ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005
by berlinHbf
中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。

『素顔のベルリン 過去と未来が交錯する12のエリアガイド 』
¥1,575
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地球の歩き方シリーズ初、待望のベルリンガイドブック誕生!比類なき歴史を抱えつつ、明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。「ドイツで最もドイツらしくない」といわれるこの町の知られざる魅力を、現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介。
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豊富なビジュアルとドイツ語フレーズを楽しめる1冊。基本のあいさつ表現から、街にまつわるドイツ語豆知識まで、ガイドブックとともに旅に役立つ会話集です。

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¥380(毎月18日発売)
NHK出版
前期(4〜9月)は水と緑の美しいドイツ第2の都市ハンブルクが舞台。テキストの読み物で「ハンザ都市を巡る」を連載中。5月号ではハンブルク(後編)を取り上げています。
ベルリン更新情報
2011/10/1 up!
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執筆、ガイド、コーディネートなどのご依頼、お問い合わせはこちらまで(これまでの出版・寄稿実績)→
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カテゴリ:ベルリンを「観る」
- 「ベルリン パノラマ写真展 1949-1952」[ 2009-02-13 12:37 ]
- 映画「ベルリン・フィル 最高のハーモニーを求めて」[ 2008-11-22 23:43 ]
- 「4つのベルリン」展[ 2008-11-17 01:23 ]
- 映画「帝国オーケストラ」ディレクターズカット版を観て[ 2008-11-05 19:58 ]
- エフゲニー・ハルデイ展 - 「帝国議会の赤旗」の写真家 -[ 2008-07-23 22:14 ]
- 映画「ベルリン―5月1日」[ 2008-02-11 13:51 ]
- 映画「エーミールと探偵たち」(1931)[ 2008-01-31 14:56 ]
- 「ベルリン 大都市交響楽」(1927)[ 2007-08-16 13:44 ]
- ビリー・ワイルダーの「ワン・ツー・スリー」(1961)[ 2007-04-11 12:36 ]
- 「善き人のためのソナタ」(2006)[ 2007-03-12 01:21 ]
「ベルリン パノラマ写真展 1949-1952」

ベルリンに住んでいるとこの町ならではの展覧会に出くわすことが少なくないのですが、これは最近観た中でも白眉と言えるものでした。クロイツベルクのBerlinische Galerieで開催中のSO WEIT KEIN AUGE REICHT (BERLINER PANORAMAFOTOGRAFIEN AUS DEN JAHREN 1949 - 1952)です。
ユダヤ博物館から徒歩5分の距離にあるBerlinische Galerieは、私の好きなギャラリーの1つ。ギャラリーといっても、規模と内容からから見てもう立派な現代美術館です。その内部の一角、大きな長方形の部屋一杯に、戦後間もない時期に撮影された東ベルリンのパノラマ写真が展示されているのですが、これがただのパノラマではありません。まず1つ1つのサイズがとんでもなく大きい。入り口の壁に、約25メートルに渡って飾られている1枚の(!)写真にまず圧倒されました。フリードリヒスハインの労働者街、Fruchtstraßeのある日の日常がそっくりそのまま目の前に現出しているのです。アパートに戦争の傷跡が生々しく残る風景をゆっくり観察しながら、右から左へ歩いていくと、まるで自分がその時代にいるかのような錯覚にとらわれます。

