ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。Since 1. August 2005


by berlinHbf

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中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。


ベルリンガイドブック
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本書は2009年10月発行「素顔のベルリン」の増補改訂版です。2013年に改めて新規取材を行い、データを更新。レストランやショッピング、コラムなどのページも増量し、より充実したガイドブックに生まれ変わりました。

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地球の歩き方シリーズ初、待望のベルリンガイドブック誕生!比類なき歴史を抱えつつ、明日へ向かって日々進化し続ける首都ベルリン。「ドイツで最もドイツらしくない」といわれるこの町の知られざる魅力を、現地在住著者が12のエリアにわけて徹底紹介。


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アルコーナ広場周辺を歩く(3)

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Arkonaplatzにて(2月19日)

前回お伝えしたアルコーナ広場ののみの市の隣りは、子供の遊び場になっている。このスペースがなかなかの充実ぶりなのである。相変わらず外は寒かったが、子供たちは元気いっぱいに遊んでいた。私は久しく見ていないけれど、最近の日本の子供たちもこんな風に公園で遊んでいるのだろうか。それとも子供絡みの物騒な事件が頻発している昨今、あまり外には出なくなっているのだろうか。そんなことも思いながら、何枚か写真に収めてみた。

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さて、アルコーナ広場を後にして、もう少し北に向かって歩いてみよう。普通のアパートを横目にしながら少し歩くと、大通りにぶつかるのだが、ぽっかりと不自然な空き地ができている。これは何だろうか。

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この通りの名前は、ベルナウアーシュトラーセ(Bernauer Straße)。ピンとくる方は少なくないかもしれない。ここはかつての壁があった通りなのである。普通の住宅街に、ある日突然壁が建てられたゆえ、数々の壮絶なドラマが展開された舞台でもある。1961年に壁ができた当初は、壁に面したアパートに住んでいた住民の中には、アパートの窓から西側に飛び越えることに成功した人もいたらしい。

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しかし、やがて当局の目も厳しくなり、壁沿いのアパートの窓はセメントで封鎖され、そこに住む人たちは引っ越しを余儀なくされてしまう。

それでも果敢に挑む人たちもいた。例えば、壁ができた翌年の1962年には、57人の東ベルリンの人たちがトンネルを掘って西側に脱することに成功した。トンネルは地下12メートル、長さ145メートルに及ぶが、トンネル自体の高さは70センチしかなかったという(こちらを参照しました)。逆に、この場所で亡くなった人は、一体どのくらいいるのだろうか。

壁をテーマにした貴重な資料は、この通りを西に10分ほど歩いて行ったところにある、壁記録センターで見ることができる。

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このかつての壁沿いに、新しい路面電車を通す工事が現在進んでいる。Eberswalder Straßeを起点に、Nordbahnhofまで全長1,7キロの線で(完成後はM10となる)、ほぼ全区間、かつての壁に沿って走ることになる。完成は今年中とのことで、またひとつ、新しいベルリンを見ることができるのが楽しみだ。

