ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


by berlinHbf

プロフィールを見る

S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
「素顔のベルリン」増補改訂版
¥1,680
ダイヤモンド社
(Amazon、全国各書店にて発売中)

本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

Amazonにてネット購入ができます。



『街歩きのドイツ語 』
¥1,575
三修社

豊富なビジュアルとドイツ語フレーズを楽しめる1冊。基本のあいさつ表現から、街にまつわるドイツ語豆知識まで、ガイドブックとともに旅に役立つ会話集です。




『素顔のベルリン 過去と未来が交錯する12のエリアガイド 』
¥1,575
ダイヤモンド社
(2009年発売)

地球の歩き方シリーズ初、待望のベルリンガイドブック誕生!比類なき歴史を抱えつつ、明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。「ドイツで最もドイツらしくない」といわれるこの町の知られざる魅力を、現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介。


現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

ベルリン更新情報
2013/02/20 up

ベルリン個人ガイドのご案内

執筆、ガイド、コーディネートなどのご依頼、お問い合わせはこちらまで(これまでの出版・寄稿実績)→
masatoberlin[AT]
yahoo.co.jp

ドイツ語ブログ
Berlin no kaze
1/18 up!「Schreiben auf deutsch über Japan」

※お願い
当ブログの写真や文章に関する、無断での転写・転用を禁じます。
© Copyright 2005-2015 Masato Nakamura. All Rights Reserved





検索

フォロー中のブログ

ニューヨークの遊び方
foggyな読書
おやぢの部屋2
怠け者の備忘録
庭は夏の日ざかり
資料館の書庫から
Morios Tagebuch
Prost Familie!
田口ランディ Offic...
長坂道子「ときどき日記」
ほにゃく犬の字幕ほにゃく日記
まめびとの音楽手帳
blue in green
毎日ベルリン!
大栗博司のブログ
好きを仕事にする大人塾「...
Trans Europe...
ヤッホー!今日はどちらへ?
ドイツ木組みの家街道 -...
Sayako's Con...
こなな日記 Vol.2

外部リンク

カテゴリ:ベルリン発掘(東)( 90 )

共和国宮殿解体ウォッチング

e0038811_20152657.jpg
ベルリンに期間限定の「新名所」が登場した。

ちょうど一週間前、旧共和国宮殿の前をたまたま通った時のことだった。
"Palast Schaustelle"と題された展示の案内板が至る所に掲げられている。これは何だろうと思って、宮殿前の敷地に入ってみた。

e0038811_2016473.jpg
e0038811_20281336.jpg
かつての王宮の跡地に、40枚近くのパネルが置かれていた。17世紀の王宮の歴史に始まり、共和国宮殿の建設と解体に至るまでの経緯、今後の予定(フンボルト・フォーラム)などが6章に分けて説明されている(独英表記)。なかなかの気配り様である。

e0038811_20225492.jpg
その一角に、真っ赤な色をしたボックス状の物体が目に入った。
「あれはまさか、ひょっとして・・」 そのデザインと色から、私はすぐに見当が付いた。

e0038811_2017150.jpg
そう。これは共和国宮殿の解体作業をよく眺められるようにとの配慮(?)から作られた見晴らし台なのだった。ポツダム広場のインフォボックス、中央駅のインフォセンターなど、建物の建設現場を名所にする例は珍しくないが、解体工事までも名所にしてしまうというのは、いくらベルリンでも前代未聞ではないだろうか。これにはさすがに驚くやら呆れるやら・・

だが考えてみれば、共和国宮殿ほど取り壊しか否かを巡って近年論議を呼んだ建物もないので、これは取り壊しを決めた国側からのせめてもの配慮だろうか、などと思ったりもする。国とベルリン市は、これらの展示物のために15万ユーロ(約2100万円)の費用をかけたという。

e0038811_20174017.jpg
早速私はこの上に登ってみた。どうやらこの日が展示の初日だったようで、国営放送のZDFのクルーが取材に訪れていた。

e0038811_2019242.jpg
カメラにその様子を収める人たちもちらほら。

e0038811_20193686.jpg
後方はかつての王宮の遺構。

e0038811_20203368.jpg
見張り台の入り口に置かれているパンフレットによると、解体工事が終了するのは2007年4月とのこと。というわけで、あと1年間はこの上から「解体ウォッチング」をすることが可能です。

