ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
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本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

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カテゴリ:ベルリン音楽日記( 149 )

マーラーの《復活》に挑む!

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Gethsemanekirche (2013-01-30)

コンツェルトハウスでの自分たちの演奏会がいよいよ今晩(5日)に迫った。アマチュア音楽家として、幸運なことに今までいろいろな曲と直に触れることができ、貴重な経験をさせてもらってきたけれど、今回のグスタフ・マーラーの交響曲第2番《復活》は、その中でも際立ったスケールと内容の深さを持つ作品の一つであることに間違いない。かれこれ3ヶ月この大曲と付き合ってきたので、「今日でもう終わりか」という名残惜しい気持ちがある一方、不安を抱えたまま臨まなければならない箇所もあって、なんだかいつになくソワソワしているのが正直なところ。この数ヶ月を振り返って、《復活》とのあれこれを思いつくままに綴ってみたいと思う。

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そもそもアマチュアのオーケストラがなぜこんな大曲に挑むことになったかというと、2年半前からメンバーに入れてもらっているオーケストラ(Junges Orchester der FU)の創立20周年の記念公演の演目に選ばれたから。ベートーヴェンの第9やベルリオーズの幻想交響曲なども演目の候補に上がったらしいのだけれど、指揮者の強い意向などもあってマーラーの《復活》に決まったらしい。この作品は、大編成のオーケストラに加え、合唱、ソプラノとメゾソプラノのソリスト、さらに金管楽器の別働隊(バンダ)も要するとあって、プロのオーケストラでもそうそうは取り上げられない。ましてや、アマチュアではなおさらのこと。今回の合唱団は3つの団体からなる混合(そのうち一つはドレスデンから参加)で、ソリストにはベルリン国立歌劇場の若手歌手が駆けつけてくださった。演奏者が総勢何人になるのかはわからないが、よくぞこれだけの人々が集まったものだと思う。

3ヶ月練習してきた中で、とりわけ印象に残っている瞬間がいくつかある。一つは、1月初頭の週末、オーケストラの合宿に参加し、集中的にリハーサルをしたときのことだ。場所はメクレンブルク州の田舎街ブルク・シュターガルトのユースホステル。正直、私はこのとき気分があまり優れなかった。自分の中に潜んでいるネガティブな感情が吹き出していたというか、なんだかやたらと悲観的なことばかり考えていたのだ。そんな中、日曜の午後、最後の通し練習が行われた。《復活》を最初から最後まで通して演奏するのは、このときが初めてだった(演奏時間は80分にも及ぶ)。第5楽章の途中まで、比較的冷静な気持ちで吹いていたのだが、本来合唱が加わって感興が頂点に達するあの箇所で、私は電流に打たれたように感動してしまったのだ。そのときはオーケストラだけの演奏だったにも関わらず。
Sterben werd ich, um zu leben!
私は生きるために死のう!
Auferstehn, ja auferstehn wirst du,
よみがえる、そうだ、おまえはよみがえるだろう、
mein Herz, in einem Nu!
わが心よ、ただちに!
この日の午後、雲の動きが早く、空は刻々とその色合いを変えていた。そして、これは単に私の勝手な思い違いである可能性が高いのだが、記憶の中では、この箇所に差し掛かったあたりで、窓から光が差し込んで、指揮者にまさに後光が射したように見えたのだ。練習が終わると、不思議なことに、私の中のネガティブな感情はさっぱり消えていた。宿を出た時、肌に当たる冷気が清々しく、帰りの車の中から眺めるメクレンブルク州の田舎の風景は、何もかもが美しく見えた。あのときの幸福な気持ちは、その後も1週間ぐらい続いたのだ。

そして、もう1つはつい数日前、最初の本番の会場であるゲッセマネ教会でのプローベのこと。それまでずっとオーケストラだけで練習をしてきて、この日初めて合唱とソリストを交えてリハーサルをしたのだった。「よみがえる、そうだ、おまえはよみがえるだろう」の合奏の導入が自分のすぐ後ろからピアニシモで聴こえてきたときは、人間の声の持つ力というものにじんときた。ソプラノ独唱が「おお、信じよ、おまえは空しく生まれたのではない!」と歌いだし、やがてアルト独唱と力強い掛け合いになるところでは、「ああ、ひょっとしたら自分は、この時間を味わうためにドイツに来たのではないだろうか」などと思ってしまったほどだった。


そもそも、マーラーが作曲した《復活》が史上初めて音として立ち現れたのは、ベルリンにおいてだった。1895年12月13日、マーラーは私財を投じてベルリン・フィルや合唱団、ソリストを雇い、全曲の初演にこぎ着けたのだそうだ。当時マーラーのアシスタントだったブルーノ・ワルターがこの場に居合わせ、感動的な回想録を残している。
実際この演奏会の圧倒的印象は、私の回想の中で、最もすばらしいもののひとつなのである。私は、終楽章の偉大なるラッパで世の終わりを告げた後に、復活の神秘的な鳥の歌を聴いた時の息もつけぬような緊張感、それに続く合唱「よみがらん汝は」も導入される部分における深い感激を今でもはっきり耳にすることができる。もちろんそこには、反対者があり、誤解があり、軽蔑があり、冷笑があった。しかしその作品の壮大なこと、独創的なこと、かれの個性の強力なことの印象の方が余りにも深く大きかったので、その日から、マーラーは、作曲家として、最高の地位をもって迎えられるようになったのであった。
(ブルーノ・ワルター『マーラー 人と芸術』(音楽之友社より)
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今回ピッコロと3番フルートのパートを受け持つ私が特に緊張しそうなのが、ワルターのこの回想録にある「復活の神秘的な鳥の歌」の箇所だ。マーラーが「最後の審判」を描いたとされる管弦楽の咆哮が頂点に達した後、突如静寂が訪れ、舞台裏のホルンがこだまのようなエコーを奏でる。そして、フルートとピッコロが鳥の音を奏で始める。同じ鳥でも、ベートーヴェンの《田園》やマーラーの《巨人》に出てくる明朗なカッコウなどと違って、夜の暗闇の中から夜鶯の音が密やかに聞こえてくる感じだ。舞台裏のトランペットとも音が交錯するこの箇所、練習で合わせる回数が少なかったこともあって(言い訳になるが)、不安なまま本番に臨むことになってしまった。本物の鳥のように無心で奏でられたらなあ、と思う。

もう一つ、いつも興味深く拝見している音楽ジャーナリスト、林田直樹さんのLinden日記(2013年11月2日)から引用させていただく。その少し前に横浜で行われたインバル指揮東京都交響楽団のマーラーの交響曲第6番の演奏会について、林田さんが書かれた文章だ。
第1楽章や第3楽章アンダンテにも出てくるカウベル(牛の首につける鈴)の音響的効果は、個人的に大好きなところ。今回の演奏を聴きながら改めて思ったのは、マーラーの交響曲の中に、避けがたく動物の雰囲気が入ってくるということの魅力である。

