ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


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現在のトップ画像は、ベルリン在住のイラストレーター、高田美穂子さんによるオリジナル作品です(詳しくはこちらより)

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ベルリンの幼年時代 - メヒティルトさんに聞く(1) -

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メヒティルトさんの父親と愛車のフォルクスワーゲンの写真(10月17日)

「ベルリン・インタビュー」のお1人目、メヒティルト.Tさんに伺った話の初回分をアップします。今回は自分のルーツからベルリンでの幼年時代、音楽との出会いの話(彼女は実はワグネリアンなのです)などが中心です。メヒティルトさんには興味深いお話をたくさん聞かせてもらいましたが、とにかく昔のことをよく記憶されているのには驚かされました。少々長いですが、お読みいただけるとうれしいです。私は明日、日本に向けて発ちます。

- 両親と先祖、そしてベルリン

マサト(以下斜体):最初に、メヒティルトさんのご両親、そしてご先祖とベルリンとの関係についてお聞かせいただけますか?

メヒティルト: 両親は2人ともベルリンで生まれました。父はミッテ(1905年)、母はシェーネベルク生まれ(1908年)で、まさにシュプレー川の水で洗礼を受けたわけです。

2人の祖母もベルリンの人ですが、祖父は他の町の人です。一人は東プロイセン、もう一人はハルツ地方の出身でした。

東プロイセン出身の祖父はエルビング(Elbing. 現在はポーランド領)という町で絵描きをやっていました。でもそれだけでは生活できなくて、仕事を求めてベルリンにやって来たんです。当時はそういう理由で多くの人がベルリンに集まって来ました。私は祖父が描いた絵をまだ何枚か持っています。

もう一人の祖父は、ハルツ地方で帽子関係の商人として働いていました。あの時代の人々はみんな帽子をかぶっていたでしょう。

さらにその上の曽祖父と曾祖母になりますが、男性の系列がみんな他の町出身なのに対して、女性の系列はみんなベルリーナーなんです。私はそのことを誇りに思っています(笑)。

曽祖母(Urgroßmutter)の1人は1848年の3月革命の8週間前に生まれたのですが、当時の市街図を見ると、彼女の家の前に外敵の侵入を防ぐためのバリケードが張ってあったことがわかります(と言って、当時の地図を見せてもらう)。だから私はいつもこういう絵を想像するの。生後8週間の曾祖母が寝ている、その家の前にバリケードが張られているという絵をね。

そうそう、1848年の革命の時の話で、もう一つ面白い話があるのよ。

何ですか?

メヒティルト:エルビングに住んでいた私の祖父の父親、つまり曽祖父が、新しい生活を始めようとベルリンまで歩いてやって来たんです(注:エルビングからベルリンまでは直線距離で約400キロある)。ところが、ベルリンはちょうど革命の最中で市門が閉鎖されていて、町の中に入ることができなかった。彼は本当にがっかりして、でもどうしようもないから、結局シュテティンまで歩いて、そこから船でエルビングへ戻ったんですって。

彼はその後どうしたんですか?ベルリンに再びやって来たのですか?

メヒティルト:いいえ、エルビングに留まりました。ベルリンに来るのは、その息子の代になってからです。

この話はどこで知ったのですか?

メヒティルト:私の母がよく聞かせてくれました。だって素敵な話でしょう。
私の両親は1927年に結婚して、ベルリンのミッテに住んでいました。母は再婚でした。父は商人で、乳児の食品を売る仕事という関係上、幸運にも軍隊行きを免れたんです。両親はあの戦争の間、ずっとベルリンにいました。まさにミッテのど真ん中で生き延びたのは、幸運だったとしか言いようがありません。私が生まれたのは1949年の1月25日です。

- メヒティルトさんの幼年時代と当時のベルリン

私の母と同い年なのですね。当時、ミッテのどこに住んでいらしたんですか?

