで済んでまだ幸いだった、というようなことを言っていた。

夕食は期待通り、釣ったばかりの魚介が満載で、中でもイカの焼き物の濃厚な味わいが美味。隣に座っていた、北海道から被災地の復旧作業のために来ているおじさんたちとお話しする。翌朝7時過ぎに朝食に行ったら、彼らの車はもうなかった。現場で働く人たちの朝は早い。

(つづく)

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by berlinHbf | 2012-05-26 10:23 | ニッポン再発見 | Trackback | Comments(1)

日本滞在2012〜第2週目

5月12日~13日
妻、そして義理の両親と一緒に長野へ温泉旅行
(1泊ながら盛りだくさんの旅となったので、後ほど写真も交えてアップしたいと思います)

5月14日
石和温泉駅から「あずさ」に乗り、東京へ。南青山のドイツ文化センターのOさんを訪ね、近くのお店でお昼をご一緒する。Oさんはツイッターを通じて知り合った方。東京のゲーテインスティトゥートの公式アカウントも担当されており、私のつぶやきをときどきリツイートしてくださっている。私がベルリンに住み始めた最初の頃、Oさんも交換留学で自由大学に留学されており、ベルリン愛(?)のようなものでつながっているのをうれしく思った。
東京のゲーテは昔1年ほど通っていたことがあったけれど、この日の再訪はかれこれ12年近くぶり。小さな公園を抜けて、茶色の建物が見えてきたときは懐かしい気持ちになった。Oさんと別れてから、上の階のドイツ観光局に立ち寄る。ドイツの各都市ごとの日本語パンフレットや地図がたくさん置かれていて(中には名前さえ知らないような街もあった)、どっさりもらって帰る。もう少し北ドイツの都市の情報が手に入ればなとも思ったけれど、ドイツを重点に旅行を考えている方は、一度訪れる価値はあるのではと思った。

5月15日
この日も朝から東京へ。朝、京急の最寄りの駅で、高校時代の同級生のEくんにまさかの再会。泉岳寺まで車内で久々にいろいろ話した。彼は芸大を出た作曲家でもあり、高校大学と何度もフルートとピアノで演奏した友達である(中でも学生時代、彼と何度も合わせをして演奏したユー(フランスのベルエポックの作曲家)のファンタジーは、いい思い出)。今は音楽とは接点のない仕事に就いているそうで、いいものを持っているのを知っているだけに、正直、もったいないなと思ってしまう。

早稲田で、少し前まで某新聞社のベルリン特派員だった記者の方に再会。当時から何かと私のことを気にかけ、また励ましてくださった方だ。キャンパス周辺をぶらぶら歩いた後、高田牧舎でカレーのランチを食べながら談笑。学生時代は一度しか入ったことのない店だが、手頃な値段の割に(学生にとってはやや高めだが)ずいぶん立派なランチでおいしかった。

早稲田大学の本部キャンパス。政経学部の古い校舎が解体され、ぽっかり大きな空間ができていた。私の学生時代とは大分面影が変わったなあ。

午後、飯田橋の出版社で軽い打ち合わせの後、御成門の東京プリンスホテルのカフェでノンフィクションライターの千葉望さんにお会いした。実は千葉さんもツイッターでつながった方である。
昨年3月だったか、真ん中の弟がアエラの「現代の肖像」に掲載された樫本大進さんのルポルタージュをコピーして送ってくれた。その記事を書かれたのが千葉さんだった。数ヶ月後、千葉さんから突然ツイッターでメッセージをいただいた。「樫本さんの取材の際、『素顔のベルリン』を片手にベルリンを回り、とても楽しかったです」というような内容だったと思う。それがきっかけで千葉さんのツイートを拝見するようになり、あるとき、千葉さんが陸前高田に古くからあるお寺のご出身ということを知った。昨年9月、ベルリンで行われた東日本大震災のチャリティーコンサートがCD化され(樫本さんも出演していた)、それを千葉さんにお送りしたら、とても喜んでくださり、今年に入ってご著書の『共に在りて』を贈ってくださったのだった(しかも、私がハンザ都市を連載をしていると聞き、愛読書だというトーマス・マンの「ブッデンブローク家の人々」まで一緒に添えて!)。