マーラーが人生を語ろうとするときに、そこに動物や鳥や虫たちや、山岳地帯の草原や青空や陽光が必ず混入してくるような、そういう世界観のあり方じたいが、素晴らしいと思うのである。「自然がなければ人は生きられない」ということを、マーラーの交響曲ほど身を持って感じさせてくれるものはない。

都会にいながらにして、自然の空気をたっぷりと吸い、草の中に寝転んで、のどかな牛たちの雰囲気を感じながら、一時的に去って行った人生の闘争から離れ、つかの間の安堵の時間を過ごす――あのアンダンテが連れて行ってくれる世界は、本当にかけがえがない。
《復活》にカウベルは登場しないけれど、私もこの曲のあらゆる楽章で、自然の情景や田舎のあぜ道がふと脳裏に浮かぶ瞬間がある。あのときのメクレンブルク州の田園風景も。

最近《復活》の中に登場する楽器で気になるのは、ルーテと呼ばれる硬いブラシ状の桴(ばち)の一種だ。マーラーがどういう意図でこの楽器を使ったのかはわからないけれど、私には、第3楽章でこのルーテが後ろでゴソゴソやったり跳ねたりしているのが虫の音に聞こえて仕方ない。

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この雑文の最後に、小澤征爾さんと村上春樹さんの対談本『小澤征爾さんと、音楽について話をする』(新潮社)の中で、小澤さんがマーラーの音楽について率直に語っている言葉を抜き出して、今夜本番に臨む仲間と自分自身への励まし(?)としたい。
小澤 結局ね、マーラーってすごく複雑に書いてあるように見えるし、またたしかに実際にオーケストラにとってはずいぶん複雑に書いてあるんだけど、でもマーラーの音楽の本質っていうのはね—こういうものの言い方をすると誤解されそうで怖いんだけど—気持ちさえ入っていけば、相当に単純なものなんです。単純っていうか、フォークソングみたいな音楽性、みんなが口ずさめるような音楽性、そういうところをうんと優れた技術と音色をもって、気持ちを込めてやれば、ちゃんとうまくいくんじゃないかと、最近はそう考えるようになりました。

村上 うーん、でもそれって、口で言うと簡単だけど、実際にはすごく難しいことじゃないんですか?

小澤 うん。もちろんそりゃ難しいんだけど……あのね、僕が言いたいのは、マーラーの音楽って一見して難しく見えるんだけど、また実際に難しいんだけど、中をしっかり読み込んでいくと、いったん気持ちが入りさえすれば、そんなにこんがらがった、わけのわからない音楽じゃないんだということです。ただそれがいくつも重なってきていて、いろんな要素が同時に出てきたりするもんだから、結果的に複雑に聞こえちゃうんです。
(『小澤征爾さんと、音楽について話をする』(新潮社)より)

小澤さんが言うところの「うんと優れた技術と音色」は、アマチュアの僕らは残念ながら持ち合わせていないけれど、少なくとも精一杯の気持ちを込めて、この高い峰のような作品に挑みたいと思う。
by berlinHbf | 2014-02-05 13:09 | ベルリン音楽日記 | Comments(0)

クラウディ・アバドの死去に際して

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BZ紙面より(2014-01-21)

今週を振り返ってみて、やはり自分の中で大きかったのが指揮者クラウディオ・アバド逝去のニュースだった。病状がよくないらしいと聞いていたので、そう遠くない先にこの日が来ることを予感はしていたが、悲しみと哀悼の気持ちが予想以上に長く続いている。それは、カラヤン、チェリビダッケ、ザンデルリンクといった巨匠指揮者が亡くなった時の感慨とは明らかに違う。直接の面識はないとはいえ、もっとずっと身近な存在だった人が亡くなったときの感情に近い。個人的な思い出話になるが、いくつかの時期に分けて振り返ってみたいと思う。


- 1990〜2000
私がクラシック音楽を本格的に聴き始めたのが、中学3年の夏だった。NHK-BSで放映されたカラヤン没後1周年の番組を録画し、特にベートーヴェンの《英雄》のライブ映像を飽きることなく繰り返し見た。アバドの映像を初めて見たのは、その秋(1990年)のベルリン芸術週間のブラームスの交響曲第1番で、若々しく颯爽とした指揮ぶりが鮮烈だった。その前年ベルリンの壁が崩壊し、テレビでアバドを初めて見たちょうどその前後に東西ドイツが統一した。アバドに出会ったのは、まさに世界が揺れ動いていた時期であり、私もまた多感な年代だった。

アバドの映像でブラームスの第1番が大好きになっただけに、1992年のアバド&ベルリン・フィルの初来日公演のチケットが手に入れられなかったのは悔しかった。だが、NHKがブラームスの交響曲第2番のサントリーホールでの演奏会を放映してくれたのはせめてもの慰めで、生中継の音楽を興奮しながら聴いた。当時はNHKが比較的よく海外の公演を放映してくれていて、ベルリン・フィルのジルベスター・コンサートは何より楽しみにしていた。もっとも、アバドの新譜が出る度に買うようなファンではなかったのも事実なのだが。

そして念願かなって、本拠地のベルリンでアバド指揮ベルリン・フィルを聴く機会が巡ってきた。早稲田大学のオーケストラの演奏旅行でドイツを初めて訪れた98年3月である。フィルハーモニーの上手側の一番上の席に他の仲間たちと座った。演目は、それまで馴染みのなかったマーラーの交響曲第3番。舞台場にところせましと並んだフル編成のベルリン・フィルを前に私は夢心地だった。アバドが舞台に現れ、さっと指揮棒を降ろした瞬間、8本のホルンが鳴らされたときの胸の高鳴り。その後のドスンと胸に響いたトゥッティの強奏。あれだけ音量が小さいのに、生き生きとしたたるピアニッシモ。安永徹さんの艶のあるヴァイオリン・ソロ。そして、終楽章の音の洪水・・・。あの夜受けた感動はいまでも色褪せることがない。

- 2000〜2002 
大学卒業後、割と軽い気持ちでベルリンに来てしまったのも、あの時のマーラーが脳裏に焼き付いていたことが私のどこかに影響していたからだ、と言えなくもない。2000年9月末にベルリンにやって来て、まだ住む場所も決まっていないまま、最初に聴いたのが10月3日のベルリン・フィルの演奏会だった。演奏に先駆けて、聴衆全員が起立し、客席の奥の方で弦楽四重奏が美しいメロディーを奏でた。恥ずかしながら、私はこの時初めてこのメロディーがドイツ国歌なのだと知った(この日はドイツ統一10周年の記念日だった)。その時のベートーヴェンの《英雄》はそれほど印象に残っていないのだが、確かその翌日だったかに聴いたガラ・コンサートで私は目を疑った。舞台に割と近い位置で聴いたので、目を覆うばかりのアバド激やせぶりがあまりに痛々しかったからだ(もっとも演奏はすばらしく、この時聴いたロッシーニの《アルジェのイタリア女》のフィナーレ(?)は最高だった。残念ながら、アバドが指揮するオペラを聴く機会はやってこなかったけれど)。その公演は結構空席が目立っていたのだが、まさにその時期彼が胃ガンであるとの情報が世界に知れ渡り、それ以降彼のベルリンでの演奏会のチケットは入手困難になっていく。

