ベルリン-東と西が出会う場所。ドイツにありながらドイツではない町。歴史の影に彩られた栄光と悲運の世界都市。そんなベルリンの奥深い魅力をリアルタイムでお届けするブログです。
by berlinHbf

中村真人 (Masato)
神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。ベルリンの映像制作会社勤務を経て、現在はフリーのライター、ジャーナリスト。自称ベルリン路上観察者。
2009年10月に、初の著作となる『素顔のベルリン~過去と未来が交錯する12のエリアガイド~』(ダイヤモンド・ビッグ社)を刊行。好評発売中!

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masatoberlin[AT]yahoo.co.jp

最近Twitterも始めました。@masatoberlin

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ちゃりんこ旅日記(1) - 旅立ちにあたって -
『ベルリン中央駅』の読者のみなさん、はじめまして。
中村真人の弟、中村洋太です。
現在早稲田大学の3年生で、就職活動を行っているところです。

ぼくは去年の夏に、「ツール・ド・西日本」と題し、自転車で西日本を一周しました。1ヶ月間で2700kmを走行し、旅先での数々の出会いと共に、人の優しさを知り、思い出に残る一人旅となりました。

さて、旅が終わってからずいぶん時間が経ちましたが、今回はそのときの旅をテーマに、ご縁があって地元紙(はまかぜ新聞)に連載を書かせていただくことになりました。
月に一度の小さな連載ではありますが、自分の旅を振り返り、そこで感じた大切なことを思い出す良い機会となっています。

現在はブログもできるだけ毎日更新しているので、少し覗いていただけたら幸いです。「ツール・ド・西日本」の日記も、ブログで見ることができます。


実は、今年の夏に自転車でヨーロッパを一周しようと思っています。

現在は先の見えない不安な時代で、「やりたいことをやる」という当たり前のようなことでさえ、何かと理由をつけて諦めてしまう人も少なくないと思います。
しかし、そんな時代だからこそ、ぼくはリスクを負ってでも挑戦したい思っています。

今のぼくには、その資金もないし、時間が確保できるかもまだわかりません。しかし、「お金がないから」、「時間がないから」と、できない理由を考えていても何も始まりません。「どうしたらできるか」と実現に向けて少しでも前向きに考えることにしています。

自分の挑戦を通じて、ひとりでも多くの人が、「自分も何か挑戦してみよう」と感じてくれたらこの上ない喜びです。

まだ実現できるかわかりませんが、やれるだけの努力をしますので、よかったらご応援よろしくお願いいたします。

中村洋太

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そういうわけで、弟のことを応援してやりたい気持ちもあり、「ベルリン中央駅」でも彼の旅行記を掲載させてもらうことにしました。以下がその第1回目です。若さゆえの生意気な箇所もあるかもしれませんが、折に触れて読んでやっていただけると幸いです。中村真人
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はじめまして。追浜高校出身で、現在早稲田大学3年の中村洋太です。ぼくは高校1年のときに「ツール・ド・フランス」という世界最高の自転車レースをテレビで見て、自転車競技に興味を持ち始めました。それ以来、ロードバイクというタイヤが細くスピードの出る自転車を購入し、家から高校まで片道15kmの道のりを自転車で通っていました。

この夏休み、ぼくは一ヶ月間の一人旅に出ました。「ツール・ド・西日本」と題し、自転車だけで横須賀から九州まで行き、更に九州を一周して帰ってきたのです。全走行距離は2700kmを超え、旅行中更新し続けていたブログは日に日にアクセス数が増え反響を呼びました。

飛行機も電車も車もバイクもある中で、なぜわざわざ自転車で行ったのか。それは自転車が唯一、自分の力で行くことができる乗り物だったからです。坂道はもちろん辛い。でも乗り越えたときの達成感は他の乗り物では味わえません。また、もし横須賀から鹿児島まで自力で行けたら、日本の大きさの約半分の距離を走ったことになります。ぼくは日本がどのくらいの大きさなのか、体で感じてみたかったのです。

台風9号が過ぎ去った8月12日の朝6時、両親に見送られていよいよ横須賀を出発。しかし、最初のペダルを漕ぎ出した瞬間、言葉を失いました。(お、重い…)テントを始め多くの荷物を積んでいるので、二人乗りしているような感覚。両親に手を振り返すも、自転車は右へ左へふらふら。少しでも気を抜くとバランスを崩して倒れてしまいます。「無事に九州までたどり着けるだろうか」「そもそもこんな自転車で箱根の山を登りきれるんだろうか…」