この日千葉さんは、着物姿で来られた。立ち居振る舞いまで気品があり、凛とした佇まいの方だった。関心のあるテーマが近いこともあって、2時間近く楽しくおしゃべりさせていただいた。千葉さんとお話ししていると、西洋の芸術や歴史に興味を持つのもいいけれど、日本の伝統文化や信仰、花鳥風月といったことへの自分の理解がいかに浅いかを痛感させられる。被災地を訪ねる前に、『共に在りて』という本に出会えたのはとてもよかった。震災後の知られざる一面を描いた作品として、ぜひ一読をお勧めしたい本です。

この日は沖縄の本土復帰40周年。

5月16日
午前中、横須賀三浦教育会館を訪ねる。小学校時代に音楽を教わった山本典子先生が、ここでリコーダーの趣味講座を開いていると母から聞き、飛び入りで参加させていただいたのだった。山本先生のことは、昨年ここでも少し書いたけれど、私に音楽の楽しさを(特にリコーダーのアンサンブルを通して)教えてくださった最初の先生。今日がコースの初回だったそうで、習いに来ていた10人ほどの皆さんと、やさしめのメロディーを一緒に吹かせていただいた。山本先生は、この春、横須賀の小学校を定年退職されたが、いまもさまざまな場でリコーダーを教えていらっしゃるそうで、快活な声は今も変わらない。先生の指揮のもと、シュメルツァーの「7本のリコーダーのためのソナタ」を吹いたことなどを思い出して、リコーダーアンサンブルが自分の音楽体験の1つの原点になっていることを改めて感じた。

山本先生とはお昼もご一緒した。昨年夏、一緒にベルリンを訪ねて来たときの双子の孫娘の1人がベルリンをいたく気に入り、「早くベルリンに帰りたい」としょっちゅう話しているらしい。5歳の日本人の女の子がベルリンに「帰りたい」って・・・(笑)。ヴァルトビューネのコンサートに連れて行ったりしたけれど、よっぽど強烈な何かを彼女の心に残していったのだろうか。そんなわけで、今年もまた一緒にベルリンに来るかもしれないとのこと。

今日はこれから高速バス「けせんライナー」で岩手へ。車中にて、この数日間をざっと振り返ってみた。震災後、初めて訪れる被災地。自分の目で耳で心で、いろいろ感じてこれたらと思っている。

早朝、バスは気仙沼、陸前高田を経由して、大船渡に到着。朝日を浴びた、陸前高田の津波を生き残ったあの1本の松が視界に入ると、私は自然と両手を合わせていた。

「けせんライナー」の車窓より。陸前高田では、まだ至るところで瓦礫の山が。

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by berlinHbf | 2012-05-19 21:48 | ニッポン再発見 | Trackback | Comments(3)

日本滞在2012〜第1週目

横須賀佐島港

5月5日
海に面した佐島にある魚料理の店に行くが、どこも満員。駐車場には遠方からの車も多い。そうだ、日本のゴールデンウィークというのはこういうものだった。魚は諦めて、その近くのインドカレー屋に行ってみたらそこはガラガラだった。スタッフ全員がインド人なのだが、皆さん流暢な日本語を話す。20代半ばの女性の店員さんと話したら、この方がオーナーだそうでびっくり。シーフードカレーがおいしかったです。

その後、佐島しらすの直売店、山茂丸へ。ここは地元タウン誌の記者をしている母が昔から知っているお店で、この日は釜揚げから冷却、パッキングまでの過程を見せていただいた。ここのしらすは最高においしいので、三浦半島に来られる際はぜひお立ち寄りを!こどもの日、帰りに和菓子屋で柏餅を買う。今も昔も私はみそあんが一番好き。