10月から住み始めた私の最初のアパートは、フィルハーモニーから歩いて5分ほどの距離。とにかく刺激の強い毎日だった。もちろん、アバドの演奏会の一つ一つもよく覚えている。11月のワーグナー・プログラムで聴いた《トリスタンとイゾルデ》の《愛の死》の弦楽器の音のさざ波に乗って生まれる陶酔は、永遠の時間のようにさえ感じられた。その頃、ベルリンの音楽好きの間ではアバドの病状がよく話題になった。翌2001年1月、ギュンター・ヴァントの演奏会を聴きに日本からやって来た大学時代の先輩がふと、「あの様子を見ていると1年ともたないのではないか」と口にした時はドキッとした。私も半ば覚悟していた。

1月のヴェルディのレクイエムの演奏会の時は、氷点下の寒い中、フィルハーモニーの外で立ち見席を求めて並んだのが懐かしい。この時期は、聴衆だけでなく、おそらくベルリン・フィルのメンバーも、「ひょっとしたらこれが最後の舞台になるかもしれない」という気持ちを心のどこかで持っていたのではないかと思う。実際、それだけ全身全霊を込めた演奏会が続いたのだ。病と戦っているアバドへの共感と励ましの気持ちが、毎回のコンサートを特別なものにしていた。私たち聴衆は精一杯拍手を送ることしかできなかったけれども。

果たして、アバドは帰ってきた!5月頭のマーラーの交響曲第7番の演奏会は、このシーズンでもっともチケットが入手困難を極めていたのではないかと思う。幸い私は二晩聴くことができた。マーラーの《夜の歌》というのは、この時初めて生で聴き、その後もいろいろな指揮者で聴いたのだけれど、この時のアバドほど生の喜びにあふれた、天高く突き抜けるような演奏で聴いたことがない。複雑に錯綜した第1楽章も、ほの暗い夜想曲も、「死の舞踏」を思わせるグロテスクな第3楽章も、なぜかすっと心に入ってきた。そしてフィナーレで、120%の力を出し切ろうとするベルリン・フィルの合奏力のものすごさ!月並みな言い方になってしまうが、それはやはり死と戦い、死の際から還ってきた人間にした奏でられない音楽だったのではないかと思う。振り返ってみると、2000/2001シーズンというのは、私とクラウディオ・アバドという音楽家との関わりの中で特別な意味合いを持っていた。人が音楽を奏でることの根源的な意味をも突きつけられたし、今後の自分にとって何かしらの糧にしなければいけないとも思わせる種類の体験だった。

ベルリン・フィル音楽監督としての最後のシーズンはアバドらしい思索的なプログラムが並んでいた。メンデルスゾーンの交響曲《讃歌》とかシューマンのゲーテの「ファウスト」からの情景など。最後の演奏会がブラームスの《運命の歌》、ショスタコーヴィチの《リア王》のための映画音楽というのも、ずいぶん意表を衝かれた。文学や思想の分野にも造詣の深い、読書家のアバドならではの締めくくりだったと思う。最後のコンサートでは、フィルハーモニーの舞台に多くの花束が投げ込まれていたと記憶する。

- 2004〜2013
その後も、毎シーズン1回、決まって5月にアバドはベルリン・フィルを振りにやって来た。彼は退任後いつかのインタビューで、「私はこれまであまりに多くの演奏会を指揮し過ぎました」というようなことを言っていたが、ベルリン・フィル音楽監督の激務から解き放たれて、本当に自分が振りたい曲ばかりを選んで指揮しているように見えた。なにせチケット入手が困難だったので、毎回というわけではなかったけれど、数年に1回はアバドを聴くことができた。マーラーでは、第6と第4交響曲、そしてこの世ならぬ美しさをたたえた2011年の第10番《アダージョ》が印象深い。ベルクの歌曲やブラームスの交響曲第3番もよかった。そして、昨年5月のメンデルスゾーンの《真夏の夜の夢》とベルリオーズの幻想交響曲が最後の機会となった。

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Der Tagesspiegel (2014-01-21)

享年80歳。長寿が多い指揮者の世界では、格別の高齢ではなかったかもしれない。できれば、彼が指揮するオペラを聴いてみたかったとか、マーラーの《復活》を体験してみたかった、などの思いも若干あるけれど、ガンと戦い始めたあの当時、まさかこれほど長い間、私たちに音楽の恵みを届けてくれるとは正直思わなかった。そして、アバドは私にとって音楽だけの存在ではなかった。1990年以降の「新しいドイツ」のイメージを、コール首相やシュレーダー首相以上に、このイタリア人音楽家が担っていたと言っても過言ではなかったからだ(あくまで私にとっては、だけれど)。自分の人生はまだまだ続くが、今後何か困難なことに直面した時、アバドさんが全身全霊をかけて音楽で伝えようとしていたいくつもの姿を思い出したいと思う。
by berlinHbf | 2014-01-25 23:09 | ベルリン音楽日記 | Comments(6)

フィルハーモニー50周年の『マタイ受難曲』

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フィルハーモニー50周年を記念して上演された『マタイ受難曲』
© Monika Rittershaus


ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地のホール「ベルリン・フィルハーモニー」がこの10月、1963年のオープンから丸半世紀を迎え、3つのプログラムによる記念公演が行われました。

私が聴いたのは、バッハ作曲の『マタイ受難曲』。これは新約聖書の『マタイ伝』を元にしたオラトリオで、上演時間が3時間を超える大作。その内容の深さから「西洋音楽史上の最高傑作」と評されることも珍しくありません。私はこれまでに何度かこの作品の実演を鑑賞したことがありますが、今回、サイモン・ラトル指揮のベルリン・フィル、ピーター・セラーズの演出によって上演されたのは、これまでとは全く異なる『マタイ』でした。

冒頭の音楽が鳴り響くと、棺桶を模したオブジェの周りに合唱団のメンバーが群れを成し、キリスト受難の情景を歌い上げます。2つの合唱がステレオ効果を出し、さらに舞台横の客席の上からは少年合唱によるコラール「おお、神の子羊」が鳴り響いて、壮大なハーモニーが生まれます。舞台を客席が取り囲み、両者の間に垣根がないフィルハーモニーの空間を存分に生かした演出。私はいきなり圧倒されました。

ピーター・セラーズによる演出では、イエスや弟子たち、群衆の行動や心の揺れが具象化され、聴き手の前に提示されます。例えば、イエスが捕らえられた後、弟子たちが逃げ出す場面では、合唱団のメンバー全員がホール中に散らばり、あらゆる場所からコラールが鳴り響きます。そして、イエスとの関係を3度否定したペテロが自らの行為を嘆く有名な場面では、アルト・ソロがアリアを歌う最中、下を向いて泣くペテロ役の歌手の肩に、福音史家が手を置いて慰めるのです。

私は衝撃を受けました。舞台の上で喜び、嘆き、嘲笑し、後悔し、泣き叫び、懺悔する人々の姿は、2000年前に起きた一宗教の事象という枠組みを超え、現代に生きる我々と何ら変わりないように思えたからです。こんなに生々しく「人間的な」宗教音楽の上演に接するのは初めてのことでした。

