ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005
by berlinHbf
中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。

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ベルリン更新情報
2011/10/1 up!
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執筆、ガイド、コーディネートなどのご依頼、お問い合わせはこちらまで(これまでの出版・寄稿実績)→
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カテゴリ:ベルリン都市探検(東)
- 発掘の散歩術(20) - 地上防空壕で観る現代アート -[ 2012-03-17 00:09 ]
- 発掘の散歩術(19) -シャルロッテの夢の館 グリュンダーツァイト博物館-[ 2012-02-05 11:54 ]
- 発掘の散歩術(16) - マルツァーンの世界庭園 -[ 2011-11-04 23:57 ]
- 発掘の散歩術(15) -ケーペニックともう1つの「キーツ」-[ 2011-10-11 23:57 ]
- 発掘の散歩術(14) -ミース・ファン・デル・ローエのバースデーパーティー-[ 2011-09-25 10:30 ]
- 発掘の散歩術(12) - 眠りから覚めたシュプレーパーク -[ 2011-07-08 11:31 ]
- 発掘の散歩術(11) - ユダヤのカフェ・ハウスでの時間 -[ 2011-06-02 16:15 ]
- 発掘の散歩術(10) -世界ベスト10に選ばれた絶景トラム-[ 2011-05-16 11:13 ]
- 発掘の散歩術(8) -オットー・ヴァイトと人知れぬ英雄たち(後)-[ 2011-03-21 13:30 ]
- 発掘の散歩術(8) -オットー・ヴァイトと人知れぬ英雄たち(前)-[ 2011-03-10 23:57 ]
発掘の散歩術(20) - 地上防空壕で観る現代アート -

不要となった建物は解体して新しく造り替える。一方、残す価値のある古い建物は修復して大事に使い続ける。程度の違いこそあれ、ドイツでも日本でも、都市の進化の過程においてそれは変わらない だろう。が、例外もある。
フリードリヒ・シュトラーセ駅の西側出口からシュプレー川を渡り、アルブレヒト通りを直進。やがてラインハルト通りの角に、古代の要塞のようにも見える灰色一色の 建造物が、無言の圧力をもって目の前に迫ってくる。通称「帝国鉄道防空壕」。もはや不要だが、取り壊したくてもあまりに頑丈に造られているがゆえに解体不可能な地上防空壕が、ベルリンにはほかにもいくつか現存する。「帝国鉄道防空壕」は、第2次世界大戦中の1943 年、強制労働者を動員して建設された。近くのフリードリヒ・シュトラーセ駅が空爆を受けた際、最大2500人の駅の利用客を収容するのが目的だった。45年5月にソ連赤軍によって接収された後は、戦争捕虜の収容所として使われることになる。東ドイツ時代の57年からは果物の貯蔵施設、壁崩壊後の92年からは半ば不法なハードコアのテクノクラブになるなど、その時々の政治状況を背景に活用されてきた。
数年前、私がこの防空壕を初めて訪れたときは空っぽの状態だったが、しばらくしてから「ボロス・ コレクション」という名の現代アートの展示場に生まれ変わったというニュースを耳にした。しかも大人気でなかなか予約が取れないという。気になったまま時が流れていたのだが、先日ようやく中に入る機会が巡ってきた。
入り口で、まるで人が入ってくるのを拒むかのような重い扉を2つ押し開けて中に進むと、突然真っ 白な空間が開けた。頭上からは別のツアー客の声が聞こえてきて結構賑やか。きれいなロッカーに加 え、テーブルの上にはコーヒーが用意されている。外観とのギャップに驚くほかなかった。

中に入ってすぐ、デンマーク人作家オラファー・エリアソンによる虹色の光が空間を包み込む美しい作品に出会う。ポーランド人作家モニカ・ソスノヴスカのインスタレーションでは、暗いトンネルの中を屈みながら前に進んで行く。 世界的に著名な作家が、この場に密着して制作した作品ばかりとい うから何とも贅沢だ。彫刻、インスタレーション、映像を使った作品などが、3000㎡にも及ぶコンクリートむき出しの空間に並ぶ。
とはいえ、現代アートであるから、にわかには理解しがたい作品も少なくない。階が進み少々疲れてきた頃、ガイドさんが一歩奥へ入った踊り場へ招き寄せ、「ボロスさんが使っているエレベーターです」と言って指し示した。
ボロス・コレクションのオーナーは、アートコレクターであるほか、 広告会社を営んでいるクリスティアン・ボロス氏。彼は防空壕を改造する際、自分と家族のためのペントハウスを屋上に建ててしまったのである。
ボロス・コレクションのアイデアとスケールには半ば呆れるほどだったが、ベルリンのアートシーンはこういう突拍子もない発想をする人物によって常に刺激を与えられているのかと感じ入った。
(ドイツニュースダイジェスト 3月16日)
Information
ボロス・コレクション
Sammlung Boros
内部見学はガイドツアーのみで(英独)、下記HPより事前の申し込みが必要。ただし、30分ごとに行われるツアーは、 定員が最大12人と決まっており、予約は数週間先まで一杯ということも。所要時間は約1時間半。展示品は定期的に差し替えられており、リピーターも多いようだ。入場料は10 ユーロ(割引6ユーロ)。
住所: Bunker, Reinhardtstr. 20, 10117 Berlin
電話番号:(030)2759 4065
開館:金14:00~18:00 土日10:00~18:00
URL:www.sammlung-boros.de
総統地下壕跡
Führerbunker
ベルリンで最も有名な地下壕といえば、第2次世界大戦末期、ヒトラーの命によって総統官邸裏に造られた通称「総統地下壕」だろう。ここに籠ったヒトラーが45年4月30日に自殺するまでの過程は、映画『ヒトラー~最後の12日間~』で描かれている通り。やはり完全には破壊できず、地下部分は今も地中に眠っている。
住所:Gertrud-Kolmar-Str.とIn den Ministergärtenの2つの通りの角に案内板が立っている。
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発掘の散歩術(19) -シャルロッテの夢の館 グリュンダーツァイト博物館-

