ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
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本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

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現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

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フリードリヒ・シュトラーセ駅の「涙の宮殿」

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Tränenpalastにて(7月24日)

映画「グッバイ、レーニン!」のヒット以降、東ドイツ時代への関心が高まっている中で、2006年もいろいろな話題があった。

ベルリンにはDDR時代の生活文化を伝えるDDR博物館なるものがオープンしたし、"Das Leben der Anderen"というDDRの秘密警察を舞台にした映画がヒットした。一方で、DDR時代最大級の遺構である共和国宮殿の取り壊し作業が難航し、当初の予定より1年以上遅れるというニュースも最近耳にした。

そんな中で、この夏フリードリヒ・シュトラーセ駅の「涙の宮殿」がひっそりとなくなった(いや、正確に言うと建物自体はまだ残っているのだが)。

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「涙の宮殿(Tränenpalast)」とは、フリードリヒ・シュトラーセ駅に面した国境検問所の俗称で、東ベルリンから西ベルリンへ抜ける際はここを通ることになっていた。西側への旅行の自由のない東ドイツ市民は、西側からやって来た客人とはここで別れなければならず、それが壁によってある日突然引き裂かれた家族という場合もあった。「涙の宮殿」と言われた所以はそこにある。

ドイツ再統一後、「涙の宮殿」は同名のクラブとして生まれ変わり、ディスコやライブなどさまざまなイベントの会場として使われてきたが、経営難から7月をもって閉鎖されることになった。そのニュースを耳にした私は、それまでに一度は中に入っておこうと思い、7月のある日例によってカメラを持って出かけたのだった。

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入り口から中に入ると、まずこのような小さなホールがある。中に入った瞬間、薄暗い照明の内部に私は妙な生々しさを感じた。ここにはDDR時代の写真や資料などが展示されている他、プレート類も当時のままだった。

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「出国」と書かれたドアを抜けると、そこが今の劇場のチケット売り場になっていた。売り場のおばさんに聞いてみたところ、「涙の宮殿」は文化財なので建物は改修されて残ることになるが、入り口のホールは残念ながら取り壊されてしまうとのこと。私はそれを聞いて、今しかないと思いとにかく写真を撮りまくった。後で知ったことによると、ここに展示されているプレート類は全て競売にかけられたそうだ。

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私の手元に、"Grenz- und Geisterbahnhöfe"(Bien & Giersch Projektagentur)という地図がある。そこには壁があった時代のフリードリヒ・シュトラーセ駅の見取り図が載っており、Sバーンで西から東に入る場合、地下鉄で西から東に入る場合、そして東から西へ出る場合と、それぞれどういう経路をたどらなければならなかったのかがイラストで示されていて興味深い。特に、入国の際の経路が複雑を極めていて、あの狭い駅の構内がこんなにたくさんの囲いによって仕切られていたのかと驚くばかりだ。

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「東ベルリンが封鎖された」という見出しで伝える、1961年8月13日の
Berliner Morgenpost紙の号外。

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「壁によって引き裂かれた家族のメンバーが、別れの際ここで流した涙こそは、われわれヨーロッパ人に特別な責務というプレッシャーを課している」
Władysław Bartoszewski(元ポーランド外務大臣)

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ここを抜けると、まず最初のパスポートチェックが待ち受けていた。
その次は通関手続き。DDRマルクは国外への持ち出しが禁じられていたので、口座に預金するか、赤十字に寄付をするかどちらかだった(ということが先の地図に書いてあります)。

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今度は、「西ベルリン市民」、「西ドイツ市民」、「その他の外国人」の3つのカテゴリーに分かれて、詳細なパスポートのチェックを受けることになる。

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当時のその様子を伝える写真。

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全ての手続きが済むと、ブーというブザーが鳴って扉が開き、駅へと通じるトンネルへと進むことができるのだ(当時、「涙の宮殿」と駅はつながっていた)。
やれやれ、ようやくこれで西ベルリンへ戻れる!

と、いかにも実際に体験したようなことを書いていますが、あくまでWikipediaの記事や先の地図を参考に想像を交えて書いたまでです。誤り等があったらご指摘ください。

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これは今年8月に偶然入った「涙の宮殿」の内部の様子。そう遠くない昔、ここが異世界との境界だったと想像するのはなかなか難しい。

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これを読んでくださっている方の中には、実際にこの経路で東から西に出国したことのある方もおられるだろうと思います。もし何か思い出したことがあったら、昔話をぜひ聞かせてください。もちろんそれ以外のコメントも大歓迎です。