ラトルによるテンポの良い指揮ぶりも素晴らしかったのですが、ドラマを牽引する福音史家(マーク・パドモア)の歌唱と、アリアを彩る弦と木管楽器のソロはまさに圧巻。ユダが自殺した直後に歌われるバス・アリアをリードする力強いヴァイオリン・ソロ。そして、「愛よりしてわが救い主は死のうとしている」と歌うソプラノ・ソロの背後で奏でられるフルートの親密な響き。奏者は歌手の目の前で演奏し、まるで直に励まし、慰めているかのようです。最後、イエスの棺桶の前で「わが心よ、おのれを潔めよ」と歌うバスのアリアで、私の感動は頂点に達しました。

10月20日のガラ・コンサートに臨席したメルケル首相は、「シャロウン設計のフィルハーモニーは外観も音楽体験の上でも、並外れて成功した建築作品」と評しました。これからも音楽で人々の心にあかりを灯す場所であり続けてほしいと願います。
ドイツニュースダイジェスト 11月15日)

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ピーター・セラーズ演出による『マタイ受難曲』は、ほぼ同じキャストによる2010年の舞台がDVD化されています(詳しくはこちらより)。今回こちらも聴きましたが、バリトンのトーマス・クヴァストホフの歌唱にとりわけ感動しました。
by berlinHbf | 2013-11-16 23:18 | ベルリン音楽日記 | Comments(5)

2013年バイロイト音楽祭レポート

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生誕200年で沸いたバイロイト祝祭劇場

筆者は2003年からバイロイト音楽祭のチケットを毎年申し込み続けてきた。「外れても、とにかく送り続けることよ。それが大事」と知人のワグネリアンの方に諭され続けて早10年、今年ついに「当選」の通知が届いた。奇しくもワーグナーの生誕200周年というメモリアルイヤー。その中で一番の注目を集めた「ニーベルングの指環」新演出を体験することができた。
(ドイツニュースダイジェスト 9月20日)


「ニーベルングの指環」は4夜に分けて上演される、音楽史上稀に見る大作だ。記念すべき年の新演出を任されたのは、ベルリンのフォルクスビューネで長年芸術監督を務めるフランク・カストルフ。旧東独出身のカストルフは、指環をめぐる物語を米国やロシアといった超大国による「石油」をめぐる争いに置き換えた。「ラインの黄金」は米国の「ルート66」のガソリンスタンドとモーテル、「ワルキューレ」ではアゼルバイジャンの油田が舞台という具合に。「ジークフリート」の後半では、ベルリンのアレクサンダー広場が登場する。殺伐とした情景の中で、ジークフリートがカーニバルのパレードから飛び出したかのような派手な衣装をまとった森の小鳥と出会うシーンは、とても印象的だった。

ところがその後、「事件」が起こる。ようやく出会ったジークフリートとヒロインのブリュンヒルデが愛の歓喜を歌い上げるのだが、どうもお互いにあまり関心を持っていない様子。しかも、そこになぜか2 匹のワニが現れて、森の小鳥を食べてしまう。何時間も堅い椅子に座って聴き続けてきたワグネリアンにとって、普通ならば一番のカタルシスを味わうシーンだけに、最後の音が鳴り止むと、かつて体験したことのないほどのブーイングが劇場内に飛び交った。

オペラの休憩中、ワーグナー研究家の北川千香子さんにお会いした。北川さんは、2005 年から会場係の仕事をしながらこの音楽祭と関わり続けている。お話の中で印象に残ったのは、バイロイトに来てすぐの頃に出会ったというクリストフ・シュリンゲンジーフ演出の「パルジファル」のこと。「とても『変な』演出の舞台で、評判も悪かったんです。でも、即興性が豊かで、観る度に違うことが起こる。一体、演出家は何を意図して、あの舞台を作ろうとしたのか考えていったんです」。

北川さんはそれを機に「パルジファル」をテーマとする博士論文を書き上げた。「実験工房」の色が濃いバイロイトにおいて、ブーイングが起こるのはさほど珍しいことではないが、彼女の場合、その強烈な印象が立ち止まって考えるきっかけになったのだ。

最終日「神々の黄昏」の最後では、ニューヨークの証券取引所が目の前に現れた。結局、石油との関連性は不明確なままだったが、カストルフが込めようとしたであろう社会主義国家の理想と挫折、忘却。そして大国間の利権争い。それは、冷戦後の今も根本においてそう変わっていないのではないかと思わせる妙なリアリティーを残し、幕は閉じられた。

ところで今回、知人のワグネリアンのお孫さん、アダム君がバイロイト音楽祭に「デビュー」を果たした。5歳のアダム君は幕間に、好奇心たっぷりに周囲に質問を投げ掛け、約6時間の「ジークフリート」を最後まで見通した。舞台だけでなく、聴衆側にも新しい風あり。ワグネリアンはこうして次の世代へと受け継がれてゆく。

ワーグナーの生誕250年の頃には、アダム君は55歳。私は果たして生きているのか微妙な年代だ。その頃、世界はどうなっていて、指環は何に置き換えられているだろう。緑豊かなこぢんまりとしたバイロイトの町で、世の行く末に思いを馳せる。世界の生成と崩壊を描いたワーグナーの芸術には、そんな壮大な思いに至らせる何かがある。
by berlinHbf | 2013-09-28 00:07 | ベルリン音楽日記 | Comments(0)

2012/13の音楽シーズンを振り返って

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Wiener Musikverein (2012-12)

久々にブログに向き合う時間ができたので、遅ればせながら2012/13シーズンで印象に残った音楽会やオペラをいくつか振り返ってみたいと思います。

まずオーケストラのコンサートから。
今でも心から楽しかった思い出として残っているのが、昨年11月、イヴァン・フィッシャー指揮ベルリン・フィルの演奏会。ストラヴィンスキーの《カルタ遊び》、プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲、ドヴォルザークの交響曲第8番というプログラムでしたが、ドヴォルザークが音楽的に完全無比ともいえる素晴らしさでした。フィッシャーが繰り広げる音楽の表情と響きのパレットの豊かさ、ユーモア、そして終楽章で聴かせたぐつぐつと沸騰するようなダンスの躍動!昨年からコンツェルトハウス管弦楽団の音楽監督を務めるイヴァン・フィッシャーは今、最高に充実のときを迎えているように思います。ベルリン・フィルとの相性もよく、ここ数年は毎シーズンのように呼ばれているのも納得しました。

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Geneva Victoria Hall (2012-11)

鮮烈さで印象に刻まれたのが、若手の山田和樹さんが指揮したコンサート。11月末、スイス・ロマンド管弦楽団の主席客演指揮者就任コンサートと5月のベルリン放送響の定期デビュー演奏会を聴きました。5月頭のベルリン放送響のデビュー公演は、チャイコフスキーの交響曲第4番を取り上げたのですが、第2楽章ではじっくり丁寧に歌い上げる一方、フィナーレではマーチ風の主題に絶妙なルバートをかけ、緩急自在の指揮ぶり。聴衆を興奮のるつぼへと導いたのでした。自分と同世代の山田さんが欧州の檜舞台に次々に立つ様子を見ていると、胸がすく思いがします。けれども、ご本人はあくまで自然体。来シーズンはウィーン・デビューも予定されており、若きマエストロ(もちろん彼に限らずですが)をこれからも応援していきたいです。