比較的暖かい冬とはいえ、長時間の散策にはまだ厳しい季節。こんな時は屋内で過ごすに限る。1月のある水曜日、私の中でのとっておきの博物館に行ってみようと思い立った。それが、ベルリンの東の外れ、ヘラースドルフ地区にあるグリュンダーツァイト博物館。
1870年から翌年にかけての普仏戦争に勝利したプロイセンは、フランスから膨大な賠償金を獲得し、空前の好景気に湧いた。グリュンダーツァイトとは、「泡沫会社乱立時代」などと日本語で訳される、いわばバブル期である。工業化に伴い、多くの大企業が設立されたのもこの時代で、街にはゴテゴテと装飾豊かな建物が次々に建てられた。1880年から1900年頃までの住居や家具など生活文化をコレクションしたのが、この博物館だ。
緑に囲まれた昔の農場の邸宅が博物館になっていた。受付で「日本のメディアの取材で」と言ったら、館長のモニカ・シュルツ=プッシュさんが直々に案内してくれた。ドアを開けて最初に入ったのがガルテンザールという部屋。高い天井にガス灯のシャンデリア、得もいえぬ風格の漂う掛け時計に細かい彫刻を施された美しい木の戸棚、壁には皇帝ヴィルヘルム1世の肖像画が……。アンティークの家具に特別の関心がなくても、この部屋を満たす豊かな雰囲気には誰もが感じ入るのではないだろうか。博物館といっても、展示物に説明が書かれているわけではなく、すべてが「そのまま」の状態で置かれているので、今も誰かが住んでいるかのような気配さえ感じられる。


グリュンダーツァイト博物館では目だけでなく、耳をも楽しませてくれる。大きな金属の円盤をはめて鳴らすポリフォン社のディスクオルゴール、さまざまな楽器の音色を出す回転式自動楽器「オーケストリオン」、エジソンが発明した蝋管蓄音機。こういうものを1つひとつ聞かせてくれたのだが、電気テクノロジーが台頭する前に生み出されたこれらの機械からは、素朴でやさしい音が聴こえてきた。
それにしても、これだけのコレクションを一体誰がどうやって集めたのだろう。モニカさんが博物館を創設した人物、シャルロッテ・フォン・マールスドルフのことを話してくれた。「シャルロッテは男性でしたが、女性の心を持っていました」。どういうことかというと、彼は異性装者で、1990年代に出版された自伝「アイ・アム・マイ・オウン・ワイフ」が大きな反響を呼び、やがて演劇化され、世界的に知られるようになったのだそうだ。

(ドイツニュースダイジェスト 2月3日)
関連記事:
(グリュンダーツァイト博物館でエジソン製の蝋管蓄音機を聞かせてもらったばかりだったので、余計感慨深いニュースでした)
鉄血宰相ビスマルクの肉声発見、初めて甦る
【ベルリン=三好範英】19世紀のドイツ統一を導いた鉄血宰相ビスマルク(1815~98年)の肉声を録音した蓄音機のロウ管が米国で発見された。
再生された声は小さく、しわがれているが、鉄血宰相の肉声が120年余りの時を隔て、初めてよみがえった。
2日付フランクフルターアルゲマイネ紙などによると、「肉声」が発見されたのは米ニュージャージー州で保存されている発明王エジソン(1847~1931年)の実験棟内で、木箱の中にロウ管が残っていた。
ビスマルクの肉声録音を巡っては、エジソンの助手が1889年、蓄音機の宣伝のために万博開催中のパリを訪れた際、ドイツにも足を延ばし、同年10月に独北部ハンブルク近郊のビスマルクの自宅で録音したとの記録は残っていた。ただ、録音したロウ管の所在が不明だった。
今回、発見されたロウ管を調べた研究者が録音内容から「ビスマルクの肉声」と断定した。録音は75秒で、74歳のビスマルクはドイツ語の歌に加え、フランス国歌なども歌っている。現存する唯一の肉声とされ、ビルト紙は「驚きの発見」と伝えた。
(2012年2月3日07時28分 読売新聞)
Information
グリュンダーツァイト博物館
Gründerzeitmuseum
東独時代の1960年、シャルロッテ・フォン・マールスドルフことローター・ベルフェルデによってオープンした博物館。このテーマではヨーロッパ最大級のコレクションを誇る。2002年にシャルロッテが死去した後は、友の会により運営されている。S5のMahlsdorf駅から62番トラムに乗り、Alt-Mahlsdorfで下車。基本はガイド付きによる見学で、 希望により英語対応も可能とのこと。
住所: Hultschiner Damm 333, 12623 Berlin
電話番号:(030)567 83 29
開館:水日10:00~18:00
URL:www.gruenderzeitmuseum.de
シャミッソー広場
Chamissoplatz
グリュンダーツァイトの生きた姿を見たいという方にお勧めしたいのが、クロイツベルクの西側シャミッソー広場周辺だ。戦争の被害を受けなかったため、1890年代に建てられた街並みがほぼそのまま残るベルリンでも希有な場所。堂々たる偉容のアパートから街灯、バルコニーの装飾まで見どころは多く、それ自体が博物館のよう。
住所:Chamissoplatz, 10965 Berlin
関連記事:
「オールド・ベルリン」が残る界隈(2) (2005-12-20)
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発掘の散歩術(16) - マルツァーンの世界庭園 -

