ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
「素顔のベルリン」増補改訂版
¥1,680
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(Amazon、全国各書店にて発売中)

本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

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豊富なビジュアルとドイツ語フレーズを楽しめる1冊。基本のあいさつ表現から、街にまつわるドイツ語豆知識まで、ガイドブックとともに旅に役立つ会話集です。




『素顔のベルリン 過去と未来が交錯する12のエリアガイド 』
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ダイヤモンド社
(2009年発売)

地球の歩き方シリーズ初、待望のベルリンガイドブック誕生!比類なき歴史を抱えつつ、明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。「ドイツで最もドイツらしくない」といわれるこの町の知られざる魅力を、現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介。


現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

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カテゴリ:ベルリン発掘(東)( 90 )

発掘の散歩術(7) - シェーンハウゼン宮殿 凝縮された歴史 -

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庭園側から望むシェーンハウゼン宮殿

今から来年のことを話していたら鬼に笑われてしまうかもしれないが、2012年はフリードリヒ大王(1712~86)の生誕300周年。そのメモリアルイヤーに向けて、縁のあるベルリンとブランデンブルクでは記念行事の準備が着々と進められている。大王と言えばポツダムのサンスーシ宮殿が名高いが、今回はその影に隠れてはいるものの、実に興味深い歴史を持つ、もう1つの宮殿をご紹介しよう。

U2の終点パンコウ駅で降り、オシエツキー通りを北に進むと、緑に囲まれたのどかな風景の向こうに、どこか女性的な優美さを備えたバロック様式の宮殿が見えてくる。これがシェーンハウゼン宮殿だ。

宮殿の歴史は17世紀後半にさかのぼる。オランダ出身で名門ドーナ家の伯爵夫人がこの地を買い取り、オランダ風の館と酪農場を建てさせたのが始まりらしい。その後、館は建て替えられ、新興国のプロイセンがこの地を買い取った。初代フリードリヒ1世はバロック様式の宮殿へと規模を拡大し、裏手に豪華な庭園を作り上げた。

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シェーンハウゼン宮殿前のエリーザベト・クリスティーネ(1764年以降)

プロイセン時代、ここのもっとも有名な居城主は、フリードリヒ2世(大王)の「妃」だったエリーザベト・クリスティーネである。よく知られているように、厳格な父親による強制的な結婚は、2人に幸福な結果をもたらさなかった。大王は最初から彼女に関心がなかったようで、ほどなくして別居状態に陥った後、ポツダムに籠る。失意のエリーザベトは1740年から没するまでの60年近く、毎年夏の3カ月をここで過ごすこととなった。

1階はそのエリーザベトに関する展示。暖炉や家具類は当時のもので、訪れる者を18世紀の宮廷生活に誘う。200年以上も昔のものとは思えない、花をモチーフにした壁紙の美しさには特に目を見張った。

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圧巻だったのは、2階中央にあるフェストザール(祝祭の間)。この宮殿の中で、唯一完全にロココの内装が残された部屋だ。まるで生きた植物と見紛う天井の装飾の見事さは(丹念な修復技術も特筆されるべきだろう)、言葉にならないほど。

次の部屋へ入った瞬間、別の時代にいきなりタイムスリップしたような感覚を味わった。どこかレトロなピンク色の壁紙とグリーンの椅子。東独のデザインに特別の関心がなくても、ここに来ればピンとくる人は多いはずだ。エリーザベトの没後、荒れ果てていた宮殿は東ドイツの建国と共に長い眠りから覚め、約10年間、東独大統領の居城として使われたのである。初代大統領ヴィルヘルム・ピークの執務室がその横に並ぶ。当時、東独の最高幹部たちはすぐ近くのマヤコフスキー環状通りに住んでいたため、この周辺一帯は外部世界と完全に隔離されていたという。

最後に見たのは、1964年以降、外国からの国賓のゲストハウスとして使われていた部分。ホー・チ・ミンやカストロ、カダフィらがここに宿泊し、最後の客人は1989年10月、東独建国40周年の式典でベルリンを訪れたソ連のゴルバチョフ夫妻だった。その1カ月後、壁は崩壊。翌年6月、ドイツの再統一に関する「2プラス4会議」が開催されたのも、この宮殿に面した別の建物である。

見学を終えて、私は思わずため息をついた。ベルリンとポツダムにプロイセンの宮殿は数多くあれど、18世紀の優雅なロココから20世紀末の激動の再統一まで、ドイツの歴史をこれほど凝縮した場所もそうはない。ともかく一度は訪れる価値のある宮殿である。
ドイツニュースダイジェスト 2月11日)