実はこれら、Fritz Tiedemannという写真家が東ベルリンの当局から委託を受け、1949年から52年にかけて大判カメラで撮影した純粋に記録用の写真です。その数は約1500枚。60年近くの月日を経て、写真家Arwed Messmerがこれらの写真を組み合わせデジタル加工し、1枚1枚に仕上げたのが本展覧会の写真というわけです。その労力には拍手を送りたくなります。
なるほど、そういうことを知ると、確かに写真をよく見ると不自然な面があります。連続撮影ゆえ、1枚の写真に同じトラムが2台写っていたりする。それに、展覧会のサブタイトル通り、「人間の視界はこんなに広くない」。
ベルリンの古い写真は好きでよく見ますが、そのどれもが見たことのない風景ばかりでした。1953年の暴動で黒焦げになる前のコロンブスハウスから見たポツダム広場とライプチヒ広場のパノラマ。今と区画が全く違う市庁舎前の通りの風景。ヴァルター・ウルブリヒトスタジアムを建設中のショセー通り。王宮が取り壊された翌年のドーム周辺の風景は、共和国宮殿が解体されたばかりの現代の風景とだぶります。それにしても、観光客であふれる今と違ってどこも人通りが少ないこと。
カタログも出版されていますが、この迫力は本のサイズでは伝わらないでしょう。写真の持つ記録の力のすごさというものを思い知らされた展覧会でした。本来は今週末までの展覧会でしたが、会期が延長されて2月22日までとなったので興味のある方はぜひ。
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映画「ベルリン・フィル 最高のハーモニーを求めて」

「帝国オーケストラ」は時代背景についての知識があるとより興味深い映画だが、こちらは説明不要というか、音楽が好きな方にまずはともあれ観ていただきたい。2005年秋のベルリン・フィルのアジアツアーに密着したドキュメンタリーで、北京、ソウル、上海、香港、台北、東京へと移動する過程で、この名門オケの内部事情が克明に描かれる。まずびっくりするのは、慌しいツアーの中、ラトルや有名な音楽家から驚くほど本音のコメントを引き出していること。これはやはり実際に見ていただくほかないと思う。
ベルリン・フィルのすごい演奏を目の当たりにする時、「ここまで個々の技術が卓越しているオーケストラが、決して個を埋没させることなく、なぜかくも美しいハーモニーを奏でられるのか」といつも不思議に思うのだが、個人として、同時に集団(オケ)の一員としての彼らの心のせめぎあいをここでは垣間見ることができる。音楽界ではエリート中のエリートのベルリン・フィルの団員も(そしてラトルも)、どこかで悩み、心の葛藤があり、それでも日々成長しようと努力している。そのことがわかっただけでも、この映画を見る価値はあった。「オケで演奏することは本当に楽しい。だがそれは、個の人間として機能できての話だ」(ゲッツ・トイチュ)。音楽に限らず、組織の中で働いている人は誰でも、共感できる言葉に出会えるのではないだろうか。
もともとベルリン・フィルのファンだという人は、おなじみの奏者が次々に出てくるのでときめきを感じるはず。R.シュトラウスの《英雄の生涯》、ベートーヴェンの《英雄》、アデスの《アサイラ》などの演奏シーンも迫力十分。インタビューに答える女性奏者はなぜか美しい方ばかりで、そういう意味でも楽しめるかと^^;)。
渋谷ユーロスペースでのこの連休中の上映には、ベルリン・フィルのメンバーも舞台挨拶に見えるそう。足を運ばれてみてはいかがでしょうか。

ベルリン・フィル 最高のハーモニーを求めて(公式サイト)
東京・渋谷ユーロスペース
11/15(土)~
☆ベルリン・フィルメンバーによる舞台挨拶あり(予定)
11月23日(日)・24日(月/祝)両日ともに 16:20の回上映終了後、18:45の回上映前
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「4つのベルリン」展


1人目はTheodor Karl Löberという人が、1950年代から60年代初頭にかけて東で撮ったもの。戦争の瓦礫の除去作業がいかにものすごかったかがわかる。この写真は、大改造が始まる前のスターリン・アレー(現在のカール・マルクス・アレー)の様子。1962年のアレクサンダー広場のパノラマ写真も面白かった。

2人目は昨年ご紹介したウド・ヘッセ。80年代初頭の東の日常風景がつづられる。この壁の写真が一体どういう運命を辿ったのかについては、以下の記事をご覧ください。
参照:
壁とタイムカプセル (2007.10.04)