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by berlinHbf | 2006-02-25 13:44 | ベルリン発掘(東) | Comments(37)
Commented by la_vera_storia at 2006-02-26 00:06 x
私は、壁のあった時代は、東西どちらの側にいても壁に近いところを散策することをよくやっていました。さて、中央駅さんはご存じでしょうか、あの物理的な壁が隔てた線が実際のソ連管理地区と西側三ヶ国管理地区を分ける境界線と微妙に異なっていたことを。つまり、壁の西側にありながら、実際は東側管理地区だった場所がありました。地図上での境界線が壁の位置と異なる場所がいくつかあったのです。この複数の場所を正確に指摘できる人はそれほど多くないはずです。
Commented by ジュリオ at 2006-02-26 00:58 x
ベルナウアーシュトラーセ、どこかで耳にしたことがありますが壁があったところでしたか。境界線に路面電車ができるなんて壁が崩れるまでは想像もつかなかったでしょうね。ベルリンの壁がある頃の写真なんか見ると路面電車の線路が壁でプッツリ切れている写真なんかあって印象的でしたけど。 しかしドイツの子どもたちは元気があっていいですね。日本だと寒いとテレビゲームやカードゲームばかりのようですから。自分も似たようなものでしたが・・。まあ自分が小さい頃と違って外で安心して遊べないですからね。のびのびと遊べるといいんですが。日本の都市は特に公園も少ないですしね。
Commented by la_vera_storia at 2006-02-26 01:02 x
そういう場所で一番有名だったのが、西側からPotsdamerplatzを壁越しに見渡すことのできた見晴らし台のあった場所のすぐ近くの通称、三角地帯でした。壁の西側にあるにもかかわらず、正確にはあそこは管理上は東側地区でした。西側当局はそこに人が入り込めないように、鉄柵を敷設しました。若くて馬鹿な私は、その鉄柵をよじ登り、その狭い三角地帯に入りました。草が生い茂っていましたが、そこから壁まで数Meterの距離。歩いて壁の横に着いた時、背後からすさまじい呼笛の音がしました。あれは英軍だったか米軍だったかの軍用車が鉄柵の脇に駐車し、制服の軍人が大声で私を怒鳴り、早くそこから出てこっちに戻れ、ということでした。再び鉄柵を越えて帰還した私は、その軍人から大目玉をくらってしまいました。今から三十年も前の話です。
Commented by Yozakura at 2006-02-26 12:49 x
la_vera_storia様:初めまして
 Yozakuraと申します。横レスにて失礼します。某・中欧関連のサイトを度々訪問しては、充実した投稿を拝見しております。貴重な体験の開示、有難う御座います。
> すさまじい呼笛の音が----大声で私を怒鳴り、早く----こっちに戻れ、
 30年前の他人様の体験とは云いながら、その凄まじい状況に暫し、PCモニターの前で凍り付きました。昔読んだスパイ小説"The spy who came in from the cold"の冒頭、検問所の場面を想起したからです。「武勇伝でしたね」と云う言葉さえ軽軽しくは遣えない状況下であり、よくぞまぁ、狙撃されなかったですね。
> 鉄柵を越えて帰還した私は、その軍人から大目玉をくらって----
 「大目玉」ぐらいで済んで、無事の御帰還、何よりです。また昔日の体験を思い出されましたら、御開陳下さい。お元気で。
2006/02/26(冬に逆戻り、氷雨降る日曜日に) Yozakura 敬白

Commented by 楕円球 at 2006-02-26 18:12 x
そのトンネルを使った脱出は映画にもなっていますよね。数年前に日本でも公開され、もちろん見に行きました。胸が苦しく、肩が重くなってくる映画でした。もうごらんになった方も多いと思いますが。
Commented by ymzk at 2006-02-26 18:14 x
オレが高校生のときだから,もう10年以上も前ですが,
このあたりを歩きました.
残してある壁を眺めながら,何ともいえないイヤな気分になったのを
覚えてます.Checkpoint Charlieにも行きました.

たしか,壁開放の数日前だか一週間前だかに壁を越えようとして
射殺された人がいるという話を,どこかで聞いたような気がします.

数年前に観た「トンネル」の映画を思い出しました.
Commented by madonotabi at 2006-02-26 22:01
TBをありがとうございます!私のベルリンの旅で最も印象に残っている場所が記事になったのを見て大変嬉しく思っていましたので、TBに感謝いたします。ここにある壁記念センターも資料が充実しているのでぜひ皆さんに行っていただきたい場所です。
Commented by gonta-maus at 2006-02-27 01:02
子供かわいいですね。一枚目の写真でちょこんと座ってる
のがなんとも言えないです。しかし卓球台まであるとはなんたる
充実ぶり。うらやましい。。。(子供レベルなコメントですみません、、)
子供が外で元気いっぱいに遊ぶ姿、ずっとずっと在り続け
ますように。
Commented by berlinHbf at 2006-02-27 01:04
>ジュリオさん
東西を結ぶ新しい路面電車のプランは他にもありまして、例えば、アレクサンダー広場からポツダム広場を通って、文化フォーラムまでの路線など、一部ではレールも引かれているほどです。しかし、道路の幅が狭い上、交通量の多い場所なので、難しい問題はあるようですね。個人的にはぜひ実現してほしいところですけど。
Commented by berlinHbf at 2006-02-27 08:32
>楕円球さん
映画「トンネル」のご紹介ありがとうございます。TBさせてもらった窓の旅さんのサイトで知ったのですが、その映画のトンネルは、まさに今回私が歩いた場所のすぐ近くに掘られていたとか!その映画、今度ぜひ観なければなりません。