後方に写っているテレビ塔は、W杯に合わせてサッカーボール型にその外観を変えつつある(ドイツ・テレコムがそのスポンサー)。

e0038811_20142824.jpg
解体工事まで注目を集める建物がある一方で、ほとんど顧みられることなく黙々と壊されていく建物もある。ウンター・デン・リンデンとフリードリヒ・シュトラーセの交差点にある、「ホテル・ウンター・デン・リンデン」がそのひとつだ。共和国宮殿とは違って、こちらは構造的にいかにも壊しやすそう。
これも今のベルリンの姿だと思って、シャッターに収めた。

e0038811_2021751.jpg
解体工事はすごいスピードで進み、現在残っているのはすでに全体の4分の1のみ。瓦礫の山にカメラを向けたら、現場のおじさんが豪快にポーズを決めてくれた。

人気blogランキングへ
by berlinHbf | 2006-04-12 19:38 | ベルリン発掘(東) | Comments(7)

"Good Bye Hotel Unter den Linden!"(3)         - 最初で最後の訪問記 -

e0038811_18164572.jpg
ホテル・ウンター・デン・リンデン(2月26日)。

(前回のつづき)
私たちはこの後、ホテルのレストランで最後のランチをした。これが文字通り、本当の意味での最後だったことを、私は後から知ることになった。

e0038811_18204438.jpg
ウンター・デン・リンデンに面したホテルの一角がレストラン"Tilia"になっている。開店は昼の12時だが、私たちが訪れた14時頃はそれほど混んではいなかった。私たちが頼んだのは「七面鳥とアスパラのフリカッセ」(6,5EUR)。こちらの方のコメントは置いておいて(私は学食のメニューに慣れているのでそれなりにおいしく食べられたが、フンメルさんは無言^^;)、うれしかったのは、旧東独のホテルだけあってここではロストッカー(Rostocker)の黒ビールが飲めることだった。私が2000年に初めて訪れた旧東独の町がバルト海に面したロストックで、その時飲んだビールがこのロストッカーだったのだ。思い出深いビールにこんなところで再会できるとは・・

e0038811_18211972.jpg
e0038811_18221218.jpg
人々がせわしなく通り過ぎていく外の通りとは対照的に、このレストランの中はゆったりとした時間が流れていた。客は年配の方が中心で、新聞の記事から察するにその多くがDDR時代を生きた方たちだろう。みなさん思い思いに、消え去るこのホテルでの最後の時間を過ごしているようだった。それは、私が普段足を運ぶカフェやレストランとは違う空気だった。

e0038811_18232536.jpg
e0038811_182485.jpg
後でフンメルさんが教えてくれたのだが、上の写真で一番右のご婦人が、写真を撮っている私のことを興味深そうに眺めていたとか^^;)。最後お店を出る時、私がそちらを向いて軽く会釈をしたら、件の女性はにっこりと微笑んでくれた。

e0038811_18172923.jpg
翌日の夕方、私はオペラを観に行く途中にこのホテルの前を通った。あれ、レストランの明かりが消えている。確か2月末までは営業しているはずなのに、と思ってそばに寄ってみると、"Das Hotel Unter den Linden ist geschlossen."と書かれた張り紙が・・

ホテル・ウンター・デン・リンデンは、その日の朝チェックアウトする客をもって閉店していたのである。ということは、レストランはその前日で営業終了。私たちは奇しくも、このホテルのレストラン最後の日の客になっていたのだった。

e0038811_18181996.jpg
感傷に浸る間もなく、翌日から早速解体工事が始まった。ベルリンの歩みは止まることがない。工事は5月中に終わり、6月のワールドカップ期間中はファンのイベント用のスペースに使われるという。

e0038811_18185913.jpg
e0038811_18193295.jpg
"Good Bye Hotel Unter den Linden!!"

人気blogランキングへ
by berlinHbf | 2006-03-14 13:44 | ベルリン発掘(東) | Comments(8)

"Good Bye Hotel Unter den Linden!"(2)         - 最初で最後の訪問記 -

e0038811_19455366.jpg
先月半ば、ホテル・ウンター・デン・リンデン取り壊しの記事を書いたら(以前の記事はこちら)、意外と多くの方からのコメントが寄せられた。DDR(東ドイツ)時代に泊まったことがあるという方、やはりあの時代、オペラを観た帰りにこのホテルのカフェに寄られたという方、最後にもう一度泊まっておきたかったという方などなど。

自分も一度ぐらいあのホテルの中に入っておけばよかったかな、という思いが少しづつ強まっていく中で、2月24日のBerliner Zeitung紙の記事が私を後押しした。DDR時代を生き、ホテル・ウンター・デン・リンデンの取り壊しを惜しむ人たちが、ホテルのレストランで最後のランチをするために訪れているという内容だった(「ドイツ音楽紀行」のフンメルさんがこの記事を訳されているので、ぜひご覧ください)。