今年6月、皇太子殿下のドイツ公式訪問の際、「おや」と感じたのが、マルツァーンの保養公園(Erholungspark Marzahn)がベルリンでの日程に含まれていたことだった。日本の皇太子と旧東独の郊外の団地街の象徴であるマルツァーンという組み合わせが、どこか新鮮だったからである。今回皇太子殿下が訪問されたのは、同公園内にある日本庭園。この時期としては異例の陽気に恵まれた10月初頭の日曜日、今までなかなか足を運ぶ機会のなかった「世界の庭園」をじっくり見て回ることにした。
Sバーンのマルツァーン駅から195番のバスに乗って約10分、高層アパートの住宅群を抜けて間もなく、公園の入り口に到着した。マルツァーン保養公園は、まだ東独時代だった1987年に開催されたベルリン造園展覧会をきっかけに、マルツァーン・ヘラースドルフ地区の緑のオアシスとして生まれた。ベルリンの内外に広く知られるようになったのは、中国庭園がオープンし、同時に「世界の庭園」としての歴史が始まった2000年秋以降のことである。

30ヘクタールもの広大な敷地を誇る公園だが、日本庭園「融水苑」は入り口から比較的近い場所にあった。横浜市の寺住職にして庭園デザイナーの枡野俊明氏の監修により2003年に造られた庭園で、全体が過去から未来への時間軸をもって構成されている。中に入り階段を上ると眺望台があり、滝が流れている(過去の歴史の流れを表現)。そこを下りると前庭が見えてきて、「現在」を表しているという建物「如水亭」に入る。そこから臨む枯山水の庭は、現在から未来への展望を象徴しているそうだ。過去から未来までを見据える精神の自在さと「融合すること水の如く、以って和と成す」という庭園全体のテーマが、確かにどこかで重なり合う。日本だったら芝生ではなく苔が生えているだろうなと感じる場所もあったが、細かな相違は別にして、美しく整えられた枯山水を眺めていたら、一瞬ここがドイツであることを忘れそうになった。
とはいえ、「融水苑」は世界庭園の見どころの1つに過ぎない。近くにある韓国庭園では日本との微妙な文化的相違を実感させてくれたし、ヨーロッパでは最大級という中国庭園は数年前「ドイツで最も美しい庭園」のベスト3に選ばれたこともあるそうだ。

ここから西側の端にあるイタリアのルネサンス庭園まで一気に歩いてみた。そばにはIrrgartenという迷路庭園なるものまであって、これは子ども連れの家族でも楽しめるだろう。想像以上に広くて、とても全部は回りきれなかったが、最後にオリエント庭園に入ってみた。回廊の床のモザイクは美しく、庭の中心にある小さな噴水では子どもたちが裸足で遊び、アジアの庭園とは雰囲気ががらっと変わる。どの国の、そしてどの文化の庭園も甲乙つけがたい魅力があった。また、隅々まで手入れが行き届いているのにも感心した。
日本庭園の桜が咲き乱れる頃、マルツァーンをまた訪ねようと思う。
(ドイツニュースダイジェスト 11月4日)
Information
世界の庭園
Gärten der Welt
「地理、宗教、民族など異なる背景を持つさまざまな庭園を体験できるように」という目的から2000年にオープン。本文で紹介した庭園以外にも、バリ島庭園、キリスト教文化をテーマにした庭園などがある。入場料は3ユーロ(11~3月は2ユーロ)。日本、韓国、オリエントの各庭園は4月~10月のみのオープンなのでご注意。
開館:11~2月(9:00~16:00)、3月と10月(9:00~18:00)、4~9月(9:00~20:00)
住所:Eisenacher Str. 99, 12685 Berlin
電話番号:(030)700906 699
URL:www.gruen-berlin.de/parks-gaerten/gaerten-der-welt
中国茶館
Chinesisches Teehaus Berghaus zum Osmanthussaft
中国庭園内にある本格的な中国茶館。約30種類もの中国茶を堪能できるほか、それによく合う焼き菓子も用意されている。天気が良い日は、池に面したテラスがお勧め。近くには中華インビスの“ Tsing Tao Pavillon“ も。世界庭園内には、ほかにもカフェやキオスクなど、一休みできる場所は豊富にある。
営業:4~10月(月~日10:30~18:00)、11~3月(天気の良い週末)
住所:Eisenacher Str. 99, 12685 Berlin
電話番号:(030)700906 699
URL:www.china-teehaus.de
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発掘の散歩術(15) -ケーペニックともう1つの「キーツ」-