>madonotabiさん
そちらからのTBありがとうございました。いろいろお詳しいのでびっくりです。壁の痕跡は、また他の場所でたどりたいと思っています。
Commented by berlinHbf at 2006-02-27 08:32
>la_vera_storiaさん
今回もとびきりのエピソードをどうもありがとうございます。私もYozakuraさんと同じく、読んでいてゾクゾクしてきました。本当によくご無事で、という感じです。それにしても、「三角地帯」はもちろん、ベルリンの壁にこういうエリアがあったとは、初めて知りました。単純に東西を分け隔てるというものでもなかったのですね。おそらく、la_vera_storiaさんは、今だから話せるエピソードというものをたくさんお持ちだと思います。機会がありましたら、またぜひお聞かせください!
Commented by berlinHbf at 2006-02-27 08:49
>ymzkさん
>たしか,壁開放の数日前だか一週間前だかに壁を越えようとして
>射殺された人がいるという話を,どこかで聞いたような気がします.

私もこういう話をどこかで聞いた気がして、調べてみたのですが、壁の最後の犠牲者は、1989年2月5日、当時20歳だったChris Gueffroyさんという人だそうです。運河を泳いで渡ろうとして、射殺されたのだとか。つい先月の記事で読んだのですが、Chrisさんが亡くなった場所から近い橋を、この人にちなんだ名前に変えようという動きがあるそうです。

>gonta-mausさん
野外の公園に卓球台まであるのは、なかなかの充実ぶりですよね。みんなホントに楽しそうで、心が和みました。
Commented by 楕円球 at 2006-02-27 09:45 x
そういえば、NHK-BSで時々やっている「世界ふれあい街歩き」(タイトルはいかにも日本的・NHK的でダメですが)という番組でベルリンが特集されていた日にこの公園もでていましたね。壁のあったところに沿ってベルリンを歩く、という内容でした。
Commented by la_vera_storia at 2006-02-27 12:04 x
Yozakuraさん、はじめまして。
たとえ東側管轄地区にいても、少なくとも壁の西側にいる限りは狙撃される心配は皆無でした。壁越しに発砲してきたケースというのは、少なくとも私の知る限りでは過去にはありません。ですので、それほどの冒険談というわけではありません。ただし私のケースでしたら多分、一部始終はDDRの国境警備兵から双眼鏡で見られていたでしょう。写真に撮られていた可能性もありますね。

私の投稿を読んでいただき、ありがとうございます。「ベルリン幻影」というのは、あれは普通にDDR時代に興味をもっていられる方々にとってDDR(東ベルリン)というものがどういうところであったかを知っていただき、皆様の参考になれば、という意図で書いたのではなく、もっとその先を書こうという気持ちで投稿したものです。DDR、特に東ベルリンを実際に体験された方々を念頭においたものです。ですので、ちょっと読みにくい投稿になっていると思います。

「寒い国から来たスパイ」、作者のジョン・ル・カレ自身があの作品を朗読した録音があります。感情を押し殺したような淡々した朗読で聞くあの作品、実に凄みがあります。お聞きになられたことありますか?
Commented by la_vera_storia at 2006-02-27 12:30 x
中央駅さん
「三角地帯」のようなエリアは実は西側当局にとっては悩みの種でした。まずこういうエリアは狭かったにせよ、あくまでも「東側管轄」でした。仮に殺人犯が、たとえ壁の西側にあったにせよこういうエリアに入り込んだ場合、西側当局(西ベルリンの警察当局)は権限上はそこで逮捕する権限がありません。彼(殺人犯)が、空腹になって「降参」して、そのエリアを出ざるを得なくなるまで、数時間(あるいは数日間)、そのエリアの外で待機せねばなりません。出てきたところで逮捕....正式な手順としては、そういう手間がかかります。(でも実際には、西側当局は「権力を行使」していたそうです。東側からの抗議がないことがわかってから後の話でしょうけれど。)