3人目は壁崩壊後の1994年から96年にかけてUlrich Wuestが撮った、人の気配が皆無の写真群。その多くが壁沿いの無人地帯で撮影されたもので、もはやほとんどが失われた風景となった。なかなかシュール。

写真展は来年1月18日まで。入場無料です(開館は毎週土曜と日曜の11時~20時)。ブランデンブルク門のすぐ横なので、よかったらお立ち寄りを。特にこの街に住んでいる人にはぜひ観ていただきたいです。
Ausstellung im Haus der Commerzbank am Brandenburger Tor, Pariser Platz 1
12. November 2008 bis 18. Januar 2009, Sa / So, 11 – 20 Uhr
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映画「帝国オーケストラ」ディレクターズカット版を観て

これは「第三帝国下のベルリン・フィル」というテーマで描いた、エンリケ・サンチェス=ランチ監督によるドキュメンタリー作品で、2007年のベルリン・フィル125周年に合わせて作られた。ドイツではすでに一般公開もされ、私も一度観ている。今回改めて鑑賞したのは、日本公開用に合わせて編集され直したというディレクターズカット版の方。
ナチス支配下のベルリン・フィルという主題では、これまで多くが語られ、また著作もたくさん出ている。だが、ほとんどの場合、その中心にいたのは当時首席指揮者だったフルトヴェングラーだ。著作によっては、作者の勝手な主観や思い込みによって歪められているものもある。この映画では、フルトヴェングラーが指揮している記録映像は何度も出てくるが、それ以外でこの人物が表に出てくることは一切ない。代わりに主役となっているのは、当時の異常な状況下で音を奏で続けたオーケストラのメンバーである。
1933年、ベルリン・フィルは未曾有の財政危機から脱するため、ゲッベルスにより国有化され、その管轄下に置かれた。映画はそこから始まる。解体の危機からは免れたものの、それ自体が一つの小宇宙とも言える名門オーケストラの内部は、錯綜した状況にあった。身の危険を感じていたユダヤ人音楽家、団員の中にわずかながらもいた危険なナチ党員、その他大勢の団員たち。彼らが何を感じ、苦難の時代をどのように生きたか、またどのような結末が待っていたのか。関係者の証言と当時の豊富な映像資料によって話は進行していく。
この映画において主人公と呼べる人物が2人いる。1人は元コンサートマスターのハンス・バスティアン(現在96歳!)。どことなく気弱く、芸術家らしい繊細さを感じさせる人物。「私たちは政治的には子供だった」。当時のことを静かに語るその口調は、時に苦渋がにじみ出る。
映画の序盤、彼が語る中で印象に残ったのは、フィルハーモニーのホール内部に飾られていた作曲家の肖像から、メンデルスゾーンのものが突然外され愕然としたというエピソードだ。やがてドイツが破滅への道に突き進む、恐ろしい段階性への萌芽が、すでにこの時点で見て取れる。映画ではその後、ベルリン・フィルが舞台に立つ「帝国文化院」の式典の壇で、露骨な反ユダヤ主義の方針を唱えるゲッベルスの映像が流れる。若いバスティアンは「衝撃を受けた」と語る。当時、そのすぐ後ろで演説を聞いていた団員の大部分も、「これはとんでもない事態になりつつある」と戦慄を感じたに違いない。歴史に「たられば」はないのかもしれないが、今にして考えれば、ベルリン・フィルはこの時期が1つの分岐点だった。名コンサートマスターのゴールドベルクなど団員の中にはユダヤ人もいた。何らかの形で権力者に対して抵抗を示す手段はなかったのだろうか・・・。
「自分だったら、どうしただろうか?」(ランチ監督)。この作品はただの音楽映画ではない。現代に生きるわれわれにも、切実な問いを投げかけてくれる。