5月6日
午前中、逗子の披露山公園と大崎公園へ。どちらも高台にあり、やや霞んでいたものの、ここから江ノ島方面の眺めはなかなかすばらしい。眼下には、逗子のビバリーヒルズと呼ばれているらしい超高級住宅街が広がり、その後歩いてみたが、道幅は日本の住宅地と思えないほど広いし、まあすごかった。

その後、落合シェフ(私は知りませんでしたが、有名な方みたいですね)のグランブルーというレストランで、GW限定のお昼のバイキング。すごい人気のお店みたいで、9時に電話しても海に面したテラスの席しか取れなかったのだとか。が、行ってみたら運よく屋内の席で食事することができた。ウニパスタというのが絶品。後で、テラスに出てみたら、ここでゆっくり食事することなど不可能というほどの強風が吹き荒れていた。思えば、ちょうどこの時間帯、茨城であの恐ろしい竜巻が猛威を振るったのだった。夜テレビで見たときは、唖然とするほかなかった。こんなことが日本で起こるなんて・・・。

夕方横浜に行き、数年前にブログを通じて知り合った写真家の大洲大作さんに会う。この6月22日からベルリンのgalery sonで個展INVISIBLESCAPESを開くことになり、ささやかながらお手伝いをさせてもらっている。大洲さんは海や光をテーマに写真を撮られているのだが、海沿いを歩いてときどき出会う原子力発電所に引っかかりを感じ、以前から強い問題意識を持ってきた方でもある。今度の個展でも、この3月大洲さんが福島で撮影してきた写真も展示される予定だ。「フクシマ」がテーマに絡んでくると、大洲さんが見せたいと思うものと、ドイツのギャラリー側が期待するものとの間には、どうしても食い違いが出てくる。「フクシマ」を全面に出すとなると、どうしても写真が説明調というか、報道写真としての要素が高くなるのは否めない。そこの辺のバランスで大洲さんも悩んでおられるようだったが、多くの人に見に来てもらえる個展になればと願うばかり。詳細はこの場でもまたご連絡します。

横浜の老舗「勝烈庵」でいただいたおいしいトンカツとほくほくの海老フライ

5月7日
高校と浪人時代にフルートを習っていたS先生に12年ぶりに再会。日ノ出町のご自宅にお邪魔して、フルートのデュエットを楽しんだ後、横浜駅ベイシェラトンのレストランでランチをご馳走になった。先生との再会は、お嬢さんがツイッターで私を見つけ、メッセージをくれたのがきっかけだった、という・・・。S先生は、育ち盛りの息子さんが2人いることに加え、ご両親の介護もあって、本当に毎日お忙しそうだったけれど、フルートは今も教えられていて、見せてくれた発表会の写真からは楽しそうな様子が伝わってきた。ベルリンにもいつか遊びに来てほしいな。

レストランからの眺め。横浜駅とベイブリッジの方を望む。

日ノ出町駅前。私が生まれる前からあった駅前の不二家などが3月で閉店し、これから大規模な再開発事業が始まるらしい。

5月9日
母の昔からの友人を訪ねて葉山へ。お目当てのカレー屋が閉まっていたので、御用邸の近くにある魚竹という昔ながらの食堂へ行く。海藻を練り込んだ緑の麺と魚介のスープで作った葉山ラーメンが、なかなかおいしかった。