オーケストラという表現形態がなし得る合奏力のものすごさを見せつけられたのが、マンフレート・ホーネック指揮ベルリン・フィルで聴いたルトスワフスキの管弦楽のための協奏曲(2月)。そして、5月にハンブルクまで出向いて聴いたサロネン指揮フィルハモニア管の《春の祭典》とヴァレーズの《アメリカ》。ソロ協奏曲では、コンツェルトハウス管弦楽団の伴奏で、同オケソロ奏者のピルミン・グレールが吹いたニールセンのフルート協奏曲に興奮しました(5月)。ある作品を自家薬籠のものにするというのはこういうことかと思い知らされた次第。ベルリンのオーケストラのフルート奏者というと、よく脚光を浴びるのはパユさんですが、グレールさんも素晴らしいし、一段と円熟味を増しているベルリン・フィルのブラウさんの音色も他では聴けないもの。ベテランのブラウさんは来シーズンをもってついに引退されるようなので、耳に焼き付けておきたいと思います。

巨匠指揮者では、まず12月にウィーンで聴いたアーノンクール指揮ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスのモーツァルト。楽しみにしていたポストホルン・セレナーデは巨匠の体調不良で指揮者なしの演奏でしたが、楽友協会の黄金のホールに木管楽器の雅な音色がきらめき、冬の寒い日にしみじみと幸福感を味わいました。そして、峻厳なト短調交響曲。このときのライブ録音が今度CDになるようなので楽しみです。

あともう1つは、5月に聴いたアバド指揮ベルリン・フィルでしょうか。今年80歳になるアバドもさすがに大分背中が丸くなり、指揮ぶりにダイナミックさがなくなりつつあるのを感じましたが、特にメンデルスゾーンの《真夏の夜の夢》の格調の高さ、歌わせ方の優美さと響きの透明感は至芸といえるものでした。

2月と3月にオスモ・ヴァンスカ指揮ベルリン・ドイツ響とパーヴォ・ヤルヴィ指揮ベルリン・フィルという、それぞれ好対照の解釈で聴いたシベリウスの交響曲第5番も幸せな体験。合唱作品で感銘を受けたのは、ラトル指揮のブリテンの戦争レクイエム(6月)など。

室内楽で印象に残っているのは、2月のライプツィヒ弦楽四重奏団。ブラームスのピアノ五重奏曲を聴きたくて当日思い立って出かけたら、いかにも好々爺という温和な表情のおじいさん(それもかなりの高齢の)が出てきてびっくりしました。そのピアニスト、メナヘム・プレスラーが、長年ボザール・トリオで活躍した人だと知ったのは恥ずかしながらコンサート後のこと。心からの敬意をもってピアニストに寄り添うカルテットのメンバーと、感動的な瞬間が幾度も生まれたのでした。アンコールのドヴォルザークで聴かせてくれた「軽み」の境地もすごかったです。今年90歳になるプレスラーさん、来シーズンは何とベルリン・フィルにソリストとしてデビュー(!)を果たすそうで、できることならぜひ聴きたいものです。

ピアノでは、昨年10月のツィメルマン、そして3月のフェストターゲで聴いたポリーニが弾くベートーヴェン最後の3つのソナタ。第30番のソナタの終楽章、いくつもの変奏を経て主題が戻ってくるときのえもいえぬ感動は、巡礼の旅の最後でそれまで見たこともない美しい夕暮れに出合ったような、そんな光景を思い起こさせるものでした。

オペラでは、コーミッシェ・オーパーで観たヘンデルの《セルセ》(ヘアハイム演出)や《魔笛》などがよかった。後者はバリエ・コスキー演出による、無声映画とアニメーションの要素を組み合わせた奇妙に斬新な舞台で、ベルリンでも異例のヒットを続けています。ラトルが指揮した国立歌劇場の「ばらの騎士」では、レシュマン、コジェナー、プロハスカらが織りなす歌によるアンサンブルの美に酔いました。そして忘れられないのが、1月に観た細川俊夫作曲のオペラ「松風」。サシャ・ヴァルツの振付、塩田千春による細い糸を無数に絡ませた舞台美術、そして毛筆を思わせる細川さんの躍動的かつ幽玄な音楽。日独の芸術家による共同制作としては、近年稀に見る成果と言えるのではないでしょうか。それほど長い時間の作品ではないのに、観終わってから確かに心の中が浄化されたような、そんな芸術体験でした。

(ここからは余談ですが)アマチュアオーケストラでの自分の演奏体験を振り返ると、一番強烈だったのが2月に演奏したショスタコーヴィチの交響曲第11番。夏学期にはがらっと変わってビゼー、サンサーンス、ラヴェル、デュカスのフランス音楽のプログラムを演奏しました。ピッコロのパートは難しかったけれども、その響きの魔術に何度も陶然としたのがラヴェルの《マ・メール・ロワ》。次の冬学期ではマーラーの《復活》を演奏することになり、マーラーの交響曲を初めて吹けるのかと思うと、今から楽しみです。

この1週間はバイロイト音楽祭で新演出の「リング」に接する機会に恵まれました。こちらもいろいろな意味で忘れがたい体験だったので、落ち着いたらじっくり振り返りたいと思っています。
by berlinHbf | 2013-08-20 22:21 | ベルリン音楽日記 | Comments(0)

ショスタコーヴィチとの2日間

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Philharmonie Kammermusiksaalのゲネプロより

あれから早1週間が経ってしまいましたが、私にとってはやはり大きなイベントだった、フィルハーモニー室内楽ホールでの本番のことを書いておきたいと思います。2月15日のコンサートは、昨年よりもお客さんがたくさん来てくださり、(舞台後方の席はともかく)舞台から見た前方と左右両側は、かなり埋まっていました。

さて、そんな感じで本番が始まったのですが、並笛(一般のフルート)で臨んだ冒頭のリストの《死の舞踏》。どうも唇が楽器の歌口にベストポジションに当たっていない感じが続き、個人的にはやや不本意な出来となってしまいました。その前の教会と違って、ご存知のようにフィルハーモニーは、舞台の全方向が客席に囲まれているので、客席を意識し出してしまうと、どんどんナーバスになってきてしまう・・・。続く新作ではアルトフルートのソロが1箇所あるのですが、今まで1回のブレスで吹けていたのに、変なところで余分に息継ぎをしてしまいこちらも反省。「音楽にとって絶対的に大事なのは呼吸」と先日聞いた対談で鈴木雅明さんもおっしゃっていましたが、体が硬直してしまうと、呼吸も自然にできなくなってしまうのですね。

そんな感じで個人的には少し残念な結果だったのですが、ハンス・アイスラー音大で学んだスイス人ピアニストBeatrice Berrutさんの演奏は素晴らしかったし、オケのメンバーであり、映画音楽の分野ですでに活躍しているHector Marroquinさんのソプラノとオーケストラのための新作も、上々の評判でした。