不安は山済み。しかし後には引き返せません。こうして、中村洋太のツール・ド・西日本は幕を開けたのです。

(つづく)

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# by berlinHbf | 2010-02-09 22:27 | ドイツから見た日本 | Trackback | Comments(0)
ベルリン氷雪模様
最近撮った中から、ベルリンの雪の風景をお届けしたいと思います。1枚目はフリードリヒ通り駅前のヴァイデンダム橋にて。無数に砕けた雪塊が荒涼とした風景を形作っています。

それに比べると、シュロス橋(Schloßbrücke)から見た川面の氷は、板チョコみたいでおいしそう(笑)。

最近、歩道はもちろん、階段を上り下りするのは本当にこわい。ここ数日は路面が完全に凍結して、怪我人が続出しているそうです。皆さんもお気をつけて。北駅(Nordbahnhof)にて。

この天気でも、巨大クレーンは回り続ける。北駅前に建設中のビルは、大分形になってきました。

ベルナウアー通りの壁記録センター近く。この先には誰も足を踏み入れないので、雪面がまっさらできれいでした。

最後にプレンツラウアーベルクのKopenhagener Str.にて。歩道を歩いていると、アパートの屋根から雪塊が落ちてくることがあるので、こちらも要注意です。私も最近、深夜歩いていたら、首根っこにそれが直撃し、すごい衝撃が。何が起きたのかと一瞬パニくりました。幸い首の痛みはその後消えましたが、もしもつららが頭に落ちていたらと思うと、ぞっとします。

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# by berlinHbf | 2010-02-07 22:37 | ベルリンのいま | Trackback | Comments(10)
ベルリン・フィルのシベリウス&ベートーヴェンチクルス1
ベルリン・フィルによるシベリウス(交響曲)&ベートーヴェン(ピアノ協奏曲)チクルスの初日を聴いてきました。バラエティーに富んだ、大変充実した内容だったと思います。

冒頭の大オーケストラによるリゲティの「atmosphères」。キーンと張り詰めたピアニッシュモと背筋がぞくっとするようなクレッシェンド、不思議な和音がうごめき合い、何というか生命が存在しない異次元の空間に連れ去られるかのような雰囲気の曲でした。

それだけに、リゲティの後にベートーヴェンのピアノ協奏曲が鳴り響くと、「ああ、人間の世界に帰ってきたなあ」という何ともほっとした気分にさせられました。それだけ音楽があたたかく、血が通っている。ソロを弾いた内田光子さんがこちらのインタビューでベートーヴェンについて語っていた言葉に強く惹かれました。
しかし、それ以上に記憶に留めて置かなければならないのは、彼がまったく独立した唯一無二の存在だったということです。より正確に言うと、最も偉大であらゆる人間よりも強い存在だったと言えます。彼の音楽は、あたかも宇宙のすべてを体験したかのような、大きな広がりを持っています。彼の精神的な深さ、人間としての強さ、絶望的な状況のなかでも光を見出すことのできるオプティミズム、地獄のなかにあって天国を見ることができる能力! そうした力、大きなヴィジョンは、他のどの作曲家にも見出すことはできません。私はこの偉大な音楽を聴衆の前で弾かせてもらうと、常に幸せな気持ちになります。そして感謝の気持ちで一杯になるのです
内田さんのこの言葉が嘘でないのは、作曲家の精神が乗り移ったかのような弾きぶりに感じられます。確かな造形感と音にみなぎる気品は、もはや偉大な芸術家のそれで、特に2楽章での、弱音の美しさを極めたオケとピアノとのやり取りには陶然とさせられました。終演後のお客さんの反応は文字通り熱狂的といえるもので、一方の内田さんは、頭が足に付くのではという(笑)深々としたお辞儀で応えていました。ベートーヴェンのピアノ協奏曲は、個人的には第3番が一番好きなので、来週のチクルスもできたら聴きたいところです。

後半のリゲティ『死の秘儀』なる曲が始まると、今度は舞台がいきなり場末の怪しげな盛り場に移ったかのよう。これはオペラ「ル・グラン・マカーブル」の3つのアリアを編纂した作品で、コロラトゥーラのソプラノが超絶技巧とカクカクした独特の振り付けで歌い(まことに達者!)、演じまくり、ラトルや団員もちょっかいを出すように参加します。その息もつかせぬスピード感が圧巻でした。