メヒティルト:終戦直後の写真を見せるわ。実は昨年、父の100歳の誕生日を祝った際に、写真を整理しました。もちろん父はとっくに亡くなっているけど、祝ってやらなければと思ったんです。

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メヒティルト:ミッテとクロイツベルクの境、マリアンネ広場の近くです。これがその家だけど、その周りは完全に焼け野原になっているのがわかるでしょう。この辺は85%以上が瓦礫になりました。戦後この周辺はソ連セクトの南端に属し、アメリカセクトと境を隔てていました。

今のライヒ通りのアパートに越してきたのは、私が生まれた翌年の1950年のことです。私の母は事務的な手紙からプライベートの手紙まで、全てカーボン紙に写して書き、予備を残しておいてくれたので、私はとても喜んでいるのですが、当時の手紙の中にこんなことが書かれています。「この家の周りは緑が多く、瓦礫が運んでくる埃にまみれることもありません」。生まれたばかりの娘にとっても、いい環境だと思ったんでしょうね。クロイツベルクの家は狭くて日当たりも悪かった。おまけにソ連セクトでした。ここに越してきたのは、そのことが一番の理由だったかもしれません。以来50年以上、私はずっとこの家に住んでいます。

子供の頃はベルリン市内をよく歩きましたか?

メヒティルト:私の父は、当時まだそれほどポピュラーではなかった車を持っていて(常にフォルクス・ワーゲンでした)、ベルリンのいろいろなところへ連れて行ってくれました(↑冒頭の写真)。そういうことがあって、私は子供の時から故郷の、つまりベルリンの歴史に興味を持つようになったんです。あと、家族の歴史もそうね。両親はとても忙しかったけれど、日曜日にはよくグルーネヴァルトの森を一緒に散歩しました。

幼少期に好きだった場所は?

メヒティルト:それは簡単よ。家の前と家の横、あと家の裏の小さな庭ね(笑)。あと通りをはさんだ向かいに小さな公園があって、そこでよく遊びました。2週間前の日曜日に、近所を散歩した後で、久しぶりにこの公園に行ったんです。そこで孫のミロンが遊んでいる姿を見ていたら、突然子供の自分が遊んでいる姿を思い出して、全く不思議な気分になりました。50年前にそこに他に誰がいて、一緒に何をして遊んでいたかまで思い出したんです。

一人で街中へ出るようになったのはいつぐらいからですか?

メヒティルト:13歳の頃だったけれど、KaDeWeデパートに行くのが大好きでした。特にお気に入りだったのはレコード売り場、本屋、あと食料品売り場。あと学校で裁縫を習い始めたので、洋服の生地売り場にもよく行ったわね。そういうわけで、KaDeWeの中は上から下までよく通じていたんです。

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KaDeWeの内部はその時からあまり変わっていませんか?

メヒティルト:いえ、70年代に大規模に改修されて、それ以来あまり行かなくなりました。もう私のKaDeWeではなくなってしまったから(笑)。

- 音楽、そしてワーグナーとの出会い

それから13歳の時にオペラを観に行くようになってからは、友達とよくBote&Bockに行っていました。このお店知っている?

知らないです。

メヒティルト:もうなくなってしまったけれど、ハルデンベルク通りにあった大きなレコード屋さんで、レコードを視聴できる他に楽譜も売っていました。今もクーダムにあるRiedelと並んで有名なお店でした。気に入ったレコードを選んで、小さな視聴室に行ってね、そこで歌手のヴィントガッセン(Wolfgang Windgassen)に出会いました。私はヴィントガッセン派で、友達はフィッシャー=ディースカウ派(笑)。

随分早熟な子供だったんですね。

メヒティルト:母には3人の姉がいたのですが、みんな音楽が好きで全員ピアノが弾けたんです。でも椅子は一つしかないから、誰が弾くかでよく争っていたらしいわ。ちょうど今の子供たちがテレビの番組でけんかになるようにね。母は10代の時、家にあった「タンホイザー」のピアノ版の譜面で、ワーグナーをピアノで弾こうとしていました。そこにあるのが、まさにそのピアノよ。

そういうわけで、子供の頃から母は私をオペラに連れて行ってくれました。今話したフィッシャー=ディースカウ派の友達はお母さんが音楽家で、やはりよくオペラに連れて行ってもらっていたようですが、彼女はモーツァルトが好きでした。私はワーグナーの方が好きで、歌手ではヴィントガッセン。とてもいい友達だったけれど、彼女とは意見がよく分かれたわね(笑)。

劇場でのオペラ初体験は?