ベルリン中央駅から東にSバーンで30分ほど、シュプレー川とダーメ川がちょうど交わる地点に位置するケーペニックは、ベルリン在住の人も「観光」目的で一度は訪れる価値のある町だ。ここには中世の城塞都市だった頃の面影がいまだ濃厚に残っており、シュパンダウと並んで、ベルリンよりも古い歴史を持つ。先日、赤煉瓦の市庁舎を中心とした旧市街の散策を楽しんだ後、ケーペニック宮殿がある南側の島を初めて訪れてみた。すでに7世紀頃からスラブ人がここに城塞を構えていたというケーペニックの原点の地である。
バロック様式の宮殿は比較的最近修復されたばかりで、内部も大変美しく見応えがあったが、こちらが心配になってしまうほどの閑散ぶりである。訪問者よりも、各階の職員の方が多いほど。せっかく素晴らしいロケーションにあるのだから、もう少し人を呼べないものかと思う。

宮殿の裏手は英国風の庭園になっており、湖と見紛うほど川幅の広いダーメ川が眼前に迫る。水のある風景は、やはりどこか心を広々とした気分にさせてくれる。東側の対岸を望むと、背の低い民家が並び、ボートや小舟が浮かんでいた。実は、ここを訪ねることが今回のケーペニック行きのもう1つの目的だった。
当連載の第1回目のタイトルが「『キーツ』の原点を訪ねて」だったのを覚えておられるだろうか。「スラブ人の漁村集落」を元々の意味とする「キーツ」。それが地名として残っている場所がケーペニックにもあるという。ケーペニック宮殿から徒歩5分、ダーメ川の東岸に延びる「キーツ(Kietz)」という通りである。

1240年、ドイツのアスカーニエン家が新しい城塞を建てると、それまでそこに拠点を構えていたスラブ人は追われ、一部が近くに漁村集落を形成するようになったという。実際、この「キーツ」の中に入ってすぐ、どこか心が和んでくるのを感じた。平屋、せいぜい2階建ての背の低い古い家屋が多く並び、19世紀末以降の高さが統一されたアパートが整然と並ぶ住宅街とは、明らかに趣を異にしているからだ。窓枠にかわいらしい装飾が見られたり、入り口のドアの上に魚の形を模した真鍮板が飾られていたりして、1つひとつの建物に個性が感じられる。とはいえ、通りの長さはせいぜい250メートルぐらい。あくまで漁村のスケールである。17世紀の30年戦争で部分的に被害を受けたものの、このキーツの規模は何世紀もの間大きく変化することはなかったという。1743年の時点で、ここには31軒の住居があり、同通りの27番地や19番地の建物はその当時に造られたもの。通り全体が貴重な文化遺産でもある。
興味深いのは、このキーツでは19世紀末まで自治が営まれていたことだ。これは、キーツごとに独自のミニコミ紙が作られていたり、地域のお祭りが行われたりする現代のベルリンのキーツの精神と、どこか重なり合うような気がした。
(ドイツニュースダイジェスト 10月7日)
Information
シュロスプラッツ・ブラウエライ・ケーペニック
Schlossplatzbrauerei-Coepenick

宮殿前広場にある「ドイツ最小の醸造所」。ガラス張りの小さな建物の前には常に人が集まっている。ヘレス、ドゥンケルのほか、フルーティーでぴりっとした味わいのキルシュ・チリビア、薫製の味が独特なラオホビアなど、どれも新鮮で美味しい。昼間は広場に食べ物の屋台が出ており、外のベンチで飲食することもできる。
開館:月~日12:00~
住所:Schloßplatz Köpenick, 12555 Berlin
電話番号:(030)420 968 76
www.brauhaus-coepenick.de
ケーペニック宮殿
Schloss Köpenick

現在のバロック様式の宮殿は、初代プロイセン王のフリードリヒ1世がまだ公子だった17世紀後半に建設された。現在はプロイセン文化財団が運営する工芸博物館になっている。ルネサンスからロココまでの遺産を収めたベルリンのもう一つの「博物館島」でもある。庭園に面したカフェSchlosscaféは、水辺への眺めもよく、一休みするには最適。
営業:火~日10:00~18:00
住所:Schloßinsel 1, 12557 Berlin
電話番号:(030)266 42 42 42
www.smb.museum
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発掘の散歩術(14) -ミース・ファン・デル・ローエのバースデーパーティー-