最後に16型の大編成でシベリウスの交響曲第1番。こちらはうってかわってエスプレッシーボが利いた豪快な演奏。今まで少し敬遠していましたが、この第1番、じっくり聴くと本当に魅力的な音楽ですね。今回樫本さんがコンマスに座っていた弦楽器のうねりはすばらしく、牧歌的なホルンとか、木管の美しいソロの数々、特に妖精が動き回るようなフルートのパッセージにシベリウスらしさを感じました。時折チャイコフスキーを思わせるロマン派の影響が濃い音楽が、繊細さを極めた後期の世界にどう変貌していくのか、このチクルスで一望できるのが楽しみです(特に5〜7番を一夜で演奏する5月の最終回!)。ちなみに、第3番は今回ベルリン・フィルでは初演だとか。

Berliner Philharmoniker
Sir Simon Rattle Dirigent
Barbara Hannigan Sopran
Mitsuko Uchida Klavier

György Ligeti
atmosphères
Ludwig van Beethoven
Klavierkonzert Nr. 1 C-Dur op. 15
György Ligeti
Mysteries of the Macabre (Fassung für Koloratursopran und Orchester)
Jean Sibelius
Symphonie Nr. 1 e-Moll op. 39

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# by berlinHbf | 2010-02-06 19:27 | ベルリン音楽日記 | Trackback | Comments(4)
九州・山陽紀行(5) - 旅の終わりは奈良と名古屋 -
奈良の友人ジュンさんの家に泊めてもらった翌12月25日の午前中、近くの薬師寺に散歩に出かけた。徒歩数分で奈良の古寺に行けるとは、何ともうらやましい環境だ。一番歴史のある東塔は、残念ながら覆いにかぶさっていて見ることができなかった。遷都1300年祭の期間中は一旦覆いが外されるが、秋以降、約10年もの時間をかけて修復作業が行われるというからその息の長さに驚く(写真は81年に再建された西塔)。

その近くの唐招提寺は、逆に10年に及ぶ修復作業が終わったばかり。天平時代の息吹が伝わってくるような金堂には、日頃は宗教心と無縁の私もとりわけ感銘を受けた。いつか鑑真像も見てみたい。

その後再びジュンさんの家へ。奥さんのサチコさんは、自宅の一室を使って「パルロワ」というカフェを経営しており、ここでお昼をいただいた。知人だからという贔屓目を抜きにしても、本当に素敵なカフェ。大きな窓からは光が心地よく差し込み、薬師寺の東塔も見える。手作りのランチやパンはどれもおいしく、飲み物のメニューも凝っていて、選ぶのに悩んでしまった。西ノ京に行かれたらぜひお立ち寄りください。秋篠川の橋のたもとにあるので見つけやすいと思います。

LE PARLOIR: パルロワ
Open: 9:00~18:00 (土日祝~19:00)
Close: 火曜日&第3水曜日
住所: 奈良市六条町106-6
TEL/FAX: 0742-33-5336

午後は近鉄で大和八木に出て、15時1分発のアーバンライナーで名古屋へ抜けた。アーバンライナーは中学生の時から一度乗ってみたいと思っていた電車。期待通り、乗り心地は上々で、運転席からの眺めが各車両前のモニターに映し出されるのも楽しかった。

クリスマスの夜は、名古屋駅地下街の山本屋本店で、これも念願の味噌煮込みうどんを食する。味噌うどんは前から好きで、自分でもたまに作っていたほどなのだが、本家のはこういう味だったのかと思う。私は黒豚、妻は名古屋コーチン入りを選ぶ。結構値が張るのに驚くが、コクのある味噌とうどんとの相性は抜群で、なかなかくせになる味だった。

最終日の26日は、ベルリンの友人角田鋼亮くんに会うために、午前中東海高校の講堂へ行く。彼が指揮する同高校のOBオケ、オストメール・フィルの練習を聴かせてもらうためだった。東海高校は私立の普通高校だが、音楽活動が盛んで、中高一貫の立派なオケがあるのだ。男子校なので、このOBオケのメンバーも少し前のウィーン・フィルのように全員男性。これはなかなか壮観だった。メンバーにはマニアが多いらしく(笑)、毎年1月の演奏会の曲目が、今回のブルックナーの交響曲第9番(終楽章付き)、来年のハンス・ロットの交響曲といった演目に伺える。自由な校風だけあって、個性的なメンバーをまとめるのは大変そうだったが、コンマスの方など本当に嬉々と弾いていたのが印象的だった。顧問の西村先生(本職は英語教師)にもいろいろ話を伺ったが、来年から再来年にかけて行われる「名古屋マーラー音楽祭」というのには驚いた。名古屋のアマオケと合唱団がマーラーの交響曲を10番も含めた全曲を演奏するというもので、そのエネルギーと企画力は大したものだと思う。相当に盛り上がるのではないだろうか。