クロイツベルクにあったこういうエリアでは、なんとテントを設置して住み着いた人までいたほどです。 目的? 税金(日本で言うところの「住民税」)逃れのためですよ。 壁の西側にいながら、「俺様は西ベルリンの住人ではない!」ということです。

Commented by la_vera_storia at 2006-02-27 12:32 x
「三角地帯」に関して言えば、たとえば以下の地図(1984年)のPotsdamerplatzの西北方向あたりを見てください。
http://www.dailysoft.com/berlinwall/maps/berlinwallmap_03.htm
以下は壁崩壊直後の写真ではありますが、壁は一直線にブランデンブルク門までつながっています。つまり、上の地図の三角形のでっぱりはなかったわけです。多分ネット上でもっと明確な写真があるでしょうが、今旅先ですので、調べる時間がありません。水曜日に帰国の予定です。
Commented by la_vera_storia at 2006-02-27 12:33 x
ゴメンナサイ、写真のURLを貼り忘れました。以下です。
http://www.medienarchiv.com/Berlin/PotsdamerPlatz/ppages/ppage15.htm
Commented by ヴァランシエンヌ at 2006-02-28 04:16 x
こんにちわ。
西洋人の子供は、防寒着がよく似合って可愛らしいですね。
お話に上がっている映画「トンネル」私も友人にテレビ放送を録画して送ってもらったものを観ました。

ベルリンに行ったあとで何度か見返したのですが、地図を見ても場所が今ひとつはっきりわからなかったのですけどね(^^;

ああいったトンネルが、この映画で取り上げられた一本だけではなく、沢山あったとのこと…驚きました。
だいぶ前に書いた記事ですが、TBさせて頂きますね。
Commented by berlinHbf at 2006-02-28 05:39
>楕円球さん
この壁沿いにベルリンを歩く番組について聞いてはいましたが、アルコーナ広場の公園も出てくるとは!ぜひ一度観てみたいものです。なかなかの企画なのに、そのタイトルはいけていませんねえ^^;)。ちょっともったいない気がします。
Commented by berlinHbf at 2006-02-28 06:01
>la_vera_storiaさん
ご出張中にも関わらず、いろいろ教えてくださりありがとうございます。今回リンクを貼ってくださった写真と地図で、「三角地帯」なるものの大まかな実感がつかめました。こうして見ると、確かにあの三角形の出っ張りは不自然です。

話は変わりますが、今日このブログを読んでくれているドイツ人の学生さんに会ってきたのですが、彼のお母さんが壁崩壊のきっかけのひとつとなった89年9月の"Neues Forum"の設立メンバーなんだそうです。もしいつかお会いする機会があれば、興味深い話がたくさん聞けるのは間違いありません。
Commented by Yozakura at 2006-03-01 03:31 x
la_vera_storiaさん:返信、拝見
 昨日正午の返信、有難う御座います。第一信では訊き辛いこともあったのですが、返信にあります「強気な姿勢を崩そうとしない意気軒昂振り:--狙撃される心配は皆無でした。----それほどの冒険談というわけではありません----」に、改めて尋ねる次第です。
> 若くて馬鹿な私は、その鉄柵をよじ登り----三角地帯に入りました。
> 歩いて壁の横に着いた時-----
 態々危険を冒してまで、その三角地帯へ深く進入した動機は何だったのでしょう? 当初は素直に、storiaさんが自ら説明されている様に、文字通り「若くて馬鹿だったから」----つまり、前後の見境も無い侭、血気に逸って冒険に乗り出すのが好きだったから----と解釈していたのですが、27日正午の意気軒昂振りに、「明確な意図や動機をお持ちであったのではなかったのか?」と思えてきたのです。(字数過剰のため、以下に続く)