アレクサンダー広場からトラムのM4に揺られること約25分。ヴァイセンゼーという湖を過ぎて間もなく、ブッシュ・アレー/ハンザ通りという停留所で降りた。普段ベルリンの西側に住んでいる私にとっては、同じ市内とは言え、ここまで来るとさすがに遠くに来た感を抱かせる。このホーエンシェーンハウゼン地区には、つい20年ちょっと前まで秘密警察シュタージの刑務所があった。そんな過去も、実際の距離以上に「遠さ」を感じさせる要因になっているかもしれない。
今歩いている辺りには、2つの小さな湖が双子のように並ぶ。1つはオランケゼーで、これは氷河時代に自然生成された湖。通り1つ隔てたオーバーゼーは、19世紀末にビール会社が窪みに水をたくわえて造ったという人工湖だ。周辺はごく普通の住宅街だが、東独時代はシュタージの関係者が多く住み、その特徴として呼び鈴のネームプレートが必ず白紙になっていたそうだ。一般市民は安易に立ち寄れない場所だったのだろう。
夕暮れ時、そんなぞっとする歴史を持つ住宅群の向こうから、とてつもなく陽気な音楽が鳴り響いてきた。発信源はオーバーゼーの畔に立つミース・ファン・デル・ローエ・ハウス(通称レムケ邸)。今年生誕125周年を迎える同名の建築家の「バースデーパーティー」が行われると聞いてやって来たのだ。

目の前で、比較的年配の男女がブギウギのリズムに乗り、両手を派手に動かしながら踊っている。その奥の芝生では人々がピクニックのようにくつろいでいる。アットホームな雰囲気が心地良い。ノリノリで踊っている中に日独協会のシュミットさんのお顔を見付けた。私たちに気付くと、レムケ邸のことを少し教えてくれた。
ミースはナチス台頭後の1938年にアメリカに亡命。レムケ夫妻は1945年までこの家に住んでいたが、戦後はソ連に接収され、1960年代から壁崩壊まではシュタージ関連の施設として利用されていたという。統一後、市民活動によってホーエンシェーンハウゼン区に買い取られ、現在は税金と友の会の募金で運営されているそうだ。

「Mies 125」というかっこいいロゴが入った大きなじょうろを持っている人を何人か見かけた。これは20ユーロで購入でき、そのうちの何割かが募金に回されるそうだ。「なんでじょうろなの?」とも思ったけれど、じょうろで庭の草木に水をやるように、時間を掛けてレムケ邸とそこでのアートを育ててきた地元の人たちに敬意を感じて、1つ持って帰った。
(ドイツニュースダイジェスト 9月16日)
Information
ミース・ファン・デル・ローエ・ハウス
Mies van der Rohe Haus
ミースが亡命前最後に手掛けた邸宅でもある。東独時代に何度も改築されたが、2000~02年にかけて、建物と庭はオリジナルの設計図に沿って造り直された。この空間に調和する作家の展覧会が定期的に開かれており、11月27日までユルゲン・パルテンハイマー展が開催される。入場無料。晴れた日は庭園の散歩も気持ちがいい。
開館:火~日11:00~17:00
住所:Oberseestr. 60, 13053 Berlin
電話番号:(030) 970 006 18
URL:www.miesvanderrohehaus.de
新ナショナルギャラリー
Neue Nationalgalerie
ベルリン市内でミースの建築を味わうなら、やはりこちら。1968年ミース晩年の作品で、巨大な鉄骨の天井を側面の軽やかなガラスが支えているかのように錯覚させるモダン建築の傑作。現在はマックス・ベックマンの自画像展が開催中で(10月3日まで)、11月からは1945~68年の作品の常設展が予定されている。
営業:火水金10:00~18:00、木10:00~22:00、土日11:00~18:00
住所:Potsdamer Str. 50, 10785 Berlin
電話番号:(030) 266 424242
URL:www.neue-nationalgalerie.de
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発掘の散歩術(12) - 眠りから覚めたシュプレーパーク -

ここは「かつて」遊園地だった場所なのである。5月末、ベルリンの演劇シーンをリードするHAUことヘッベル劇場の企画「Lunapark Berlin」で、トレプトウ地区にある「シュプレーパーク」が長い眠りから覚めた。
シュプレー川に面した89ヘクタールの広大な森、プレンターヴァルトの北側にあるアミューズメントパークの歴史は東ドイツ時代にさかのぼる。1969年、東独唯一の常設遊園地である、クルトゥアパーク(文化公園)・プレンターヴァルトがオープンした。西側のテーマパークに比べると、アスファルトがむき出しのシンプルな外観だったそうだが、高さ45メートルの観覧車といった目玉のアトラクションが人々を引き寄せ、年間170万人が訪れたという。
1990年からは西独出身の経営者が引き継ぎ、シュプレーパークと名前を変えて再出発。観覧車の下のアスファルト部分を池に造り替え、さらにローラーコースターや西部劇村などが加わって、よりテーマパークらしくなった。一方で、90年代後半以降の経営は借金との戦いになり、訪問客も年間40万人にまで落ち込んだ。2001年、シュプレーパークは倒産、経営者たちはペルーに夜逃げした。