短い昼休みに、角田くんらと近くの絶品のうなぎ屋「西本」でひと時を過ごし、駅でお土産を買い込んでから、名古屋17時10分発の「のぞみ130号」で帰途についた。充実した6日間はこうして終わったのでした◎

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# by berlinHbf | 2010-02-02 23:18 | ニッポン再発見 | Trackback | Comments(2)
九州・山陽紀行(4) - 松陰先生の丘 -
旅行から1ヶ月以上経ってしまったので、そろそろこのシリーズはそろそろ終わらせたく、駆け足でいきます(笑)。

12月24日、萩での2日目。宿の裏手に広がる菊ヶ浜の海岸線に沿って駅の方角に歩いて行った。前日と違って素晴らしい天気。かつて萩城があった指月山(写真)を背後に、そろそろバス停かなというところまで来た頃、地元の老人夫婦に出会った。「あんた方、どこから来たの?」から始まって少し立ち話になり、これから松蔭神社まで行くと言ったら、停めてあった車に乗せてくださることに。おじいさんは確かもう80歳を越えていたはずだ。運転は少し危なっかしかったが、短い時間の中で、萩のことや自身の戦争体験などを語ってくれた。萩の人々は、吉田松陰のことを(少なくとも私たちが会った人たちは)みんな「松蔭先生」と呼ぶのだが、これが印象に残った。長州人、特に萩の人は、町に対する誇りが他とは何か違うようなのである。結局その方のお名前を聞かなかったけれど、こういう小さな、でも心に残る出会いというのは、旅ならでは。

現存する松下村塾とその講義室。そのすぐ隣には、松蔭没後150年を記念して昨年開館したばかりの宝物殿があり、「留魂録」など胸に迫る遺品の数々を見た。

萩に来たからには、高いところから街を一望してみたかった。というのも、2年前山根寿代さんにお会いした時、この話が印象に残っていたからだ。
萩は空襲に遭っていないから、(古いものが)全部残っているんです。300メートルぐらいの山があり、そこから街が一望できます。川が2本流れていて、その中州が萩の街で、向こうはもう海。そこに立ってみて、とっても不思議に思ったんです。この狭いところに、明治維新のとき、なんであれだけいろいろな人が出たのかと。層が厚いでしょう。一番優秀だった久坂玄随とかは22、3歳で亡くなっているのに、その後の何流かが大臣とか総理大臣になっていますよね。まあ、よしあしもあったでしょうけれど。
手元のパンフレットに載っている萩のパノラマ写真を宝物殿の方に見せたら、「ああ、これは田床山からの眺めですね」と教えてくれた。できることならそこに行ってみたいが、残念ながら時間が足りない。そこで、近くの伊藤博文の旧宅を見てから、小高い丘の上にある松蔭の生誕地へ向った。

1830年に生まれた松蔭が、18歳まで過ごした家はもちろんもうないが、家の配置に従って石が敷き詰められている。そこからの眺めは、「ああ、ここに来てよかった」と思わせてくれるに十分だった。

その近くにある松蔭の墓にお参りして(山根さんのご先祖のお墓の場所も聞いておくべきだった)、少し急ぎ足で東萩の駅へ戻る。駅前の小さな喫茶店でコロッケ定食をさっと食べ、14時55分発のバス「はぎ号」で新山口へ抜けた。その後は、新山口発16時41分の「ひかり570号」に乗って、京都に19時4分着。さすがにクリスマスイブだけあって、駅の中も華やかな空気が漂っていた。

近鉄の急行に乗って、奈良の西ノ京へ。昔ベルリンでお世話になっていたジュンさんが駅まで迎えに来てくれる。この日はジュンさん夫妻のお宅に泊めていただくことになっていた。彼らの友達を集めたクリスマスパーティーにも混ぜてもらい、久々にプレゼント交換なんてのもやった。ジュンさんは、いつかこのブログで紹介したメヒティルトさんのアパートに住んでいた人。彼らの近況を伝えると、「またベルリンに住みたいなあ」と、懐かしそうにつぶやいた。

(つづく)

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# by berlinHbf | 2010-02-01 01:21 | ドイツから見た日本 | Trackback | Comments(0)
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