そんな中、ハンブルクのフンメルさんとそのお友達がベルリンにいらっしゃるというので、「このホテルのレストランでお昼を食べませんか」と提案してみた。フンメルさんには、1月の「音楽家通りツアー」に続き、今回も私の趣味が濃厚なイベントにお付き合いいただき、感謝している。

e0038811_19503625.jpg
2月最後の土曜日、DDRムード漂うこのホテルのロビーでフンメルさんと待ち合わせる。その奥がレストランになっているのだが、せっかくの機会なので、ホテルの中も少しのぞいてみることにした。

e0038811_19465168.jpg
1975年製のエレベーターに乗って3F(日本でいう4F)に上がり、窓から外に顔を出してみると、改めてこのホテルのロケーションのすばらしさを実感する。こちらはウンター・デン・リンデンの西側。向かいのホテルは"The Westin Grand Hotel"、その2つ向こうの建物がコミッシェ・オーパー、旗がはためいているのはロシア大使館、水色の屋根はホテル・アドロン、さらにその向こうのブランデンブルク門まで、一望のもとに見渡すことができる。

e0038811_19473377.jpg
こちらは東方面。向かいの建物はDeutsche Guggehheim美術館。その奥のやはり水色の屋根はベルリン州立歌劇場。一番奥に取り壊し中の共和国宮殿がちょっぴり見える。その後ろの2つの尖塔はベルリンで一番古い教会である、ニコライ教会だろう。この眺めも、2008年に新しいビルがここに立つまでは見ることができない。

e0038811_19481796.jpg
客室の廊下は思っていたよりも天井が低い。いくつかの部屋においては取り壊しが始まっているようで、ドアが開いていたので、勝手に中に入ってみた。「う、狭い・・」 これが単純にして、唯一の感想だった。

「ホテル・ウンター・デン・リンデン」。すばらしい響きであり、すばらしいロケーションなのだが、いまや完全に時代遅れ、との感は否めなかった。

e0038811_19534762.jpg
さて、次回はホテルに隣接したレストラン"Tilia"で最後のランチをします。

人気blogランキングへ
by berlinHbf | 2006-03-12 22:35 | ベルリン発掘(東) | Comments(5)

アルコーナ広場周辺を歩く(3)

e0038811_1951160.jpg
Arkonaplatzにて(2月19日)

前回お伝えしたアルコーナ広場ののみの市の隣りは、子供の遊び場になっている。このスペースがなかなかの充実ぶりなのである。相変わらず外は寒かったが、子供たちは元気いっぱいに遊んでいた。私は久しく見ていないけれど、最近の日本の子供たちもこんな風に公園で遊んでいるのだろうか。それとも子供絡みの物騒な事件が頻発している昨今、あまり外には出なくなっているのだろうか。そんなことも思いながら、何枚か写真に収めてみた。

e0038811_1953894.jpg
e0038811_19534477.jpg
e0038811_19541960.jpg
e0038811_195526.jpg
e0038811_1956266.jpg
e0038811_19573275.jpg
e0038811_1958711.jpg
e0038811_19585863.jpg
さて、アルコーナ広場を後にして、もう少し北に向かって歩いてみよう。普通のアパートを横目にしながら少し歩くと、大通りにぶつかるのだが、ぽっかりと不自然な空き地ができている。これは何だろうか。

e0038811_200426.jpg
この通りの名前は、ベルナウアーシュトラーセ(Bernauer Straße)。ピンとくる方は少なくないかもしれない。ここはかつての壁があった通りなのである。普通の住宅街に、ある日突然壁が建てられたゆえ、数々の壮絶なドラマが展開された舞台でもある。1961年に壁ができた当初は、壁に面したアパートに住んでいた住民の中には、アパートの窓から西側に飛び越えることに成功した人もいたらしい。

e0038811_19593044.jpg
しかし、やがて当局の目も厳しくなり、壁沿いのアパートの窓はセメントで封鎖され、そこに住む人たちは引っ越しを余儀なくされてしまう。

それでも果敢に挑む人たちもいた。例えば、壁ができた翌年の1962年には、57人の東ベルリンの人たちがトンネルを掘って西側に脱することに成功した。トンネルは地下12メートル、長さ145メートルに及ぶが、トンネル自体の高さは70センチしかなかったという(こちらを参照しました)。逆に、この場所で亡くなった人は、一体どのくらいいるのだろうか。