シュプレーパークの将来はいまだ白紙だという。この場所の将来を考えることは、ベルリンの未来を問うことでもある。
(ドイツニュースダイジェスト 7月8日)
Infornation
シュプレーパーク
Spreepark
通常は中に入れないが、実は定期的に内部見学ツアーが行われている。旧シュプレーパーク入り口が集合場所で、約2時間ガイドの説明と共に、廃墟と化した遊園地をじっくり歩いて回る(要予約。参加費は15ユーロ。ツアーは基本的に週末に開催されるが、日程の詳細は以下ウェブサイトをご参照下さい)。
住所:Kiehnwerderallee 1-3, 12437 Berlin
電話番号:(0176)831 43 138
URL:www.berliner-spreepark.de
ヘッベル・アム・ウーファー
Hebbel am Ufer (HAU)

住所:Hallesches Ufer 32, 10963 Berlin(チケットオフィス)
電話番号:(030)259004 0
URL:www.hebbel-am-ufer.de
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発掘の散歩術(11) - ユダヤのカフェ・ハウスでの時間 -

Sバーンのオラーニエンブルガー通り駅からトゥホルフスキー通りを北に向かって歩き、アウグスト通りを越えると、白黒の独特の字体で「Beth-Café」と書かれた看板が右手に見えてくる。入り口前には柵が立てられ、その横には常に警官が構えているため、この前を通る時はいつもどこか緊張する。何も知らなかったら、警官の視線を感じながら敢えてその横のカフェに入ってみる気にはそうならないだろう。
「Beth」は、ヘブライ語で「家」を意味する。つまり、ユダヤの「カフェ・ハウス」だ。ユダヤ教の中にもいろいろな流れがあるが、モーゼス・メンデルスゾーンらの改革派の波に反抗し、1869年に設立された厳格なイスラエル・シナゴーグ教区(Adass Jisroel)の建物がカフェに隣接している。この正統派の教区が運営するカフェとして、1991年にオープンしたのが「Beth-Café」である。ゆえに、ここで提供されるすべてのメニューは、ユダヤ教の食事規定を指す「カシュルート」によって作られているそうだ(ちなみに改革派は、すでに100年以上昔にこの規定を廃止している)。
このように紹介すると、ほとんどあらゆる食文化を受け入れてきた日本人はますます「Beth-Café」に入りづらくなってしまうかもしれないが、これも経験、一歩中に足を踏み入れてみてはどうだろう。私はすすけた外観からは予想できない、落ち着いた空間が待ち受けていることに新鮮な驚きを感じた。どこか憂いのあるユダヤの音楽が店内に流れ、キッパと呼ばれる帽子のようなものを被った父と子も見かけた。時折、年配のウェイトレスが慎ましやかにそばを通り過ぎる。メニューにはKnischesと呼ばれるひよこ豆のクリームやファラフェルなどが並び、デザートのBeth-Café Cremeは、日本のカスタードプリンにも似て美味だった。

このカフェの周辺からアレクサンダー広場までの一帯は、今でも「ショイネン(穀倉)地区」と呼ばれることがある。ナチスによるユダヤ人排斥が始まる前まで、ここは特に東方からのユダヤ人が密集して住む貧しいエリアだった。1920年代にジャーナリストとしてベルリンに滞在した作家ヨーゼフ・ロートは、この地区のヒルテン通りを指して「世界中どこを探してもこれほど物悲しい通りはない」(『放浪のユダヤ人』〈鳥影社。平田達治訳〉)という印象を残している。
「Beth-Café」を出て、アウグスト通りを東に歩いてみた。現在はギャラリーが多く並ぶ人気の通りだが、ここにもユダヤ人の影があることを私は大分後になって知った。かつて住んでいたユダヤ人がそこを追われ、所有主が分からなくなっていた状態の空き家に、東西統一後、アーティストが不法に住み着いて、活動を始めたのが、そもそもの発端なのだそうだ。
ナチスによってほとんど根こそぎ奪われた、ベルリンのユダヤ文化の何がしかを私は「Beth-Café」の中に感じたが、同時にまたユダヤ人の施設というだけで、常に警備を付けなければならない現実も思い出し、何とも複雑な気持ちになった。
(ドイツニュースダイジェスト 6月3日)
information
ベート・カフェ
Beth-Café
スープ、サラダ、コーヒーからワインなどのアルコール類、ここで取り扱われているユダヤの食材に至るまで、「カシュルート」に基づいており、いろいろ試してみるのも興味深い。奥には夏場に開放している美しい中庭があり、ここで過ごす時間も良い。やはり安全上の理由からか、店内は撮影禁止となっている。
営業:日~木11:00~20:00、金11:00~17:00
住所:Tucholskystr.40, 10117 Berlin
電話番号:(030)282 3135
新シナゴーグ
Neue Synagoge
もともとは1861年に完成したドイツ最大のシナゴーグ。ナチスによる「水晶の夜」事件で放火され、現在は一部しか残されていないが、ベルリンのユダヤ文化を知る上で必見の場所であることに変わりない。ユダヤ・センターとして、常設展のほか、定期的に企画展を開催。戦前、かのアインシュタインがここでヴァイオリンを演奏したこともある。
開館:日月10:00~20:00、火~木10:00~18:00、金10:00~17:00
(10~3月の開館時間は下記URLを参照)
住所:Oranienburger Str.28-30, 10117 Berlin
電話番号:(030)8802 8300
URL:www.cjudaicum.de
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発掘の散歩術(10) -世界ベスト10に選ばれた絶景トラム-