メヒティルト:1956年か57年だったと思います。東のコーミッシェ・オーパーでした。私の両親が有名なワーグナー歌手のマルガレータ・クローゼを個人的に少し知っていて、彼女が出演するというので、チケットを手配してもらって聴きにいったんです。両親は酷評していたけれど、私は今となってはそのオペラを観たことを誇りに思っています。それはブリテンの「アルバート・ヘリング」というオペラで、演出は有名なヴァルター・フェルゼンシュタインだったはずです。

初めてのオペラは楽しかったですか?

メヒティルト:(きっぱりと)いいえ。子供には難しかったわ。でも、普段は寝る時間に外に出るということが、子供心に興奮しました。あと、よく覚えているのが、今と違って街灯が少なく外がとても暗かったことです。

2回目に見たオペラは、1959年ヘンデルのオラトリア「ペルシャザール」をオペラとして上演したものでした。そして3回目が、1960年11月にシャルロッテンブルクの市立歌劇場(現ドイツ・オペラ)で両親と観たワーグナーの「ジークフリート」。なぜだかわからないけど、このオペラは気に入ったんです。11歳の女の子が興奮するような話ではないのにね。両親はその後「ヴァルキューレ」にも連れて行ってくれました。

ジークフリート役はヴィントガッセンでしたか?

メヒティルト:いえ、ヴィントガッセンの活動の拠点は南ドイツやウィーンで、私はまだ彼のことは知りませんでした。

ちょうどその頃、両親が私にバイロイト音楽祭というものがあることを話してくました。冬のある日、父が1961年のバイロイト音楽祭の冊子を私に贈ってくれたんです。その時私の中で何かが起こりました(笑)。

(その時のパンフレットを持ってきて)ほら、最後のページに、音楽祭の会員へのすすめと寄付金のお願いについて書かれているでしょう。これを読んでしばらくしてから、私は音楽祭の事務所宛てに1通の手紙を書いたんです。「私は今12歳ですが、ワーグナーの作品を支援するために何かできることはないでしょうか?」と。

12歳の女の子の行動とは思えないですね(笑)

メヒティルト:すると、音楽祭の事務局長がとても親切な方でね、私に丁寧な返事を書いてくれました。その方と手紙のやり取りが始まったんです。

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(次回はおそらく日本からの更新になると思います。よかったらワンクリックをお願いします!)
by berlinHbf | 2006-11-05 19:29 | ベルリンの人々 | Comments(6)
Commented by goethering at 2006-11-06 19:41 x
出来る限り読んでます、失礼(!)ながら、いままでで一番面白く読みました、彼女ら、彼らがBerlinですもんねぇ、ベルリンのJazzradio.netをMatthias Kirschの案内で聴きながら、あなたの文章を読むのはとても素敵な時間です、ありがとう、Here's to Life 。
Commented by berlinHbf at 2006-11-07 23:24
>goetheringさん
率直な(!)ご感想ありがとうございます。
やはり私がいくら調べて歩いて書いたところで、ベルリンにずっと住んでいらっしゃる方の言葉の重みにはかないません。人にインタビューすることの意義もそこにあるのだろうと思います。メヒティルトさんと話していると、世界史で誰もが習う1848年の革命さえもが不思議とそれほど遠い昔のことではないように感じられました。

今日、無事日本に到着しました。
Commented by mecien at 2006-11-08 16:27 x
楽しみにしていたベルリナーインタビュー、始まりましたね。意外と明るかった壁時代のベルリン生活と聞いていますが、まずはオペラの話で幕開け。続きが待たれます! ところで、日本にお帰りなさい。季節柄、おいしいものがいっぱい!楽しんでくださいね!
Commented by のだめ。 at 2006-11-09 06:18 x
歴史は人が作り、人は歴史の上に立っている。読んでいるだけでも、手に触れるように感じられます。続きを楽しみに待ってます。
Commented by berlinHbf at 2006-11-12 21:34
>mecienさん
コメントありがとうございます。
メヒティルトさんのインタビューは1回では話の全てを聞ききれなかったので、12月にもう一度伺うつもりです。壁時代のベルリンの話もその時聞けたらいいですね。

関東圏の紅葉はまだなのですね。いい色合いになってきたら箱根にでも紅葉を見に行こうと思っています。
Commented by berlinHbf at 2006-11-12 21:54
>のだめさん
>歴史は人が作り、人は歴史の上に立っている。
おっしゃるとおりですね。
1848年の革命というと、日本では黒船襲来の頃ですが、メヒティルトさんの話を通してだと身近な過去に感じられるのが不思議でした。

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