Information
シェーンハウゼン宮殿
Schloss Schönhausen

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花をモチーフにした18世紀の壁紙(1階)
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東独時代、国賓のゲストハウスのバスルーム(2階)

宮殿の展示は、王妃の居城、宮殿と公園の歴史、ドーナ=シュロビッテン家の芸術コレクション、東ドイツ時代に関するもの、に大きく分けられる。少し町外れに位置するが、中心部からパンコウ(Pankow)駅まで地下鉄1本で、そこからは徒歩約15分。裏手の庭園は散歩にも最適だ。2009年末の再オープン以来、客足は好調だという。

開館:10~3月は土日の10:00~17:00(ガイドツアーによる見学のみ)。4~9月は月曜を除く10:00~18:00
(火~金はガイドツアーによる見学のみ)。
住所:Tschaikowskistraße 1, 13156 Berlin
電話番号:(030)4039 4926 10
URL:www.spsg.de


ガストハウス・マヤコフスキー
Gasthaus Majakowski


かつて東独の最高幹部たちが住んでいたマヤコフスキー環状通りにあるレストラン。19世紀の邸宅を生かして造られただけあって、優雅な雰囲気の中、季節の素材を生かした新感覚のベルリン料理を味わえる。もちろんカフェとしても利用できるので、シェーンハウゼン宮殿を見学した後に立ち寄ってみてはどうだろう。

営業:月~金12:00~。土日祝11:00~。
ただし、11~5月の毎週月曜は定休日。
住所:Majakowskiring 63, 13156 Berlin
電話番号:(030) 4991 8250
URL:www.majakowski-gasthaus.de

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by berlinHbf | 2011-02-13 13:09 | ベルリン発掘(東) | Comments(0)

パンコウの貨物駅跡で観る演劇

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Ehemaliger Güterbahnhof Pankow (2010.07.10)

もう半年近く前になりますが、昨年7月、ちょっと面白い場所で演劇を観る機会がありました。地下鉄U2の終点、パンコウの駅で降り、東に延びるグラニッツ通り(Granitzstr.)を歩いて行くと、左手に広大な敷地が視界に入ってきます。私は初めてここに来たのですが、「ベルリン市内にまだこんな空き地が残っていたのか!」と目が開かれる思いでした。こんな場所で演劇をやるという発想に、さらにワクワクしてきます。

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実はここは、かつてパンコウの貨物駅の敷地だったという場所です。開業は1904年、そして1997年に廃止になった後は、40ヘクタールの広大な空き地になっていました。

この夜上演されたのは、ルネ・ポレシュ演出の通称「ルール3部作」なるもの。これは昨年のルール地方の欧州文化年に合わせて作られた3つの連作で、それぞれ別々に上演してきた作品を、この日は一気に上演してしまおうというフォルクスビューネらしい何とも酔狂な試み。まともにやったら6時間近くになったのではないでしょうか。ところが、当日行ってみると、何かの理由で2部のみの上演になったそうで、ちょっとほっとしました(笑)。

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ベルト・ノイマンによる舞台美術が、奇抜でどこかキッチュで、でも魅力的。

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ワールドカップ南ア大会で、ドイツが3位決定戦で勝利した夜、のんびりしたムードの中、22時近くになって最初の「Tal der Fliegenden Messer」が始まります。内容はもううろ覚えになってきているのですが、本物の車を使ったカーチェースがあったり、役者が拡声器でがなり立てるシーンがあったりと、大変にインパクトの強い作品でした。

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時々、敷地内の向こう側をSバーンが駆け抜けて行きます。結局第2部が終わったのは深夜2時近くで、最後の方は睡魔との戦い(笑)。一緒に観た大学時代の先輩とタクシーを拾って中心部に戻りました。

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ところで、つい数日前の新聞に、この場所の将来をめぐっての記事が掲載されていました。家具メーカーのHöffnerがこの敷地の大半を使って、ショッピングセンターとテーマパークを作ろうと計画しているのだとか。しかし、ベルリン市側はこの計画に対して慎重で、まだ建設の許可を与えていないという内容でした。どうなるのでしょうね。この北側に大きな大きな公園(Schlosspark)があるので、緑地として残されることはないのかもしれませんが、もう少し他に有効な使い道はないものかと思います。