「雑誌『ナショナルジオグラフィック』が選ぶ『世界のトラムベスト10』に、ベルリンの路線がランキング入りしたんです」。最近、ある方からこんな情報を教えてもらった。早速、同社のHPにアクセスしてみたら、トロント、サンフランシスコ、香港、リスボンなど名立たるトラムの都市の路線に混じって、ベルリンの68番が8位に入っているではないか。この路線には数年前に乗ったことがあるのだが、天気の良い日を選んで、改めて乗りに出掛けることにした。
参照:
Top 10 Trolley Rides (National Geographic)

中央駅からSバーンで東に30分ほど行くと、ケーペニック駅に着く。ここが68番トラムの始発点だ。いきなり乗ってもいいし、まずは歩いてみてもいい。駅から延びる長い通りを左に折れ、橋を越えるとケーペニックの旧市街が見えてくる。ケーペニックはシュプレー川とダーメ川が交わる地点に位置し、実はベルリンよりも公式の起源が数10年ほど古い。スラヴ人の漁村、そして城塞都市の名残が随所に残り、シュパンダウと並んでベルリンではほぼ唯一、中世の息吹が感じられる街かもしれない。この魅力的な水都は別の機会に改めて取り上げるとして、市庁舎前からいよいよ68番に乗り込んだ。
平日も休日も1時間に3本走るこの路線、乗車率はなかなか良い。旧市街に別れを告げると、2両編成の電車はダーメ川に沿って走る。この辺りはまだどこか工業地帯のようでもあり、交通量も多く、街中を走っているという感覚から抜けることはない。電車は一旦右に折れ、Sバーンのグリューナウ駅に立ち寄る。松の木の森を駆け抜けて、再びダーメ川が見えてくると、今度は風景が一変していた。隣の道幅はぐっと狭くなり、森と水の風景が同時に展開する。向こう側にはヨットの姿も視界に入り、何とも心が晴れ晴れとしてきた。「グリューナウ水浴場」という名の停留所も過ぎたが、ここは夏になったらさぞ行楽客で賑わうのだろう。

カロリーネンホーフという小さな集落を過ぎ、再び森の中を抜けると、終点のアルト・シュメックヴィッツ(Alt-Schmöckwitz)に到着した。停留所の裏手にはかわいらしい教会が構え、5分も歩けばダーメ川とゼディンゼーという湖に架かる橋が見えてくる。ここからの眺望がまた素晴らしい。その奥には人工のビーチも見えた。ケーペニックから水辺の村を結ぶ約30分の小さな旅、世界のトラムベスト10に選ばれるだけの魅力的な路線だということは、十分納得できた。

ところが、68番トラムの将来は決して安泰ではないのである。この路線の歴史は意外に古く、創業は99年前。今まさに大規模な改修工事が急務とされている。だが、ベルリン交通局は利用客が少ないグリューナウからアルト・シュメックヴィッツまでの南側の部分について、工事の甲斐はないとし、数年前から廃止を検討している。この部分こそがもっとも風光明媚なのだが……。一方で、地域住民の廃止反対の声も強く、4月上旬、彼らは7.5キロの「人間の鎖」を作って、抗議の意志を示した。
果たしてどうなるのだろう。創業100周年を迎える来年、この愛すべき路線が乗客を乗せて走り続けていることを願うばかりである。
(ドイツニュースダイジェスト 5月6日)
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ケーペニック ツーリストインフォメーション
Touristinformation Köpenick
ケーペニックに来たら、旧市街にあるツーリストインフォメーションを最初に訪ねてみてはどうだろう。「ケーペニックの大尉」事件で有名な赤煉瓦の市庁舎の裏手、王宮広場に面しており、各種観光情報を入手できる。旧市街一体は歴史的な街並みもよく保存されており、ベルリン在住者でも観光気分を味わえること間違いなし。
営業:月~金9:00~18:30、
土10:00~16:00(10月~4月は、土は13:00まで)
住所:Alt-Köpenick 31-33, 12555 Berlin
電話番号:(030)655 7550
URL:www.berlin-tourismus-online.de
カフェ ムッター・ルスティヒ
Café Mutter Lustig
旧市街の南端にあるカフェ。目の前にダーメ川の漁村、右手にはケーペニック城が望める絶好のロケーションにある。天気の良い日にはオープンカフェにもなり、水辺でのんびりとくつろぐ人々の姿が見られるだろう。飲み物のほか、フラムクーヘンやニシンの料理など、しっかりとした食事をすることもできる。
営業:冬期11:00~19:00、夏期11:00~22:00
住所:Müggelheimer Str. 1, 12555 Berlin
電話番号:(030)7439 1357
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発掘の散歩術(8) -オットー・ヴァイトと人知れぬ英雄たち(後)-