Commented by berlinHbf at 2006-03-01 04:44
>ヴァランシエンヌさん
TBありがとうございました。オペラに精通なさっているヴァランシエンヌさんならではの、劇としての感じ取り方だなあと思いました。論じる前に観ろで、私も早く観てみたいです。「大脱走」なら昔観たことがあるのですが。
Commented by Yozakura at 2006-03-01 17:38 x
la_vera_storia様:続編・その1です
 送信したつもりが中途消滅した模様で、再送します。02/27正午の返信では、「三角地帯への進入行為の安全性」を自信を以って宣言されているのは、その当時storiaさんが意識して、或いは無意識の裡に、何らかの明確な動機や理由付けを以って、当該進入行為を実行したからですか? 例えば、私の貧弱な頭脳で想像できる動機としましては、
1) 人工的な障害物である壁を設置建造し、ベルリンで生活する人間の自然な往来を抑制禁止する行政措置は反人道的であり、社会主義体制の反人間的政治手法を告発する目的から、(或る程度の)危険は承知の上で敢えて東側管轄地帯へ進入し、マルクスレーニン主義に対する決死の抗議に及んだのか、或いは
2) 日常的に終わり無き競争に明け暮れる資本主義体制に嫌気が差し、社会主義統一党の独裁下にあるとは云え、社会主義体制内部の秩序に服従し安住する限りは、国家の手により最低限の衣食住が保証される東独の生活に希望を見出し、政治亡命を企図、亡命の意思を内外に闡明表示する目的から、敢えて東側管轄の三角地帯へ進入したのか、(字数超過のため、以下に続く)
Commented by Yozakura at 2006-03-01 17:50 x
la_vera_storia様:続編・その2です
 或いは、
3) 世界的にも有名な、東西冷戦構造の見本のような場所で、人目を惹く政治パ-フォーマンスを執ることで、ニュースメディア等へ御自身を露出させ、爾後の活動の足がかりを得ようとなさったのか、或いは、
4) 事前に他者と契約を結び、三角地帯への進入に伴い、その対価を何らかの形式・形態にて得る手筈となっていたのか、或いは、
5) それ以外の動機・目的に因るものであったのか----と云うところです。
 実際の処はどうだったのでしょうか、la_vera_storiaさん?
 02/27日付けの返信を拝見する限りでは、東側管轄地区への進入行為に係わる危険性の絶無に就いて、絶対的な自信をお持ちの様子、とてもこれは、02/26日午前1時のお手紙にあります様な「若くて馬鹿な」青年の血気に任せた冒険とは、読み取れないのです。
 それ故、こうして「事前の計画に基づく、何らかの目的を持った行動だったのでは?」と再考し、尋ねておる次第です。お時間がありましたら、ご教示下さい。お元気で。2006/03/01(水曜日)Yozakura 敬白
Commented by Yozakura at 2006-03-01 18:35 x
la_vera_storia様:続編・その3です
 02/27日正午付け返信末尾にて追記されていました「筆者自身によるスパイ小説の朗読録音」ですが、態々のご案内、有難う御座います。
 曖昧な話で恐縮ですが、30年ほど以前のこと、日本のNHKラジオ第二放送にて、週末深夜の時間帯に"English Hour"と云う番組があり、時々、著名人の英語による生出演、若しくは自身による英語の朗読録音などが放送されていました。
 当時は、米ソ対立の冷戦構造が猩けつを極めていた頃で、その種の小説の朗読は、製作者の側でも聴取者の側でも、比較的抵抗なく受容できたものではなかったか、と思案しております。従って、ひょっとして、その番組にて耳にした経験があるやも知れませんが、確言は不能です。ご了解下さい。
 亦、作者・John le Carreの表現は、どちらかと云えば独善的且つぶっきら棒で、同業者のF.Forsyth の文体の方が読み易いですね、私に取りましては。お元気で。2006/03/01(水曜日) Yozakura 敬白
Commented by la_vera_storia at 2006-03-02 00:45 x
寒いドイツから帰国してみれば、東京も冷雨が降っていました。成田から会社経由で帰宅しましたが、時差ぼけその他で寝付かれない状況です。
Yozakuraさん、私のコメントに対してお気を悪くされた御様子で、誠にもって申し訳ないことをいたしました。本来この場所は中央駅さんのBlog記事へのコメントを書き込む場であり、TPOを完全に無視した私の体験談など書くべきではありませんでしたね。かつてあのDDRという国と、そこに住んでいる人々に私事に限定したことではあれ深く交わった者としては、あの国が存在していた時代の状況について、いくつかの前提的説明をせねばならなかったはずですが、そういうものを省略して物事を述べるというのは配慮に欠けておりました。
Commented by la_vera_storia at 2006-03-02 00:46 x
ここ何年かで気がついたことですが、あのDDRという国(と人)、そしてそれを取り巻いていた状況、東西ベルリンの分断の状況などについて、ネット上で前提の説明無しに諸々を理解していただける方というのは、残念ながら非常に限られた方しかいないというのが事実です。それをネットに書いてみても、ほとんどの方には興味を持っていただけない内容でしょう。また、私がどういう経歴でどこでどういう仕事をして....というものを開示しない限り、なぜ私がDDR(及び東ベルリン)と付き合うことになったを理解していただけないでしょうが、しかしその話はしないでおくこととします。
Commented by la_vera_storia at 2006-03-02 00:47 x
当時の私の気持ちを振り返ってみます。まず実際にあの壁、監視塔、無人の緩衝地帯などを眼にしてみて、いかに「壁」というシステムが強固なものであるかを実感すると同時に、それでも尚、それに「挑戦」するようなちょっとした冒険心を味わいたいという気持ちがあったということでしょう。しかし小心者の私にとっては、「冒険」とはいうものの、完全に自分が安全であることが確認できる範囲内で「火遊び」をしてみようという程度だったに相違ありません。完璧無比な壁を乗り越える代わりに、その代償としての「鉄柵越え」ということだったのでしょう。 ところが私がベルリンに最初に行ってから壁が崩壊するまでの14年間、私の「火遊び」は少しずつではあったものの次第にエスカレートしました。
Commented by la_vera_storia at 2006-03-02 00:48 x
東ベルリン限定の1日ヴィザでドレスデンまで行ったり、違法にDDR通貨を大量に持ち込んで入境したり....そこまでは某掲示板に書いておきました(某掲示板の管理人さんに確認してみて下さい。あの方は多分私以上の冒険談を豊富にお持ちです。)。この程度ならば、まだまだそれほどの「火遊び」とは言えません。しかし80年代半ばに至って、とうとう時として「ライン」を踏み越えることを始めました。私事(個人生活)に係わる内容を含みますので、その内容は書けません。しかし、結果として逮捕はされなかったものの(拘束されたことはあります)、東側当局はこの事実を漠然とはいえ把握していました。それは、彼らのある「記録」に残っています。でも折角ですから、もう一つだけ「冒険談」を書いておきましょうか(笑)。後日、某掲示板に「例外」として投稿しておくこととしましょう(笑)。
Commented by Yozakura at 2006-03-02 13:40 x
la_vera_storia様:返信4通、拝見
 Yozakuraです。海外出張から帰国したばかりの早朝、態々4件もの書き込み、お疲れ様です。迅速な御返信、有難う存じます。
 誤解されている模様なので、最初に弁明させて下さい。
> 私のコメントに対してお気を悪くされた御様子で、
 そのような事実は全くありません。茲に明言します。