壁をテーマにした貴重な資料は、この通りを西に10分ほど歩いて行ったところにある、壁記録センターで見ることができる。

e0038811_2004047.jpg
このかつての壁沿いに、新しい路面電車を通す工事が現在進んでいる。Eberswalder Straßeを起点に、Nordbahnhofまで全長1,7キロの線で(完成後はM10となる)、ほぼ全区間、かつての壁に沿って走ることになる。完成は今年中とのことで、またひとつ、新しいベルリンを見ることができるのが楽しみだ。

人気blogランキングへ
by berlinHbf | 2006-02-25 13:44 | ベルリン発掘(東) | Comments(37)

アルコーナ広場周辺を歩く(2)

e0038811_781491.jpg
Arkonaplatzにて(2月19日)

(前回のつづき)

ベルリンの東、プレンツラウアーベルク(Prenzlauer Berg)にあるアルコーナ広場を訪れたのは、実は今回が初めてだった。この広場の「のみの市」はわりと有名なので、いつか来ようとは思っていたが、今回私をそこへ向かわせたのは、このブログを読んでくださっているあるベルリン通の方からのメールだった。「DDR時代、あの広場こそ東ベルリンでもっとも可愛らしい広場だったと思います」という部分が気になっていたのである。

e0038811_791294.jpg
ちょっと気になって調べてみたのだが、アルコーナ広場が現在の名前になったのは、1875年のこと。世界大戦前はこの周辺は貧しい地区だったという。第2次世界大戦で4500ものアパートのうち、約1000が焼失。東ドイツ(DDR)時代、1970年から1984年にかけて改装工事が行われ、やはりプレンツラウアーベルクにあるArnimplatzと並び、DDRの表看板的な広場だったのだそうだ。ぐるっと一回りして、いつかご紹介したシャミッソー広場とは建物の様子が大分違うが、なるほど、確かにチャーミングな広場だなと私は思った。

e0038811_7102240.jpg
のみの市(Flohmarkt)については説明は不要だろう。私が訪れた頃は、そろそろたたんでいる店も散見されたが、ちょっと様子をご覧いただきたい。毎週日曜日の10時から17時まで開かれているのだそうだ。なんだかよくわからないものも売られているが、こういうのはぶらぶら見て歩いているだけでも楽しい。

e0038811_711299.jpg
e0038811_7113660.jpg
e0038811_7132634.jpg
e0038811_7141052.jpg
e0038811_714426.jpg
e0038811_7164098.jpg
これは売り物ではないのだが^^;)、日除けシートのイラストがかわいらしかったので・・

e0038811_719660.jpg
のみの市が立っているその横は子供の遊び場になっている。これがまた見ていて楽しかったので、次回はこの様子からお届けします。

(つづく)

人気blogランキングへ
by berlinHbf | 2006-02-23 00:19 | ベルリン発掘(東) | Comments(2)

アルコーナ広場周辺を歩く(1)

e0038811_21648.jpg
Zionskirche(シオン教会)の塔の上からの眺め。中央のテレビ塔から右に向かって、赤の市庁舎、ベルリン大聖堂などが見える(2月19日)。

先日、今月末で閉鎖となる「ホテル・ウンター・デン・リンデン」についての記事を書いたところ、ホテルの取り壊しを惜しむ方々からのコメントを意外に多くいただいた。東ドイツ時代に宿泊したことがあるという方もいたし、近年の「オスタルジー」の影響もあるのかもしれない。今回は、そんな東(オスト)の雰囲気が色濃く残る界隈をひとつ選んで散歩してみたい。

フリードリヒ・シュトラーセからM1か12番という路面電車(Straßenbahn)に乗って、のんびり外の眺めを楽しみながら揺られること約15分、Zionskirchplatzで降りると、ネオ・ロマンチック様式のシオン教会が目の前にそびえる。1873年に建てられた、うらぶれた雰囲気の教会だ。この日は日曜日ということもあってか、狭い階段をつたって塔の上に登ることができた。ここからの見晴らしはとてもよく、上の写真の他、西側のソニーセンターや戦勝記念塔、カイザー・ヴィルヘルム教会まで肉眼ではっきり確認することができた。

e0038811_22428.jpg
たまにイモムシのような風貌の路面電車が、ゴトゴト音を立てながら下を通り過ぎていく。旧東を中心に路面電車はまだたくさん走っていて、町に独特の風情を加えている。手前が12番、奥がM1で、ここで2つの路線がぶつかる。

e0038811_223138.jpg
これがシオン教会。私は3年前に、この教会の改装工事のための慈善コンサートで、ハイドンのミサ曲を演奏したことがあるので、久々に中に入りその時のことを思い出した。地味な教会なのだが、内部といいすすけた外観といい、独特の雰囲気がある。