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後半のショスタコーヴィチの交響曲第12番。こんな曲を自分で演奏することなど最後だろうという思いで吹きました。この交響曲は第1楽章が規模・技術からいって一番難しい。ピッコロはいままでいろいろな曲を吹いてきましたが、これほど激しく細かく動き回る上、High CやHが多く出てくる曲は初めてです。1917年のロシア革命を描いているだけあって、「壮絶」「絶叫」という表現を使いたくなる箇所が多い一方で、突如不気味なまでの静寂が訪れる瞬間があり、2楽章の「ラズリーフ」など、人の気配が皆無の極北の場所に連れて行かれたような趣さえあります。このコントラスがショスタコーヴィチを味わう醍醐味のひとつなのかもしません。変拍子のリズムが特徴的な3楽章の「アヴローラ」の後半、ついに10月革命の火ぶたが切られ、われわれも白熱したまま「人類の夜明け」と題されたフィナーレへとなだれ込んでいきました。

アマチュアゆえの稚拙な部分はありましたが、オーケストラも指揮者のAntoine(最近ハンス・アイスラー音大の指揮科を卒業したばかり)も、そして私も(笑)、持てる力を出し切れたのではないかと思います。たくさんの拍手をいただいた上、友人・知人も結構来てくれて、まあとにかく格別な夜でした。

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演奏会後の打ち上げもあって、まだ興奮覚めやらない翌日、今度はコンツェルトハウスへ。ちょうどコンツェルトハウスで開催中の「ロシア・フェスティバル」の一環で、ショスタコーヴィチの交響曲第13番が取り上げられたのです。第12番と第13番は、ショスタコーヴィチの交響曲の中で唯一作品番号が連続している2曲で、どちらも演奏される機会が極めて稀。それを2日続けて聴けるのも何かの縁かと思い、足を運んだのでした。

キタエンコ指揮のオーケストラの演奏が始まってすぐに、渋く濃い色合いのオーケストラの響きに魅せられました。暗みがかった世界がすっと体に入ってくる感じ。さすが東のオーケストラというべきか、ベルリン・フィルが演奏してもおそらくこういう音にはならないでしょう。プラハ・フィルの男性合唱団がまた、この感情の振幅の激しい音楽を見事に歌い上げていました。ウクライナのバビ・ヤールのユダヤ人虐殺や反ユダヤ主義を描いた重苦しい第1楽章、第2楽章「ユーモア」の圧倒的な迫力。スターリン時代の恐怖政治を描いた第4楽章で、暗闇の中をもがいているような感覚を味わっているうち、ふっと光が差し込んできたようなフルートの2重奏から、最終楽章へと入ります。自分が中に入って体験した第12番の壮絶な世界から、1つの連作という形でここまでたどり着いたような気がしました。ショスタコーヴィチの作品に対してさらに愛着が深まり、機会があれば自分でもまた演奏したいと強く思った、今回の音楽体験でした。

KONZERTHAUSORCHESTER BERLIN
PRAGER PHILHARMONISCHER CHOR (Männer)
DMITRIJ KITAJENKO
ARUTJUN KOTCHINIAN Bass

Nikolai Rimski-Korsakow
"Die Sage von der unsichtbaren Stadt Kitesch" - Suite aus der Oper
Modest Mussorgsky
"Lieder und Tänze des Todes", für Bass und Orchester bearbeitet von Edison Denissow
Dmitri Schostakowitsch
Sinfonie Nr. 13 b-Moll op. 113 für Bass, Männerchor und Orchester (nach Gedichten von Jewgeni Jewtuschenko)
by berlinHbf | 2013-02-23 16:45 | ベルリン音楽日記 | Comments(2)

ベルリンで楽しむアマチュアオーケストラ

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Erlöserkirche Potsdam (2012-07)

1年半ぐらい前から、再びアマチュアのオーケストラでフルートを吹いています。ベルリン自由大学より援助を受けているJunges Orchester der FUというオーケストラ。学生オケの部類に入るのかもしれませんが、年齢制限のようなものはないので、私を含めて「元学生」の人もかなり混じっています(笑)。

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リハーサルは、学期期間中の毎週日曜日の夜に3時間。本番のコンサートは、基本的に2月と7月の年2回です。去年2月の本番では、チャイコフスキーの交響曲第5番、メンデルスゾーンの《フィンガルの洞窟》とヴァイオリン協奏曲を演奏しました(これがそのときの様子。フィルハーモニーの室内楽ホールが会場)。個人的には、大好きなメンデルスゾーンの2作品を演奏できたことが何よりうれしかったです。

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去年7月のコンサートは、リムスキー=コルサコフの《シェラザード》がメインの演目でした。このときはピッコロを吹いたのですが、いくつかの難所も含めて、大変やり甲斐のある作品でした。これはクロイツベルクのエマウス教会での本番の様子。

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練習は週1回とはいえ、仕事をしながら毎週参加するのは、ときに負担に感じることもあります。それでもなかなかやめられないのは、やはり楽しいからなのでしょう。1つの作品に、半年近く浸れるのはアマチュアの1つの特権(?)というべきか、それが名作の場合、喜びはさらに高まります(プロの場合は、大抵数回のリハでもう本番ですからね)。今回のメインの曲は、ショスタコーヴィチの交響曲第12番というかなり珍しい曲。一般的にショスタコの中ではあまり世評の高い作品ではないのですが、やはり何ヶ月も付き合うと、自然と愛着が沸いてきます。CDを通して聴いただけではわからないであろう、リズムの面白さや細部への発見があったり、全曲を通して吹いたときのエネルギーの放出感を体で感じたりなど。

あともう一つ、アマチュアオケの中で演奏してみると、それを通してその国の社会が見えてきます。と言うとちょっと大げさですが、少なくとも人と人との関係性が見えてくるというのはありますね。例えば、リハーサルの様子を見ていると、彼らがどういう学校教育を受けてきたか、授業がどんな雰囲気で行われているのか、ということが何となく伝わってくる。とにかく、日本の学生オケとは全然違います。日本だと、指揮者やトレーナーの方が立場が上で、静かに、ありがたくお話を拝聴するというムードがありますが、こちらでは指揮者(それがベテランだろうが、学生指揮者だろうが)とオーケストラは基本的に対等の関係で向かい合っているように思います。だから、指揮者が指示を出しても、そこで自然とやり取りが生まれるし、「どうして?」と理由を問うときもある。それはもちろん、彼らが学校や家庭でそういう教育を受けてきたからでしょう。

まあその一方で、日本の「真面目な」世界からやって来た者としては、「忍耐力がないなあ」と感じることもしばしば。プローベ中なのに、休みの小節が長いと本やレポートを読み出したり、時には後ろからハリボのグミが回ってきたり(笑)。これが日本だったら、血相を変えて怒ったり、注意したりする先輩がいるでしょうが、そういう人もいないので、私もまあそういうものかと思うようにしています(笑)。こういう環境で、授業をする学校の先生は大変だろうなと想像したり・・・。