 ただ、storiaさんが表記なさった文言と、それを書こう、この掲示板に書き込もうとなさっているご自身の内部での動機付けとの間に、或る種の心理的な乖離が存在している感触があり、それ故「ひょっとして、storiaさんの内心には、まだまだ表現し切れていない感情が蟠りのように取り残されているのではないか?」と推測し、storiaさんが未だ表現し切っていない部分を探索すべく、後から尋ねてみた次第です。
 ただ実際に質問しようとすれば、storiaさんが書き込まれた説明と、現実の三角地帯進入行為との間に在る矛盾ないし落差に関して尋ねる他に方途が無いため、昨日の書き込み頭書3件を上梓した次第です。ご了解下さい。(字数超過のため、以下に続く)
Commented by Yozakura at 2006-03-02 14:00 x
la_vera_storia様:続編・その1です
 従いまして、
> 誠にもって申し訳ない-----
 と謝罪される必要は、皆無です。繊細なお気遣いを頂き、誠に有難いことではありますが、そもそも、謝るような筋合いのものでもありません。何ら懸念される必要はありません。
 寧ろ、本日早朝の書き込み4件を拝見し、storiaさんが冒険に乗り出した背景が、「内面的な動機付け」が、以前よりは数段よく、分かりました。ご配慮、有難う御座います。また機会がありましたら、興味深い体験談やエピソード等を開陳して下さい。
 John le Carre 自身による朗読のご案内、有難うございます。ネットで検索してみます。公共放送のサイト等に収録されていないでしょうか?
 また機会があれば、中欧関連某サイトの掲示板を訪問します。お元気で。2006/03/02(木曜日) Yozakura 敬白
Commented by berlinHbf at 2006-03-03 09:19
私の1つの記事に対して、コメントの数が30を越えたのはこれが初めてです。日曜日のちょっとした散歩だったのが、映画「トンネル」の話になり、そしてla_vera_storiaさんの壁体験に至るまで、どれも大変興味深く拝見しました。皆さん、どうもありがとうございます。