生存する数少ない当時の団員の他、その子息らのインタビューも織り込まれる。当時子供だった彼らが、「今となってはそうだったかもしれない」と、どこかで異変を感じ取っていた戦争中の日常も興味深い。そうそう、ベルリンの戦争回想録を読むと、ほぼ必ずといっていいほど登場するコーヒーの話もやはり出てきた。「ベルリンでは、コーヒーはダイヤモンドに匹敵したよ」(バスティアン)。
やがて空爆が激しくなる戦時下といえども、人々には日常があった。そして驚くべきことに、コンサートは場所を変えて終戦間際まで続けられた。戦時下のコンサートというのは、例えばこういうものだったらしい。空襲の起きる時間を避けるため、開演時間が早められた。演奏中、空襲警報が鳴ると音楽は中断。その場にいる人は全員避難する。空襲が去ると、中断された箇所から演奏が再開・・・。そのような状況下でも、多くのお客さんが集まった。なぜなら、「生きるための活力」を求めていたから。その言葉に偽りはないだろう。音楽が内包する根源的な力を感じずにはいられない。何しろ音楽自体に罪はないのだから。
ベルリン・フィルのみ演奏活動が続けられたのは、兵役義務を免除され、ドイツの文化水準を国の内外に誇示するという特権的な役割を担わされたためだ。フルトヴェングラーのもとで演奏できる魅力もあった。映画の終盤でバスティアンが語るエピソードが胸に迫る。ある日、ヴァイオリンケースを持ってきれいな身なりでSバーンに乗ったら、周りの乗客から好奇の目で見られた。「彼らの中には息子が前線に送られている者もいただろう。何ともいえない気まずさを感じた」。
また、戦争の末期、オリンピック村で行われた兵士のための慰問演奏会で、大勢の負傷した兵士を前にベートーヴェンの《運命》を演奏した時の話。60年以上の時を経て、同じ場所を訪れて回想するこのシーンは、映画の一つのハイライトと言えるかもしれない。
亡命したユダヤ人チェリストの子息を訪ねて、カメラは時に海をも越える。そして日本にも・・・。1つ1つの話のディティールにリアリティーがあり、想像力が喚起される。あの時代を直接体験した人がいよいよ少なくなりつつある今、「帝国オーケストラ」が撮られた意義は大きい。ぜひ多くの方に観ていただきたい映画だ。
ベルリンという街の記憶、そして音に興味のある私は、この映画に触発されて、いくつかの場所を再訪してみたくなった。今度はそれを書いてみたいと思う。
帝国オーケストラ ディレクターズカット版(公式サイト)
ベルリン・フィル創立125周年記念第一弾 10月下旬より渋谷・ユーロスペース他全国順次公開
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エフゲニー・ハルデイ展 - 「帝国議会の赤旗」の写真家 -

1917年、エフゲニー・ハルデイは、現ウクライナのドネツク近くの村でユダヤ人の息子として生まれた。直後のポグロムで母親が射殺され、1941年にはドイツ軍により残りの家族も殺されるという悲劇に遭う。すでに12歳でカメラを自作し、1936年からはタス通信の写真レポーターとして活躍するようになる。

この写真は、1945年1月、ブダペストのゲットーで撮られたユダヤ人の生き残りの夫婦を収めたもの(http://www.chaldej.deなどから借用)。

参考記事:
「舞台・ベルリン」 - 占領下のドイツ日記 - (2006-07-15)