でも、音楽の楽しみ方が自然でいいなあと感じることも多いです。例えば、ベルリン・フィルのライブを観ていると、エマニュエル・パユとアルブレヒト・マイヤーが演奏中なのに向かい合って、冗談めかした仕草をするときがありますが、アマチュアでもそういう「遊び」が自然と起こる(日本だったら、こういうところでも血相を変えて怒る先輩がきっといますが)。あと、日本が初めて出場した1998年のワールドカップフランス大会で、日本代表が本選の直前にフランスのアマチュアチームと練習試合をした際、「フランス代表より全然下手なのに、パスの回し方は(フランス代表と)同じだった」というようなことを日本の選手が言ったそうですが、それと同じようなことは音楽にも当てはまるように感じます。

私にとっては、音楽を通して得られる、とても面白い異文化理解の場といえるかもしれません。

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今回私にとってちょっと特別なのが、1回のコンサートで3種類のフルートを吹くこと。リストでは並笛を、新作ではアルトフルートを、ショスタコーヴィチではピッコロを吹きます。こんなことは初めてなので、ちょっとドキドキしています。

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アマチュアの演奏ですので、積極的にお誘いすることもできないのですが^^;)、もしご興味がありましたら、足をお運びいただけると幸いです。10日(日)がクロイツベルクのエマウス教会、15日(金)がフィルハーモニーの室内楽ホールで行われます。

Konzerte im Wintersemester 2012-13
Sonntag 10.02.2013 16:00
Emmauskirche, Lausitzer Platz (U Görlitzer Bhf)

Freitag 15.02.2013 20:00
Kammermusiksaal der Philharmonie

Programm:
Franz Liszt
Totentanz für Klavier und Orchester

Hector Marroquin
El Enemigo für Sopran und Orchester (Uraufführung)

Dmitri Schostakowitsch
12. Symphonie "Das Jahr 1917"

Junges Orchester der FU - Berlin
Künstl. Leitung - Antoine Rebstein
Klavier - Beatrice Berrut
Sopran - Julia Baumeister

Eintritt:
Kammermusiksaal: 15 / 12 / 8 €
Emmauskirche: 10 €
by berlinHbf | 2013-02-09 00:52 | ベルリン音楽日記 | Comments(6)

ポツダム・サンスーシ音楽祭2012より(2) - 宮廷劇場 -

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Neuen Palais Potsdam (2012-06)

ベルリンからの日帰りでポツダムを観光しようとすると、多くの旅行者は2大名所のサンスーシ宮殿かツェツィーリエン宮殿、もしくはその両方に行くだろう。両者は離れている上、その間の公共交通の便がよくないので、それにプラスして旧市街を少し見れば1日はあっという間に終わってしまう。ポツダムに泊まってまで見る人は少ないので、サンスーシ公園の奥まった場所に位置するこの新宮殿まで来るのは、どうしてもポツダム訪問が2回目以上の人になってしまう。

よく言われるように、新宮殿はフリードリヒ大王が7年戦争の勝利で得た富で建てられただけあって、サンスーシ宮殿に比べると遥かに大規模な造りになっており、一見の価値はある。私はまだ観に行けていないのだが、ここで開催中の生誕300周年の展覧会「FRIEDERISIKO」は、連日盛況だそうだ(10月28日まで開催)。

この新宮殿の一角にSchlosstheaterと呼ばれる宮廷劇場がある。ここを右に曲がると、劇場の入り口が見えてきた。

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ポツダムの宮殿群は幸い戦災から免れたので、この宮廷劇場も18世紀の建設当時の内装をほぼそのまま残している。私にとって一つの憧れの場所だった。今年のサンスーシ音楽祭では、フリードリヒ大王が台本を書き、グラウンが作曲したオペラ《モンテズマ》(1755年初演)が上演されるというので、とりわけ楽しみにしていたのだ。

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初めて中に入った劇場は、想像していたよりも豪華絢爛な感じではなかった。とはいえ、ドイツに現存する18世紀のロココ劇場としては貴重なものに違いない。このクモの巣をモチーフにした装飾などを見ると、私は自然とサンスーシ宮殿の音楽室を連想してしまう。

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ここにはもうかなりの回数来ているが、毎回入る瞬間、私はかつてこの空間で奏でられたであろう音楽を想像して、ひと時の夢心地を味わう。C.P.E.バッハ、グラウン、クヴァンツ、ベンダ、そしてもちろん大王自作のフルート協奏曲…(もっとも、かの大バッハがポツダムの大王を謁見したとき、サンスーシ宮殿はまだ完成していなかった。そしてモーツァルトがポツダムを訪問したとき、大王はもうこの世にいなかった。歴史の因果にも思いが至る)

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この日はマチネーで、ポツダム・カンマーアカデミーの演奏で、《モンテズマ》が上演された。指揮者のSergio Azzolini氏は、通奏低音のファゴットを奏でながら、時に楽器を指揮棒のように動かして、リードを取る。このオペラの音楽的価値がどれほどのものなのかは正直よくわからないけれど、コロラトゥーラの超絶アリアがたっぷりで、ときには客席から歌手が現れたりと、なかなかにスペクタクルな舞台だった。

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そうそう、ここで初演された名作に、メンデルスゾーンの《真夏の夜の夢》がある。前回お話ししたフリードリヒ・ヴィルヘルム4世の治世の1843年10月14日、ここで初めて劇音楽の完全版が奏でられたのである。あの完璧無比の序曲、夢幻的なスケルツォ、そして結婚行進曲…その日、客席には、アレクサンダー・フォン・フンボルトやフェルディナンド・ヒラー夫妻もいたという。タイムマシーンがあったら…ではないが、ポツダムの宮廷と音楽をめぐるテーマは、興味が尽きない。

追記:最近発売されたエマニュエル・パユがフルートを吹いた映像作品「フリードリヒ大王に捧ぐ~サンスーシのフルート協奏曲集」は、新宮殿の宮廷劇場で撮られたものだ。なぜか「サンスーシ宮殿で収録」となっているけれど…

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by berlinHbf | 2012-09-07 22:16 | ベルリン音楽日記 | Comments(0)

ポツダム・サンスーシ音楽祭2012より

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Schloss Sanssouci (2010.10)

8月18日のお昼、たまたまポツダムのサンスーシ宮殿に行ったところ、宮殿に面したフリードリヒ2世(大王)のお墓がいつになく華やかに彩られていました。格式を感じさせる花輪に加え、大王がプロイセン国民に初めて食べさせたことから、いつも必ず置かれているジャガイモも、この日は盛りだくさん。その中には、日本から誰かが持って行ったと思われるお菓子「じゃがりこ」もありました(笑)。一体何だろうと思いつつも、すぐにその場を離れたのですが、後になってこの日がフリードリヒ大王の命日だということを知りました。