5月10日
この日は東京。最初に渋谷のNHKへ。昨年ある番組の準備でお世話になったディレクターのHさんとランチをご一緒した。電話でやり取りしたことしかなかったのだが、同世代ということもあり、とても話しやすい方。竜巻の取材で、2日間徹夜状態だったとか。突如大雨が降ったので、Sさんにビニール傘をお借りして、近くのNHK出版へ。「テレビでドイツ語」の連載でお世話になっているここの編集部の方とは気心が知れており、今回も楽しい時間を過ごすことができた。少し時間が空いたので、ここぞとばかりタワーレコードへ。平日なので閑散としていたけれど、品揃えはDussmanよりも豊富だし、店員のPOPには情熱がこもっている。ここ数年、秋葉原の石丸をはじめ、日本に帰ったときはよく立ち寄っていた大型クラシックCDの店がいくつも消えてしまったけれど、ここはなくならないでほしいと思う。クレンペラーのメンデルスゾーン、ヴァントの「プルチネッラ」、細川俊夫さんのフルート作品集などを購入。夜は、弟の知人の編集者と麹町で会食。普段そうなかなか接点を持てない方なので、弟が紹介してくれたのはありがたかった。

5月11日
「かいじ」からの車窓

午後、飯田橋の出版社で打ち合わせ。夕方、新宿駅から特急かいじで妻の実家のある山梨へ。特に八王子を過ぎて、山間部に入ってからの変化に富んだ眺めは、平坦な北ドイツでは決して味わえないもの。毎回のことながらわくわくした。
これから大きくなるぶどう(巨峰)の房

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by berlinHbf | 2012-05-11 17:35 | ニッポン再発見 | Trackback | Comments(2)

横須賀の海に還って

日本でゴールデンウィークを過ごすのは12年ぶりのことでした。いつもの一時帰国時では、兄弟3人が実家に揃うことはなかなかないのですが、今回は連休中だったので最初から揃い、珍しく3人でドライブに行ってきました。

向かった先は三崎口から近い、ビーチバムというレストラン(ホテルにもなっています)。ここに行くのは2度目なのですが、海に面したロケーションが素晴らしく、テラスの雰囲気もあってなんだか横須賀の海にいるのではないみたいです。もっともかなりの強風で、ゆったりくつろぐというわけにはいきませんでしたが。

帰りは、住んでいた野比の海岸沿いを通って。

7歳までこの海岸のすぐそばに住んでいたのですが、あの頃と明らかに変わったなと感じるのは、砂浜がどんどんなくなってきていること。「山間部から海岸に供給される土砂の減少、海岸線の開発や構造物の投入、温暖化による海面上昇など」(タウンニュース「止まるか海岸浸食」より)いろいろな要因が絡んでいるそうですが・・・。今後どうなるのだろう。

ちなみに、現在のトップ画像で使っているのは、バルト海に面したヴァルネミュンデの海岸の様子。少しでもいいから横須賀の海に豊かな砂浜を分けて欲しい・・・。

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by berlinHbf | 2012-05-07 23:57 | ニッポン再発見 | Trackback | Comments(2)

日本に帰ってきました!

Flughafen Tegel (2012-05-02)

約1年ぶりに日本に帰って来ました。

今回は約1ヶ月間の一時帰国だけれど、そのうち半分ちょっとは旅の日々になる予定。震災後初めて東北に行き、韓国も訪れ、さらには家族との温泉旅行など、かなり欲張ったスケジュールを立ててしまった。残りの日程の間で、お世話になっている出版社を訪問したり、友達に会ったりしたいところだけれど、果たしてどこまでできるかどうか。

移動中はどうなるかわからないけれど、この滞在中、できる限りブログも更新してみたい。ここ1、2年、ブログに加えて、twitterやfacebookも始め、そちらの方でも貴重な出会いや再会があったのは確かだが、私にはあれもこれも器用にはできなくて、結局どれも中途半端になっているという気持ちが自分の中にある。この1ヶ月は移動が多い分、日々感じることもきっと多いだろう。ここは、字数やアクセス方法に制限がないブログのよさに立ち返って(記録性にもやはり優れているし)、今回はブログを中心に綴っていきたいと考えた次第。この「ベルリン中央駅」は私に物を書くことの楽しさを教えてくれた場であることは確かなので、このまま廃らせてしまうのはなんだか申し訳ない気もしているのだ。ベルリンに戻ってからゆっくり調べながら書こう、などと思っても、結局そんな暇はなく、旅の記憶は薄れていく一方・・・ということをこれまで何度も経験してきたので、今回は多少短くても、その日、その場で感じた率直な印象をなるべく時間を置かずに綴るということをやってみたい。