この歴史的なグラフィティー(落書き)については、近々別の場で取り上げるつもりなので、じっくり眺めて記憶に留めておいてもらえたらと思います。
ハルデイは戦後もソ連でカメラマンとして活躍するが、キャパやベルリン生まれのヘルムート・ニュートンのようなスターになることもなく、ソ連崩壊後もひっそりとした余生を送っていたという。このハルデイを事実上「発掘」したのが、クロイツベルクで小さな写真エージェントを営むエルンスト・フォラント(Ernst Volland)だった。1991年、彼はベルリンの使節団とモスクワを訪れた際に、ハルデイと知り合い、その写真に興味を持った。当時ハルデイは、月額20ユーロの年金でプラッテンバウのアパートに暮らしていたという。フォラントはその後何度かモスクワに出向き、本人からオリジナルの写真を見せてもらい、当時の話を聞き、やがて写真の権利を買い取った。ハルデイの記憶は恐ろしく鮮明で、写真に写っている兵士の名前1人1人を覚えているほどだったという。その努力の甲斐あって、1994年には、ベルリンのノイケルンで初の展覧会が開かれた。おそらく本人も喜んだに違いない。その数年後の1997年10月、ハルデイは80歳でこの世を去った(以上、5月7日のBerliner Zeitungの記事を参照)。
400点以上のオリジナルの写真を集めた、大規模な回顧展としては世界初のこのハルデイ展は7月28日(月)まで。われわれが観るべき写真がここにある。興味のある方はどうぞお急ぎください。
Jewgeni Chaldej – Der bedeutende Augenblick.
Eine Retrospektive
Ort: Martin-Gropius-Bau
9. Mai bis 28. Juli 2008
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映画「ベルリン―5月1日」

映画は3つのストーリーが同時に進行していきます。奥さんに浮気され、個人的な問題を抱えながらメーデーの暴動に挑む警察官のウーヴェ、ただ単に暴動に参加したくて田舎の町から冒険心ゆえにやって来る青年2人、デモに連れて行ってくれない兄に認められたい思いから、1人で街に繰り出し何かをしでかそうとする11歳のトルコ人少年ヤブツ(写真右)。お互いは全く関係のないこの3者が、最後病院で出会います。数年前の実話を元にしたというラストシーンは衝撃的でした・・・
完全な劇映画ですが、デモシーンのために実際のクロイツベルクのメーデーを撮影したり、ハンディーカメラを使ったりと、映像の迫真性は十分過ぎるものがあります。暴力シーンも多いので、クロイツベルクを知らない人がいきなりこの映画を観たら、「おっそろしいところだなあ」と間違いなく思うことでしょうね(実際にそこに住んでいる私もそう感じたくらいなので^^;)。しかし、映画としてはかなりよくできています。おそらく近いうちに一般公開が始まるでしょうし、一度ご覧になることをおすすめします。
上映後は舞台挨拶あり。お客さんの反応も熱狂的で、この映画を1本目に観てよかった!ベルリナーレにはまる人の気持ちがよくわかります。他の仕事もあるので、1週間ずっと映画ばかり観ているわけにも行きませんが、何とかあと数本は観たいところです。
Berlin - 1. Mai
Deutschland, 2007, 90 min
Regie: Ludwig & Glaser, Sven Taddicken, Jakob Ziemnicki
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映画「エーミールと探偵たち」(1931)

ケストナーが、自伝的な要素を交えてこの作品を書いたのが1929年なので、映画はその直後に撮られたということになります(ロケが行われたのは31年の夏だとか)。まずはやはり戦前のベルリンの映像がふんだんに出てくるのが楽しい。

自分の寝ているスキにお金を奪ったグルントアイス氏を追いかけるため、予想外に動物園駅で降りトラムに飛び乗るエーミール。駅を出てすぐ左手に見えるカイザー・ヴィルヘルム教会は、当然のことながらまだ完全な姿をたたえています。そこからクーダムを抜けて南に向かうわけですが、街には「黄金の20年代」の最後の輝きが漂っており、不安げなエーミールの心境とは裏腹に、観ている側としてはあの時代に突然放り込まれたようで、わくわくしてきます。いとこのポニーとおばあさんが待っているフリードリヒ・シュトラーセの駅は一瞬映るだけですが、駅の外観は今とほとんど変わっていません(ドイツの駅は改札がありませんが、昔は切符を回収する改札員がいたことに新鮮な驚きを感じたりも)。グルントアイス氏が朝食を取るカフェ"Café Josty"は、ケストナーが1929年の夏、ここのテラスに腰掛けて「エーミールと探偵たち」を書いたという伝説的なカフェです。69分というコンパクトな中に、原作のよさはかなりよく描かれているように思いました。
ところで、昨日1月30日は、1933年の同日にヒトラーがドイツで政権を獲得してからちょうど75年という節目で、新聞などでも大きく取り上げられていました。2週間ほど前にはシュピーゲル誌も、「なぜヒトラーに権力を与えてしまったのか」という特集を組んでおり、これはドイツ史が今後もずっと向き合い、検証しなければならないテーマなのかもしれません。1931年版の映画が撮られたのはドイツがまさに暗黒の時代に突入する直前ですが、少なくとも映像を見ている限りではその気配は何も感じられません。悪を憎む精神とでもいうか、「1人1人の力は小さなものだけれど、仲間と力を合わせれば何かが起こるかもしれないよ!」というケストナーのメッセージは今でも強烈に伝わってきます。
ナチスの台頭を目の当たりにし、自分の著作は焚書の対象にされ、それでも敢えてドイツに留まった彼の心境はいかほどのものだったか。近々1954年バージョンを観たら、また感想を書きたいと思います。
参考:
天使の降りた場所(9) - 戦前のポツダム広場を歩く -
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「ベルリン 大都市交響楽」(1927)