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by berlinHbf | 2011-01-16 23:57 | ベルリン発掘(東) | Comments(2)

フリードリヒ通り駅ガード下のインビスBier's

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ここ数日、久々に気温が8〜9度まで上がっていますが、12月30日ぐらいまでは本当に寒かった。そんな寒い日の午後、フリードリヒ通り駅近くを歩いていたら、久々にあるものが食べたくなり、引き寄せられるようにガード下のお店に入ってしまいました。

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駅とフリードリヒ通りがちょうど交差する地点にあるインビス、Bier'sというお店です。通りをはさんだちょうど向かいが、ケバブのインビスといえば、わかる方もいらっしゃるでしょうか。それにしても、なぜ店の名前が「ビール」なのかと思って少し調べたら、店主の名前がKlaus Bierさんというだけのことでした(笑)。しかし、「ビールさん」て面白い名字ですね。

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店内は狭いですが、暖房はちゃんと効いているのでほっとします。もちろん、カリーヴルストを注文しました。ここのカレーソーセージはベルリンの相場からしたら少し高めなのですが(確か2.1ユーロでした)、その分味はいいです。今回は、前から気になっていた自家製のソース(30セント)を付けてみました(写真左)。これはかなり辛くて、ニンニクが効いているのですが、ソーセージにもフライドポテトにもよく合って、うまかったです(マヨネーズよりもいいかも)。Bier'は10時から明け方の5時まで営業しているので、夜遊びをする方にもいいかもしれません。もちろんビールと一緒に??

Bier's Friedrichstraße
Friedrichstraße 142, Am Eingang S-Bahnhof, 10117 Berlin

追記:
2014年春、このお店の前を通ったら、いつの間にか跡形もなくなっていました。残念です。

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by berlinHbf | 2011-01-07 22:53 | ベルリン発掘(東) | Comments(10)

発掘の散歩術(4) - 出発進行!子ども鉄道 -

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ベルリンの中心部から東のエルクナー(Erkner)行きのSバーンに揺られること約30分、ヴュールハイデ駅で降りると、跨線橋を隔てた向こうにもう1つ小さなホームが見えた。

「ヴュールハイデ公園鉄道」と書かれたホームに立って待っていると、やがてうなるようなディーゼル音に導かれて一編成の車両が入線してきた。赤、青、紫のカラフルな客車。線路の幅は隣のSバーンの半分に満たない、わずか600ミリほど。おとぎの国に連れて行ってくれそうなかわいらしい車体だが、小さいのは列車だけではなかった。駅員も車掌も、ほとんどが皆あどけない顔立ちをした10代の子どもたちなのである。

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ゴトンと音を立てて木造の客車が動き出すと、列車は森の中に入っていく。大きな音を立てて走る割に、時速は15キロほどののんびりしたものだ。車内販売の少年がコーヒーやお菓子を載せたカートを引いてやって来たかと思うと、隣の席では小学6年生ぐらいの車掌さんが、必死に業務メモを取っている。列車が駅に着く度に、慌ててホームに出て行っては乗降確認も怠らない。その様子を眺めていると、なんとも微笑ましい気分になった。

ヴュールハイデ公園鉄道は、広大な公園内を走る全長7.5キロの狭軌鉄道。何と言ってもその存在をユニークなものにしているのは、ほとんどの業務が11歳から18歳までの青少年によって運営されていることだろう。「子どもの頃から勉強と実務を同時に学べるように」という子ども鉄道の考えはソ連で生まれ、1930年代にはすでにいくつもの大都市で運行が営まれていたという。戦後、この理念は同盟国である東ドイツの少年少女組織「ピオニーア団」にも受け継がれ、ベルリンを始め東独全土で12のピオニーア鉄道が走っていた。東西統一後、廃止された鉄道もあったが、ベルリンの場合は存続を求める声が強く、公園鉄道と名前を変えて今に至るまで走り続けている。

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公園鉄道の「中央駅」で出会ったかわいらしい鉄道員たち

現在ここに「勤務」しているのは、約160人の一般の青少年たち。年齢によって役割分担と受講コースが決まっている。「中央駅」で降りて、彼らの仕事ぶりを観察してみた。ホームの先端に電話台があり、列車の到着が近付くと監視役の12歳ぐらいの男の子が連絡を受ける。それを隣で伝え聞いていた、やはり同年代の女の子がハンドルをぐるぐる回して踏切の遮断機を降ろす。若い声の車内アナウンスが流れ、列車が入線。さすがに経験が必要とされる駅長や運転手といった業務は、いくつもの過程を経た最高年齢の18歳の青年が担っていた。どのコースもかつてここで勤務経験がある大人たちから教えを受けるという。印象に残ったのは、誰もが嬉々としていて、それぞれの役割に責任を持って取り組んでいるように見えたことだ。将来、鉄道員になるとは限らないのに、こんな経験を積める彼らが、ちょっぴりうらやましかった。