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by berlinHbf | 2006-12-22 02:43 | ベルリン発掘(境界) | Comments(19)
Commented by la_vera_storia at 2006-12-22 11:26 x
ウーン、懐かしいですね。この検問所を通った回数、もう数える手がかりもないほどの回数です。壁崩壊直前の89年の秋でしたが、その時の混雑は大変のものでした。ここに入ると、まず換気が非常に悪かったですね。気分を悪くした女性が倒れたりしていました。そうすると、DDRの係官がその女性を列の前方に連れて行って、順番が早く来るように便宜を図ってやっていたのを何度も見ました。あの国の係官らしくないほどの親切さでしたね。
Commented by la_vera_storia at 2006-12-22 11:35 x
ブースの前で出入国担当係官のカウンターの前に一人ずつ立ちますが、カウンターの上部には反射鏡があって、旅行者がカウンターの下に何を持っているかなどが係官から見えるようになっていました。中央駅さんが書いていらっしゃる「ブザー」は正確に言えば、あれはブースの出口のlockが解除される音です。
Commented by la_vera_storia at 2006-12-22 11:42 x
このブースのカウンターには旅行者が一人ずつ立たされるのですが、あの壁崩壊直前の89年秋には、もう係官もやる気を無くしていた為か、3~4人まとめて立たせるようになりました。パスポートも全員のものをまとめて受け取り、VISA発行が終わると、我々にパスポートを放り投げるように乱暴に返却しました。15年近くこの検問所の「お世話になった」私でしたが、そんな経験はこの89年秋が初めてでした。つまらないことですが「歴史の転換点」を実感した瞬間でした。
Commented by la_vera_storia at 2006-12-22 13:24 x
おっと、中央駅さんゴメンナサイ! 上の3つのコメントはフリードリヒ通り駅の検問所で西→東の入境の時の話でした。この西→東に入る時ですが、ブースの出口がunlockされると、そこはフリードリヒ通り駅の構内だったわけです。この「涙の宮殿」は東→西の「越境検問所」です。すでに申し上げた89年秋の段階では、東→西の旅行者がここの前に長蛇の行列をつくっていたわけです。その行列の最後尾はフリードリヒ通りが現在のDorotheenstr.と交差するあたりまで続いていました。ただし、西→東の越境よりも東→西の越境のほうが「出入国審査」の時間はやや短かったですので、行列の順番で「涙の宮殿」にたどり着くまで約1時間ほどでしたね。
Commented by la_vera_storia at 2006-12-22 13:57 x
西→東に1日限定で入りますと以下のような1枚の紙っぺらのヴィザが発行されます(厳密に言えばこれとほんの少し様式が違いますし、そしてこれはチェックポイントチャーリーの検問所でのものです。 うまくリンクできるかな?)
http://news.webshots.com/photo/1103094820038824684CoWnts
裏には、このヴィザで行くことの可能だった地域(要するに東ベルリン限定ということです)が示されています。
http://news.webshots.com/photo/1103095346038824684sCQEpv
ポツダムなどは当然この地域外ですから、本来はこのヴィザでは行けないのですが、しかし私も若かったせいか、びくびくしながらポツダムまで「違法に」行った思い出があります。この「東ベルリン地域」の最後から2,3駅まではいつも通り切符を買わずに「タダ乗り」。あえてその駅でSバーンを下車し、今度はそこでポツダム行きの切符を買う...そういう「偽装工作」をやったわけです。でも私と同じように1日ヴィザでポツダムまで行った方々の多くは、全て「タダ乗り」で行かれたそうで、皆さん本当に「勇気ある」方々のようでした(笑)。
Commented by gramophon at 2006-12-22 14:36 x
私が住んでいた86~90年の話しですが、蛍光灯が暗くて陰気、しかも係官が無愛想で、機関銃を持った兵士も居るし、時間が掛かる上に緊張した場所です。でも一度だけ「日本人か」と訊かれ、パスポートを見りゃわかるのにと思いながら、「はい」と答えると、「柔道を習っています。あなたの好きな決まり手は何ですか」と突然個人的な質問をされたので吃驚した思い出があります。高校の授業でしか柔道経験はありませんでしたが、適当に「体落とし」と答えると、もうその後はずっと自分の得意技の話しでした。勿論、作業は中断してますから、列の後ろの人には気の毒なことをしましたが、係員がOKしないと扉の解除がされないので、仕方がありませんでしたね。
Commented by la_vera_storia at 2006-12-22 14:53 x
話しを「涙の宮殿」に戻します。 東西分断時代最後の4年ほどの間は、西ベルリンに戻る私は、親しくなったDDRの人この場所で分かれたものでした。その人は私と別れるときに、いつも一度だけ手を振って私に別れの挨拶をしたあと、背を向けて決然として暗闇のフリードリヒ通りに姿を消したものでした。 その後姿の印象は今だに鮮明です。 DDR崩壊後しばらくしてからその人とこの場所を再び訪れました。 私は、「あなたの後姿、本当に素敵だった!」とその人に言ったものでした(笑)。