後になって知ったのだが、反ナチ運動で知られるキリスト教神学者のディートリッヒ・ボンヘッファー(Dietrich Bohoeffer, 1906-1945)は、かつてこの教会に勤めていた時期があったという。ボンヘッファーは、第2次世界大戦でドイツが降伏するわずか1ヶ月ほど前に、ナチスによって処刑されている。今年2月4日が彼の生誕100年で、新聞でも大きく取り上げられていた。

e0038811_23452.jpg
シオン教会を後ろに見ながら、さらに北に向かって歩いてみよう。

e0038811_233357.jpg
DDR(東ドイツ)時代はおそらくかなり荒んでいたのだろうが、最近は改装が進み、どのアパートもすっかりきれいになった。

e0038811_24633.jpg
やがて、アルコーナ広場(Arkonaplatz)にぶつかる。日曜日ということで、ちょうどのみの市をやっていた。せっかくなので、ちょっと様子をのぞいてみよう。

(つづく)

人気blogランキングへ
by berlinHbf | 2006-02-22 02:13 | ベルリン発掘(東) | Comments(0)

カール・マルクス通りを歩く(3)

e0038811_20105220.jpg
前回少し触れたが、壁崩壊後この通りは文化財保護区域に指定されたため、通り沿いのアパートは90年代にきれいに修復された。ところが、この恩恵に浴していないものがある。それが1950年代に立てられた街灯だ。上の例はまだ状態がいいもので、ガラスが割れているもの、片方のランプしかないものなど、その損傷は著しい。

e0038811_20112247.jpg
このように、根こそぎ抜かれているものまで見受けられた。日本と違って、地震が起こるわけではないのに、どうしてこうなったのか私にはわからない。先日、ある新聞の記事で読んだが、この通り沿いの215もの街灯のうち、約160は完全に新しいものに取り替える必要があるとのこと。その工事は今年から始まり、2006年中には終わらせる見込みのようだ。街灯はDDR(東ドイツ)オリジナルのものに統一されるという。

e0038811_20132687.jpg
散歩に疲れたらカフェに入って、一休みしよう。カール・マルクス通りには感じのよさそうなカフェをいくつか見かけたが、ひとつ挙げるとしたら、Cafe Sibylleだろうか(写真左)。DDR時代は、東ベルリンで最も人気のあるカフェのひとつだったという。1997年に一度閉鎖されるも、2001年に再オープン。現在はカフェとしてだけでなく、カール・マルクス通りのインフォメーションセンターにもなっていて、通りの歴史についての展示物が置かれている。また、電話で事前予約すれば、この建物の屋上にある展望台から、通りを一望することができるそうだ。私はここでアイスコーヒーを飲んだが、西に比べると大分安かった。

Cafe Sibylle
Karl-Marx-Allee 72
Tel. 030 - 2935 2203

e0038811_2013525.jpg
私はレンタカーで車を借りる機会があると、必ず一度はこのカール・マルクスアレーに向かってしまう。社会主義時代はメーデーなどの政治パレードに使われただけあって、道幅が異常に広い。また、道なりはひたすら真っ直なので、運転していて気分が晴れ晴れとしてくるのである。夕暮れ時は、この通りから望むテレビ塔がまた美しい。

e0038811_20143738.jpg
さらに先に行くと、右手にKino Kosmosという映画館が見えてくる(Karl-Marx-Allee 131a)。この独特の形状をした建物は、客席数が1001あり、DDR時代東ベルリン最大の映画館だったという。

e0038811_2015296.jpg
終点のフランクフルト門が近づいてきた。写真に見える、左右2つの塔について、前回も引用させてもらった杉本俊多氏の「ベルリン」には次の記述がある。

フランクフルト門の交差点には、背の高いドーム屋根をいただく建物が、やはり道路を挟んで左右対称に配置されたが、これはかのジャンダルマン・マルクト広場のフランス教会堂、ドイツ教会堂の双子教会堂をモデルにしているようで、これもまたバロック的趣味を示していた。
ジャンダルマン・マルクト広場の塔もいつか紹介したいが、なるほど、両者は確かに似ている。それにしても、1950年代のこの誇大な建築群に、その120年以上前に流行ったベルリン新古典主義からの引用が見られるとは、なかなか興味深い。

e0038811_20153286.jpg
いかがだったでしょうか。ベルリンにはこういう通りがあるのです。しかし、3回も続けて「大きいことはいいことだ」の見本のような建物ばかりを見せられると、うんざりしてくる方もいらっしゃるのでは。東ものが続いたので、次回のベルリンガイドでは西側に戻るつもりです。
by berlinHbf | 2005-09-15 15:54 | ベルリン発掘(東) | Comments(14)