>la_vera_storiaさん
出張からお帰り早々のコメントありがとうございます。私もYozakuraさん同様、気を悪くされないことを切に願います。まず、毎回これだけの内容のお話を、分割しないと掲載できないコメント欄を申し訳なく思っています。DDR時代、そして壁について、私もとても興味を持っているのですが、実際に体験したわけではないので、いかんせん私の想像力では限界があります。ただ、la_vera_storiaさんのDDR体験談には、不思議な温もりがあって私はそのファン(?)の一人です。あの時代を新たに見つめなおすきっかけをいただいたことに感謝しています。またいつでもお立ち寄りください。
Commented by 焼きそうせいじ at 2006-03-08 02:23 x
話題の「三角地帯」ですが、88年夏に東から西へ移管されます(土地交換をしたもよう)。そのとき、ここを占拠していた西の「はねっかえり」的なあんちゃんたちが、西の警察に排除されそうになって何と壁を越えて東側に逃げ込みました。奴等は東の警備兵に射殺されるでもなく、不法越境でぶちこまれるわけでもなく、その日か翌日にはSバーンで西へ戻ったそうです。西側のこういう「反体制」ごっこにうんざりしたのを憶えています。
Commented by berlinHbf at 2006-03-10 09:20
西から東に逃げ込んだ人がいたとはびっくりしました。しかもよくわからない理由で・・そんなことが可能だったのか、今ひとつ実感が涌きません。
Commented by 焼きそうせいじ at 2006-03-11 15:13 x
この三角地帯、88年(あるいは87年かもしれない)以前は一応東の管轄する土地でしたから、西の警察権は及びませんでしたが、東も管理を放棄していたわけで、いわば権力の空白になっていました。となれば、「自由に生きたい」手合いが喜んで入り込んだらしいです。西に移管され、しかも公有地となれば、西の警察が彼らを追い出すことになったわけです。で、おまわりさんがやってきて逃げ場がなくなった連中は、背後にあった壁を越えて東へ逃げ込むのですが、東の警備兵はハシゴを出したりしてこれを援助していました。その模様は新聞に写真が出ていましたが、今は見つかりません。勘繰るに、あらかじめこの兄ちゃんたちと東独の国境警備隊の間で話がついていたのではなかろうかと。
Commented by la_vera_storia at 2006-03-11 16:05 x
さすが焼きそうせいじさんですね(笑)。なかなかそこまで理解していられる方は少ないですよ。ちなみに、あれは何年だったか忘れましたが、あの三角地帯から梯子をかけて壁に上って数分、壁上に腰掛けた人がいました。東側警備兵が下から注意しましたが本人は何食わぬ態度だったそうです。ベルリンの壁と聞くと何でも狙撃、射殺云々を連想される方にいろいろ説明するのは大変な場合もあります。
Commented by berlinHbf at 2006-03-12 08:16
>焼きそうせいじさん、la_vera_storiaさん
三角地帯のお話、おもしろいですね。東西分断時代に、東とも西とも言い難い空間が存在していたなんて。私も実は、壁といえばすぐに撃たれる図を想像してしまいがちなので、興味深く拝見しました。お2人の当時の貴重な体験談&武勇伝、また機会があったらお聞かせください。

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