とはいえ、向こうの仕事もいくつか持ち込んでいるので、結局ロクに更新できなかったらごめんなさい^^;。とにかく1ヶ月の貴重な時間を楽しみながら綴っていけたらと思っています。

写真は、閉港までついに1ヶ月を切ったテーゲル空港。ここから飛ぶのも今回が最後でした。

〈おまけ〉
ベルリンを出る直前にコーミッシェ・オーパーで観た《ホフマン物語》がとてもよかった。もともとE.T.A.ホフマンという人には興味あったのだけど、今度本屋さんでホフマンの小説を探してみよう。あと、オッテンザマー(何とまろやかで広がりのある音色!)とベルリン・フィルのブラームス・アンサンブルによるブラームスのクラリネット五重奏曲(4/24)。この1ヶ月ほとんどコンサートに行けなかったけれど、幸せな気分にさせてくれたのはこの2つかなあ。

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by berlinHbf | 2012-05-03 16:51 | ニッポン再発見 | Trackback | Comments(4)

日本滞在も早後半に

実家の近所の神社より

○早いもので日本滞在もあっという間に後半に入った。昨日は2人の弟が実家に帰って来たのだが、帰宅の時間帯やそれぞれの予定が別々で、結局家族全員が揃うことはなし。一番下の弟も今年から社会人になったので、揃って会うのはなかなか難しい。

○「ベルリンの壁」についての講演会まで1週間後を切った。講演会自体が初めてだし、うまくまとめられるかどうか、いくらかは不安もある。そんな中、自分にとって1つの支えになってくれているのが、ベルリンを発つ直前にお会いしたドイツ人の知人の体験談だ。ちょうど50年前、命をかけて鉄条網を越えた時の話、その後数年間シュタージに監視されていた時の生々しい実話。このお話を聞いて受けた驚きや感銘を自分の言葉で伝えたい。私が日本に帰って来てから、その方は家の押し入れに眠っていた自分に関するシュタージのファイルを探し出し、スキャンしてわざわざ送ってくださった。講演会ではどこまで上手に話せるかわからないが、とにかく思うのは、単に本を読んでまとめただけではない話が少しでもできればということ。再度のご案内になりますが、お時間とご興味のある方、よかったらいらしてください(詳しくはこちらより)。

○日本に帰って来ると、いつも何かしらの刺激を受けるのだが、今回新しくやってみたいと思うことが1つできた。それは定期的に走ってみようということ。先日、初めて人間ドッグというものを受けて、(まだ正式な結果は出ていないのだが)日頃あまり意識していなかった自分の健康についてみつめ直す機会を得たこと。そして、ちょうどその時村上春樹の『走ることについて語るときに僕の語ること』(文春文庫)を読んでいて、書くということを(もちろんそれだけに留まらないが)末永く続けていくためには、肉体的な健康を維持することが大事だと考えたからでもある。幸い、真ん中の弟が元駅伝選手で、今でも週末にはジョギングのコーチをしているくらいので、昨日一緒に近所を少し走り、いくつか手ほどきを受けた。弟が言うには、「(長く続けるためのコツは)もう少しいけるかなと感じるところでやめておくこと」だとか。なるほど。ベルリンのアパートの近くには大きな市民公園があるし、環境には恵まれている。少しずつ、そしてできるだけ楽しく続けていこう。

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by berlinHbf | 2011-07-04 19:27 | ニッポン再発見 | Trackback | Comments(3)

ちゃりんこ旅日記(6) - 鹿児島から宮崎へ -

横須賀を出て19日目、ついに鹿児島に着いた。大きなことを成し遂げるのに、特別なことはいらない。1日1日のノルマを着実にこなしていくだけだ。ぼくはこの旅を通じて、人生を学んでいた。