カール・マルクス通りを歩く(2)

e0038811_729425.jpg
噴水のあるシュトラウスベルク広場が今回の出発点。この通りを歩いてみようという方は、地下鉄(U5)に乗ってこのStrausberger Platzで降り、そこからフランクフルト門まで駅2つ分を歩くのがおすすめである(距離にして2キロ弱)。では、昨日の夕方撮ってきたばかりの写真をご覧ください。

e0038811_730823.jpg
ベルリン名物のクマさんがここでも迎えてくれる。さて、シュトラウスベルク広場からさらに東に歩くと、それまでとは周りの景観が大分変わってきたのがおわかりいただけるだろうか。後ろにそびえるやたらと威圧的な建物、実は普通に人が住むアパートなのである。社会主義時代のアパートというと、いわゆるPlattenbauと呼ばれる鉄筋コンクリートプレハブ住宅を連想されるかもしれないが、それが主流になるのはもう少し後の時代のこと。戦後直後、時の東ドイツ政府は、この通りが東ベルリンの顔となるべく、国家の威信をかけて「社会主義リアリズム」の理論を追求した。その理論はライバル関係の西ベルリンの都市計画とは、全く対極にあるものだった。

ちなみに、1949年から61年まで、この通りは「スターリン通り」と名付けられていた。

ではこの建物、もう少しそばに寄って見てみよう。

e0038811_7303977.jpg
手元にある優れたベルリンのガイド「ベルリン 杉本俊多著 講談社現代新書(廃版)」には、この通りの建築スタイルについてこう触れられている。
「その建築スタイルは、近代的な建築形態を求めながら、伝統的な建築美学からの連続的な発展を意図したものであり、きわめてモニュメンタルな性格のものだった」
「街路に面する各建築は、古典主義的造形手法三層構成を基本とし、それを鉄筋コンクリート造のモダニズム建築スタイルと融合したのだった」
専門的なことはよくわからないが、新しいものを目指しつつ、同時に古典主義の様式も取り入れたということ。なるほど、次の写真に見られるように、ギリシャ神殿風の柱が使われているのはそのためか・・

e0038811_731634.jpg
これがアパートの入り口というのだから、恐れ入る。一体どんな人が住んでいるのだろうと入り口の前に立っていたら、自転車から降りた普通のおねえさんが中に入って行った。

e0038811_7313288.jpg
この圧倒的な威圧感。一体中はどうなっているのだろうか。現在このアパート群は、文化財保護地域に指定されている。ちなみに、ここに住んでみたいという方、いらっしゃいますか?

e0038811_7315813.jpg
アパートの写真を撮り終え、反対側に渡ろうとしたその時、一台の車がかなりのスピードを上げて私の目の前を通り過ぎようとした。

「あっ、トラバント!」私はすかさずシャッターを押した。

写りはあまりよくないが、そう、これこそが東ドイツ時代の国民車トラバント(Trabant)なのである。当時、乗用車といえばみんなこれに乗っていた。しかし、この時代になってもまだ乗っている人がいるとは、これまた恐れ入る。カール・マルクス通りを走るトラバント、今となっては貴重な組み合わせが拝めて、ちょっと得した気分になったのでした。

2回で終わらせるつもりだったが、カール・マルクス通りは中身が濃い。もう1回続きます!
by berlinHbf | 2005-09-14 02:40 | ベルリン発掘(東) | Comments(6)

カール・マルクス通りを歩く(1)

e0038811_7383189.jpg
ベルリンのショッピングストリートといえば、まず名前が挙がるのがクーダム(Kurfuerstendamm)だろう。旅行ガイドには必ずこの通りのことが載っている。しかし、かつて「東のクーダム」と呼ばれたこともある、カール・マルクス通り(Karl-Marx-Allee)を紹介した日本語のガイドブックはおそらくないのではないだろうか。有名ブランド店が立ち並ぶ、よって似たような通りは世界中に他にいくらでもありそうな西のクーダムよりも、今となっては、「東のクーダム」の方がおもしろいし、希少価値がある。ここには社会主義時代の建物がほぼそっくりそのまま残っていて、一種独特の気分に浸れること請け合いだ。今回はこの通りを散歩してみよう。