ヴュールハイデ公園は想像以上に広く、モデルパークやFEZ(Information参照)まで含めると、丸1日は楽しめる。列車が再び走り始める春になったら、小さな鉄道員たちに会いに出掛けてみてはどうだろう。
ドイツニュースダイジェスト 11月5日)


Information
ヴュールハイデ公園鉄道
Parkeisenbahn Wuhlheide

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停車中の蒸気機関車。公園鉄道は3台の蒸気機関車と4台のディーゼル機関車を保有

運賃は往復4ユーロ(子ども2.50ユーロ)。Eichgestell駅から徒歩5分にあるFreizeit- und Erholungszentrum (FEZ)-Berlinは、かつてのピオニーア団の施設を改造した、子ども、若者、家族のためのレジャー施設としては欧州最大規模。野外劇場やプール、レストランなどを備え、様々なイベントが定期的に開催される。

営業: 毎年3月末~10月末までの週末。ニコラウスの日の前の週末(12月4・5日)にはクリスマス・スペシャル運行も。
住所: An der Wuhlheide 189, 12459 Berlin
TEL:(030)53 89 26 60
www.parkeisenbahn.de


モデルパーク ベルリン・ブランデンブルク
Modellpark Berlin-Brandenburg

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2007年にオープンした、ヴュールハイデ公園内にある「ベルリン唯一のミニチュア公園」。戦勝記念塔からライヒスターク、ラインスベルク城に至るまで、ベルリン・ブランデンブルク地方を代表する約60の建築物を模型で再現。どれも思わず見入ってしまうほど精巧に作られており、楽しい仕掛けも施されている。

開園:4月5日~10月31日の毎日9:00~19:00
入場料:4ユーロ(子ども2ユーロ)
住所:Eichgestell 4, 12459 Berlin
TEL:(030)473 784 20
www.modellparkberlin.de

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by berlinHbf | 2010-11-05 23:57 | ベルリン発掘(東) | Comments(10)

街角スナップ - Eberswalder Straße -

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U Eberswalder Straße (2010.8.15)

外出する時にはいつもRICOHのGRをバッグに偲ばせておいて、街角で何かを感じた時、さっと取り出してカメラに収めるということをやっています。最近はモノクロ写真にも手を出すようになり、これから折に触れて、そんな何気ない街の風景をお届けしたいと思います。

今回は地下鉄U2のエバースヴァルダー・シュトラーセ駅のガード下にて。もうかなり前から、工事のため1つ手前のSenefelderplatzから北側へはバスによる代替輸送になっています。一体何の工事なのでしょうね。そしていつまで続くのか・・・ガード下は工事の資材などで雑然としており、カリーヴルストの有名な屋台「コノプケ」も、本来の場所から少し北側に移転中だそうです。

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by berlinHbf | 2010-08-22 23:53 | ベルリン発掘(東) | Comments(9)

コンクリートになったオストクロイツ駅

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Berlin Ostkreuz(2月25日)

先週、ケペニックに行った帰り、久々にオストクロイツ駅に通ったら、風景が激変していました。考えてみたら、最後にこの駅の様子をお伝えしてから1年になるんですね。というわけで、ベルリン好きにはファンが多い(?)、オストクロイツ駅の最新の様子です。

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ここ半年の最大の変化といえば、環状線の古いホームと土台部分が完全に解体されたことでしょうか。渋い色の赤煉瓦が織りなす風景は、ほぼ完全に過去のものとなりました。

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この跨線橋から眺める(奥の)ホームで電車を待つ人々の様子を、私の知人は「アンゲロプロスの映画のワンシーンのようだ」と評していましたが、全てがコンクリート製になってしまうと、何とも味気ないものですなあ。

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一方では、おそらく余命わずかながら、残された古い建物も。

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ゾンターク通り側出口付近の「Schnellinbiss」と書かれた昔のインビスの建物もまだありました。