桜島へはフェリーで渡った。美しい山を眺めながら走っていると、突然山頂からボワっと煙が噴き出た。煙は雲となり、ぼくの上空へやってきた。と、その瞬間。何か降ってきた。雨?いや、違う。火山灰だった。雨のように灰が降ってくる。「地球も生きているんだ」。服やかばんが黒ずんでしまったが、この貴重な体験に興奮し、感動した。

油津の優しいおばちゃん、おじさんと

宮崎県に入り、油津で日が暮れた。駅前に素泊まり2500円の宿を見つけたので、そこに泊まることにした。夕食を食べに外へ出ようとしたら、宿のおばちゃんに呼び止められた。「良かったら、一緒に食べてかない?」それだけじゃない。翌朝出発しようとしたら、「たいした物は出せないけど…」と、朝食まで食べさせてくれたのだ。素泊まりのハズじゃ・・・。また人の優しさを知る経験になった。

高さ日本一(?)のかき氷。440円は安い

宮崎市を北上し、延岡までやってきた。遠くに高い山が見える。明日から、「ツール・ド・西日本」最大の山岳コースに突入する。高千穂、阿蘇、湯布院と高地の名所が続く。自転車で登れるだろうかと、不安になることもある。「だが、試練はそれを乗り越える奴のために存在するもんだ。足がつってでも登ってやる」。そう自分を励ましながらペダルを漕ぎ出した、25日目のよく晴れた朝だった。

(つづく)

「ちゃりんこ旅日記」のバックナンバーは、下のTagsの「旅(Reise)」でご覧いただけます。

作者である弟のブログはこちらより:夢!冒険!ちゃいにっき!(この夏は自転車による西ヨーロッパ一周を計画中)

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by berlinHbf | 2010-07-10 12:26 | ニッポン再発見 | Trackback | Comments(0)

ちゃりんこ旅日記(5) - 九州での日々 -

全長4km、100万本の松並木。唐津の『虹の松原』

無事に九州の門司に上陸し、ツール・ド・西日本は後半戦を迎えた。ここからは反時計回りに九州を一周する。

3日後、長崎県の佐世保に着いて驚いたのは、その地形や風土に対して。海、坂の多さ、巨大な造船所、そして…米軍基地。「あれ?横須賀?」と思うくらい雰囲気が横須賀に似ている。そのせいか居心地がいい。初めて訪れるのに、何だか親近感を感じる土地だった。

長崎で一泊し、有明海を左手に見ながら島原へ。ずいぶん人で賑わっていると思ったら、偶然にも今日は島原の花火大会があるらしい。スーパーで買ったトマトをかじりながら、特等席で花火を見た。心地よい爆発音は鮮やかな色彩と共に、ぼくの疲れを吹き飛ばした。貧乏生活だが、こんなに贅沢なことはない。

島原では武家屋敷を見学

次の日、天草諸島を縦断した。夕方ラーメン屋に入ると、おじさんに「悪いな、今日はもう店閉めちまったんだ」と言われた。仕方なく出発しようとすると、店からおじさんが出てきた。「お前さん、どこから来た」「横須賀です」「…ちょっと待ってろ」そう言って、ぼくにチョコレートとカボスを手渡してくれた。「疲れたときはそれが効くだろ。気ぃつけてけよ!」ぼくは何もしていないのに、どうしてこんなにも優しいんだろうか。

おまけに、ラーメンを食べられなかったおかげで、最高の時間帯で天草の夕陽を見ることができた。何かに導かれているように自分の行く先々で幸運な出来事が起こる。偶然なのか、必然なのか。そんなことを考えながら、ぼくは鹿児島へと向かうフェリーに乗った。

(つづく)

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作者である弟のブログはこちらより:夢!冒険!ちゃいにっき!