長々と失礼いたしました。 どうぞ素晴らしいクリスマスと新年をお迎え下さい!
Commented by MOTZ at 2006-12-22 14:59 x
本文、コメントともに興味深いお話がうかがえて
うれしいです。
私はお恥ずかしいことにTraenenpalastのネオンを見たこと
はありますが、ただの劇場か何かだと思っていました。
なんと甘美な名前!って思いながら。
そういう理由でついた俗称だったのですね。
一度くらい入ってみたかったです。
Commented by berlinHbf at 2006-12-24 09:27
>la_vera_storiaさん
リアリティーに富んだエピソードの数々、どうもありがとうございます。
係員のぞんだいな態度から、 「歴史の転換点」を実感したという話などとても印象的でしたし、la_vera_storiaさんは「涙の宮殿」で実際に何度も人との別れを経験されているのですね。自分としてはもはや想像することしかできない時代の話ですけれど、それでもいろいろなことをイメージすることができました。
Commented by berlinHbf at 2006-12-24 09:32
>gramophonさん
DDR兵士とのやりとり、おもしろいですねぇ。
社会主義国家の兵士といえども普通の若者でしょうから、柔道の話ができる日本人を見つけてうれしくてしょうがなかったのかもしれません。こういうエピソードは実際に体験した人でなければ書けません。この記事を書いてよかったなと思いました。ありがとうございます!
Commented by berlinHbf at 2006-12-24 09:35
>MOTZさん
私もこの建物の意味を知ったのは、ベルリンに来て2年ぐらい経ってからのことです。こんなにリアルな現実があったのだなと、今回いただいたコメントを読んで改めて思いました。
Commented by しゅり at 2006-12-24 11:22 x
こんにちは、マサトさん。
このような歴史的な建物が完全に保存されずに
ましてプレートなんかが競売にかけられるなんて
驚きです。
マサトさんの写真のままで残って欲しかった。
建物は文化財ということで残るのは嬉しいのですが
一般公開はこれからどうなるんでしょうねえ・・・。
ここはフリードリッヒシュトラーセ駅の北側ですか?
この駅を利用していても全然気がつきませんでした。
Commented by 焼きそうせいじ at 2006-12-24 17:49 x
Traenenpalastの今をお伝えいただき、ありがとうございます。いつもならここぞとばかりに昔話を連ねるところですが、マサトさんのご要望にもかかわらず、何も書くことができません。これも一つのコメントでしょうかね(笑)。

この検問所は今でも夢に出てきます。
Commented by akberlin at 2006-12-26 00:18
何度となく前を通りながらついに訪問の機会がなかった
涙の宮殿。その向かい側の劇場のこけら落としはロックスターが
主演したことで話題になったブレヒトの「三文オペラ」・・・。
やっぱりベルリンは興味が尽きませんね。
また続報をお待ちしています。
Commented by berlinHbf at 2006-12-26 09:34
>しゅりさん
こんにちは!お久しぶりです。
「涙の宮殿」はフリードリヒの駅のすぐ北側にあって、Sバーンのホームからも見えますよ。駅の南側がどんどん近代化されていく中で、ここだけ完全に時代から取り残された印象を受けます。今後の行方が気になる建物の一つですね。
Commented by berlinHbf at 2006-12-26 09:40
>焼きそうせいじさん
>この検問所は今でも夢に出てきます。
この一言でも、十分何かが伝わってきますよ(笑)。
私の拙文を読んでいただけただけでもうれしいです。
Commented by berlinHbf at 2006-12-26 09:48
>akberlinさん
「涙の宮殿」には、私も何とか滑り込みセーフであの中に入れたという感じです。
向かいのAdmiralspalastも興味はあるんですが、あそこは公的な援助を受けていない劇場ゆえチケットが割高で、なかなか入るチャンスがありません。こけら落としの「三文オペラ」は、かなり話題になりましたよね。芝居としての評判は散々だったようですが・・・

ベルリンにはまだまだ取り上げたい場所がたくさんあります。
Commented by いしだまさたか at 2009-09-16 22:57 x
こんにちは。89年1月にフリードリッヒ・シュトラーセ駅を通って、何回か東西ベルリンを行き来しました。当時、アインターク(日帰りヴィザ)で簡単に西から東へ行けたのですが、滞在ヴィザはバウチャーをとる必要があり手間と金がかかりました。ぼくは東ベルリンに友人がいたので、アインタークで東に入り、夜11時55分に西に戻り、0時過ぎに再びアインタークをとって東に入り、友人宅に泊まりました。
Commented by berlinHbf at 2009-09-18 19:49
いしだまさたかさん
はじめまして。大変びっくりしました!
というのも、藤原新也さんのサイトで石田さんの「オルタナティヴ・ミュージック」が紹介されているのを見て、読んでみたいなあと思っていたからです。まさかそのご本人から直接コメントをいただくとは思ってもいませんでした。石田さんはこの時代のベルリンにもいらしていたんですね。今年末に日本に帰るかもしれないので、その時は「オルタナティヴ・ミュージック」をぜひ手に取ってみたいと思います。

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