だが、ばく進する蒸気機関車がまさに「黄金の20年代」の最中にあるベルリンの市街地に入っていく、あのかっこいい冒頭のシーンから一気に引き込まれてしまった。作品は5部(というより5楽章と言う方がふさわしい)から成り、まさにシンフォニーのような構成で都市の1日が描かれる。街が目覚める朝のシーンから始まって、地下鉄での通勤や通学、目が回るような工場のシーン、夜の娯楽や華やかなネオンも印象的。やはりあの時代のベルリンはすごかったという気がする。何気ない街角のシーンに今も変わらないベルリンのDNAを感じることもあれば、ポツダム広場の尋常じゃない交通量や人の多さに驚くこともしばしばだ。大都市が内包するストレス、狂気の側面も感じずにはいられない(現在のベルリンの方がかえってのんびりしていそう)。Ruttmann監督は20年代のベルリンを「生命体としての都市」ととらえ、実験的な手法も交えて生き生きと描き出すことに成功している。
この無声映画は、プレミエ当時と同じように今でもたまにフルオーケストラの伴奏で上映されることがある。9月24日にはベルリン放送響による生演奏付きで観られるそうなので、興味のある方にはおすすめです(詳しくはこちら)。
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ビリー・ワイルダーの「ワン・ツー・スリー」(1961)