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記録用にもう1枚。この小さな建物をめぐっては、「黄昏のオスト・クロイツ駅」に書いてくださった方のコメントが興味深いです。

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写真奥の鉄橋も、昨年夏以来、列車はもう走っていません。着々と変貌を遂げる駅の横を、ICEが通り過ぎて行きました。

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by berlinHbf | 2010-02-28 17:37 | ベルリン発掘(東) | Comments(8)

ミッテのゾフィーエン墓地を歩く

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12月初頭、「壁とベルリン」の最終回で触れた、ゾフィーエン墓地の中に初めて入った時のことを書いてみたいと思います。ベルナウアー通りの壁記録センターに行ったことのある人は多いと思いますが、真向かいのゾフィーエン墓地にまで足を延ばしたという方はあまりいないのではないでしょうか。というのもこの墓地、入り口がわかりにくい。記録センターの角のアッカー通りを200メートル以上歩いて、ようやく入り口が見えてきます。ベルク通りにあるメインエントランスは、さらにそこからぐるっと回らなければなりません。

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この墓地(正式にはFriedhof II der Sophiengemeinde)は、ゾフィーエンゲマインデ(教区)の墓地が拡張する過程で、1852年に造られたのだそうです。何の予備知識もないまま歩いていたら、音楽家の墓が多いことに気付きました。これは作曲家ヴァルター・コロ(1878-1940)の墓。パウル・リンケらと並んで、ベルリン・オペレッタの創始者と言われている人なのだそう。彼の孫にあたるのが、有名なテノール歌手のルネ・コロですね。

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その近くには、やはり作曲家アルベルト・ロルツィング(1801-1851)の墓も。日本ではあまり知られていない人だと思いますが、代表作の喜歌劇「ロシア皇帝と船大工」は、ドイツの歌劇場ではたまに演目に上がります。「ベルリン名誉墓」の印である赤いレンガも下に見えますね。

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その隣には、作曲家ヴィルヘルム・フリードリヒ・エルンスト・バッハ(1759-1845)という長い名前の人物の墓。名前の上には、デカデカと「ヨハン・ゼバスティアン・バッハ最後の孫」。へ~、でもこの人の存在はまったく知りませんでした。

音楽関係では他に、ピアノメーカーBechsteinの創業者カール・ベヒシュタイン(1826-1900)の墓もあるそうで、ゆっくり歩くといろいろ発見がありそうな墓地です。

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さらにずっと歩いて行くと、昔の壁の跡にぶつかります。ここから北駅(Nordbahnhof)方面への眺めが印象的でした。3年前、「時間の止まった場所」として紹介したこの周辺も、壁記録センターの拡張工事に加えて、左端に見えるビルの建設など、その風景は大きく変わりつつあります。

関連記事:
時間の止まった場所(1) - Nordbahnhof - (2006-04-28)
トラムの新路線M10に乗る(2) (2006-07-19)

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by berlinHbf | 2010-01-11 16:08 | ベルリン発掘(東) | Comments(4)

「壁とベルリン」第5回 - WISTAに見る東独の再生例 -

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東独時代、科学アカデミー物理研究所のシンボルだった通称「アカデミーの乳房」。メルケル首相も、かつてこの場所に勤務していた

ベルリンの中心部からSバーンで約30分、旧東地域のアドラースホーフ(Adlershof)は初めて降りる駅だった。戦前からの古い駅舎と工事中の真新しい駅前とのコントラストが印象的だ。多くの学生が向かう方向に歩いて行くと、ヨアヒム・メルケ氏(70歳)が迎えてくれた。先日、あるコンサートでたまたま隣合わせになったことから知り合った同氏は、東独時代、科学アカデミーの広報担当として働いていた。東西統一後も科学ジャーナリストとして活躍した彼が、「東独再生の最大の成功例の1つ」と語ったアドラースホーフのWISTAに私が興味を示したところ、案内していただけることになったのだ。

WISTAとは、「科学・経済の所在地アドラースホーフ」の略語。4,2平方キロメートルの敷地の中に、410の科学系企業、147のメディア関連会社、フンボルト大学の自然科学系の6つの研究所、それ以外の研究機関などが並び、約1万4200もの人々がここで働いている、ドイツでも最大級の学術・テクノロジーパークである。

メルケ氏の車で、WISTAの敷地内を回った。とにかく広いことに驚く。私は日本の学術都市のような人工的な街を想像していたのだが、建物のスタイルが多種多様で、決して無機的ではない。その理由は、この場所の歴史を紐解いてみると見えてくる。