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by berlinHbf | 2010-04-13 18:39 | ニッポン再発見 | Trackback | Comments(0)

ちゃりんこ旅日記(4) - 13日目に九州へ上陸 -

11日目は広島。原爆ドームと厳島神社、世界遺産を2つも見学してしまい、贅沢な一日になった。次の日の朝は山口県の東端、岩国市にある錦帯橋に立ち寄った。1673年に作られた錦帯橋は、当時の岩国藩の土木技術の高さを物語っていた。美しい見事なアーチで、川への反射がまたきれいだ。

そして、ついに13日目の昼。下関は壇ノ浦にやってきた。目の前に関門大橋があり、すぐ先に見えているのは、紛れもなく九州の大陸だ。「ついに着いた…」。当たり前のことだが、横須賀から九州まで、一本の道でつながっていた。自分の家の目の前にある道は、途切れることなく九州までつながっていた。地図で見れば当たり前のことだ。でも、一生のうちでそれを確かめる人が、どれくらいいるだろうか。

これまでの全走行距離は1250km。あまり実感はわかなかったが、確かにぼくはここまで自転車だけでやってきた。「バカだなぁ。新幹線なら5時間で着くのに」なんて言う人もいるかもしれない。でも物事は一長一短。時間をかけたから得られた経験もある。新幹線や飛行機では寝てても着いてしまうが、自転車を漕いでいる間は寝ることができない。だからぼくは、途中にある全ての道を自分の目で確かめながらやってきた。日本の約半分の距離を、自分の体で走った。日本の大きさがどれくらいなのか、感覚として体に刻み込まれた。これはどんな億万長者にも買えない財産だ。

さて、旅は前半戦を終えた。ツール・ド・西日本の伝説はここから始まる。さあ、九州一周編のスタートだ!


(現時点で「はまかぜ新聞」に掲載された原稿はここまでです。続きはまた折に触れて紹介させていただきます)

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by berlinHbf | 2010-02-13 01:31 | ニッポン再発見 | Trackback | Comments(0)

ちゃりんこ旅日記(3) - 5日目〜11日目まで -

横須賀を出て5日目、滋賀県・彦根から琵琶湖沿いに南下。琵琶湖大橋を渡って大津を通り、ついに京都にたどり着いた。その8月16日は、偶然にも大文字焼きが行われる日であった。京都五山で炎が上がり、お精霊(しょらい)さんと呼ばれる死者の霊をあの世へ送り届けるとされる、夏の京都の名物行事である。ぼくはニュースでしか観たことがなかったが、幸運にもこの目で観ることができた。

6日目は兵庫県の三田市に泊まり、7日目は姫路へ向かう。閉館10分前、超ギリギリで姫路城に着いた。世界遺産の姫路城は圧巻の大きさ。この旅では色々な城を訪れたが、やはり姫路城が一番見応えがあった。 

続く8日目は午前中だけで90kmを走る快走を見せ、お昼過ぎに岡山駅に到着。午後は岡山城と日本三大庭園の一つである後楽園を観光。9日目は少しコースから離れ、フェリーで瀬戸内海に浮かぶ直島を半日観光。ここは香川県である。島全体にアートが散りばめられた直島は、大学の友達に勧められてぜひ行こうと思っていた。島の様々なところに巨大なオブジェや、不思議な美術館が置かれている。安藤忠雄が設計した「地中美術館」で観た、壁一面のモネの「睡蓮」には心底感動した。

11日目。尾道の浄土寺山展望台から見た景色は絶景だった。船が行き交う尾道水道。やはり横須賀で育ったぼくには海が落ち着く。

毎日この上ない快晴が続いている。この頃は既に筋肉痛は無くなり、旅の「流れ」に乗った感覚が確かにあった。ハンドルに取り付けたメーターは、もうすぐ1000kmを超える。

(つづく)

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by berlinHbf | 2010-02-11 23:48 | ニッポン再発見 | Trackback | Comments(0)

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