間近から見上げると、巨大なテルテル坊主のように見えるテレビ塔。駅をはさんで現在大改装中のアレクサンダー広場(通称アレックス)が今回の散策の出発点となる。

e0038811_7385925.jpg
広場には世界の時刻を示すWeltuhr(1969年完成)が立っている。この広場から全長約3キロに及ぶカール・マルクス通りが始まる。

e0038811_7392668.jpg
この通りはとにかくだだっ広いので、通して歩くのはちょっと大変かもしれない。自転車で周れたら一番いいだろう。写真の右側に見える赤いラインは自転車道を表す。ドイツでは町の多くの通りに、車道とは別の自転車用のスペースが確保されているため、とても走りやすい。

通りの周りには社会主義時代の典型的な建物が並ぶが、それにしても、かつて東ドイツが国家の威信をかけて造った通りにしては、少しあっさりし過ぎてやいないだろうか。

それには実は理由があって、後に出てくるシュトラウスベルク広場から東へ続く建物に予算がかかり過ぎてしまい、そこから西へは簡素なものにせざるを得なくなったというのが、大きいのだそうだ。

e0038811_7401558.jpg
しばらく経って左手に見えてくるのがKino Internationalという60年代に造られた映画館。外観はこんなだが、シャンデリアと独特の曲線美が彩る内装はすばらしい。私はここで映画を観るとちょっとゴージャスな気分になれる。写真には写っていないが、その向かいの「カフェ・モスクワ」も有名。

e0038811_740368.jpg
やがて、噴水に囲まれたシュトラウスベルク広場(Strausberger Platz)にたどり着く。ここからフランクフルト門(Frankfurter Tor)までの約1,8キロがカール・マルクス通りの最大の見所だ。景観がそれまでとがらりと変わる。続きはまた次回に。
by berlinHbf | 2005-09-13 04:20 | ベルリン発掘(東) | Comments(7)

消え去る共和国宮殿

e0038811_5324548.jpg
ベルリンの歴史的な建物がひとつなくなろうとしている。

e0038811_5332011.jpg
先日ご紹介したベーベル広場からウンター・デン・リンデンの通りに沿って東にさらに行くと、こういう風景が見えてくる。シュプレー川を渡って、左はネオ・バロック様式のベルリン大聖堂、右側が今回ご紹介する「共和国宮殿(Palast der Republik)」である。1976年に完成した巨大な箱型の宮殿は、いかにも社会主義時代に建てられたという感じのもので、隣の大聖堂と比べると、そのコントラストが一層際立つ。

実はこの宮殿のある場所には、戦前まで王宮があった。その王宮は、第2次世界大戦で大きな被害を受けたものの、修復は可能な範囲内だったという。ところが、時の東ドイツ政府は、これをプロイセン時代の権力の象徴だとして、1950年に爆破してしまったのだった。

e0038811_5335730.jpg
王宮の後釜として東ドイツ政府が建てたこの共和国宮殿には、2つの大きな意味合いがあった。ひとつは、東ドイツの最高国家権力機関である人民議会(Volkskammer)の会場という政治的な機能として(正面中央はメーデー行進の際、ホーネッカーを始めとする幹部のお立ち台となった)。そしてもうひとつは、人民が平等に楽しめる場として、様々な文化的施設が中に作られた。

子供の頃、この中に入ったことがあるという東ドイツ出身の友達に聞いてみたのだが、共和国宮殿の中にはレストラン、カフェ、ボーリング場、美術の展示、ディスコ、劇場、郵便局などが軒を並べ、ある意味西側でいうディズニーランドのようなものだったらしい。また地元民だけでなく、地方からやって来る観光客でも溢れかえり、レストランなどは数時間待ちも普通だったとか。私が撮ってきた現在の姿を見せたら、「昔を知っているだけに、悲しいものがあるね」とぼやいていた。

e0038811_5342815.jpg
そんな共和国宮殿も、壁崩壊後は、建設の際に使われたアスベストが人体に害を及ぼす危険性から閉鎖された。そして、宮殿を修復して新たな目的のために使うか、壊してかつての王宮を再建するかで、長い間激しい議論が交わされた結果、連邦議会はついに共和国宮殿の取り壊しを決定したのだった。

e0038811_5345688.jpg
共和国宮殿を取り壊して、新たに王宮を造るとなると当然莫大な費用がかかる。ただでさえお金がない今のベルリン、「そんな金は一体どこが出すのか」ということで、まだいろいろともめているようだが、いずれにしろ東ドイツの象徴のひとつだった共和国宮殿はもうじきなくなる。取り壊しの中止を求める声は、いまだに根強いものがあるようだが。