フリードリヒ大王の生誕300周年の今年、6月にポツダムで聴いた関連の公演について書いてみたいと思います。おそらく日本ではあまり有名ではないと思いますが、毎年6月、ポツダム・サンスーシ音楽祭というのが開催されます。1991年に始まった音楽祭で、ホーエンツォレルン家ゆかりの音楽、舞踏、演劇、オペラを軸にプログラムが組まれ、内外から一流のアーティストが顔を揃えます。6月9日から24日まで開催された今年の音楽祭のテーマは、やはり「フリードリヒ大王ー音楽とヨーロッパー」(ちなみに来年はスカンジナヴィアがテーマだそう)。まず、9日に行われたオープニング公演を聴きました。

この音楽祭は、ポツダムとその近郊のコンサートホール、宮殿、教会などで行われるのですが、この夜の舞台はサンスーシ公園内にあるFriedenskirche(平和教会)。サンスーシにはもう数え切れないほど言っていますが、この教会の中に入ったことはなく、しかも一緒に行った友達が「ここで聴く音楽は素晴らしい」と以前から力説していたので大分前から楽しみにしていました。演奏がベルリン古楽アカデミーとなれば、期待はさらに高まります。

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平和教会は、サンスーシ宮殿のある丘の上ではなく、公園内のふもとの方に位置するので、旧市街のブランデンブルク門から徒歩5分ぐらい。1845年、フリードリ・ヴィルヘルム4世の命により教会の建設が始まり、完成は1854年。北イタリアの修道院建築を模倣しているそうで、中庭や回廊の写真を見返しながら、「そういえば、10年ぐらい前に訪れたパドヴァの修道院がこんな感じだったなあ」とふと思い出しました。

今回は見ていませんが、この教会には御廟(Mausoleum)が隣接しており、地下の納骨所を含めて、大王の父で「兵隊王」のフリードリヒ・ヴィルヘルム1世、フリードリヒ・ヴィルヘルム4世、その妃のエリザベート、それから皇帝フリードリヒ3世と妃のヴィクトリアといった錚々たる人物が眠っています。ヴィクトリアはイギリス出身で、あのヴィクトリア女王の長女。いつかチャールズ皇太子がポツダムを訪問した際、献花のためこの教会を訪れたという話を、連邦大統領府で儀典長を務められていたマルティン・レーアさんから聞いたのを思い出します。

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教会内部に入った瞬間、その美しさにはっとなりました。教会といっても、シューボックス型のコンサートホールに近い構造をしています。奥に見える美しいモザイクは、13世紀にベネチアのムラノの教会のために作られたもので、ヴィルヘルムが皇太子時代に購入し、ポツダムに運んできたのだとか。

コンサートは、初めて聴く曲ばかり。細かい記憶は薄れてしまったのですが、印象に残っているのは、大王が愛したフルートの音楽。クヴァンツ作曲の2本のフルートのための協奏曲だったでしょうか、それはもう絶品といえるもので、2本の笛が交感する、生気に満ちあふれたアンサンブルを堪能しました。それから、韓国人のソプラノSunhae Imによるアリア集。さすが、ルネ・ヤーコプスにもたびたび起用されているだけあって、澄んだ声の、完璧にコントロールされたコロラトゥーラを聴かせてくれました。

3時間近い長いコンサートになりましたが、6月のヨーロッパだけあって、22時近くなっても澄んだ青い空が広がっていたのが印象に残っています。

Arien, Ouvertüren und Tänze aus
André Campra (1660-1744)
„L’Europa galante“ (Ballettoper, 1697)

Carl Heinrich Graun (1704-1759)
„L’Europa galante“ (Festa teatrale, 1748, Neuzeitliche Erstaufführung)

Friedrich II. von Preußen (1712-1786),
Johann Heinrich Quantz (1697-1773),
Carl Heinrich Graun
„Il Re pastore“ (Pasticcio, 1747),

Georg Philipp Telemann (1681-1767)
„Die wunderbare Beständigkeit der Liebe oder Orpheus“,
TWV 21:18 (1726)

Antonio Vivaldi (1678-1741)
Concerto für Streicher E-Dur, RV 271 „L’amoroso“

»Wortschätze« mit Klaus Büstrin
Sunhae Im, Sopran
Raffaella Milanesi, Sopran
AKADEMIE FÜR ALTE MUSIK BERLIN
Musikalische Leitung und Violine: Bernhard Forck

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by berlinHbf | 2012-08-31 13:45 | ベルリン音楽日記 | Comments(2)

夏の夜空に鳴り響くベートーヴェン

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満員に近い聴衆が集まったヴァルトビューネ

ベルリンの西の郊外にある野外劇場ヴァルトビューネでは、ベルリン・フィルのピクニックコンサートをはじめ、夏の間さまざまなジャンルのコンサートが開催されます。その中から7月29日、ダニエル・バレンボイム指揮、ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団のコンサートに行ってきました。
 
実はこの2日前、私はたまたまテレビでバレンボイム氏を観る機会がありました。ロンドン五輪開幕式の終盤で、彼が国連の潘基文事務総長やリベリアの平和運動活動家レイマ・ボウィ(2011年のノーベル平和賞受賞者)らと共に大きな五輪旗を運ぶ姿が映し出されたのです。それは、ユダヤ人音楽家であるバレンボイム氏が、長年イスラエルとアラブ諸国の融和のために尽力してきたからにほかなりません。彼はその意思表明を、イスラエルとヨルダン、レバノン、シリアなどアラブ諸国の音楽家が集まって1999年に結成された、ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団との活動を通じて実践してきたのでした。

コンサートの数時間前、猛烈な雨がベルリンに吹き荒れました。公演中止という事態も一瞬頭をよぎりましたが、コンサートが始まる頃には雲は完全に引き、見渡す限りの青空が広がりました。その変化の様子は、「奇跡的」と呼びたくなったほど。会場をほぼ埋め尽くしたお客さんの間からも、安堵のムードが漂います。

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バレンボイムとウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団

ベートーヴェンの交響曲第3番と第5番というプログラム。バレンボイム氏と同楽団のコンビはつい最近、新しいベートーヴェンの交響曲全集を出したばかりなのですが、前半の英雄交響曲の、力強い冒頭の和音が鳴り響いてすぐに、その仕上がりの高さに驚嘆。これはもう臨時編成のオケとは思えないほどの水準です。オーボエやホルンなどのソロ楽器には華があり、何より合奏が1つの統一体を成しています。バレンボイム氏は時々独特の「ため」を作りながら、「英雄」にふさわしい真摯で雄渾な演奏を聴かせてくれました(もっともPAを通した音は、やや迫力不足だったのも事実ですが)。

踏みしめるようなテンポで始まった「運命」は、日が沈んでいく過程と重なり、夜空に舞う花火のごとく壮大なフィナーレが終わると、聴衆の盛り上がりは最高潮に。バレンボイム氏はマイクを手にし、「ベートーヴェンの『5番』の後にアンコールを演奏することはできません。でも、我々は来年もここにやって来ます!」と短く挨拶。来年8月25日、ヴェルディ、ワーグナー、チャイコフスキーのプログラムを引き下げて彼らは再登場するそうです。

翌日の新聞には、「バレンボイムは天気も指揮した」の見出しが躍っていました。
ドイツニュースダイジェスト 8月17日)

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by berlinHbf | 2012-08-17 15:31 | ベルリン音楽日記 | Comments(6)

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