そもそもの出発点は1909年、この敷地にヨハニスタール飛行場が建設され、飛行機の組み立てと整備が行われる重要な基地となったことだ。ナチスが台頭してからは、軍用機開発と戦争の準備のための施設へと姿を変える。第2次世界大戦末期の45年4月23日には、制圧したロシア軍がまさにここから80万もの砲弾を市内に向けて打ち込み、その数日後にベルリンは陥落した。

東独時代は、科学アカデミーの研究センター、国営放送局、シュタージの保安部隊など機密度の高い重要施設が建ち並んだ。物理学者だったアンゲラ・メルケル首相が、かつて勤務していたのもここだ。

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東西統一後、ベルリン市がこのテクノロジーパークの開発に2億ユーロ以上を投資して以来、注目すべき成果を次々と生み出し、アドラースホーフは学術都市としてドイツ内外にその名を知られるようになった。敷地内を巡ると、カラフルなガラス張りの建築がある一方、飛行場時代のレンガ造りの格納庫や、ナチス時代に飛行機の落下を測定するために建てられた石造りの塔(写真左)などが保存されていて、ドイツの技術史を垣間見る思いだ。東独時代に国営放送局があった場所はメディアセンターに生まれ変わり、今年9月の総選挙直前に行われたメルケル首相とシュタインマイヤー外相のテレビ討論もここが舞台だった。


メルケ氏によると、壁の崩壊後、科学アカデミーの解体と再編に伴って、職を失い路頭に迷った人も少なからずいた。だが、そこから注目すべき成功例も生まれているという。

「ゼンテック(SENTECH)」の創始者アルブレヒト・クリューガー氏もその1人だ。1990年、科学アカデミーの物理学者だったクリューガー氏は、ちょうどアメリカ系の会社を解雇されたばかりの西独出身のヘルムート・ヴィテク氏と出会い、光学式の薄膜測定装置を販売する同社を創業した。「ヴィテク氏がマーケティングを担当して私は製品の開発と、役割分担は当初から決まっていました。それは今もうまく機能しています」。いわば東西のコラボレーションから生まれた企業ゼンテック。現在、従業員50人を抱える企業に成長し、その装置は世界中の研究所で愛用されている。
ドイツニュースダイジェスト 10月30日)

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by berlinHbf | 2009-11-03 13:20 | ベルリン発掘(東) | Comments(4)

宮殿と王宮のはざまの時

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Karl-Liebknecht-Str.にて(4月23日)

旧共和国宮殿の解体が昨年末で終わり、しばらく更地の状態が続いていたのですが、先日久々にその横を通ったら、まったく風景が変わっていてびっくりしました。

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鉄骨の廃墟があった場所が、一面緑地になったのです。誰でも自由に出入りできて、日光浴するのも、サッカーをするのもこれまた自由。来年から王宮(フンボルト・フォーラム)の再建が始まるまでの一時的な措置ですが、こういう使い方はうれしいですね。いまのうちにここでごろ寝しておけば、5年後ぐらい経って王宮が完成した時、感慨がより深いかもしれません(?)。

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by berlinHbf | 2009-08-02 12:21 | ベルリン発掘(東) | Comments(4)

シュトラーラウ半島の先端より

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ベルリンにもついに春が到来した。今年の冬は長く厳しいものだったので、例年より感慨も一段深い気がする。昨日はあまりに気持ちのよい天気だったので、午後大勢の人であふれるフリードリヒスハイン公園を一巡りした後、シュプレーに浮かぶ小さな半島Stralauまで足を延ばしてしまった。半島の先端にあるInselparkと呼ばれる公園の遊歩道、そしてここからの眺めは素晴らしかった(おすすめです!)。辺鄙なところかと思いきや、意外に交通の便もよく、104番のバス1本で帰って来られるというのも驚きだった。

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こういう天気の日、以前だとそれでも原稿を書かなければならないという時は泣く泣く家にこもっていたのだが、先月Macbookを購入したおかげで(日本から持って来てくれた弟に感謝!)、基本的にどこでも仕事ができるようになった。新しいカフェを開拓するのも楽しみだし、こんな風景の中に身を置きながら原稿を書けるのかと思うと、ちょっとわくわくする。はかどるか、全くはかどらないかのどちらかもしれないが。

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by berlinHbf | 2009-04-12 12:43 | ベルリン発掘(東) | Comments(2)

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