舞台は1961年のベルリン。コカコーラ社西ベルリン支店長マクナマラのもとに、本社の社長令嬢スカーレットが送られることになった。まだ10代の自由奔放な彼女は、男との浮き話が絶えない。そのぶっとびぶりはかなりのもので、テンペルホーフ空港に降り立つやいなや、いきなりマクナマラ夫妻を面食らわせることになる。もちろん上司の願いとあっては断るわけにはいかない夫妻。じっとしていられない性格のスカーレットはそのうちこっそり東ベルリンに遊びに行くようになり、がちがちのコミュニストのオットーとできてしまう。ある日、2人の突然の結婚報告を知らされたマクナマラは顔面蒼白。社長が彼女を迎えに来るまでになんとかしなければ、自分の出世はなくなってしまう。マクナマラはオットーを「アメリカのスパイ」に仕立てて、スカーレットと引き離そうと策略を施す。しかし、その直後、スカーレットが妊娠していると知るや否や作戦を変更。マクナマラはオットーを西ベルリンに連れ戻し、今度は貴族の養子に仕立て上げて2人を再度くっつけようとする。さあ大変、社長夫妻がテンペルホーフ空港に降り立つまでもう時間がないぞ・・・
最初から最後まで息つく暇がない、痛快なドタバタコメディー映画だった。全面に渡って当時のイデオロギー対立を茶化すギャグが織り込まれ、さらに主役のジェームズ・ギャグニーをはじめみんな機関銃のようなスピードでしゃべりまくるものだから、ついていくのがなかなか大変。それにしても、あの時代にこういう内容映画を撮るとはさすがビリー・ワイルダー!20年以来西ベルリンに住んでいる友達によると、この映画は公開当時話がリアル過ぎたのか全く受けず、80年代になってから西ベルリンでよく再上映されたという。私にとって最もスリリングだったのは、車に取り付けられたある仕掛けによってオットーが東ベルリンで逮捕され、東に乗り込んだマクナマラがオットーを西に連れ戻すまでの一連のシーンだ。廃墟の街並みをバックにしたカーチェイスまであって楽しめる。「こんなシーンをよく東で撮影できたなあ」と思って見ていたが、「東のホテル」のシーンにどう見てもアンハルター駅(西側にある)らしき廃墟が写っていたので、どうやら西ベルリンで撮ったようだ。後で知ったところによると、ブランデンブルク門での撮影許可がどうしても下りなかったため、バイエルンのある場所に大掛かりなセットを作って撮影したのだそうだ。どうみてもホンモノに見えたあのパリ広場は偽物だったのか。何度も出てくるコカコーラ時計と風船の仕掛けには笑ってしまった。
余談になるが、日曜日の12時上映のこの映画、観客は何と私を含めて2人だった。売店のおじさんからチケットを買ったところ、「コーラかゼクトをごちそうするよ」というもてなしぶりに驚いたが、中に入ってみてその理由がわかった。がらがらの映画館で古い映画を見たことは何度もあったけれど、2人というのはさすがに初めてだった。もう1人の客が後ろでげらげら笑っていると、意味がよくわからなくても自分も笑わないといけないような気分になってくる。贅沢なようで、どことなく落ち着かない気分の映画鑑賞でした。

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「善き人のためのソナタ」(2006)

今週は風邪を引いてしまい、ここ数日間は比較的に安静にしていました。ちょっと暖かくなったからと自転車で街に繰り出してしまったのがいけなかったのかもしれません^^;)。この日曜日は久々に抜けるような青空が広がり、外に出て歩きたい気分だったんですが、やはりそれは控えることにして、代わりにある映画を見てきました。ベルリンについてあれこれ書いていながらこの映画を今初めて見るというのは、ちょっと気恥ずかしい気分だったんですが、アカデミー賞の受賞後ベルリンのいくつかの映画館で再上映されていることもあって、ようやく見てきたというわけです。そう、日本でも現在公開中の「善き人のためのソナタ」(原題:Das Leben der Anderen)です。
この映画については日本語でいくらでも情報が手に入るので、ここではあえてストーリーは書きません(公式サイトはこちら)。壁崩壊5年前の東ベルリンが舞台の物語です。
とてもいい映画でした。少なくとも、同じ東ベルリンを描いた「グッバイ・レーニン」よりはるかにいい映画だと思います。多くの人が絶賛するあのラストシーンでは、やはり涙が止まりませんでした。せっかくの機会ですから、日本の多くの方に見ていただきたいです。

私はベルリンのことをいろいろ書いているわけですが、本質的にはベルリンという街に生きた「人間」に強い興味があるのだということを改めて実感しました。歴史の波にもまれたベルリンで、時にものすごい政治的・身体的圧力を受けながら(それが悲劇的な結末になることもありましたが)、人間性という灯火を失わなかった人々もいた。私はそこに救いを感じます。
さて、冒頭の写真ですが、この映画をご覧になった方ならどのシーンに登場する場所なのか、すぐにわかることでしょう。家に帰って、一目散にカール・マルクス・アレーの写真を探したら1枚だけ出てきたので載せてみました。このくらいなら「ネタバレ」ではないですよね(笑)?
メヒティルト・トレペルさんのインタビューは、次回からいよいよ東西分断時代のベルリンの話になります。メヒティルトさんの視点はあくまで西ベルリン側からではありますが、あの時代のベルリンを生きた人ならではの話をたくさん聞けたと思っています。またお読みいただけるとうれしいです。
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