余命わずかの共和国宮殿ではあるが、それまでの間、アートパフォーマンスの場としてもたまに使われている。一番上の写真も、先週私が見てきたものだ。私はその時初めてあの中に入ったのだが、アスベスト除去作業のために内部は鉄骨がむき出しで、がらんとしており、かつての栄光は何も感じられなかった。先ほどの友達がこの中に入ったら、どういう感慨を抱くだろうか。

取り壊し工事は今年末から始まると言われている。それまでにベルリンを訪ねる機会のある方は、共和国宮殿の最後の姿を記憶にとどめておくのも、悪くないのではないだろうか。
by berlinHbf | 2005-08-31 01:25 | ベルリン発掘(東) | Comments(4)

カテゴリ

Deutsch
ベルリン中央駅
ベルリンのいま
ベルリン個人ガイド
ベルリン発掘(西)
ベルリン発掘(東)
ベルリン発掘(境界)
ベルリン発掘(全般)
ベルリン思い出話
ベルリンの人々
ベルリン音楽日記
ベルリン文化生活
ベルリン子育て日記
ベルリンを「観る」
ベルリンを「読む」
ベルリンあれこれ
ベルリン天使の降りた場所
ベルリン音のある街
ベルリンクイズ100
ベルリンリンク集
ドイツ全般
ドイツから見た日本
サッカーWM2006他
欧州を感じる旅
- 2005ウクライナ紀行
ドイツ語関連
ニッポン再発見
その他
BZ Lexikon (Berlin)
BZ Lexikon (1-50)
BZ Lexikon (51-100)
BZ Lexikon (101-150)
BZ Lexikon (151-200)

タグ

(113)
(112)
(111)
(107)
(105)
(97)
(96)
(87)
(86)
(78)
(73)
(67)
(66)
(64)
(58)
(55)
(54)
(46)
(42)
(40)

以前の記事

2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
more...

最新のコメント

山根正次のサインが「玄洋..
by 浦辺登 at 10:25
コメントありがとうござい..
by berlinHbf at 04:46
今、NHKBSで「ベルリ..
by 流れ星 at 01:14
Yozakuraさん ..
by berlinHbf at 02:26
Masatoさま  肝..
by Yozakura at 12:34
Masatoさま  未..
by Yozakura at 12:26
kokhavさん こち..
by berlinHbf at 06:13
長い間、ありがとうござい..
by kokhav at 22:30
焼きそうせいじさん 大..
by berlinHbf at 05:57
年に1回の日本での授業に..
by 焼きそうせいじ at 19:31
ヒガシモンさん 詳細な..
by berlinHbf at 17:02
kokhavさん >み..
by berlinHbf at 16:49
冬風さん コメントあり..
by berlinHbf at 16:46
続き…今回ドイツ宛へ物を..
by ヒガシモン at 15:44
マサトさん>ご返信ありが..
by ヒガシモン at 15:20
おかえりなさいませ。 ..
by kokhav at 23:31
ベルリンからの長旅お疲れ..
by 冬風 at 20:21
ヒガシモンさん こうい..
by berlinHbf at 18:51
軒国彦さん はじめまし..
by berlinHbf at 18:48
桑原さん ご丁寧なコメ..
by berlinHbf at 17:49

ブログパーツ

※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません

最新の記事

10年分の感謝、ひとまずのお..
at 2015-08-03 23:23
上棟式を迎えたベルリン王宮
at 2015-07-18 22:29
指揮者キリル・ペトレンコのこと
at 2015-07-13 23:09
発掘の散歩術(60) - 番..
at 2015-07-08 14:18
ポツダムの新庭園へ!
at 2015-07-04 10:49
発掘の散歩術(59) - 7..
at 2015-06-13 16:43
マルティン・グロピウス・バウ..
at 2015-06-08 10:18
山梨での週末
at 2015-06-02 00:54
長男誕生3、4ヶ月目 - 日..
at 2015-05-23 21:39
旧カール・マルクス書店が文学..
at 2015-05-17 14:12
ドイツニュースダイジェストの..
at 2015-05-10 15:00
発掘の散歩術(58) - S..
at 2015-05-10 13:48
変わりゆくツォー駅周辺
at 2015-05-01 18:52
「西ベルリン」の回顧展
at 2015-04-20 21:23
NHK『テレビでドイツ語』新..
at 2015-04-10 17:01

記事ランキング