(大分時間が空いてしまいましたが、オットー・ヴァイト盲人作業所博物館の話の後編をお届けします。前編はこちらよりどうぞ)
当時の工房の様子が再現された部屋を抜け、トイレと物置だった部屋を過ぎると、最後の4部屋に行き着く。思わずはっとした。ここだけは改装をまったく施さない状態で残してあったからだ。「幸運な救出」という部屋では、最終的に大戦を生き延びたごくわずかな生存者のことが紹介されていた。その1人、インゲ・ドイチュクローンという女性は、ヴァイトが偽名を使った労働証明書を発行したため、収容所送りを免れたという。
最後の部屋では救出に失敗した事例が紹介されていた。例えばホルン一家をヴァイトはこの部屋の奥に匿ったが、後にゲシュタポに見つかり全員がアウシュヴィッツに送られ殺害された。洋服ダンスにカモフラージュされたその奥には、彼らが不穏な日々を送ったであろう小部屋が隠れていた。この前に立って感じた気分はうまく言葉にできない。

帰り際、博物館で働くジョイア・カルナーゲルさんが、いくつか印象に残る話を聞かせてくれた。
「この場所を博物館として保存しようとする動きが出てきた時、大きな役割を担ったのが生存者のドイチュクローンさんです。彼女が奥の部屋を見て、『昔と何も変わっていないわ。この部屋は改装しないで残してほしい』と言ったので、そのまま保存することになったのです」
「え?ドイチュクローンさんは今もベルリンにお住まいなのですか?」
「ええ、88歳になりますが、信じられないくらいパワフルな女性です。今でも時々生徒のグループを連れて、ここを案内していますよ」。
大通りに出ると、見慣れた風景がいつもと違う色合いを帯びていた。勇気ある者の尽力によって生き延びた1人のユダヤ人女性が今もベルリンのどこかで元気に生活している。そう思うと、少しは救われる気持ちだった。機会があれば、ドイチュクローンさんにお会いしてみたい。
(ドイツニュースダイジェスト 3月11日)
Information
オットー・ヴァイト盲人作業所博物館
Museum Blindenwerkstatt Otto Weidt

開館:10:00~20:00
住所:Rosenthaler Str. 39, 10178 Berlin
電話番号:(030)285 99 407
URL:www.museum-blindenwerkstatt.de
記念館「人知れぬ英雄たち」
Gedenkstätte Stille Helden
ハウス・シュヴァルツェンベルクの入り口を入ってすぐ左手の2階にある、2008年にオープンした新しい記念館。「オットー・ヴァイト」と同じくドイツ抵抗運動記念館が運営しており、ナチス支配下の時代、ユダヤ人を救おうとした無名の英雄たちに焦点を当てている。数々の「シンドラー」とここで出会えるはずだ。こちらも入場無料。
開館:10:00~20:00
住所:Rosenthaler Str. 39, 10178 Berlin
電話番号:(030)23 45 79 19
URL:www.gedenkstaette-stille-helden.de
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発掘の散歩術(8) -オットー・ヴァイトと人知れぬ英雄たち(前)-

Sバーンのハッケシャー・マルクト駅から徒歩2分ほど、ローゼンターラー通り39番地にその場所はある。ハッケシェヘーフェとローゼンヘーフェという観光客がひっきりなしに集まる小綺麗なスポットに挟まれたこの入り口には、しかし同様に人の往来が途絶えることはない。壁にびっしりと描かれた落書きに興味本位からカメラを向ける若い観光客、そして頻繁にやって来るガイドツアーのグループ。とにかく何かが「におう」場所であることは多くの人が感じている。
入り口から中庭に抜けると、一気に数十年ぐらい時代をさかのぼった感覚を味わうだろう。外壁のはがれ具合はこの建物が歩んできた歴史を物語る。小さな映画館、ギャラリー、クラブなどを収容するこの「ハウス・シュヴァルツェンベルク」は、現在文化財に指定されており、華やかなこの界隈の中であえて改装せずに残してあるのだ。

オットー・ヴァイト盲人作業所の博物館は、その中庭の一角にある。階段を上って2階に行くと、外観とは打って変わってきれいに改装された空間があった。ドイツ人のオットー・ヴァイト(1883〜1947)は、ほぼ全盲になった後、ほうきやブラシを製造する小さな工房を創業した。時はすでにナチスによる反ユダヤ人政策が着々と進められていたが、1940年に工房がローゼンターラー通り39番地のこの地に移ってからも、反ナチの彼は主として盲目と耳の聞こえないユダヤ人約35人を雇い続けた。当然大変なリスクを伴う行為だったが、納入先の中には国防軍もあったため、ヴァイトは「国防上重要な」製品を作っているからと主張し、時にはゲシュタポに賄賂を手渡して、ユダヤ人の同僚が強制収容所に送られるのを防ごうとした。1942年以降、ついにこの工房のみならず、ベルリンの多くのユダヤ人が中継収容所のテレージエンシュタットに送られるようになる。ヴァイトはそれでも、収容所に物資を送るなどして、彼らを救うためにあらゆる手段を講じた。(つづく)
(ドイツニュースダイジェスト 3月11日)

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